●リーフ・グリーンの物思い
ねぇねぇ、幸せを呼ぶ四つ葉のクローバーの作り方って知ってる?
え、なに知らない、どうするの?
こうやって、踏み潰すんだよ! ──……。
「……はぁ……」
甲高いクラスメイト達の笑い声が、頭の中に響いて止まない。
長い栗色の髪をひとつに結った少女は、とぼとぼと帰路を行く。
ある日から始まった『四つ葉のクローバー作り』。
踏みにじって、翌日見て、四つ葉が無ければまた踏み潰して。
悪気はないのかもしれない。でも、そんな理由で踏み潰される植物が可哀想でならない。
──なのに、断れない自分も、きらい……。
つまらない子、ノリの悪い奴、いいカッコしぃ、……。空気を読まない人間は嫌われる。
そして嫌われたら……居場所がなくなってしまう。
「おーおー、ひっどい面してるねぇ。見事な憂鬱だ」
「っ?」
俯く少女の目の前に突如現れたのは紫紺の髪の女。切れ長の目をすいと細めて、長い丈のスカートの裾を揺らして腰を曲げ、少女の顔を覗き込む。
「お前だけがそんな憂鬱な面下げてる必要なんて、本当にあるのか? なぁ。他人にばっか合わせて、本当のお前の心はどこに行っちまった?」
お前には、お前の価値があるのに──……。
「……そ……そう、だよね。……うん。自分のこと、大切にしなきゃ、いけないよね」
「そう、いィ子だ」
にぃ、と女が笑って肩に担いでいた金色の大きな鍵を少女に突き刺した──突然の事態に目を見開いた少女の身体が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちて、そこからモザイクの身体が抜け出るように起き上がる。
「空気ナンカ、読マナクテ、イイ……!」
●フレンドリィ、暗躍す
「落ち着きませんね、どうにも」
小さく溜息をひとつ。高校生を狙いドリームイーター達の暗躍は続いているのだと暮洲・チロル(夢翠のヘリオライダー・en0126)は告げた。
子供ではなく、大人でもない高校生達が持つ強い夢の力を奪い、ドリームイーターを生み出す計画のようだが、当然放っておくことなどできない。
「ハガネと俺の予知で視たのは、佐々・早苗と言う名前の女の子です。どうも、植物を大切にする子みたいですね。だからこそ、周りに合わせて植物を傷付ける行為に同調してしまう自分が、許せなかったようです」
気持ちは判りますが。小さく告げた彼にユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)は首を傾げ訊ねる。
「……気持ち、わかる、って言っていいの」
「感想は自由ですよ、Dear。これまでの記録からも判る通り『空気を読んで周りに合わせることへの疑問』を弱める説得ができれば、早苗君のドリームイーターは弱体化します。
つまり、周囲に合わせることも大切だ、という言葉に如何に説得力を持たせるかですね」
肩を竦めて見せるひょろ長のドラゴニアンに、ユノはもう一度首を傾げる。
「……嫌なの」
上がらない語尾の疑問文で重ねた問いに、チロルは苦笑した。
「空気を読んで周りに合わせることは大切ですよ。でも早苗君の想いは、……ぜんぶ、否定されるべき悪しき考え、なんでしょうか」
「……言い過ぎは、だめって、こと」
「かなぁ、と。あくまで俺の考えは、ですが」
彼の回答に彼女はむむむと眉間に深い皺を寄せた。
「……僕には難しい。みんなに任せる」
現場には当然、フレンドリィはおらず早苗のドリームイーター1体が相手となる。
場所は朝の登校時刻。家を出てすぐのところだから、それほど多くの学生達は居ないが、ある程度の注意は必要だろう。
ただ、生み出されたドリームイーターはケルベロスとの戦闘を優先することも、これまでの情報から既に判っている。だから避難誘導はさほど難しくはないはずだ。
「Dear達の想いを、素直に伝えてもらうのが良いんじゃないでしょうか。たくさんの意見があるほど早苗君にも選択肢が増えるでしょうから」
そう言って、幻想を帯びた拡声器をひと撫で。彼は笑う。
「では、目的輸送地、『幸せ』前の通学路。以上。良い報告を、お待ちしてますよ」
参加者 | |
---|---|
鉋原・ヒノト(焔廻・e00023) |
キース・クレイノア(送り屋・e01393) |
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651) |
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775) |
シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576) |
ミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648) |
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150) |
ルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012) |
●しあわせの道行
差す柔い陽の光さえ眩しく、シャーリィン・ウィスタリア(千夜のアルジャンナ・e02576)は少しだけその望月の双眸を細めた。
清々しい朝の気配。
歩みを進めるのにも良い目覚めのにおい、同時に生活の音が響き始める音。
それを血に穢そうとするのは、己を殺し続けている少女なのだという。
「……大人はいやなこといやって言っちゃいけないのです……とっても大変なのです……」
「そんなことをしてまで居場所を確保するなんて、私には理解不能だ」
夜の娘の隣を歩くリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)はしゅん、と白い耳と尻尾と普段は元気いっぱい跳ねているはずのひと房の髪すら頼りなく下げて零し、ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)も帽子のつばの影で吐息と共に告げる。と。
「あのう、今日は違う道を通ってほしいっす~」
聞こえたのんびり声に、ジゼルは顔を上げた。
「……まぁ、友を失ってしまう恐怖に限って言えば、少しは察せられるがね」
呟いた隣の胡桃色の双眸のいろに、シャーリィンは長い瞼を伏せて唇に笑みを刷く。
通学路を行く学生服達を違う道へと案内したベーゼ(e05609)はその楽しそうな後ろ姿を見送って嘆息する。
「嫌われたくなくて、うそをつく……かあ」
なにが正しいんだろう。憂いを帯びる彼の広い背中を、グレイン(e02868)が軽く叩く。植物を傷付けるなんて、森の守護者であった彼からすれば認めることなどできない。だからともすれば少女の我を応援してしまいそうな己に苦笑をひとつ。
「まあ、任せておこうぜ。俺達は俺達の仕事をするだけだ」
蒼穹色の視線を向ける先に軽く手を振れば、ユノ・ハーヴィスト(宵燈・en0173)がぱたぱたと両手を振り、ミニュイ・シルヴェイラ(菫青石・e05648)がおっとりと会釈を返す。
「……そうっすね」
へらり笑ってぐっと両の拳を握って見せると、ユノも同じ仕種を返して応じた。
何度目かの避難誘導を行って、キース・クレイノア(送り屋・e01393)も小さく、疲れたような息を吐いた。
誰かの目を気にして、誰かのことを思って、誰かに合わせて。
こうして見知らぬ人間に声を掛けるだけでも、ただ独り自由に翼を広げてきた竜には圧し掛かるものがある。
「彼女の悩みって中々難しい問題かな。大人でも悩みそうだよ」
彼の気持ちなど知る由もないが、ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)が呟くのに「そうだな」鉋原・ヒノト(焔廻・e00023)も肯く。
まだまだ年若い彼らの懊悩に、ルリ・エトマーシュ(フランボワーズ・e38012)は小さく綻んだ笑顔でぽんぽん、とヒノトの背を両手で優しく叩いた。
「難しい問題だからこそ、ひとりで考え込まぬよう手を差し伸べましょうね、みなさん」
熟れた木苺色の瞳がすい、と動く向こう側。
栗色の髪の少女が、モザイクの瞳でふらふらと歩いて来るのが目に入る。
「空気ナンカ……読マナクテ、イイ……私ハ、私ナノ……!」
交わし合った視線。躊躇はない。
轟音と共に竜の力帯びた砲弾がサナエの足許を大きく穿ち、彼女は弾かれたように視線を上げた。
「ッケルベロス……!」
「──鬼さん、こちら」
囁くように零したシャーリィンの言葉で、彼らは駆け出した。
●迷い道、回り道
とん、と軽いステップは軽やかに身を空に躍らせ、流星の煌めき纏って直下降。鋭い蹴撃を叩き込むリリウムと入れ替わりに、ジゼルがHuskarlと呼ばわる獲物を軽々と振り回してその分厚い刃を脳天へ落とす──瞬時無惨に破壊された頭が、ばらばらモザイクを縒り集めて再構成される。
「、」微か目を眇めた彼女に、ぎょる、とモザイクの眼球が向けられたのが判った。
