殺戮の斧が放たれる

作者:波多野志郎

 夕暮れ。冬の気配が身に染みるようになった季節、行き交う人混みの足が早い。駅へ向かい人、駅から出てくる人。それ以外には、駅の周囲が目的の人。それ等の渾然として人の流れが、駅前にはあった。
 空が赤く染まり始めた頃、不意にヒュオン――と鋭い風切り音が響き渡った。直後に鳴り響く轟音と衝撃に、人々の足が止まる。
「――――」
 立ち昇った噴煙が、両断される。そこにいたのは、下半身のみ鎧をまとい、鍛え上げた上半身を露出した禿頭の大男だ。その手に握られているのは、もはや岩塊と言うべき岩で作らてた斧だ。
 人々の間に、悲鳴が上がった。逃げるその背中へ、大男は膝を追って身構えると――瞬く間に間合いを詰め、殺戮の斧で蹂躙を始めた。

「罪人エインヘリアルによる、人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、厳しい表情でそう説明を始めた。
 このエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者だ。エインヘリアル側にとって、安心して使い潰せる手駒というところか。
「放置すれば多くの人々の命が無残に奪われるばかりか、人々に恐怖と憎悪をもたらし、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせることも考えられます。急ぎ現場に向かって、罪人エインヘリアルの撃破をお願いします」
 戦いの場所は、夕暮れの駅前となる。最近では、日の入りも早くなっている。そのため、駅前は多くの人で賑わっている――罪人エインヘリアルは、そこで暴れようとしているのだ。
 避難などは、警察などが請け負ってくれる。ケルベロス達には戦いに集中してもらい、避難するだけの余裕を作る必要があるだろう。
「敵は罪人エインヘリアル一体です。岩で出来た斧で戦う、パワーファイターですね」
 罪人エインヘリアルに、撤退の文字はない。最後まで、抵抗するだろう。こちらも返り討ちに合わないように、注意が必要だ。
 戦場となる駅前は、広い。遠慮なく、全力で戦ってほしい。
「何にせよ、放置はできません。被害が出る前に、対処をお願いします」


参加者
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)
リゼア・ライナ(雪の音色・e64875)

■リプレイ


 夕暮れ。冬の気配が身に染みるようになった季節、行き交う人混みの足が早い。駅へ向かい人、駅から出てくる人。それ以外には、駅の周囲が目的の人。それ等の渾然として人の流れが、駅前にはあった。
 空が赤く染まり始めた頃、不意にヒュオン――と鋭い風切り音が響き渡った。直後に鳴り響く轟音と衝撃に、人々の足が止まる。
「――――」
 立ち昇った噴煙が、両断される。そこにいたのは、下半身のみ鎧をまとい、鍛え上げた上半身を露出した禿頭の大男だ。その手に握られているのは、もはや岩塊と言うべき岩で作らてた斧だ。
 人々の間に、悲鳴が上がった。逃げるその背中へ、大男は膝を追って身構えると――その声が鳴り響いた。
「待ちやがれーーーー!!」
 ふと大男、エインヘリアルが見上げると、そこには空を駆ける彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)に手を引かれた相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の姿があった。
「お気をつけて」
 悠乃が手を離した瞬間、勢いそのままに泰地が落下。見上げたエインヘリアルの顔面に、顔面蹴りを叩き込んだ。そのままグリっと足をひねろうとした瞬間、泰地の視界がブレた。
「――は?」
 頭で考えるより早く、体は受身の態勢を取る。エインヘリアルに足首を掴まれた泰地が地面に叩きつけられ、ドン! と土柱を高く吹き上がらせた。
「おう、地獄の番犬が来てやったぜ、こっち向けや」
「――ッ!」
 背後からの声に、エインヘリアルは即座に反応。豪快に、石斧を振り回した。だが、それをかいくぐり、伏見・万(万獣の檻・e02075)が歯を剥いて笑う。
 次々に降ってくるのは、ヘリオンから降り立ったケルベロス達だ。ギシリ、と石斧を握る腕に力を込めるエインヘリアルに、デレク・ウォークラー(灼鋼のアリゲーター・e06689)が吐き捨てた。
「ハ、如何にもってワケか。分かり易い奴は嫌いじゃねえぜ。その自信の表れ、叩き潰し甲斐が有るってモンだ」
「おらおらァ、こっちに来ォーい!」
 アルティメットモードで全身鎧の戦士姿になりながら、ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)が挑発する。ケルベロスが来てくれた、その事実に混乱で弾けそうだった一般人達に、希望が見え始めていた。
「ここはお任せください、誘導をお願いします」
「はい、お気をつけて!」
 警察官達に後の誘導を頼み、ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)も仲間達に合流する。問題は、エインヘリアルを倒す――それだけだ。
「オ――オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 エインヘリアルが、吼える。ビリビリと震える大気、一般人の中に灯った希望の灯火をかき消す暴風のような雄叫びだ。
「凶悪なエインヘリアルかぁ、僕の力がどの程度通用するか判らないけど。怖気づくわけには行かないよ」
 リゼア・ライナ(雪の音色・e64875)は、怯まない。自分の背後に、守るべき人々がいるのだから。
「罪を償うために戦えってか、いいねぇ気が合うじゃねぇか好きだぜその考え」
 血の付いた作業着姿で、錆の浮いた大斧を引きずって相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)はイライラとした感情を隠しもせずに吐き捨てた。
「お前らのことは大っ嫌いだけどな……」


