燃ゆる庭園

作者:件夏生

●延焼
 紅葉目当てに週末の庭園に人が集まっていた。
 写真好きの男が三脚を立ててカメラのファインダーをのぞき込む。シャッターを切ろうとした瞬間、カメラの前に大きな影が降りて来た。
「えっ」
 顔を上げた男の脳天に斧が振り下ろされる。
「ぎゃはははは! 臍まで割れたぞ!」
 エインヘリアルの襲来に、周囲の人々は一散に逃げ惑う。見せつけるように軽く斧を振れば、雪つりの冬支度を終えた古木がへし折れる。
「そうら!!」
 エインヘリアルは取り残された三脚を掴むと勢いよく道端の茶屋に投げ込んだ。運悪く調理器具を壊したのか建物から炎が上がる。乾いた風が近くの木々に火の粉を運ぶ。
 あちこちから上がる叫び声に機嫌を良くし、エインヘリアルは存分に殺戮を楽しんだ。

●罪人
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が集ったケルベロスを見渡す。
「月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)さんから頂いた紅葉スポット情報から、石川県金沢市の庭園、兼六園がエインヘリアルに襲撃されると予知できました。名勝を目の前にしても、アスガルドの凶悪犯罪者には破壊と殺戮しか見えていないようです……。このままでは多くの命が奪われます。そして、襲撃の恐怖が地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせるでしょう。ヘリオンはこれより現場に急行します。どうか、エインヘリアルを撃破して下さい」
 セリカは液晶をタップして到着時刻を確かめた。
「お昼前、混雑の中にエインへリアルが現れるのと同時に行動できるでしょう。周囲は広い庭園で、人々が落ち着いて行動すれば避難は容易です。近くの茶屋では火を使っていますが、戦闘に入り敵に暇を与えなければわざわざ茶屋を構わないはずです」
 顔を上げ、エインヘリアルについて語る。
「現れるのは一体のみです。頑健な巨躯の男で斧を一つ携えています。考えなしに斧を振り、逃げもせず向かってくるだけですが、ルーンの力で威力を増したり、威圧したりといった付与ができるようです。自身を癒すこともできます」
 セリカがケルベロス一人一人の目を見つめ、にこりと微笑む。
「美しい庭園と、それを愛する人々をどうか助けて下さい。ちなみに、園内でお弁当を広げてはいけませんが、何軒かあるお茶屋さんで軽食を楽しみながら景色を見られるそうですよ」


参加者
武田・克己(雷凰・e02613)
八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
安海・藤子(終端の夢・e36211)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)

■リプレイ

●対峙
 誰ともなく逃げろと叫び、観光客で賑わう兼六園に恐怖が伝播する。
 風に舞う葉に見向きもせず、斧を担いだエインヘリアルは獲物を物色していた。目に留まったのは周りの騒ぎに気付かず夢中でカメラをのぞき込んでいる男だ。笑いを噛み殺しながら近づいていく。
 そこへ場違いにも陽気な声がかかる。
「よー、見てくれだけ立派な臆病者」
 目を細めた武田・克己(雷凰・e02613)が確かにエインヘリアルを指して嗤っていた。
「逃げる奴としか戦えないんだろ? ほら、さっさと逃げな。俺達に勝てねぇんだから」
「なんだオメェッ! そんなんで俺を追い払えると思ったか腰抜け!」
 エインヘリアルが鼻息を荒くして進み出ると、克己は刀に手をかけたままじりじりと弧を描いて動く。
「なんだなんだ、やっぱり逃げたいのはオメェだ! ぎゃははは!」
 幼稚な煽りに克己は肩を竦める。これで避難経路は敵の背後になった。カメラに夢中になっていた男も周囲の異常に気付き、慌てふためきながら遠ざかっていく。
 巨躯の男が斧を振り回せば周囲の枝が払われ木々が揺れる。より安全を期す為に、安海・藤子(終端の夢・e36211)が鎖を手に斧の一撃を止めた。
「邪魔だ! オメェもボロっちぃ木も!」
「この程度か三下。克己よ、お前が剣を抜く程の者じゃないぞ」
「なにぃぃぃぃ!?」
 激高したエインヘリアルが力任せに腕を振るに合わせ、藤子も後ろに飛び退って衝撃を逃す。着地の足取りに焦りはない。入れ違いに駆け寄るエリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)と交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)の両名が、左右から同時に鬼気迫る蹴りを叩き込む。
「麗威!」
「今です!」
 方や鳩尾を狙った鋭い一撃、方や背骨に重力を叩き込まんという重い一撃。
「う……があぁ!」
 心強い仲間たちの連携に、ほうとため息をついていた滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)だが影に隠れているようなタイプではない。
「振り回すだけなら私にだってできるのですよ。風情を壊す敵さんには、ご退場願います」
 ペイントブキをくるりと回してみせれば、厳つい敵の眉間に深い皺が刻まれる。
「このガキがあっ!」
 エインヘリアルの目にはもうケルベロスしか映っていない。

