リングの上で熱い戦いを

作者:そらばる

●女子レスラー現る
 皇・露(記憶喪失・e62807) はただ、平穏な街中でショッピングを楽しんでいただけのはずだった。ちょっとばかり景色が霞がかって見えるかなぁ、とは感じていたが、気にするほどでもない。
 だが、ウィンドウに並べられた商品に気を取られてしげしげ見入っているうちに、ふと気づいた時には、辺りには霧のような蒸気がたちこめ、活気あふれていた通りから人々の姿がすっかり絶えてしまっていた。
「……これは、どうしたことでしょう」
 困惑しつつ通りを進み、少し開けた三叉路に到達した露の目前にあまりにも唐突に現れたのは、街頭には似つかわしくない、プロレス用のリングだった。
「来たね、ケルベロス!」
 リングの上から精悍な声を投げかけてきたのは、ブタ耳ブタ尻尾の、ムチムチボディな女性レスラーだった。
「ようこそ私のリングへ! さあ、ここに上がっておいで。互いの命を賭して戦おうじゃないか!」
 レスラーは両拳を天に向けてマッスルポーズをとると、力こぶ逞しい右腕を、異常に暴力的な大きさへと肥大化させた。

●『ピグミーポーク』
「危急の予知にございます。皇・露様が、デウスエクスの襲撃を受けることが判明いたしました」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)の緊迫した声音がケルベロス達の鼓膜をうつ。例によって、露とは連絡がつかない状態にあるという。
「一刻の猶予もございません。皇様の救援をお願いいたします」
 現場は都市部、日中の商店街。日頃多くの人々で活気づいている通りだが、敵の力によって一般人は人払いされているようだ。
「敵の名は『ピグミーポーク』。一見してウェアライダーにも見紛う容姿でございますが、種族はダモクレスでございます」
 当日の商店街はプロレス絡みのイベントを開催する予定だったらしく、そのために特設されたリングを占拠し、露に勝負を仕掛けてくるらしい。
 肉体の一部を肥大化させる力を持ち、腕を肥大化させた極太ラリアット、足を肥大化させた極太延髄斬りといった攻撃に加え、皮膚から蒸気を立ち昇らせて体調を整える治癒も使用する。
「敵が皇様を狙った理由は、現状判明しておりませぬ」
 何か因縁や陰謀があるのかもしれないし、たまたま占拠したリングの近くに通りかかった露を気まぐれに襲っただけなのかもしれない。
 確かなのは、露への殺意が本物だということ。
「狙いは皇様お一人。しかしながら、ピグミーポークの性格上、リングに上がるケルベロスが増えることを歓迎するはずにございます。皆様でお力を合わせて、敵の撃破をお願いいたします」


参加者
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
浜咲・アルメリア(捧花・e27886)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)
草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)
弘明寺・一郎(突撃取材リポーター・e44533)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
皇・露(記憶喪失・e62807)