 エインヘリアルが、豪快に石斧を振り下ろす! その先にいたのは、片膝立ちに立ち上がった泰地だ。
「は、はは――ッ!!」
 青を基調とした左手用ガントレットで斧の一撃を受け止めた泰地は、声なき声でシャウトする。体中が、悲鳴を上げた。押し潰す、すり潰す、ひしゃげ破壊する――石斧に込められた一撃の意志に、泰地が笑った。
 直後、エインヘリアルのつま先が泰地を蹴り飛ばした。もはや攻撃でさえない、目障りな石ころでも蹴飛ばすような動きだ。
「ッらあ」
 その場から一気に跳んだ鳴海が、無造作に執行人の大斧を振り下ろす。その鳴海の一撃をエインヘリアルは石斧で弾いた。ギギン! と火花が散る中を、万が低い体勢で走り込む。
「真正面から力勝負、嫌いじゃねェぜ。こっちも同条件とは言ってねェけどな」
 オウガメタルを鋼の鬼へと、万の戦術超鋼拳が斜め下から振り上げられた。
「まァ、大人しく食われとけや」
 ドォ! と重い一撃をエインヘリアルは石斧を盾のように構えてブロック。一瞬の拮抗、即座にデレクが左手の地獄の炎を吹き荒らす勢いで加速――前蹴りをエインヘリアルの胸部へ叩き込んだ。
「硬い野郎だな……!」
 足から伝わる感触は、肉のそれではない。巨大な岩石を蹴り飛ばしたような、鈍い返しが足に残るのにデレクは舌打ちした。
 万とデレクが、同時にエインヘリアルから離れる。そこへ、ルピナスが黒い花柄が施されたフェアリーブーツでエインヘリアルの側頭部へ回し蹴りを放った。
「この一撃で、貴方を氷漬けにしてあげますよ!」
 ドォ! と側頭部にルピナスの達人の一撃が直撃する。だが、エインヘリアルは怯まなかった。そのまま、巨大な手でルピナスを掴もうとした刹那、その手をリゼアの飛び蹴りが打つ!
「まずは、その動きを封じさせてもらうよ」
 ズン、とエインヘリアルの手にリゼアのスターゲイザーによる重圧がかかり、動きが止まった。そこにザベウコが跳躍、美しい虹をまとう急降下蹴りをエインヘリアルの脳天へと叩き込む!
「イェラスピニィ、頼むぜ!」
 ザベウコの言葉を受けて、ナノナノのイェラスピニィが杖を振るう。イェラスピニィのナノナノばりあが泰地を包み、悠乃がマインドシールドで守るの付与と回復を重ねた。
「次はどうしましょうか――」
 悠乃の次の行動に、想いを巡らせる。エインヘリアルは身構え、動かなかった。動けないのではなく、動かない――自分を取り囲む、ケルベロス達の動きを見極めているのだ。
 しばらく、戦闘音が止む。人々の悲鳴と怒号、警察官達の誘導の声――その周囲の音が、不意に途切れた。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 地面を踏み砕きながら、エインヘリアルが前に出る。それを迎撃するため、ケルベロス達も動いた。


