いとしこいしき

作者:秋月諒

●恋の罪過
 冷えた風が、街路樹を揺らしていた。表通りの木々は明日にはライトアップを終えるらしい。イルミネーションだけが先に済んだ通りのあちこちには、サンタのプレゼントが転がっていた。
「また今度な」
「♪」
 パチ、という音と共に赤に、青、緑のプレゼントボックスに光が灯る。あれ、ねぇあれ! と指差すミュゲにレイヴン・クロークル(水月・e23527)は小さく笑みを零した。中に入って遊べるのは来週からか。この分だと表の通りはクリスマスツリーの飾り付けを見る人々でごった返しているだろう。
「向こうの通りを回って帰るか」
「♪」
 桜並木のイルミネーションは終わっている。表のツリーのようなオーナメントや星の飾りは無く淡い光にだけ灯された通りは地面もきらきらと輝いて見えた。長く続く通りだ。星の小路。誓いの道。と大層な名前をつけていったのは先にできた教会であったか。
「……」
 ふと、レイヴンは足を止める。何故そうしてしまったのか分からない侭、先を行っているミュゲを追いかけようと顔をあげたそこでミュゲが足止めていることに気がついた。
「ミュゲ?」
 どうかしたのかと、言う筈の言葉は空を切った。通りの向こう、人影が見えたからだ。さっきまで何の気配も無かったというのに。襲撃か。口の中言葉を落とし、拳を握る。地獄の炎が鈍く疼いたそこでーー声が、届いた。
「あぁ、やっと」
 蕩けるように甘い、女の声。腰よりも長い黒髪が揺れ、真っ白なドレスが冷えた風を受ける。純白は、だが何かに汚れていた。その色をレイヴンは知っている。その赤の理由を、意味を。『彼女』の白い足と一緒に伸びて見える鋼が何を示すのかを。
「やっと、見つけた」
 真っ白なグローブは新しい血で濡れていた。血の匂い。今までなかった筈のそれがひどく濃くなる。
「……何を」
「えぇ。許されない恋は悲し過ぎるもの。よく知っているの。貴方も知っているでしょう?」
 だから、だからそう。と『彼女』は言う。ひどく当たり前に。それに何一つの不思議も無いのだというのに。結ばれましょう、と。
「人間を止めれば自由に恋が出来るわ! 素敵ね!」
 とん、と『彼女』はレイヴンに身を詰める。立ちふさがったミュゲを手で払い『彼女』はレイヴンに手を伸ばした。
「さぁ、二人だけの世界にいきましょう? 私と貴方も、今度こそ」
 鋭い刃を伸ばして、白い手も伸ばして。ねぇ、と囁き告げた。愛しいひとの名前を。

●いとしこいし
「皆さま、お集まりいただきありがとうございます。急ぎの案件となります」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は集まったケルベロス達にそう言って顔をあげた。
「レイヴン様とミュゲ様が、宿敵と思わしきデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急ぎ連絡を取ろうとしたのですが、繋がりません」
 連絡がつかない状況が良いとは思えない。
 事態は一刻を争うと見て良いだろう。
「急ぎ合流し、救援を行ってください」

 時刻は夜。大通りではクリスマスに向けたライトアップがあちこちで行われ、灯については問題なく戦うことができるだろう。
「レイヴン様がデウスエクスと接触したのはこの大通りから一本外れた、桜並木です」
 桜並木では既にイルミネーションの設置が終了し、淡い光が桜並木を包んでいるという。通りの幅は広く、表の大通りでツリーのライトアップ準備がされている為、桜並木の方には人はいない。
「戦うには問題の無い広さかと。ただ、地面がタイルになっていて少し滑りやすい可能性があります。念の為気をつけてください」
 周囲の人払いについてはお任せを、とレイリは言った。
「桜並木はまっすぐな通りになっていて、全てイルミネーションで飾られています。左右には固定型のベンチが設定されています」
 石造りで頑丈。転がって倒れることはないだろうが、そこまで戦場を広げればこちらも注意すべきだろう。
「商店街や表の通りの皆様には私の方から連絡をいれておきます。皆様はレイヴン様との合流と戦いの方をお願いいたします」