■リプレイ

●即席プロレス開幕!
 特設リングの上で、ピグミーポークは溌溂と笑う。
「ようこそ私のリングへ! さあ、ここに上がっておいで。互いの命を賭して戦おうじゃないか!」
 突然のいざないと暴力的に肥大化した右腕に、皇・露(記憶喪失・e62807)が虚をつかれたのはほんの一瞬のこと。
「挑まれたからには、お受けしますわ!」
 高らかに宣言するや、露は高々と跳び上がりリング上に上がった。私服は一瞬にして脱ぎ捨て、露出の高いスーパーヒロイン戦闘服へと早変わり。
「プロレスに関してはずぶの素人ですが、頑張ってみますわ! えっと……確かパンチって反則ですのよね……?」
「ふっ、素人にこちらのスタイルを押し付けようってわけじゃないよ。これはデウスエクスとケルベロスの戦いだ、君は君なりの戦い方で来るといい!」
「――ふふ、でしたらわたしも、混ぜてください、です♪」
 降り注いだ可憐な声を振り仰げば、空をくるくると飛び回るオラトリオの少女の姿。そしてそのまま楽しげにリングに着地し、アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)は入場パフォーマンスの如く手を振りながらリングを一周する。命のやり取りへの恐怖心を、笑顔でごまかしながら。
 続けてリングにあがったのは、稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)、草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)のガチレスラーコンビ。
「地球にやってきてこのスタイルで闘おうとするなら、私達を忘れてもらっちゃ困るんだよね!」
 ムチムチダイナマイトボディに愛用のゼブラ柄コスチュームを着込んだひかりは、不敵な笑みに仁王立ち、ピグミーポークを挑発するように堂に入ったマイクパフォーマンスを披露する。
「地球にも『極太』呼ばわりされる実力派レスラーがいるけど……アナタはどうかしら、試してあげるわ!」
 その隣に立つ晴香は、愛用の真っ赤なリングコスチューム。モデルかくやの姿勢の良さが、細身の割には出るとこ出ている抜群のスタイルを見せつけんばかりに引き立てる。
「ほー、プロレスイベントねぇ。活気があるのはいいこった。邪魔なやつと戦うってんなら助太刀するぜ!」
 そんな声を上げながらロープをくぐったのは、白黒縦縞シャツのレフェリー姿の鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)。レフェリーと言えど、リングの上では体が資本。入念な準備運動も欠かさない。
 ピグミーポークはにんまり笑う。
「いいね、元気だね! そっちの連中はいいのかい?」
「私は戦わないわよ。レスラーじゃないし。皆頑張ってね私はここで応援するから」
 か弱い乙女を自認する草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)が即答した。なんでこんな面倒な依頼を受けてしまったのかしらと後悔しきりで、リングの外で観戦者という名の支援役を決め込む。
 リングの周囲ではいつの間にかドローンカメラが飛び回り、会場内に設置されていた複数のモニターには、スーツでビシッと決めた実況者らしき男性が映り込む。
「なにやら熱い戦いの予感がします。一応デウスエクスとの戦闘ではありますが……こういった場に遭遇できるのは、リポーターとして冥利に尽きますね。実況は弘明寺・一郎でお送りいたします!」
 名調子で名乗りを上げたのは、弘明寺・一郎(突撃取材リポーター・e44533)。
「大舞台なら解説も必要でしょう。格闘技は好きよ、任せて。……開幕は派手に盛り上げないとね」
 浜咲・アルメリア(捧花・e27886)は淡々と解説という名の回復役に収まり、さっそく透蓮華のスイッチを押し込んだ。カラフルな爆発が、リングの面々の背後を大いに賑わわせる。
 露は駆け付けた仲間たちの姿に笑顔を返すと、ピグミーポークを決然と見据えた。
「さあ、露たちは準備完了ですわ! いつでもよろしくてよ!」
 ノリの良いケルベロス達に、ピグミーポークはカラカラと声を上げて笑う。
「面白い連中だねー。いいだろう、リングの上だろうが下だろうが、勝負は勝負。――全力でいくよ!」
 一郎の鳴らすゴングが、試合開始を告げる。
 めいっぱいの力を込めた立派な足がキャンバスを蹴り、ピグミーポークの分厚い質量が弾丸の如く飛び出した。

