終末機巧大戦~侵略せし劫火の軍勢

作者:白石小梅

●緊急連絡
 番犬たちが集合する。
「お疲れ様です。死神たちは撤退し、全儀式場の阻止に成功いたしました。『東京六芒星決戦』は、私たちの勝利です」
 勝利を労う望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)の表情は、厳しい。
「儀式を阻止した結果、十二創神をサルベージ可能とする程のグラビティ・チェインが東京湾に溢れ出しています。結局使われなかった為、やがて拡散して地球に吸収されるでしょう。それを利用する奴らが現れなければ、ですがね」
 すでに、番犬たちもわかっている。勝利に酔う時間は、ないのだと。
「ええ。動いたのは、ダモクレスです」
 彼らは死神と盟約を結んでおり、本来ならディザスター・キング指揮の下、東京六芒星決戦に援軍に来るはずだった。
「しかしクロム・レック決戦で指揮官が死亡。結果、宙に浮いた死神援軍部隊の指揮権を、バックヤードの支配者『五大巧』たちが掌握したのです。彼らは死神の援軍要請を意図的に握りつぶし、戦力を温存して独自作戦を強行。儀式失敗によって行き場を失ったグラビティ・チェインを奪い、大儀式『終末機巧大戦』を引き起こさんとしています」
 それは、爆殖核爆砕戦で攻性植物が行った『はじまりの萌芽』を機械的に再現した大儀式。『儀式核たる6つの歯車』を用いて儀式を発動すれば、機械群が爆発的に吸収増殖し、やがて『東京湾全体がマキナクロス化する』という。
「既に、晴海ふ頭の中央部に五大巧の本拠地バックヤードが出現し、沿岸部の機械や工場などを吸収・変形し、拠点化を始めています。もしこれが実現すれば、総面積約1500平方キロのダモクレスの巨大策源地が生まれてしまうでしょう」
 無論、看過はできない。

「この機械拠点の爆発的成長は『儀式核たる6つの歯車』と『歯車の守護者であり儀式の遂行者』でもある指揮官ダモクレスが担っています。どうやら晴海ふ頭の外縁部で行う必要があるようで、敵は六地点に一体ずつ拠点型ダモクレスを侵攻させ、その内部で儀式を行うつもりです」
 だがこの儀式は、周辺に展開するダモクレスさえも見境なく分解・吸収してしまう。その為、各拠点の軍勢は『吸収されない程に巨大な拠点型ダモクレス』と『吸収を阻害可能な少数の護衛部隊』のみに限定される。
「戦力を大規模展開させられない為、少数精鋭で強襲を掛けることが可能です。仮に儀式全てが完遂されれば東京湾全体が敵の手に落ちますが、全てを阻止できれば晴海ふ頭中心部のみの被害で抑えられるでしょう」
 儀式は侵攻開始後『30分』で完了してしまう為、時間内に敵拠点に突入、護衛を排除し儀式を行っている指揮官を撃破するか、或いは儀式核の歯車を破壊しなければならない。
 時間との勝負というわけだ。
「はい。非常に状況の厳しい中、続けざまの緊急事態ですが……それが今回の任務です」
 小夜は、そう言葉を切る。

