ミッション破壊作戦~遅くとも引き返すことのない歩み

作者:ほむらもやし

●師走初め
「やあ今年ももう12月だね。時間が過ぎるのがとても早い気がするけれど、今月も使えるグラディウスを確保できたからミッション破壊作戦を進めよう」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は穏やかに告げると、おもむろに取り出した剣をあなた方に示した。
「さて、これが君らに貸与する戦略兵器グラディウスだ。この通り剣の形をしているけれど『強襲型魔空回廊』の攻撃で特別な威力を発揮する。使い方は基本的に魔空回廊を防護するバリアに接触させるだけ。その代わり通常の戦闘での使用は出来ない」
 攻撃目標のミッション地域にはヘリオンで向かう。
 ケルベロスであればミッション地域自体には通常の手段でも向かえるが、ミッション破壊作戦で向かうのは、強敵が防護している中枢部。強襲型魔空回廊が設置されている場所でもあり、通常のミッション攻略では到達できない場所だ。
「ミッション地域という危険性も考慮して、ヘリオンからの降下は高高度から行う。これは高高度から降下してくる諸君がグラディウスを使用して魔空回廊への攻撃している間は敵が手出しを出来ないという理由もある」
 防衛部隊は8人のケルベロスなどあっという間に殲滅できる大戦力。通常の経路で攻撃を仕掛ければ、大消耗戦なると予想される。
 故に回廊攻撃を終えたら防衛部隊が反撃してくる前にミッション地域中枢部から撤退しなければならない。
 グラディウスによってダメージを被るのはバリアや回廊だけではない。
 攻撃と共に発生する雷光と爆炎はグラディウスを所持していない者に襲いかかる。
 特にそれらを受けるのは魔空回廊を守る防衛部隊。
 また雷光や爆炎と共に発生した爆煙(スモーク)には一定の間、こうした防衛部隊の視界を遮り、スモークが消え去るまでの間、組織的な行動を阻む効果もあるとされている。
 スモークの効果は撤退に有利に働き、少人数でのミッション破壊作戦を実施できる根拠となっている。
 但し、スモークに乗じた撤退が有利だとしても、大声で叫んで攻撃するという、派手な攻撃を仕掛けているのだ。
 1回も防衛部隊に出会わずに逃げおおせるなどと思ってはいけない。
「強敵とはいえ遭遇するのは1体だ。自分らの戦力に釣り合わない行き先を選んだり、悠長な戦い方をしない限り、スモークが効いている間に撃破してかつ撤退することは充分に可能なはずだ」
 状況が味方をしているのだから、勢いに乗じて思い切った戦い方もできるかも知れない。
「向かった場所やその日の状況で違いはあるけれど、スモークが有効な時間はそれほど多くは無いと認識して欲しい」
 なお撤退が目的の戦いに於いて、時間が厳しいから『戦いをやめて逃げます』と言う行動は実現不能である。
 最悪の状況を覆す手立てが無ければ、多数の死亡者を出しながら帰還できないという結果もあり得る。
 参考までに、ミッション破壊作戦が開始されてから、24ヶ月目の現時点で作戦中にケルベロスが死亡したという公式報告は確認できない。

 ミッション地域は日本の中にあっても人の手が及ばない敵の占領地。
 ミッション地域へ攻撃を掛け続けてくれている旅団や精強な個人の力でも、防備の固い中枢近くまでは、手が届かない。現在のところ、グラディウスの使用により、回廊を視認して、反抗の刃を叩き付ける唯一の手立てがミッション破壊作戦。
「今から僕が連れて行けるのは、攻性植物のミッション地域のいずれか。皆で話し合って行き先が決まったら知らせて欲しい」
 意気込みは大事だが、パーティとしての戦力を見極めることも重要である。
 遭遇する敵については個体差やポジションの違いもあるから過去の戦法を模倣しても同じ結果になるとは限らない。また繰り返した攻撃の回数で難易度が下がると言うことも無い。
 だ自分の気持ちに正直に、徒に大きな戦果を期待するよりも、刃に気持ちを込めよう。
 ミッション破壊作戦は攻撃ダメージの蓄積により魔空回廊の破壊を目指す作戦だ。
 リスクがある以上、大きな戦果は要求されないし、結果も目立たない。
「グラディウスはバリアにぶつける時に気持ちを高めて叫ぶと威力が上がるそうだ。これは『魂の叫び』と称されている。自分が抱く熱い思いが奪われた土地を取り戻す力に変わるなんて凄いことだね」
 但し、叫びはグラビティを高める為の手段。
 気持ちを高められるか否かは個性の問題だから、先例にとらわれずに自分らしく叫ぶのが良いだろう。