「ッ邪魔、シナイデ!」
腕から湧き上がる、幾房ものシロツメクサが束になってジゼルの喉を狙う。
の、を。
「させない」
低く迅く踏み込んだキースの雪空色の瞳が光ると同時、突き出した腕にサナエのシロツメクサが絡みつき深く食い込む。
奥歯をぎりと噛み締めるだけで痛みをいなす彼のもう片方の腕から牙を剥いた向日葵が、縛めるシロツメクサを噛み切った。
放り出された己をわたわたと抱き止めた魚さんに礼を述べ、ジゼルも次に備えて退る。
サナエは切り裂かれたシロツメクサを撫でて、白い面を怒りに染めた。
「許サナイ……!」
誘い込んだ、ひと気のない駐車場。
人払いのルリカの殺気を上塗りするかのような圧に、肌が粟立つ。目を丸くする彼女の傍で、ふるるっ、とリリウムの耳が震え、ルリが彼女の肩にそっと掌を添えた。
けれどひとり。シャーリィンはその圧が内側を震わせる感覚に沸き立つ己の血を、確かに感じながらも静かに柔らかく、言葉を紡ぐ。
「貴女のその植物を大切に思う優しい心、わたくしにはうつくしいと思えるのだわ」
空気を読むことは、流れや輪を乱さないようにするための心配りであり、自分自身を護るための魔法だ。だからこそ。
「流れに抗うのは、とても強い気持ちが必要で……。貴女の中には、その気持ちが、ずっと燻っていたのね」
「ウルサイウルサイ!」
シャーリィンの細腕から伸びた攻性植物が喰らいつくのを、必死で振り払うサナエが痛々しくて、「なあ、早苗」舞い散る紙兵の中、眉根を寄せてヒノトも語り掛ける。
「植物を踏みにじってるとき、辛かったんだろ。それでも、辛さを押し殺してまで同調したのは……嫌われたくなかったから……だろ」
ひたと見据える視線は、モザイクの瞳とは合わないけれど。
「よく頑張ったと思う。間違った選択だったなんて言わない」
「!」
それが、彼女が懸命に見付け出した、独りにならないための策だったとしたら。
ヒノトはそれを、否定なんてできない。
否定なんてできない、けど。
「けど、早苗の心も大事にして欲しいんだ。自分の意見を伝えるのは怖いか? ……でも、そうやってずっと自分に嘘をつき続けて、本当にいいのか?」
「ソウ……ダカラ、空気ナンテ読マナクテイイノ!」
パキン! と思わず瞼を閉じてしまうような音を立てて、至近距離から放たれた矢をシロツメクサの攻性植物が払い落とした。ルリカが小さく肩を竦める。
「それもひとつ……なのかもね」
逃げてはいけないと、世間ではよく言われる。けれど時にはそこから遠ざかることもまた自衛の手段になると、彼女は思うから。
「私はそんなの気にしないでいてくれる友達を探した方がいいと思うけど、ねっ」
──だって早苗さんは、こんなに苦しんでるんだもん。
おかしな流行りが生まれたり、それに乗ってしまったり。
──学生さんだと、今ある環境がすべてと考えがちな面もあるのかもしれませんね。
柔らかな眼差しをサナエに向け、ミニュイはほんの少しの笑みを浮かべる。愛用の手帳に挟んだ四つ葉のクローバーが、脳裏に浮かぶ。
幸福の導。
それが彼女を惑わせることがあるなんて、認めて良いはずがない。
「早苗さん。空気を読むというのは、誰かや何かを思いやることの一種……ですから、それ自体は否定されるものではないと思います」
しなやかな指にきらめく指輪から光の盾がキースの前に浮かび上がる。
「けれど」ミニュイの視線を受けたガウェインが、意図を同じくした夜色のネフェライラと共にサナエにタックルを見舞う。
「そこで違うと感じたのなら、それはあなたの大事に思うもの……それを決して見失わないようにしてください。それも大切なことですから」
ルリカの言うように、今彼女の目の前に広がる環境・ひと付き合いの囲いの外には、その『大事に思うもの』が同じ友人と出逢うこともあるかもしれない。
「ただ……そうして巡り合った同じ『大事』を持つ方に対しても『空気を読まなくて良い』なんて我を通し続けては、……きっと辛い事になると思います」
ケルベロス達がめいめいに紡ぐ言葉は、ドリームイーターを弱体化させるための説得──では、なかった。
ひとりの迷える少女への、真摯な声掛け。
数多ある道を示すための光だ。
──踏みつけられやすい、人通りの多い場所ほど四つ葉は見付かりやすいんだったっけ。
理に適っているのかもしれないけどと思い馳せて、ヒノトは更に状態異常を防ぐまじない帯びた紙兵を仲間の許へと送り続ける。
──そんなやり方で見付けたものが幸せの象徴とは思えないよな……!
