十六夜月の反抗

作者:犬塚ひなこ

●悪への憧れ
 十六夜・月は今年で十六歳を迎える高校生だ。
 彼が通う学校は所謂、学力的に底辺と言われるところ。入試のテスト用紙に名前を書くことが出来れば合格できると揶揄されるほどであり、通う生徒達も比較的不良が多い。
 そんな一生徒である十六夜は今日も嫌いな教師の授業を抜け出し、誰も近寄らない廊下の端でサボっていた。
「ったく、あのセン公……毎日ウゼェよ」
 苛立ちを隠さず、窓辺を見遣った十六夜はふと硝子に映った自分に気付く。
 舌打ちをした彼は掌を握り、憂さ晴らしにそれを割ってやろうと考えた。そして、思いきり振り被った彼は拳を硝子に向けて振り下ろす。だが――。
「イッテェ!」
 硝子は割れず、代わりに拳に鈍い痛みが返って来ただけ。クソ、と悪態を吐いた彼は「まだ本気を出してなかっただけだ」と言い訳めいた呟きを落とす。
 すると其処に見慣れぬ制服を着た眼鏡をかけた風紀委員めいた女生徒――ドリームイーター・イグザクトリィが現れる。
「見つけたわよ、不良。私が更生させてあげる」
「ああん? お前、この学校の生徒じゃねえな。何の用だよ」
 苛立ったまま此方を睨み付ける十六夜にイグザクトリィは語ってゆく。
「あなたのような人はきっと、この窓硝子なんて粉々に砕いてしまって他の生徒を震え上がらせたりしている凄い不良なのね!」
 それは十六夜が今しがたやりたかったことであり、女生徒の言葉は彼のアイデンティティを刺激した。更生させるとは言っているが彼女の目論見は不良としての彼の心を湧き上がらせること。
「チッ……皮肉かよ。だが、そうさ! 俺はお前の言うような凄い不良になってみせる!」
 そう宣言をした十六夜に薄い笑みを向け、イグザクトリィは魔鍵を取り出した。
「それなら私が手伝ってあげる」
 そして――身体に鍵が突き刺されたかと思うと十六夜はその場に倒れる。その代わりに出現したのは彼そっくりの姿をした新たなドリームイーターの影だった。

●不良街道まっしぐら
 そうして、ドリームイーターは学校中の窓硝子を割って回る。
 その後に生徒達が襲われるという未来が予知されたのだと話し、雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)はケルベロス達に事件の解決を願った。
 今回、被害に遭ったのは十六夜・月(いざよい・つき)という高校生だ。
「十六夜さんは不良っぽいのですが、やることは授業をさぼるということくらいで悪いことはあまりしていませんでした。けれど、不良や悪への憧れは人一倍強かったようです」
 だからこそドリームイーターに夢の力を狙われたのだろう。
 元凶であるイグザクトリィは何処かへ去った後だが、今から向かえば彼の姿をしたドリームイーターが窓硝子を割って回る前に現場に到着することができる。学校への潜入許可は取ってあるので、急ぎ向かって欲しいと告げたリルリカは詳細を語ってゆく。

 敵は件の不良ドリームイーターが一体。
「相手に配下などはいませんですが、強靭な拳を使った攻撃は侮れない威力みたいです」
 放っておけば拳の矛先は窓硝子に向かう。
 それを許してしまうと関係のない一般人が何事かと集まってきてしまうだろう。
「音に気付いた先生や他の生徒達が集まってくるとなると守りながら戦ったり、避難を促さないといけないので危険です。なので最初が肝心なのでございます」
 魔力の所為なのか、もしたった一枚でも硝子が割られれば学校中に音が響いてしまう。
 それゆえに、少し不思議な光景にはなるだろうがまずは窓硝子を守ってから自分達に攻撃を引き付けて欲しいとリルリカは告げた。
 また、ドリームイーターの夢の源泉である『不良への憧れ』を弱めるような説得ができれば弱体化させることが出来る。不良になるのを諦めさせる説得、または不良そのものに嫌悪感を抱かせるようなものでも構わない。
 うまく弱体化させれば戦闘を有利に進められると話し、リルリカは説明を区切った。
「不良に憧れていても良いことはありません。皆さま、熱血指導をお願いします!」
 口では更生させると言っておきながら煽るような言葉と行動で夢喰いを生み出すイグザクトリィは許せない。そんな悪意に翻弄されてしまった少年の未来を救う為にも、今こそケルベロスの力が必要なときだ。


