大いなる『うにうに』

作者:東公彦

 その生物は路地裏に潜んでいた。多数の同胞を取り込み巨大な個体となったその生物には、驚くべきことに知能が存在していた。その生物は知能を持つことで進化を重ね、一つの意志をも手に入れた。
 自らのレーゾンデートル、それを果たすこと。そんな唯一の、しかし確固たる意志によってこの生物は暗闇に潜んでいた。路地裏から見える大通りは陽の光に満ちており、道行く人々は陽をいっぱいに浴びて笑顔を浮かべている。
 生物は人間の笑顔の理由を知っていた。人間は料理を作っているか、それを食べた時に笑顔になる、と。そして生み出された食べ物は生み出した人々におさまり、決まって彼らを笑顔にしなければいけない、とも考えていた。
 生物は路地裏から人間達を観察し、この街の、この大通りに度々現れるある人物を探していた。やがて生物の眼玉が件の人物を捉える。
 中肉中背、二枚目と言えなくもないが口元の微笑が少しばかりだらしない。透かしたブルーの髪にはトレードマークである赤いバンダナが揺れていた。両手一杯の荷物を抱えながら日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は大通りを歩いていた。
 大通りを抜けて公園に差し掛かったところで、突如として蒼眞に魔手が伸びた。咄嗟のことでも流石はケルベロスである、蒼眞は大きく後ろとびに跳ねて魔手をかわす。しかし僅かに崩れたバランスから抱えていた紙袋一杯の食材が触手に絡めとられ、生物の体内に取り込まれる。
「なっ、なんだコイツ!?」
 蒼眞の眼前にあったのは凹型の器に身を鎮座させたプリンの化け物である。器の底部からは不気味なほど細長い足が覗いており、水蜘蛛のようなものを履いていた。飾り葉からは目玉が飛び出て、それがぎょろりと蒼眞を見据えた。
「もしかしてコイツ……、いや、とにかく今は戦うしかないよな」
 蒼眞は愛用の斬霊刀を引き抜いた。


「日柳・蒼眞さんが白昼の公園で襲撃を受けるようです。デウスエクスですし螺旋忍軍の力を使っているのですが……突飛もない見た目ですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は困惑ぎみに話しを続けた。
「蒼眞さんとは連絡がつかず、時間的猶予はありません。皆さんにはすぐにでも救援へ向かって頂きます。現場に到着する時間が読めませんが、出来るだけ速く皆さんをお送りします」
 周辺の状況ですが、と言いつつセリカは佇まいをただした。
「公園には戦うだけのスペースが十分にあります。基本的な遊具もそなえており中央に噴水がひとつ、一般の方は誰もいませんので存分に力を奮えると思います。自らの体の一部を飛ばしたり、触手のような手で攻撃してきたりするようですね。飛ばした体の一部は……どうなるんでしょうか?」
 セリカの小さな疑問は氷解されることなくヘリポートに響いた。
「蒼眞さんとどのような因縁があるのでしょうか……。一見しただけ推し量るのは難しそうですね。とにかく蒼眞さんが無事であること、この因縁に決着のつくことを祈っています」
 セリカは祈るように手を組んだ。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
皇・絶華(影月・e04491)
深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)
田中・レッドキャップ(美貌の食神妖花・e44402)
鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)
フロッシュ・フロローセル(疾風スピードホリック・e66331)
オズワルド・アルヴェーン(ドラゴニアンの妖剣士・e67609)

■リプレイ

「一人で相手をするのはっ」
 空よりも深い青のジャケットをはためかせ日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が跳んだ。着地ざま転がり攻撃をかわし、
「ちょっとキツイな」
 時に斬霊刀を抜き追尾してくる触手を断ち切る。触手は息をつく間もない攻撃を続けるが、不意に空から落ちてきた一陣の風に阻まれ地に落ちた。風は鋭利な刃に蒼炎をはらみ、触手を焼き尽くす。