だから。
「ユノ!」
頼りにしてる、と戦いの前に伝えてくれた彼からの声掛けにこくり、普段より力強く肯き唄う、喪われた面影を悼む歌。喚び寄せた魂が生者から力を奪うその力を纏って、ジゼルが幾多の銀の鍵を浮き上がらせる。
「全くもって理解し難いね。何故、自身の意見を主張すると嫌われる事に繋がるのかな?」
小さく嘆息ひとつ。胸の底にわだかまる感情の名を、彼女自身さえ知らないけれど。
「友の中にも同じ想いに苦しむ者がいるかもしれない。意見を聞いて考えを改めたり、遠くから同調する者が出てくるかもしれない。……キミは勝手に自分に、友人に見切りをつけ、未来を諦観しているだけだ」
躍りかかる流星の如き鍵群はいたずら妖精の手を借りた銀の魔鍵──パック・ロビン。
「ガッ……ァ……!」
ふらふらと身を揺らすサナエを見据え、ジゼルはぴたり、切っ先を向ける。
『紛いモノ』である己ですら、弱さを吐き出してなお背を支えてくれた友が居ることを、発条仕掛けの娘は知っている。
──幕引きにするには、早過ぎる。
「キミが先ず悩むべきは、どうしたら友の理解を得られるかではないかな」
「ッワタシ、ハ……! ワタシハ……!!」
揺らぐ、音が聴こえた。
早苗の中で、サナエの存在が揺らぐ、その音が。
「アァアアアア──!!」
開いた『教科書』から緑色の粘菌が溢れ出し、「いけませんよ」ルリの小さな身体が穏やかな諌める声音と共に飛び出した。
「ルリ!」
庇われた形のヒノトが叫ぶが、「大丈夫」彼女は微笑む。本来ならば精神を蝕む混沌の粘菌は、けれどヒノトを始めディフェンダー達の入念な準備の前に、その心までは侵食できない。
「みるく、」
声掛けに応じてみるくが尻尾のリング──苺の花輪──を飛ばしてサナエの『教科書』を打ち飛ばすその隙に、滑らせた脚には炎を纏いルリの蹴撃はサナエの身体を強く打つ。
癒しの盾をミニュイから受けながら「私もね、」と柔らかな笑みを湛えて、ふわりスカートを整えて。小さな淑女は言う。
「共感や周りの方と想いを繋げ合うこと自体はとても良いことだと思います。けれど、納得の出来ないこと、辛いことまでは合わせる必要は無いのですよ、早苗さん」
畳みかけるように魚さんが生み出す『元始の炎』の中を突っ切って、
「君は、怖いのだろうか」
キースは問う。その左手には不可視の球体を携えて。
「ア──」
触れた瞬間に消滅する、彼女の腕。虚無がすべてを呑み込む魔法。
──ひとりは、嫌だ。自分の行動を、選択を、否定されるのも怖い……わかる。
だから空気を読むのも、合わせる大切さも、キースにも理解できる。
「植物を傷付けるのは、誰がみても良くないことだ。良くない事に合わせて一緒に良くないことをするのも良くない……だが、良し悪しを伝える勇気も必要なのかもしれないな……」
仲間の外に居る彼らがこうして早苗に伝えるのは簡単でも、早苗自身が仲間の中でひとり異なる行動を起こすのは難しいだろうことも、判るからこそ難しい。
しかし。
ひょうと風切り今度こそ突き立ったルリカの矢束を足場に、高く跳ね上がったリリウムの眉間には深い深いシワが刻まれていて。
「悪いことをしてるのを悪いっていうことは、空気がよめないとゆーことなのでしょーか……いいえっ!」
その手に握り締められた銀色の槌には、一切の迷いはなく。
「悪いことをしたり弱いものいじめをしたり、一緒にやったら楽しくないことを楽しくないっていうことは、きっと間違いじゃないはずなのです!」
難しいことなんて判らない、知らない、だから従うのは単純で──素直な気持ち。
「空気を読むために、」
体重を乗せて渾身の力で振り下ろすじぇのさいどはんまーは、そんな彼女の想いをめいっぱいに詰め込んで、早苗の歪んだ夢を叩き潰す!
