繰り括り解き、

作者:ヒサ

 夜明け前。早くに起きたシェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)が鍛錬にと思い立ち外出した先で、彼女は現れた。
「ごきげんよう、シェーロ」
「え……」
 青空のような色を抱く目を細めた少女に、少年は目を瞬いた。戸惑うような迷うような、束の間鈍った視線がけれど今一度と彼女の姿を確かめる。
「……君、は」
 考えるより先に、言葉が零れた。けれど、何を接ぐのが正しいのかを判じかねる。言わねばならないこと、言いたいこと、彼の胸の奥に瞬くそれは、けれど、どこか霞んだように不確かで。
 彼が見定めるより先に、彼女が小さく首を振り。
「そのまま忘れていて良いよ。──今ここに居る私は君の敵だからね」
 そう、刃を彼へと向けた。

 シェーロの救援に向かって欲しいのだと、篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)はケルベロス達へ依頼した。
「朝早いから、というだけでは無いようだけれど──街中の広場だけど、人は居ないみたい。敵はあまり派手に暴れるタイプでは無さそうだし……それでも壊れたり崩れたりがあれば、後でヒールをして貰えれば大丈夫だと思う」
 敵は螺旋忍軍の少女。大振りの手裏剣や幻術を使って戦う事を得意とするようだ。ただ、皆が救援に入ったとしても、彼女はシェーロを特に狙って動くと思われる。
「だから、急いでお願いしたいの。あなた達の力で、彼を助けて欲しい」
 ヘリオライダーはそう、ケルベロス達へ後を託した。


参加者
蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
シェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)
沫雪・ありす(泡沫の白・e62457)

■リプレイ


 放たれた手裏剣がシェーロ・ヴェントルーチェ(青空を駈ける疾風・e18122)を害す。蝕む毒に脅かされて、言葉紡ぐ器官を駄目にされる前にと彼は応じて刀を抜いた。追撃の凶器を打ち払い、彼女を捉える為に踏み込む。
 金の髪、青い瞳。故郷ではさほど珍しい色でも無かった。けれど己のそれと似た色に、青空を映す鏡のような眼差しに、それでも、と彼は思う。
「なんでだろうな。君を見て、『懐かしい』って思うんだ」
「……そう」
 ただ、苦しげにひずんだ今の音を、違う、とも。
(「もっと……なんだろう。でも、ほんとは──」)
 霧の中、闇雲に手を伸ばすようで、焦燥に襲われながら。刃に鋭く肌を裂かれ彼は、刀を持ち替え医術を用い傷を塞ぐ。痛みは思考を鈍らせる。だから今は忘れる。敵対するデウスエクスを前にしてなお彼は、命の遣り取り以上に大切なことがあるのだと、確信めいた思いを抱いていた。
(「伝えないといけない事があるんだ。言葉は、知ってる。……でも、言葉だけじゃ駄目だ」)
 謝りたいのだと、過去を振り返ったあの夏に、彼は口にした。
(「相手はきっと、君だ。……なら、何のためだ?」)
 疑問を抱く己すら、今の彼には受け容れ難い。どうしてこんな大切なことを、と、餓えにも似た呵責ばかりが急いた。
「でもそんなの、忘れて良いんだよ」
 だが、少女の声が繰り返す。暗示を繰るような、甘い声。けれど伴った微笑みが翳って見えたのは、少年の願望ゆえか否か──とて、判る者はこの場に居らず。
 少女の手裏剣が螺旋を描く。出自を語る如き技、少年がまともに受ければただでは済まぬであろう暴威が唸り、
「──これ以上の狼藉を許すわけにはいきません」
 しかしそれはやんわりといなされた。己が前に割り込んだその背が見知った、ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)のものであると気付き、シェーロは目を瞬いた。その彼を、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)の護術が取り巻く。
「大事ないか、シェーロ」
「あ、うん。ありがとな、レン」
 これまた見知った相手へと少年は頷いた。状況を把握して、刀を握り直す。
 そしてそれは敵も同様に。ケルベロス達が布陣を終える前にと彼女は切り込み、
「させません」
「シェーロ、退がって!」
 されど蒼龍院・静葉(蒼月の戦巫女・e00229)が竜砲を撃ちそれを押し留める。沫雪・ありす(泡沫の白・e62457)がシェーロの手を引き距離を取らせた。リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)が癒しの弾を撃ち、後衛へ退がる彼の体から毒を祓う。負傷が未だ深刻では無い様子であることを確かめて、ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)が安堵に口の端を上げた。
「よく耐えていてくれたね。君を、そして人々を護るため、手伝わせて貰えるかな」
「ああ、うん。それは助かる──」
 デウスエクスと戦うに否やは無いとばかりシェーロは頷くも、添えた言葉がふと濁る。
「何か気懸かりがあるのか?」
 気付いて問うた相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)に、少年は束の間迷い、しかしほどなくはっきりと肯定を返す。
「俺は、彼女に言わなきゃいけない事があるんだ」
「──そうかい」
 意志への応えは、是も非も無く、ただそれだけ。けれど青年の視線は敵を睨んだ。少年を惑わせる如きかの少女を、気に入らない、というように。


