妹思いの兄が迎えた幸せな結末

作者:絲上ゆいこ

●鴉たちの巣
 主な業務は仕事の斡旋と、軍事介入。
 山手線沿線、駅から歩いて5分の裏路地に民間軍事会社『Raven's Nest』は在った。
 そしてその店舗は、表向きは『鴉の宿り木亭』という名の喫茶店として存在している。
 ――のだが、本日は臨時休業。
 年末を前に、喫茶スペースの奥でノートパソコンを広げた白石・翌桧(追い縋る者・e20838) は、事務作業に忙殺されていた。
「これ終わるのか……?」
 一旦休憩。
 大きな溜息を漏らし、タバコを一本咥えた途端。
 喫茶への来客を告げる扉に備え付けられたベルが軽やかに響いた。
「ああー……、今日は休――」
 顔を上げた、翌桧の左瞳。銀髪に覆われた、地獄に燃える眼窩が熱を帯びたように感じた。
 失ったはずの残光が重なった気がした。
 そこに確かに有る狂気に満ちた楔、贖えぬ罪。
 瞳を見開いたまま、言葉を失った翌桧に。瞳の無い青肌の男は、大きく唇を加虐に歪ませて笑う。
「クフフ、お前は壊しておかないとイケないようでねェ」
 侍らせた少女のようなモノの顎を引き、どこか戯けるようにソレは首を傾ぐ。
「ウチの子が泣いて乞うからさ、面白いだろ?」
 泣きはらしたように腫れぼったい瞳、大きな瞳を潤ませたまま。
 しゃらしゃらと細鎖を揺らして翌桧へと駆け寄ってくる、少女のようなもの。
「――……」
 小さな歪な音を漏らした彼女の、小さな手のひらに握られた狂刃は。
 彼をまっすぐに狙っていた。

●続く縁の絲
「大変、大変よ! 翌桧さんが襲撃を受けちゃうの! 皆早くっ、準備をして!」
「おー、おー、慌てるなよ、遠見クン。まずは説明をさせてくれよな」
 動転した様子で駆け込んできた遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)を、いなすように宥めたレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)は、改めてケルベロス達を見渡し。
「白石クンが襲撃をされる予知が出てな、連絡をしてるンだが連絡がつかねえ。取り敢えず、だ。続きは――ヘリオンに乗りながら聞いて貰えるか?」
 ヘリオンを皆の前に下ろしながら、首を傾げた。
「襲撃される場所は、鴉の宿り木亭だ。デウスエクスの名前は『少女蒐集』。白石クンとは何かしら因縁が有るみてェでな。詳しくは解らねえが――。少女蒐集なんて呼ばれてるヤツが、白石クンにただ興味を示すとも思えねェけどなァ」
 ヘリオンの中に乗り込んだケルベロス達に、レプスは振り向かずに出発準備をしながら語り続ける。
「敵サンは、バッドステータスをたっぷり含んだ少女の形をした攻撃を行う。その資料に写る……連れ回されている少女達は配下じゃねェ、もうアレの一部だって事だ。ちっと何か言うかもしんねェが、そりゃ敵の妄言だ」
 苦虫を噛み潰したような表情で、疑似餌をぶら下げた食虫植物みたいなモンだと思え、とレプスは言う。
「……ともかく。そのデウスエクスを倒さないと翌桧さんが危険、って事よね?」
「そういうこった。ベルトはしたか? ンじゃ、カッ飛ばすぞ。安全運転は期待してくれンなよ」
 冥加の問いかけに小さく頷いたレプスはしっかりと前を見据え、檄を飛ばした。


参加者
花道・リリ(合成の誤謬・e00200)
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
平坂・サヤ(小夜坂文庫・e01301)
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
花唄・紡(宵巡・e15961)
白石・翌桧(追い縋る者・e20838)

■リプレイ


 刃を携えた少女の瞳と同じ色。白石・翌桧(追い縋る者・e20838)の双眸を映し、鈍く光る刃。
