日常を噛み砕く牙のごとく

作者:波多野志郎

 住宅地の昼下がり、多くの生活がそこにはあった。現代、昼夜で人の営みは変わらない。昼に働く人がいれば、夜に働く人々もいる。このように多くの人々が集まる住宅地では、そんな時間の違う人々の数も多くなる。
 そんな住宅地に、子供たちが帰ってくる。小学校が終わったのだ、子供たちの明るい声が住宅地へと帰って来た。
 そんな賑わいを噛み砕くように、天から三本の竜の牙が降ってくる――そして、牙は鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「――オマエたちの、グラビティ・チェインをヨコセ」
 その瞬間、子供たちが悲鳴を上げて逃げ出す。それを余裕を持って見逃し、カランカランと骨を鳴らして竜牙兵が笑った。
「そのゾウオとキョゼツが、ドラゴンサマのカテとナル――シぬがよい」
 竜牙兵が両手の骨の鎌を振りかぶり――亡霊の群れを小学生たちへと、解き放った。

「このままでは子供たちだけではなく、住民の大人たちも命を落します」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、深呼吸を一つ解説を続けた。
「昼下がりのある住宅地に竜牙兵が現われ、虐殺を始めます。急ぎヘリオンで現場に向かってください」
 竜牙兵が出現する前には、周囲に避難勧告は出せない。そうなると、竜牙兵は他の場所に出現してしまう。それでは事件を阻止するどころか、被害が大きくなってしまう。
 なので、戦場に到着した後は、避難誘導は警察などに任せて、ケルベロス達には竜牙兵の撃破に集中してほしい。
「出現する竜牙兵は三体、どれもが簒奪者の鎌のグラビティを使用してきます」
 しかも、骨の鎌をそれぞれ両手に装備している。二刀グラビティを使用してくる事に、注意が必要だ。
「向こうは、みなさんが現れればみなさんとの戦闘に集中します。だからこそ、みなさんが引けば周囲へと被害が拡大してしまうでしょう」
 竜牙兵は自分たちがどんな不利な状況になろうと、撤退する事はない。被害を出さないために、確実に倒す必要がある。
 戦場となるのは、住宅地の大通りだ。戦う分には十分な広さがあるので、全力を尽くして挑んでほしい。
「何にせよ、子供も大人も死なせる訳にはいきません。どうか、よろしくお願いします」


参加者
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
六・鹵(術者・e27523)
セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)
クネウス・ウィギンシティ(強襲型鎧装騎兵・e67704)
琴葉音・ラース(激情レプリカントラッパー・e67732)