 戦場を、砂塵が吹き荒れていく。エインヘリアルとケルベロスの激突は、ただ動く、ただ攻防を行なう、それだけで破壊を撒き散らせるのだ。
 不意に、砂塵の中から跳ぶ者がいた。ザベウコだ。
「――オオオ!!」
 その砂塵を内側から爆ぜさせ、エインヘリアルも跳んだ。ザベウコへと、石斧を大上段に振り下ろす! それと同時、ザベウコの返しの回し蹴りがエインヘリアルの顔面を捉えた。
「効かねェーなァ?」
 ――嘘だ。一撃で意識そのものを消し飛ばされそうなほど、効いている。だが、効いていないと決めたのなら、それは効いていないのだ!
 ジャララララララララララララララ! と砂塵を振り払い、ケルベロスチェインがエインヘリアルの手足に絡みつていく。鳴海が、強引にケルベロスチェインを引っ張った。
「大人しくしろ」
 ズル……! とエインヘリアルが引っ張られ、靴底がアスファルトを擦る。直後、泰地が虎爪刃手甲の手刀で大男の脇腹をえぐった。
「廃棄物は廃棄物らしくここでくたばりな!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 エインヘリルが、わずらわしげに肘を落とす。だが、泰地は既にそこにはいなかった。
「ったく、しつこいぜ!」
「行くぞ」
 万とデレクが、同時に地面を蹴る。蛇行し、交差し、並走していく――エインヘリアルが石斧を薙いでまとめて薙ぎ払おうとするのを、デレクは上へ万は下へかいくぐった。
「ッ!?」
 デレクの右腕で振るったドラゴニックハンマーが顔面に直撃し、万の惨殺ナイフが脛を深々と切り裂く! エインヘリアルの動きが完全に止まり、ぐらりと巨体が揺れた。
「御業よ、敵を焼き払いなさい!」
 ルピナスの喚び出した半透明の「御業」が、炎弾を放つ。ドォ!! とエインヘリアルの巨体を、激しい炎が飲み込んだ。
「――ッア!!」
 ルピナスの熾炎業炎砲の炎の中から、エインヘリアルが疾走した。その前に出るのとタイミングを合わせ――リゼアは前蹴りを繰り出した。
「下がって!」
 リゼアの警告と同時、破鎧衝を放ったはずのリゼアが吹き飛ばされる。完全に膂力と質量の差だ、しかし、確かにエインヘリアルの足を止める事には成功した。
「螺旋を映す私の力、鏡の守りで包みます」
 悠乃の鏡面時空(キョウメンジクウ)によって、ザベウコが分身する。そして、イェラスピニィのナノナノばりあがザベウコを包んだ。
「無理はしないでくださいね」
「はは! まだまだ!」
 悠乃の言葉に、ザベウコは笑い飛ばす。無理も通せば道理も引っ込む、引っ込むのだ。だからこそ、ザベウコは果敢にエインヘリアルに挑んでいった。
 ――ケルベロスとエインヘリアルの戦いは、互いに鎬を削る接戦であった。単体の戦闘能力で圧倒するエインヘルアルを、ケルベロス達は連携で対抗する。一撃一撃の重さは、泰地とザベウコが怒りによって自身達に攻撃を集中させ、ダメージを分散させないように耐え抜いていた。だが、それは同時にダメージを集中させることでもある――これが、一人に集中していたなら、途中で落ちていただろう。それほどの、威力だった。
 悠乃とイェラスピニィが回復を担う間、他の者が攻撃の手を緩めない。エインヘリアルはそれを高い身体能力と耐久力だけで、受け凌いでいった。だが、無限に続く戦いなど無い――終わりが、訪れようとしていた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
 エインヘリアルが、疾走する。この期に及んで、今までで最速の動きだ。振り払われる石斧、それを真っ向から泰地が応えた。
