残念属性な娘は最高!とのたまう鳥

作者:東公彦

 師走もそこまで迫る頃。街も年末に向けて賑わいをみせている。時間をかけて飾り付けた電球にネオンが灯るのはいつだろうか、そんなことを考えながら青年は薄着になりはじめた街路樹の道を歩いていた。
 ふと視線を横へ向けると、街路樹の影に潜むようにして小型のキッチンカーが停まっていた。サイドボディから屋根を張り出した車内で店員がにこやかに接客している。その笑顔につられるように青年が軒下へ向かうと、女性達が丁度商品を受け取ったところだった。
「これほんっとすごいよ~」
 ほどよく化粧をした美女がほっそりとした指先で包み紙を受け取った。生地から溢れんほどに盛られたクレープを顔の横に置き、スマートフォンへ控えめな笑顔を向けている。そしてそのまま、いわゆる変顔じみた表情でかぶりついた。
 なんとっ!? 青年は心中で叫ばずにいられなかった。深窓の令嬢じみたこの女性がっ、なんと残念な顔をつくることだろうか! よくよく見ればピースサインを作る指のマニキュアは薄くなり汚れ、ブラウスの裾に何かのシミ、そんな姿を写真に残すほど配慮がない。実は見た目と裏腹に非常に大雑把なのではなかろうか。
 突如胸に来訪してきた感動を抑えながら、青年が店先に並びクレープを吟味していると店員が爽やかに笑いかけてきた。微かに新芽の匂いを運んでくる春先の風のような笑顔である。
「どれもテンアゲで沸くでしょ~。やばたにえんって感じですよね」
 青年にはその言葉を理解出来なかった。いや店員の人のものとは思えぬ顔立ちからするに、もしかすれば地球の言語を理解したての宇宙人やもしれぬ。バカげた考えが青年の頭に浮かぶ。
「ちな、うちの店芸能人とエンカするって有名なんですっ! まじ卍ぃ~」
「もぉ……これはっ、堪らん!!」
 風貌と裏腹な店員の口調に青年の正義が爆発した。
「あ~っ、やっぱ残念な娘は最っっ高です!」
 ビルシャナは道行く人々を掴まえ、自分の主張を声高に論じ出した。


「残念な娘がたまらなく好き、ですか。いまいちわかりかねますけど……完璧に見える方の意外な欠点は可愛らしい、とかそういうものでしょうか」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は顎に手をあて、考えるような仕草をとった。
「ええと、このビルシャナは残念な娘がどれだけ尊いのか主張するようです。この残念な方というのは『他の部分がよく出来ているから駄目な所が目立ってしまう』という方なのでしょうか? 残念という概念も色々とありそうですね。下手にビルシャナの主張を聞くと一般の方は感化されて信者化、最悪新たなビルシャナとなる可能性があります。主張に対し皆さんの心からの意見をぶつけて舌戦をすれば一般の方々が逃げる時間は稼げると思います」
 事件の現場ですが、とセリカが手持ちの書類へ目をおとした。
「街路樹のメインストリートには色々なお店があります。街の中でも人の多い一画ですから、皆さんにはこのメインストリートのどこかに待機して頂き、男性がビルシャナ化した時点で行動を開始して頂きます。前もっての避難は行なえませんが、避難がスムーズに進むような用意ならビルシャナ化する前に仕掛けられるかと。このビルシャナは戦闘が得意ではないようです、人間の頃の性質を引きずりすぎているのでしょうか。しかし曲がりなりにもデウスエクスですから一般の方はもちろん、ケルベロスの皆さんの脅威にもなるはずです!……たぶん」
 すーっと目が泳ぐ。
「残念……残念ですか。他の方から見て私もそんなところがあるんでしょうね。一度考えると少し気になってしまいます」
 苦笑しつつセリカは頬をかいた。


参加者
ペテス・アイティオ(誰も知らないブルーエンジェル・e01194)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)
トーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)
ケル・カブラ(グレガリボ・e68623)

■リプレイ

「私は皆さんに伝えたい。残念な娘がいかに素晴らしいかを!」
 テンのずんぐりとした、愛らしい姿形に人々が立ち止まり耳を傾ける。
