終末機巧大戦~鉄の鯨

作者:天枷由良

●状況解説
 東京六芒星決戦にて、ケルベロスたちはまたも勝利を掴み取った。
 死神集団『ネレイデス』の大規模儀式は阻止され、十二創神のサルベージという最悪の事態は免れたのだ。
 だが、しかし。
 労いの言葉もそこそこに、険しい表情のミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)から告げられたのは、ネレイデスの儀式失敗で行き場を失ったグラビティ・チェインを狙う、ダモクレスの軍勢の侵攻だった。

 軍勢を率いているのは、先の戦いで存在が明らかとなった『五大巧』たち。
 ディザスター・キングが斃れた後、五大巧はキングが東京六芒星決戦に率いる予定だった戦力を吸収し、それを温存するために死神への援軍派遣を取りやめていた。
 そしてケルベロスによって死神の企みが阻まれた今こそ、大儀式『終末機巧大戦』を引き起こす好機だと行動を起こしたようだ。
「忽然と出現したバックヤードに制圧され、既に晴海ふ頭中央部は周辺の機械や工場などを取り込みながらダモクレス化しているわ。……そして、六芒星の中心となるはずだった地点を押さえた五大巧の目的こそ、かつて“爆殖核爆砕戦”で攻性植物が行った儀式――“はじまりの萌芽”を模した『終末機巧大戦』の発動よ」
 この終末機巧大戦は、核となる『6つの歯車』を利用して東京湾全域をマキナクロス化させる儀式らしい。
「阻止する為には『6つの歯車』の破壊が必要なのだけれど、その為にはまず、儀式が行われる巨大拠点型ダモクレスの内部に突入しなければならないわ」
 敵は晴海ふ頭外縁部で儀式を発動させるため、作戦開始と同時に晴海ふ頭から各方面へと侵攻を開始する。ケルベロスたちは、その進軍途上を急襲する事になるのだが――。
「敵が侵攻を開始してから儀式が発動するまでには『30分』しかないわ。その30分で、敵拠点に突入して護衛を排除。儀式を執り行う指揮官型ダモクレスの撃破か、儀式の核たる歯車の破壊をしなければならないということよ」
 言うまでもなく、非常に厳しい戦いである。
 だが、儀式を完全に阻止すれば被害は晴海ふ頭中央部のみに留められる。
 逆に一箇所も止められなければ、東京湾はダモクレスの手に落ちる。
 為すべきは一つしかないだろう。

●作戦説明
 ミィルのブリーフィングを受けているケルベロスたちは、第四の儀式場――『都市制圧型移動要塞アンドロケートス』を目標とする部隊の『先行班』を担う。
 隅田川を遡上して人形町方面に上陸しようとしているアンドロケートスに対し、まずは当班を含めた2チームで先行して攻撃を仕掛けるのが第一の任務。
 そして“突入班”を務める3チームがアンドロケートス内部への侵入口を開いた後、彼らに続いて侵入、迎撃に出てきた防衛用ダモクレス群を足止めするのが、第二の任務となる。
「露払いと防衛戦力の足止め。とても苦しい任務であることに間違いはないけれど、儀式を阻止するためには、こういった役目を担ってくれる人が欠かせないわ」

 アンドロケートスはクジラと女性の上半身が合体したような外観に、大量の砲塔と陸上用の無限軌道を備えている。
「拠点型ダモクレスだけあって、背部ランチャーからはミサイル、胸ビレなどに取り付けられた砲塔からは実弾を雨あられと降らせてくるわ。それから人型の部分“ユニットアンドロメダ”にコントロールされた六連主砲から放たれる光線も、重大な脅威となるでしょう」
 そして内部に突入した後は、猫人型のダモクレス――キャプチャドール『ファティマ・マーノ』が群れをなして襲ってくるはずだ。
「ファティマ・マーノは別段特筆する部分のない――強いて言うなら、女の子型であることが一番の特徴というくらいのダモクレスだけれど、腕型装備を用いて殴りかかってきたり、或いは此方を捕まえて握り潰すようにしたり、イヤホンプラグのような尻尾を振り回して攻撃してくるわ。何より、防衛用の量産機だけあってある程度の数が現れるでしょうから、押し負けないように戦わなければいけないわね」
 それを考えると、二班で事に当たるという点を利に出来ればいいのだが。
「ダモクレスの企みを防がなければならないのは勿論、儀式に失敗したネレイデス勢力の動向や、決戦に間に合わず太平洋上で状況を伺っている竜十字島のドラゴン勢力など、情勢は混迷かつ予断を許さないものになっているわ。それぞれが為すべきことを為し、被害を最小限に食い止められるよう、頑張っていきましょう」