●焔の城塞
 そして小夜は作戦の概要を説明する。
「各拠点に対し、それぞれ五班編成で強襲を仕掛けます。まず先行班が二班、拠点型ダモクレスに攻撃を仕掛け、その動きが鈍ったところで突入班の三班が拠点に突破口を開き、全班で内部へ突入するのです。私と皆さんは『第三の儀式場』の『突入班』の一角を受け持つことになります」
 小夜はモニターに、東京の地図と巨大なダモクレスの絵図を表示する。
「第三の儀式場となる拠点型ダモクレス『機工城・アトラース』です。晴海ふ頭から築地大橋を通って築地市場に侵攻してきます。先行班がアトラースの動きを止めましたら、横腹の排気口を打ち破ってください。内部へ突入すると量産型防衛戦力『スチームギア』が迎撃に出てきます」
 そこは追いついて来る先行二班に足止めを任し、突入三班はまっしぐらに下層へ向かうのだ。アトラースの内部構造は単純で、下層に向かうだけで儀式場へ辿り着く。
「儀式場手前の船倉には有力護衛『カムジン』率いる護衛部隊が最終防衛線を引いています。突入班の戦力温存は、これに対処するためです。対処法は、三つ考えられます」
 まず三班合同で護衛部隊を全滅させてから儀式場へ向かう方法。戦力的には優位に立てるが、敵に闘いを長引かせられると厄介だ。
 二つ目が、二班で護衛部隊と戦闘し一班を儀式場へ向かわせる方法。戦力的には互角で、勝利した側が儀式場へ増援に来る形になる。
 最後が、一班で護衛部隊を足止めし、二班で儀式場へ向かう方法。護衛戦が戦力的に不利となるが、最初から二班で儀式場に辿り着ける。
「船倉を抜けると、機関室に辿り着きます。そこが、アトラースの儀式場です。待ち構えるは、劫火を司る五大巧『終末機巧・ラグナロク』。護衛は皆無、単独です。なぜなら、儀式場へ足を踏み入れたダモクレスは分解され、儀式主に融合されてしまうからです」
 代わりに敵は、増援を融合する度に負傷が回復し、不利な影響なども全て消失する。
「回復量は、融合した数によります。元々の能力上限を超えることはありませんが、戦場に現れるタイミングを調整して複数回の回復を行なう場合があります」
 しかも敵指揮官は、全て強大な力の持ち主。一班では、撃破は難しい。
「ですが儀式阻止のみに注力するなら、一班でも勝機はあります。『部位狙い』を駆使し、敵が護る『儀式核である歯車』を破壊するのです」
 ただし、歯車を破壊された『五大巧』は強制的に本拠地であるバックヤードに転移させられるという。
「二班連携して闘うなら、互角の勝負に持ち込めます。尤も、敵の増援が現れて強制融合された場合、もう一度削り切る時間は恐らく残りません」
 三班なら優位に立てるが、護衛戦に時間を取られた場合、機を逃しかねない。万が一、時間内の撃破が不可能となれば、歯車破壊に切り替える必要がある。
 以上が、今作戦の概要だ。

「敵戦力の詳細ですが……敵はこの四種です」
 歩く戦艦『機工城・アトラース』。
 燃ゆる阿修羅『終末機巧・ラグナロク』。
 二刀武者『カムジン』。
 そして砲筒歩兵『スチームギア』。
「突入班はアトラースと直接戦闘はしませんが、スチームギアは護衛部隊に編成されているでしょう。一般防衛戦力としては強力な歩兵で、足止めしやすく倒しにくい相手です」
 そして、有力護衛カムジン。
「カムジンは近距離戦特化型ダモクレスで、近距離攻撃のみで戦闘している限り、殺し合いに全力を注いでしまう特徴を持ちます。戦闘開始後に遠距離攻撃を一度でも行った場合、回復などを駆使してこちらの足止めを行うように闘うでしょう」
 そして最後が、指揮官型だ。
「『終末機巧・ラグナロク』は全長7mという巨体で、今回出現した指揮官型の中で最も戦闘力が高いとされる個体です。儀式完了まで時間を稼ぐという思考は一切しません」
 侵入した狗どもなど、ただ全滅させれば良い。
 その思想の下、儀式核の歯車を背負い、真っ向勝負を仕掛けて来るという。
「そして最後に。作戦開始後30分で、仮に核を全て破壊していても最小範囲での儀式が発動します。拠点型ダモクレスは全て儀式の贄として捧げられて分解・吸収される為、作戦状況に関わらず撤退しなければなりません」

 小夜はブリーフィングを終え、ため息をつく。
「死神が紡いだ思惑は、複雑に絡み合っているようです。レインボーブリッジは未だエインヘリアル第四王女の軍勢に制圧されていますが、第二王女とその手勢はどう動くのか……竜の群れも撤退を取りやめ太平洋上で状況を伺っているようですし、ネレイデス有力者も多数生存しており、このまま引き下がると思えません」
 暗雲満ちる東京湾。だが今は、向かうしかない。
 猛る炎の如き暴の化身たちが待ち構える、蒸気と熱に彩られた戦艦へ向けて……。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)