「くっ、はは……、いやいやいや、まさかな」
 扉に一度目線をやってから。口元を抑えた翌桧は、いかにもおかしそうに笑う。
 ああ、やっぱりウチのヘリオライダー達は優秀だ。
「さんざん探し求めていた相手が、向こうから出向いてくれるとは。いやぁ、本当にありがたい話だ」
「それはそれは、喜んでもらえて何よりだねェ」
 モザイクの喉を鳴らして笑う、青肌のドリームイーター『少女蒐集』。
 翌桧の目前の少女以外、侍らせた少女達が一斉に彼の真似をして笑う。
「黙れ、笑うな」
 ピタリと少女達が笑う事を止め。夢喰いは翌桧に刃を向けたままの、水引の結び細工を髪に結わえた少女の頭を撫でる。
「最後に楽しーい、お話をしたいだろ? さ、話して良いよォ」
 そのかんばせに瞳が無くとも、艶やかな唇の歪みで笑っていることが解る。
「――」
 彼の許しに、少女が口を開く。
 もう視線は送らない。それは翌桧の『家族』への信頼の証だ。
 一呼吸、二呼吸。
「おや、どこに――」
 翌桧は少女を払いのけるように腕を振るって、床を蹴って駆け出す。刃が掠めて鈍重な痛みが腕に走り、鮮血が溢れるが構わない。
「ねえ、社長、まだ死んでないよね? よく見えないけれど」
 薄く空いた扉の向こうに、仲間達の姿が見えていた。
「はろー、翌桧ちゃん」
 勢い良く扉を開いたメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)が、美少女のわたくしが来たからもう大丈夫なの、と戯けると同時に、星の加護を線と引き。
 彼女の相棒のすっかり冬毛の箱竜のコハブは、駆ける翌桧へと属性を加護とする。
「私を呼ぶ声が確かに聞こえた!」
「――キミの呼び声があるなら、あたしたちがそれに応えましょう!」
 フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)と花唄・紡(宵巡・e15961)の声音が朗々と響き。
「なーんちゃって!」
 カッコいいポーズをキメた二人。
 その横で紡が名前も覚えていないマンゴーの綿花がぴょいぴょい手を振る。それは物言わぬ祈り。
「たとえ呼んでなくても、――神様は信者さんを見捨てない!」
 助けにきたよ。ここから先は神様の時間。
 爆ぜる音は後から響く。
 フェクトの振るう杖が雷光を吐いて、青肌を貫き。重ねて紡の瞳に宿る“手枷の罪人”の理性が、加護を紡ぎ、繋いだ。
「ご無事ですかっ!?」
 踏み出した一歩で間合いを詰め。ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)の気の刃を纏ったエアシューズは流星の如く。
 そこに彼女の家族たる箱竜、ナメビスがブレスを重ねる。
「……ひっ!」
 少女蒐集を庇って前に出た少女の一人が、カウンターに強かに叩きつけられ。咳込み、悶えて見せる。
 ――もし、敵の特性が本当だとしたら、この女性も。
 ビスマスは胸糞の悪い想像を巡らせ、内心歯噛みする。
「……あまりに不健全ですよね」
「よう、お前ら」
 半分転がりながらも扉前へと逃げ込み、負傷した腕をひらひらと振って挨拶する翌桧。
「翌桧さん!」「援護は任せろ!」
 冥加が慌てて、癒しと分身を纏わせ。
 アラタがぴょんと踏み込みながら、黄金の果実の加護を前衛へと宿し。ウイングキャットの先生が、大きくその翼に風を。
「ねえ、アンタ達」
 心底嫌そうな表情で、夢喰いを睨めつけた花道・リリ(合成の誤謬・e00200)。
「私の酒飲み場になんてことすんの? ビールサーバー壊したらただじゃおかないから」
 必殺チンピラキック。
「へぇ。……嬢ちゃんは、まぁまぁ元気そうだ」
 ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は上げた足の曲げ伸ばしの反動だけで、しつこく翌桧を追い駆けて来た少女を足癖悪く店内へと蹴り返し。
 重ねて。二人から少女へと容赦無く叩き込まれる、物質の時間を凍結する弾丸と、黒い魔力弾。
「ところで社長よ。顔色がすこぶる悪いが全く心配にならぬ、あの生命体はアンタの知り合いか?」
「あーぁ、ちょっとばかり因縁があってな」
「変なのに好かれて。全く困ったおじさんね。派手に転んで腰は平気かしら?」
 ルースが問い。
 肩を竦めて答える40歳のおじさんを労っているのか、労っていないのか微妙なリリの声。
「あすなろ」
 平坂・サヤ(小夜坂文庫・e01301)が、長い睫毛を揺らして瞳を開く。
 青く大きな眸が、彼を見上げ見つめる。
「すべて、どうぞあなたのよいように。お呼びであれば、こたえましょう」
「さぁ、始業の時間だ、指示をくれ」
 アンタとの仕事は胸が躍る、とはルースの言。
 サヤとルースの言葉に、細く息を吐き。
 紅に染まった白い手袋を、引き絞るように嵌める翌桧。
 葛藤ならば、散々した。
 左目に『棲む』彼女を救う手段を考え、悩み続けた。
 失ったはずの残光。眼の前に見える光。しかし、今更迷っている場合では無い。
「仕事の時間だ、お前らしっかり働いてこい」
 惑わされるな。
 ここに救いは無い。
 ――あるのはただ、自己満足の復讐劇だけだ。
「あなたがそれを、のぞむなら」
 サヤの最優先は人道でも倫理でもお仕事でも無い。
 あすなろのおこころだ。
 どうぞその手で幕引きを。
 サヤの言葉に呼応して、魔力が渦巻いた。
 それは因に対する果を、ほんのすこしだけ不運へと傾ける小夜坂の魔法。


「ッかしぃなァ、人払いはした筈だけど?」
 大切なコレクション――少女達を盾代わりにしながら。
 うんざりした様子の少女蒐集がボヤくように言った。
「クフ、それともボクの新しいコレクションを持ってきてくれたのかなァ?」
 値踏みされるような、心地の悪い感覚。
 その無い筈の視線を感じて冥加がビクリと肩を跳ね。
「なんだかとっても気持ちが悪いの。わたくしたちをコレクションしたいなら、もっと王子様みたいになってくれないとだめよ」
「メイアさん!」
 庇う形で冥加の前へと出ると、星を宿す剣身を構え。冥加に視線を向けるならば、その視線はメイアが受けよう。
 だってわたくし、お姉さんですもの!
「でも、可愛い女の子が好きなのでしょう? だったら、わたくしのことも大好きよね?」
 ――ねぇ、撃ち抜かせてくれるよね?
 金平糖みたいに星を散らし、メイアの冷たく凍える魔弾は流れ星の様に敵を貫く。
「ああ、もちろん可愛い子は大好きだよ、全て丸ごとボクの物にしたくなる!」
 狙うは、一番体力の無さそうな相手。空の額縁を振るう夢喰い。
「させないってェの、クソロリコン野郎!」
 甘露のオーラを纏った紡の夜空の足先が、床を踏みしめ跳ね。飛ぶ額を踵で蹴り落とす。
「うちの社長がアンタの首を所望なんだって、ならお世話になってる身として、やることは1つでしょ?」
 ついでに放った弾は、ひょいと避けられるが紡はキッと敵を睨めつけて。
「後これは超重要なことだけど、うちの可愛い女の子には指一本触れさせないよ。――アンタに大人の魅力を教えてあげる!」
「はぁお前みたいな年増」
 嫌そうな反応に、紡は親指を地に落とすハンドジェスチャー。
 纏う御業を膨れ上がらせたリリが、炎を叩き込む。
「悪かったわね少女じゃなくて、見目の気色悪いのは趣味まで気色悪いのね」
「サヤは、おまえには逢いたいと思っていた」
 コレは、サヤがここにいる理由の一つ。この力は、この命令は、全て彼のために。
「――もう逃がさない」
 軽口を叩く二人のフォローに入る形で、敵を庇う少女達をステップでいなすサヤが口を開くと。一気に懐に潜り込み、大鴉を敵の顎へと叩き込む!