参加者
八柳・蜂(械蜂・e00563)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)
星野・千鶴(桜星・e58496)

■リプレイ

●青春反抗期
 廊下は走らない。
 半分ほど剥がされかけた張り紙を横目にケルベロス達は校舎の奥を目指す。
「不良に憧れるか……まあ、青春期だからしょうがないか」
 金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)はこれから会う少年を思い、軽く肩を竦めた。不良に憧れるのもまた青春の一環かもしれない。
 だが、それがドリームイーターに利用されるのならば別の話。
「いました、急ぎましょう」
 前方を示す八柳・蜂(械蜂・e00563)は廊下の奥に倒れる少年と、彼から生まれた夢喰いが動き出す様を見据える。
 真柴・隼(アッパーチューン・e01296)は手早く立入禁止のテープを周囲に貼り、イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)は殺界を形成しつつ、其々に夢喰いの注意を引くべく声を掛ける。
「待ってください」
「君が十六夜月くん? 成程、札付きの悪って感じだ」
「ああ? 何だァ?」
 目線だけを此方に向けた十六夜は怪訝な表情をしていた。
 隠・キカ(輝る翳・e03014)は窓を守るように布陣し、首を傾げて問い掛ける。
「ねぇ、なんでガラスわるの。それを壊したら、あなたが直すの?」
「何で俺が直さなきゃいけないんだよ」
 睨み付ける十六夜に対し、キカは決して視線を逸らさなかった。
 彼が少しでも動けば窓が割られそうだったが、星野・千鶴(桜星・e58496)はそんなことはさせないと彼の名を呼ぶ。
「ねえ、十六夜くん」
「うるせぇ、ぞろぞろと現れて何の用だ!」
 千鶴の声に彼が怒りを見せた時、不意を突いて横に回り込んだガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)がその腕を強く掴んだ。
「――十六夜」
「……ッ、離しやがれ!」
 諌めるように鋭い視線。掴まれたことに抵抗しようとした少年はガイストに向けてもう片方の拳を振るう。その瞬間、ガイストが手を離して咄嗟に拳を避けた。
 しかし、それが仇となる。
 彼の拳は空を切り、視線がガイストの背後の窓に向かった。小唄や翼猫の点心、キカと千鶴、そして蜂達が守る窓とは別の方だ。
 このままでは硝子が割られてしまう。そのとき――。
「は?」
 急に動きの止まった十六夜が見ている先には予想外の光景があった。
「そうはさせません。その前に中に入れてください。鍵が……」
 それは外側から窓にしがみつく風鈴・羽菜(シャドウエルフの巫術士・e39832)。すぐに蜂が鍵をあけて窓をひらき、壁歩きを解除した羽菜が廊下に着地する。
「何とか阻止できたかな」
「それじゃ、悪い夢喰い退治といきますかね」
 小唄が安堵を覚え、隼もテレビウムの地デジと共に敵を見つめた。呆気に取られていた敵は身構え、わなわなと震えながら此方を睨み付ける。
「ふざけやがって。窓を割るのは後だ。まずはテメェらを潰す!」
「出来るものならどうぞ。ですが、わたしたちが阻止してみせます」
 怒号に動じず、イルヴァは腕に纏わせた春待雪から加護の実をみのらせる。
 少年の間違った夢を正しい方向へ向かわせる為、番犬達は戦いへの意思を固めた。