■リプレイ


 ……築地大橋。
 轟音と共に橋を踏み抜く巨城が、先行二班の番犬たちと激しく衝突する。
 橋のたもとに身を潜め、突入班はそれを睨んでいた。
「キングとの戦いを思い出すよ。必ず帰ってこよう。この闘いに勝って、ね……!」
 アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)の発破に、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)が、緊張の面持ちで頷いて。
「でも……仲間の闘いを見てるだけって、辛いですよね」
「おまけにあの砲弾に油……海を汚すなんてLevelじゃねーな。ったく……!」
 眉間にしわを寄せるのは、ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)。
「大丈夫。傍目には無謀だけど、あれは拠点機能特化型。小目標への攻撃は苦手と見たね」
 ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)が、目を閉じて大仰に指を振る。誇張された情報屋キャラに、ふっと皆に笑みがこぼれて。
「作戦開始から五分が過ぎた。残り時間を考えると、もうそろそ、ろ……!」
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が時を確認したその時。
 激しく動いた一班に気を取られた隙に、もう一班が巨体の足を叩き折った。移動要塞は、片側に大きく頽れる。
「……今だ!」
 瞬間、突入三班は跳び出していた。
 フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)が巨体に、素早く視線を走らせて。
(「あの海の底で……五大巧に嘗めさせられてきた辛酸を。今こそ……!」)
 排気口と思われる網状の部位を見つけて、彼女は叫ぶ。
「あそこを! 全霊を持って、その企みを叩きます!」
「ああ。敵も味方も、互いに相手を全滅させる覚悟……いい戦場だぜ!」
 嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)がそれに続き、雄叫びを上げて如意棒を振り投げた。
 各班より放たれた一斉砲撃に横腹を撃ち抜かれ、金属の悲鳴を上げる巨城。煙を噴き上げる排気口に殺到する、二十四人の番犬。
「……!」
 愛竜ポンちゃんと転がり込んだ愛柳・ミライ(宇宙救済係・e02784)は、通路に一体のスチームギアが身構えるのを見た。
 だがその姿はすぐさま、次々と来る仲間たちの斬打の中に沈む。
 雑兵は確かに堅いようだと、仲間が語る。これが群れを成せば、厄介だ。と。
「では、作戦通り、先を急ぎましょう……! こちらの班は全員揃ったのです!」
 ミライが信号弾を抜き、各班で外に放った。
 そして、彼らは突入する。
 劫火の軍勢の待ち受ける、要塞の中へ……。

 ボイラーの火と熱が、周囲を照らす通路で。
「チッ……まただ! 来たぞ!」
「敵は二体! 蹴散らします!」
 タツマの叫びに、フローネが呼応する。
 現れる雑兵は、二、三体の巡回兵。
 しかし、ヴィルフレッドは眉を寄せる。
「素早く入れたのに、回数が嵩むと手間取るね……今、何分?」
「えと……今は九分目、です。あっ……上から、音が」
 ミライの頭上から響くのは、低い爆発音と振動だ。
「三分差で、先行班も突入成功だね」
「噎せるような熱と蒸気、鋼の群れで溢れかえる船にな」
 アンノとノチユが、皮肉を込めて笑った、その時。
「灯りです。船倉ですね。あそこを抜ければ……!」
「……機関室、か! 行くぜみんな! ぶち破るぞ!」
 葵とランドルフ、僚班たちもそれぞれに走り、扉を打ち破る。
 目を刺すような灯りの中で、鎧武者と十体のスチームギアが待ち構えていた。
『来たか』
「撃て!」
 開戦の合図とばかりに、番犬達は攻撃と加護を解き放ち、敵の火砲が一気に火を噴く。
 そして咆哮と共に、鎧武者は紅い斬炎を飛ばす。
 作戦開始より十分目。船倉の闘いは、その火蓋を切る。


