東京六芒星決戦~地獄の門は開かせない

作者:そうすけ


 緊急アラートに驚いて液晶画面の表示を見ると、ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)からだった。
 反射的に通話ボタンを押す。
『いきなりで悪いんだけど、これから死神の大規模儀式を阻止しに行くよ』
 口から、あ、とも、え、とも取れる声が出た。
 本当にいきなりだ。
『あ、その前に……クロム・レック・ファクトリアの破壊とディザスター・キングの撃破、おめでとう。キミやキミの仲間たちの活躍で、また一つ、デウスエクスの恐ろしい企みを挫くことができた。本当にありがとう』
 遠くから音が聞こえてきた。最初はかすかな音だったが、次第に大きくなる。ヘリオンのローターが発する回転音だ。
『でね、話を戻すけど、今回の作戦はある意味、キミたちの活躍によって実行可能になったいってもいい。死神の計画そのものを突き止めたのは、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)と阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)なんだけどね』
 自分たちの活躍によって実行可能になった?
 一体、どういうことなんだろうと思っていると、ビルの影からヘリオンが姿を現した。風で枯葉をまき散らしながら、道路に降りてくる。
「詳しい話は中で、さあ早く乗って!」
 開いたドアから半身を外へ出して、ゼノが手招きをした。


「最近多発していた死神による事件、それ集約された大儀式……『ヘキサグラム』が行われるんだ。都内の六ケ所で同時に小儀式を行い、巨大な六芒星を作って――」
 ゼノは自分の体を両腕で抱きしめるようにして、ひとしきり震えた。
「死神たちは巨大な六芒星から得られる膨大な魔力を使って、更に恐ろしいことをやろうとしている。『堕神計画』……かつて滅びた十二創神のサルベージを」
 ヘリオンの中を底気味の悪い沈黙が支配する。
 もしも、ケルベロスが『ヘキサグラムの儀式』を阻止できなかったら?
 死神による十二創神の復活は、こんどこそ地球を滅ぼしかねない。
「だから絶対に阻止しなくてはならないんだ。小儀式が行われるのは『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』の六ケ所」
 ゼノはホワイトボードに六つの地名を描き込んだ。それぞれを丸で囲み、線を引いて結んでいく。出来上がった六芒星の真ん中に『晴海ふ頭』と書き入れた。
「みんなには判明した儀式場の一つに攻め入って欲しい。『ヘキサグラムの儀式』を阻止するためには、全ての儀式を阻止する必要があるよ。どこを、どのチームと、あるいは単独でどんな風に攻めるか、これから他のチームとよく相談をして決めてね」


 話し合いするにも具体的な情報がなければ、何も決まらない。
 ケルベロスたちからクレームを受けたゼノは、わかっているよ、と頷いて、敵戦力の説明を始めた。
「儀式場、つまり主戦場の外縁部には、数百体の戦闘力強化型の下級死神『ブルチャーレ・パラミータ』と『メラン・テュンノス』が回遊。儀式場への侵入を阻止しようとしているよ。一度に戦闘を行う敵は、数匹から十匹程度かな」
 そう言うと、すっと赤ペンを動かして『レインボーブリッジ』の下に二重線を書いた。
「ここ、レインボーブリッジの儀式場のみ、外縁部の防衛戦力が『第四王女レリ配下の白百合騎士団、一般兵』になっている。要チェックだよ」
 続いて、地名の下にそれぞれ配属されている敵幹部の名、幹部を護衛する有力敵とその配下の種類を書き込んでいく。

『築地市場』
 儀式を行うネレイデス幹部、『巨狼の死神』プサマテー。
 護衛の有力敵、『炎舞の死神』アガウエー。
 直属の配下、縛炎隷兵が数十体。
『豊洲市場』
 儀式を行うネレイデス幹部、『月光の死神』カリアナッサ。
 護衛の有力敵、『暗礁の死神』ケートー。
 直属の配下、ウツシ数十体。
『国際展示場』
 儀式を行うネレイデス幹部、『名誉の死神』クレイオー。
 護衛の有力敵、『無垢の死神』イアイラ。
 直属の配下、寂しいティニー数十体。
『お台場』
 儀式を行うネレイデス幹部、『宝冠の死神』ハリメーデー。
 護衛の有力敵、星屑集めのティフォナ。
 直属の配下、パイシーズ・コープス数十体。
『レインボーブリッジ』
 儀式を行うネレイデス幹部、『約定の死神』アマテイア。
 護衛の有力敵、第四王女レリ。
 直属の配下、絶影のラリグラスと沸血のギアツィンス。
『東京タワー』
 儀式を行うネレイデス幹部、『宵星の死神』マイラ。
 護衛の有力敵、『黒雨の死神』ドーリス。
 直属の配下、アメフラシ数十体。