「誰しも女性は魅力的です! しかしさもすれば近寄りがたいほどのその美点をっ、残念という薄絹で優しく包み込んだ時、非常に繊細な存在となるのです!!」
「戯言はそこまでにするんだな!」
 鋭い声がとぶと同時に街のそこここからケルベロスが現れた。テンが視線を向けた先には着流しを着た猫の化け物、いやアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)がいた。アルベルトはウイングキャット『アナスタシア』を顔に抱いている。
「私の言葉が戯言ですと?」
「今は舞い上がっているだけだ、すぐに幻滅するぞ。この招き猫ストラップを賭けてもいい……やはり止めよう。これは惜しい」
 言いたいことだけ言ってから、アルベルトはストラップをしまい、そして一息にアナスタシアの腹へ顔を埋めた。ふかふかとした冬毛、息をするたび鼻にはいる独特の猫臭がアルベルトの頭を衝く。いつしか彼の意識は別の世界へと飛んでしまった。その猫だらけの世界から果たして戻ってくるのだろうか。だらしなく涎まで垂らしている味方の奇行に呆然とするヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)だったがボクスドラゴン『アネリー』に給仕服の裾をひっぱられ重要な事を思い出した。そうだっ、さっき待機してた雑貨屋さんで目をつけてた手鏡、木製の外枠に木彫りのレリーフがちょっと大人びた感じがあって……。
「って違うよ! あっ、いたっ、アネリー、甘噛みしないでっ、ちゃんとするからぁ」
「サーヴァントに足首を噛まれて泣きべそをかく美少女っ。ん~、残念ですねぇ!」
「ざっ、残念な人だって好きでやってるわけじゃないの! 直したくても出来なくて悩んでることもあるんだから……褒められたって全然嬉しくなんてないからねっ。それに今のアルベルトちゃんを見ても残念が素敵だと思えるの!?」
「きゃわわっ、シアちゃんきゃわゆい!」
 テンは猫の腹に顔を埋め桃色の突起を見つけんとしている男に刹那の視線をむけた。
「あれは残念な『変態男』です。私が主張したいのは残念な『娘』なのですよお嬢さん。それに」
 とテンは視線を逸らし、今度は人々を誘導しているガデッサを見た。
「あっちの半裸にコート男もただの露出魔でしょう。むしろ私よりああいった変態を駆逐する方が世のためになろうものです」
「なるほど……」
 つい頷いて華輪・灯(幻灯の鳥・e04881)はアルベルトを見やった。灰色の瞳から絶対零度の視線がおくられる。シアは嫌がってない……どころか嬉しそうに鳴き声をあげている。しかし灯は、大人の階段をマッハ3で急上昇され自分だけ取り残されたような、そんな孤独感をおぼえていた。
 テンの主張に耳を傾けていた人々も頷く。愛らしい見た目のテンと比べると、男二人は宇宙人ではないにしろ明らかに奇人であった。この言葉にはヴィヴィアンもぐぅの音も出ない。こうなると衆人もテンの言葉に耳を支配され避難させることは難しい。そもそも避難係が『奇人』扱いされていてはどうにもならないだろう。現状を打破しようと灯は口を開いた。
「いいですか皆さん、パーフェクト天使の私が残念など微塵もない美女の魅力をたっぷりと教えてあげみゃっ―――しゅ!」
 齢16にして未だに舌足らず。故、狙ったようなタイミングで舌を噛む。街路樹の上から華麗に登場しようとしていた新条・あかり(点灯夫・e04291)は足を滑らせ、地面に落ち、したたかに尻を打ちつけた。
「いったぁ~。どうしてそのタイミングで噛むのぉ……」
 ひとり呟き尻をさする。と、その場にいる全員の視線が集まっていることに気づき、さっと立ち上がった。顔を真っ赤にしてうつむくあかり、テンは歓喜の声をあげた。
「ん~っ、いいですねぇ。自称完璧天使という残念さに加え、噛んだにも関わらず言い切るその強引さっ! それに続いて着地に失敗したあの少女の仕草っ! どうですかみなさん残念の素晴らしさは!」
 この天然残念美少女二人の魅力は否応にも観衆に伝わってしまう。もはやテンの独壇場であった。そこへ更にややこしい人物が横やりをいれる。こちらは枝をしならせ音もなく地面へ降り立つと、あかりを守るように仁王立ちし臆面もなく叫んだ。