■リプレイ


 住宅地の昼下がり、多くの生活がそこにはあった。現代、昼夜で人の営みは変わらない。昼に働く人がいれば、夜に働く人々もいる。このように多くの人々が集まる住宅地では、そんな時間の違う人々の数も多くなる。
 そんな住宅地に、子供たちが帰ってくる。小学校が終わったのだ、子供たちの明るい声が住宅地へと帰って来た。
 そんな賑わいを噛み砕くように、天から三本の竜の牙が降ってくる――そして、牙は鎧兜をまとった竜牙兵へと姿を変えた。
「……ほう?」
 竜牙兵が、その気配を変える。蹂躙するための殺意から、警戒のための緊張へと。自分達を見た子供達の動きが、おかしい――あまりにも整然としすぎている事に気付いたのだ。
(「警察の方が、うまく動いてくれました」)
 クネウス・ウィギンシティ(強襲型鎧装騎兵・e67704)自身も、子供達の避難の様子に感心する。出現後に、スーパーGPSで自分の位置――すなわち、竜牙兵から離れるように送った地図で指示を出していたのは、クネウスだ。
「もう大丈夫、必ずお守りします。落ち着いて警察の方々の指示に従って避難を!」
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)が、意識して声を張り上げる。憎悪と拒絶を増やさぬために、その意図に気付いてかどうか子供達から歓声が上がった。そんな恭志郎に、空木・樒(病葉落とし・e19729)少しだけ笑みを見せる。しかし、樒はすぐに笑みを消して竜牙兵を見て言った。
「住宅地で子供を標的とするとは、目の付けどころが良い作戦だと思いますよ。しかし残念ながら、今回はまったくの未遂で終わりますけれど」
「なんでわざわざ、子供を狙う、のかな。糧とか知らないけど、そういうのせこい、って言うんだよ、僕知ってる」
 コクンとうなずきをひとつ、六・鹵(術者・e27523)は言い捨てる。四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)も呆れたというようにため息をこぼした。
「子供を狙おうとは……情けない……ドラゴンの眷属としての誇りとかはないのか……?」
 ケルベロス達の言葉に、竜牙兵が見せた反応は笑いだった。かんらかんらと骨を鳴らし、竜牙兵は言ってのける。
「クカカカカカカカカカカカカカカカッ! おマエたちは、アリをフみコロすのに、オトナとかコドモとかクベツしているのカ?」
「……それが、堂々と言う事ですか」
 七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)の声ににじむのは、嫌悪だ。竜牙兵の言葉に、嘲弄も虚偽もない。本気で、人間とアリを同レベルで語っているのだ。
 その異常性が子供にも伝わったのだろう、思わず足が止まってしまった子供達に琴葉音・ラース(激情レプリカントラッパー・e67732)が言った。
「ねーちゃんたちケルベロスに任せて、ボクたちは逃げてっす!」
 その声に、子供達は駆け足になる。駆けられると危ないが、立ち止まっていられるよりはずいぶんとマシだ――そう思った時だ。
 一体の竜牙兵が、地面を蹴った。それに反応したのは、セレネー・ルナエクリプス(機械仕掛けのオオガラス・e41784)だ。
「力ない人々には、傷一つ付けさせない。私達番犬の牙が勝つか、竜の牙が勝つか、一つ死合ってみましょう!」
「いいだろウ! キサマらのクビをコロがし、ゾウオとゼツボウのカテとしてくれる!」
 竜牙兵が二本の鎌を振るい、亡霊の群れを解き放った。


 レギオンファントム、襲いかかる亡者を二本の鉄塊剣で切り払いながらセレネーが駆け抜けた。
「皆の日常、必ず守る!」
 セレネーの決意を込めた叫びと共に、黒い雷が一体の竜牙兵を貫いた。セレネーの怒號雷撃に、竜牙兵の突進が止まる――その背後へ、綴が回り込んだ。
「こんな私でも、やれば出来るのです!」
 ドゥ! とレアメタルナックルに包まれた綴の拳が竜牙兵の背を強打する! ビキビキ、と凍っていく背骨、竜牙兵は空中で強引に身を捻って素早く着地した。
「チィッ!」
「まだだ……」
 千里が、緋色の目を細める。胡蝶“黒鉄”を鉄扇へと変えた千里が、優雅に舞った。流れる水のような滑らかな動きで、竜牙兵を切り裂いた。
「骨っこ野郎 弱いものいじめっ子 根性ない玉無しでしょ? キミら潰す手段は別途 その命BET 危険領域RED 心電図FLAT キミら既にDEAD!!」
 ラースがラップでディスりながら、混沌の波を竜牙兵達へと解き放つ。ラースの創世衝波に続き、鹵が地面を蹴った。
「きらめく、流星よ、見えざる、束縛の、重圧を」
 口の中で唱えた詠唱と共に、鹵はヴン! と己の足元に展開された魔法陣を蹴り飛ばし――スターゲイザーの一撃が、鹵を捉えた。
「グ、ガ!?」
 ミシ……、と骨を軋ませながら、竜牙兵の動きが止まる。直後、クネウスのAnti Deus Ex Cannon,Georgiosを展開した。
「――掃射」
 聖人の名を冠した対デウスエクス用アームドフォートの一斉掃射が、竜牙兵に集中砲火される! ザッ、と地面を蹴って後退しようとした竜牙兵にクネウスが呟いた。
「総員、迎撃体勢の再構築を」
 竜牙兵達が、左右に広がっていく。その動きを読んだからこその、クネウスの言葉だ。それに対応するために、ケルベロス達も動いた。
「はい、承知しました」
「守りも固めておきましょう」
 樒は芽生の枝を抱きしめるように構えて自身を鋼の意志で癒やしの力を高め、恭志郎は白綴から綴糸を伸ばし前衛を守護する魔法陣を描く。
 竜牙兵達は、それぞれの骨の鎌を構えるとケルベロス達へと襲いかかった。