「あすなろがゆるすあいだは、生かしておく」
 過ぎればそこまで。サヤは振るわれた複腕に手を付き、そのまま跳ねると後ろへと。
 おまえの欠落を埋めるために何人殺した?
「らくにしねると思うな。おまえの因果は、ここで終わる」
「そう、貴方の横行も此処で打ち止め」
 サヤを追った腕を、払う形で放たれた刃筋。
「アナゴウェポンセイバー・塩レモンバージョン――ソルトレモンゲイル……塩なめろう斬りッ!」
 ガードを交わすが、既に遅い。モザイクが弾けて、細鎖が音を立て。
 ビスマスの聖剣が、青腕を斬り飛ばす!
「貴方の今まで犯した罪の結果と向き合って貰いましょうか!」
「アタシは、何も」
 呆然と少女の一人が首を傾げ。
「その声は、君であって君じゃない!」
 仲間が迷わぬように、自分が迷わぬように。神様は道を示すものだ。フェクトは吠える。
「私は神様として宣言する! 今日をバッドエンドで終わらせてなんかやらない!」
 姿、記憶、幻想、それら虚構も誰かの一部というなら。一体本物とは何なのか。
「ああ、アンタが神かは置いておいて、それには同意しよう。あの生命体が消え失せる結末は変わらぬ」
 ルースの冷気を纏った無慈悲な杭が、邪魔をする少女の胸を貫き。横からきた額を蹴り叩き割る。
 重心を落として踏み込んだフェクトが、ルースの脇から夢喰いへと一気に接近して杖を一振りする。
 ここは神様の領域。響く鐘の音。想いを乗せた鐘の音。
「さあ、祝福を!」
 凛とフェクトは宣言する。


 これも何かの廻りなのでしょう、と。いつの間にか加勢していた、通りがかりの赤い竜人が癒やしを撒く。
 ――一度、恩人に報いる一助とならんことを。
 剣戟を重ね、敵が失ったモノは腕が二本に、少女が一人。
 モザイクと消えたそれは溶け消え。
「倒すと消えてしまうようですね……」
 額縁を黒と白の針鼠でいなしながら、ビスマスは呟く。
 それは全て倒してしまった後にきっと残る物が無いという事だ。彼の妹に似ていると言う彼女も、きっと。
 ビスマスが言葉を飲み、グンと踏み込むと針鼠を飛ばす。
「ナメビスくん、ブレスを!」
 盾として踏み込んだ紡が、額縁に腕を打ち据えられながらも瞳を細めた。
「……弱っちいなりに、頑張ってるかっこいいおじさんなんだよ。うちの社長は」
 彼が何を考えてシスコンを拗らせているのか、紡は知らない。それでも、それをバカにする相手の趣味の悪さだけは理解ができる。
 綿花の声なき祈りに合わせて、癒やしを糸紡ぎ。
 飛んできた額を叩き割りながら、ガードの甘い少女に向かって竜槌を掲げたルースにも、思う所が無い訳では無い。
「命の行動原理はふたつ、だ」
 愛と、恐怖。さあ、授業を始めよう。
 悪魔のまじないは、夢喰いを庇う少女を叩き潰し。
「ああ、やっぱり我慢出来ない」
 自らの犬が開いた道を、駆けるリリ。踏み込んだ瞬間、夢喰いへと直突きから肘打ちに滑るように流れ、上段回し蹴りと畳み掛け。
「一発位、ちゃんと殴らせて」
 ぐんと下半身に重心を固めて、返す拳で夢喰いの頬を貫く。リリパンチは強い。それに一発じゃない。
 たたらを踏んだ夢喰いに、一人の少女が駆け寄り。
「痛いの、止めて!」
 悲痛に叫ぶ少女。
 メイアにだって、翌桧の気持ちが全部理解出来るわけじゃない。 でも、こんなの、心が痛くならない訳が無い。
