集いと停滞

作者:文月水無

●心変わり
「じゃあ、場にいる生き物全員でフルパン! 山田、なんかある?」
 とある高校の放課後、教室では部活にも入らない意識低めの男子高校生4名が机を囲んでいた。机には様々なテキストが書かれたトランプ大のカードが並んでおり、対面に座っている2名は手元にカードを持っていた。いわゆるトレーディング・カード・ゲームをプレイしている二人と、観戦する二人という構図である。
 山田、と呼ばれた生徒は手元のカードをちらっと確認すると、それを手元の束に合わせて投了の宣言をする。
「何もないな、負けだよ」
「やっほー! 勝てたぜ! 次! またやろうぜ!」
 勝った側の生徒は嬉しそうに手元のカードを片付けていく。
「いや、今度はお前らどっちかがやってくれよ。俺は便所」
 投了した側の生徒、山田はそう言って教室を去っていく。
 山田は宣言通りトイレへ行き、手を洗いながらため息をつく。
(「……はぁ。つまらん……。俺はなんであいつらに合わせてるんだ」)
「お前、あれ勝てただろ?」
「え、いや、そんなことは! っていうか! ……っ!?」
 観戦している二人にバレたかと焦って鏡を見るが、そこにはここにいるはずのない姿が映っていた。どこかは知らないが他校の制服で、女子、しかも日常見ることはないような1メートル以上の大きさの鍵を持っている。
「お前の本当の心は、どこにある? あいつらを接待して、それで楽しいか?」
「いや、接待なんて……。ショップ行かずに遊べるのは楽だしいいものだよ」
 山田は状況に混乱しつつも、凄みのある女子高生に対して受け答える。
「せっかく学校で対戦相手を見つけたものの、レベルが違いすぎて相手にならない。数戦そんなことがって、それから手を抜いている。そんなとこだろうが、お前の価値はその強さにある。あいつらに合わせてると、その価値はなくなるぞ!」
 強い口調で諭してくる女子高生に、山田の思考は混乱してくる。
「お前らなんか俺の相手ではない、お前らの相手なんかつまんない、嫌だ! と言ってみたらどうだ? お前の他にも同じことを思ってるやつを炙り出すこともできるかもしれん」
「そ、そうだな……。嫌なことは嫌だ、って言わないとな! 誰だか知らないけどありが……」
 翻意した山田の感謝の意を最後まで聞くことなく、女子高生の姿をした何かは、手元の鍵を山田へ突き刺した。

●予言
「日本各地の高校にドリームイーターが出現しはじめたようです。このタイプのドリームイーター達は、高校生が持つ強い夢を奪って強力なドリームイーターを生み出そうとしているようですね」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が事件の背景を共有する。
「今回狙われた山田という生徒は、いわゆる接待プレイをカードゲームで行っていたようですね。自分が強すぎるからと空気を読んで周囲に合わせていたみたいですけど、そのことに疑問を持っていたところを狙われたみたいです」
「被害者から生み出されたドリームイーターは強いと思います。ですけど、この夢の源泉は『空気を読むことへの疑問』です。元の人である山田さんが持っていたそれを弱めるような説得ができれば、弱体化も可能でしょうね」
 ただし……と少し俯きセリカは続ける。
「それをやりすぎて、彼が何も言えないような弱い心を持ってしまうリスクもあるような気がします。難しいところですね……」

●儚い懇願
 セリカは討伐対象、敵の能力について手早く説明していく。
「元凶である学園ドリームイーターを補足することは残念ながらできそうにありません。今回討伐していただくドリームイーターは、山田さんから現れたもので、山田さんとよく似た外見でハチマキをつけて、少し強い雰囲気となって現れます。この1体を討伐していただくこととなります」
「敏捷と理力を用いた近接単体攻撃、それと自分の回復を使ってくるようです。リーチは短そうなので、皆さんの中で体力に自信のない方は二列目以降にいると少し安全かもしれませんね」
「ドリームイーターは男子トイレから遊んでいた教室まで移動して襲いますが、その間の道に人はいません。廊下、あるいは教室のいずれかで対峙することを選択することになるかと思います。いずれにしても戦闘に不自由のないスペースは確保されます。また、襲撃対象の生徒よりも皆さんの攻撃を優先するようですので、襲撃対象となった生徒を逃がすこともさほど難しくないと思いますよ」
「ドリームイーターが活動中、山田さんはトイレで倒れていますが、ドリームイーターを無事討伐することができれば目を覚まします。何とか頑張って救ってください」

