ホコリまみれのイルミネーション

作者:木乃

●子供の笑顔はもう見られない
 暖かいリビングの片隅で子供達の笑顔を見守っていた置物は、いつから物置きの肥やしになっていたのだろう?
 ホコリまみれになった機械仕掛けのクリスマスツリー。
 巻きついたイルミネーションも塵やホコリにまみれ、輝いていた面影も今はない。
 ――その物置にカサカサと入り込んだ、握り拳ほどの闖入者。
 それは本体を忍ばせた鉢に忍びこみ、通電装置を探して入りこんでいく。
 小型コギトエルゴスムは針金じみたロボットアームを伸ばし、クリスマスツリーを模した電飾装置を修復し始める。
 そして新たに伸びる四つ足、プラスチックの幹から細い骨子が伸びていく。
 新たなの肉体を得たクリスマスツリー型ダモクレスは地に足をつけ、物置の壁に穿孔を生ずる。
『リリリンリーーン、リリリーーーーーン』
 搭載された再生機能を利用し、新たな廃棄ダモクレスが産声をあげた。

「電飾、ぴかぴか。クリスマス向け、ダモクレス……出てきたか」
 年末の多忙な時期、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)は「依頼された調査結果が出ましたわ」とオリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)の招集を受け、ケルベロス達は一堂に会する。
「物置に放置されたままだった電飾装置つきツリーをダモクレスが発見してしまうようですわね。粗大ゴミとして出すにしても、それなりにお金もかかりますし、出し渋って忘れていたのでしょう」
 野放しにすれば、多くの人々からグラビティ・チェインを奪うべく、虐殺を始めることは想像に難くない。
「お忙しいでしょうが、市民と遭遇する前に皆様の手で撃破して頂きたく存じます」
「んうー。ツリー、かわいそ、だけど、酷いこと、もっとダメ」
 コクリと勇名が頷き返すのを見て、オリヴィアも状況説明に移る。
「電飾ツリー型ダモクレスは夜半、物置から脱出して市街地へ向かうようですわ。道中は人気がほとんどない上に、相手は電飾でキラキラ輝いています。探せばすぐに見つかるかと」
 出現場所から市街地までの道中も、市民の通行は予知されなかったのは幸いだろう。
 廃棄ダモクレスも1体のみだと、オリヴィアはダモクレスの情報について触れる。
「体長はおよそ成人男性ほど。鉢植えから甲殻類に似た細い脚を四本はやし、継ぎ足した細い金属の腕で電飾を操るようですわね。武装も搭載された電飾をムチや蔓のように伸ばし、対象と接触させて発揮するようですわよ」
 直接攻撃だけでなく、強烈な閃光を発することで動きを鈍らせたり、縛りつけて電撃を発するなど妨害行動を得意としている。
 対策さえしっかりしていれば遅れをとることはないだろう。
 クリスマス前の多忙な時期だろうと、デウスエクスは無遠慮に襲来してくる。
「小事を見過ごせば大事へと発展する恐れがありましてよ。市民の皆様も安心してクリスマスが過ごせるよう、ご協力をお願いしますわ」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
ヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)

■リプレイ

●思い出は忘却の中に
 ケルベロスは街灯もまばらな真っ暗い街道を駆け抜ける。
 頬を撫でる風は切りつけるほど冷たい。白い吐息も夜風に消されていく。
(「ヒトを楽しませていタ機械が、ヒトに仇なすか……」)
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は思う。機械は役目をもって生まれ人手に渡る。
 子供達が楽しいクリスマスを過ごすため。
 ――特別な日の為だけに生まれた『彼ら』が、凶事を起こすことは本望ではないはずだ。
「クリスマスのぴかぴかは、きっとじゃすてぃすー、なのになー。……ぴかぴかだけなら、よかったのに、なー」
 ぴかぴかは、きっと楽しいものなのに。ぴかぴかは、きっといいものなのに。
 伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)はなんともいえない表情で、しょんぼりした気配を漂わす。
「物置に放置されてたんだよね? 埋もれていたのは可哀相だけど……ダモクレスに侵されたのなら、壊すしかないわ」
 微動する心情を察してか、シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)も気遣わしげな視線を向ける。
 煌々と光り輝くイルミネーション。きらめくオーナメントやモールに心躍らぬ子供はいない。
 大人にとっても家族との思い出を起こさせる大切な存在だ。
 ダモクレスに乗っ取られた電飾ツリーも、誰かの思い出を彩っていただろうに。
「止めねばなりませんね」
 シルク・アディエスト(巡る命・e00636)の口から言葉は自然と零れでた。

