月と銀狼

作者:崎田航輝

 夜闇が月光に撫でられている。
 街灯の届かない町外れでも周りがぼうと光って見えるのは、満月だからだろう。
 仰ぐとそれが余りに眩くて、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は一瞬だけ目を細めた。
 何処か胸の奥までもを照らし出すかのような光。
 真ん丸の耀きはあらゆるものを見つめる瞳のようで、ルティエは心に呟く。
 まるであの日のよう、だなんて。
「……」
 ほんの少しだけ首を振る。そして視線を下ろし、帰路へ向かおうとした。待っている人だっているのだから歩を速めようと思いながら。
 けれどルティエが過日を思ったのは──或いは必然か。
「もっと街中で……と思ったけれど。別に同じことかしらね」
 眠気を含んだ声音が聞こえた。
 怠そうな仕草で宙から降り立ってきたのは独りの人影。美貌の女性、だが多様な特徴を混ぜたかのような、多色の翼が何より目を引いた。
 死神。
 その姿にルティエは始め言葉が出せない。
 地獄の右腕が疼く。心が過日に引き戻される。銀狼の瞳は鋭くなって、表情は刃のように尖った。
「あなた──、いや……お前は」
「抵抗しても無駄よ。どうせ最後には死ぬのだから」
 死神は息をついて大鎌を振り上げる。刃を月光に煌々と煌めかせながら。

「深緋・ルティエさんはすでに現場の町外れにいるようです」
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は皆へ説明を始めていた。
 一人のケルベロスがデウスエクスに襲撃される事件が予知されたというのだ。
「出現するのは死神。ルティエさんが一人になる時を狙っていたのかもしれません」
 現在ルティエに連絡は繋がらず、敵出現を防ぐ事もできない。ルティエが一人の状態のまま敵と出遭ってしまうまでは、覆しようがないだろう。
「それでも、今から急ぎ現場に向かい加勢することは可能です。時間の遅れは多少出てしまいますが、命を救うことは充分にできるはずです」
 現場は町外れの道。
 平素は人通りもゼロではないが、今は夜間でもあるため無人状態。一般人の流入に関してはこちらが注意する必要はないだろう。
「皆さんはヘリオンで到着後、戦闘に入ることに注力して下さい」
 周辺は静かでもあるので、ルティエを発見することは難しくないはずだ。
「ただ、敵も強いでしょう。合流後も細心の注意を払って戦ってください」
 敵は『イミティシオ』という死神。
 元より話し合いの通じる相手では無さそうだ。過去に残虐な行いもしてきたらしく、ルティエを襲うことにも躊躇はないだろう。
 それでもこちらが全力を賭せば、ルティエを無事に救い出し、この敵を撃破することも不可能ではない。
「さあ、助けに行きましょう。僕たちの仲間を」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
伊予野・仇兵衛(這い寄る契約獣・e15447)
月岡・ユア(孤月抱影・e33389)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
アリア・フェリアート(歌撃大公・e38419)

■リプレイ

●銀牙
 深い夜に差す月光は、鋭い程に眩しい。
 そんな光に白んだ街外れを、機上から飛び降りたクレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は見つめていた。
「るてぃえ、一体どこに──」
 心には焦りもある。大切な人が苦しんでいると思えば、不安な気持ちを押し殺す事はできなかった。
 だから月岡・ユア(孤月抱影・e33389)はクレーエに笑顔を向ける。
「大丈夫、この静かさなら、きっとすぐに見つかるはずだからっ」
 明朗で温かな笑み。それは戦いに臨む、嵐の前の静けさの如き表情でもある。だからこそ、心強い。
 安海・藤子(終端の夢・e36211)も既に気配を探ろうと耳を澄ましていた。
(「しかし……最近はよく知り合いが狙われるわねぇ」)
 頭では相次ぐ知己の危機を思いながら、しかし面相に隠れた表情に変化はない。自分のやるべきことは変わらないからだ。
(「あの子の望む結末の為に頑張らなきゃ、ね」)
 思う頃には、剣戟の音を遠くに捉えていた。
「向こうだねっ! よし、とにかく今は全力ダッシュだ!」
 伊予野・仇兵衛(這い寄る契約獣・e15447)はいち早く疾駆し始める。
 仇兵衛に元より迷いはない。何より助けるべき人を──「姉さん」と慕うその人を助けたいという気持ちだけがあった。
 月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)も走り出しながら隣に目を向ける。
「私たちも急ごう、樒。もう戦いも始まってるみたいだし──ルティエさんが危ないのだ」
「ああ。……無事だといいんだが」
 四辻・樒(黒の背反・e03880)の呟きには気遣う心も表れる。それでも眼光は鋭いままに、予断なく戦場を目指す。
 ユアが夜闇に黒翼を駆れば、クレーエも動き出していた。
 惑う心はあれど、今は平静を保って走るしかない。
「む、皆、あれを見るのだ!」
 前方を指すのはアリア・フェリアート(歌撃大公・e38419)。
 古ぼけた路地の向こう。遠方に見える開けた空間に、対峙する二人の影を見つけている。
 死神と、銀狼。頷き合う皆は、夜を駆けた。