 ゼノは少し下がってホワイトボード全体を眺めた。よし、と言ってペンにキャップをする。
「ネレイデス幹部は儀式を行う事に集中している。少しでもダメージを被ると儀式を維持する事ができなくなるみたいだね」
 つまり――。
 外縁部の敵を突破し、儀式中心部に到達して、ネレイデス幹部にダメージを与える事が出来れば、作戦は成功する。
 もちろん、言うほど簡単なことではない。
 儀式場の外縁部には数百体という大戦力が展開し、侵入者を阻む。まず、そこを突破しなくてはならないのだ。
 ただ、全てのチームが儀式場に突入すると、外縁部の戦力が儀式場内に雪崩れ込んでしまう。その点はよくよく注意しなくてはならない。
 反対に、外縁部から脱出しようとする場合も『ブルチャーレ・パラミータ』と『メラン・テュンノス』らに攻撃を受けるだろう。
「儀式を阻止するだけなら、護衛を全て相手取る必要は無いよ。でも、ネレイデス幹部の撃破を目指す場合は、護衛を撃破するか或いは、ネレイデス幹部から引き離す必要がある。儀式場に向かう戦力と、戦場の状況を読みつつ行動してね」
 今回は、戦闘力強化型の下級死神や、死神流星雨事件の竜牙兵に似せた死神、死神によって生み出された屍隷兵といった死神の戦力に加えてエインヘリアル、更に竜十字島のドラゴン勢力の蠢動も確認されており、デウスエクス全体を巻き込んだ大きな作戦であると想定されている。
 ここにダモクレスの軍勢も加わるはずだったのだ。本来は。
「ともかく、死神が引き起こしていた数多の事件がこの大儀式に集約されているといって良いだろうね」
 だからこそ、阻止しなくてはならない。


参加者
矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
デュオゼルガ・フェーリル(月をも砕く蒼狼拳士・e61862)