「蒼眞、また変なのを拾ってきて……」
 異色の翼をはためかせシェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)がゆっくりと降り立つ。上空では次々とケルベロスが降下をはじめていた。まだ焼け残っている触手に素早く鎌をはしらせ一口サイズにすると、シェミアは蒼眞の口元に突き出した。
「ちゃんと責任とってもらうしかないね。はい、食べてみて」
「ちょっとま――んぐっ!?」
 有無を言わさずうにうにがねじ込まれる。スポンジのようなふわりとした触感、直後強烈なえぐみが舌を襲った。
「んぐぐぐぐっ!!」
 柔らかなうにうには口内と気道を塞ぎ、呑みこむことでしか逃れられそうにない。意識が遠のくほどの痺れが頭を襲う。蒼眞が死闘を繰り広げるなか、開口一番、実際に敵の姿を見た深園葉・星憐(天奏グロリア・e44165)がわぁっと顔をほころばせた。
「まぁっ、なんであんなに美味しそうな見た目をしているのでしょう」
 その隣で皇・絶華(影月・e04491)も薄く色づいた唇を舐めた。
「うむ、力に溢れた食物だな。期待できそうだ」
「どんな味なのかなぁ」
 悩ましげに声をあげるのは田中・レッドキャップ(美貌の食神妖花・e44402)である。女装の美少年が艶っぽい息をはくのは背徳的だ。フロッシュ・フロローセル(疾風スピードホリック・e66331)も声なく生唾を呑みこんだ。興奮しているのは間違いないが、美少年への嘆息ではない、目の前にある異次元の食物への好奇心である。
「敵も味方も合わせてスゲーのが集まったな」
 エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)が呟くとオズワルド・アルヴェーン(ドラゴニアンの妖剣士・e67609)がふぅむと唸った。
「頼りがいがあるとも言えるな。何の躊躇もなくあれを食うというのだから」
 鷹崎・愛奈(死の紅色カブト虫・e44629)は指を立て天を衝き、
「おばあちゃんが言っていた。『百聞は一見にしかず、百見は一口(いっこう)にしかず』どんな食べ物もも食べてみなくちゃわからないってね」
 と結んだ後で、少しばかり不安げに二人をかえり見た。
「……てか、あれって本当に食べていいんだよね?」
「さぁな。だが」
 エリアスが言葉と共に高く跳躍し、無防備な敵の頭頂部に拳を叩きつけた。プリンの天辺が噴火口のようにえぐれ、肉塊が飛び散る。
「手っ取り早く食ってみりゃわかる事だ!」
「そのとーり! それじゃ、いっただっきまーす!」
 槍のように飛来してくる触手を素手で引き裂きながら、レッドキャップは残骸を口に運んだ。咀嚼すると魚の腸のような苦みが押し寄せてくる。素直に不味い、しかし彼にとって味は些末なことで、重要なのは愛する相手を食すことによって得られる究極的な合一だけである。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。ということで、いただきます」
 吹き飛んできた肉片を上手く受け止め、星憐もそれにかじりついた。
「わっ、美味しいです! 噛んだとたんお肉の汁が溢れだして、サクサクした衣がソースの酸味と甘みを誘導して優しく脂を包みこんで……これトンカツですか!?」
 見た目とはあまりにかけ離れた触感と味に星憐は驚きを隠せないようだった。微笑み腕を振るうと星憐の意思に連動して混沌の水が狙撃中となる。
「もっと別の部分も食べてみましょう」
 星憐は立て続け引き金をひいた。数発の弾丸が器の底部に直撃し、か細い脚を吹き飛ばす。クロークドレスを揺らしながら絶華も黄金の柄を抜き放ち、うにうにを斬り刻む。裂け目に剣先を突き刺しえぐると絶華は内臓のように柔い肉にかぶりついた。
「おぉ! これは興味深い味だな」
「どれ、俺も頂くとするか」
 絶華の手から肉片を貰うとエリアスも試しに一口頬張る。瞬間、喉が焼けるように痛んだ。
「がぁぁっ! なんだこりゃ、これのどこが興味深い味なんだっ!?」
「何故だ? この塩の塊を食ったような塩辛さ! 今まで食べたことのない、シンプルな味わいだ。実に良いだろう」
 絶華の口調に含みは微塵もない。エリアスはがくりとうなだれた。