●月の抵抗
「不良なんて、今時好まれない道に進まなくてもいいのに」
 蜂は踵を鳴らして十六夜を見遣る。その音を合図代わりに顕われたのは黒き影のような蛇。蜷局を撒いた大蛇は毒を与えるべく夢喰いに牙を剥く。
「ふん、俺の勝手だろうが」
 対する敵は大蛇から逃れ、誰を攻撃しようか見定めていた。
 ガイストは挑発代わりに相手を手招いて鋭い視線を向ける。すると敵は舌打ちをして彼を睨み付ける。ガイストは得物を振り上げ、ひといきに敵を穿った。
「我とて荒れていた時期はある。しかし今に思えば、あれはあれで恥ずべきものである」
 誰かの言葉に左右されるなと告げたガイストの脳裏に己の過去が過る。
 目に入るもの全てが憎く思え、誰も信じられぬ日々。あのような思いはもう二度としたくはなかった。
 羽菜がすかさず魔力を受けた仲間を癒し、小唄も点心に癒しを担うように願ってから自らも援護に入る。加護を仲間達に広げていく中、小唄は口をひらいた。
「えーと、君はなんで不良になりたいかな?」
 問い掛けた小唄に対して夢喰いはさも当然だというように答えた。
「強い奴はカッコいいからな」
「月は、不良がかっこいい? かっこいい人になりたいのかな」
「十六夜くんは格好よくなりたいの? 今でも格好良いと思うよ」
 問い掛けるキカは幻影竜の焔を放ち、千鶴は禁縛の呪で敵を狙う。
 イルヴァは再び黄金の果実の力を巡らせ、相手の出方を窺う。隼は地デジが凶器を振り下ろす動きに合わせ、自分も截拳撃で以て打って出る。
「不良かァ~、男子なら誰もが一度は憧れる道よね。でも、現実は格好良いばかりじゃないぜ。犯した罪は二度と消えやしないんだ」
 少年にとってはここが分岐点。
 君は未だ何も罪を犯してはいないのだから、と隼は片目を瞑って見せた。うん、と頷いたキカもまた、思いを伝えてゆく。
「悪いことして目立ってもみんなにきらわれて、一人ぼっちになるよ。あいつといても楽しくない、こわい。そんなこと言われる人、かっこいい?」
「こ、孤高の存在で良いじゃねぇか!」
 キカの真っ直ぐな言葉に十六夜はやや戸惑いながら答える。羽菜はいつでも回復が行えるように身構えつつ、首を横に振った。
「悪いことしようとしても、うまくはいかないんです」
 羽菜が窓から中に入ろうとしても鍵がかかって入れなかったように。そう語る羽菜だったが、説得にはまだ弱い。
「強くなりたい、という気持ちは確かに、わたしにもわかります」
 イルヴァは敵を見据え、その奥に倒れている本当の十六夜にも目を向けた。強くなりたい気持ちは理解できても間違いを犯そうとしている現状は止めたい。
 そう感じるイルヴァの傍ら、蜂が更なる攻勢に出た。
「見た目がちょっと派手でも根は真面目とか不良にも優しいとか。そういう子の方が女の子に好かれるかも、なんて」
 その方が好きだと告げ、薄く双眸を細める蜂。其処から放たれた月光を思わせる斬撃が夢喰いを斬り裂いた。
 千鶴も蜂に続き、精神を集中させて爆発を起こす。其処へガイストも機を合わせ、如意棒を百節棍と化した。
「其方が心の奥底から願う理想は本当にそうなのか?」
 問い質しながら放たれる一撃は双龍が荒ぶるが如く敵を穿った。
 黙れ、と十六夜が振るった拳がガイストの頬を掠める。その風圧で陣笠の紐が切れて飛ばされたが彼は動じない。
 すぐに羽菜が風纏の力を紡いで癒しを施していく。
「人と違うことを見せたいのでしたら、人から褒められる形で表現すればいいのです」
 今からでもそういった道を目指してみては、と羽菜が問うと十六夜は舌打ちをする。
 その間にも攻防は巡り、敵の一撃は仲間を傷付けていく。
 小唄は狙われた仲間を庇い、重い一閃を腕で受け止めた。女子力をフルチャージさせて己の痛みを和らげた彼女は敵に言い放った。
「周りに不良が多いからなりたいなら、それはカッコいいじゃなくて、ただの盲従よ」
 寧ろ、この学校で誰も出来なかったことを出来る一人目になる方が格好良い。小唄の言葉に十六夜は少し考え込む様子を見せた。
 地デジは仲間を癒し、点心も援護に回り続ける。
 隼はエクスカリバールを振りあげて夢喰いに打撃を与えた。そして、隼は少年の中に有るはずの良心に呼び掛ける。
「君の拳は罪のない人を傷付ける事を是とする程、弱っちょろくはない筈だろ?」
「よくないもの、になるということは自分だけでなく大切な人にまで影を落とします」
 イルヴァも雷刃を振るい、悪意は巡るのだと話す。その言葉には不思議な重みが感じられた。その様子を見たキカはイルヴァの一閃が上手く効いていると察する。
 キカは流星を思わせる一閃で敵を蹴りあげる。そのまま敵との距離を取ったキカは手にしていた玩具のロボ、キキを抱き締める。
「このままだと、今、月が大事にしてるもの、全部こわれるよ」
 壊れたらもう直らないかもしれないよ、と告げるキカ。千鶴は窓硝子が壊れることこそがその象徴だと感じ、必ず悪事を阻止してみせると心に決めた。
「私は窓を割っちゃう凄い不良より、割れない十六夜くんが好きだなあ」
 不良が多い中でしゃんとしているほうがずっと凄い。
 ね、と微笑みを向ける千鶴と十六夜の視線が重なった。ガイストは彼の心が揺らぎ始めたと感じ、隼も手応えを感じる。
 蜂は呼吸を整え、それに、と花唇をひらいた。
「壊す力よりも、誰かを守るために揮う力の方がかっこいいって思いません?」
「誰かを守るため……。そうか、そういった格好良さもあるのか」
 はっとした十六夜が呟く。
 その瞬間、彼を覆っていた強いオーラが和らいだ。夢喰いが弱体化したのだと気付いた仲間達は視線を交わしあう。きっと間もなく戦いの終わりが訪れるはずだ、と。