■リプレイ


 進むケルベロスたちに向かって、やや小ぶりのマグロ型が三体、横並びになって飛んできた。
 デュオゼルガ・フェーリル(月をも砕く蒼狼拳士・e61862)が気迫のこもった叫びをあげる。
「邪魔だぁぁぁぁぁッ!!!」
 『ラゴゥ』が咥えた剣の間から唸り声を発しつつ、相棒の前へ出た。ドローンと一緒にデュオゼルガを守る。
 川の中の岩を避けるがごとく『ラゴゥ』たちを迂回したマグロ型たちが、アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)の腕や足を霞めて後方へ流れていく。 数多の下級死神が青白い光を引きながら、空中を高速で回遊している。陽光を受けて銀に光る魚体、建物の壁や道路に落ちる蒼い影。人工的に植えられた芝の緑。ヘリオンからの眺めは、まるで万華鏡を覗いているかようだ。
 その豊洲埠頭を飲み込む青い渦の中心に、緩やかな勾配をもった屋上が三つ子のように並ぶ。水産卸売場棟――あの屋根の下で、今まさに、ヘキサグラムの一点を成す儀式が行われていた。
 止める。何があろうとも。
 シンプルかつ強い決意を持って、ケルベロスたちは青い渦のすぐ外側、埠頭の先端にある公園へ降下した。六班、総勢四十八名が真新しい建屋に向かって駆けていく。
「どうやらさっそくお出ましのようですね」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)は周囲の仲間たちに注意を促してから、まず櫻鬼、次いで瑠璃丸を鞘から抜き払った。
 渦の中から抜け出たひと群れ十体が、地面すれすれまで降下する。群れを構成しているのは、カツオのようなブルチャーレ・パラミータとマグロのようなメラン・テュンノスだ。魚たちは急旋回して頭をこちらへ向けると、真正面から突っ込んできた。数体が先行する仲間たちの間を泳ぐようにすり抜け、飛んでくる。
「寿司三昧ならぬ、死神惨舞ね」
 リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)は手に鎌を構えた。赤く光る大きな目がすぐ横を猛スピードで掠めていく。刹那に鎌を振りぬき、ブルチャーレ・パラミータの尾羽を切り落とした。
 一撃を食らって失速した体を、冴え冴えと冷えた殺意を纏いし織櫻が握る二振りの刀が三枚におろす。
「お見事」
 飛んできた切り身をひらりとかわし、氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)が空にドローンを放つ。
 リリーは軍用拡声器のマイクを握り、開戦の鬨をあげた。
「当班もこれより状況開始よ! 状況を見て連携を忘れないで!」
「長丁場になるわね。無理や無茶は厳禁。儀式阻止に向かった仲間たちが戻るまで、ここで頑張りぬこう!」
 おう、と応える声を耳に、かぐらは築地市場のほぼ全体を囲う渦へ目を向けた。
 儀式を守るために配された下級死神は、数百体以上いるようだ。常に動き回っているので正確な数は把握できないが、十体ほどの小さな群れがたくさん集まって渦を成している。
 ともあれ、まずは渦の内側へ入らなくては話にならない。儀式場に乗り込んでいく仲間たちのために、後顧の憂いを絶つのが自分たちの役割だ。
「当て逃げは許しません。――ターゲットロック! ミサイル斉射!」
 戦場にミサイルの飛翔音が響きわたり、マグロ型たちは火の玉に飲み込まれた。炎に炙られむごく焦げたことで、体から柔軟性が失われたか。次々と地に落ちていく。泳げなくなれば沈むのは道理だろう。
「先のカツオが『お刺身の柵』なら、こちらはさしずめ、『マグロのたたき』といったところでしょうか――?!」
 ふいに、アーニャが体をふらつかせた。近くを走っていた他の仲間たちも足を止めてしまっている。どうやら魚たちと多少なりとも接触したことで、生命力を吸い取られてしまったようだ。
 それでもケルベロスたちは、どうにか魚影が作る蒼いラインを越えた。
 渦の内側に入ったところですぐ、矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)は踏みとどまった。ケルベロスチェインを垂らし、さっと腕を振るって地面の上に守護魔法陣を描きだす。
「ドレイン攻撃か。これはなかなか厄介だね」
 自身は体に感じる痛みを誤魔化せるが、魚群の中を泳いているようなものである。いちいち接触をさけてはいられない。いくら回復を手厚くしても、倒れる者がでるはずだ。この場に留まるもうひとつの班と交互に休憩を取ることで、この長丁場を乗り切るしかないだろう。
 マグロ型の口から伸び出た触手が、術を執り行う優弥に迫る。魔法陣から立ち昇る淡い光の柱の中で、『ミズキシュターデン』は荒ぶる霊に祈りを捧げ、パートナーへ伸ばされた触手を断ち切った。
 柱が崩れ、癒しの光が泡となって広がる。
 活力を得たケルベロスたちによって戦場に火が走り、雷が落ち、刃が降ろされる。そうして道は拓かれた。