 敵は一体。配下は無い。
 純白のドレスに身を包んだ黒髪のダモクレスの女性だ。ドレスは所々血に汚れ、真新しい血がついているが近くに被害者はない。最近のものでは無いのだろう。
「スカートの下からは、機械化された足の他に鈍色の鋭い足のような何かが見えています」
 両親の束縛で許されぬ恋に悩む人を見掛けては、片側をダモクレスにして唆そうとするのだ。本人の中では優しさのつもりで。
「ダモクレス・御柳葵はレイヴン様を狙っています。レイヴン様は何かご存知かもしれませんが……、現状では関係は不明です。ダモクレスはレイヴン様を狙ってはいますが、回復をかける相手などにも敵意を向けるようです」
 かかる全てが気になる、ということだろうか。その性質上、逃走の可能性はないだろうとレイリは言った。
「炎と氷を操り、共に高い命中力を持ちます。性質上、ポジションはジャマーかと」
 近接では、鋭い鋼の足による切り裂き攻撃を行う。
「特に氷の花で一面を染め上げる攻撃は威力も高く、警戒が必要です」
 攻性植物による埋葬形態に似た攻撃は一面を氷の勿忘草で埋め尽くし、炎を操り赤い花を降らせるのだという。
「レイヴン様の元へ向かいましょう。援護と、戦いに」
 そこに理由があるのならば、尚更。一つの区切りと思いを遂げられるように。あの冬の桜並木で立つ姿を知ってしまったのだから、一人きりでは戦わせられない。
「ヘリオンでの移動はお任せください。もうばっちり間に合わせて見せますとも」
 さぁ行きましょう、とレイリは言った。
「皆様、ご武運を」


参加者
藤守・つかさ(闇夜・e00546)
小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
レイヴン・クロークル(水月・e23527)
深幸・迅(罪咎遊戯・e39251)
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)

■リプレイ

●戀
「さぁ、二人だけの世界にいきましょう?」
 歌うように甘い声だった。伸びた指先に、白のグローブに包まれた手に一瞬、レイヴン・クロークル(水月・e23527)は言葉を失う。
 あの日ーー全てが変わった日、彼女の両親に否を叩きつけられた時、遠くへ消えた彼女との付き合いは自然に消えていった。ずっと連絡も取れないままでーーだが、それがどうして。
「私と貴方も、今度こそ」
 ひとつ、ふたつ戦場に花が咲く。指先が、肌が一気に冷えていく。レイヴンの知る彼女にはなかった術。
「ねぇ……」
 甘やかな声と共に一帯を埋め尽くす勢いで花が咲きーー、だがそこに藤の花弁が混じる。
「!」
「此の花、雷を纏い、咲き乱れろ」
 花弁は、葵に触れーー爆ぜた。月色の雷が戦場に落ち、一帯を埋め尽くしていた氷の勿忘草が砕け散る。
「誰!?」
「こいつはあんたが連れてって良い奴じゃないんでね。悪いけど、邪魔させて貰う」
 はたと冷えた空気に黒衣が靡く。低く告げた声の主にダモクレス・御柳葵が顔を上げた。
「邪魔なんて!」
「連れて行けると思ってくれるなよ」
 葵の視線が来訪者へと向く。その一瞬、確かに生まれた隙にレイヴンが葵から間合いを取る。指先から逃れた男に眉を立てた娘を正面に来訪者ーー藤守・つかさ(闇夜・e00546)は言った。
「嘆くのは、終わってからだ」
 一瞬、交わる視線を最後に、武器を持つ。キン、と鈍い音に駆けつけたケルベロス達の足音が重なった。