 振り下ろされた鎌を、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)は緋色のナイフで受け止めていた。
「……こんな攻撃で、倒れるものか」
「ふぅん、本当にたった一人で抵抗するつもりなのね」
 面倒なことを、と。眼前の死神、イミティシオは呟いている。
 邂逅から死神の態度は変わらなかった。ルティエを脅威と思うよりも、ただ手間が増したとでも言いたげな声。強者が故の勝利を疑わぬ視線。
 けれどルティエも退かない。
 否、その死神を前にして逃げるという選択肢は始めからなかった。
 ──両親を殺した敵。
「そっちから来るとは……しかもわざわざ満月の夜に……」
 地獄の焔が暗がりを照らし、逆だった銀毛が月明かりを反射する。ルティエに漲るのは恐怖ではなく、憤怒だった。
「倒してやる、お前をここで」
「復讐っていうことかしら。それこそ、無駄なことじゃない」
 死神の心無い言葉を、ルティエは正面から否定するつもりはなかった。
 この敵を殺しても、彼らが帰ってくるわけではない。
 そんなことは分かっている。
「わかってるケド──お前達ガ生きてルのは許さナイ」
 静かで、咆哮のような声音。ルティエは弾丸の如き拳を真正面から放っていた。
 イミティシオは微かに目を見開きながらも、鎌で受け流す。息をついて戦闘態勢を取ると、業炎でルティエの全身を襲った。
 身を焼く感覚、けれどルティエも防御して受け切る。小竜の紅蓮から治癒の焔を浴びると、自身でも心を昂ぶらせて体力を保った。
 無謀な攻勢には出ない。
 これは絶対に勝たなくてはならない戦いだから。故に、続く敵の攻撃にも防戦を取った。
 しかしこのままでは敵わぬかも知れないことも、理解している。三撃目を受けた頃には目に見えて体力を消費し、血を零していた。
 イミティシオもそれを知ってだろう、至近から鎌を振り上げている。
「手間取ったけど、終わりも近いわね。あなたの命ももらうわ」
 決まりきったことを確認するような死神の声音──だが。
「……たかが死神程度に奪わせるわけ無いだろバーカ」
 声と共に反響する金属音。
 滑り込んだクレーエが、闇より濃い黒色の刃を抜き放ち鎌を逸していたのだ。
「るてぃえっ、助けに来たよ!」
「クレーエ……!」
 ルティエがはっとする。
 時を同じく、驚きを浮かべていたイミティシオの頭上に影がかかった。
「おーまーたーせー♪ ……ルティエさんから離れてもらおうか?」
 鋭利な切先を突きつけるような、冴え冴えとした笑みで飛翔するユアだ。
 瞬間、もう一つの月が生まれたように見えたのは、月詠銃歌──その銃口から光が放たれたから。美しき月色の奔流は、耀きの流動となってイミティシオを頭上から襲う。
「やぁルティエさん、愉しく暴れてる? こっからはボクらも手伝わせて頂くよ」
「ユアも……、すまない」
 ルティエは表情を微かに鎮めると、そこで初めてふらつく。
 灯音がその体を抱きとめていた。
「ルティエさんっ」
「重症ではないが、体力は消耗しているようだな」
 樒が素早く見て取ると、手元に淡い光を創ったのは藤子だった。
「みたいだな。なら、俺に任せておけ」
 面相を取り、聞かせるのは凛々しい声音。すらりと手を伸ばすと、光を収斂させ治癒の力へと変化させている。
「紐解くは禁忌の唄。奔る音に身を委ね、振るう力は果て無く」
 詠唱と共に光がルティエに宿ると、見る間に体力が癒えていく。
 仇兵衛も魔法陣状の煌めきを顕現し、ルティエを囲っていた。
「大丈夫、こんな時ぐらい勧誘はしないよ、安心して受けてね?」
 自分の魂を使った『契約』も、今はただ大事な仲間のために。きらきらとした光が体を覆うと、痛みも傷も消滅させて体力を持ち直させていく。
「これで、ひとまずは安心だね!」
「ならば演じさせてもらおうか。余の持つ三千劇場……そのうちの一幕をな」
 朗々と、アリアは台本「三千劇場」を手に声を昇らせていた。
「麗しき女神、その恩寵を、あたたかな祝福を。皆々へ与えよう──」
 歌劇「女神の加護」。
 勇烈な歌と流麗な身振りを交えた演技は、天空より女神を自身の体へと降臨させる。紡ぐ物語で加護を与えることで、後衛へ守りの力を宿らせていった。
 同時に輝く閃光は、灯音が銀槍を構えて展開した雷壁だ。
「前衛の守りも問題ないのだ」
「……なるほど、ね」
 イミティシオはそんな番犬達を眺め、ようやく得心して呟く。
「仲間がいたというわけね」
「そういうことだ。だから──思い通りになると思うな」
 闇の間を駆けるのは樒。コートをはためかせ、漆黒のナイフに雷光を纏わせる。刹那、光彩を描く強烈な斬撃で裂傷を刻んだ。
 構わず鎌を振るおうとするイミティシオ。だが丁度その時、クレーエが声を飛ばした。
「しおん、撃て!!」
 視線の先にいるのは天崎・祇音。雷を放ちながら戦場へ入っていたことに、クレーエは既に気づいていたのだ。
「……!? 応よ……!」
 祇音は呼び捨てされることに一瞬驚く。しかし、だからこそ思いはしかと伝わった。
「ルティエ姉を……今度はわしが助ける番じゃからな!」
 祇音は己に宿した雷の力で高速接近。光の弾ける全力の雷撃をイミティシオに叩き込んでいく。
 一歩下がった敵へ、クレーエが既に肉迫していた。そのまま霊力を棚引かせる斬撃。容赦のない横一閃で腹部を裂き、死神を吹き飛ばす。