●変えていく力
 これで敵の力は削がれた。後は一気に畳みかけるのみ。
 羽菜は風纏を使って誰も倒れぬよう気を配る。その狙い通り、攻撃の威力を軽減させる守りの風は上手く巡っていった。
 小唄は点心と一緒に攻勢に入り、ふと十六夜に自分を重ねる。
 思い出したのは家出をした時のこと。どんな形であれ現状を変えたいと願うのは決して悪いことではない。
「ただしどう変えるか、しっかり考えなくちゃね」
 拳を握った小唄が獣撃の一閃を打ち込み、点心が尾の環を飛ばす。其処に地デジが振るう凶器の一撃が加わって敵が僅かに揺らぐ。
 隼もまた、学生時代を思い返していた。荒くれて独りで傷付いている兄の背中を見ていたから自分は道を踏み外さずいられた。
「きっとこれから楽しい事が沢山待ってる。君に大切な人が出来た時に罪を背負って、背負わせて生きるのはしんどいと思うよ」
 だから、と隼は地獄の炎弾を解き放ち、夢喰いを弱らせていく。
 千鶴も少年の姿に故郷の弟を少しだけ重ね合わせ、敵に刀の切先を差し向ける。
「十六夜くんがいたら大丈夫だって、そう思わせちゃおうよ。うん、きっとできるよ」
 大丈夫、と彼自身に呼び掛けた千鶴。その刃に真っ赤な鳥居に狂い咲く桜が映りこんだ。カードも刀も冬の先の春の色で彩れば、その心が真っ直ぐになれるように。
 千鶴が柔く笑った刹那、狂ノ桜が辺りを覆う。
 其処に続いたイルヴァは影の斬撃を見舞い、敵に齎された痺れを増幅させた。
「望む未来は、もっと別の所にあります。違う強さをあなたに――」
「あなたは月じゃない。月をとり戻すよ、キキ」
 イルヴァに合わせてキカも魔力を紡ぐ。自分のことを嫌いにきらいになっちゃう前に、玩具のロボに語り掛けることでキカは決意を示した。無数の光の槍が夢喰いを貫き、その身を幻痛に苛ませていく。
 壊すより、誰かを助けられる力。
 それは蜂自身が欲しいと思っているモノだ。だからこそ言葉が届いたのかもしれない。
 つづらちゃん、と影の大蛇の名を呼んだ蜂が踵を二度鳴らす。
  ――悪い夢喰いは贄にして食べてしまいましょう。
 そう囁いた蜂の前に顕現した影が毒牙で敵を貫き、致命傷を与えた。だが、夢喰いは最後の力を振り絞って拳を振るおうと動く。
 ガイストはそれを察知して身構えた。
「未だその衝動失せぬと言うならば掛かってこい、指導してくれよう」
 渾身の拳を迎え打つのは無龍、夜行。
 一閃と太刀風が衝突し、翔龍が生まれいずる。
 夢を穢すものを闇へと葬るべく放たれた一閃は鉄銹の匂いを残し、そして――。