●那由多の果て
「私の恋の邪魔をしにきたというの?」
「ーーえぇ」
 ゆるく首を傾げた葵に、悠然とした声が返る。
「ご無事で何より」
 来訪を告げる一撃と共に、レイヴンとミュゲに微笑んで斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)は告げる。一撃に、冷気を纏っていた葵が眉を寄せた。
「邪魔を!」
「そうなるかしら」
 睨め付ける視線に、自らの精度を上げながらローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は剣を抜く。キン、と響く音ひとつ、レイヴンへと声を投げる。
「助力するわ。及ばずながら、ね」
 それがこの地に来た理由。重なる足音に、眉を寄せていた葵が、は、と顔を上げる。避けるように足を引くがーーだが、届く光の方が早い。
「ーーッく」
「つーか、カナンには二人の間に何があったかわからねーっすけど」
 光弾だ。小森・カナン(みどりかみのえれあ・e04847)の放つ一撃が葵の肩口に叩きつけられる。一撃は浅く、だが、視線はこちらに向く。
「カナンからカナンを運んでくれる褐色イケメンを奪わねーでほしいっすね!」
「奪う……はは! 貴方達が? 私から!?」
「っと、なんか上手く話が通じてるわけじゃ無いみたいだね」
 単語に反応しているという感じだろうかとフリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)は思う。
(「大好きな人と一緒にいたいのは分かるけど…怪我させたり苦しい思いさせたりはダメなんだよ」)
 恋についてはよく分からない。でも、大事な人と離れるという思いをフリューゲルは知っている。自分が離れた時寂しかったから。もう一度離れるとなったらきっと寂しいから。
(「出来るだけ、レイヴンが悲しくないように……前向けるように、手伝えたらいいな」)
 その為にまず、少年は地を蹴る。身を、前に飛ばす。間合いへと踏み込んだフリューゲルの手が葵へと伸びた。
「そう何度も邪魔なんて……!」
「届くよ!」
 フリューゲルの手が、葵に触れた。指ひとつ、その腕に触れただけの一撃はーーだが気脈を断つ。払う為に振り上げた腕がびくり、と震えた。
「こんな、もの……!」
 暴れる体は、だが踏み込む足ですら震える。制約だ。一撃の主へと、葵は視線を向ける。
「私の、恋の邪魔をするなんて……!」
「人間を止めれば自由に恋ができる、だなんて。止められないから人は悩むのよ」
 その殺意を、アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)は受け止めた。
「この話に簡単に結論など出ないわ。人の身のまま愛する人を愛したい。そう望むことの何がいけなくて?」
 人を止めれば愛する人と自由に恋愛ができたとしても、愛する人が愛してくれたわたしは、それを選択するわたしではないわ。
 だからこそ、アーデルハイトは言える。
「死んでしまってはふたりの世界などないわ。自分以外の何かになってしまうのだから」
「そんなもの……!」
 叫ぶ葵の肩口で機械のハムスターがキキ、と鳴いた。獣のように、だがせせら笑う人の声のように低く響いたその声に、葵は笑みを零した。
「えぇそうね。それならば全て、殺してしまえば良いのね!」
 ほっそりとした腕を空に掲げ、歌うように葵が告げた。
「貴方達全て、止めてしまえば!」
 瞬間、空が染まった。雪のような色彩は一転、熱へと変わる。炎の花だ。迫る熱に深幸・迅(罪咎遊戯・e39251)は声を上げる。
「前衛、来るぞ……!」
 告げられた警戒と、舞い踊る花がケルベロス達に触れたのは同時だ。焼き尽くすような痛みに、吐く息が白くなる。夜の戦場に溢れた赤と共にひどい火傷が滲む。
「回復は任せろ」
 迅の言葉に、なら、と応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が一撃を選ぶ。熱の花は、地面に触れる前にかき消えて、溢れた赤だけが焼けた鉄の匂いを零す。血に濡れた戦場を、駆ける仲間を視界に迅は息を吸う。
「……貴方」
「まぁ、そうだろうな」
 低く落ちた葵の声。回復がレイヴンにまで届いたことに気がついてのことだろう。敵意に殺意。綯い交ぜになったそれを迅は感じ取る。
(「終わった恋に心残しちまうのは判らなくもねぇ。でも、心を残したいンなら、それは人でなけりゃならねぇよ」)
 炎の花と踊り、足音の鋼の音を響かせる葵は人ではない。
「……」
 息を吸う音ひとつ聞く。とたた、とミュゲがレイヴンへと駆け寄っていた。
「行くか」
 愛娘の傷を確かめて、手に武器を落とす。ぶわり、と鈍く地獄の炎が揺れた。あの日、失って手に入れたものに力を込めて、白狼は駆ける。