●宿縁
 塵の煙が彼我の距離を作る間に、クレーエは隣に向き直っている。
「るてぃえ……傷は、平気?」
「……ああ」
 ルティエは頷きつつも、鋭い視線を前方から逸らさない。狂月病で紫の光が混じる瞳には尚強い敵意と殺意、そして消えることの無い怒りが灯っている。
「……宿縁、か」
 アリアは小さく呟く。
(「人生色々な縁があれど、今回は厄介な縁だな」)
 それが強い負の側面を持っていれば尚の事。けれどそれ故に、自分の役目も判っている。
 この縁の決着が良い方向への分岐点になるように尽力するだけだ、と。
 クレーエもルティエを止めるつもりはない。その心を少しでも、解っているつもりだから。
 ユアも同じ。絶対倒さなきゃいけない敵なら、その手助けをしたかった。
「ルティエさんのために。皆でできる限りのコトをしようっ」
「ああ。深緋のために道を切り開くとしようか」
 樒がナイフを構え直すと、煙の先からイミティシオが高速で飛来してきた。
 鎌の一撃を、樒は刃で弾き返す。死神は宙を後退するが、それでも曲線飛行し最接近する。ならばとルティエは受けて立つように、鎌と切り結んだ。
「お前は覚えているか、あのときのことを、あの日を」
「さて。どうかしら……私は残党狩りに来ただけだもの」
 言葉に含まれる感情はどこまでも薄い。
 ルティエはそれを半ば予想していた。けれど別に、それでいい。
 自分自身は片時も忘れたことはないのだから。火の海となった故郷の姿を。死んでしまった人達のことを。
 この胸の中の感情を。
「お前が……お前らがいなければ、アノヒは来なかった!!」
 黒鉄の剣撃で胸部を抉る。
 微かに声を漏らしたイミティシオへ、クレーエも踏み込んで連撃。闇裂く艷やかな剣閃に、風の力を加えて傷を刻み込んでいく。
 どろりとした血を落としながらも、イミティシオは刃の霧を放った。だが先鋒へ及ぶはずだったダメージを、仇兵衛が体で庇い受けている。
「たまにはこういう役回りもするんだよ、珍しいけどね?」
 何よりも、みんなが大好きだから──全部止めてみせる。
 その強い意志が、仇兵衛を下がらせなかった。
「ありがとうね、きゅーべー」
 同じく盾となったクレーエが返す、その頃には藤子が緑の瞳を仲間へ向けている。
「傷はすぐに治すさ。ほんの少しだけ待っていてもらおう」
 そして夜空に響かせたのは透き通るような歌声だ。
 異国の言葉で綴られた、『はじまりの唄』。守護者を称え、困難を切り開くものを祝福する詩と旋律だ。耳を撫でる声音は、前衛へ活力を与えて治癒していく。
 次いで空から注ぐのは宝石のような粒。
 月光に燦めくそれは、灯音の降らした癒やしの雨だった。
 仲間の防備も万全と見れば、灯音はすかさず巫術の力を溜める。
「藤子さん、奏兄、ここから攻撃に入るからあと頼むのだっ」
「ええ。背中は私達に預けておいて下さい」
 応えるのは鞘柄・奏過。寂寞を含んだ調べを奏でることで味方の浅い傷まで完治させ、魔を砕く力をも付与していく。
「灯、『黒縫』を頼む。その後は私が」
「わかったのだっ」
 この間に、樒と目を合わせた灯音は黒い針を飛ばしていた。術で作られたそれは死神の体を穿ち、壁に縫い付ける。
 樒はそこへ『斬』──単純に、そして鋭く。全霊の一刀を袈裟に抉り込んだ。
 呻きを零す死神は、それでもルティエへ炎を放とうとする。が、突如飛来した礫の嵐がそれを阻害した。
 アリアの傍らから飛んだビハインド、ジークの超常の力。
「刮目したかその力を。身に覚えたかその痛みを。思い知るがいい、さらなる刃の咎を!」
 一度歌劇を始めればアリアはただ、演じ続ける。だから高らかに詠い、自身も剣を振るって斬撃を畳み掛けていく。
 次いで、夜がぐにゃりと歪んだ。ユアが月影の如き闇色の球を創造していたのだ。
「いこう、幽子さん。一緒にルティエさん達を守ろう!」
「はい……!」
 巫山・幽子はその声に勇気を貰いながら、符を飛ばして斬撃。
 イミティシオは払いのけようとするが、その頃にはユアが空へ。月光を隠すほどに闇を増幅させ、頭上へ掲げていた。
「甘いよ」
 死神をも怯ませる声音。直後、ユアの落とした漆黒は渦状に弾けて拡散。全身を蝕む闇の力に、イミティシオは地に倒れ込んでいた。

