「くそくそくそっ」
ここは都心部にある高等学校。昼休みの屋上で一人の女子生徒が眉間にシワを寄せ悪態をついている。幸い曇りがちな天気模様のためか、屋上は彼女一人のみの空間となっており、かなり大きめなボリュームでの悪態は空へと消えていく。
「どいつもこいつも。なにさ、たいして使いもしないものを私が代わりに捨ててやったんじゃん!」
「ふふ、素敵ですねぇ」
ふいに女子生徒の背後から声がかけられる。
「え、だ、誰よ……」
急に背後に現れた謎の人物に女子生徒は警戒心をあらわにする。
「ミニマリストって素敵ですよねぇ」
先の言葉を再びなぞるように声をかけると、女子生徒は自分のことを褒められていることに気づき、途端得意げな様子で語り始める。
「そうよ! 今時流行り廃りなんて一瞬のものに流されるなんて馬鹿馬鹿しいでしょ。私は立派なミニマリストとして正しく生きてるんだもの。ミニマリストに憧れてるっていうなら必要もないものを捨てたぐらいでグチグチ言わないで欲しいわよね」
「ええ。本当に。あなたのその身勝手な向上心があれば、ダメな人たちを沢山やっつけられそうですぅ」
謎の人物は女子生徒の胸にカギを差し込み、女子生徒の体はその場に崩れ落ちる。
新たな手駒の出現にドリームイーター、サクセスはにこりと微笑んだ。
「今日は集まってくれてありがとう。今回はドリームイーターの事件だよ」
ヘリオライダーの籏本・杏鶴(ドワーフのヘリオライダー・en0198)は集まったケルベロス達を見渡し、説明を始める。
「今回は都心部のとある高校に通ってる女子高校生、花音さんという子が狙われたの。向上心、それも強く歪んだものを利用し、ドリームイーターが生み出されたみたい」
世間一般でいう意識高い系、というタイプが狙われたらしい。ストイックに向上心をもとめる本当に意識の高い人と違い、この意識高い系というのは追い求める内容も中途半端で行動言動ともに痛いタイプである。
「どうやらこの花音さんは自称ミニマリストなんだけど、カバンやロッカーの中、自分の家と確かに綺麗ではあるけどミニマリストほどとは言えないって感じでね。しかも今回敵に見咎められた原因が友達の持ち物を勝手に捨てたことだったみたいで……」
自分の持ち物の管理だけの問題ならいざ知らず、人のものを勝手に捨てておいてミニマリストがどうこうというのは単なる言い訳としか言えないだろう。そもそもミニマリストというのは自身のストレスや過ごしやすさと向き合うものであって、人それぞれ何が必要で何が不要であるかというのは違ってくるものである。
「このドリームイーターはかなり強いんだけど、力の根源である意識高い系の誤った認識や向上心を弱められるような説得ができたら、戦闘能力を下げることができるみたい。そうしたら戦闘はかなり有利になるから、できれば積極的に説得をかけていってね」
むろん説得せずに戦闘を行うことは可能だが苦戦するこは間違いないだろう。
「それで肝心のドリームイーターの能力だけど、パラライズ、怒り、睡眠といった力を使ってくるよ。遠距離の攻撃ばかりみたいだけど、かなりイケイケな攻撃スタイルでくるみたいだから油断は大敵かも」
ドリームイーターが現れるのは昼間の校舎屋上。そこから自分の教室にまっすぐに向かう行動をとる。彼女の教室は校舎の2階。屋上は4階部分にあたるが、ドリームイーターの能力を得た彼女はあっという間に2階へと駆け下りてくるだろう。
とは言え、ドリームイーターが校舎の中へと屋上から入ってくるのは生徒達の避難誘導が完了した直後となりそうだ。
皆が呼ばれた隅に待機していたヴォルフ・ローゼンハイム(オラトリオのウィッチドクター・en0099)からケルベロス達へと声がかかる。
「ちょうど昼休みに屋上に行くのは花音さん一人のようなので、そのタイミングを見計らい生徒達の避難誘導を行います。こちらのことはすべておまかせください」
「ミニマリストな生活って確かに響きも格好良いし、憧れるって感じはするけど、それを他人に強要しちゃダメだよね。皆、ドリームイーターを倒してしっかり花音さんの目を覚まさせてあげてね!」
参加者 | |
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豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077) |
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852) |
山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019) |
リリベル・ホワイトレイン(怠惰と微睡・e66820) |
アーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469) |
●暖かな昼休み
ここは都心部にある高等学校。時刻は昼休み真っ只中。だんだんと気温も下がり冬が垣間みえてくる時期だが、日差しが差し込む教室はほんわかと太陽の温かさを感じる。
ドリームイーターを撃退するため集ったケルベロス達だが、屋上からまっすぐ向かってくる教室で正面から待ち受ける作戦だ。