●刹那の狼焔
 身を前に、踏み込む足に力を込める。足裏が硬い地面を蹴った。全身で振りかぶれば、ぶわり、と地獄の炎を纏う腕が獣化する。振り返った葵にレイヴンは拳を叩きつけた。
「あら」
 ガウン、と音は重く響いた。肩口を穿つ一撃に、鋼の音と硬い感触が手に返る。
「ミュゲ!」
「♪」
 レイヴンの横から飛び出したミュゲが、一撃を叩き込む。鈍く響いた一撃に反応したのは葵の肩にいたハムスターだ。
「キキ!」
「えぇ、邪魔ね」
 一撃に、僅かに傾いだ葵は緩く倒れる体の勢いさえ利用してくるり、と回る。ひらり、とスカートが揺れれば見えたのは蜘蛛のような鋼の足。避けるにはーー距離が足らないか。
「ーーっ」
 ザン、と衝撃と共に血がばたばたと落ちた。
「もっと、もっとよ。そうしたら……!」
「いいえ」
 否を告げる声と共に、黒光が戦場に落ちた。ローザマリアだ。絶望の光に身を焼かれ、葵の足が止まる。一瞬。だがそれだけあれば、身を飛ばすには十分。たん、と距離をとったレイヴンを視界につかさは前衛へと守護星座の陣を描く。戦場へと描きあげられた星の光は、癒しと共に加護を生む。その光の中、フリューゲルは巨大なハンマーを振り上げる。
「傍にいたいからって、傷付けていい理由にはならないよ!」
 放つ一撃は竜の咆哮となる。ルォオ、と冬の空気を震わせ、放たれた一撃と共にフリューゲルは声を上げる。叩きつけられた殺意に、ギ、と軋み聞こえた音に。
「悲しませて、苦しませて……それでもなんて言う人に、負けてなんてあげないから!」
「それなら、私が証明してあげる」
 ねぇ、と葵は告げる。両の手を広げれば肩にいたハムスターがキキ、と楽しげに声を鳴らす。
「人間を止めれば自由に恋が出来るわ!」
 嬉しそうに声は響かせ葵は戦場を舞う。飛び込む足音は固く、叩きつける一撃には花を踊らせ、迷いなく狙うのはレイヴンだ。連れて行く為だと謡う葵に、カナンは大器晩成の一撃を叩き込む。冷気は重く、払う為に伸びた腕を染める。
「邪魔をしないで」
 叩きつけられる言葉にカナンは顔を上げる。自分は、ただ手伝うだけだ。
(「だってカナンにはレイヴン君の気持ちはわからないっすから」)
 レイヴン君が自身で決着をつける事っす。
 だけど、とカナンは思う。だけどだ。
(「レイヴンくんは死なせないっす。カナンの遊び相手が減るじゃねーっすか」)
 盾役のこの身、受ける覚悟はあるのだから。
 冬の夜に、剣戟が響く。火花の中、前へ前へと飛び込めば舞い踊る花が肌を焼き、落ちた血の上を踊るように葵が一撃を叩き込む。
(「両親、恋人達。其々の想いが擦れ違い、抉れて歪んで狂気へと落ちたのでしょうか」)
 実に憐れ、と朝樹は紡ぐ。
「ですが、善意の一方的な押し付けは優しさとは呼べません」
 指先が空に踊る。それは、終焉の軌跡を描く符の閃華。
「此度迎えるのは永遠の別離。せめて尊厳と誇りを持って逝けますように」
 一撃が葵へと届くのを正面にアーデルハイトは頷く。
「さすがに厄介な敵だこと。けれど、やられてばかりではないわ」
 冷静に現状を見据えたアーデルハイトが、回復を選ぶ。癒しの風を届ければ、前衛に絡みついていた氷が弾ける。
「貴方……」
 分かりやすくこちらに向いた葵の視線に、視線を返した娘はその手に武器を構える。
「さぁ、頑張ってちょうだい。まだまだ戦えるわ、そうでしょう?」
「えぇ」
 声と共に応じたのはローザマリアだ。後方から届く一撃と共につかさが踏み込む。正面から向かったのは回復手へと向いた視線を遮る為。刀身が空の霊力を纏い、震える。
(「レイヴンの宿敵だろうと、他の誰かの宿敵だろうと……。無論、自分の宿敵だろうと、例外なく」)
 いつも通り、出来る事を出来る限り。刃に迷いは乗せない。
 ギン、とつかさの一刀を葵が受け止めた。庇う腕は鋼の音をたてーーだが刃を滑らせ、そのまま踏み込んだ一撃が胴へと届く。派手に火花が散り、血の代わりに破片が飛ぶ。キン、と高く響いた音に迅は息を吸う。
「ミュゲ、ちゃんと見とけ。んで、あいつらの背中、ちゃんと覚えとけ」
 声を投げられた先、レイヴンの傍にいたミュゲが振り返る。なに? と言いたげな顔に吐息を零し告げた。
「忘れんなよ……今日って日の、この戦いを」
 戦場を見据え、再び回復を選ぶ。淡い光を受け、戦場は加速していく。