 すぐに渦の一部が崩れ、新たな群れが降下してきた。
 ざわ、と今まで感じたことのないような仄暗い昂揚に織櫻の胸が騒ぐ。
(「敵は圧倒的多数、時間の余裕もなし。されど、この戦いを経れば我が刃はまた一段と磨かれましょう」)
 決意を改めるかのように構えを正すと、二刀を回転させて柄を交互に叩き、刃についた死神たちの体液と脂を落した。
 やれやれ、と苦笑したのは優弥だ。全身からオウガ粒子を放出し、すかさず次の手を打つ。
「来るわよ」
「まだ一体残っているのに? せっかちね」
 かぐらがドローンを呼び集め、リリーが剣に黒い闘気を込める。そこへ『ラゴゥ』も加わって、新手に立ち向かうための壁を築く。
「後ろ、始末を頼むわね」
「アギャ」
 『ボクスちゃん』が炎のともる尾を振って厄を払い、相棒にしぶとく生き残っているマグロ型のトドメを促す。
「イイね。これで気軽ニ飛び乗れるヨ」
 傷つき暴れ回るマグロ型にルヴァイド・レヴォルジニアス(黒竜・e63964)がジャンプしてまたがり、胸ビレわきから心臓めがけてひと突きする。毒々しい色をした体液が、噴水のように噴き出した。地面に黒い染みが広がっていく。
「ココは、俺たちに任セテ先に行ケ!」
 マグロ型の背から飛び降りつつルヴァイドが檄を飛ばすと、先に進め、進め、という声が次々に上がった。
 熱い思いを込めた声に背を押され、四つの班が水産卸売場棟を目指して再び駆けだす。
「すまない、負担を掛けてしまうが後を頼む」
 彼らを追う形で続くグレッグが、残る者たちを案じる。
「振り返るなヨ。絶対にだ。必ずみんなで生きて帰るカラな!」
「ああ、そうとも。こんなとこで死ぬつもりはさらさらねぇさ! ……グッドラック、だ!」
 デュオゼルガは親指を立てて突入者たちを見送るかわりに、固めた拳を空でのたうつマグロ型の腹に叩き込んだ。
 そのすぐ横を潮の香りを多分に含んだ海風を連れてももが駆け抜けていく。敵の壁を越えたところで肩越しに、留まる者たちへ向けて親指を立ててみせた。きらりと歯が光る。
「まかせたよ! こっちは、まかされた!」
 雄々しく揺れて遠ざかる狼の尾を追い、食らいつかんとするカツオ型の前に淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)が立ち塞がる。
「ここを通すつもりはねえ! 今日の俺は、自分を抑えねえ! 最初っから全力で飛ばしていくぜ!」
 カツオ型からおびただしい数の、透明な膜に包まれた才レンジの弾が排出された。受精したもの、死んだもの、半分死んだものなど、状態によって少しずつ異なる色があり、それらが塊になって飛んできた。
 ひとつひとつは小さいが、当たれば爆発的な威力を発揮する。次々と爆発して、白煙となって散る分身たち。死狼は敵が撃ちだした弾すら身を隠す術として利用し、息を凝らして反撃のチャンスを待った。
 煙幕の中に赤い光がぼうっとかすかに浮かんだ。右へものすごいスピードで魚影が流れていく。いまだ。
「殺!」
 腕の先で黒い牙に姿を変えたブラックスライムがカツオ型の腹を突き破り、不死の上に胡坐をかいた矮小な魂を食いちぎった。
「コイツは焼き魚にしてヤルか」
 骨を見せ、内臓を引きずりながら惰性で泳ぐデウスエクスに、ルヴァイドが炎の息を吹きつけて焼き殺す。
 炭化し、崩れゆく体を潮風が吹き飛ばした。
 息つく暇もなく、またカツオ型が突っ込んでくる。
(「儀式が行われれば、また大きな犠牲が出る。決して、地獄の門は開かせない」)
 死肉を喰らう狼の貧欲さで、死狼は新たな敵に立ち向かう。
「これ以上先へ進ませはしません! ここで食い止めます!」
 アーニャのアームドフォートが雷鳴にも似た砲撃音を轟かせる。空を走った火は、口を開けて突撃してきたマグロ型の内へ飛び込んだ。流線形の魚体が丸く膨らみ、中から爆ぜ、木っ端みじんになった。