 ギギン! と火花が散った。千里の妖刀”千鬼”と竜牙兵の骨の鎌が、高速で激突していく。薙ぐ、払う、上段、下段、突く、切り下ろす、切り上げる――そこにあったのは、斬撃のデパートだ。用意されていない斬撃はない、千里は速度で竜牙兵は手数で、一歩も退かなかった。
「この程度……」
 不意に、ナノナニックハンマーの巨大ナノナノぬいぐるみの顔がキリっとする――その刹那、電光をまとった妖刀が剣戟を掻い潜り竜牙兵を捉えた。
「ぐ……!」
「この飛び蹴り、よけられますか?」
 壁を足場に三角跳びした綴のスターゲイザーが、竜牙兵の胸骨を蹴り飛ばす! 宙に浮いた竜牙兵に、鹵がドラゴニックハンマーを構えた。
「轟くは、竜の、咆哮、爆炎よ、在れ」
 足元に魔法陣を刻んだ鹵の轟竜砲が着弾、爆炎が広がる。そこへ、突如として爆発が重なった――恭志郎のサイコフォースだ。
「今です!」
 恭志郎の言葉に反応したのは、セレネーだ。地獄化した翼を包む機甲翼から黒い地獄の炎が噴出、その勢いが凄まじい加速を生んだ。だが、速度だけでは竜牙兵に通用しない、骨の鎌でカウンターを狙うが――既に、そこにセレネーの姿はない。
「カラスの芸は、闇に舞うだけじゃないっ!」
 ジャガ! とエアシューズの接地力で強引に加速の方向を変更、セレネーは地獄の黒炎をまとわせた双の鉄塊剣を連続で振るった。ザザザザザザザザザザザン! とセレネーの黒葬(黒双)連撃(コクソウレンゲキ)が、竜牙兵を完璧に打ち砕き四散させ――!
「警告します――上と後ろです」
 クネウスの警告に、セレネーは機甲翼から黒い蒸気を排出しながら、鉄塊剣を頭上に掲げた。ズザン! と竜牙兵の鎌の重さに、受け止めきれずに肩口を切り裂かれた。
 だが、問題は反応できなかった背後だ。しかし、いつまで立っても次の攻撃は来なかった。
「もちろん、やらせませんとも」
 庇いに向かった恭志郎が、代わりに脇腹を切り裂かれていた。痛い、というよりも熱い。深く裂かれた腹部から伝わる感覚を無視して、恭志郎は痛みを押し殺す。
「っとと、そこまでっすよ!」
 ラースは即座にオウガメタルを鋼の鬼へと変形、その拳を振るわせて竜牙兵を殴り飛ばした。二体の竜牙兵は、そのまま攻め込んでは来ない。切り崩せないと悟れば、次の隙を狙おうと伺っていた。
「無理に追わなくていいですからね」
 樒がセミラミスを振るい、雷の壁を前衛の前とそびえ立たせる。恭志郎は樒のライトニングウォールの癒やしを受けながら、迷わず前へと出た。
「牽制を行います。5秒前、4、3、2、1――」
 クネウスのカウントダン直後、マルチプルミサイルの大量のミサイルが周囲へと着弾していく。その間に、竜牙兵の動きを察知、分析、クネウスは仲間達へと送信していった。
 ――ケルベロスと竜牙兵にとって、一分とは何をするにも十分な時間である。しかし、避難する一般人、特に子供にとっては違う。五分、十分、それだけの時間で安全かつ確実に竜牙兵から逃げ切れるだろうか?
 答えは、否だ。逃げることと逃げ切ることには、それほどの大きな差があるのだ。だからこそ、ケルベロス達は竜牙兵をここから動かす訳にはいかない。ここで勝って、終わらせなくてはならないのだ。
(「いや、しんどいっすけど――無理じゃないっす」)
 無茶でも無理じゃない、ならやれるっすよ! ラースはそう、自身へ言い聞かせた。
 だが、ラースのその想いが正解だ。それがケルベロスの戦いだ、戦いとはケルベロスにとってそういうものだ。負ければ失われるモノがある、だから負けられないのだ。
 だからこそ――ケルベロス達は、竜牙兵の猛攻を凌ぎきれたのだ。凌いだのなら、後は――勝つだけだ。
「オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
 ザザン、と左右にステップを刻んで竜牙兵が走る。右か、左か、その二択を綴に強いながら竜牙兵は、鋭い右の斬撃を綴の首筋に届かせ――られない!
