アレイスの誕生日~滝と紅葉と青空と

作者:鯨井琉可

「そういえば、もうすぐ誕生日だったっけ……すっかり忘れてたなぁ」
 自室で書物を紐解いていたアレイス・ハヴラーネク(烏羽色の鹵獲術士・en0288)は、ぱたりと本を閉じると、ふと思いついたのかぽつりとつぶやいた。
「せっかくの誕生日だし、どこか出かけようかな。今ならやっぱり紅葉狩りだと思うんだけど……っと。ここなんて良さそうだね」
 しばらくネットサーフィン等を駆使して見つけたその場所を、忘れないようにメモに取ると、足早に部屋を後にした。

「と、いう訳で、一緒に紅葉狩りに行かない?」
 いつも以上ににこにこと満面の笑みを浮かべながら、アレイスはその場にいたケルベロス達に声をかける。
 何でも、三重県のとある渓谷は、春は山桜などの花が咲き乱れ、初夏は新緑、冬は雪と氷瀑と四季折々の様相を見せるのだが、今はまさに紅葉と滝の織り成す光景がとても素晴らしいのだという。
「だから、ちょっとしたハイキングも兼ねてどうかなぁ、と。途中に茶屋もあって、そこで一休みするのもいいかも」
 そして、改めてケルベロス達を見渡すと。
「せっかくの機会だから、一緒にどうかな? きっと素敵な一日になると思うんだ。だから、ね?」
 そういうと、アレイスはぺこりとお辞儀をするのだった。


■リプレイ

●今日は快晴
 ここは三重県にあるとある渓谷。
 滝と紅葉が織り成す光景が大変美しいとの事で、今日も大勢の観光客が訪れていた。
 そんな中、ケルベロス達もこの紅葉を楽しむべく、この地を訪れていた。
「ほわー、ここが今日の目的地ですか。入口もきれいだけど、奥はもっときれいなんでしょうか? 今から楽しみですね!」
 うさぎ耳をぴょこぴょこさせて、楽しそうに入山口から奥を見やる雨依。
 そんな彼女を見ながら、要もどこかウキウキした様子で、雨依と同じく道の奥を見つめる。
「そうだねぇ……観光名所だと聞いてたけど、ここまで綺麗とは思わなかったよ、ねえ、双牙?」
「ああ、今年は紅葉の当たり年なのかも知れないな……そうだ、ここは結構歩きそうだから、皆の荷物は俺が持とう」
「え、いいの? それならお願いするよ」
「私のは……うん、お願いしますっ」
 要に話を振られた双牙は、自分の思いを口にすると、それぞれが用意した荷物を手にする。
「それじゃあ、レッツゴー!」
 そうして、雨依の合図と共に、三人は楽しいハイキングへの第一歩を踏み出した。

 同時刻。行き交う人を横目に、どの辺りまで歩こうかと考えていた水凪は、人々の間から一際小柄な人影を見つけると、その人物に思わず声を掛ける。
「おや、誰かと思えばアレイスじゃないか。今日は誕生日おめでとう。あなたにとって良き一年となると良いな」
「水凪さん、来てくれたんですね。誕生日のお祝いの言葉、ありがとうございます」
 誕生日の祝辞を受け、アレイスがぺこりとお辞儀をすると、水凪に向かってにっこりと笑う。
「どういたしまして。こちらこそ、こんな素敵な場所を教えてくれてありがとう。良い気分転換になりそうだ」
「それは良かった……と、その荷物は画材道具です?」
 彼女の手にした荷物に気が付いたアレイスが、ふと疑問を口にする。
「ああ。この景色の一つでも描こうかと」
「そうですか……素敵な一枚が描けると良いですね」
「そうだな。今日は一日楽しむとするよ」
 そういうと、水凪はアレイスと別れ、渓谷にそって歩き始める。
 その後姿を見ながら、アレイスは自分も出発しようと、自分の荷物を確認した。

