甦る黒槍

作者:零風堂

 水の流れが穏やかに、深夜の静寂を彩る……。夜更けの河川敷では動く者も無く、誰もが寝静まっている……、そう思われた。
 しかしそんな闇の中を、ちろちろと蠢く光がある。異形の魚――死神の目だった。
 深海魚型の死神は、獲物を探すかのようにゆらゆらと宙を泳ぎ、ある場所を中心に回り始める。するとそこには魔法陣が浮かび上がり、中心から、新たな存在が姿を現した。
「が、ががが……」
 地獄の底から聞こえるような、唸り声。それは巨躯の獣のようであり、エインヘリアルの戦士のようでもあった。
 黒い槍を携えてはいるものの、全身は黒い獣毛に覆われ、口からは鋭い牙が突き出ている。
 それはかつて、この河川敷でケルベロスに倒された、黒槍の戦士によく似ていたという。

「予知により、死神の動きが察知されました。今回わかったのは、死神の中でも下級の存在……、浮遊する怪魚のような姿をした死神になります。ですがこの怪魚型の死神が、以前ケルベロスが撃破したエインヘリアルを、変異強化してサルベージするというのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)からの説明に、集まったケルベロスたちも緊張した面持ちで話を聞いていた。
「死神は、サルベージしたエインヘリアルに周辺の住民を虐殺させてグラビティ・チェインを補給し、その上でデスバレスへ持ち帰ろうとしているようです」
 市民の虐殺、死神勢力の増強も見過ごしてはおけないというセリカに、一同も頷く。
「敵の出現場所は、以前エインヘリアルがケルベロスに敗れた場所……、とある町の河川敷付近です。時刻は深夜ということで人通りは無く、周辺の避難は完了しています。ですが、あまり広範囲の避難を行ってしまうと、グラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージする場所や対象が変化してしまうようです。そうなると事件を阻止できなくなってしまいますので、あくまで避難は最小限、戦闘区域のみとなっています。つまり逆の言葉で言えば、戦闘区域外の避難は行われていません。万が一にも皆さんが敗北した場合には、かなりの被害が予想されますので、くれぐれも油断しないようにお願いします」
 セリカの説明に、ケルベロスたちも真剣な表情で頷き、話の続きを促した。
「敵は怪魚型の死神が3体と、サルベージされ、変異強化した状態のエインヘリアルが1体です。死神は噛みつきや、怨霊を集めた黒い弾丸を放つ攻撃を行いますが、戦闘力はそれほど高くはありません。一方のエインヘリアルは、凶暴な獣のように理性を失った状態で、とにかく相手を手にした槍で滅茶苦茶に突き刺すような戦い方をするようです。ただ、ケルベロスとの戦闘に入り劣勢になるようであれば、死神はエインヘリアルを撤退させようとするようですね」
 撤退しようとする際、相手には隙が生じるだろうから、こちらが一方的に攻撃することができるでしょう。とセリカは付け加える。
「下級の死神は知能が高くないらしいので、自分たちが劣勢かどうかの判断が、正確にはできない様子です。ですから上手く演技すれば、劣勢であっても劣勢でないと判断させることができるかもしれません」
 こういった情報を使えば、優位に戦闘を行えるかもしれませんと、セリカはケルベロスたちに告げるのだった。


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
暁星・輝凛(獅子座の星剣騎士・e00443)
武田・克己(雷凰・e02613)
神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)
アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)
藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)
サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)