「……お前と飯は行かねぇからな。おいガデッサ、飲み物くれ!」
「おらよ!」
 投げ渡された水を一気に飲み干すと、エリアスはペットボトルを握りつぶした。
「こりゃ普通に殴った方が良さそうだな」
「喰える者には喰ってもらおうではないか。……しかしこれは洋菓子に擬態しているのか、偶然洋菓子がこれに似ているのか、思案するところではあるが」
 敵に死角から近づき、オズワルドは幾度も刀を振るい肉を賽の目に切った。それを刀の腹に乗せまとめて放り投げる。中空を舞った肉片は見事に仲間達の手元に落ちた。振動でぷるんと揺れたそれを見て、愛奈はごくりと喉を鳴らす。好奇心という魔物が囁く、それに祖母の教えも頭によみがえった。百見は一口にしかず。目をつむり思い切って愛奈は『うにうに』を食べた。
「んぐぅ!?」
 血を吐くほどショッキングな味である。世界中の憎しみを一身に受けたような、反世界的な苦みだ。それがねっとりと口に残り消えない。苦悶の声をあげる愛奈は差し出された紅茶を一息に飲み口内のうにうにを一気に流し込んだ。
「っはぁー、死ぬとこだったあ」
「ああ。下手すると死人が出るな、これは」
 長い闘いを経て顔面蒼白な蒼眞の言葉には真実味がたぶんに含まれていた。愛奈は油断せぬよう兜の緒を締め直し、敵の器の下に潜り込むと直上へ拳を振り上げた。速度と重さの乗った一撃に器ごと敵が浮き上がる。続けて狙い澄まし投擲された石礫が激突した。
 フロッシュは脚に装着したガジェット『瞬走駆輪炉』が生み出すエネルギーを十全に使いこなすことで、曲芸じみた動きをみせる。高速で地面を滑りながら石礫を投げるたび、敵がぐらりと傾いた。
「もう一発ぅ!」
 フロッシュは振りかぶり、高速移動から強力な逆噴射をかけエネルギーそのままに礫を投げた。礫は隕石のような加速度でうにうにに当たり、器に大きな亀裂をきざむ。蒼眞とエリアスが向かってくる触手をかいくぐりながら亀裂を狙い蹴りを放った。
「こいつでぇっ――」
「どうだぁっ!」
 器が音を立てて壊れ、ついに本体が剥きだしになる。プリンに触手の手足が生えた姿は怪異そのものである。しかし黄金色の柔肌に喰らいつかんとする地獄の番犬達がいた。デウスエクスとして本能的な危機を感じたのか、うにうには向かってくる三人へ多量の触手を伸ばした。駆けだしていた星憐、レッドキャップ、絶華は四方八方から押し寄せる触手にもみくちゃにされる。しかし触手は硬軟様々で必ずしも痛打とならない。
「ぷるぷるしてて、本当に美味しそうですっ」
 星憐は魔力の円弾を撃ちだし横跳びに触手から逃れ、本体へ駆けだした。特大の魔力弾をぶつけるとうにうにがまた派手に肉片を散らす。再び一口ぱくり。しかし炭化した卵焼きじみた味に星憐は舌を出し眉を下げた。
「うぅ、不味いです……」
 他方、束になって襲ってくる触手に打たれながらもそれらを抱えるようにして掴まえたレッドキャップは、躊躇なく肉にかじりついた。
「嬉しいっ。もっとあなたをくれるんですね。さぁ、一つになりましょう?」
 片っ端から触手を喰らい尽くす。もはや味は混沌たる不協和音と化していたが、かまわず彼は肉を飲み込んだ。
「はぁ……幸せ」
「幸せそうでなによりだっ!」
 頬を染めるレッドキャップを絶華が追い越してゆく。触手に打たれながら絶華は心中ひとりごちた。なるほどパワーに溢れた食物だ、だが――。靴の仕込み刃で血路を開き、触手には目もくれずうにうにへ肉薄する。
「だが足りんのだっ!」
 鋭い蹴撃でうにうにの表面を深くえぐりとると、絶華は貫手を突き入れた。
「貴様にはまだパワーが足らん。喜べ! 圧倒的な力を与えてやろうっ!!」
 突き入れられたのは腕だけではない。絶華お手製のチョコレートも。いやチョコレートと同成分で出来た物体と言ったほうが正しいか。グラビティという圧倒的な力で変異してしまったその物体は意志こそないものの自律して動き、絶華の定めた対象の内部へ入り込み、強制的に同化する。それが己を含めた対象の破壊を伴うものであっても。
 異物によって内部から攻撃をうけるうにうにンジャ。と、オズワルドが鋭く声を発した。
「何かくる、気をつけろ!」