 風が鳴る音。迫る敵の刃を、受けたのは竜人。
「悪いが通行止めだ」
 迎えるよう前へ出た彼の表情は既に、髑髏の仮面に覆われ見えない。だがその声は低く不機嫌を抑えた風。
「参ります」
 強く揺るがぬその頼もしさに、静葉が淡く微笑んだ。これならば、と標的を捉え蒼棍を振るう。そして前線を駆ける彼女達を追い、結ばれた護印が、光散らす双魚の星が、加護を成す。ゆえに臆する必要など無く。
「──歌を」
 更には、同胞の影に寄り添いウォーグが奏でた祈りが彼女達へ力を添える。
「ありがとう」
 受けて笑んだルージュの刃が冷気を孕み唸る。穿ち冒し、痛みをかの身の内へ。とはいえ敵が怯むには未だ。地を蹴り身を退いて、少女は虚空へその手を翻す。
「幻を紡ぐ。夢を綴る。眩め──惑え」
 そうして為された詠唱と共に無数の短刀が出でた。後衛へと注ぐ雨の中へと盾役達が飛び込んで行く。獲物を逃さず狙う射手の攻撃とて、備えた上で受けたならば彼らにとって、脅威と呼ぶには不足。
「グリ……!」
 だが、かわすには密過ぎるそれらから体を張って主を護った白い小竜の体は無数の傷と血に染まる。案じて顔を曇らせる少女へとリュートニアが、励ますよう銃を掲げた。
「大丈夫です、僕が必ず」
「……ありがとう、お願いするわ」
 出でた蒸気が小さな体を護る。メルゥガもまた、痛みの熱を冷まし得る力を分け与え治癒を。託して駆けたありすは軽やかに跳ねて、魔靴纏うその足に力を籠めて蹴り放った。護りを揺らがせる星の魔法が、敵の隙を暴く。そこへ迫ったシェーロの刀が斬撃を叩き込み──青い視線が交わる。
 溢れるかのよう、少年の名を今一度、唇が呼んだ。そうして少女は、自嘲するかのよう眉をひそめる。
「君を、この手で殺したい」
「させられねえって言ってんだろ」
 向けられる刃をしかし竜人が阻む。腕を、携えた槌を、盾と捧げた。刺す如き痛みなど無数に注いだとて、彼の戦意の前にはさして。
「私の邪魔をしないで欲しい」
「生憎そうも行かないんでね」
 邪魔をしに来たのだと、青年の声が怒気を示す。決して退かず身を挺したとて、レンが重ね織った陽炎象る加護が幾重にも彼を護る。
「殺したいのはこっちも同じだ、退かねえってんなら咬み千切る」
 拳を握る右の腕が、黒々と竜膚を晒す。対照的に華奢な敵の体を殴りつけ、その威圧で以て視線を奪う。シェーロを傷つけるための眼差しなど、声など、彼らから見れば遣らせる価値など無い。
「君が彼を狙うように、僕達も彼を護りたいんだ」
 少年の想いは尊重したいが、だからといって。ルージュの瞳は地獄に燃えて加速して、刀の一閃を少女へ見舞った。噴いた血に濡れて艶やかに刃が笑う。
「古くからのそれで無くとも、同じ縁に集った、共に人々を護る、仲間なのだからね」
「……古、く」
 掠れた独白が舞う。敵の、けれどどこか幼さが滲んだそれを、
「──……セナリア……?」
 目を覚ました如く瞬いた蒼穹の目に少女の姿を映すシェーロの声が散らした。