 あらゆる映像が伝えられる、ご時世、あなただって暴力によって故郷を離れざるを得なかった人たちの表情を見たことはあるだろう。
 可哀想だなあ。デウスエクスはとんでもない奴だなあ。
 と、口を動かすだけで良いのだろうか。
 こうしている間にも、侵略されてもおかしくない日常は平和だと思いこんでいるだけの非常である。
「ひとりでも多くの人が故郷に帰れるよう、力を貸してくれないかな?」
 ケンジはそう言うと、出発の時を告げた。


参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)
火岬・律(迷蝶・e05593)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
クネウス・ウィギンシティ(鋼鉄の鎧を纏う武装エンジニア・e67704)

■リプレイ

●降下攻撃
「やれやれ行儀悪い喰い散らし振りは相変わらずってか、もういい加減、喰い飽きても良い頃だろうよ?」
 水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)、ユグゴト・ツァン(パンの大神・e23397)に続いて、ヘリオンの外に飛び出した、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)は下方に見える、破風山の輪郭と変色域の大きさに眉を顰めた。
 同じ頃、喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)はこの日、最初の攻撃を加えようとグラディウスを構えた。ヘリオンを飛び出してからグラディウスを叩きつけるまでの時間をおよそ1分程度とすれば大きな誤差を想定しても落下距離にして2000〜3000メートルの間程度に収まるだろう。
「ちょっと子供っぽい発想の言い方かもしれないけど……」
 波琉那は間近では朝焼けの空を映す巨大な面、そこに映る自身の影像を目がけてグラディウスを突き出す。
「好き勝手に侵食して、普通の人たちの生活を混乱させる身勝手な大喰らいさんにはキツイお仕置きだよ……散々好き勝手したのだから討ち滅ぼされても絶対に文句は言わせないんだからね!」
 叫びと共にグラディウスの刃が空気を裂く音がヒューンとして、凄まじい速度で衝突した波琉那の身体が真っ赤な閃光となって弾けたように見えた。
 続けて突入姿勢を取る鬼人は握りしめたグラディウスの感触を確かめる様にしながら喉に力を込める。
「自然破壊って言葉が有るが、星は違えど、てめえも植物だろうが! 植物が植物を攻撃してるんじゃねぇ!はた迷惑な暴走猪もどきはここで退治してやらぁ!」
 次の瞬間、手先から伝わる衝撃に手先の感覚がなくなり鬼人の身体は弾き飛ばされそうになる。
「死を刻めsanta muerte(サンタ・ムエルテ)! この邪魔なゲートに死を刻み込んでやれ!」
 だが確りと腕先に意識を集め放しそうになった手に力を入れる。
 宙に浮き上がった自身の身体が猛烈な上昇気流に揺らされるのが分かった。視界を埋め尽くすようにグラディウスの余波が生み出した爆炎の輝きが広がる刹那、空気を裂く音と共に上空から突っ込んでくるユグゴトの影が近くを通り過ぎる様が見えた。
「山を喰らう巨体風情が。我が身に宿りし母なる所業。大将気取りの莫迦ものに『抱擁』の総てを魅せてやろう」
 頭上にグラディウスを掲げ、一本の矢の如くに急降下のダイブを続けるユグゴト。周囲には巻き上がる風に吸い上げられた異形の植物が焦げた匂いを漂わせながらなおも気流に乗って上昇して行く。
「寄越せ。否。返せ。其処に在るべき『理』を纏 めて吐き出すのだ。大飯を好む餓鬼には消滅が相応しい。立ち去れ。絶ち去れ……もはや此処は貴様の居場所に在らず」
 先ほどまで朝の空を映していた魔空回廊はグラディウスの攻撃を受けた今、膨れ上がる爆炎を映して激しく燃える火山の如くに見えた。
「植物の面は見飽きたのだ。殺してやる。 滅ぼして魅せる。異常なほどに成長した怪物に不必要な愛情を」
 蔓延は決して赦さぬで在る。
 決意と覚悟を胸に叩きつけたグラディウスの刃先から放出される虹の如き光、刹那浮遊する無数の眼球の如き幻影が開いて、神々しいイメージが晒される。