 ――――耳を澄ませば遠くに聞こえる鐘の音。
「こんな時間に?」
 訝しむヴィ・セルリアンブルー(青嵐の甲冑騎士・e02187)が周囲を見渡す。
「……この音、本物のベルじゃないね」
 予想通りだと、ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)は反響する音にさらに耳をそばだてる。
『――……ン・リン・リーン。リン・リン・リー……――』
「近いね。こっちにまっすぐ来てるみたいだ……シロ」
 たばこを吹かす塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)は腕に巻き付くボクスドラゴンのシロを指で小突く。
 相棒が起きたのを確かめて翔子は金針を握りしめる。
 寡黙に目をこらしていた款冬・冰(冬の兵士・e42446)は綺羅星のように輝く光点を見つける。
 ……陽気なクリスマスソング、に酷似した鳴き声を発して闊歩する姿。
 電飾で彩られたツリー部分を揺らす姿は、プレゼントを買いに行こうと胸弾ませているようにすら思えた。
 ――だが、もう与える者ではない。子供達の夢も、未来すらも奪う者だ。
「冬の同胞が、虐殺を行わんとする姿は忍びない」
 冰は冷えきったコートの袖を握りしめ、その手を青星の柄に添える。
「そこのダモクレス!深夜の過度なイルミネーションと騒音は近所迷惑だぞ! マナーを守れないイルミネーションは強制撤去だ!!」
「ベルベット、も、すごい、燃えー、だぞー?」
 アルティメットモードで全身を激しく燃焼させるベルベットの一喝を合図に、眸達はダモクレスへ先制攻撃を仕掛けた――。

●一粒の燦めき
(「一人っきりで光ってる様子ってのは寂しいモンがあるね」)
 人に囲まれて、人をワクワクさせる為に光る――いつしか役割から外れ、目的に反した存在に替えられたことを翔子は不憫に思う。
 しかし、見逃せる理由にはならない。
 翔子の放った雷光の障壁をまとい、シルクと眸が攻撃態勢に移る。
「キリノ、援護ヲ頼む」
 ナックルリングを起動する眸の指示を受け、ビハインドのキリノはダモクレスを金縛りにかける。
(「予知では市民の通行はないと断言されています。それなら――」)
「迅速に攻撃です!」
 シルクの一斉砲撃が夜道に響き、眸の光剣がダモクレスの薄汚れた枝葉を落とす。
『リリン・リリ、リリリリリリリリ――……!!』
 アラームのような警告音を発するダモクレスは電飾の導線を、継ぎ足した指に絡ませていく。
 ベルベットは攻撃に備え、スポットライトなき路傍で舞踏を始める。
「引き返し 歩みを止めず 茨道」
 スマホから流れる大音量のBGM。ステップを踏むごとに増える赤茨。
 冰達に伸びていく茨のバリケードは城壁のごとく立ちはだかる。
 それにも構わず、ダモクレスは鋭いフラッシュを見舞うも、シェミア達の視界はわずかに白む程度。

「……処分を実行。まずは一太刀」
 余韻を振り払った冰のグラビティが青星に込められ、同時に、氷の刀身は質量を増す。
 身を翻して振るわれた大氷刃は闇を裂き、亀裂が走るのも構わず振り下ろされる。
「ここから先は行かせないぞ!」
 ヴィは鞘から引き抜く勢いで飛びかかった。
 反撃しようと奮われるコードの鞭を剣ではじき、電球の破片が飛び散る。
 続けざまにシェミアの大鎌から魔力が撃ち放たれた。
「プレゼントだよ、受け取って……!」
 寸でで直撃を免れたダモクレスだが、余波でオーナメントが千切れおちる。
 地面を跳ね転がったクリスマスボウルを踏み砕き、ダモクレスは電線をスパイダーネットにして飛ばす。
「んうー、くもの巣は、はろうぃん、なー」
 高圧電線と化したコードが飛び越えるとみるや、勇名は翔子達に向けて守護星座の光を掲げる。
 電気コードは火花を散らし、翔子が居た場所に落とされると焦げた嫌な臭いと煙が立つ。

「ったく。電気治療には向かないよ、それ」
「治療どころか、アタシだって火傷するレベルだね!」
 薬液の雨を降らす翔子のドクタージョークに、砲撃で妨害するベルベットは冷や汗を掻く。
 エンジンが暖まってきたのか、ダモクレスは細い脚を器用に動かし、戦場を駆け回る。
「ちょこまかしても無駄だ!」
 迸る気炎を獄炎に変換し、白熱する大剣を奮ったヴィから逃れたものの、続けざまの一撃からは逃れられなかった。
「その光は末期のものと知りなさい!」
 駿馬のごとく間合いを詰めたシルクが手刀で刺し穿つ。
 破片ばらまくダモクレスは反撃の一打を向けるが、直前に仕掛けたヴィが割りこむ。
 だが、動きを止めたいのは相手も同じだ。
「っ!?」
 シェミアが肉薄するタイミングを見計らったように、強烈な閃光が視界を塗りつぶす。
 目の奥に見えざる一撃が突き刺さり、シェミアの視神経を刺激する。
「ちりょー、きこー、ばびゅーん」
 足を止めそうになった彼女を、余光で目をしぱしぱさせる勇名が沈静する。
 射程距離を調整するとミサイル射出体勢に。
「ビリビリとか、ぐるぐるとか、ひとにめーわくは、ダメだなー」
 勇名は照準を合わせ、
「かさかさ、うごくなー、ずどーん」
 這い回る脚を止めるべくミサイルを地面すれすれの軌道で飛ばす。
 炸裂したカラフルな火花は、イルミネーションに照らされ、その一瞬だけは胸温まる光景に映った。

