終末機巧大戦~歯車と螺旋のアストロフィー

作者:秋月きり

「みんな。東京六芒星決戦、お疲れ様。みんなの活躍で、十二創神のサルベージと言う最悪の結末を防ぐ事が出来たわ」
 ヘリポートでケルベロスを迎えるリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声はしかし、その言葉と裏腹に静かに紡がれていた。
 それはケルベロス達の健闘を、そして勝利を祝福していない訳ではなく――。
「悪い予知が見えたわ。東京六芒星決戦に参加しなかったダモクレスの軍勢が、儀式失敗によって行き場を失ったグラビティ・チェインを利用しようとしているようなの」
 グラビティ・チェインを奪い、執り行う大儀式の名前は『終末機巧大戦』。そして、この事件を引き起こすのは『五大巧』と呼ばれる五体の有力ダモクレスのようだ。
「『五大巧』達はディザスター・キングの指揮により『六芒星決戦』に参戦する筈だった戦力を、自身らの支配下に収めると、死神を裏切って儀式への増援を拒否したようなの」
 増援拒否によって温存していた勢力を投入し、今回の作戦を強行したようなのだ。
「既に晴海ふ頭は中央部に出現した超巨大ダモクレス『バックヤード』を中心に、周辺の機械や工場などを取り込んで、ダモクレス化してしまっているわ」
 その上で、大儀式『終末機巧大戦』――核となる『6つの歯車』を利用した儀式を行う事で、機械侵略を爆発的に増殖させ、東京湾全体をマキナクロス化させようとしているのだ。あたかも、爆殖核爆砕戦で攻性植物が行った『はじまりの萌芽』を模すかのように。
「この『終末機巧大戦』を阻止する為には『核となる歯車』の破壊が必要。だけど、儀式そのものは巨大な拠点型ダモクレスの内部で行われる為、歯車の破壊には拠点型ダモクレスの内部に潜入する必要があるわ」
 終末機巧大戦の儀式は、晴海ふ頭外縁部で行わなければ意味がないらしく、ダモクレス達は儀式開始と同時に侵攻を開始するようだ。その為、ケルベロス側はその瞬間を急襲し、儀式を阻止する事になる。
「儀式発動までの猶予は、おおよそ30分と言った処ね」
 つまり、その30分以内に、敵拠点に潜入、護衛を排除し、儀式を行っている指揮官ダモクレスの撃破、或いは、儀式の核となる歯車を破壊を行わなければならないのだ。
 ケルベロス達が儀式の阻止――つまり、歯車の破壊や指揮官ダモクレスの撃破に成功した分だけ、終末機巧大戦の被害を抑える事が出来る筈だ。
「そう。つまり、儀式が全て完遂されれば東京湾全体がダモクレスの手に落ちちゃう。でも、全て阻止する事が出来れば、被害は最小限に、晴海ふ頭中心部のみの被害で抑える事が出来わ」
 状況は厳しい。しかし、それでも。
「みんななら何とかしてくれるって信じている」
 武運と活躍を祈ると、リーシャは信頼を金色の瞳に浮かべる。
「みんなに担当して貰うのは『第一の儀式場』――拠点型ダモクレス、『螺旋機神』ミカニ・ミトロポリをお願いしたい」
 ここに集う8人を含めた5班、総計40人による大規模な作戦行動となるようだ。5台のヘリオンを用いた降下強襲作戦の為、ミカニ・ミトロポリに辿り着くだけならば、容易と思えた。――そう、辿り着くだけならば。
「まずは5班の内の2班が『先行班』として、ミカニ・ミトロポリとその護衛と戦い、突破口を開くことになるわ」
 そして、その後、この班を含めた3班が『突入班』としてミカニ・ミトロポリの内部に侵入。儀式を阻止を行うのだが、その為には途中にいる護衛を下し、最奥を陣取っている指揮官を倒す――或いは、歯車を破壊する必要がある。
「指揮官の名前は『ノストラダムス』。元々はバックヤードを封印する為に遣わされた死神だったんだけど、今は逆にバックヤードに支配されている状態よ」
 死神が六芒星決戦で集めたグラビティ・チェインを利用して戦う能力を有している為、儀式中は非常に高い戦闘力を発揮するようだ。
「ノストラダムス以外にも『『螺旋のプロメテウス』病口・鬨緒』と言う名の螺旋忍軍、『歯車忍者頭・サオリ』と言う名のダモクレス、そして『歯車忍者』の軍勢が護衛としているわ」
 『『螺旋のプロメテウス』病口・鬨緒』と、『歯車忍者頭・サオリ』は有力なデウスエクスである事は否定できないし、二人に劣るとは言え『歯車忍者』も数の多さから脅威である事は間違いない。なお、歯車忍者はミカニ・ミトロポリの周辺にも配置されており、『先行班』にも同型機が衝突するようだ。
「3班で確実な指揮官撃破を目指すか、それとも一班や二班に託し、残りで護衛のデウスエクスを抑えるか……そこはみんなの判断に任せるわ」
 ノストラダムスは強力なデウスエクスの為、一班だけの力で勝利する為には余程作戦を練った上、運すら味方にする必要があるだろう。
 対して二班ならば勝利の目はあるかもしれない。だが、護衛らを抑える一班の負担は大きく、増援の発生ともなれば、二班でもノストラダムスを倒しきるのは難しいだろう。
 そして三班で戦う場合、護衛を全て撃破して……と言う順番の為、時間を有してしまう。儀式完成迄の時間が30分である事を考えれば、儀式阻止そのものをどのように行うか、指揮官であるノストラダムスの元に向かう時間をどれだけ短縮し、儀式の阻止の為にどうするかを考えなければ、遂行は難しいだろう。
 何れも一長一短ある作戦だ。故に、どれを行使するか。それはケルベロス達の決断に掛かっていた。
「ノストラダムスも護衛のデウスエクスも、どれも攻撃寄りのグラビティを使用するわ」
 生憎、未来予知の精度の問題か、それともダモクレス側で何らかの妨害が働いているのか、ポジションを感知する事は出来なかったけど、と浮かべたリーシャの微苦笑は、むしろ自身を責めているようにも見える。だが、暗い思念首を振って追い払った彼女は、再度、ケルベロス達に向き直り、言葉を続ける。
「東京六芒星決戦の結果から、撤退するかに見えた竜十字島のドラゴン勢力も、撤退をとりやめ太平洋上で状況を伺っているようなの。また、死神のネレイデス勢力もこのまま引き下がるとは思えないわ」
 ダモクレスの儀式を挫く事で、ケルベロス達を取り巻く状況は大きく変わるだろう。だから、頑張って欲しい。リーシャは万感の思いを込め、いつもの言葉を紡ぐのだった。
「それじゃ、いってらっしゃい。――武運を……ううん、みんなの無事を祈ってる」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)