■リプレイ

●闇夜の戦い
 誰もが寝静まっているかのような深夜のひとときに、ゆっくりと動く光が3つ。その光はゆるやかに魔法陣を描き出し、新たな影を生み出した。
「ぐるるるる……」
 地の底から唸るような声を漏らすは、獣と化したエインヘリアル。
 全身は黒い獣毛に覆われ、かつての名残はその手にした黒槍くらいのものだろうか。
 3つの光――深海魚型の下級死神によって、再びこの世に引き戻されたその歪んだ生命で、多くの生命を奪おうというのか、黒い獣戦士は牙を突き出すように吼えながら、黒槍を握り締める。
「――!」
 そこへ近づく存在に気付き、死神の1体が怨霊弾を吐き出した。
「くっ!?」
 暁星・輝凛(獅子座の星剣騎士・e00443)が驚いたように身を竦ませ、星詠みの魔剣を慌てて構えた。
「こいつら、僕たちで勝てるのか……」
 急ぎオウガメタルの粒子を輝かせて、仲間たちの感覚を研ぎ澄ませるようにしながら輝凛は呟く。
「……強い、な。まるで我らが赤子のようだ」
 次々に死神は怨念を込めた弾丸を放ってくる。ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)は直撃を避けるよう身を低くしながら、低い声で小さく呟いた。
 それでも何とか魔力を紋章に込めて描き出し、ディディエは石化の力で獣戦士を狙い始める。
「ここで敵を抑え込まないと!」
 藤林・シェーラ(ご機嫌な詐欺師・e20440)は仲間を鼓舞するように言いながら、ケルベロスチェインを地面に伸ばし、守護の魔法陣を大地に描いていく。光と守りの力を立ち昇らせる魔法陣に小さく頷き、「逃しちゃったら被害が拡大しちゃうし、最小限に抑えないと!」と付け加える。
 サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)も魔力を秘めた瞳でエインヘリアルを見つめるが、そこに深海魚が喰らい付いてきた。
 咄嗟に腕を突き出して喉を破られないようにしたサロメだったが、死神は尚も牙をめり込ませようとビチビチもがいてくる。腕に痛みを感じながらも、サロメのテレビウム『ステイ』がそいつを鈍器で殴った瞬間に、サロメは腕を引き抜いて事なきを得た。だらだらと血が流れだすが、構っている暇はあまりなさそうである。
「グォォォォッ!」
 黒い獣と化したエインヘリアルが、咆哮と共に槍を突き出してくる。
「……ち、やりにくいな。間合いが違うとここまでやりにくいか」
 黒い槍は武田・克己(雷凰・e02613)の脇腹を貫き、ごぽりと血を零れ落とさせた。
 歯を噛みしめながら克己は刀を抜いて引き、雷の魔力を込めて突き出す。がきんと肩の辺りを一撃し、克己は跳び退って間合いを取り直す。
「みんな距離をとって戦うんだ!」
 アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)がそう呼びかけて入れ替わりにダッシュで突っ込み、高速計算で導き出した一撃を天秤剣で叩き込む。破鎧衝を入れた反動でアレックスは敵から離れ、そのままダッシュで駆け抜けていく。
(「不利だと判断したら逃げやがるんすか……」)
 神宮寺・結里花(雨冠乃巫女・e07405)は思案を巡らせながらも、全身の闘気を集中させて拳を握る。
(「んー……、面倒っす。ちょっと小細工がいるっすかね」)
 そうして繰り出した気咬弾が、獣戦士の喉に喰らい付こうと飛来していった。
「が……」
 敵は一撃を受けながらも怯まず、ふぉん。と槍をしならせながら振りかぶって構える。
 その直後、突き出すと同時に槍が無数の黒蛇に変化し、ケルベロスたちに噛みついてきた!
「チッ……。攻撃に回る暇がねー……」
 アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)は苦虫を噛み潰したかのように眉を寄せながらも、『気』を蓄えた金平糖を噛み砕いて体勢を立て直していた。

 黒槍の戦士の攻撃は苛烈であったが、ケルベロスたちの力量と、回復重視の戦いで、充分に余裕をもって戦闘を繰り広げることができそうだった。だが――。

「くそっ、回復が追い付かない!」
 輝凛は焦った様子で金色の光を生み出し、克己の傷を癒していく。
「……我らを相手にすることなぞ、奴らにとっては児戯にも等しいか」
 ディディエは低い声に危機感を滲ませながら呟き、時空凍結弾を撃ち出していく。

 ――ケルベロスたちは敢えて、ピンチを装ってこちらが優位であるようには見せないよう振る舞っていた。

 黒い槍の突きが繰り出され、サロメは急所を外して受ける。ざくりと肉が薙ぎ裂かれ、血が滲みだした。
「く、思ったより敵が強い……?!」
 しかしその傷も、シェーラが即座にルナティックヒールの光を集めて照射し、治療にあたっていた。
(「ピンチを装って死神を逃さないようにしないとね」)
 サロメはトラウマの魔力を光球に変えて凝縮し、黒色の魔力弾として敵へと投げつける。