 武者は熱閃と蒸気を放って歩き出し、番犬たちは勢いに乗じず敵を押し包む。
「総力で殲滅し、正面突破します! さあ……あなたの相手は、こちらです!」
 フローネが緑刃を抜き放つと同時に、カムジンは斬り込んだ。放たれた刃が、烈火を散らして激突する。その衝撃を辛うじて受け流す最中、妖刀が甲冑の脇を裂いて。
「こういう武器は専門じゃないんだけどね。少し、付き合ってもらうよ」
 そう言うアンノに、武者は片刃を叩きつけ、二人相手に鍔を軋らせながら呟いた。
『俺は、カムジン。最後の時、存分に斬り結ばん……!』
「あはっ。お望み通りってわけ?」
 各班からカムジン担当の者たちが走り込み、壮絶な打ち合いが展開する。そこへ、敵雑兵も大将を守らんと群がって。
「前衛の雑兵は五体! 全て護り手です! こっちは私が、護らなきゃ……!」
 葵の鉄塊剣と、雑兵の火砲。護り手同士の意地をかけた重激突を、ヴィルフレッドが流水の如き斬撃で援護する。その瞳は、冷静に戦場を俯瞰して。
「がっちり出口を背に死守の構えだね。後ろに退いたら、攻めが緩むだけか……」
 敵に優る戦力で包囲殲滅を掛ければ、敵は大将を中心にまとまる。分断は不可能だ。
「猪武者でも、流石に仕事放棄はしねえか。ま、それなら、突き崩すのみだぜ!」
 と、ランドルフの拳が雑兵の胸ぐらを打った……その時。
「ぐっ……!」
 その背に『後方』から砲撃が直撃した。
 敵に馬乗りになっていたタツマが、散った火砲に薙ぎ倒される。振り返れば、入口から飛び込んで来るのは、二体のスチームギア。
「新手、だと……! なんで今来た方向から。先行班は、もう崩れたってのか!」
 次の射撃に背を撃たれつつも、ノチユはハッと理解する。
「いや……違う」
 先行二班はまだ闘っているはずだ。だが自分たちと先行二班の突入には、三分の時間差がある。
 つまり。
「先行班と僕たちの間に、討ち漏らしがいたんだ。僕が敵に、背を見せるなんて……」
 魔力を込めた瞳が敵を振り返れば、激痛と痺れがその足を挫く。
 しかしミライが、その後ろから更にもう二体が迫るのを認めて。
「そんな……次々に! 合計で四体来ます……!」
 カムジンは再び熱閃を飛ばして距離を取り、援軍を迎えた。
『よくぞ来た……! 者ども、押し出せ!』
 カムジンは十四体に増えた部下を解き放ち、火砲は前後衛の区別なく戦場に降り注ぐ。
「後衛も……! でもあの武者がいる以上、消耗が早いのは前衛です……!」
 逡巡しつつもミライは歌い、ポンちゃんが必死に癒しを付与する中、時計は12分目を回る。
 船倉は、大乱戦へと突入した……。

 ヴィルフレッドの多節棍が雑兵を薙ぎ払う。一体が凍り付いた頭を割られ、砕け散る。
(「僕としたことが……こんな雑魚に手こずってる場合じゃないのに……!」)
 雑兵は執拗に攻撃を阻害しつつ火砲を乱れ撃ち、胸を輝かせては鎧武者を援護する。
 だがその数は、時と共に減っていた。
「クソッ! 時間がねえ! 喰らって爆ぜろ! 贄にもなれねえ位になッ!」
 ランドルフが舌を打ち、拳銃を雑兵の胸倉にねじ込んだ。至近での爆裂に、その胴体が割れる。
 やがて、敵前衛は大将を残して全滅する。十七分目のことだ。
「残る前衛はあなた一人! アメジスト・シールド、剣状展開!」
 フローネの魂である紫の二刀と紅い二刀が、再び激突する。互いに片刃が肩口にめり込みつつ、互いの味方からの援護射撃に跳び退って。
 だが、装甲を裂かれ中身もむき出しながら、カムジンはすぐさま僚班に斬り込んでいく。
「……もう十分に付き合ったよ。君は、任務を果たした。眠ってもらうね」
 荒れ狂う鎧武者が咆哮と熱閃を解き放ち、各班より三人の影がその下を縫う。
 アンノが伸ばした魔杖が、黒髪の竜人の黒き拳と重なり、遂にその装甲を貫いた。
『……良き……最後よ』
 鎧武者は遂に火を噴き上げて、崩れ落ちる。
 だが葵は焦りと共に、火砲の前に身を押し出して叫んだ。
「もう20分目! 急がなきゃ……! 残党を蹴散らします!」
 敵後衛の群れへ飛び込んで、拡疚勁を打ち込む。切れる息と血埃に塗れた身を、ミライの『KIAIインストール』が奮い立たせて。
「支援は任せてください! もう撃破は、諦めるしかないのです!」
 ノチユが雑兵に捻じれた鉄棒を突き刺した。傷だらけながら、彼は息を吐きながらその首を捩じり切っていく。
「もうどこかの班が先行することも出来ない……遮二無二抜けるだけだ」
 闘い始めた直後なら、選択肢はあった。ここの闘いは苛烈になったろうが、機関室の敵戦力は変わらないのだから。だが総力戦の後では、それは弱体化戦力の逐次投入。
 もはや残された道は、ただ一つ。
 僚班たちも次々に残党を圧し潰し、遂に残る敵は三体。出口前で、死守の構えだ。
「どいてもらう! 余計な足止め喰って、無性に腹が立ってるんでなッ!」
 雄叫びを上げながら、タツマが力の結晶を拳に纏わせて敵を打ち抜いた。共に並んだ機人の光剣と、共に並んだ僚班の一撃が最後の三体を突き崩す。
 番犬たちは扉を破砕して走り出る。
 最終防衛部隊、殲滅。
 それは作戦開始、24分目のことだった。