●この先に続く道
 夢喰いが倒れ、その存在は跡形もなく消える。
 安堵を覚えた千鶴は仲間達と視線を交わしあった。隼はやっと終わったと大きく伸びをしてガイストを軽く見上げる。
「やァ、にしてもガイストさんのベテラン教師感流石でしたね!」
「悪事に継投するのであれば正しき道に導くのが先達の努めであろう」
 やっぱ俺は先生役向いてねえなァ、と笑う隼にガイストは首を振った。だが、落ちた番傘を拾い上げて被り直す彼の貫禄はなかなかのものだ。
 そして蜂は廊下の奥に倒れた少年に目を向け、そっと歩み寄る。
「十六夜くんを起こしましょうか。不良の夢、諦めてくれるといいけど……」
「大丈夫?」
 問い掛ける小唄の傍ら、点心が前脚でてしてしと彼を軽く叩いた。すると十六夜は目を擦りながら体を起こす。
「ううん……」
「起きましたか。本当に素手で窓ガラスを割っていたらガラスの破片で大ケガをしていましたよ。危なかったです」
 羽菜は少年を諫め、そんなことでは人に認めて貰えないと告げた。
 戦いの中の説得もちゃんと届いていたらしく、十六夜は肩を落とす。小唄は彼がかなり落ち込んでいると知り、君を否定したいわけではないと話した。
「反抗したければ、有能な人になって、底辺じゃないことを証明してみない?」
 自分だって武闘派をやめて今はごく普通の女の子として過ごしているから、と片目を瞑って見せた小唄は十六夜の肩を叩く。
「ダセェな、俺……」
「ううん。真面目な月のほうが、かっこいいよ」
 項垂れる少年にキカは首を振る。
「素敵なお月様の名前だね。あなた自身も、他の人のことも、きっと明るく照らせるよ」
 そして千鶴とキカは、月という名を褒めた。きれいな名前だとキカは微笑み、大事に思ってくれる人のことを大切にして欲しいと願った。
 そんな中でイルヴァは思う。
 イルヴァは自分が世間でいう、わるものだと自負している。それでも今までは自分の行いに信念があった。だが、胸が痛むことがなかったわけではない。
 だからこそ同じように胸を痛める人はいないほうがいい。
「同じ憧れるなら、陽の下を歩めるような強く、優しいものに、憧れてほしいです。……なんて、そんなのただの、わたしの勝手な押し付けかもしれないけれど」
 今ならまだ道を外れる前に間に合うから、とイルヴァは心からの思いを伝えた。
 ガイストは静かに頷き、落ち込み過ぎることはないと少年を見つめる。
「憧れることは悪いことではない」
「不良になるより誰かを助けられる人を目指してほしいな」
 蜂もまた、淡く双眸を緩めて告げた。蜂とガイストの言葉に地デジが両手をあげて同意を示し、隼も少年に思いを伝えてゆく。
「次は自分も他人も傷付かない方法で、君だけの格好良さを見付けていけたらいいんじゃないかしらね。そうだ地デジ、バースデーソング流して」
 きっともうすぐ誕生日だろう、と気を利かせた隼は明るく笑いかけた。
 喜んでいいのかと戸惑いながらも照れくさそうな少年を見守り、千鶴は目を細める。
「頑張ってね、十六夜くん」
 あなたも、私も――きっとこれからだから。
 前途は多難かもしれない。それでもこの先に歩んでいく道は未知数で、たくさんの素敵なことが待っているに違いない。
 今はただ、少年が往くみちゆきが良いものであることを願おう。
 割られずに済んだ窓硝子の向こうには、目映い程の陽の光が満ちていた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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