●地獄の射手
 花の甘い香りと、血の匂いが夜の戦場を覆っていた。吐き出す息が白く染まる一瞬さえもかき消すように、氷の花がケルベロス達を貫く。全身が軋むような痛みに、だが、と前に出れば回復の声が届く。制約を払う為の回復は、専任の迅以外にもいる。お陰で動きは随分と楽だ。葵の操る術は、炎と氷を巧みに操る。回復があと少し足りなければ、動きを先に鈍らせていたのはこちらだろう。狙いがレイヴンと回復手だとしてもその全てを庇いきれる訳でもなく一帯を覆う一撃は面倒だ。
「最も、広く狙える分、倒れるほど重くはないわね」
 剣よ、とローザマリアが告げる。藍天より顕現した無数の剣が葵へと降り注いだ。一撃、払うように伸びた腕に、開いた胴にレイヴンが踏み込む。稲妻を帯びた一撃が、ゴウ、と唸り届く。
「……ッぁ」
 瞬間、ドレスが爆ぜた。破れたのではない。機械のそれが壊れるように火花が散り、欠け落ちた破片が鈍い音を立てる。ギィ、と混ざるように聞こえたのは、あの機械のハムスターからの音だ。
「せない、邪魔は……させない!」
 踊るように手を伸ばす。氷の勿忘草がレイヴンへと向かう。
「させないっすよ」
 そこに、カナンは踏み込んだ。割り込むように一撃、庇いきれば葵の声が跳ねる。
「どうして……」
「言ったすよ」
 氷の一撃だというのに、庇い受けた一撃をひどく熱い、と思う。流れた血に、だが息を吸ってカナンは言った。
「最初に」
「……ッ奪うなんてそんなこと!」
 させない、と葵は吠えた。ノイズがかった声に、狙う追撃にフリューゲルが飛び込む。落ちた破片を飛び越え、叩きつけた蹴りに葵の視線がこちらを向く。一瞬の惹きつけ。着地の後、すぐに身を飛ばさなかったのは続く一撃を知っていたから。
「行きましょう」
 アーデルハイトの一撃だ。振り下ろすハンマーが竜の咆哮を呼ぶ。攻撃の一手を選んだのは、カナンと迅が動いていたからだ。
「『風よ、風よ』っていう感じっすよ!!」
 前衛へと届く風が氷をも払う。ならば、と迅はレイヴンへの回復を紡ぐ。葵の動きは最初に比べて随分と鈍くなっていた。こちらの回復の回数も減った。その上で、今、彼に届ける理由はひとつ。次で決まる、とそう思ったからだ。
「させない、邪魔なんて……!」
 戦場に火花が散る。その赤で染め上げるように炎の花が降り注ぐ。熱せられた地面を蹴って、叩き込まれる一撃を受け止め、時にその身に受けながらケルベロス達は踏み込む。その時に、辿り着く為に。
「戦いは終焉を迎えても、燻り続ける想いは抱えたまま生きていくのでしょうね」
 それでも出来る限り、と朝樹は紡ぐ。伸ばす指先が紡ぐは宵闇を裂く一撃。黄泉路への道導。
「――どうぞ、お心のままに」
「……ッぁあ!」
 一撃が、葵に届く。暴れるように身を捩れば光が、落ちた。
「!」
「其は全ての仇為す者達を地に留め置く誅罰の縛鎖。星霜の後も天を鎖せ、永久の戒めよ」
 それは召喚の光。宙空に浮かび上がった紋様から打ち出されるのは無数の鎖。召喚の主たるローザマリアに葵が、気がついた。
「邪魔を!」
 叩きつけられる殺意に、ローザマリアは言った。
「レイヴン、終わらせてあげて」
 踏み出す一歩が見えたから。握る銃が見えたから。二歩目からは、た、と強く地を蹴っていく姿にフリューゲルはそっと、声をかける。
「……がんばって、ね」
「……」
 その背を、つかさは眺めた。
(「今日のあんたの背はずっと覚えておくから――」)
 暴れる腕が鎖を払う。戒めとて絶対ではない。だが稼いだ間は踏み込む時を作る。その為の道筋であれば皆でつければ良いだけのこと。
「行ってきな、レイヴン。テメェの手できっちっと片付けて来なッ!」
 迅が声をかける。その声を、皆の言葉を背にレイヴンは踏み込んだ。血に濡れた地面を蹴って、こちらを向いた葵に銃を持つ。
「邪魔を、貴方まで私達の邪魔をするっていうの……!?」
 叫ぶ葵が鋼を差し向ける。鈍い光に、真正面から来るそれをーーレイヴンは受けた。
「ーーッ」
「!?」
 腕を掴んだのは、自分が先だった。は、と顔を上げた葵をそのまま抱き寄せる。鋼の刃が突き刺さるのが分かる。でも。抱き締めたかったのだ。だから彼女の反撃も覚悟の上で。
「……あの時、助けられなくて。ずっと探してくれた事、愛し続けてくれた事に報いる事が出来なくて、本当にすまない」
 それでも、とレイヴンは言う。銃弾を込めた鋼を彼女に突きつける。
「それでもお前にこれ以上、罪を犯させたくないから」
 突きつけた銃口は、揺れていた。本来の己が、怖がりで臆病な部分が出たのか、銃を握る手は、引鉄にかけた指は震えていた。それでも、止めは自分がと、そう決めていたから。
「だから……さようなら、葵」
「ーーぁ」
 ガウン、と地獄の焔を纏う一撃がダモクレス・御柳葵を撃ち抜いた。ぐらり、と娘は揺れる。白いドレスに色が滲む。古びた赤。焔にも似た色に葵の肩にあった機械のハムスターが先に砕け散った。
「わ、たし……」
 声が震える。戦場で聞いていたより幾分か優しげな声で、迷うように揺れた指先がレイヴンの手に触れた。
「ずっと、謝りたか……」
 握るように最後にひとつ、指先に力を入れて葵は崩れ去る。淡い光に包まれるようにして、腕の中にあった重みがーー消えていった。