 最後に、とセリカはケルベロスたちへ向かい告げる。
「皆さんの言葉の影響力は強いものがあります。ドリームイーター討伐後の山田さんの性格にも反映されます。少し考えてあげられるとよいですね」


参加者
幽・鬼丸(レプリカントの戦士・e00796)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
九鬼・一歌(戦人形鬼神楽・e07469)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
マチルダ・ゴールドレイ(サキュバスのガンスリンガー・e67503)

■リプレイ

●ドロー、スタンバイ、メイン1
 とある高校の廊下を、カードゲーマーの男子高校生山田から生まれた、山田の見た目でハチマキをつけたドリームイーターが進んでいた。倒すべきはついさきほどまで宿主がカードゲームで遊んでいた学友である。
 その進路に6人のケルベロスたちが現れた。強敵の気配を察し標的をケルベロスたちへと変更した山田は、誰だ? と問いかける。
「私たちはケルベロスです。被害をここで食い止めるために来ました」
 ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が毅然と受け答える。
「でもその前に、あなたの、山田君の気持ちについて教えてもらえないかしら。場合によっては見逃せるかもしれないわ」
 マチルダ・ゴールドレイ(サキュバスのガンスリンガー・e67503)が優しく問いかける。マチルダ含め、実際に見逃すつもりなど全員が持ち合わせいないが、説得を行うための時間を稼ぐための方便は必要だった。
 山田の姿をしたドリームイーターは、ケルベロスたちがただちに戦闘を行おうとしていないことを理解すると、緊張を少しだけほどき語りだす。
「……わかったよ。俺は、山田は、奴らに合わせるのが疲れたんだ。普通にやっては勝ち続けてしまう。だから空気を読んで手を抜く。そうすると元々楽しかったものがどんどんつまらなくなっていくんだ」
「お前、イイやつだな」
 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が反応する。
「だって、空気を読んでいたってことは、ダチのことをちゃんと見てるってコトだろ。そんなアンタだから、ダチは一緒にいたいって思うんだろうぜ」
「見てるのは、俺ばっかりだ。そんなのはもう嫌だ……」
 ウタの指摘に対しドリームイーターは反論はせず話題をずらす。空気を読むことに対する意義をそのまま突かれたのは弱ったようだった。
 シルフィリアス・セレナーデ(紫の王・e00583)はその様子を確認し、畳みかける。
「空気を読むことは大事なことっす。しかしっすよ、ことゲームにおいては手を抜かずに実力差を埋める方法があるはずっす。置き碁や駒落ち戦では双方楽しんでる姿を見られるっす」
 九鬼・一歌(戦人形鬼神楽・e07469)はシルフィリアスの話を受けカードゲーマーとして補足する。
「例えば、デッキを交換してみるとか、禁止制限を片方解禁するとか、手札を常に公開するとか少なくするとか、対局時計自分だけ使うようにするとか、TCGだってハンデはいくらでもつけられるものです。やってみると意外と楽しいですよ」
