徒花

作者:絲上ゆいこ

●ゆうどき
 この先は、行き止まり。
 この奥には、立派な桜の枯れ木の有る空き地があるだけ。
 何時からか、ココに住み着いていた白猫が今日は見当たらない。
 縄張りの確認にでも行っているのだろうか。

 折角オヤツを持ってきたのにな。

 八上・真介(夜光・e09128)は空振りしてしまった猫のオヤツの入ったビニール袋を擡げて、踵を返した。
 返そうと、した。
「この先は、行き止まりですよ」
 そこで、女の声を、聞いた。
 ぞぞめく肚の底。
 聞き覚えのある声音。
 忘れようとした声音。
 過る、あの時の記憶。

 ……どうして?

「ねぇ、真介」
 あなたを、ちょうだい。
 脳が火傷しそうなほど甘たるい声で囁き、女は微笑む。
 真介は、懐中時計に指を伸ばし――。

●宿らぬ禍恋
「早く、早く、準備を急いで! 真介が襲われているのでしょう!?」
「――はいはい落ち着け天目クン、ちゃんと急いでるぞ。だからその前に、説明を聞いてくれよな」
 うろたえた様子の天目・なつみ(ドラゴニアンのガジェッティア・en0271)をレプス・リエヴルラパン(レポリスヘリオライダー・en0131)が軽く嗜め。
 ヘリポートへ急ぐ足を止める事無く、背後を歩くケルベロス達に口を開いた。
「今日呼んだのは、天目クンが慌てている通りだ。八上クンがデウスエクスに襲われる予知が見えたモンでな、今も連絡を取ろうとしているンだが……」
 片目を瞑ったまま語るレプスは、アイズフォンを使用しているのであろう。
 肩を竦めて、言葉を次ぐ。
 連絡は、まだつかない。
「敵の現れた場所は、八上クンの良く訪れているらしい空き地だ。猫に会いに来たようだが……」
「えっ、もしかしてその猫ちゃん……?」
 酷い想像をしたのか、ワントーン低くなったなつみの声に。
 レプスは左右に首を振り。
「猫は散歩中だから安心をしてくれ――と、言うよりも。敵が八上クンと二人きりになりたい様で、余計な邪魔が入らないようにしているみたいだな」
 ヘリオンの扉を開きながらも、彼が口を止めることは無い。
「相手は『禍恋』のジュリエッタ、と名乗る死神だ。さっき言った通り、配下も連れていない。――そこまでそうしたい理由は俺ァ知らないが。……目的もシンプル、八上クンの殺害一点だ」
 その為、恐らく。援軍としてケルベロス達が現れたとしても、彼を狙い続ける事が予測される、と彼は付け足して。
「敵サン、自分の身よりも八上クンの殺害を優先しそうな勢いでなァ……」
 自らを癒す手立ても持ち合わせては居るようだが。
「そんなのますます急がなきゃいけないじゃない!」
「ああ、勿論」
 急ぐから舌を噛まないようにしてくれよ、とレプスはヘリオンへと向き直り。
「……頼んだぜ、ケルベロスクン達」
 一言だけ、呟いた。


参加者
木村・敬重(徴税人・e00944)
エイン・メア(ライトメア・e01402)
片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
八上・真介(夜光・e09128)
魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)