●リング上の闘い
 筋肉の塊とでもいうべき肥大化した腕が、凄まじい速度を乗せて露の頭部を捉える!
「出合い頭の強烈なラリアットー! 皇選手の体がロープに叩きつけられたーッ!」
 絶叫じみた実況で盛り上げつつ、やるべきことは忘れない一郎、号砲とばかりに竜砲弾をリング上のピグミーポークに撃ち込む。
「戦うならリングの上……なんというか、気が合いそうよね!」
「時々いるのよね、こういう「私達と通じ合えそう」なデウスエクス」
 序盤は様子見とばかりに、エプロンサイドのZANSUによるオウガ粒子と、鎖を巧みに用いて描き出した魔法陣を輝かせるひかりと晴香。
「やりましたわね……反則行為は不本意ですけれど、この際仕方ありませんわ!!」
 身に纏うオウガメタルを鋼の鬼へと変じさせ、露は鋼の拳で果敢に敵へと殴り掛かった。
 ピグミーポークは胸の前にクロスした両腕で拳を受け止め、痛みをこらえるようにニヤリと笑う。
 その背後に、高々と跳躍するアンジェラの姿。
「リングを、人を殺めてしまう場所にさせるわけにはいきません、です! あ……でもピグミーポークさん……き、気にしないことにします、です!」
 身に纏うバトルオーラに導かれるように、虹をまといながら急降下。子供らしからぬ蹴撃を肩で受け止めたピグミーポークの鷹揚な瞳に、初めて明確な『怒り』が灯った。
「いい蹴りだ。こっちからもお返しだよ!」
 ピグミーポークの左足が爆発的に膨張したかと思えば、ムチムチボディが素早く跳躍し、肥大化した足がアンジェラの後頭部を強かに蹴りつけた。
「年端もいかない子供に延髄斬りは反則だろ!」
 道弘扮するレフェリーは、すかさず巨体を滑り込ませて傷ついたアンジェラを下がらせながら、ヌンチャク型如意棒の一撃で、ピグミーポークを豪快に逆側へと押し込んだ。
「どうしたピグミーポーク、少し熱くなりすぎているぞッ!」
 一郎も制止をかけるそぶりで、ちゃっかり重力たっぷりの蹴撃をかましたのち、すぐさまリングの外に取って返して実況に戻る。
「さて、開幕からエンジン全開のピグミーポークですが、いかがですか解説の浜咲さん」
「力と技のキレ……かなりの実力者ね」
 治癒と強化をリング上に抜かりなく振り撒きながら、アルメリアは眼光鋭く敵と仲間の技を見据えている。
「埋めるにはチームワークが必要……けれどこちらには女王ひかりと晴香、そして新世代のスター……露がいるわ」
「よくわからないけど、なんかすごいな……」
 静かでありながら深く熱いアルメリアの解説に気圧されつつ、同じく場外に控える近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は大人しくオウガ粒子による強化を手伝っている。
「はあああああーーー!!」
 解説に応えるように声を張り上げたのは露。プロレスの流儀を即席で取り込み、エネルギー纏うヒップアタックで敵を強襲する。
 守りに回っていたひかりと晴香が視線を交わしあい、同時に攻勢に転じた。
「ケルベロスとデウスエクスでなけりゃ、何度でも闘いたいけど……」
「現実は甘くない……だったらせめて、この闘いだけでも「地球のプロレス」を「楽しんで」から散らせてあげましょう」
「そうね、一発勝負で派手にいっちゃおう!」
 流星煌めくひかりの飛び蹴りがド派手に敵を頭部から叩きのめし、晴香の電光石火の蹴りが腹部を抉る。
 リングの上はもちろん場外からも飛んでくるグラビティに耐え、ピグミーポークはいまだ余裕を見せる。
「楽しませてくれるね。でも、まだまだこれからだよ!」
 肥大化したラリアットの標的にされたのは、またしてもアンジェラ。
「きゃ……!」
 短い悲鳴と共に、少女の体が吹き飛ばされたのは場外の実況席。
「げ……」
 軌跡を目で追い、気配を消して支援の治癒に勤しんでいた翠華が小さく呻いた。
 視線を返して見上げたリング上には、ロープを踏んで場外を見下ろすピグミーポークの笑顔。
 ……場外乱闘、待ったなし。