 幽・鬼丸(レプリカントの戦士・e00796)もアイズフォンで絶えず山田の趣味について調べながら声をかける。
「彼らもお前と勝負をしているってことはそれを楽しんでいるんだろう。でもそれはお互い勝とうとしている前提があって成り立つものだ。ある意味彼らはお前を信用しているからこそ、お前の真相に気づかなかったんじゃないか」
 ドリームイーターはケルベロスたちの主張を反芻ながら呟く。
「そこまでして、奴らに合わせる必要があるか……」
「逆に、あなたはどうしてそこまでしてお友達とゲームをしようと思うのかしら」
 マチルダがドリームイーターの呟きを広いながら諭す。
「どうして……?」
「遊ぶことと、強くなることの境界があやふやになってませんか?」
 ミリムが山田の葛藤を鋭く指摘する。
「ユーザーのうち多くは複雑な裁定全て頭に叩きこんでジャッジもこなしつつ新規のデッキで戦えるわけではありません。ハッキリ言って山田さんみたいな猛者は、どこにでも居るわけではないのです。ギリギリな勝負を求めるなら競技の大会やショップに行けばよいでしょう。社会人や妻帯者のプロプレイヤーだっているんです。山田さんが彼らと遊ぶことと強さを求めることを両立することは全然矛盾しないとイチカ思いますよ」
「チーム戦、というものもあるそうだな。友人たちと遊ぶことと腕を磨くことを同時にこなしたければそういうのに参加したらどうだろうか。試合中にアドバイスができるものもあるようだし、わざわざ弱いと面と向かって言う必要もないだろう」
「相手へ伝えるのと相手を見下すのは別物だぜ。お前が真剣に教えたらダチだって嬉しくなるだろう。もっとあんたと一緒に遊びたいって思うはずだ。案外、ダチがライバルに化けるかもしれないぜ」
 一歌、鬼丸、ウタの3人がそれぞれ現実的な方法や方向性を提示する。
「空気を読むことは大事なことっす。これからも読める山田さんであってほしいっす。でも、山田さんの葛藤は分離して解決することができそうっすよね」
「彼等はむしろ、カードで遊ぶのが目的じゃなくて、あなたと遊びたいんじゃないでしょうか。気軽に遊べればそれでいい。もし彼等が飽きたら別の遊びをしたってよいでしょう。本当は気づいてるんじゃないんですか」
 シルフィリアスとミリムも空気を読む大切さを強調しつつも状況を整理しドリームイーターへぶつける。
「ここでお前が手を抜いていたことを伝える、コミュニティから離脱する、ましてや襲うことで生じるものが何かを考えてみてくれ」
「あなたの最初の気持ち、思い出してみたらいいと思うわ」
 鬼丸、マチルダの問いかけに、ドリームイーターは困窮する。
「俺は……本当は……」
 その姿は、当初の印象より随分弱っていそうにケルベロスたちには見えた。夢への源泉を弱めることには間違いなく成功していた。加えて、心が完全に日和らないようにと出来る限りのことはした。この心理的な充足感は、ケルベロスたちを更に優位な状況へと運んでいた。
「でも、あなたは偽物。そしてデウスエクス。倒さなければなりません。イチカたちが勝って今日のことはなかったことにします。戦闘前心理フェイズはここまでです」
 一歌が言い放ったのを合図に、戦闘がはじまった。