『リリ・リン、リーンリン……!!』
「記録シていナくとも、人に仇なすことは本望ではなかろウ?」
 シロの属性注入を受けた眸は異常耐性を高めると、キリノの支援を受けつつ、勇名への反撃を防ぎ止める。
 頬が裂ける痛みにもかまわず、返す刀でコードを叩き斬る。
 千切れるコードを飛び越え、冰の色白は怪物じみた形状をみせて食らいついた。
「同意。マナの心意、推察可能」
 色白の背に乗るようにして押さえ込むが、強引に振り払った勢いで、脆くなった針葉が引きちぎれる。
「目潰しとか、電撃とかちょっと面倒だね……蒼炎の一撃、その身を焦がせ……!」
 シェミアが蒼き獄炎を帯びる大鎌を担ぐように振りかぶる。
 ボリュームの減ってきたモミの木は、最上段から断つ一撃でさらにその質量を削られて装置を浸食した鉢部分も露出させる。
『リー……リ、リーン……』
 イルミネーションは次第に火花を落とし、飾りも落ちきってしまった姿は哀愁を漂わせていた。

●刹那の光
 地べたを伝わせた電飾が蛇のようにシルク達を足元から狙う。
「びー、だいじょぶ、かー?」
「ああ……でも、そろそろ終わりにしてあげたいね」
 ヴィがそう言いたくなる心情は勇名も理解できるだろう。
 誰かの思い出だったモノが、利用され、いまにも崩れようとしている。
(「……なんだか、ちくちくー、だなー?」)
 ホコリまみれだった葉もそげて、原型を止めぬツリーに勇名の小さな胸に痛みを覚えた。
「こちらで注意ヲ引く、攻撃は頼んダ」
 後方への攻撃を遮ろうとシェミアと眸がダモクレスを攪乱、牽制をかけて電撃を引きつける。
(「その攻撃も……想いも、受け止めてあげる……。だから……もう、おやすみ……!」)
 裂帛の叫びをあげてシェミアは痺れる体に渇を入れる。
 開いた射線上を駆け抜けたベルベットが全体重を乗せたハンマーで押し潰し、伸びるコードをヴィが細切れに落とす。

『り、リリ、LiLi……!』
「アンタ達、治療は充分間に合ってるよ。そのまま畳みかけて!」
 確実に仕留めさせようと翔子のオウガメタルは粒子を発生させ、シルク達の超感覚をいっそう鋭敏に研ぎ澄ます。
「冰さん、合わせます!」
「了解」
 一角獣を模したアームドフォートが光を帯び、シルクは地を駆る一条の星となる。
「リミッター解除、最大出力で――」
 一直線に吸い込まれゆく帚星。騎乗槍を模した砲身はダモクレスを貫き、
「……地に還りなさい!」
 岩壁に押しこむと同時に零距離射撃で駆体を半壊し、冰が最後の一太刀を仕掛ける。
「一刀にて、積もる命を月並みとする」
 冷たき氷の剣がスクラップ寸前の機体を刻む。
 なめらかな剣筋はなでるように、鮮やかな切り口を残して動力源も両断して自ら砕け散った。
『Li、ぃ……――――』
「――冬影、乱れ雪月華」
 煙のぼらす機械のツリーは、事切れたように沈黙する。

●妙なる光に祝福を
 ベルベット達は街道を修復すると、最後に乗っ取られた電飾ツリーの復元を試みていた。
「ダモクレスと同化しちゃったからかな? 修復、できなさそうだね」
「このツリーも仕事したかっただろうになぁ……忘れられるなんて、寂しいことだよね」
 残念がるベルベットの言葉にヴィも眉を垂れた。
「んう。また、できたら、きっと……じゃすてぃすー、だったのに、なー」
「せめて祈りましょう、最期に見せてくれた暖かな光に、感謝を」
 胸の前で手を合わせるシルクに、勇名も倣ってぽんと手のひらをくっつける。
「わたしたちは……あのダモクレスにとってのプレゼントになれたかなぁ……?」
 動くことない残骸を見つめ、シェミアは独りごちる。
 メモリーもなければ記録媒体もない照明装置だが、聖なる夜を照らす概念はダモクレスが持ち得ぬもの。
 眸にとって、未だまぶしすぎるほど。
「……綺麗だっタ、な」
 人の心を照らす光。ダモクレスだった者達にとって、今なお暖かさを教えてくれる。
 冰はボロボロに崩れた残骸を見下ろす。
「一足先に気分は味わえた。ありがとう……そして、おやすみ」
 表情を作るのは苦手な冰は、両手の指で口角を押し上げ笑顔を浮かべた。
「…………道理で寒いわけだ」
 翔子が新しいタバコを銜え直していると、空から白いものが降り始める。
 クリスマスまであと数日。
 まもなく、街並みは聖なる光の海で満たされていく。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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