この学校にいる一般人の避難誘導は件の花音が屋上へ行ったあとからの開始であり、あまり早く交戦しても全員の避難が完全ではないかもしれないことへの配慮だ。また戦闘においても説得を介してドリームイーターの能力減へと繋げたい考えなため正々堂々と対面することを選んだ。
現在教室にいるケルベロス5人と1匹。そこに追加で避難誘導にあたっているヴォルフも避難誘導が完了次第、戦闘へ駆けつける算段になっており、合計6人と1匹が今回のメンバーだ。
「ミニマリストって一頃流行った、断捨離とかいうものの仲間みたいなものかな?」
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)は教室にある机にもたれかかりながらそう呟く。素朴な疑問だった。メディアで一時期やたらと取り上げられており、なんとなくの概要はわかるものの、ミニマリストというものの詳細はよくわからない。
その疑問に答えたのはユノー・ソスピタ(守護者・e44852)だ。
「ミニマリストというのは『自分に本当に必要なものだけを持つ生き方』をする者の呼称だな。必要不必要を決めるのは本人であり、他人ではないはずだ」
ミニマリストの主義自体は立派なものだと思うが、他人に強要していいものでは決してないことを思うと形はどうあれ事件は起こるべくして起こったと言わざるをえないだろう。
「ミニマリストは究極の断捨離を実行する人とも言うわね。負の感情もそのように断捨離、できればいいのにね……」
特に抑揚なくそう言うのはアーデルハイト・リンデンベルク(最果ての氷景・e67469)だが、彼女の視線の先にあるのはそんな冷ややかなセリフとは打って変わった景色がある。
教室に到着し必要事項を全員で確認したあと、ひときわ日当たりのいい机に陣取ったのはウイングキャットのシロハだ。丸まって喉をゴロゴロならしている。その机に突っぷし、シロハを囲むように腕を伸ばし携帯ゲームを楽しむのはそのサーヴァントの主、リリベル・ホワイトレイン(怠惰と微睡・e66820)だ。暖かい日差しと程よく静かな空間が合間って彼女の眠気を誘っている。
「他人の物を捨ててもOKだなんて……迷惑なビルシャナの教義に負けず劣らずな発想でやんすな」
山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)は自らの手の中に転がるリップケースを見つめる。午前中の間に仁がイシコロエフェクトを使用して花音の鞄から拝借した彼女の私物だ。かわいらしいチャームがついたリップケースだが彼女のお気に入りなのか長く使われ、少しくたびれた雰囲気もある。ドリームイーターが現れたらこれを使い、彼女が行った行為がどういったことだったのか、実感してもらう予定だ。
それぞれこの後に待ち構える敵との対峙へ思いをはせているところに、教室の扉が大きな音を立て開かる。
自然とケルベロス達の視線が開かれた扉へと集まった。
屋上で花音の体から生じたドリームイーター花音が教室へと到着した知らせであった。
●ケルベロスの特別授業開始
ドリームイーター花音は教室に入るとケロべロス達に対し敵対心をむき出しにし、モザイクを飛ばし問答無用で襲い掛かってきた。標的は当初の予定と違うケルベロスで良いという判断だ。
どうやら大人しくはしてくれないらしい。ドリームイーターの力を削ぐための説得は戦闘をしながらということになりそうだ。
「……嫌ね、痛いわ」
被弾したアーデルハイトは攻撃を受けたとは思えないほど涼しい顔をしながら、冷静に反撃へと移行する。圧縮したエクトプラズムで作った霊弾を飛ばす。その横からさらに飛んでくる攻撃は仁の粘着弾(ライムショット)だ。
ドリームイーター花音は煩わしいとばかりに片腕でその攻撃を受ける。その一連の流れで表情一つかえなかった彼女だが、ふと視線が一か所へと釘付けになった。その視線の先には仁が掲げる花音のリップケースがあった。
「こっちをみやしたね。あっしも花音殿と同じミニマリストでやんす。花音殿の荷物を拝見したところまだまだ真のミニマリストには程遠いでやんす。なのであっしが必要ないと思ったこれ、捨てて良いでやんすよね?」
「ダメ!!!」
即座に悲壮な声が飛んでくる。使い込まれた様子からも彼女の大事な私物なのだろう。それならばこの説得はなお威力を増す。
「だって花音殿の言うミニマリストって他人の物も自分の判断で捨てて良いでやんすよね?」
「だ、ダメだって言ってるでしょ!!」
彼女は近くにある机をそのパワーで仁に向かい投げ飛ばしてくるが、焦っていることもあり狙いはおざなりである。避けるまでもなく机は仁の横を通り過ぎ窓へと衝突して動きを止めた。
姶玖亜は投げ飛ばされた机の行方を目で追いながら攻性植物を伸ばし、黄金の果実を成し聖なる光を放つ。不利になるエフェクトを受ける前に予防のための布石だ。
「他人からみたらゴミでも、自分にとっては宝物、そういうモノ、あるんじゃないかな」
大事なモノを勝手に捨てられたら、ボクだって怒るだろうね。そっと姶玖亜は自分の腰にさがるボロボロにすり切れたベルトに手を添える。とある人との縁を繋げる大事な思い出の品だ。モノは物だけの価値ではないことを教えてくれる。