 それでも。
「翌桧ちゃんの信じる事をわたくしも信じるの!」
 星の線が加護を紡ぎ、冥加とメイアが同時に癒やしを仲間に与える。
 全て気持ちを理解しなくとも。支えたり背中を押す事は、出来るとメイアは思うのだ。
「すべて、あなたのよいように」
 恩人でご主人様の望む事ならば、叶えたいとサヤは思うのだ。
 杖を構えて前に出たフェクトと、サヤの視線が交わり。二人は頷き合う。
 言葉で言わずとも伝わる、連携。
「私を殺すの?」
 訪ねた少女に向けて、炎を纏った蹴りが円を描く。
「ごめんね……でも。私は迷わないって決めたから」
 ブレイクスルーをキメたフェクトの肩を付き、サヤが跳ねる。
 転げた少女と、飛び交う額の隙間。狙うは夢喰いの腕。
 放たれた魔法の光線は、真直に伸び。腕の一本を石化させると、サヤは壁を蹴る。
「そんな言葉で揺らぐこころは、元よりない」
 既に体力は限界なのであろう。敵の攻撃も、少女の言う事も。雑に、そして甘くなって来ている。
 店が失ったモノは、椅子が幾つか半壊のカウンターに、テーブル2つ。そしてノートパソコン。
 段々吹っ切れてきた翌桧は、立ち上がる少女が椅子に手を着けば、椅子ごと竜槌を叩き込み。
「――遊んでんじゃねえぞ、俺はもう年末書類も失ってんだ」
 そう、翌桧にはもう失うモノなんて。


 苦しげに、せせら笑う夢喰い。
「遊び、遊びかァ……そうだなァ。……なァお前の大切な子を、返してやろうか?」
 軽い言葉。翌桧は瞳を見開く。
 葛藤だって、後悔だって、幾らだってした。
「舐めてんじゃねえぞ。……こちとら妹の偽物なんざ吐き気のするくらい見飽きてんだ」
 今更何を言おうが、聞く耳を持つ気は無い。
 そんな甘言に揺られる仲間は、一人もこの場には居ない。
「報いを受けろ、デウスエクス。今すぐ消えろ」
 翌桧の左目に『棲む』少女が、その姿を取り戻す。
「“クソ喰らえ”――だ」
 彼以外には、地獄の炎に包まれた醜い化物にしか見えぬ、彼の楔。
 最後は、彼の手で。
 仲間達が願った結果通りに。
 ゆらりと揺らいだソレが、満身創痍の夢喰いの脚へと抱きつくと、地獄が燃えた。
「クフフ、では最後の贈り物だ」
「やだ、死にたくない! 殺さないで!」
 枷が外れたかのように、堰を切ったように。
 彼を取り巻く少女達が、正に少女のように喚きだす。
「これでお前の愛しい子の『最後』は最悪に彩られるだろうなァ」
 その唇を笑みの形に歪め。焼け落ちる、燃え落ちる。モザイクが崩れ落ちる。
「痛い痛い、痛いよぉ」
 本体が消えた後も細鎖に繋がれた少女達が、口々に呪詛と嗚咽を漏らしてモザイクと成り溶けてゆく。
 それが例え、言わされている言葉だとしても、彼女達の本心だとしても。
「苦しいよね、……ごめんね」
 ぎゅと杖を握って、フェクトは囁く。
 神様を目指していても、この身はまだ神には至っていない。
 全てを救う事は出来ぬ、神ならざるこの身。でも、最後はせめて神様の祝福を。
 崩れ行く彼女達に、フェクトは祈る。
「!」
 崩れ落ちながら。何かに気がついた様に翌桧に手を伸ばした、結び細工を髪に結わえた少女。
 彼の手を握ろうとしたその手は、触れただけでモザイクと化して。
「……」
 少女の声にならぬ声。
 唇が開いて、閉じて。
「……」