 走りながら力を組み替え、僅かに身を癒して、大扉を突き破る。
 暗闇の中、駆動する機械と蒸気の音。時計の針は25分目……時間は、僅か。
「どこです、五大巧!」
 焦りの叫びが、暗い広間にこだますると……。
『ようやくか。だがアレを正面突破で抜けて来る、その気概は気に入った……』
 暗闇の奥で、黒ずんだ巨像が立ち上がる。阿修羅の大仏の如く。
『爺からは時を稼げとの指示だが……やはり生温い。あの小僧などでは、とても持つまい。我は、我のやり方で、やらせてもらう』
 瞬間的に各班から飛んだ射撃を、その四つ手が打ち弾く。
「時間がない! 背負った歯車を狙え!」
 殺到する前衛。狙い定める後衛。
 巨像の目が紅く輝いた瞬間、その巨体は爆熱した。噴き上った劫火と共に鎖が迸り、後衛を狙う。護り手たちが飛び付くが……。
「ポンちゃん!」
 番犬たちは一斉に吹き飛ばされ、ミライの小竜が一撃で掻き消える。
「……っ!」
『我こそは、終末機巧・ラグナロク! つわものどもよ! その力、我が宿敵足り得るか……見せてもらおう!』
 周囲を焦熱地獄と変え、巨像は歯車を背に立ちはだかる。
 残るは……四分。