 愚かな敵を翡翠の瞳で横目に見やるのはクラウディオ・レイヴンクロフト(羽蟲・e63325)。粗暴な罪人の振る舞いに思う所はある。だからこそ、犠牲を出さぬ為に日頃は鷹揚に響く声を大きく張る。
「私たちはケルベロスです! 落ち着いて、安全な所まで避難してください!」
 ざわめきに邪魔されず言葉は届き、混乱を見せていた人々は我に返って周囲の様子を確かめた。
 仲間の一声に続き、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)人ごみの中ですっと背筋を正す。
「心配ねぇから、向こうが出口だ。分かるな」
 砕けた言葉遣いであるが凛とした佇まいに、声をかけられた女性も自然と立ち居振る舞いを改める。
「焦らずに、な?」
「は、はい」
 柔らかく目を細めるアベルにこくこくと頷き、女性は震える足で園の外を目指し歩き始めた。落ち着きを取り戻した人達も続き、避難先へと動く流れができる。
「お怪我は有りませんの? 頃子が守りますゆえ、助け合って全員で避難して下さいませ」
 八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)の[Raison d'etre]の華やかな装束は人ごみの中でも目を引きつける。親しみ易い雰囲気でサインライトを振って避難場所を指せば、老人や子供も互いに声を掛け合って動き出す。頃子の片手に抱えられたテレビウムのジョーカーも誇らしげに手を振って見送った。
 最後の一人まで見守っていたアベルと頃子が頷き合って戦線に戻る。エインヘリアルと人々の間に抜け目なく位置取っていたクラウディオも、改めて戦いに集中する。