 ケルベロスとしての初仕事、ため慎重に成り行きを見守っていた彼だからこそ即座に気づくことが出来た僅かなうにうにの震え。それは徐々に大きくなり、やがて猛烈に体をふるわせ肉片を飛ばし出した。体を全方位に射出させ、ケルベロス達を二つの意味で狙う。一つはデウスエクスとして、もう一つは一個の食物として。
 爆発的な急加速と減退を繰り返しフロッシュはどうにかその攻撃をかわす。追いすがる肉片を蹴りつけ、急旋回し一気に距離を突き放す。超高速で移動する彼女ですら避けるのがやっとの攻撃に、他のケルベロス達は迎え撃つことで危機を乗り切ろうとしていた。
 真紅の羽から幾多もの光が尾を引いて飛び交う。光りは集合し徐々に巨大なものとなって愛奈の眼前に留まった。
「さあ、あなたの罪を数えなさい!」
 指を突き付けるように斧剣を構えて言い放つと、収束された光りの線が奔った。射線上の肉片を消滅させ光線は容易に敵の体を撃ち貫いた。
 それでもなお肉片は吐きだされ続ける。鋼鉄のように硬い肉片を受け止めてエリアスはにやりとした。ヘヴィー級の一撃に闘争本能が搔き立つ。
「いい一撃じゃねえか、やっぱこうじゃねえとな!」
「だが、のんびりとしている暇はなさそうだぞ」
 肉片を斬り払いオズワルドが言った。見れば公園の外から小さなうにうにが集まってきている。うにうにンジャが呼んだのか吸い寄せられるように体に入り込み、欠けた肉体を補っていた。このままでは完全に元の肉体を取り戻してしまうだろう。しかし、
「いや、方法はあると思うぜ」
 蒼眞は焦らず笑みをうかべた。蒼眞にはある推測があった。絶華が異物を入れた後、敵は肉体を飛ばし、ついでそれを補おうとした。つまり体内の異物を嫌ったのだ。であれば敵を倒すには内から。そして目には目だ。本来はうにうに達の大元を生み出した『うにうにもまたいで通る精霊術士』にどうにかして欲しいところだったが。
「来ぉぉぉいっ、うにうにぃ!」
 蒼眞が天にむかって叫ぶ。すると新たな巨大うにうにが大地に巨大な影をおとした。うにうにへ飛びかかるうにうに。もはや事態はB級のパニックホラーじみた様相である。召喚されたうにうには敵と同化しようもがく。公園に集まってきたうにうにはどちらと融合してよいかわからず右往左往していた。蒼眞の思惑を理解してオズワルドが刀を抜き放ち、寄ってくるうにうに達を撫で斬りにする。
「こいつらを敵に近寄らせるな!」
「はい、お任せください!」
 返事ひとつした星憐の腕が三日月の曲刀に変化する。彼女が小さな個体を切り刻みながら走り抜けると、絶華も拳にカタールをはめ一匹ずつうにうにを潰してはたまに口へ放り、その度に満足げに頷く。
 逆にレッドキャップは無感動にギロチンのような刃の鎌でうにうにを切断する。コレは愛する相手ではない。
「よーし、アタシも一撃――」
 フロッシュが身構えると、華奢な肩にエリアスが大きな掌を置いた。フロッシュが振り返る。
「どうしたの、団長さん?」
「フロッシュ、俺も乗せていってくれるか? 一発かましておかねえとなぁ」
 そしてくぐもった笑い声をあげる。しょうがないなぁとぼやきながらフロッシュはゴーグルを額から下げた。途端、目がぎらりと鋭く光る。
「全速力でいくよ!」
 音さえその場に残して一気にフロッシュは加速した。叫びだしたくなるような高揚感、速さの最果ての叫び声を聞きながらフロッシュは笑みを深めた。すると彼女の笑みを見てエリアスもくつくつ笑った。二頭の獣は一度うにうにの側を通り過ぎ、大きく旋回してから最高速度で滑り台を駆けあがり空へ舞い上がった。
「助かったぜフロッシュ!」
「アタシはタクシーじゃないんだからねー!」
 フロッシュの声は果たして届いただろうか。エリアスは中空で体勢を整え、二振りのロッドを取り出した。打ち合わせると雷鳴が轟く。
「縞!朏! 存分に叫べ!」
 落下しながら雷神のごとく雷鼓を振るうと、天空の隅から隅まで集めたような特大の雷撃が敵を襲った。中空から着地したフロッシュは雷光のなかを走り抜ける。
「うにうに覚悟ーっ!!」
 超高速の慣性を残したまま瞬走駆輪炉を変形させフロッシュは拳を突き出した。速さと力を掛け合わせた一撃、ガジェットの刃が更なる電撃をうにうにンジャへとあたえる。そのまま体の一部をえぐりとると、手中の湯気を立てている蠱惑的な色にフロッシュは喉を鳴らした。
「いただきます!」
