マジシャンの悪夢

作者:MILLA

●選定されしマジシャン
 その男は世界的に有名なマジシャンだった。彼が指を振ると、何かが起こる。花があふれ、ハトが飛び、人が消えては現れる。その度に観客は拍手喝采。
 瞬間移動マジック。
 棺に入った女性アシスタントが、次の瞬間には観客席の後ろから現れる。
 盛大な拍手に会場が包まれたとき、事件は起こった。
 突然の爆破音。会場が揺れる。会場の東側が崩落を始める。
 マジシャンは異形の者による襲来であると素早く察した。女性アシスタントを押しのけ、棺に入る。底が抜け、ステージの下から逃げられるはずだった。
 が、天井から落下した梁が棺を弾き飛ばした。脱出不可となったマジシャンは慌てて棺を飛び出すも、足を負傷していた。そんなマジシャンの前に降り立つのは、皮肉な笑みを浮かべるシャイターン。
「どうした? マジックで逃げるんじゃなかったのか?」
「ま、待て……」
「マジックで俺の目の前から消えて見せれば、助けてやらんでもないぞ?」
 足を負傷していては、大掛かりなマジックはできない。マジシャンにはどうしようもなかった。
「ダメか。なら、死ぬしかないな。せめてエインヘリアルに生まれ変わり、お得意のマジックで人間どもをこの世から消していくがよい」
 シャイターンは男の胸を短剣で貫く。しかし、息絶えてもマジシャンがエインヘリアルになることはなかった。
「クズめ! エインヘリアルに化すことこと、最高のマジックだとは思わなかったのか」
 シャイターンは唾を吐き、次の獲物を狩るべく会場の客たちを眺めた。

●予知
 集まったケルベロスたちを前に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明を始めた。
「シャイターンが、エインヘリアルを生み出すために事件を起こそうとしていることが予知されました」
 シャイターンは、事故を起こし、死にかけた人間を殺すことで、エインヘリアルに導こうとする。今回はマジシャンが狙われたというわけだ。
「シャイターンは『他人を見捨ててでも自分だけ助かろうとする』ような人を好んで選定しますが、襲撃が起こる前に人々を避難させてしまうと、シャイターンは別の建物に現れる恐れがあり、被害を止められなくなります。ですので、皆さんはあらかじめ会場に潜伏しておき、襲撃が発生した後、まずはシャイターンが選定しようとする被害者の避難誘導を行ってください。そしてその後に、シャイターンを撃破するようにしてください」
 セリカはつづけて襲撃現場の状況を語り始める。
「会場には三百名ほどの人々がいると思われます。シャイターンもすぐ傍にいますし、これだけの人数を避難させるのは大変でしょうから、うまく敵の足止めを行う必要があります。シャイターンは短剣の使い手であるようです。皆さんの力を合わせて、事件を解決に導いてください!」
 セリカは力強く拳を胸の前で固めた。
「なるべく死傷者が出ないように事件を解決し、シャイターンの撃破をお願いします!」


参加者
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)
神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)
風柳・煉(風柳堂・e56725)
トーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)
カグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)
肥後守・鬼灯(毎日精進日々鍛錬・e66615)
ブレア・ルナメール(優雅なる冷酷・e67443)

■リプレイ

●開幕のイリュージョン
 棺に入った女性アシスタントが観客席の後ろから現れたとき、そのマジックの見事さに見惚れたトーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)は観客たちと同じように手を打った。しかし、轟く爆発音に、ハッとなって我に返る。急いでステージ上に飛び出したが、天井から梁が落下する。
 壁伝いに駆け、その梁を蹴飛ばしたのは颯・ちはる(寸鉄殺人・e18841)だった。ステージに着地ざま、彼女が顔を上げたその先に不気味な人影があった。襲撃者たるシャイターンが不敵な笑みを浮かべている。
「おやおや、お待ちかねだったってわけかい?」
 シャイターンは腰から抜いた短剣を投げた。短剣によって砕かれた棺はもぬけの殻。
「ちっ、マジシャンはすでに抜け出してしまったか。せっかくエインヘリアルにしてやろうと思ったのに、惜しいことをした」
「そこまでや。一般人を殺されんのも、エインヘリアルを増やされんのも困るからな、あんたの野望は絶対に阻止するで!」
 小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)がきつと敵を見据えた。
「鬱陶しいケルベロスたちめ。まあいい、相手をしてやろうじゃないか」
 そう口では言いつつ、ケルベロスたちが身構えた隙に、観客を目指して漆黒の翼をはためかせる。
 その刹那にうなるエンジン音。ライドキャリバーのちふゆがシャイターン目掛けて体当たり。ステージ上に弾き飛ばす。
 寄り添ってくるちふゆを撫で、主はシャイターンに微笑みかける。
「せっかくのマジックショーだからね。ちはるちゃんたちが代わりにマジック見せてあげるよ。人体消失ってやつなんだけど、すっごく簡単なんだ! ちょっと君を始末するだけだからね!」