●月闇
 満月の光は、過日と変わらない。
 けれど今の死神にはどう見えたろうか。月を映すその瞳が、苦痛の色を湛え始めている。
「ケルベロス……、まさかここまでとは……」
「例え後悔したとしても、お前の運命は変わらない」
 藤子は地にそっと手のひらを向け、暗黒を蠢かせていた。
「出は闇。狂い狂うて絡みつく。貌無き者と踊り果てろ」
 瞬間、流動する粘性の闇がイミティシオに襲いかかる。肉体に侵食するそれは悪夢を見せるように意識をも蝕んでいた。
 そこへ飛ぶのはアリア。天へと勇ましい声音を届けている。
「招来する星の輝き、その目にしかと捉えるが良い。燦然たる光の祝福よ、今ここに!」
 刹那、煌めく星光が足元に招来された。それを蹴り出すと敵の眼前で白光が四散。眩い衝撃にイミティシオは大きく煽られる。
 それでも翼を動かして踏みとどまり、鎌で薙いできた。だが樒の神速の刺突が速度を殺し、威力を完全に相殺している。
 だけでなく、樒は返す刀で死神の足を貫き後退させた。
 ただ、深追いしない。視線をルティエへと向けているからだ。
「……自分の事は、自分でケリを付けた方が良いだろうからな」
「うむ。奏兄」
「ええ」
 灯音の声に頷く奏過は、ばちりと眩い雷をルティエへ与えていた。それは生命力を刺激し、戦う力をも向上させる光。
 ──よりよい決着を。
 奏過のその心に追随するように、灯音も花咲くが如く美しい雷光を重ねていた。
 この間に仇兵衛は敵を押さえ込んでいる。
「……縫い止める! 食い止める!」
 死神の鎌を弾いて至近に迫る、その表情には最後まで油断もなく。
 いつも迷惑かけてばかりだから、ルティエへ少しでも恩返しできるようにと。心根も真っ直ぐに、刃を縦横に振るってイミティシオの四肢を裂く。
 よろめく死神は既に瀕死。それでも足掻こうと手を突き出す、が。
「愚かな死神さん。ルティエを撃てると思うなよ?」
 首筋に刃物が触れたような、冷えた声音。
 気づけば一つ息を吸ったユアが、そっと歌声を編み始めていた。
 イミティシオは距離を取ろうとするが、クレーエも同時に“歌姫”を顕現させている。
「奥様の因縁の相手、俺が逃すとでも思う? 覚悟しな」
 気づけばそこは月夜の舞台。『白夜に堕ちる月』──美貌の歌姫は絹の声でカンタータを詠い、ユアとのデュオでイミティシオの心を縛っていた。
 月光が真闇を照らす優麗な調べ。虜にするだけでなく魂を呪いで蝕むのは、ユアの『死魂曲』の一節までもが織り込まれているから。
 死と絶望の唄は死神の命すら、還してゆく。ユアは静かに目を向けた。
「ルティエさん」
「……とりあえずの決着、つけておいで」
 クレーエの優しい声音も背中に受けて、ルティエはただ頷いて前へ歩んだ。
 そのまま死神の腹へ刃を刺すと、顔を近づける。
「もう一人ハ何処だ……」
 ルティエが知るのは目の前の一人だけではない。
 胸ぐらを掴み、唸るイミティシオを持ち上げた。
「あの男は何処に居ル!」
「……っ、……さあ、……ね」
「そう、か──言わないナら、用ハ無イ」
 ルティエは一度目を閉じて、開ける。
 元より手加減する気もない。刃を振り上げると、『紅月牙狼・爍蓮』──紅き業火を生む斬閃で、苦悶を浮かべるイミティシオを違わず両断。その熱をもって溶解、消滅させた。