 思い切って食べてみる。
「もっちりとした生地、トマトソースの海にベーコンが漂って、オリーブの触感がまた堪らないよ~。なによりあっつ熱のチーズ! ピザ……おいしぃ~」
 食事もまた超高速。フロッシュは掌だいのそれを食べ終えると、改めて敵を顧みて――ぽかんと口をあけた。
 うにうに達に掴みかかる巨人がそこにいた。


 ジャッジメントレイの一撃で敵を撃ち貫いた愛奈だったが、その後新たに降って沸いた巨大うにうにを体中に浴びていた。べたべたとするそれらを拭こうとして、不意に甘い香りに気づく。ぺろりとひと舐めしてみる。味は外見に違わずプリンのそれである。
「ガデッサさんっ、生クリーム!」
 即座に渡されたホイップクリームをうにうにの上にしぼり、愛奈は口に投げ入れた。
「卵黄とカスタードの強い甘みにクリームの深みが加わって――ちょっとビターなカラメルさんがくると、もうこれって別の食べ物だよねぇ。甘くてとろけて……美味しいーーっ!!」
 愛奈が叫ぶ。そのとき、ふしぎなことがおこった。舌の上を転げまわる至福の味、それが愛奈の精神を高揚させ二つのマインドリングに共鳴、膨れ上がったエネルギーは愛奈を光りの巨人と変えたのだ。
 愛奈は敵を鷲掴みにし一口頬張った。体を補完しきれなかったうにうにンジャは蒼眞の呼び出した固体に同化されつつあるようで、味は洋菓子じみたものにまとまっている。なまじ前に食べたものが酷かっただけに彼女の手は止まらない。次々とうにうにを食べてゆくと、気づけば巨大だったうにうにンジャも、もはや食べかす同然となる。
 地面を這いずるうにうにンジャ。レッドキャップが悠然と近づき、掌にそれをのせた。ぽいと口の中にいれると愛おしむように舌先で転がし、ゆっくりと味わい、生命エネルギーをしゃぶりつくす。
「ごちそーさまでした」
 ごくり、喉を通ってしまうとうにうにンジャは消え失せた。成し得ることが出来た本懐と共に。


「うむ、プリンだな。見紛うことなく、味も触感もプリンだ」
「日柳さんが呼んだものだからですね。美味しいです」
 紅茶を片手に、オズワルドと星憐が並んでうにうにの残骸を食べている。その後ろでは、蒼眞が仰向けに倒れていた。敵が呼び寄せたうにうにの始末をさせられているのである。緑、紫、青。身体の色が様々に変わり体中に湿疹が出る所まで至って、ようやくシェミアは手を止めた。
「……大丈夫かな」
「どう見ても大丈夫じゃないよね!?」
 愛奈は平然と恐ろしいことをやってのけるシェミアを横目でみつつ、しかし止めることはしない。
「まぁ、ソーマさんの因縁だから、しょうがないんじゃないかな」
 目まぐるしく変化する皮膚色が楽しいのか、レッドキャップは笑い声をあげる。絶華は蒼眞を心配そうに眺めやりながら、懐から目玉つきのチョコレートを取り出した。
「これを食べれば大丈夫だろう。グラビティと漢方入りだ。きっと治る」
 謎の物体は自ずから蒼眞の口に侵入する。ついに蒼眞の体色がマーブル状になると、絶華は首をかしげた。
「これ、ヒールでどうにかなるのかな?」
 シェミアが小声で言う。敵が倒れてから蒼眞は命の危機を迎えていた。
「プリンか……あんなもん見てたら腹が減ったな。バフン(ウニ)でも食うか、どうだガデッサ?」
 エリアスが聞くとガデッサは目を剥いた。
「なっ、そんなもん食うわけねえだろ!」
「なんだ、苦手だったのか。でもな、本物の上等なやつはもっと美味いぜ」
「馬糞が? その辺に転がってるぜ」
「それは食用じゃねーんだよ。美味いぜ、あれの寿司は」
「寿司にすんのか!?」
 大いなる勘違いを孕んだままに話は進んでいく。聞き耳を立てていたフロッシュは面白そうなので訂正せず、ひょいと手をあげた。
「今日のタクシー代ってことで。団長さん、ごちになりまーす」
「よっしゃぁ、人数は多いほうがいいからな。任せろ!」
 盛り上がる3人を他所に、オズワルドは至極真剣な表情でうにうにを見ていた。
「この生物で食糧難を解決できないものか……」
 恐ろしいことをひとりごちながら。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 3
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