●場外も燃えているか?
「――場外!! ワァン……ツゥゥー……スリィィィー……」
 いち早くリングを降りてアンジェラの元に駆け寄った道弘は、張り上げた声を叱咤の咆哮に変えて治癒を放ちつつ、やたらゆっくりとしたカウントダウンを開始した。
「おおーっと、ピグミーポーク、コルレアーニ選手の後を追って自らも場外へー!」
 興奮した口調で実況を入れつつ、演出代わりに爆破スイッチを押し込む一郎。
 唐突な爆発に見舞われつつも、ピグミーポークは構わず場外へ降り立った。身内びいきの悪徳レフェリーを面白そうに見やりつつ、遅れて降りてきたケルベロス達の攻撃を受け止め、気まぐれに流した視線の先には、顔を引きつらせる翠華の姿。
「お嬢ちゃん、いつまでも手持無沙汰は暇だろう?」
「ちょっと、私はレスラーじゃないって言ってるでしょう。か弱い乙女で……」
 問答無用のぶっとい延髄斬りが言葉を遮った。後頭部をどやされた翠華は顔から地面に突っ込んでしまう。
「痛い……最悪」
 鼻から滴る血に赤く汚れた手を見下ろし、怒りをくべられた翠華の闘争心もついに燃え上がる。
「やってくれたわね。糞豚の分際で」
 次の瞬間、翠華の構える槍が雷を帯び、神速で突き出された。
 腕の神経回路を焼く痛みと痺れに、ピグミーポークは顔を歪める。
「物騒だねぇ」
「凶器や噛みつきは反則とでも? 何言ってるの? 私レスラーじゃないから武器を使ってもOKなのよ」
 すっかり目を据わらせて居直る翠華。
「素人にスタイルを押し付けない……言質はとれているわね」
 しれっと解説を入れつつ、アルメリアは魂を喰らう降魔の一撃を拳から繰り出し加勢する。
「うぉら、そこ! いい加減リングに戻らんか!」
 レフェリー権限フル活用の長い長いカウントを途中で切り上げた道弘が、素早い急降下蹴りでピグミーポークの頭部を勢いよくどやしつけ、ひかり、晴香、復帰したアンジェラが次々に続いては、各々が敵を誘うようにリング上に舞い戻っていく。
 ピグミーポークは『怒り』に燃える目でリングの上を睨みやった。
「もう少しこのお嬢ちゃんと遊んでみたかったところだけど……」
「リングに降りたのは間違いだったわね糞豚」
 翠華は防衛行動とばかりに敵の肉厚な腕に噛み付き、無意識にグラビティを注入した。地味な痛みに不浄を大量増幅されたピグミーポークは顔をしかめ、リングの上へと退いた。
 待ち受けるのは、カラフルな爆風に再び彩られるプロレスの女王たち。
 全身の汗を蒸気に変えて立ち昇らせるピグミーポークの壮絶な笑みには、もはや余裕の色はない。