 夜に静寂が満ちていた。
 既に敵だったものの跡形もなく。そこにあるのは月に照らされた闇の帳。
 アリアはスカートの裾をつまんでお辞儀をし“演じる”の止める。皆と共に周囲をヒールして修復すると、ようやく人心地ついていた。
「これにて閉幕だな……」
「皆、お疲れ様」
 樒が視線を巡らすと、ルティエは微かにだけ頷く。表情は未だ昏いまま口を開いた。
「……皆、ありがとう。助かった」
「お疲れ様だよルティエ姉さん。……たとえ、これからだとしても、今は休もう?」
 仇兵衛が笑顔で応えると、ルティエはああ、と小さく返す。
 けれど皆と同道はせず、ふらりと歩き出している。誰にも触れず、血塗れたままに。
「悪い、少し……頭を冷やしてくる」
「気をつけて、帰ってくるんだよ~」
 ユアがその背中にかけたのは、いつもののんびりとした調子の声だった。追いかけたりはせず、皆に向き直る。
「さ、先に帰ろっか~。あとはクレーエさんにお任せだ! ……いこ」
「うむ」
 祇音が頷いて歩み出せば、灯音も歩を踏み出している。
「樒、後は報告して帰ろうか。私たちができることはもう、何もないから」
「ん、そうだな。帰ろうか、灯」
 そうして二人は皆に会釈すると、奏過にも声をかけて家路についていく。
 アリアは演じ疲れて眠たげな表情のまま、ジークに抱っこされて帰還していった。そんな皆を眺めつつも、面相に戻った藤子は一度振り返る。
「ルティエも一つ進めたかしらね」
 そして視線を戻して歩き出す。望むままに生きることも大事よね、と、自身の事へも思いを巡らせながら。
 ユアはふわりと飛び立ちながら、最後にクレーエに笑みかけた。
 頷くクレーエは、月の明るい方向へ歩む。
 落ち着いていたら、一緒に帰ろうと言ってあげようと、そう思いながら。愛するにゃんこ達──家族だって待っているのだから、と。
 何処かで、悲しい遠吠えが響く。
 月下で空を仰いでいる、ルティエの声だ。
「残リの奴ラも……必ズ……」
 呟きは、誰にも聞こえず空に消えていく。けれどルティエ自身の心には、その誓いは一層強く刻み込まれていた。
 これで終わりじゃない、と。
 髪が夜風に揺れる。冷えた月光が、その銀色を煌々と夜闇に浮かび上がらせていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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