●深紅
 激しい戦いに舞い散る紅葉の一片ひとひらを愛でる余裕は今は無く、エインへリアルを倒すために番犬が代わるがわる食らいつき血を迸らせる。
 エリアスの逞しい腕に力が篭り筋肉が盛り上がる。そこに黄金の角が無数に飛び出れば腕は二倍三倍にも大きく見える。
「おおおっっ!!」
 拳が叩きつけられた先は足元だ。
「は、外してんじゃねえか、ぎゃは……ぎゃあああ!」
 エインヘリアルの哄笑は苦痛の叫びに変わる。地中を伝わり敵の下から無数の角を突き出す棲鬼針山。これに動きを阻まれた敵は格好の的だ。元より耐えるよりは攻撃を重視した編成であったため、ここぞとばかりに七人はグラビティを叩き込む。
「けっ、そんなんでオレは倒せねえぜ」
 耐えきったエインヘリアルは血の混じった唾を吐き捨てた。斧に刻まれたルーンの魔力で傷を癒し、藤子と弓月が皆に与えた加護を断ち切る力を得る。
「てめぇは俺に追いつけもしねぇけどな」
 斧を振るわせてなるものかと抜刀した克己が大胆に間合いに入り、大男の脇をすり抜けながら上へと弧を描き二の腕を斬りつけた。
 敵が克己を目で追った隙を逃さず、エリアスの二丁チェーンソーが挟み切ろうと交差する。だが、唸りを上げる刃先は盛り上がった腹筋の皮一枚を裂くに留まり敵は体を引いた。
「すまん、浅い!」
「いいぜ。まだまだ喰らい足りねぇよな?」
 既に一度捕食を行ったアベルの欲喰だが、まだ満たされる様子はない。どこか非現実的に揺らぐ藍紫の龍が吠えれば木々が震える。するりと流れるように敵に肉薄し、切り払おうとする斧を避けて左腕をもぎ取った。
「私の食べる分は残りましょうか……!?」
 頃子は思わず両手を頬にやる。
「仲間が『食べて』ばかりですまないな。俺の龍は『食らわせて』やろう」
 先の交戦中に肩を浅く斬られた藤子がエインヘリアルを指し、滔々と唱える。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで……」
 滝をそのまま凍らせたような氷龍が藤子の頭上に生まれた。鱗の一つ一つが冷たく輝き、周囲に白く凍てつく蒸気が漂う。真っ直ぐ飛んだ龍は藤子の怒りをただ叩きつけるように襲撃する。爪で、牙で、鋭い鱗で敵を苛む。
「っ! 本物の龍じゃねえなら!」
 エインヘリアルも斧で立ち向かい威力を殺すが、全身に深く龍の掻き傷を刻まれる。血塗れで怒りを燃やし、前のめりに構える姿にケルベロスも一同身構えたが、涼し気な表情のまま前に出たのは麗威だ。
「滝摩さん、安海さんを」
 短く言い放つと、掴みかからんとしたエインへリアルの目の前で半身を引きたたらを踏ませ、刀で円く回し斬った。既に蒼銀の冴・馮龍が割いていた脇腹の傷を的確に抉り、夥しい血が噴き出す。
 息を飲みかけた弓月だが、ふるふると頭を振ればいつもの笑みが戻っている。戦場でも楽しむ心を忘れない。それがゴッドペインターだと自身の信条を脳裏で繰り返す。
「安海さん、どうぞ!」
 開いたスケッチブックからぶわりと膨れ上がったのは多量の千代紙の紙片。木々から散る紅葉の赤に入り混じり、暗緑に藍色の松柄と唐草柄が、空色に銀箔圧しの鱗柄と流水柄が風に乗って互いの色を引き立てる。
 色彩に包まれた藤子が語る言葉も無く感嘆のため息をつけば、内から生命力が沸いてくるようだ。
「皆様も召し上がれ!」
 頃子が両手を頭上に掲げれば、Queen's Gardenが一斉に薔薇の花を付けてすぐさま黄金の実を結ぶ。輝きが、斧を間近で受けていた前衛達に一息つかせる。
 ジョーカーも愛らしさの中にスプーン一杯の妖しさを仕込んだ動画で藤子を応援する。
 暴力と色彩の中でも己の役割を見失わずにいるクラウディオは、それならば、と形の良い唇を宵の三日月のように歪めた。
「あなたに賭しましょう」
 自身で叩くまでもなく、克己に任せれば良いと判断し魔導書を読み上げる。背後から囁き声が耳に届いたかと思えば、急激に脳を活性化させられた克己は少し目を見開いた。
「おおっ!? ありがとな。じゃ、さっさと終わらせて貰うぜ!」
 上段に剣を構え、しっかと足を踏みしめれば庭園から地の気が伝わってくる。招かれざる客を排除せよと訴えかけてくるかのようだ。それら全てを己の内に集めようと、深く集中する。
「ぎゃはは、隙だらけじゃねえかオメェ!」
 馬鹿笑いするエインヘリアルにより頭上から振り下ろされる斧。克己は恐れるどころか、刃を見据えて獰猛に笑う。
「木は火を産み火は土を産み土は金を産み金は水を産む! 護行活殺術! 森羅万象神威!!」
 身を捻りながら前に出れば、全力を乗せた斧の柄が左肩を打ち骨が鈍い音を立てる。だが痛覚を感じるより早く、続けざまに片手で切り刻めば巨体がのけ反った。刀を介して地の気と己の気、そして紅葉より紅い少女の残霊の気が一つに凝集し、十文字に刻まれる。
「ぎゃひいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!?」
 爆発と共に白霧が漂う。エインヘリアルの断末魔の残響の後に、克己はどっと片膝をついた。
「風雅流千年。神名雷鳳。この名を継いだ者に、敗北は許されてないんだよ」