「あかりは俺が守る!」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が牙を剥き瞳を細める。あかりに触れるな、あかりを見るな、あかりを……。とかく周囲の人々へ無言のプレッシャーをかける。そしてさっとあかりを胸にかき抱いた。暖かな心臓の音にあかりの耳がピコピコと動く。
「大丈夫だ、あかり。少しくらい抜けたところがある方が人間ってのは魅力的に見えるもんだ」
「タマちゃん……」
「ふっ、ハードボイルドぶって出てきたようですが、みなさん、御覧なさい! あの少女と男を。おそらくあの男はロリコ―――」
「タマちゃんを悪く言わないで!」
 言葉も言い終えぬうち、あかりが生み出した火竜の幻影が業火を吐いた。テンはまりのような体を地面へ身を投げやり、危うく難を逃れる。今度はあかりが陣内の前へ出て、かばうように小さな両手を広げた。
「誰がなんと言おうとタマちゃんはすっごく格好イイもんっ、緑色の優しい目もいつも濡れてる鼻も笑うと可愛い口元も全部全部! 僕タマちゃんと一緒なら残念でも胸が育たなくてもいい!」
「あかり……」
 陣内が駆け寄ると、
「タマちゃん……」
 あかりもまた手を伸ばした。他の全てを隔離し、きつく抱きしめ合う二人。アルベルトに加え戦線離脱者がもう一組出てしまった。
「ふぅ、やはり残念は娘に限りますね。男は駄目です」
「ソレはききずてならないデスネ!」
 テンの言葉をケル・カブラ(グレガリボ・e68623)が遮った。彼はタレントのように隙のない決め顔のまま続ける。
「女にしか興味ないなんて不公平デース! それに残念じゃなくても、男でも、ボクみたいなグレートプリティーセクシーガーリッシュボーイはどうデス? 試しても損はさせませんヨー」
 煽情的に体をくねらせるケル。体に纏うのは布きれ同然の衣服で、初雪のような肌が艶めかしい。すると意外なことに、テンは興奮気味に羽をばたつかせた。
「あなたは男の『娘』ですから問題ありませんっ。いやむしろどっぱどぱにキュートで残念な分、私にとっては理想的と言えましょう!!」
「うわぁ、言いきりマスネ~」
「いや、そもそも欠点のない人の方が魅力的じゃない?」
 トーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)がぽつりともらした言葉は聞こえず、テンは興奮を発散させるべく羽をばたつかせ続けた。あまりの勢いに羽が抜け落ち、ケルベロスや観衆に降りかかった。すると茶番じみた一幕を眉一つ動かさず傍観していたトーキィも一変、相貌を崩す。
「あーっ、私のモノトーンの服に余分な色がぁ!!」
 トーキィが必死になって羽をとろうともがく。しかし不思議なもので、もがけばもがくほど黄色の羽は彼女の体に張り付き、服の内部へも潜ってゆく。彼女曰く『完璧な色彩』が侵されてゆく。そのうち苛立ちだしたのかトーキィは地団太を踏みだした。
「あぁーっもぉ!」
 ついにヤケクソになり服に手を掛ける。芸術肌の人間らしい徹底ぶりだが、衆人環視の中で服を脱ぐのはいただけない。ヴィヴィアンがどうにかトーキィの体を押さえこんだ。
「あたしが取るから脱ぐのは駄目だよー」
 トーキィの乱れぶりに観衆はテンの主張へ更に傾いてゆく。まずい、まずいです。灯は口にしながら思った、この作戦には無理があった、と。そもそもケルベロスは自分を含め美男美女が多く、自分は違うにしろ奇人変人の類に事欠かない。が、悲しいかなそれが美男美女というだけで世間には美しいものと映ってしまうのだろう。自分の罪なまでの十全ぶりが苦境を招いたわけである。
「完璧なことが、残念のなさが相手の利点になってしまうとは! 世界は残酷です!」
 自論にうっとりとする灯。しかしある点では彼女の言う通り、このままでは人々は信者化、更にはビルシャナ化してしまう可能性もある。それを止める手立てはないのだろうか。いや、しかし、我々は今この時まで沈黙を貫いている二人のケルベロスがあることを知っている。ペテス・アイティオ(誰も知らないブルーエンジェル・e01194)は果敢にテンの目の前へ歩を進めた。
(ペテス……)
 愛する人の言葉と共に手がそっと添えられる。それが彼女の勇気となった。
「皆さん落ち着いてください。わたし達がここで負けてしまったら、世界の平和はどうなるんですか!? 私達の肩には生きとし生ける者の平和がのっているんです! わたしは諦めません!」