「この筋肉壊せるのなら壊してみやがれ!」
 泰地の蹴りとエインヘリアルの石斧が激突、相殺される。泰地が吹き飛ばされる中、エインヘリアルの巨体も後ろにのけぞらされた。
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 だが、強引にその腕力でねじ伏せてエインヘリアルは再び石斧を振るおうとした。だが、その石斧がドォ! と爆発が飲み込んだ。デレクの、サイコフォースだ。
「チッ、慣れねえ事はやるもんじゃ無ェな……!」
 頭痛に視界が歪む、デレクが吐き捨てた瞬間に万が跳んだ。
「行くぞ、彼方!」
「はい!」
 悠乃の半透明の「御業」が鎧に変形、万を包んでいく。悠乃の護殻装殻術を受けた万が、吼えた。
「引き裂け、喰らえ、攻め立てろ!」
 己を構成する獣の幻影を、万が開放していく! 飢えた獣達の牙を受けながら、エインヘリアルは手足を振るって暴れ回った。だが、止まらない。
「闇の精霊よ、鋭き剣となりて敵の全てを封じよ!」
 そして、ルピナスは自らの魔力で作られたエナジー状の闇の剣を無数に創造。ガガガガガガガガガガガガガガッ! とエインヘリアルへと降り注がせた。
 万の百の獣牙(ヒャクノジュウガ)とルピナスの裁きの闇剣(サバキノアンケン)から、エインヘリアルは逃れられない! それでもなお、エインヘリアルは膝を屈しようとはしなかった。
「イェラスピニィ!」
 踏みとどまるエインヘリアルに、音速を越えた前蹴りを放つザベウコと尖った尻尾を突き刺すイェラスピニィの一撃が繰り出される。そして、大きく跳んだリゼアが落下――スターゲイザーで、エインヘリアルの動きを完全に止めた。
「今だよ!」
 リゼアの言葉を受け、鳴海が踏み込む。ゴキリ、と右手の指を鳴らして、鳴海はエインヘリアルを見上げた。
「テメェらには償う権利や機会すら与えてやらねぇ……」
 鳴海の右手が、地獄と化す。それはまさに、罪を贖う権利を冒涜する聖者気取り傲慢な力――!
「そいつはここに置いていけ、俺が持ってってやるからよ」
 ゴォ!! と鳴海がエインヘリアルの首根っこを掴み地面へと叩きつける! 鳴海の冒涜の聖者(エボレウス)が、止めとなった――エインヘリアルの巨体が、掻き消えていった……。


「こういうものを現場に残すわけにはいかねえな、持って帰るぜ」
 エインヘリアルが履いていた靴が残されているのに気付き、泰地が拾い上げる。そして、改めて周囲を見回した。
「しかし、ひどいな」
「うん、そうだね」
 リゼアも、そう同意する。納得の、破壊跡だった。人命でないので、ヒールでどうにかなるのが、唯一の救いだ。
「掃除までやってくか」
「それがいいかもしれませんね」
 ザベウコの言葉に、ルピナスがうなずく。どれだけひどい破壊跡でも、手分けして回復を及ぼせば、どうにかなるもので。空がすっかり暗くなる頃には、修復の掃除は終わっていた。
「この通りなら美味い酒にありつけそうだ」
 仲間達からこっそりと離れたデレクだったが、万がそれを許さない。
「おう、飲みに行こうぜ!」
「酔っ払いの世話はゴメンだぜ?」
 戦いは終わり、また日常が戻っていく。ケルベロス達も、それぞれに日常に帰っていく――自分達が守ったそこから、自分達のあるべき場所へと……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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