●水のせせらぎと魚と小鳥
 行き交う人々と足並みを揃え、てくてくと奥へと進む【拳客のエデン】一行。
「それにしても、見事な紅葉だなあ」
「うんうん、こんなに綺麗な赤いの、はじめてかも!」
「こうやって三人で来たのは正解だな」
 それぞれが感想を述べ合い、わいわいと渓谷を奥へと進んでいく。
 確かに今年は最近冷え込んだ日が多かったせいか、紅葉の色づきが良い様に思える。
 さらに、渓谷独特の複雑な地形と美しい川。
 そしてその川のアクセントとも言うべき数々の滝。
 それぞれが相乗効果をなし、この美しい光景を織り成していた。
 そして。
 また少し先へ進むと、雨依が川面で何かを見つけた。
「あ、今魚が跳ねた!」
「どこどこ?」
「ほら、あっちだよー!」
 雨依が川の一角を指差せば、要がその指先を眼で追う。
「……あ、本当だ」
 すると、ようやく見つけたのか、要も川面をやや真剣な面持ちで眺める。
 と、ぱしゃん、という音と共に、銀色の鱗を煌めかせながら魚が跳ねる。
 そしてその魚を狙う、翡翠色の小鳥……カワセミが一羽。
 彼女達の頭上の枝に止まり、じっと川面を見つめているが、木の下の彼女達は、川に気を取られているせいで、頭上にいるカワセミに全く気付かない。
 そのまま動かないかと思われたカワセミは、狙いを定めたのか一気に川面へ飛び込んでいく。
「あっ!」
「わっ!」
 いきなり目の前に現れた、カワセミに驚く二人。
 そんな二人には目もくれず、カワセミは、目で追うには速い鋭さで魚を咥えると、ブーメランの様に飛び上がって木の上に止まる。
 そして木の上でぱくりと魚を飲み込み、また川面を見つめるカワセミ。
 下の人間を気にしているのか気にしてないのか、時折小首を傾げる仕草がまた可愛らしい。
「今の見た?!」
「うん、見た見た! きれいな鳥さんですねー」
「凄いよね。あんなスピートで飛べるなんて」
「本当、一瞬で水に潜ったかと思うとまた飛ぶなんて、びっくりです!」
 一連の出来事に興奮冷めやらない、要と雨依。
 そんな二人のやり取りを、双牙は担いだ荷物を持ち直しながら、ほんの少し柔らかな表情で見つめていた。

 一方その頃、水凪は一人渓谷を歩いていた。
 表情はあまり変わらずも、時折足を止めてぐるりと景色を見渡すと、ほう、と息を吐く。
 それは、水凪の青を基調とした姿と、紅葉の赤とのコントラストが相まって、図らずも一幅の絵画の様であった。
 そう、思わず行き交う観光客が足を止めるくらいの。
「あのおねーちゃん、きれいだねー」
「そうね、まるでこの景色の一部みたい」
 とはいえ、そんな事になっているとは露知らず、水凪は思うまま渓谷を歩いていく。
 やがて、ある所で足を止めると、用意していた地図と見比べながら、確かめる様に景色を見渡すと、満足げな表情をでぽつりとつぶやいた。
「……ここにするか」
 そこは人通りもまばらな、しかし滝と紅葉のバランスが絶妙な、正に絵になる景色。
 紅葉はより赤く、滝の飛沫はより白く。
 空の青さを写し取った川面はより青く。
 水凪はこの場所が自分の求める場所だと感じ、座り易い場所を探して腰を掛けると、画材道具を広げていった。