●最後の勝利者
 肉と肉が激突し、汗と汗が飛び散る。
「っ、プロレスってもんをわかってるね、特にそこの二人!」
「当然っ」
 指一本でピグミーポークの気脈を断ち切って見せたひかりは、胸を張った。コスチュームの肩紐のズレを無造作に直せば、豊満な胸がきわどく揺れる。
「地球でプロレスやるなら、私達を知らなきゃモグリよ?」
 炎の蹴りを浴びせた晴香も、臀部に食い込みかけたコスチュームを涼しい顔で修正する。ムッチリと震える双丘。
 そんな決定的瞬間を、一郎のドローンカメラがピグミーポークの動きを分析する傍ら、舐めるように撮影していく。
「おおっ、これはなんと悩ましい……! 確かに両選手とも観客を魅せるプロの佇まいが身についていますね、浜咲さん!」
「当然だわ……ひかりは元世界王者として高名な社長レスラー、晴香はタイルの良さとキュートな容姿、実力を兼備した人気レスラーよ」
 治癒と強化の虹色の蓮の花で仲間の傷を癒しながらも、リング上へ注がれるアルメリアの視線にも熱がこもる。
 白熱する女性と女性の闘い。疲労の隠しきれない敵の懐に果敢に潜り込み、アンジェラはついにその足を捕らえてピグミーポークに尻をつかせた。
「つかまえました、逃しません、です!」
「ぐっ……なんの!」
「きゃっ!?」
 天使固めによって関節を決められ足止めされつつも、ピグミーポークは力でそれを押し返すと、即座に延髄斬りをお返しした。レフェリーの厳しい牽制もなんのその……というより、もはや構ってはいられないほどに追い詰められているようだった。
「もう一息ね……晴香!」
「オーケー、ひかりねーちゃん! 私の投げから逃げられると思ったら、大間違いよ!」
 タイミングを合わせて飛び出す二人。敵背面から飛び込んだ晴香がピグミーポークの腰を掴み、鍛え上げた足腰と背筋で後方へ大きく反り投げる!
「ぬぅぅっ……」
 急所からマットに叩きつけられながらも、素早く跳ね上がったピグミーポークの目前に迫るのは、グラマラスなひかりの肢体から繰り出される鍛え上げられた右腕。
「天から降りた女神の“断罪の斧”に、断ち切れないもの、打ち砕けないものなんて、存在しないよっ!!」
 喉元を容赦なく粉砕するラリアット! 強烈な二人の連携が、『地球最高のプロレスラー』の片鱗を存分に魅せつけた。
 再度マットに背中から沈むピグミーポーク。が、しかし。
「ぐぐぅ……うおおおおおおおおっ!」
 重い体を気力に任せて立ち上がる。と同時に膨れ上がった腕が強烈なラリアットを繰り出した。晴香の体が吹き飛ばされ、その体を受け止めたひかりごと、ロープ際まで押し込まれてしまう。
 だが、それが最後の抵抗であることは明白だった。
 延髄をやられた衝撃が抜けきれぬアンジェラが、後方に叫ぶ。
「今です、お願いします、です!」
 声に応えて躍り出たのは、露。一直線に敵へ迫る肘には、纏うエネルギーに輝いている。
「終わりですわ! 露達に挑んだ事を後悔なさい!」
 グキリ――。
 肘と顎の激突が、致命的な鈍い音を響かせた。
 静止するリングの空気。
「今の技、決まったわね」
 アルメリアが小さく呟いた。
 しばしの沈黙ののち……力を失い崩れ落ちたのは、ピグミーポークだった。
「ワンッ、ツーッ、スリーッ」
 レフェリーのテンカウントが始まった。ひかりやアルメリアも加わって、まるで弔うような合唱となる。
「……エイトッ、ナインッ――テンッッッ!!」
 小気味よいテンカウントを響かせたのち、道弘は露の手首をとって天に突き上げ、勝利判定アピール。
 カンカンカンカンカンッ!! 一郎が激しくゴングをかき鳴らす。
「勝ーーー利ッ!! ケルベロスの大勝利ですッッッ!!」
 燐光を帯びて透け始めたピグミーポークは、失笑するように力なく笑った。どことなく晴れ晴れと。
「やれやれ……最後の最期まで愉快な連中だね。……でも、ま……楽しかったよ」
 そんな呟きと笑顔を残し、ちょっと酸っぱい汗の匂いと共に、ピグミーポークの体は蒸気の如く掻き消えた。
「デウスエクスでなければ、好敵手になれたかもしれないわね」
 空を見上げ、霧散していく蒸気を見送るひかり。
「ああ、敵ながらなかなか大した奴だったな」
 戦闘の決着と同時に悪ノリをやめ、道弘は公平な視点からレスラーとしてのピグミーポークを評した。
「何はともあれ、皆様の救援、本当にありがとうございました。この通り、お礼申し上げます」
 私服に戻った露はにこやかに、心の底から感謝を仲間たちに伝えた。
「いやいや、気にすることないわよ、私たちもなんだかんだ楽しんじゃったし。……それよりも」
 気風の良い笑みを返しつつ、晴香はいまだそこにあるリングに目をやった。
 その袂では、ジト目の翠華がイライラとリングを睨みつけている。
「ところでこのリングはどうするの? まさか私達が撤去するの? あの糞豚、面倒な置き土産残さないでよ」
 これにはアンジェラがぶんぶんと首を横に振って答える。
「いえ! このリングは商店街のイベントで用意されたって聞きました、です! だから、ヒールしておきたい、です! それで、イベント、見てから帰りたい、です!」
「そうね。ぼちぼち人も戻ってくる頃でしょうし。……でも、その前にやっておきたいことがあるのだけれど」
 言いつつ、すっかり緊張感も解けた様子のアルメリアは、二枚の色紙を二人のレスラーの前にすっ……と差し出した。
「サイン、頂けないかしら?」
 ……かくして街にかかっていた蒸気はいつの間にか晴れ、やがて再開されたプロレスイベントで商店街は活気づく。
 そのリングの上で散ったもう一人のレスラーがいたことを、ケルベロス達はきっと忘れないだろう。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。