「燃え上がってるとこ悪ぃな! 狙うのはテメエじゃねえッ!」
 ランドルフが叫びと共に氷結の弾丸を撃ちまくる中。
「私たちが……何が何でも狙撃手を守らなきゃ……!」
「歯車を狙えない奴は、何でもいい! 奴の動きを止めろ!」
 葵が膝を無理に立たせ、タツマは血を払う。各班前衛は、火焔の巨像へ体ごと激突していく。
『その意気や、よし!』
 巨像は、しこを踏むように床を割った。轟音と爆炎が、群がっていた前衛を弾く。
「っ……! 刺し、違えて……でも! でも……!」
 葵の体は、起きない。どれだけ気力を込めようと、焼き切れた神経は言うことをきかない。
 護り手の内、起き上がったのは、およそ半分と少し……。
 振り返りかけたノチユの背に、どっとヴィルフレッドがその背を預けた。
「鎖が動いた。次は後衛が狙われる……今は、構わず撃つんだ。顔の横だ」
 情報と共に伝わるのは、活力と狙いの加護。ノチユは、俯いて向き直る。
「ああ。此処に居る全員で何度でも続ければ、必ずヒビは入るはずだ」
 放たれた鉄棒が、歯車を穿つ。アンノの消滅球が、それに続いて。
「うん。悪いけど、終末を起こさせるわけにはいかない」
 次々とその背に攻撃が集中する中、巨像は雄叫びと共に燃える鎖を振り上げる。
『だが、その傷ではもはやどうにもならぬ!』
「!」
 もはや盾となる者も少なく、後衛は火焔の鞭をもろに受けて壁に激突し、崩れ落ちる。
 起き上がろうとしたアンノは、肘が折れ口から鉄の味が噴き出すのを感じた。
「……ボ、クも……ダメ、か……」
 霞む視界の中、立ち上がった後衛たちの頭数は、明らかに減っている。
 あのカムジンを前に、回復は前衛に向いていた。後衛は支援のない十数分間を雑兵の火砲に晒され、その疲弊は限界寸前まで達していたのだ。
「ダモクレスに……熱いはーとが無い、なんて……嘘です、ね」
 一身に他者の癒しを続けていたミライもまた、その一撃で倒れていた。もはや指すら動かず、しかし彼女は瞼を震わせて戦場を見る。
 巨像は絶望的な突撃を行う狙撃手たちへ、炎の杖を振り上げている。
『さあ。絶望に胸を焼かれ、膝を折るがよい』
「それでも……諦めない、です……そう、でしょ」
 だがその最後の歌は、友の身を確かに癒していた。
 炎を断ち割り、火焔の中を跳んだのは、フローネ。
「あの無念……! あの屈辱……! 私は、忘れません……絶対に!」
 業炎の前に割って入った紫の盾は、その火力の前に消し飛んだ。フローネは一撃で吹き飛び、天井に衝突して玩具のように落ちる。
 だが。
 タツマが、雄叫びと共にその脚に身を叩きつけた。
「今だ! やれっ!」
「頭上を! 背を取るんだ!」
 走り込んだヴィルフレッドが、僅かな隙を伝えながら渾身の力で狙撃手二人を投げ飛ばす。
「これが……最後の一射だァ!」
「砕けろ……僕達が終わらせてやる」
 ランドルフとノチユ。放った弾丸と斧の一撃が、歯車を穿つ。
『ぬぅ……! 小癪な!』
 暴風雨の如く舞う炎鎖の中、刺し違える覚悟の最後の総攻撃がその背に殺到し……。
 甲高い、ヒビの走る音が鳴った。
「『……!」』
 眉を寄せ、振り返った巨像。息を止め、それを睨む、番犬たち。
 三十分目の針が……回る。

 そして……低い音が響いた。
 巨像の歯車が、回り始めた音が。
「ッ……!」
『は、ははは! 素晴らしき執念! 見事な心火よ! 流石の我も、焦ったぞ!』
「クソがッ! まだだ!」
 だが、攻撃はするりと逸れた。いや、奴の立つ地面自体が、持ち上がっていくのだ。そして周囲の壁が竜巻に剥ぎ取られるように、その巨体を覆いながら組み上がっていく。
『面白き闘いであったが、もはや無駄だ。儀式は……発動した!』
 皆の胸を苦く熱い確信が満たす中、巨影は天井をはぎ取るようにせり上がっていく。
『やがて! その命燃やすに足る、いくさ場で! 再び、見えようぞ! 屈辱と怨嗟を胸に抱いた……我が愛しき宿敵どもよ!』
 ある者は倒れたまま、ある者は立ち尽くしたまま、巨像の姿が消えるのを睨み据える。
 断末魔と共に組み替えられていく要塞の中で……。

「……」
 炎熱は遠くなった。ここはやがて、崩れ去る。
 番犬たちは、倒れた者も、それを引き起こす者も、皆、空を睨んでいた。
(「日輪と月輪。いや、その同型機か……」)
 剥げていく天井の向こう。
 氷と炎を纏った腕型の機械が、マキナクロスと化す地に引き寄せられるように、何百という数で降りて来ている。
「脱出しよう。僕らは……失敗した」
 ヴィルフレッドが壁に空いた穴を指し、終幕を告げる。

 ……こうして、第三の儀式場の闘いは、終わった。
 番犬たちの心に、消えぬ炎を灯して。
 その炎を消し潰す方法は……ただ、一つだ。

作者:白石小梅 重傷:フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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