「オー、イイことを言いマシタ! ヒトの残念なところばかり探してるやつに負ける道理はないのデース!」
「ペテスさん……」
 ヴィヴィアンが熱い眼差しを彼女に向ける。するとにこりと笑ってペテスは付け加えた。
「りゅーくんもそう言っています」
 冷静さを取り戻しつつあったトーキィが首をかしげた。
「りゅー……くん?」
 この場にそんな名前のケルベロスがいただろうか。誰の名前にもその愛称になりそうな人物はいなかった。すると、
「それについては私が説明するわ」
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)がテレビウム『アップル』を引き連れてペテスの隣に並び立った。
「りゅーくんはペテス様の彼氏よ。ただしっ! 脳内の……ね」
「の、脳内の彼氏?」
 アナスタシアの腹部に顔を埋め、更に頭に陣内の『猫』をのせて異次元へトリップしていたアルベルトが淡雪の発言にようやく戻ってきた。それほど脳内彼氏という事象は現実じみたものではなかったのである。
「なに言ってるんですか淡雪さん! りゅーくんは……ほら、そこにいるじゃないですか?」
 一見、ペテスの視線の先には何もない。その瞳は一筋の光りさえ届かぬ虚無をうつしている。しかし虚無の中に彼女だけは雄々しく敵に立ち向かう彼の姿を見ていた。ペテスの迫力に抱き合っていた陣内とあかりが息をのんだ。テンもたじろく、その一動を淡雪は見逃さない。
「テン、良くお聞きなさい。貴方の言ってる残念ってちょっとした欠点が可愛い娘でしょう? えぇ解ります私もそんな娘なら可愛くて最高だと思いますもの! けれどどうかしら、これが残念の最果てよ」
「くっ……」
 はじめてテンが言葉に詰まった。数々の残念を許容してきた彼ですらペテスの抱える闇は受け止めきれなかった。観衆は耳を傾け次の言葉を待っている。
「例えば、好んで鍋の中に住む女の子」
 淡雪はアルベルトの腕から奪い取ったアナスタシアで顔を隠しつつ灯から視線を逸らし、
「例えば120%の全力でおっぱい体操をする女の子」
 陣内の鋭い視線からもするりと身をかわした。
「そして今一度問いたいですわ。残念を正義とするあなたはりゅーくんと一緒に暮らすことが出来るのかしら!?」
「む、無理だっ。私にはそこまでの度量は……ないっ!!」
 テンがその場に崩れ落ちた。
「ちなみに私は完璧主義なので残念じゃないですわ」
 眼鏡を光らせ淡雪が宣言する。と、灯が顔を真っ赤にして両手を振り回した。
「もー! 鍋の話はやめて貰えます!? しかも盛ってますし」
「……僕、もう残念でいいや。ちょっと手元が狂っちゃう残念とか……ね」
 自分のそれと淡雪の谷間を見比べ、あかりはわなわなとナイフを握る手を震わせた。
「大丈夫だ、あかりは大器晩成型なだけだ。今に誰もがうらやむような美女になる。俺が保証するさ」
「タ、タマちゃん……」
 再び二人だけの世界を形成させようとする二人をアルベルトとケルが引き離す。
「これってチャンスじゃないのかな。テンの主張を一気に覆すような」
「その通りですヴィヴィアンさん! ここは畳みかけましょう!!」
「となれば……雰囲気美人の淡雪さんを持ち上げ、一気に落とすギャップVTOL作戦でどうでしょう!」
 ペテスが指をびしっと突きつけて言い放つ。するとトーキィがやれやれと首をふった。
「作戦はいいけれど、私は淡雪さんのことよく知らないわよ」
「いや、それは大丈夫だろう」
 残念な姿から一転、陣内を羽交い絞めにしながらアルベルトが断言してみせた。
「ビルシャナの教義に対して重要なのは如何に『本気』であるか……俺もあまり知己ではないが、うまくハマればテンの教義を転覆させられるかもしれない」
「でもっ、そんなことしなくてもテンを倒しちゃえばいいんじゃないかな?」
「いえ、一般人の皆さんが心配です」
「そうだね、僕たちは皆の安全を第一に考えないと」
「その通りです! けして、決して私怨ではありません!!」
 ヴィヴィアンの至極当然な言葉に対し、ペテス、あかり、灯の目は如実に物語っていた。自分達の黒歴史だけ晒されたままで終わらせるものか、と。空気を感じ取ってケルが悪戯げに笑い、元気よく拳をあげた。
「なら決まりデース! トーキィさん、任せマシタ」
「はいはい」