「誰、かな、それは」
 少女の瞳が、緊張の色を孕んで少年を見詰めた。
「私はシオリ。デウスエクス・スパイラスが一体、『縁繰りのシオリ』だよ」
 そうして唇は、笑うかたちに弧を描く。
(「……『縁』」)
 その様は『断つ』為のよう。そう見て少女とは反対に口を噤んだのは静葉だった。洋装の下しくり、小さく鳴いた胸は己が為だけれど。
「違う、君は──」
 少年の瞳が痛みに似た色を映した事は、はっきりと判った。苦さを知る、近しい色。全くは同じでないそれを、それでも、人たる心は共感し得た。
「俺の、幼馴染みだった。声も、目も、表情も、成長はしてるけど、でも、あの頃の」
「黙って!」
 シオリと名告った少女の声が、少年の言葉を鋭く遮った。
「……君の名など、呼ぶのではなかった」
 次いで零れた言葉は、独白めいて。
「何も言わぬままに君を殺せば良かった。そうすれば私は私のまま……」
 揺らぐ声は、されど迷いを振り切るかのよう硬さを増して行く。
「諦めないよ。君さえ殺せば、元通りだ。君の仲間とやらが君への道を阻むなら──」
 刃は、盾役達を排してでもと鋭く。放たれたそれを目にして、ウォーグが進み出た。
「させませんと、言いました」
 そうして彼女は凛々しく笑んだ。怯むこと無く強く。護るべきもの、その身ばかりでなく心をも尊ぶ為に。
「あなたの事情もあるのでしょうが、だからといって彼はあげられません」
「ええ。皆一緒に、帰るんです……!」
 深い傷にどくりと血を吐く彼女を癒すべく、リュートニアの銃が幾度目か治癒を撃つ。短剣を逆手に持つ右手を添えてのそれは、彼もまた疲労を押しての事である証。だがそれでもまずは、己含め皆を護るべく身を尽くす者達の為にと。
(「──むかしの、おともだち」)
 感慨を吐いた如き声をされど拒まれた少年の心を想い、幼いありすの胸はひどく痛んだ。
(「かけがえのないはずの思い出を、なのにあの子は……うそだ、なんて。シェーロが思い出せずにいたみたいなのも、もしかして」)
 きっと、彼はとても痛い。だけどおそらく彼女もなのだろう、と、深い水の色をした瞳が揺らめき潤み、けれど瞬いて振り払う──それはわたしの役目ではないから。
「仮初めの生で漂泊するのが生業とはな」
「君に何が解る」
「ああ、解りはしない」
 応えは、突き放す色。ただ、無視出来ずに応じたそれこそが少女の苦しみなのだろうとレンは、憐れみにも似た思いを抱いた。
(「その魂が終着にて救われれば良い」)
 祈りは声ならず。きっと今この時の彼女には、届きはしないだろうから。
 だから、救いは言葉で与えられるべきものでは無く。
「──覚悟を」
 刃を合わせたその果てにこそと、彼は仲間を援護する務めに一層の注力を。その手に繰るのは氷雪の螺旋、未だ冷えた早朝の空気に澄んで音をも殺す。
「良き隣人、のままで終われねえなら……最初から鈍らせるような事すんじゃねえよ」
「そう、だね……! ──本当に、そう思うよ」
 眠ったままの街の中、得物のぶつかる音と殺意が交わる。飛来する手裏剣を弾き、誇りの旗抱く槍が穿つ。月刀は蒼く瞬いて、凍える風が呼応する如く荒れる。鋸刃が吼え、加護を砕く竜爪が唸り、刃は斬り払い疵印す。
「私、だって、……」
 少女の迷いは、けれど、
「……いや、これ以上は」
 言葉にならぬまま潰えた。乱れた息が、彼女の終焉が近い事を示していた。
 ゆえに。
「シェーロ」
「あなたさえ良ければ、最期は」
 彼女が彼にした事を思えば、ただただ憎んだとて構わぬであろう相手を、しかし少年自身がそうはしないで居るものだから。仲間達は、彼を、彼女を慮り、命奪う手を緩めた。
「──ありがとう」
 例えば、ありすには。礼を紡ぐ彼の声が微かに震えて聞こえたような気がした。
 静葉は、剣を握る彼の手が、込めた力ゆえに白む様を見た。柄に揺れる、心を象った如き飾りが、共鳴するに似てきらめく色も。
 少女へと踏み出す彼の歩みが阻まれる事の無いように、リュートニアの銃が白く護りを織り上げる。ウォーグが紡いだ音は今一度、彼の身へ力を与えた。竜人とレンは、死に瀕し喘ぐ少女が不穏な動きをせぬよう警戒と牽制に努める。
(「君の意志をこそ」)
 少年の背を見送るかたちとなったルージュは、彼に寄り添う銀の輝きを目にした。
「響け──!」
 光は、担う二振りを眩く彩る。想いを乗せた刃は終わりを謳う。
 流れる星に似て爆ぜる衝撃を最後に。束の間、静寂が場を包んだ。
「今まで忘れていて、ごめんな。セナリア」
 少年が呼んだ名を聞いて、少女は目を瞬いて。それから、泣きそうな顔で笑う。
「ひどい人だな、君は」
 声は、赦すように柔らかく。そうして彼女は瞼を下ろし、
「さよなら、シェーロ」
 永遠の別れを告げて、骸も遺さず消えて行った。