■リプレイ

●螺旋機神を突破せよ
 空は青く、蒼く。
(「ほな、またな」)
 去りゆくヘリオンを見送りながら、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は無事を祈る。空気を切り裂くのは飛び降りた自分ら8人――否、5班40人の身体だけではない。
「危ないでござるな!」
 飛び交う弾丸を縛霊手で弾き飛ばしたマーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)は愚痴を零し、共に降下するサーヴァント、剣豪将軍ナノテル様は鷹揚に頷いて主の苦労を労う。
「随分な高高度からの降下作戦になりましたわね」
「ヘリオンを守る為には仕方ないね」
 眼下に広がる拠点型ダモクレス、『螺旋機神』ミカニ・ミトロポリを視野に収めながらのエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)、そして星野・光(放浪のガンスリンガー・e01805)の会話は現状を推し量るのに充分だった。
 ミカニ・ミトロポリがダモクレスである以上、自身を狙うケルベロス達への応戦はむしろ、至極当然。それを警戒するが故、ヘリオンには早々に退去願った。
 そして、今、ケルベロス達に向けられたミカニ・ミトロポリの攻撃は――。
「大丈夫です! 先行班が対処して下さっています!」
 言葉に信頼を乗せ、イピナ・ウィンテール(剣と歌に希望を乗せて・e03513)が歓声を上げる。
 空と言う戦場を縦横無尽に駆け巡り、銃床を破壊するのは、2班16名に及ぶ先行班の面々だ。輝き、熱、白刃に蹴打、何より重力! 巨大なダモクレスを前に、彼らは臆する事は無く、突入班の為に突破口を開いてくれている。
 ならば、と思う。自分達もそれに応えるべきだ。
「侵入経路を作るわ」
 リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)は一門のアームドフォートを構える。
 道は切り開く物。先行班が交戦しているこの暇を縫い、入口を――侵入経路を穿つ。
 短い言葉にリコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)が頷きで同意を示す。灯篭型の宝珠を構える彼女は、虚無球体を産出。叩き付ける様に投擲する。
 それは20を超える光条だった。眩いばかりの輝きは、地獄の番犬の爪、そして牙だった。
 破城槌宜しく叩き付けられた無数のグラビティはミカニ・ミトロポリの外壁に楔を打ち、噛み砕いていく。
 濛々と立ち込める煙は、弾ける爆砕音と共に。
 やがて、瓦礫混じりの通路に降り立ったリュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)は小さな翼を広げ、宣言を口にする。
 それは決意で、そして祈りだった。
「『終末機巧大戦』を絶対に成功させはしません!」
 ここに集う誰しもが抱く想いは、ケルベロス達を奮い立たせる聖句。
 斯くして、ケルベロス達はミカニ・ミトロポリの内部を突き進む。――終末機巧大戦の成就を阻止する為に。