「また随分と食い散らかしてくれやがって、これ以上お前さんの暴食ぶりを許すわけにはいかねえんだ」
 不思議な爆炎から樹枝状に伸びる稲妻が宙に舞い上げられた影を焼き払って行く様を目の当たりにしながら、陽治は冷静に、しかし嫌悪とも呆れとも見える感情を込めて、グラディウスを突き出す。
「マナーがなってないデウスエクスはとっとと退去願うぜ!」
 有機物の焼ける異臭と、視界を覆う爆煙が山肌を流れ落ちて風景を灰色に埋め尽くして行く。
「成立ちは知らんが、喰わうは生餌のみとは贅沢なことだ」
 4度目の轟音に続いて、響き渡るのは、火岬・律(迷蝶・e05593)の叫び。急降下の角度を取って落下を続けながら、己が戦う意味で意識を満たす。
「餓えたか、満たぬか。そうだな、道理など不要、横から奪われるのは腹立たしい。まったく気に障る。空腹の獣が頭を突き合うならば、結論は、ただ喰い合うのみ」
 そこまで叫んだところでグラディウスを振り上げ、
「来いよ、喰い千切ってやる」
 続きの叫びと共に振り下ろし、衝突のタイミングを合わせる。凄まじい爆発。まるで半球形状のバリアの演習に沿って並べられた爆弾が誘爆する様に爆炎が次々と広がって、バリアを揺さぶる。
 灰色の煙で覆われていた山肌は内に新たな橙色の輝きを孕ませた。
 地上に降り立った、波琉那や鬼人たちの周りには地獄絵図が広がっていた。
 バラバラになった異形の植物片が地の底から湧き上がるような悲鳴を上げながら塵と消えて行く。
「凄まじいで在るな」
「だがこれでも未だ足りないらしいな」
 ユグゴトに応じた陽治が視線を上に向けると、凄まじい破壊の力を叩きつけた筈のバリアの健在ぶりが際立って見えた。
(「今回こそ……リベンジと参りたいですけども……何にせよ、この地も早く解放致さねば……」)
 デウスエクスに占領されミッション地域とされているのは此所だけでは無い。ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)の胸の内に引っかかる細かな棘のような焦りがあった。
「神なる山々を蝕み、侵し続けるのですのね……。以前は不覚を取りましたけども、今度こそ……!」
 地域を開放したいのは紛れもない衷心であるが、それを早く壊したいと願うのは個人的な感情、自身の焦りに気がついたミルフィは瞬きの間に気持ちを込め直し、グラディウスを握る手に力を込める。
「貴方たち、攻性植物共の侵食から、山々や人々の営みを取り戻しますわ!!」
 短く叫んで、ミルフィはグラディウスを叩き付ける。跳ね返るような衝撃に全身の骨が軋む激痛を感じる間、何故ミッション地域を作られる前に防げないのかという思いが過るが、今答えを見いだせる筈も無かった。
「食い散らかすのはてめぇの星だけにしとけよ、このクソ猪!」
 直後、衝撃に跳ばされたミルフィの耳に、怒りを孕んだ、長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)の叫びが届く。それは清々しいほどに素直な感情であった。
「こちとら悪戯にその種を絶やさないよう注意して、感謝しながらその恵みにありついてんだ。その感謝を踏みにじる食い方は絶対に許さねーかんな!」
 僅か数分で破風山から立ち登ったグロテクスナ茸雲は成層圏にまで達し、高温の上昇気流に含まれる大量の煤は高空で急速に冷やされて、雨雲を作り出す。そして爆煙(スモーク)に覆われた、ミッション地域の周囲は夜の様に暗くなっている。
「せめて希望だけは聞いてやるよ。煮込まれるのと千切り、どっちが好みだってなぁ!? せいぜい食われる気持ちでもその身に焼き付けろ!」
 害意と罵倒、叫びが轟く度に、爆炎が山を撫で、雷光が宙に舞い上げられた異形の影を灰と散らす。
「恨みは有りませんが、これは生存競争です。人家へはたどり着かせません。ここで、滅んでください」
 果たして、クネウス・ウィギンシティ(鋼鉄の鎧を纏う武装エンジニア・e67704)は満身の力を込めて叫び、小剣と一体となった万はバリアに突入した。
 この日の攻撃を締めくくる大爆発に大気と大地が揺さぶられる。そして爆炎が生み出す、熱気に追い立てられるように、気流は巻き上がり、炎を孕んだ雲をどこまでも運んで行く様に見えた。