 否、ただ一つ。薄い金属片のようなものが、澄んだ音を立てて地面へ零れた。唯一遺されたそのよすがを、少年の手がそっと拾い上げる。
「……おやすみ」
 囁きは、決別と呼ぶには優しい色。それに寄り添う如く、幾名かが目を伏せた。
(「魂を縛る鎖は解かれた。抱くこの地の祝福があらんことを」)
 少女もまた生の苦しみに耐えていたのだろうと、レンの祈りは慈愛に満ちた。
「お怪我は……、大事なくて何よりです」
「ああ、うん。ありがとう」
 案じる静葉の声に頷いたシェーロが、皆の助力に改めて礼を告げる。リュートニアが皆と周囲の傷を癒すのを、動ける者達で手分けする。
「君達と戦えたこと、嬉しく思う。仲間を護れたことも」
「そいつはどうも。お互い様だが」
「ええ、こちらこそ」
 微笑むルージュに幾つかの応えが返る。仮面を外し顔を晒した竜人は、朗らかというには幾分物々しい表情で、それでも遂げられた喜びに同意を示し小さく笑んだ。
「今日の出勤は、無理なくで構いませんよ」
「ん、大丈夫。行くよ」
「……そうですか」
 ウォーグの気遣いに少年は笑みを返す。一つを終わらせたからこそ、日常を回す事を選ぶよう。その意志を受け止めて、騎士はそっと目を細めた。
「──グリ、行きましょ」
 ほどなく解散となって、皆に一礼したありすは己が竜を伴い踵を返す。逃げず立ち向かった彼の背を支え得た事を反芻し、少女の瞳は明け行く空に夢を仰いだ。
(「いつか、わたしも……。その時は、強く在れるかしら」)

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。