●星詠みの扉
 先行班と別れて数刻。
 その間、ケルベロス達はただひたすら、ミカニ・ミトロポリの内部を駆けていた。
(「五分ぐらいでござるか?」)
 兎のウェアライダーとしての聴力を生かし、進軍ルートを定めるつもりだったマーシャはしかし、その必要が無かった事に嘆息する。
 ミカニ・ミトロポリの内部は迷宮と化していなかったのだ。探索が不要ならば、特性を生かす好機も訪れない。
 彼らの道を塞ぐべく出現する歯車忍軍も、だが、その役目を果たす事は出来なかった。
 3班24人に及ぶケルベロスの進軍の制止は彼らに叶わず、そして、その様は奇しくも三つの首を持つ伝承の魔獣――地獄の番犬ケルベロスに食い千切られる咎人その物であった。
 だが、その歩みもぴたりと止まってしまう。
「最深部ですか?」
「正確に言うなら、その一歩手前ね」
 光の独白への応答は、リティから紡がれた。
 彼女達の視界の先に佇むのは、巨大な扉だった。おそらくあれが最深部――儀式の間に続く入口だろう。
 だが、その前に佇む男達がいた。白衣を纏ったダモクレス。軽快な忍び装束を身に纏った女性。そして、歯車忍軍達。おそらく、彼らこそが『番人』。
「此処から先には行かせぬぞ、ケルベロス達よ!」
 宣言する男こそがヘリオライダーの予知にあった『螺旋のプロメテウス』病口・鬨緒であろう。ならば、傍らの女性は『歯車忍者頭・サオリ』と言った処か。
「――ふん」
 鼻を鳴らしたエニーケが言葉をを紡ぐより早く、ずずいと進み出る人影があった。
「……知らなかった、そして知りたくなかったぜ、病口先生。貴方がデウスエクスだったなんてな」
 声の主は他班の青年、軋峰・双吉だった。
「双吉……」
 リコリスの声が小さく響く。言葉を聞く限り、双吉と鬨緒には何らかの因縁があり、そして、それがこの場で発露したのであろう。ならば、自分達の為す事は一つ。
「ともかく、この場は任されたよ、キミ達」
「此処は、私達が押さえます。皆様はノストラダムスを」
 ぱちりと目配せをし、先を促す浜本・英世に、テレサ・コールの声が重なる。作戦ではここに布陣する護衛達を、一つの班に託す事になっていた。そして今、時が来たのだ。
「すぐに終わらせてきますから、少しの間お願いします!」
 故に、イピナは笑顔で彼らに応じる。彼らを試金石にするつもりは無い。彼らは彼らの、そして自身らは自身らの役割がある。それだけの事だ。
「時間かせぎは、任せて」
 フィーラ・ヘドルンドは短い言葉で。そして鈴木・犬太郎はその身を張って歯車忍軍を止める事で彼らを送り出す。
 ――大扉がゆるりと開かれ、そして、16人のケルベロス達を飲み込むのに、さほど時間を必要としていなかった。