「よそ見してる場合じゃないよ」
続いて動いたのはリリベルとシロハだ。ゆったりした口調とは裏腹に彼女の小さいからだから繰り出された高速の突きは稲妻を帯び、ドリームイーター花音へクリティカルヒットする。
「人の物勝手に捨てるとかマジないわー。そもそも誰かの為に何かするって事は本来自己満でしかないんだから、してやってるなんて言い出した時点で誰得だし終わりだよ」
「うっ……」
ドリームイーター花音はリリベルの攻撃を受け、顔を歪める。威力を伴った攻撃はドリームイーターのモザイクの一部を消し飛ばした。
最後の行動はユノーだ。
「神々の女王よ、勇壮なる戦士たちに祝福を!」
彼女の凛とした声と優しい光が前衛を包み込む。これでケルベロス達の定石は整った。
攻撃を受け、なおかつ大事な私物をケルベロスに握られているドリームイーター花音はギリリと歯ぎしりする。ダメージとしてはまだまだだが、明らかに教室に殴り込んできた時とは違う様相にケルベロス達は敵の弱体化を実感する。
「あなたにも愛おしいと思う捨てられない物があるように、あなたの友人にも愛おしいものがあったの。その大事なものを捨ててしまったということ、わかったかしら?」
アーデルハイトは目測できないほど素早い動きで斬撃を繰り出し、ドリームイーター花音のモザイクを掻き斬りながら語りかける。
「う、うるさい、うるさいっ!」
ドリームイーター花音はがむしゃらになりながら攻撃をしかけるが、その攻撃はユノーが仲間の前に立ちはだかり攻撃を引き付け、そのお返しだと言わんばかりに、華奢な外見に見合わない剛の剣を大上段から力強く振り下ろし、強烈なカウンターを放った。
「捨ててしまったものは帰ってこないが、友人との関係はまだ取り返しがつくのではないか? 悪かったと、ごめんなさいと今ならちゃんと謝れるんじゃないか?」
ドリームイーター花音と向き合う形になったユノーはさらに彼女に語り掛け続ける。誤ったことには正々堂々と向き合い、ミニマリストになりたいという志を今度こそ正しい形で努力していくことができればきっと今度はうまく生きていくことができると信じているのだ。
ケルベロス達の重なる説得でドリームイーター花音の力は完全に削ぎ落され、その威力は恐れるに足らぬものに成り下がっていた。重ねて経験豊富なケルベロス達により包囲され、着々とこの戦闘の結末に向けた行動が積み重ねられていく。
「連携いくよっ」
リリベルはシロハに合図し、猫ひっかきからのレゾナンスグリードを繰り出す。この攻撃を機に着実に削られていたモザイクが目に見えて霧散し始める。
リリベルは戦闘の終わりを感じるとともに、そろそろお家帰って休んだりゲームしたいな~などという邪念に苛まれる。ゲーマーとしては一刻も早くゲームがプレイしたくてうずうずするのだ。
「さあ、そろそろ大人しくなるでやんすよっ!」
仁はバスターライフルを構え、フロストレーザーを放つ。命中したその攻撃は体から急速に熱を奪う。限界を迎え、膝を折るドリームイーター花音だがそのうつろな目にはまだ生気がわずかながらに残っている。
「さあ、これで最後だよ!」
姶玖亜は銃握に鐘があしらわれた38口径の拳銃を構え、弾丸の嵐を浴びせる。ダンシングショットと名付けられたグラビティだが、敵は踊ることなく体すべてがモザイクに侵食され、すべてが霧散していった。
●帰宅の時間
「さ、拝借していたこれは返すでやんす」
仁は屋上から無事に救出された花音に無断で拝借していたリップケースを手渡す。今回の事件の説明は終わっているが、花音は手渡されたリップケースを神妙な面持ちで見つめる。思うところがいろいろとあるのだろう。
「ここもヒールが必要だね」
花音本人を助けた後は皆で戦闘で荒れた教室の修繕を行っている。壊れたものをヒールで直し、教室の備品が綺麗に並べられていく。戦闘が終わったことが伝えられ学校の生徒や先生なども学校へと戻り始めていた。
「持ち主にしかわからない、思い出の価値っていうのもあるものさ」
姶玖亜は強烈すぎるが、良い経験にはなったんじゃないかと話しかける。そんなふうに言えるのも被害者がゼロで終われたからこそである。
「無理すればするだけつらいだけ」
無理をするということは何かを犠牲にするということ。彼女はきっとミニマリストを目指そうと自分に対し無理しすぎて他人を思いやる心を犠牲にしてしまったのだろう。これを機に、この後どうしていくかは本人次第だろう。そんなことを考えつつも、リリベルは一仕事終えたのだからこの後はいっぱいゲームしようという決意を固める。
ミニマリストのドリームイーターが起こしたこの事件、ケルベロス達の快勝で終えたのであった。
作者:鬼騎 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月24日
難度:普通
参加:5人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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