参加者
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)
燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)
ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)
御影・有理(灯影・e14635)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ


 隅田川を遡上する鉄の鯨に対して、まず響いたのは無邪気な好奇心。
「でけぇーっ」
 笑顔を燦々と輝かせて叫ぶ尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の姿は、まるで初めて水族館に来た少年のようだ。
 頑丈な長駆などを含めても微笑ましく映るその様を、彼をよく知る君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)はどのような想いで眺めたことだろう。
 確かに、流れに逆らって進む塊は外見にある種の可愛らしさを含み、広喜でなくとも子供が喜びかねない雰囲気を醸していた。
 しかし一方で、無音の殺意を垂れ流している数多の砲塔やら、丸っこい鯨の背に聳え立つ人型ユニットの無機質な眼差しは、それが都市すらも制圧する巨大兵器であることを如実に示している。
「……負けるものか」
 呟き、佐竹・勇華(勇気を心に想いを拳に・e00771)は溢れる闘志を御して神剣もどきの柄を握った。
「もちろんです。正義は絶対に負けません」
 傍らで大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)が言葉を重ねれば、黒い箱竜“リム”を従える御影・有理(灯影・e14635)は、小さな輝き宿る左手を胸の銀薔薇へと運ぶ。
 途端、ぽうっと滲んで身体を包み込むのは白月の光。
 それを寄る辺に、守るべきは仲間。
 そして仲間と共に守るは、人々の未来。

 ケルベロス達は歩みを進め、鉄の鯨に近づいていく。
 共に“先行班”を務める仲間達も、対岸から攻撃を始めていた。
「ぼさっとしてたら食べそこねちゃうよ――!」
 舌なめずりをするように黒鎌を撫でたカッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)が、嬉々とした表情で一団から抜け出す。
 猫の如く軽やかな身のこなしで、しかし竜人である証の太い尻尾を地に叩きつけて川縁の柵を飛び越え、狙うは鉄鯨の腹。
 かつて討ち果たした戦艦竜のそれと、感触の違いは如何ほどのものか。
「しっかり味わって確かめな、黒猫!」
 真下に潜り込んで刃を一振り。普段は収めている翼で水面を打って川岸へと戻る。
 竜より硬いが手応えは悪くなかった。だが、如何せん敵が大きすぎる。付けた傷も、抉り取れて川底に沈んだ鉄片も、アンドロケートスにしてみればごく僅かなものでしかない。
 だからといって――いや、だからこそか。全力を尽くして暴れまわる必要がある。敵が此方を驚異と認識しなければ、数多の火器は突入口を作ろうとする仲間達に向けられてしまうかもしれない。
「仕掛けるカ」
「おう、やってやろうぜっ」
 相変わらずの笑みで応えた広喜が駆けていく。
 その背に最大級の信頼を置くが故に見送るような真似はせず。眸は龍頭を象った戦棍を砲撃形態に変えて、対岸に砲撃を始めた人型ユニットへと狙い定める。
 一発、二発。分析を兼ねて竜砲弾を撃ち放ち、続けて本命を叩き込む。
 その瞬間、ビハインド“キリノ”も先に砕けた弾を念で拾って飛ばし、広喜は微かに速度を落とした敵に飛び乗って、人型と鯨の境目辺りに地獄で形成されるパイルを撃った。
 目的を果たしたなら長居は無用。急ぎ離れようとする広喜を幾つかのミサイルが追いかけていくが、攻撃でなく牽制と呼ぶべき程度のそれは眸が砲撃で落とす。
 そして爆煙漂う中、広喜と入れ替わりで攻めかかった勇華も、闘気帯びる手刀で鋼鉄の外装を裂いていく。彼女の行く先を示すように、敵の一部を演算解析した秋櫻は三連超大型ガトリング砲から鉛弾を滝の如く注ぎ込んだ。
 さらに有理とリムも、それぞれ竜の幻影とブレスを用いて攻勢に加わる。敵の砲火が対岸に偏り、此方がまだ無傷である内に炎の一つでも喰らわせておけば、この後、仲間の治癒にかかりきりとなっても多少は攻め手の助けになるはずだ。