■リプレイ


 長く伸びる影。琥珀色が赫く、二人を照らしだす。
「真介」
 ひどく甘たるい声音。金糸と黒い黒いベールをたなびかせた死神は、レースの手袋をするりと外し。
「ヴァル、キュリア……」
 あの時、殺したのに。――俺が。
 金の懐中時計を握りしめて。言葉を絞り出した八上・真介(夜光・e09128)へと、死神はその白い白い指先を伸ばす。
 その瞬間。
 冷ややかな舌打ちが響いた。
 鋭く跳んだ光輪が白い指先を弾き、そのまま真介を守る盾と化し。
 重ね駆けた氷の騎士が死神を押し止め、その刃を振るう。
「おまたせ!」
「こっちだ、真介」
 はっと、真介が仲間たちへと駆け出し。そんな彼にぴょーんと飛びつくテレビウム――帝釈天・梓紗。
 彼の駆ける方向――、空き地の入り口へと死神は振り向いた。
「……なぁに、あなた達」
 氷の様に、凍てついた死神の声音。
「執着心剥き出しにしてんじゃねえよ、クソ女」
 あかんべ、一つ。
 雪色の翼猫――ユキを侍らし、杖で地を打った鷹野・慶(蝙蝠・e08354)。
「フフフそれにしてもアンタ、真介を狙った所はお目が高いわね! そこは良くてよ!」
 その横で片白・芙蓉(兎晴らし・e02798)は、何時もの様に自信満々の響きを保って。びしっと人差し指を突きつけた。
「真介さんがキレイなお姉さんとジャパニーズシュラバーなの!?」
 その背後から更にぴょっこり顔をだした、ふんわり羊。ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)がきょときょと周りを見渡し。
「……違ったの! 全然そんな空気じゃなかったのっ!」
 えいえい。話の腰を折ったついでに加護もつけておきます。月光の魔力を、真介に叩き込む。
「フフフベネ! 良くってよルリナ、秒でこっちのペースよ!」
「わーっ、褒められちゃったからセーフなのっ」
 微妙に和む、ウサギと羊。
 そんなやり取りに興味を失ったかの如く。
 死神は視線を落として掌を大きく広げ、白い魔力が膨れ上がらせる。
 大切なものを護る拳。
 一気に踏み込み、身体を滑り込ませる様にガードを上げて。
「よう、逢瀬の邪魔だったか?」
 真介と死神の間に割り込んだ木村・敬重(徴税人・e00944)は、ガントレットで掌に生まれた冷たい圧を受け止め。
 制動を掛けた勢いそのまま、軸足で旋転する形で力を乗せた拳を叩き込む。
「ま、今日ばかりは邪魔だって言われても帰りはしないのだけどもな」
 顔馳せには慍色。バックステップを踏み、敬重の拳より距離を取る死神。
「ジュリエッタ、――だったか? お前の方から見ても邪魔者か」
 話しても何も伝わりはしないんだろうし、特に何も話す事もねーんだけどさ。
 飄々と、敬重は言葉を重ね。
 金の瞳を揺らす、エイン・メア(ライトメア・e01402)は龍槌を手に。
「さぁて、やがみんをお助けして――そして死神を撃破しますーぅ」
 それは勿論ですがーぁ、と。
「さて、どう終わらせるのか?」
 ひたりとした視線を真介に向けるエイン。
「悪しきデウスエクスとして『普通』にやっつける? 仇敵を自らの手で始末して『過去』に決着をつける? それとも、絆を守り『明日』に繋げる戦いをする?」
 距離を取る死神を見る事も無く、彼女は掌の中のスイッチを押す。
 瞬間、死神の肩口が爆ぜ。
 それでもエインの視線の先は真介の侭、人差し指を彼の唇前へと差し出す。
「どれも、好きに振舞えば良いと思いますーぅ♪」
 あなたはひとりじゃないし、つよいのでーぇ♪ なんて、やっと敵へと向き直り。
「ねえ、たかもん」
 呼びかけられた慶は真介を背に庇い、死神を見据えたまま。
 銀時計。――銀針を、握りしめる。
「殺してえなら手伝う。尋ねてえなら時間を作る」