●紅葉より団子?
「大分歩いてきたな……この辺りの景色も素晴らしいが、もう少し先まで行ってみるか?」
「うーん、もうちょっとだけ先行きますか?」
「帰りはまた同じだけ歩くから、この辺でもいいよー? あ、あの木、他のよりずっと色が綺麗!」
「本当だな……おや、あの対岸の木も同じくらい赤いな」
 あちこちきょろきょろしながら景色を楽しむ三人。
 小春日和の陽気も相まって、足取りも軽く、会話も弾む。
 そうして、いつしか渓谷の半ばまで差し掛かると、やや大きめの三連の滝と平らな岩場が見えてきた。
「ふむ、ここなら紅葉も滝も楽しめそうだ。それに時間的に丁度良いし、ここで昼にするか?」
「するするー! 私もうお腹ぺっこぺこです!」
「あはははっ。そうだね、確かに僕もお腹空いてきたし、ここで休憩しよう」
 時刻はお昼。見れば周りもシートを広げて食事を楽しむ観光客で、賑わいを見せていた。
 そこで双牙は荷物を降ろすと、昼食にするべく、レジャーシートをそこに広げていく。
 そして念の為、風で飛ばされない様にシートの四隅に重しを乗せると、それぞれ持ち寄った弁当箱を並べていった。
「これが雨依、これが要、そしてこれが俺の……だったな」
「そうです! 中身は開けるまでのお楽しみです!」
「みんなが何を持ってきたのか楽しみだな。あ、もちろん僕のも開けるまでのお楽しみ、だよ?」
 それぞれが、お弁当を囲む様にしてシートに座ると、わくわくが止まらないといった表情で互いを見つめる。
「それじゃあ一斉に開けようか……せーのっ!」
 要の合図と共に、一斉にお弁当箱の蓋を開ける三人。
 その中身は、見事にそれぞれの性格を表していた。
「じゃじゃーんっ。私のはサンドイッチですっ! それも、いつもお世話になってるお店で作り方を教えてもらって、がんばって作ってみました!」
 雨依のは、その愛らしい容姿の様に、可愛らしいサンドイッチ。
 とはいえ、たまごにハムにレタスと、中身がしっかり詰まったミックスサンド。
 ボリュームたっぷりで食べ応えも抜群そうだ。
「お、雨依はサンドイッチか。僕のは、お母さんの手作り弁当だよ! 中身は秋の味覚たっぷりの炊き込みご飯と、豚の生姜焼き。それに根菜の煮物とほうれん草のおひたしなんだ」
 要が弁当箱を開けると、そこ並んだのは正におふくろの味。
 この景色に見事にマッチした、行楽弁当そのものだった。
「俺のは……まあ、普通の弁当、だ」
 双牙が開けた弁当箱には、焼きソーセージに、茹でたアスパラやニンジンといった野菜、というごく普通のおかず。
 だが、横に並んだ握り飯には、海苔で描かれた犬、猫や兎のさまざまな表情がついていた。
「わあっ、このうさぎさん、かわいいー♪ これ、双牙さんが作ったんですか?」
「あ、ああ、折角のハイキングだし、たまには……な」
「何か食べるの勿体ないかも。あ、この犬はちょっと双牙に似てる?」
 あの無骨な双牙が作ったと思うと、ちょっと微笑ましく感じる二人。
 こうして三人のランチタイムは始まった。

「二人はどうしてあそこに? 僕は……何となくだけど。あ、サンドイッチひとつもらうな」
「私もなんとなくで……ですが、毎日楽しいです! 模擬戦とかの形で体を動かすのって楽しいですし。双牙さん、このうさぎのおにぎりいただきますね」
「俺は……そうだな、少し色々あってな。一言で言うなら気晴らしだ」
 それぞれが、思うままに【拳客のエデン】へ入団した切っ掛けを語る。
「へえ、皆それぞれ理由があるんだね。そうか、雨依は模擬戦とか好きなんだ。僕も身体動かすの好きだよ! あ、でも、多人数でやるのは苦手かな。後はタロット占いとか、カードゲームとかかなぁ」
 ここで言葉を切って煮物をぱくりと食べると、要はそういえば、と言葉を続ける。
「この滝ってケルベロスなら泳げるのかな? 滝行なら今年やったんだけど……」
「ふむ……出来ない事は無いだろうが、な。あまり勧めない」
「だよねえ、真夏とかじゃないから、水も冷たいし」
 そんな二人のやりとりを、おにぎりを食べながら聞いていた雨依が、ふとした疑問を口にする。
「ふと思ったんですけど、私は普段は本や漫画を読んだり、お散歩したりするんですけど、みなさん、体を動かす以外になにか趣味みたいなのありますか?」
「ふむ、趣味か……生憎俺はそういうのはあまり持ってなくてな。強いて言えば特訓か。あとはこう、自然に身を置いて、のんびり、か」
 そこで一口茶を飲むと。
「すまんな、あまりはしゃぐのは得意ではない」
 少しすまなさそうに、双牙はぽつりとつぶやいた。
「いや、こうして一緒に紅葉狩りに来てくれただけでうれしいな。だから、謝る事ないって。まあ、僕もちょっとは良くなったんだけど、臆病な所があるからね……こういうのって治るのかなぁ?」
 双牙の言葉を受けて要も少ししんみりすると、その様子を見ていた雨依がふわりと言葉を紡ぐ。
「治したい所……ですか。わたしはちゃんと向き合えてたら、きっと大丈夫だと思います。いっぺんにガラッと変わるのは無理だと思うけど、少しずつなら……」
 ね? とにっこり要に微笑みかけると、雨依は、だから大丈夫、とその笑顔に気持ちを込めた。
 そうして、二人が話し込んでいる間、双牙はその会話を耳にしながら、風に吹かれて舞い落ちる紅葉を眼にした。
 その紅葉の一葉は、図らずも空いた容器にふわりと落ち、それを見た双牙は、そのままそっとその容器の蓋を閉めた。