「おねーさんが優しくなくなる必要なんて、きっとどこにもないんですよー!」
「ッハ……!!」
固いアスファルトの上を転がったサナエに、「そう、だな」キースも少し首を傾げて、どこか眠そうな雪空色の瞳をゆっくりと瞬きした。
「好きを否定してまで、空気を読む必要はない……本当の友人なら、君を仲間はずれにせず理解してくれるのではないだろうか」
「ええ。『嫌だ』と伝えないと、お友達も気付けないのかもしれませんよ」
ひとつ肯いて、ルリも言う。
「周りに合わせることが悪いのではなく、誰かが気持ちを押し殺したままお付き合いを続けることが、良くないのではないでしょうか」
「ワタ……ワタシ……自分ノコト……大切ニ……」
「うん。早苗さんは、自分のこと大切にしていいんだよ」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
目からモザイクを零すサナエの姿に、ルリカが告げる。
ケルベロス達が紡いだ言葉は、ドリームイーターを弱体化させる説得ではなかった。
だから時間は掛かったけれど──だからこそ届いた言葉が、あったに違いない。
いっそ優しく、シャーリィンは蹲るサナエの前にふわりドレスの裾を泳がせ、膝を折る。
その指先は、うつくしく開いた華をすら手折る葩喰──マシュナカ。きりりと細い指が頸を締め、サナエはただ苦しさにもがいてシャーリィンの白い手に爪痕を刻んだけれど、その指の力を緩めるすべすら、もう判らないから。
「さあ、お目覚めを──……貴女の優しい想いを、あきらめないで」
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
崩れたモザイクは目から全身に拡がって、そしてサナエの身体は風に消えた。
●きみに「約束」を
「ありがとな、ユノ」
「ううん、あんまり動けなくてごめん、ね」
「避難誘導、ありがとう」
「なにごともなくて良かったっすう」
「ああ、そっちもお疲れさん」
「わたくしも空気を読むのが得意かと言われると悩ましいところですので……きちんと早苗さんに伝わっていると良いのですが」
「おとなの世界はとっても難しいってわかりました!」
傷んだ戦場──駐車場や公道──にヒールを施しながら早苗の目覚めを待っていた番犬達は、無事に瞼を開いた早苗の様子に胸を撫で下ろした。
「皆さんの声……聴こえてた、気がします」
俯きつつ小さく告げた早苗に、キースは少し離れた場所で項に手をやる。
いきぐるしい様々なしがらみなど気にせずのびのびと呼吸ができればと願ってしまうが、やっぱりそれが難しいだろうことも判っている。
同じもどかしさを抱くルリカは、早苗の前に立てた小指を突き出した。
「また今度、一緒にお茶でもしながらゆっくり話をしよう? 人に話すことで少しは気持ちも楽になるし!」
「え、」
「そうだな。友達のことみんな否定するのも難しいだろうから、四つ葉はシロツメクサの花の下なら見つかりやすい……とか、代案を伝えてみるのもどうだ?」
ぱたぱた、尻尾を振ってひと好きのする笑顔を向けて、ヒノトも小指差し出し言う。
「早苗の優しさを好きなクラスメイトだって当然いると思う。だから本音を言い合える友達も、絶対できるぜ」
約束する、と告げる彼の横から、リリウムも小指を立てた手を伸ばす。
「じゃあわたしが今からおねーさんのお友達です!」
「あら、じゃあ私も?」
どんなお茶を用意しましょうか、なんてくすくすとルリも小指を差し出した。
ジゼルも微か口角を上げて、少女の背を軽く叩く。
並んだ小指達に瞬いていた早苗の視線が、彼女を捉える。
「望む未来を掴む『答え』は、キミ自身の中にあるのだから」
──恐れないでキミも、踏み出してくれ。
「……眩しいのだわ」
少女が控えめな笑顔で手を振って曲がった角に差す朝陽にシャーリィンが改めて目を細め淡く呟けば、ミニュイがふふり、小さく笑った。
「彼女の迷いが、晴れるといいですね」
きっともう大丈夫だと、そう信じているけれど。
作者:朱凪 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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