 それを叶える為に、皆はここに来た。
 慶が心配しているのは、真介の身体の怪我では無い。
 彼の過去を知るが故の、心の傷の事だ。
「――真介の望むままに」
 真介は顔を上げる、死神を真直ぐに見据え。
 金時計。――残照を、握りしめる。
「ヴァルキュリア。お前の選定は受けられない。今も昔も」
 拒絶の言葉に死神は笑った。
 乙女の様にその頬を薔薇色に染めて。
「だからこそ、欲しいの」
 間髪を容れず、同時に跳ねた死神と真介が肉薄する。
 穢れを斬り払う刀と、彼女の生み出した白い魔力が鍔競り合い。
 一瞬、力を緩める事で峰を滑る魔力。ふ、と鋭く息を吐き出した真介が、彼女の魔力ごと刀を横薙ぎに。
 腕を半ばまで刳り、刃を引き抜くと彼女はまだ笑っていた。
「ふふふ……、そうじゃなくっちゃ」
 魅縡・めびる(フェイスディア・e17021)は、自分がけして強く無い事を自覚している。
 それでも、ここへ向かう足は止められなかった。
 一瞬顔が下を向いてしまおうとも。足元を護るブーツは、暖かく彼女の心を包んでいる。
 ステップを踏んで死神より距離を取ってきた敬重が、めびるの肩を軽く小突く。
 それは何よりも。めびるの心を溶かし、鼓舞する力。
「しんすけ、くん!」
 地に一刻早い星空。
 好きなもの、好きなひと。欲しい気持ちはめびるも痛いほど理解できる。
「けど、あなたのそれは、間違った欲しがり方だよ。……しんすけくんの心を誰に預けるかは、しんすけくんが決めることだから」
 加護の星を描いためびるは、剣をぎゅうと握りしめる。
「しんすけくんはあなたのものじゃ、ない!」
 立ち向かう事は、不安だけれど。
「めびる達は、――しんすけくんを守るために、あなたを倒すの……!」
「うん」
 こっくりと頷いたアウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)が、めびるの気持ちを次ぐ様に。
 真介と入れ替わり飛び込み、踊るような足取り。
 星々を纏った流星が、真介から死神を蹴り引き剥がす。
 死神を引き倒したアウィスが軽く跳ねると、ぐうるりプリマの様に回って。
 腕をガードにあげた上から、更に重ねる形で顎下を蹴り上げる。
「真介が、倒すときめたなら、お手伝い、する」
 追い払う形で大きく凪いだ腕を避け、バックステップを踏むアウィス。
「大変でも、大丈夫」
 皆がいるから。――さあ、やろう。
「ふっふっふっ、後方支援はばーっちり任せてほしいわっ!」
 なつみがガジェットの紐を引けば溢れる蒸気。防御の魔導片を真介へと纏わせ、ウィンク一つ。
「ボク達の仲良しパワーを見せつけちゃうの!」
 めびるとルリナが、調子を合わせて獲物を構え直した。
「フルエバラコース……!」「皆揃って、無敵だよっ!」
「フフフと言う事で真介、今すぐ我らを頼りになさいな!」
 芙蓉の声。誰であれ恋情に口を挟む趣味はないけれど。真介を摘み、奪う愛なら許しは出来ない。
 ――今の真介は、もう、自分で自分の在り方を選べると芙蓉は知っているのだから。
「……みんな、よろしく」
 いつもの様子を保っていてくれる仲間に、真介は眼鏡のフレームを一度撫でると頷いて。
「ああ。真介の望むままに」
 短く頷いた慶。ユキの翼が大きく風をはらみ、皆を護る加護が吹く。
 同時に生んだ光の刃を手に。
 慶は体重を乗せた踏み込みで、死神へと斬りかかる!
「んむんむーぅ、お任せあれーぇ♪」
 不敵に笑ったエインも大きく頷き。
「本当に邪魔な子達ね」
 嫉妬、だろうか。
 その美しいかんばせを醜く歪ませる死神。
「……もう一度、眠らせる」
 真介は狙われど、もう逃げだしはしない。
 退かない。下がらない。
 一番、攻撃の行いやすい。
 一番、彼女に取って狙いを定めやすいポジションに、彼は立つ。