 そうして回復役の一人一匹までもが攻めかかっても、まだ此方に驚異となる砲撃は届いていなかった。
 幅広の隅田川で挟撃を仕掛けたことが奏功したようだ。再び攻めかかる仲間に続いて、ラギア・ファルクス(諸刃の盾・e12691)も剛斧を振り下ろす。
 鎖で守護の魔法陣を描いていた燦射院・亞狼(日輪の魔戒機士・e02184)も、ナイフを握って肉薄。
 だが、俊敏な動作で突き立てようとした刃は鉄鯨の表面を撫でるだけに終わった。揺れる巨体に上手く当てられなかったのは、同じ能力に頼る黒鎖の魔法陣を直前に使っていたからだろう。
 ならば地獄の炎弾を叩き込んでやる――と、力を込めたところで状況は一変。
 六連の主砲が軋み、此方に向く。その先端から放出された光線が天でうねり、亞狼達の元へ降り注ぐ。
 堪える、という選択肢は与えられなかった。接近戦を仕掛けていた前衛陣は尽く吹き飛ばされ、川縁に叩きつけられる。
 凄まじい力だ。それでいて、自らの巨体には掠りもさせない正確性も有している。
 もしも一方向から二班で纏まって攻撃を仕掛けていたら、一蹴とまではいかなくとも相応の苦戦を強いられたに違いない。
 思わず息を呑むケルベロス達。そこに、今度は牽制でなく殲滅を目的とする副砲が掃射された。

 しかし鉄鯨の猛攻はそれきり途絶え、ケルベロス達は態勢を立て直す猶予を得る。
 また、狙いが対岸の部隊に移ったらしい。攻撃の組み立てに微妙な非効率的さが感じられるのは、十六人のケルベロスなど歯牙にもかけていないのか、はたまた挟撃の成果か。
 いずれにしろ、広範囲攻撃が二班を跨がない状況は凄まじい優位性だ。回復は有理とリムに、防御面の強化は秋櫻と亞狼に任せ、残った者は全力を主砲操作に携わっているらしき人型ユニットへの攻撃に注ぐ。

 そして戦闘が始まってから九分に差し掛かろうかというところで、突入班が鯨の横っ腹辺りに侵入口を開いた。
 彼らを視界の端に捉えて、八人もまだまだ底が見えない鉄鯨との戦いを打ち切り、突入班の後を追う。