●VSアストロフィー
「何なんだ、貴様らどういうつもりだ!?」
 部屋に佇むそれは強気な視線をケルベロス達に向けていた。
 死神ノストラダムス。バックヤードに捉われ、儀式の指揮官と化したデウスエクスは不快感を露わにした表情でケルベロス達を指差す。
 刹那、嵐が吹き荒れた。
(「違うッ?!」)
 己に起きた異変を、首を振る事で否定するリュセフィー。しかしその整った顔立ちから零れる体液は表情を汚し、視界と呼吸を妨げていく。
 部屋に嵐は吹き荒れていない。脳内を駆け巡った衝撃が、彼女達後衛の精神を灼いたのだ。
 歪む視線を巡らせれば、暴虐を受けたのは自身と、己のサーヴァント、ミミックだけではなかった。光もリティも険しい表情を結んでいる。その表情を彼女は知っている。恐怖そのものと対峙した人間はあのような顔をするのだ。
「今時恐怖の大王なんて流行りませんのよ。嘘八百はそこまでにしておきなさいな」
 仲間を覆う異変を吹き飛ばす為だろうか。発破の如き宣言と共にエニーケは竜砲弾でノストラダムスを穿つ。
「儀式を止めさせて頂くでござるよ。――ナノテル様!」
 マーシャの射撃はサーヴァントの光線と共に。三味線型の弓から放たれた矢は剣豪将軍ナノテル様の放つハート形のビームと重なり、ノストラダムスの肩口に突き刺さった。
「あとはあんたを倒す簡単なお仕事――やったらええんやけどな!」
 凍気纏いの杭を突き刺す瀬理の一撃はしかし、ノストラダムスの投擲した剣に阻まれ、ただ彼女を掠めるだけに留まる。
(「こいつ、強いわ」)
 それは諦観ではなく、分析結果だった。流石は2班で互角と言わしめたデウスエクスだ。その攻撃力も、体捌きも、並みのデウスエクスと比べ物にならない。
「――これで戦闘向きじゃないなんて!」
 妖精弓の一撃と共に、嘆息を零すのはイピナだった。武門の当主としての観察眼が、そして勘が告げていた。ノストラダムスは儀式を遂行する為の存在。いわば祭祀であり、戦士と言うべき存在ではない。
 問題は、それと強さは別だと言う事だ。
 ケルベロス達の攻撃を一手に受け、しかし、怯む事は無い。死神由来なのか、ダモクレス由来なのか不明だが、彼女の耐久力は一級品。
 そして、繰り出すグラビティもまた――。
「それでも、『終末機巧大戦』を達成させるわけにはいかないわ。――ドローン各機、支援対指定完了……データリンク開始。これより、適切な医療術式及び薬剤投与に関する技術・物資支援を行う」
 ならばと、リティは無数の治癒支援用ドローンを召喚する。敵の強さは判った。絶望的とも思える戦力差は、だが、それがどうしたと言うのだ。
「私達には、退く選択肢が存在しない」
 オウガ粒子を散布するリコリスの決意は、ここに集うケルベロス達全てが抱く想いだ。
 そう。雷光の壁を付与するリュセフィーや砲撃によって仲間を補佐する光だけではない。共に戦う他班――シエナを始めとした8人は元より、外で戦うメリーナ達、そして、先行班としてミカニ・ミトロポリを、歯車忍軍達を引き受けてくれた朔耶や鐐達16人もまた――。
「さて、風は何処に吹くのか――ってね」
 口笛と共に光は笑みを浮かべる。くいっと拳銃に押し上げられたテンガロンハットから覗く黒い瞳は、不敵な色を湛えていた。

(「不味いわね」)
 幾合グラビティが飛び交っただろう。その都度ケルベロス達、そしてノストラダムスは傷付いていく。
 リティの独白は、忙しく駆け巡る自身やリュセフィー、そしてウタの姿を捉えたが故だった。
 その誰もが息切れの如く、荒い息を吐いていた。その理由は単純にして明確。
(「回復手が足りない」)
 それだけ、ノストラダムスのグラビティは強力で、凶悪で、狂乱だった。集団を相手取る催眠音波は見切りを厭わず振り撒かれ、複数のケルベロス達にダメージを刻んでいく。
 それは表面の傷だけではない。脳を直接侵食する斬撃は、ケルベロス達の平静を奪い、同士討ちすらも誘発していく。3人のメディックだけでは、それらを抑えるのに精一杯だった。
「こんな筈は無い。てめえら一体何なんだ?」
 その一方で、ノストラダムスは悪態の如き狼狽を吐き捨てている。それが彼女のグラビティに屈しない事を指しているのだろうか。ならば、リティ達の献身も捨てた物じゃない。彼女達の働きが、ノストラダムスの思惑を潰していると思うのなら、それはそれで小気味よかった。
「25分、経過」
 リティの呟きは、万感の思いと共に紡がれる。
 それは刹那にして永劫。彼女が感じたあらゆる時間より長く、そしてあらゆる時間よりも早く過ぎ去ってしまった。
「殺してやる!」
 罵倒と共に、ノストラダムスは無数の剣を繰り出す。催眠音波だけでは仕留めきれないと感じたのか、それとも、これ以上の戦いを忌避したのか。
 無数の刃が向けられた先は、日本刀を抜刀した剣士――イピナだった。
「――ッ!」
 しかし、甲冑に包まれた身体は、裁きの剣を受け付けない。その全てをリコリスが、そしてマーシャとナノテル様が受け止めたからだ。
「助かりました!」
「……いえ」
 リコリスから零れる溜め息は、誰に向けられた物なのだろうか。落胆の色を浮かべた彼女は次の瞬間、自身の表情を鉄面皮で覆っていた。
(「やはり、ダモクレスに捕らわれただけのただの死神、ね」)
 落胆の意味を知るのは、彼女のみ。
「あああっ。黒くっ、そして、死ねっ」
 ノストラダムスから迸る叫びは、黒死病を思わせる打痕と共に放たれる。死の臭いすら孕む熱波から主を庇ったナノテル様はしかし、サーヴァントが故の耐久力の低さに、その身体を消し飛ばされてしまう。
「歯車を狙えればっ!」
 冷凍光線を放つエニーケが口にするは、焦燥だった。
 歯車を発見すればその破壊に尽力する。彼女の想いはしかし、その成就が見受けられない。
 歯車はあった。ノストラダムスが得物と抱く其れが、おそらくこの儀式の中枢。だが、その破壊をどうやって?
「生憎、足止めだけで手いっぱいでね!」
 舌打ちと共に降り注ぐ銃弾の雨嵐は、光が放つ弾丸だった。穿ち、梳り。しかし、彼女の弾丸はノストラダムスそのものに対しての物。決して歯車狙いの弾丸ではない。
(「諦めるしかなさそうですわ」)
 スナイパーならぬジャマーの恩恵を纏う自身では、歯車の破壊は叶わない。ならば、倒すべきは歯車ではない。そう思い直す事にした。