「……ッ!」
 真介の脇腹が抉られ、肉が、血が、こぼれ落ちる。
 梓紗が慌てて獲物を振って、応援の加護を与え。
 ユキが癒やす風を吹きすさぶ。
 重ねられる攻防は、続いていた。
 流れる血、爆ぜた肉。
 癒やす事は出来ども、疲労は重なる。
 幾度も響き爆ぜる、刃と魔術の応酬。
 死神が真介しか狙わぬとは言え、庇えば傷は生まれる。
 腕を振る勢いで、血を地に弾き捨てながら。
 敬重は死神の肘を握り、振り上げた足で彼女の軸足を刈り上げた。
 ケルベロス達。真介。そして、空。
「なあ、この光景は、見て理解出来てるか?」
 金色が大きく靡いて、死神の視点はぐうるり反転する。
「真介の事を大事に思ってるやつがこれだけ居て、誰もがお前にくれてやりはしないと思ってる」
 死神のバランスを奪い転がした敬重は、そのまま拳を叩き込み――!
「あんたの望みは叶わない。残念だったな」
 低い声音で響く、宣言。
 地を転がり避けた死神は、敬重を突き飛ばす様に。
「敬重くん!」「――行くわよっ!」
 大事な人達を、絶対守ると。
 重ねて前衛に放たれるめびるの星の加護と、なつみの蒸気の加護。
 死神には聞こえているのだろうか、届いていないのであろうか。
 その身を蝕む氷を割りながら、尚も睨めつけるのは真介だ。
「……あなたは、来るわ、こちらに」
 死神の呟き。
「……真介が誰のかなんて、真介が決めること。真介がどうしたいのか、ちゃんと聞いて」
 月光の銀に、夕焼けを映えさせて。
 アウィスはきっぱりと言い放つ。
「あなたが勝手に言ってるだけは、だめ」
 跳ねる彼女は、舞う様に、踊る様に。
 Trans carmina mei、cor mei……Intereas。
 死神に肉薄しては、翻弄しながら。澄んだ高く遠く響く歌声が響く。
 脳を、頭を、震わせるその歌は、その歌は。
 死神が大きく頭を振るって。
 ぞぞと、痛みの走る頭を抱え滑らせると、頬に血の筋が伸びた。
 割れる様に、頭が痛い。
「だま、って!」
「すみませんねーぇ、今日わたしが叶えるのは、やがみんのお願いだけなのでーぇ♪」
 マッドプライズ『ザ・アスガルド』。
 エインのサキュバスの片翼が、鈍く夕焼け色を照り返す鋼鉄の大刃と変転する。
 死神が受け身を取る前に、空を斬り駆け跳んだエインに合わせて。
 ルリナが龍槌を左右にぶんぶんと振る。
「いきますよーぅ!」
「せーの……っ、どっかーん!」
 夕焼け空に、一瞬で立ち込める雷雲。
 めえめえとごろごろ。激しい稲光と、共にこぼれ落ちる――巨大な羊!
 ずぱん、とエインの刃翼が死神の肚を裂き。
 静電気を纏った羊が死神を転がし、まとわり付き、ばちばちめえめえ。
「……邪魔よっ!」
 鮮血を撒き散らして腕を振るうと、毒を纏う白い魚が回遊する様に大口を開いてぐうるり旋回。
 羊を喰らい、ケルベロス達を狙い――。
 そして、彼女は血を撒き散らして膝を付く。
「……け、ほっ」
 ガードを固めた敬重が、ステップを踏んで飛び退き。
 慶と同時に。
 魚より真介を庇わんと彼への前へと走り込んだ芙蓉は、知らず握りしめた拳に力が籠もっていた事に気が付き。
 細く細く息を吐いた。
 今走ったのは、肉を喰らわれる痛み。
 それよりもずっと痛くて苦い思い出が脳裏に過る。
 丁度、丁度あれは一年前だ。
 あの日、真介を連れて行けなかったこと。
 あの日、真介と交わした約束を。
「ねえ、お前が『終わらせたい』と願ってくれることがどれだけ重いか」
 あの日の事は、ずっとずっと悔やんでいた。
 言葉に出せずとも、ずっと想っていた。
「――あれは、同じ日の存在なのよね?」
 背で紅白の飾り紐が揺れる儀礼刀を握りしめる真介に、尋ねる芙蓉。
 こっくりと彼が頷いた気配に、唇を笑みに持ち上げる。
「フフフなら、一つここで約束を果たすとしましょうか!」
 芙蓉は、何時もの様に笑って見せる。
「ああ接吻海そのままに日は行かず――鳥翔ひながら死せ果てよいま――なんてね。――ちゃんとお前には歩いて貰うわ!」
 真介を信頼し。
 そして大切だと願う言の葉が、彼へと寄り添った符の青鳥を加護と化す。
 あの時と、同じ力。あの時と、同じ声。
 その加護は、ただの加護では無い。
 心を救う、約束を果たすが為の加護だ。
 満身創痍。
 削れた肉は血こそ止まっているが、少し動けば吹き出す。
 折れた腕は、動きはするが少し動くだけで鋭い痛みを走らせる。
 それは、真介も死神も同じであろう。
 彼を庇い続けた前衛達も、似たり寄ったりの有様ではあったが――。
「とどめは、譲る。真介……お前のその手で、終わらせろ」
 召喚した絵筆を手に、慶は既に駆け出していた。
「……ん」
 再び頷く真介。
「……お前があの日現れなければ、俺は戦争も知らない暢気な地球人だっただろう」
 慶が絵筆で白い魔力の魚を、はったたくと生まれた黒い魚が白い魚を喰らう。
「お前があの日俺に切っ先を向けなければ、俺は一般人のままだっただろう」
 その魚は、死神に殺到し。
 彼女を喰らい、毒を撒き散らす。
「俺があの日ケルベロスにならなければ、俺は死んでいたのだろう」
 真介は身体を庇う様に、ゆっくりと歩み寄りながら、呟く。
 ……俺があの日、お前を殺せなければ、どうなっていただろう。
 名前も知らない金色のヴァルキュリア。
 お前は間違いなく、ケルベロスとしての俺の最初の存在だった。
「今日この場所にお前が現れなければ、お前はずっと俺の恐怖の対象だっただろう」
 美しい徒花。
「ちがう、わ。あなたは、私と来るの」
 死神の血に交じる声音は、未だ熱っぽく。
「……あなたは、わたしのところに」
 徒花に実は生らぬ。
 一度散った花弁は、元には戻らない。
「……眠ってくれ。永遠に」
 穢れを斬り祓う刃が一文字に奔る。
 ――疾く、往け。
 ぽーん、と跳ね跳んだ首が、広場に転げ。
 黒百合の花弁と化して、失せ消える。
 死神なんて、最初からそこに居なかったみたいに。
「……永遠の眠りで安らぐ事ができます様にーぃ、――おやすみなさいですよーぉ」
 昼と、夜の交じる逢魔時。
 夜のにおいがする風が、エインの髪をさらりと揺らした。