 最後にきゅっと唇を結んだ彼女は、微笑んでいるようにも見えた。
 そして彼女もまた、雪のように溶け消える。
 最後に残ったのは、紅白の水引で編まれた結び細工一つ。
「これで少しは気が晴れたか?」
 彼女の最後を瞬きもせずに見ていた翌桧は、小さく自分に言い聞かせるように呟く。
 復讐を望んでいたのはお前じゃなく俺自身で、お前を今まで縛っていたのも俺自身だ、と。
「俺が勝手に縋っていただけなんだな。10年間ずっと目を逸らし続けて。……俺の弱さが、きっとお前を生んだんだ」
 傷口から血が滴り落ちる。
 好きだよ、――。愛してる。
 誰よりも、誰よりも。お前は兄ちゃん自慢の妹だ。
 赤き竜人が会釈をして出て行き、静まった店内。
 そんな空気を蹴散らすように。桃色の髪を揺らして翌桧の背をぱんと叩く紡。
「社長。……妹さんの代わりになれるなんて思っちゃないけど。寂しいときはほら、あたしたちがいるしさ?」
 今日はお酒を飲もう、奢るよと紡。
「うん、片付けも手伝うぞ!」
 偽物でも、本物でも。妹と在ったから今の翌桧がある、とアラタは思う。
 彼の気持ちは解らないし、彼の取った選択はきっと、とても重いものだ。でも、それは愛の重さでもあるのだろう。
「休日出勤の手当ては10万でいいわ」
 ま、私から掛ける言葉はないけれど。
 ビールサーバーの無事を確認中、酒を注いでいたリリが首を傾ぎ。
「でも、ま、上手いことひと皮剥けたかしら?」
 キンキンに冷えたグラスを呷り、囁いた。
 彼との縁も長い、一つも心配で無いと言えばやはり嘘になるだろう。
 それにしても仕事明けの一杯はやはり美味い。もう一杯飲んじゃお。おいしー。おつまみも出しちゃお。
「ああ、俺のバイト代も1日10万なので宜しく。ああ、社長。煙草吸うなら火も着けてやるよ。10年に一回ほど乗る気が乗ったからな」
 彼のケジメだって見届けた。
 シスコンは治る物では無いので、お大事に。
 カウンターに腰掛けたルースも調子を合わせ。俺も、とリリに空グラスを傾ける。
「うんうん、たくさん頑張ったし。お疲れ様焼肉パーティもあってもいいと思うの」
「ま、ボーナスも期待してるね」
「片付けるの面倒だしいっそ新築にしたら?」
 コハブを抱くメイアと、紡もリリも言いたい放題だ。
「……そうだね、今日は一杯食べちゃお」
「そういう事ならば、私も腕を振るいましょう」
 杖を握り直して、ほう、と息を吐いてから。
 笑ってみせたフェクトに、ビスマスも頷いて。
「お前らなぁ……」
「でも、翌桧さんの体が無事で何よりよ」
 やれやれ、と肩を竦める翌桧に、冥加は笑った。
 家具に癒やしを重ねる綿花を横目に。そっと椅子に座ったサヤは拾い上げた結び細工を眺め、握り込んだ。
「あすなろのいたみは、わたしのいたみではない、けれど」
 それは、サヤの痛みでは、無いけれど。
 あなたをしあわせにできるのは、きっとわたしではないけれど。
 でも、サヤはその声を知っている。
「あなたがしあわせであればよいと、思っているのですよ」
 それは、サヤだけに聞こえる、小さな小さな声。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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