 アンドロケートス内部に突入した八人は、対岸の部隊と共に奥へ進んだ。
 先に飛び込んだ三班との差は僅か。守り重視の陣形に組み直した際に生まれたその小さなズレは、奇しくも方々から湧いてきた“ファティマ・マーノ”によって突入班の足取りが鈍ったことで解決した。
「おぅコラ、てめーらの相手はこっちだ」
 駆ける勢いのままに亞狼が敵の脇腹を蹴り飛ばす。
「スーパージャスティ、参上」
 真紅のマントを翻した秋櫻も手近な個体を殴りつける。
「ここはわたし達に任せてください!」
 二人に代わって呼び掛け、勇華は敵群を突き抜けると先の通路に背を向けた。
『また来たニャ!』『まとめて潰すニャ!』
 隊列を乱した機械の猫娘が喚く。しかしその間にも突入班の面々は先へと進み、場には十六人とサーヴァント、そして数多のファティマ・マーノだけが残された。
「この辺、暫く黒猫の縄張りにしちゃうから」
 ニヤリと笑うカッツェに撫でられ、大鎌が妖しく煌めく。
『ニャ、ニャんだこいつ!』『いいから逃げた奴らを追うニャ!』
 ぞぞっと尻尾を逆立ててから、猫娘達は首を振って彼方を指し示した。
 それに素早く反応した一匹が駆け出し、突破を試みる――が。
「貴様らヲここに留め置くことが、ワタシ達の任務ダ」
『ニャ!?』
 ぴょんと跳躍した直後、それは真横から戦棍で殴りつけられた。
「決して、逃さなイ」
 間近で囁きを聞いた猫娘が、淡く光る右目に見送られながら群れへと突き返される。
 さすが抜け目ない。相棒の働きに感心しつつ、広喜も負けじと敵の真正面で言い放つ。
「量産型同士、思いきりやろうぜ」
『お前みたいのと一緒にすんニャ!』
 レプリカントとダモクレスは極めて近く、限り無く遠い。故に猫娘が一匹、床を力の限りに殴りつけて最大の反抗を示した。
 素体部分こそ華奢で女性らしいファティマ・マーノだが、腰部で保持している巨大な機械腕は見るからに破壊力満点。人一人くらいなら簡単に握り潰してしまいそうなそれに言動の端々から伝わる直情径行も相まって、攻撃をまともに食らい続ければどうなるかは容易に想像がつく。
 一方で総数がどれほどなのかは全く予想できない。そんな敵と相対して、倒すのでなく倒されぬように戦うなら、様々な手段で相手の動きを妨害しながら、守りを固めて回復で粘るのが最も一般的な対応だろう。
 広喜は向かってくる敵と、その周辺を纏めて狙い定める。
 並列化されたように眸も身構え、二人は次々とミサイルを撃ち放つ。
 秋櫻と勇華が散らしていた小型治療機の群れを右に左に容易く掻い潜った火の槍は、殴る気満々の猫娘達を突き刺して爆ぜ、勢いを鈍らせる。
 さらに重ねて、カッツェが竜の息吹を浴びせかけた。端から端まで、文字通り一息で焼き払われるファティマ・マーノ達が仔猫のような声を漏らすが、所詮は機械の雑音。デウスエクスは余さず刈り取る少女の、そしてケルベロス達全員の心が揺れるはずもない。
 爆発と火焔を抜けてきた一体を、ラギアが鴨頭草の剛斧で頭から両断する。ただの物言わぬ鉄屑と化したそれには目もくれず、亞狼は背に黒い日輪を浮かべて熱波を放つ。
 瞬間、幾つかの目が黄金の鎧に釘付けとなった。
 途端に獣らしさを溢れさせたファティマ・マーノ達が何体も折り重なるように飛びかかり、機械腕による強烈な打撃を亞狼に浴びせてくる。守勢に意識を傾け、破壊に耐性を備えてきたとはいえ、全力の殴打を二発も喰らえばハッキリとしたダメージが残るもの。
「冥き処に在して、三相統べる月神の灯よ――」
 有理が女神讃える詩篇を唱えて生命の賦活を図り、箱竜リムも乱戦の間隙を縫って属性インストールに勤しむ。
 それに何かを返すわけでもなく、亞狼は拳を振りかざして迫る敵にナイフを閃かせた。
 ジグザグに裂かれた猫娘が倒れ伏す。
 だが残骸が床を叩くと同時に、新たなファティマ・マーノ達が姿を現す。
「次から次へと……!」
 拳を握り、勇華が接近する群れに真っ向から挑む。
 振り回されたブラグに数度叩かれても歩みは鈍らせない。
 むしろ闘志を焚べて、一度は転げ落ちた勇ましき者への階段を駆け上がるように、より速く、そして強く突撃。勇者の革鎧と闘気に触れた敵は次々に吹き飛ばされていく。
「まだっ!」
 気を緩めず反転。力を手に注いで踏み出せば、黒髪の青年が無数の鎖で猫娘達を縛り上げるのが見えた。
 その内の一匹――機械の剛腕で必死に縛めを解こうと藻掻くところに飛びかかり、手刀を叩きつける。袈裟懸けに斬られた敵が火花を散らしながら崩れ落ち、向こうに立つ鎖の操り主と目が合った。
 視線で激励を送って、勇華は次に屠るべき相手を探す。
 その最中、揺れるポニーテールに妙な素振りを見せた猫娘を捉えて、カッツェはふと悪戯じみた一策を講じる。
 自身の尻尾をこれ見よがしに見せつけて、左右に振り振り。それを油断と見たか挑発と取ったか、ともかくまるでじゃらされるようにして敵が飛びついてきたところで、大鎌を一閃。敵を上下に斬り分けた。