「真介さん大丈夫!?」
 瞳をうっすら開くと、慌てたルリナと梓紗がウロウロする姿が一番に目に入った。
 慌てて回復を重ねている、めびるとなつみ。
 くらくらする頭、一瞬意識が飛んでいたようだ。
「……大丈夫。みんな、助けに来てくれてありがとね」
「良かった……」
 真介を抱き支えていた慶が、ほうと安心した様に息を吐いた。
「……みんなには、何時も感謝してる」
 上手に言葉にする事は出来なかったけれど、真介が一番に伝えたかった言葉。
「おう、もう大丈夫そうだな」
 それじゃお疲れ、と踵を返す敬重。
「あら、あんなにヘリオンの中でまだ着かないの、ってあんなに焦れてたのに帰りは淡白なのね?」
「……あっ」
 いいの? なつみの指摘に、アウィスはあっ、と言う表情。
 しれっとした態度で、敬重はそのままスタスタと歩いて行く。
「敬重くん……!」
 わわわと、めびるが彼を追いかけて。
 肩を竦めて笑ったアウィスが、首を傾げているなつみに声を掛けた。
「じゃあ、なつみ。一緒に片付け、しよっか」
 猫が、帰ってきたときに困らない様に、と。
「え、ええ、もちろん!」
 まずい事言っちゃったかなー、なんて顔してるなつみと、アウィスは空き地のヒールを始め。
「あーっ、ボクも、ボクもお手伝いするよっ!」
 ルリナがぱたぱたと、羊の髪を揺らしてついて行く。
 慶の腕の中、まだぼんやりしている真介。
 何時もの様にフフフ、と笑った芙蓉が首を傾げる。
「……ちゃんと、終えられたかしら。傷は、ない?」
 勿論、身体は傷だらけだ。
 そうではない、これは、心の話だ。
「――まだ、解らないけれど」
 うん、と確認するみたいに、自分の胸を撫でた真介。
 ゆっくりと真介を立たせる慶は、彼と視線を交わして。
 しっかりと彼が立った事を確認すると、口を開いた。
「なあ、真介。お前は望まなかったかもしれねえけど、俺は、お前がケルベロスで良かったと思ってんだ」
 言葉を選ぶみたいに、一度息を飲んで。
「真介が生きて此処にいてくれるから、俺は今日も生きていける……みんな、お前を想ってる。形は違ってもきっと同じくらい深く」
 慶の言葉に、一番に頷いたのは芙蓉だ。
「……前は、ケルベロスの力は欲しいわけじゃなかった」
 特別なんていらなかった。
 ずっと普通に平和に暮らしていたかった。
「でも今は、ケルベロスになって、みんなと出会って、これで良かったと思ってる。本当に」
 しっかりと、慶を見て。
 金色の瞳と、黒曜石の瞳。
 交わした視線は、それる事なく。
 真介は言葉を紡ぐ。
「――だから、傷は大丈夫」
 停滞は、永遠は、真介には必要の無いものだ。
 変わり続けるからこそ、揺らがぬものへの憧憬だけでは無い。
 流れる水を、今を、肯定する言葉。
「……うん」
 慶はただ彼の言葉に頷き。
 ――あの日の約束。
 芙蓉は笑った。
「ね、ね、真介さんと慶さんって本当に仲良しさんだねー」
 ヒールを重ねるルリナは、立ち上がった真介の姿にニコニコ。
「でも、……けど、あれ?」
 あれって、友達の距離感? 首を傾ぐルリナ。
「……しーぃ♪」
 にんまり笑ったエインが、内緒の指をした。
 帰り道。
 夜に染まりだした、空。
「ねえ、敬重くん」
 手を繋ぎ歩く、敬重とめびる。
「実はめびる、しんすけくんの宿敵だから、ってだけじゃなくって、――思う所があったんだぁ」
 彼を見上げて。めびるが胸内を曝け出す様に、ポツリと言葉を紡ぐ。
「最近、めびるも欲しがりさんだから……あんな風になってしまわない様に、したいなぁ、って……」
 敬重は口を開き――。
 空に輝く、星々。
 いつもの白猫が澄ました顔で二人の横をすり抜けて、空き地の方へと歩いて行く。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 9/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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