●茶屋
 ケルベロス達が互いの怪我を癒せば、後はいくつかの木々を治すだけで後始末は済んだ。
 無事逃げ延びた人達が戻るまでには、もう少し時間がいるだろう。落ち着きを取り戻した庭園の片隅、焼けずに済んだ茶屋に自然と八人は吸い寄せられた。熱いほうじ茶の湯呑とおしぼりで人心地つく者、メニューとにらめっこする者それぞれだ。
「親父さん、鶏天蕎麦大盛り一杯!」
 朗らかなエリアスの声に麗威が続く。
「治部煮はありますか? 郷土料理を食べてみたいのですが」
「そりゃ軽食なのか?」
 エリアスの疑問にやや不愛想な茶屋の親父が答える。
「鶏でいいならある」
 そこで克己も手を上げた。
「俺も治部煮で。藤子はどうする」
「あたしは甘いの。抹茶に合いそうなのは……」
「あんころ餅はいかがでしょう。一番人気のようです」
 クラウディオが壁の張り紙を指して二人は抹茶とあんころ餅を頼む。
 弓月はエリアスの後からついてきてちょこんと座っていたが、他の人達が頼むしょっぱみと甘みを想像してはどちらにも決めかねて小さなお腹をくうくう鳴らせた。
「ヴィリバルトさんは何にするんです?」
 片手を口元にやり小声で尋ねると、アベルは頃子と視線を交わしにやりとした。
「親父さん、全品二つずつ」
「ですわ」
 テレビウムのジョーカーも止めるどころか両手を振って応援している。
「相変わらず良く食うなあ」
 茶化すエリアスに、ほっとけ、とアベルが肩を竦める。引き換え弓月は益々頭を抱えた。どれも美味しそうに見えてくる。
「これから育つんだから、バランス良く食べればいいわ」
 藤子が一緒にメニューを覗く。しばしの会話の後、焼きおにぎりと治部煮を頼む事になった。

 料理を待つ間に克己が庭園に目を向ければ、手入れの行き届いた庭にはらはらと紅葉が吹き散って行く。深い色の池に浮かんでは紅が流れる。
「わあ……!」
 頃子が目を輝かせて写真を撮った。
「見事ですね……」
 思わず麗威が呟く。藤子は何も言わず面越しにただ眺めていたが、それで十分だった。穏やかな時間が流れる。このひと時はケルベロス達が守った物だ。
 ついつい読みかけの本に手を伸ばしたクラウディオが止まる。くすりと微笑んで弓月に目配せし、本の角に留まった橙色の蝶を示した。
 木々に、蝶に、エリアスが構う池の鯉に、弓月がスケッチしたい物はいくらでもある。
 気づけば料理が揃ったようでアベルの声に呼び戻された。

「いただきます」
 と言ったものの、焼きおにぎりの熱さに悪戦苦闘する弓月。どうにかひと欠片吹き冷まして口に運ぶ。
「あ、とってもおいしいです……」
 さりげなく弓月のグラスにお冷を足し麗威が微笑む。だから、エリアスから声を掛けられても二つ返事で頷いた。
「治部煮もいい匂いだな。肉いいか?」
「ああ。……いや、野菜も食えよ!」
 我に返って突っ込む。椎茸に人参、青菜。全ての食材の味が出ての煮込み料理だが、それでもエリアスは肉だけでいいようだ。
「相変わらずだな」
 漬物とわかめうどんを並行して平らげながらアベルが軽口を返す。
 麗威の眼鏡の端に、治部煮が食べきれるか不安で遠い目になっている弓月が映る。閃いた。
「食べきれなかったら僕らが手伝いますよ。エリアスも足りなそうだ」
「すみません。いいんですか?」
 少女が目を輝かせて見上げるものだから、エリアスも喉の奥で唸った後に青菜をひと切れ口に入れ、蕎麦のつゆで噛まずに飲み込んだ。
 一連のやり取りを見ていたクラウディオは白い手の陰で忍び笑いを噛み殺す。こんなひと時を共に楽しめないなんて、エインヘリアルは損な奴だ。
「僕も味見していいです?」
 めいめいが治部煮をつつけば卓上は綺麗に片付いた。あれ程注文したアベルと頃子が皆と同時に食べ終わったのも書き添えて置かなければならないだろう。
 存分に戦った。満腹になった。のほほんと庭園を眺める克己が三脚を立てて写真を撮る男性に気付いて大らかに見守る。
 日本の四季ならではの光景を、ケルベロス達は守り通したのだった。

作者:件夏生 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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