●撤退戦
 かくして魔空回廊にダメージは重ねた一行は撤退を開始する。
「撮影用ドローンがあるので、敵を先行して偵察しましょう」
「そう、ですわね……」
 偵察には時間がかかる。懸念を予感する者もいたが、口に出す者は居なかった。
 しかしそのドローンでは自分の目が届く範囲しか飛ばせず、しかもスモークの広がる状況では俯瞰映像も有用ではない。そして実際にやってみれば、素早い行動の妨げにしかならないと気づく。
「残念です。……このドローンでは期待した成果はあげられそうもありません」
「気にするな、さあ急ごう!」
 ミッション地域は敵の支配地域。デウスエクスなら電波妨害など造作も無い。敵を利するようなネット接続、衛星を利用した位置情報の取得すらも期待できない有様だ。
「心配ありませんわ。初めてでは……ありませんし、なんとかしてみせますわ!」
 前もって、地図でランドマークを確認しておくのおはそういう理由から。通信機器に頼れずとも、山や川、そして太陽の位置と時間が分かればおよその位置はすぐに把握できる。
 そして土地勘もある陽治、予め撤退プランを準備していたミルフィの助言を元に最短距離での脱出を狙う。
 これで森を早く駆けぬ駆られる様な防具特徴などあれば、時間も短縮できたかも知れないが、気づいても今更なことだった。
「来るぞ!」
 そして微かな予兆と共に、地滑りの如き跡から飛び出た猪の如き巨影を持つ攻性植物『山喰い』が前に立ちはだかるのは、ひとつめの谷を越えようとしたときだった。
「分かっている。サッと倒せばいいんだよな!」
 強いとは言っても立ち塞がる山喰いは一体。千翠は電光石火の身のこなしで地を蹴るとスモークが薄れ始めた空に飛びあがり、その落下の勢いと流星の煌めきと共に強烈な蹴りを叩き込んだ。
「大飯喰らいでは苦しかろう。我が拳の『抱擁』で魅せてやろう」
 捉えどころのない動きで、前に出たユグゴトの身体を覆うオウガメタルが淡い銀色の光を放ち、己の存在を示すように繰り出した拳が、猪の如き異形に三つ重ねの服破りを刻みつける。
「今こそ殴れ。攻めるのだ。覚悟なければ全滅だ」
 攻撃を促すユグゴトの叫びに導かれる様に、跳び上がった波琉那の跳び蹴りが炸裂する。
「分かってるよ! でも外したら、意味なくない?」
 同じ攻めるでも後に続く攻撃が有利になることを意識すれば、戦闘時間を短縮できる。
 一方、律は己の考えに従って、殺戮衝動を発動、破剣での攻撃補強を行った。
「行くぞ。お前も環に組み込まれた連鎖の一部。単純な、シンプルな話だ」
 満たされることの無い無限の空腹と、満ちる機会亡き余生の空腹と衝動、怒り、渇き……。どちらの殺意が上回るのだろう。沸き起こった疑問を胸に抱き律は、敵を睨み据える。
「やりにくい、敵だな」
「まったくだ」
 鬼人が零し、ウィルスカプセルを指で弾き飛ばした、陽治が軽く後ろに跳びながら応じる。
 BS耐性は封じた。しかし前衛に4人という人数配分は列ドレインを持つ敵には些か分が悪い。
 確実に命中させた上で出し得る最大火力を叩き込むよう心掛ける。
 理想的な目標だが準備が伴わなわなかれば絵に描いた餅と化す。
「波琉那、無理するな?」
「これくらいなら、まだ大丈夫よ」
 律の目には自分を庇ってくれた波琉那のダメージが、高レベルのディフェンダーにしては大きすぎるように見えたのが気がかりであった。
「死の聖母に抱かれて、眠りな」
 攻め手を繰り出す鬼人もまた、クネウスと波琉那、陽治らには気を配っていたが、考えている以上にディフェンダーの2人が脆弱であることに懸念を抱き始めていた。
「斬らせてもらう」
 少しでも強い一撃を加えようと、律は研ぎ澄ました精神を刃として鋭く突刺す。
 精神の集中が生み出す好機は通常よりも大きなダメージを生み出し、巨躯を揺さぶる。
「このクソ猪! そこを退け!!」