 さらに応酬は続く。
「目標確認、照準修正。……チャージ完了、照射します」
 淡々と語る秋櫻の両眼から迸った熱線。
 鉄の身体の奥底に燃える正義の心を、今一時代弁するその光が猫娘達を穿つ。
 腰、腿、背、肩――個々の負傷度合いも演算に含めての攻撃は、盾代わりにされた剛腕をも貫き、次々と敵を行動不能に陥らせていく。
 そうして足の止まった一匹を、別班に属する灰瞳の少女が竜砲弾で潰した。
 先の鎖然り、乱戦ならではの繋がりだろう。互いの存在をより強く意識すればさらに“らしい”連携となったかもしれないが、同じ目標を掲げて各々が為すべきを為すだけでも、自ずと成果は得られる。目前に散った機械部品がその証だ。

 とはいえ、今日の戦場はどれほど戦果を上げても気が休まらない。
 倒せど倒せど湧いてくるファティマ・マーノは、確実にケルベロス達の精神を、そして体力を削り取っていく。
 やがて限界が訪れ、まずは機械腕に握り締められた金色の鎧が、床に投げ捨てられたきり動かなくなった。
 鉄鯨との戦いからひたすらに盾役を務めていた上に、熱波でもって猫娘達の攻撃を引き寄せていたのだから当然の帰結ではある。
 もっとも、そうなる事は織り込み済み。一人倒れれば中衛から盾役を補充するとの取り決めに従って、耐久力に自信のある秋櫻が盾役を代わろうとする。
 だが、混戦の最中に気取られない合図を送受するなど容易でなく。他の策で足りるかと言えば答えは否であり、そもそも生じる隙は小手先で埋められるものでもない。
 だからこそ、それはケルベロスの心得に“しても構いません”と小さく書き記されるだけなのであって。余程特殊な――例えば封印竜戦のような状況でなければ用いるべきではないのだ。
 幸いにも惨事の契機とはならず、秋櫻も一応は望む位置に収まったが、これを続けるのは博打未満の行為。
 断じてしまうが、ポジションチェンジを何度も行うような作戦は成り立たない。現状なら中衛から前衛への移動は勿論の事、体力が二割にも満たない瀕死の盾役が一手と引き換えに下がろうとしても叩き伏せられるだけである。
 つまり“戦闘不能者を増やさずに戦線維持する”という目的が達せられる見込みもない。
 ケルベロス達は現段階を最終陣形として、戦いを続けた。
 必然、消耗の度合いは盾役だけを並べた前衛に偏っていく。

 しかし、単純な力量で測れば八人は皆々猛者の部類。
 個々の戦術も量産ダモクレス相手には十分な水準。亞狼と共に初期から盾役を務めていたラギアが圧し潰されてしまう頃には、有理の手元で二度目にして最後の報せが鳴っていた。
 作戦開始から25分が経ったのだ。見送った仲間達が戻る気配はなく、周囲には両手で足りぬほど屠ったはずの機械猫娘が依然として群れを成しているが、彼らは先行班として課せられた使命をほぼ果たしたと言っていい。
「……あと五分。五分だ」
 有理は自らに、そして仲間に言い聞かせるように紡ぐ。
 それだけ耐えれば否が応でも作戦は終わる。その時、勝利を掴むのは此方だと。突入班は儀式を阻んでくれると信じれば、残り僅かな時間も乗り切れよう。
「もうひと頑張り出来るね、リム?」
 主の呼び掛けに「がお」と吼え、黒い小竜はまた己の力を注ぎに向かった。
 使役修正を受けようと、ひたすらに繰り返せば治癒量は侮れない。新たに倒れるものが出るか出ないかという瀬戸際でついに戦いは刻限に至り、仲間の帰還を見るより先に戦場が崩れ始めた。
 脱出する他なし。八人は一抹の不安を抱えて戦場を後にする――。

 ――そして程なく、それが杞憂だと知った。
 仲間達はカタストロフィを討ち、歯車の破壊にも成功していたのだ。
 しかし残った時間は僅か二分。突入班は突入口に戻るのでなく、鉄鯨の崩壊に乗じて脱出したらしい。
 バラバラと空を飛び去っていく残骸を見やりながら状況を把握して、ケルベロス達は一先ず、胸を撫で下ろした。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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