●クライマックスフェイズ
 強い気持ちを失ったドリームイーターであったが、ケルベロスたちを倒すという使命は失っていなかった。ここで勝たなければ死ぬ。力の源泉が弱まろうとも、戦う理由には十分だった。
「俺のターン! 俺は武器封じを使うぜ!」
 自分で鼓舞するかのように宣言し、近接攻撃を放つ。
 それぞれ異なる剣を両手に持ったミリムはそれを真っ向から受け止める。鍔迫り合いのような恰好で攻撃を受けることになったが、仕留めるには威力不足であったこともあり軽く受け流される。
 ミリムはそのまま剣を深く構え、次の一撃への準備と先ほどのダメージのケアを行う。
「叶えたい夢があるなら。 思いのまま迷わず翔け抜けろ!」
 更にウタがミリムに対し「疾き風の歌」(ソングオブワイルドウィンド)を使い万全の状態へと戦況を戻す。
「これで武器封じは解除っすね。加えてマヒってもらうっす」
 シルフィリアスは魔法少女然としたドレスをひらつかせ、特製のライトイニングロッドに雷を集めドリームイーターへ放つ。
「コイン投げてもなかなか解除されませんからね。怒らないでくださいね」
 一歌は高く飛び上がり、美しい虹とルーンを纏った蹴りを浴びせる。言葉とは反対に、それはドリームイーターを怒らせることとなった。
 鬼丸は胸部を変形展開させてエネルギー光線を放ち、マチルダは素早く銃を撃つ。
「信じれば、解決する運命を引き込める! いくぞ!」
 一方的にやられているドリームイーターは、それでもなおワンチャンスを期待して近場を攻撃する。
 しかし、手の届く範囲のケルベロスたちを一撃で仕留める力は残っておらず、有効打とならない。
 戦況は終始ケルベロスたち優位で進んでいく。ドリームイーターが望む逆転の一手は現実には仕込まれておらず、現れることもない。
「裂き咲き散れ!」
 ミリムが緋色の闘気を纏わせた剣で牡丹の模様に敵を切り裂く。
「いくっすよー」
 シルフィリアスはマジカルロッドに集めた魔力をロッドの先端から光線として打ち出す。
「お前ら、強いな。こういう戦いをしたかったんだろうな……」
 ドリームイーターは弱弱しく呟く。負けを悟った言葉だった。
「喰らいやがれっ!」
 ウタが、止めだと確信しマジックミサイルを放つ。
 踏み込みざまに振るう、炎の矢が横殴りの雨の如く降り注ぐ。地獄の焔摩は咎人を逃がさない。
 もしこの瞬間が一枚のカードであったらこんなフレーバーテキストだろうか。自分が消える瞬間でありながら、どこか余裕を持った潔い表情で、ドリームイーターは消えた。

●アンタップ、アップキープ
 ドリームイーターの死を確認したケルベロスたちは、山田本体が狙われたとされる場所へ向かっていた。
「あなたたちは……?」
 頭を抱え廊下を歩く山田は、年齢層が幅広く高校に必ずしもそぐわない小集団に疑念を抱く。
 ウタは山田へタオルを渡す。倒れた場所を思えば適切な配慮だった。
「何があったか、覚えてないか?」
 混乱している様子を確認すると、鬼丸は山田へ確認する。
「意識がすこし、ほんわか、ふわふわしています。妙に現実味のある夢というか、あなたたちみたいな人がいたような……」
「平和な心を持っているなら何よりです。イチカは通りすがりのカードゲーマー。よければ一戦どうでしょう」
「……? いいですけど、友人たちを待たせてるんで、一緒でいいですか」
 一歌の提案に、困惑しながらも山田は了承する。
「私にも教えてもらえませんか?」
 状況が落ち着いたのもあり、ミリムは学校の空気感を尻尾を振りながら上機嫌に楽しみつつ、山田へ聞く。
「私にも教えてもらえるかしら? 全くの初心者なのだけれど」
 マチルダは注意深く、かつ余裕を持った表情で山田を包みながら確認する。
「ええ、いいですよ。僕でよければ」
 山田の表情から嫌そうな雰囲気を察することは誰もできなかった。
「手加減は無用っすよ。あちしたちは色々強いっすから」
 シルフィリアスも言葉を重ねて山田の様子を伺う。手は尽くしたはずであるが、彼の精神へ悪影響を与えていないかというのは全員が不安に思う部分であった。
「それはよかった。まぁ、元より僕も手を抜くつもりはありませんよ」
 彼女たちの持つ隣人力の影響とは関係なく、山田の本心から出た言葉であるようにケルベロスたちには思われた。
 友人を思う心、空気を読む優しさ、強さを求める志、それぞれのバランス感覚を無意識化に取り戻した山田は、ケルベロスたちを引き連れ友人たちの待つ教室へと向かった。その足取りは行きよりも軽いものであった。

作者:文月水無 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月25日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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