 こちらが優位で、敵が劣勢であると判断されたなら、敵が撤退する可能性がある。
 その情報を得ていたケルベロスたちは、戦闘が開始してすぐ敵が撤退しないよう、演技を含んで戦いを繰り広げていたのであった。その甲斐があってか、死神たちは未だに撤退を開始するようなそぶりは見せていない。

「ぐおおおっ!」
 黒い戦士が槍に炎を灯らせて、突き出す。庇いに入ったアレックスが、一撃を星降の剣で受け止め、耐える。
「滅多刺しにはなりたくないんでね」
 克己がその隙に回り込んで、覇龍の銘を持つ刀に空の霊力を込める。
「伊達や酔狂でこんなものを持っているわけではない!」
 駆け抜けざまに絶空斬を振り抜いて、エインヘリアルの脇下から斬撃を叩き込んで過ぎる。
「神宮寺の巫女として、黄泉がえりにはもう一度眠ってもらいましょう」
 逆サイドからは結里花が迫る。ドラゴニックパワーを噴射し、加速してハンマーを振り上げた。
「潰せ、白蛇の咢!」
 思い切り叩き付けるような一撃で、黒い戦士を押し潰す。堪らず下がったそこへ、アレックスが踏み込む。傍らではテレビウムの『ステイ』が、綺麗な女性たちによる応援動画を流してアレックスの戦意を鼓舞している。
 呼気と共に稲妻の闘気を突き出して、エインヘリアルの喉を刺し貫く。ずしんと巨体た倒れて崩れ去り……。
「戦線を維持するぞ! 諦めるな!」
 アレックスは必死を装い、声を張り上げるのだった。

「痛み分けで引くのも手か……?」
 エインヘリアルが倒れたところで、アンナはそう言いながらフローレスフラワーズの花びらのオーラを振り撒いていく。
「やった……っでも、もう……」
 輝凛も同様に戦場に花びらのオーラを撒いていたが、泳ぐ死神たちを前にして、がくりと膝をついていた。

「このままだと、負けちゃう?!」
 シェーラは奥歯を噛みしめながら、神聖な雰囲気の後光を纏い、光を放ち始める。
「――まぁ、そんな事はないんだケド!」
 『信じる者は報われる』の効果を発動させながら、シェーラはうつむき、にっと口端だけを上げてみせた。後は一気に、叩き伏せるのみだ。
「……なんともまあ、デウスエクスはあの手この手で我らを脅かしにかかるな」
 ディディエはやれやれと息を吐きながら、魔法紋章を操り、竜の幻影を召喚する。生まれた竜は顎を開き、深海魚を焼き尽くす炎を吐き出した。
 炎に包まれ、1体の死神が燃え落ちていく。
 その間にもアレックスのウイングキャット『ディケー』が金色の翼で飛び回り、清浄なる波動でケルベロスたちを癒して回っていた。
 サロメは満足そうに頷くと、艶っぽく、投げキッスの構えで相手を『視』ていた。
「武器なんて、キミには似合わない」
 魔力を秘めた瞳に捕らわれ、死神の1体がふよふよと催眠状態へと陥っていく。
「演技は苦手なんだが、それでもお前らをだます位は出来たかね?」
 呟いて克己が踏み込み、抜き放たれた刃に月光が宿る。
「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ」
 それでも噛み付こうとしてきた死神だったが、克己の刃はその口からずばんと相手を薙ぎ倒した。

「くっ……、限界かもしれない」
 俯くアレックスに、残った死神が怨霊弾を放ってくる。
「――なんちゃって」
 一撃を回避し、アレックスは天秤剣を閃かせた。同時に現れた天秤は結界となり、死神の罪を負荷として圧し掛かっていく。
「逃がしません」
 動きの鈍った死神に、結里花の放った気の弾丸が喰らい付いて抉る。
 何とか逃げようともがく死神だが、もう遅い。その背後にはビハインドの『名もなき面影』が退路を断つように現れて、攻撃を加えていた。
「ここまでだ」
 正面からはアンナが駆け込み、拳を握る。降魔の力を宿した一撃は死神の顔面を打ち、その歪んだ野望と共に砕け散ったのだった。

「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」
 敵の最後を見届けて、克己は小さく呟く。
「これにて閉演――。なかなかの名優揃いだったでしょ?」
 輝凛も悪戯っぽくウインクし、逃亡を許さずに倒せたことを嬉しく思うのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。