 会場が揺れたせいで、観客たちはパニックになって出入り口に押し寄せていた。この分では、観客たちを避難させるのに骨が折れそうだった。そこで一計を案じたのは、肥後守・鬼灯(毎日精進日々鍛錬・e66615)。アナウンス係に事情を説明、この襲撃自体がマジックの一環であるから落ち着くようにと場内アナウンスしてもらったのだ。これは効果覿面だった。ケルベロスたちがシャイターンと目まぐるしく戦う光景をイリュージョンと信じ込んだ観客たちは、凝った演出だと感心しながら、インターバルを挟むというアナウンスの下、ロビーへと引き揚げていく。
「気の利いたアナウンスでしたわね」
「ええ。この分だと無事に観客たちを誘導できそうですね」
 カグヤ・ブリュンヒルデ(黄金の戦乙女・e60880)と神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)が頷き合う。ブレア・ルナメール(優雅なる冷酷・e67443)が警戒心を与えないように、明るい声で呼びかけた。
「さあ、みなさん! こちらからどうぞ!」
 人々が会場からすっかり捌けた後、風柳・煉(風柳堂・e56725)が殺界を形成。
「さてと、これで邪魔は入らないね」
 そしてステージ上を飛び回る襲撃者に鋭い目を向けた。

●戦乱のイリュージョニスト
「永遠のイリュージョンの中で死ね!」
 ステージを支配するのは、シャイターンが放つ忌まわしき幻影。ケルベロスたちはその悪しきイリュージョンに惑う。
「このイリュージョンはさっさと失敗させないとね……マジックは楽しくないといけないのよ!」
 トーキィが放ったやわらかな光。その清浄なる輝きが幻影を打ち消した。
 幻影から解き放たれた真奈が重たそうに頭を振り、敵を見据える。
「とんだイリュージョンやな。助かったわ。けど、やっぱり、すばしっこいな」
 シャイターンはステージ上を縦横無尽に飛び回り、ケルベロスたちを攪乱、隙を見せては襲い掛かってくる。だが、敏捷性ではちはるはシャイターンに引けを取らない。小柄な体格を活かし、壁や天井を蹴ってシャイターンに追いすがる。
「小癪な奴め!」
 シャイターンは手練れだった。短剣での狙いは正確、確実に致命傷を狙ってくる。ちはるはその太刀筋を冷静に見極め、致命の一撃だけはかわすが、その分浅い傷はかさんでいく。
「やあっ!」
 懐に忍び入り、冷気のまとわりつくパイルでの一撃を見舞う。シャイターンは短剣でその攻撃を受け、舌打ちする。やり合う中で積み重ねた傷はちはるのほうが多い。
「忍者は耐え忍ぶ者……とは言うけど、ちはるちゃん痛いのきらーい!」
 軽口をたたいて、消耗を隠そうとするが、それもいつまで持つか。
 シャイターンは残酷な笑みを結ぶ。
「耐え忍ぶ必要はない。今すぐ死ぬんだからな!」
 シャイターンが上空から急降下! ちはるの胸を狙った短剣がぎらりと光った。
「そうはさせるものですか! グレイプニル!」
 虹色の紐が短剣を握るシャイターンの右腕を縛る。
「悪趣味なシャイターンですわね。貴方が奪って良い命など一つも存在しませんわよ!」
 カグヤが紐を操りシャイターンを地に叩きつけようとするが、シャイターンは紐を断ち切り、周囲の状況を確認した。会場に観客は残っていない。そして自分を取り囲むのは、八人のケルベロスたち。
「ちっ、エインヘリアルの種になるゴミどもも退避済みというわけか。つくづく鬱陶しい奴らだ」
「一人ひとり襲ってエインヘリアルになるか確かめるあんたのやり方は効率悪くないか? まあ、どんなことをしてきても、おばちゃんたちが止めるけどな」
 と、真奈。
 ブレアが魔導書を開いた。
「人をエインヘリアルに変える悪趣味なマジシャンは、今すぐステージから降りてもらいましょう」
 相手が八人揃っては、シャイターンにもさっきまでの余裕はない。顔つきが険しくなり、残酷な笑みが深まった。
「面白い。お前たちが消えるか、俺が消えるか。最高のマジックショーを始めようじゃないか」