「気脈を見切りました、この一刺し受けなさい!」
 真っ直ぐに前へ、綴の指天殺を受けて竜牙兵の鎌が薄皮一枚の距離で止まった。右でも、左でも、届く前に止めてしまえば意味がない。綴の出した答えは、二択ではなく第三の選択肢だった。
「お願いします!」
 そして、再行動。綴のレアメタルナックルによるアッパーカット、大器晩成撃が竜牙兵を上へと浮かせた。
「ここです!」
 セレネーが二本の鉄塊剣を黒い炎で多い、豪快に竜牙兵へと突き刺した。ギシリ、と骨を鳴らして逃れようとする竜牙兵が、吼える。
「お、のれ、ケルベロスゥ!!」
「こちらケルベロスを代表。大手掛けに来た神殺し参上。惨状生み出して支配する、まさにここが自分らの独壇場!!」
 炎で自身周辺を包んで、烈火の如き怒りを表現したラースの激情ヘイターラッパー(ゲキジョウヘイターラッパー)のヘイトラップが竜牙兵を焼き尽くしていく。その炎の中でなお動こうと竜牙兵は、初めて悟る。
「……あ?」
 自分の両腕が、既に断ち切られていたという事実に。
「お前に向ける感情はただただ哀れみでしかない……さよなら……」
 千里の千鬼流 伍ノ型(センキリュウゴノカタ)――弓を引き絞るように引いた刀から鋭い突きを繰り出す絶技が、既に竜牙兵の両腕を貫き粉砕していたのだ。竜牙兵は炎の中でもがき、そして最期に爆発四散した。
「マダだ!! マダ、オレが――!!」
 最後に残った竜牙兵が、鎌を振りかぶる――だが、その動きはおぞましき触手によって、阻まれていた。
「囁き、返す、異界の、使者、触れる、落ちる、腐り、たもう」
 鹵の足元の魔法陣から伸びた触手、黒き触手の咎(クロキショクシュノトガ)はミシミシと竜牙兵の体を軋ませていく。
「敵、耐久値分析完了。回復ではなく、攻撃を」
「はい」
 クネウスの言葉にうなずき、樒と恭志郎の視線が合う。
「Boot CODE:ASCALON」
 クネウスは己のコアとAnti Deus Ex Cannon,Georgiosを有線接続、その直後大出力ビームを薙ぎ払った。竜殺しの聖剣の名を持つその一撃に、竜牙兵が切り裂かれ――樒と恭志郎の二人がうなずき合った。
「恭志郎!」
 樒が影の弾丸を放ち、それに合わせた恭志郎が納刀した白綴を構えて踏み出した。
「ほら――気をつけたほうがいいですよ?」
 抜刀、そう構えた竜牙兵は、次の瞬間に己の過ちに気付く。なおも踏み込んだ恭志郎は懐へと、柄で体重の乗った突きを放ったのだ。
「が、あ!?」
 竜牙兵が崩れ落ち始めた時には、既に恭志郎は元の位置に戻っている。動作に遅れて、木蓮の花弁を模した光が落ちた。
 落華(ラクカ)、恭志郎が誇る高速の一撃が竜牙兵の最期の一撃となった……。


「恭志郎、お疲れさま。怪我をしたのは、こことここだよね」
「あ……うん、ありがとう」
 戦いが終われば、すぐに樒は恭志郎が負った傷を治してくれた。私情で回復順は変更しない樒にとって、これが自分的に許せる一線だった。
「ケルベロスがいる限り、キミらは大丈夫っすよ!」
 ガッツポーズで子供達にアピールするラースに、子供達も歓声で答える。その子供達を注意しようとやって来た警察官に、恭志郎は頭を下げた。
「皆を助けてくれてありがとうございます」
「これが我々の仕事です」
 敬礼を返す警察官達の表情には、強い感謝の念があった。戦いの痕跡を見ればわかる、ケルベロスがいなければどれだけの命が奪われたか……だからこそ、その感謝は当然のものだ。
 ケルベロス達は、手分けをしてヒールを施していく。危険から遠かった子供達には、今日救われた子供達は明日英雄となるだろう。どれだけ勇敢にケルベロスが戦ってくれたか、それを語れるのは救われた彼らだけなのだから……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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