 かつて ミリシャとの戦いに敗れた千翠はオウガらしい闘争心を燃え上がらせる。
「絡め捕れ。焦がし尽くせ」
 自身を蝕む呪いをいくつもの鎖付きの枷へと変化させ異形の巨躯を拘束する。
 直後巨大な枷のごとき戒めを受けた山喰いは荒ぶり、本能が赴くままに咆哮し食欲を暴発させる。
「山を……喰っていますの?」
 足下から湧き上がる触手。おぞましい感触に蹂躙されながらもミルフィは眼光を鋭くして狙いを定める。
 次の瞬間、自身と敵との間合いを一瞬の跳躍で詰めて、逆手に持った【牙裂兎】(ガレット)と【杵鈷羅】(ショコラ)をそれぞれ逆手に持ち『牙』と振るう。
「【首狩り白兎】からは逃げられませんわ——その素っ首、貰い受けますわよ……!」
 目にも止まらぬ跳躍は斬撃が『跳躍』するかの如き、深々と切り裂かれた巨大な傷口から粘ついた体液が溢れ出る。
 撤退を開始してからどのくらい時間が過ぎたのだろうか。煤を含んだ黒い雨が降り始めて、風が吹く。濃霧の様に戦場を覆っていたスモークは急速に薄まって行く。
「私に構わないで下さい。撃破は、あと少しのはずです」
 そんなタイミングで、牙群の直撃を受けた、クネウスが為す術も無く力尽きる。
 前衛の一角を担うディフェンダーでありながら身につけた防具のダメージ耐性は魔法。敵の攻撃の持つのダメージ属性は破壊と斬撃であるたま、そのいずれに対しても強みを発揮しない。
 そして波琉那もまた同様の理由で瀕死状態、癒やしを手を差し伸べる鬼人やユグゴトが攻撃を繰り出す妨げとなっている。戦術は間違っていなくても、準備不足による不手際の連鎖が一行を追い詰めて行く。
「これで仕舞いにしろ」
 律の精神が生み出す白刃が冴える。防御を許さぬ熾烈な斬撃は巨体を無惨に切り刻み深く傷つける。
「同じ轍は踏みませんわ、今度こそ風穴を開けて差し上げますわよ……!」
 ミルフィの主砲斉射の轟音が山を揺さぶる。
 倒せないことはない相手。だが今すぐに倒せと言われれば、奇跡でも起こらぬ限り倒せぬで在ろう。ユグゴトは地中から近づいて来る気配に戦慄する。
 一方陽治は最悪の未来を打ち砕かんと間近では壁にしか見えない巨躯を目がけて衝撃波を放ち続ける。
「弾けろ、弾けろ! 弾けろ!!」
 しかし足下の地面が揺れるような感触に続いて地中からざわざわとした気配が近づいて来るのに気がついて背筋に悪寒を感じるなか、気持ちの高まりが凄まじい連撃と変わり山喰らいを打ちのめす。
「あと少しで、行ける……よね!」
 だが倒れない。悲鳴にも似た声を轟かせて、波琉那の繰り出した超高速の槍撃が巨体を貫く。もう次の攻撃は出来ないだろう。瀕死の身体から絞り出された一撃は信じがたいダメージを山喰いに与えた。
 最悪の中の最後の一手、覚悟を決めかけていたユグゴトは世界に踏み留まる。
「定めの刻。だが終わらぬ。今こそ滅ぶのだ」
 背中側の土砂の中から次々と触手が湧き上がる中、噴き上がる溶岩が立ちはだかる山喰いの巨体を焼き尽くす。
「今だ!」
 陽治の怒号が飛び、ミルフィが皆を導く様に先頭に躍り出る。倒れたクネウスと波琉那には鬼人と千翠、律とユグゴトが肩を貸し、一行は荒廃した山をただ只管に死に物狂いで駆けた。
 本当に駄目かもと思った。
 しかし天佑に助けられた。
 撤退を続ける一行がミッション攻略中のケルベロスたちに助けられるまでには、これから後、しばらくの時間を要した。

作者:ほむらもやし 重傷:喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313) クネウス・ウィギンシティ(鋼鉄のエンジニア・e67704) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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