●マジックバトル!
 シャイターンが隠れ蓑にするのは、砂嵐のように吹きすさぶ煩わしい幻影。
 ブレアは魔導書より幻影を打ち消す魔力を解き放つ。その幻影が晴れた先から襲い掛かってくるシャイターン。
「好きにはさせません!」
 シャイターンの前に立ちはだかったのは鬼灯だった。普段のおっとりした雰囲気から一転、凛とした横顔で言い放ち、集中させた念を相手にぶつける。次々と生じる爆破を掻い潜り、シャイターンは鬼灯に斬りかかる。だが、その横から煉が蹴りかかり、さらには真奈が加わる。
 シャイターンは舌打ちをして真上に飛び、短剣を投げつけた。
「今や! 敵は獲物を手放したで!」
 真奈が声をかけるが。
「残念」
 シャイターンが腰の後ろに手を回すと、その両手にはいくつもの短剣が。
「とんだマジックじゃないか」
 投げつけられる短剣を捌きつつ、煉がうんざりしたように独り言ちる。いったい敵は何本の短剣を隠し持っているのか。
「目には目を、刃には刃を!」
 ちはるが分身の術を駆使、何体もの幻像を生み出してシャイターンを囲む。短剣を投擲するも、ただ幻影をすり抜けていくのみ。苛立つシャイターンの隙を突き、佐祐理がコンクリートカッターを手に斬りかかる。その刃に身を斬られるも、シャイターンはすかさず反撃。
「きゃあ!」
 振るわれた凶刃の先に、鮮血が散る。
 血の滴る右腕を押さえ膝をつく佐祐理。
「貴様から血祭りにあげてやる!」
 シャイターンが止めを刺さんと短剣を突き入れようとしたとき、カグヤがゲシュタルトグレイブを振るい間に入る。気迫を漲らせ、敵を押しやった。
「大丈夫! 私たちはまだまだいけるわ!」
 と陽気に呼びかけるトーキィが絵筆を振るい、マジック会場に因んでハトやトランプなどをモノクロタッチで描くと、それらが光となって舞い、佐祐理の傷を癒していく。
「え~い、つくづく鬱陶しい!」
 シャイターンはイラつき、短剣の柄を振るいカグヤを地に叩き落とし、すかさず短剣を投げつける。
「あぶない!」
 カグヤの胸を貫きかけた短剣を、間一髪、剣で叩き落したのは鬼灯だった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、助かりましたわ」
 会場内という限られた空間であるとはいえ、シャイターンの動きを捉えるのは難しかった。ブレアが敵の足を止めるべく轟竜砲を放つが、それも掻い潜られる。
「なかなかに厄介な……」
「おばちゃんにまかしとき!」
 真奈が力を溜めていた。無始曠劫の因果――圧縮したグラビティを拳から解き放つ! 光線が鋭く空間を切り裂き、シャイターンを呑み込んだ。
「ぐわっ!!」
 翼を捥がれたように地に落ちたシャイターンは全身が痺れ、苦渋の呻きを洩らした。
「そこまでや。もう降参したらどうや?」
「侮るなよ」
 シャイターンの投げた短剣が真奈の頬を掠めた。
「……まだ動けるんかいな」
 いくらか重たげに身を起こし、シャイターンは漆黒の翼をはためかせた。
「貴様らを葬るのに、ちょうどいいハンデだ」
 そう言葉が吐かれたとき、砂嵐の幻影が再びステージを包んだ。