●歯車と螺旋のシューティングスター
 そして、物語は収束していく。

「疾走れ逃走れはしれ、この顎から! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
「穿つ落涙、止まぬ切っ先」
 捕食者――瀬理の爪牙とイピナの切っ先が遂にノストラダムスの喉を捉えたのだ。
 鋭き爪が如く次々と突き刺さる杭や籠手の刺突、そして水を纏った日本刀の斬撃に、ノストラダムスの身体が後退。一瞬の暇の後、ごぼりと零れた血塊は、彼女の最期を示していた。
「よもや、私の敗北となるか。此処で二度目の敗北など」
「せやね。あんたの敗北やわ。儀式を止めさせて貰う」
 背後でリティが29分を告げる。その声を聴きながら、瀬理は己が得物を構え直した。
 勝負は決した。それをもたらしたのは彼女の功績だけではない。
「私たちの勝利です」
 イピナは静かに宣言する。これは16人で掴んだ勝利。そして5班――40人で掴んだ勝利だ。その何れかが欠けても儀式を阻止する事は叶わなかっただろう。
「群れぬことしか出来ぬ半端物が!」
 ノストラダムスの罵声は最後の抵抗の様にか細く聞こえる。
「集団となった拙者らにお主は敗北しただけでござるよ」
 猟犬の本領は集団戦にあり。誇らしげに笑うマーシャに、ノストラダムスは表情だけを歪める。
 そして。
 迸ったのは一条の光だった。
「バックヤードの管理を行っていた筈が、いつのまにか、バックヤードに操られていたということか……カタストロフィ、よくもやってくれた」
 ぴしり。
 ノストラダムスの抱く歯車が音を立て崩壊を始める。
「だが、お前達五大巧に、ネレイデスの儀式の力をむざむざ渡してなるものか」
「何を――」
 それは誰に向けられた台詞か。エニーケの制止を振り払い、預言者は薄く笑う。それがダモクレスに捉われた死神の選んだ、終局であった。
 次の瞬間、澄んだ音が響き渡る。共に広がる閃光は歯車の破壊を成した証。爆音と共に広がる衝撃波はエニーケのみならず、光やリコリスの髪を撫で、舞い上がる炎で視界を塞いだ。
「自爆?!」
「――でもこの程度で!」
 それが苦し紛れの最期ならば、ケルベロス達に被害がない事で失敗を意味していた。
 だが、それよりも。
 彼らを襲ったのは、縦揺れの衝撃だった。
「ミカニ・ミトロポリが傾いている! ――いえ、崩れる!!」
「脱出を!」
 リュセフィーの悲鳴に、リティの冷静な声が重なった。
 歯車の破壊が要塞型ダモクレスの止めとなったのだろう。濛々と立ち込める煙や溢れる炎は全ての終焉を示していた。

 そこから語る事は多くない。
 ミカニ・ミトロポリから脱出を果たした40人は地上へ降り立ち、ヘリオンの到来を待つ。
「儀式は阻止し、ノストラダムスを倒した。……だから、これでいいわ」
 光の粒へと要塞を見上げながら、沈黙の魔女は小さく微笑んだ。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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