●赤と青と白い滝
「これで準備は良し」
 真っ白な画用紙を前に、色とりどりの水彩色鉛筆を手に、目の前の景色を見つめる水凪。
 その視線の先には、大瀑布とまではいかないが、周囲の木々に負けないくらいの滝と、そこから流れる清流。
 そして滝を囲む様に、真っ赤に色付いたなイロハモミジにカエデ、ヤマザクラといった木々が滝に彩りを添え、さらに今日は快晴という事もあり、辺りの光景が一層の輝きを見せていた。
 そんな光景を前に、水凪は迷う事なく鉛筆を走らせる。
 青い空に赤い葉、白い滝。
 滝壺の色は、空とはまた違う青だろうか?
 見たままに、いや、感じたままに。
 絵心はないが、誰に見せる訳でもなく。
 ただ自分の思うがままに、鉛筆で目の前の景色を切り取っていく。
 そう、後に見返す時、この風景を思い出す手掛かりになれば良い。
 そんな気持ちで、一つひとつ丁寧に描いていく。
 ああ、空の青を写し取った滝壺は、より一層青さを増し、紅葉の赤を写し取った水面も、また赤と青に染まる。
 やがて一息つこうと、持参した玄米茶に手を伸ばしたその時。
「水凪さん、ここで絵を描いてたんですね」
 ひょこっと、アレイスが何やら包みを手に、水凪の前へ現れた。
「ああ、この場所が気に入ってな」
「そうですか、確かにここはこの渓谷の中でも綺麗ですもんね……あっ、そうだ。お団子買ってきたんですけど、食べます?」
 アレイスが包みの中から団子を取り出すと、水凪へと差し出す。
「……折角だから頂こう」
「良かった。ちょっとした休憩にどうかな、と思ったんです」
 受け取った団子を食べながら、改めて目の前の光景をじっと眺める。
 その隣でもぐもぐとアレイスも団子とほおばりながら、水凪の視線の先を見つめる。
「……良い息抜きになりましたか?」
「ああ。アレイス、あなたには感謝している」
「それは良かった。じゃあ、僕はもう少し奥まで行ってみますね」
 団子の串を回収すると、手をひらひらとさせながら、アレイスは更なる奥へと歩いて行った。
 そしてさらに時間は過ぎ、徐々に日が傾いてきた頃。
「……出来た」
 手にした絵を前に満足げな表情を浮かべる水凪。
 と、瑠璃色の鉛筆を手に取ると、絵に瑠璃色の羽根をを描き加える。
「そう、誓いは忘れない」
 ぽつりと誰に聞かせるでなく呟いたその言葉は、風と滝の音に消されて消えて行った。

●茜色の空の下
「今日は楽しかったねー」
「うん、みんなの事をもっと知る事が出来たしね」
「ああ、普段見る事が出来ない良い景色を堪能する事が出来たしな」
 お昼を食べて、おしゃべりをして。
 景色を堪能して満足げな三人は、心も軽く帰路についていた。
 やがて入山口まで戻ってくると、ふと振り返り、楽しい時を過ごした渓谷を見やる。
「名残惜しいが、そろそろ帰るか」
 そして三人は、渓谷を後にするのだった。

「そろそろ戻るか」
 絵を描き上げた水凪は、しばらく玄米茶を楽しみながら描いた景色を眺めていたが、そろそろ日も陰るとて帰路に着く事にした。
 歩く道は同じでも、時間が経てばまた違う顔を見せる。
 そんな景色を楽しみながら、水凪はゆったりと、しかし遅くなり過ぎない程度に道を進む。
 そして再び入山口へと辿り着いた時。
 ひと際大きく息を吐くと、今一度描いた絵を思い浮かべる。
「悪くない一日だったな」
 ふわりと微笑むと、前を真っ直ぐ見据え、後ろを振り返らずにその場から立ち去って行った。

作者:鯨井琉可 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月8日
難度:易しい
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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