●インターバルの終わりに
 砂嵐の幻影の中、シャイターンを相手に激しい攻防が繰り広げられていた。
「やられたままでいられるもんですか!」
 傷の癒えた佐祐理は、風のように飛び回るシャイターンをレプリカント化された右目で追う。
「Das Adlerauge!!」
 右目が敵を捉えたその刹那、その右目は高出力レーザーを放出! 凄まじい閃光が走り、敵を焼いた。特にその漆黒の翼を。
「タネもシカケもありませんよ! 今度こそ、あなたの動き、封じて差し上げます!」
「小賢しい……!」
 反撃にかかろうとしたシャイターンだったが。ずんと自身の体が鉛と化したかのような重さに縛られる。翼も焼かれて、上空に逃げるのも難しいだろう。
「勝負ありましたね」
 ブレアが魔導書を畳む。
「人間風情が……! 舐めた口を利く!」
 往生際の悪さはさすがだった。まるで鎖を断ち切るかのように短剣を振り上げる。
 だが、虹色の紐がその腕を縛り上げた。
「もう降参なさい!」
 忠告もむなしく、窮鼠と化したシャイターンが左手で投げた短剣はカグヤの肩に刺さった。
 シャイターンはすかさず虹色の紐を断ち切り、最後の攻撃に打って出た。
 だが。
 突如として大量のパイ皿が現れ、飛び交い、シャイターンを惑わせた。
「何もないところから……じゃじゃーん! ってね!」
 パイ皿はトーキィの絵筆から生じたイリュージョン。
「おのれっ、クソどもが……!」
 と悪態をついた刹那。その背後で冷徹な声が囁きかける。
「降参しないなら仕方ないよね。降参しても、許すわけじゃないけどさ」
「なにっ!?」
 シャイターンには振り返る暇さえなかった。ちはるの鋭い手刀が背に突き刺さる。
「おいで、有象無象。餌の時間だよ。――忍法・五体剥離の術」
 傷口から毒虫が蠢き出す。禁術とされる恐ろしい蟲毒。それは体内に巣食い、容赦なく食い散らかし、苦痛を何倍にも増幅させる。
「ぐあああああっ!!」
 想像を絶する激痛に身悶えるシャイターン。蟲毒に蝕まれ、命尽きるまでのたうちまわるのか。
 絶望的な状況にあるシャイターンの前に煉が立った。
「永遠の痛みより、一瞬の痛みの方がまだしもマシだろう」
 そっとシャイターンの胸にあてた小さな掌から放たれる黒雷。凄まじい電流がシャイターンを呑んで黒麒麟と化し駆けた。紫電が漆黒の雷に変わったとき、黒麒麟に呑まれた者は跡形もなくこの世から消失していた。

●マジックが見せるもの
「終わりましたわね。うっ……」
 カグヤが肩の傷口を押さえてうずくまった。そのとき、その肩に置かれた手からあたたかなオーラが伝わり、傷を癒していく。カグヤは振り返り、そこに立っている少年の顔を見上げる。
「あら、ありがとう」
 鬼灯は照れ隠しするように視線を逸らす。
「いえ、お礼を言っていただくほどのことでは……」
 その心優しいはにかみ屋の少年に、カグヤはにっこりと微笑みかけるのだった。
 マジックショーは再開するらしい。お客さんは会場に戻っていた。ただ、マジシャンが準備を整えるまでには、まだいくらか時間が要りそうだった。
「ふにゃーっ!」
 佐祐理が最高に情けない声を出した。
「ショーが再開するまでのこの微妙な間をどうすればいいんでしょう?」
 すると、トーキィが何やら自信ありげに、
「人の気を紛らわすためにも、私がマジックをやるわ! やったことないけど!」
「では微力ながら、私がお手伝いしますよ」
 とブレア。
「私は音楽担当します!」
 佐祐理は愛用のアコースティックギターを手に意気込んだ。
「じゃあ、おばちゃんはふつーのお客として観てるからな。がんばりや」
 彼女なりの激励なのか、飴をみんなに手渡し、観客席に降りる真奈。
 意気揚々とマジックを披露しようとした三人だったが、案の定、失敗。トーキィは、やっぱりプロは必要ねと苦笑い。観客たちの笑いを誘い、場を温めることはできたようだ。
 思わぬハプニングを挟んだ後のマジックショーだったが、盛り上がりは最高だった。観客は一流のマジシャンたちが繰り広げる美技に日常から非日常へと誘われる。
 観客席でステージを見つめるちはるは眩しそうに目を細めた。マジックは結構好きな反面、少し厭わしい部分もあった。ケルベロス、あるいは裏社会という非現実の中に身を置くからこそ、種も仕掛けもある「見せかけ」の力が、そこから見える現実のしるしが、少しだけ眩しく、痛いくらい眩しく見えるときもあるのだった。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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