 平穏を取り戻した通りが、ヒールを受けて形を取り戻していく。荒れた地面も元どおりになれば淡い光が夜の街を照らしていた。立ち尽くす男の元にフリューゲルが駆け寄る。何か残っていればとそう思ったが、彼女は光と共に消えてしまっていた。
「……あと、何か出来るかな」
「辛くてもしんどくても、生きてる以上は、前に進むしかない」
 だから、とつかさは言った。
「目をそらさずに前を向きたい……」
 それは己への言葉か。彼へのそれか。
 恋と、紡ぎ続けた娘を朝樹は思う。恋は、自分もしている。世間で言えば許されぬ恋。たった一人の片割れに向けての愛憎と恋心。
「……」
 口には出さず、ただ並木彩る光へ双眸を細める。冷えた風が、はた、はたとケルベロス達の服を揺らした。熱の痛みは遠く、レイヴンの治療を終えた迅は息をつく。
(「別れの言葉ってな……告げられた方が、遺された方が、痛みを覚えるように感じるけどもその実、告げた方だって、立ち去る方だって、同じくらいに痛んでるって事……気付きゃいいさ」)
 男が歩き出すまでどれだけの時がかかるのか。握りしめた銃を見ながら、その時まで待つ心で冬の夜につぶやく。
「殴られりゃ、殴られた箇所がいてぇのと同じでよ。殴った方もいてぇ」
 それだけの話、だろ?
 たった一人を探し求め、恋を歌った娘は漸くの眠りについた。終わりの時に告げられた言葉は、最後の願いか思いか。
「……」
『レイヴン』
 遠い日に聞いた声が、冬の夜に立ち尽くすレイヴンにさよならを告げていた。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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