 トーキィは絵筆でお立ち台とライトを描きあげ、更に巨大な天幕まで用意した。実体化したそれが空を覆うと、辺りは途端に薄暗くなる。あかりが淡雪をお立ち台の上まで引っ張って行くと、ヴィヴィアンは位置を調節し淡雪にスポットライトを当てた。少しばかりの打ち合わせの後、タイミングを見計らってペテスが声を張り上げ、観衆の視線を淡雪へ集めた。
「みなさん、ご注目ください! こちらはケルベロスの琴宮淡雪さんです。淡雪さんはとってもセクシーなサキュバスですよ~」
「それに几帳面です、面倒見も良いのです!!」
「あと顔が広くてお友達が多くて」
「……料理も出来るみたいね」
「えっと、お花が大好きで!」
「ぬいぐるみを大事にスル」
「そうだな、子供のような純粋さを持ち合わせた」
「大人の女性だ」
 アルベルトが言葉を結ぶ。各々が宣伝文句のように淡雪を売り込むと、人々の眼には自然、彼女が言葉通りの人物に移ってきた。しかも言葉の全ては紛れもない真実である、今ここに琴宮淡雪は一つの完璧な女性の象徴として君臨したのである。しかし無情にも、それはすぐに失墜する運命にあった。
「とはいえ皆さんは残念な娘が好みですよね。だったら淡雪さんの残念な所を教えてあげましょう!」
 ケルベロス達の顔を窺いながらペテスが淡雪政権崩壊への快刀を振るった。
「実は淡雪さん、エッチな宗教団体の教祖様なんです。ねっ、りゅーくん」
「家にいれば炬燵に入って一升瓶で熱燗つくり!」
「脳内が常にピンク色……最近は色々駄肉がついてきたよね」
「作った人形は数十万を越すって――想像つかないわね」
「えっ!? 部屋中に戦利品のブーケが飾られてるんですか」
「そしてソトに出れば一日中アリの観察ダ!」
「まぁ、あれだな。血眼で恋人を探す」
「アラサー間近の大人の女性だ!」
 どよめきがあればまだ良かったろう。しかし訪れたのは凪ぎのしじまであり、臭いたつ濃厚な孤独の影であった。人々は女性の抱える残念さ、その真実を目の当たりにし、蜃気楼のようなユートピアから去って行った。テンはもはや灰のように燃え尽き、動くことも出来ない。
「私、残念ジャナイデスワ」
 無心で呟きながら、淡雪は巫術でテンを亀甲縛りに縛り上げた。街路樹に吊るし、身動きのとれないテンの口にありったけのピンクスライムを流し込む。仕上げとばかりにアップルがバールで殴り飛ばすと、テンはどこまでも飛んでゆく。やがてピンクスライムが爆発し、空に真っ赤な花が咲いた。
 残念ジャナイデスワ……。壊れたように口にしながら淡雪はその場に倒れた。


 こっそりと猫たちを持ち帰ろうとしていたアルベルトがケルベロスチェインで縛られているなかで、倒れて久しかった淡雪が起き上がりざま口にする。
「私、人間不信になりそうですわ……」
 勢いよくあかりが首を振るう。
「みっ、みんな淡雪さんが大好きだからあそこまで言えたんだよ。それに良い所がいっぱいあるからこそ、ギャップがあるわけだし」
「まぁ、そうよね。テンを倒すためには仕方なかったんじゃない?」
 と数人がフォローをいれるなか、
「完璧な女性なんて私以外にはいないのです!」
「淡雪さん、最近りゅーくんとなにかありました? 二人でわたしのこと裏切ってないですよね? わたし達、ずっと仲良しですよね……」
 わけのわからない事を口走る者もいた。がとにかく、鎖でぐるぐる巻きにされたアルベルトは思った。淡雪という人物を慕って、これだけの人間が集まったのだ。それは『完璧な女性像』にも勝る美点ではなかろうか、と。芋虫状態では全く様にならなかったが。
「これ、淡雪ちゃんにプレゼントだよっ」
 ヴィヴィアンが件の雑貨屋で買った紙袋を渡す。中には一粒のサンストーンをあしらったブレスレットが。陣内も上等な日本酒を抱えている。
「時には誰かと飲むのも悪くないだろ」
 ケルベロス達の優しい笑顔に淡雪は涙を拭き々鼻をすすった。
「うぅ。皆様……」
「よーしっ、今日はりゅーくんの手料理でパーっといきましょう!」
「オォッ、それは有名な空鍋デスネ!」
 談笑しながら去ってゆくケルベロス達。取り残されたアルベルトがポツリともらした。
「これは誰が解いてくれるんだ?」

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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