 絶え間なく襲い掛かってくる下級死神たちを、外縁部にとどまった二班でやや押し返し、水産卸売場棟から距離をとった。すでに巨大な渦は消えており、残った小さな群が固まってさらに大きな群を作っていた。敵の数、あと半分といったところか。こちらも相応のダメージを受けてはいるが……。
「一度に全員は要らなさそうだけど、どうする?」
 別班のグラハが織櫻と肩を並べて立つ。問いかける顔には余裕があった。
「そうですね。……ならば、私たちは少し休ませていただきましょう。先行をお願いできますか?」
 もう一班が前に出て敵を引きつけてくれている間に、受けた傷を癒すことになった。長丁場を乗り切るために、これからは交互に戦っていくことになる。
 織櫻はそう仲間たちに告げ、勝手をしたと、詫びた。
「いや、いい判断をしたと思いますよ。みんな治療をする必要がありましたし」
 優弥の目が、波の向こうに戦い最中のレインボーブリッジを捉えた。音こそ届いてはこないが、かなりの激戦であることが見てとれる。対岸へと顔を向ければ、ビルの谷間に小さく東京タワーも確認できる。やはり、戦いは熾烈を極めていることだろう。こちらも負けるわけにはいかない。頑張らねば……。
 ヒーラーとして一仕事終えて、懐から取りだしたスキットルを傾けた。中身を口に含む。鼻からスモーキーな香りが抜けた。
「さてと、第2ラウンド……いや、外縁部チームの本番開始といきますか」
「ああ、必要以上に体を冷やしたくない。いこう」
 死狼が殺意の波動をケルベロスチェインに伝わせながら腕にまく。
 まだ交代の合図がないが、前へ出ることにした。
 妖精靴の音高く、黒い闘気を纏ったリリーが進む。かぐらがドローンを放つ。
「そいつはアタシに任せて!」
 リリーは三方からカツオ型に囲まれかけたリュセフィーの右に滑り込むと、一太刀に星の煌きを乗せて振りぬいた。
 アーニャは英世とアイコンタクトを取ると、とともに動きを合わせて火の雨を吹きあげた。素早く泳ぎ回る魚群の上に広く降らせて焼く。
 かぐらは雷竜の鎚を振るい、背を焦がしつつも追いすがってくるカツオ型どもを散らして、オラトリオが無事仲間たちと合流するまでエスコートした。
 ありがとう、と声をかけられて、どういたしましてと微笑み返す。
「お互いさまだから」
 次はよろしく、と下がる別班へ手を振った。
 こちらが入れ替わると同時に、敵も新手を送り込んできた。息つく暇もない。
「ふむ。しかし、ここにきても変わらぬか」
 織櫻は繰り返し行われた戦いの中で、群れの構成が決まっていることに気づいていた。ひと際大きなカツオ型とマグロ型が一体ずつ、その周りを二回り小さなカツオ型とマグロ型が八体泳ぎ回っているのだ。
 狙いを大マグロに定めた。左足を出して太刀を横に構え、入身の姿勢をとる。
『我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり』
 マグロ型の目が捕えた太刀筋は一つ。だが、振り落ちる雨筋をも立つ斬撃は、辺りの空間に無数の真空を刻んでいたのだ。
 哀れ。敵は気づかぬうちに尾びれ、背びれを切り落とされ、縦にわれ、横にわれて、細切れになって散った。
 修羅の勢いでデュオゼルガが魚群に躍り入る。
「俺の拳は硬いぞッ!」
 デュオゼルガは真っ正面から飛んできた大カツオの頭に絶対零度の拳を叩き込んだ。
『父さんの想い、この拳に込めて……! これが”崩月流格闘術”の真髄だッ!!』
 急速冷凍された頭から尾先まで霜が走り、体全体が白くなっていく。点滅し、次第に暗くなっていくカツオ型の赤い目を、『ラゴゥ』が剣でついて仕留めた。
「オレな、この戦闘が終わったら相棒に大切なコトヲ、伝えるンダ」
 さりげなくフラグを立てるルヴァイドと死狼、『ミズキシュターデン』が、後方から青白い光をたなびかせた雑魚を集中攻撃。蹴散らしに掛かるが、すべてを落とすには敵の数は多く、こちらの手は足りない。雑魚数体が、ヒレでケルベロスたちの体を掠めていく。
「オレ、ハ……耐える…ッツ! ウォォオオオ!!!」
 熱を失って割れたルヴァイドの黒鱗を、『ボクスちゃん』が炎の息を吹きつけて癒すがとても間に合わない。
「見出す陣形は『破邪五芒の陣』!」
 優弥は指先に光を灯し、五芒星を描いた。破邪の光が仲間たちを包み込む。
『これが私の全力攻撃! 時よ、凍って。デュアル……バーストっ!!』
 活力を得たアーニャから、無慈悲な砲弾が火を吹く龍を伴うようにして放たれた。凄まじい砲火に時すら止まる。いくつもの火球が急激にふくれあがってはじけ、炎の潮流となって魚群を飲み込んだ。


 軽口を叩けるほどの余裕を残しての場合もあれば、痛恨の一撃を喰らって崩され、黄弾を撃ち上げて交代する場合もあった。だが、その都度立て直し、乗り越えた。敵の数、あと少し。
「あ……」
 真っ先に異変を察したのはリリーだった。波打つように歪む水産卸売場棟を横目にしながら、工軍用拡声器のマイクに手を伸ばし、掴む。
「魔空回廊が開通したようです。敵が撤退を始めます!」
「ヨシ! やっと終わりが見えてきた……! あの軍団を倒せば最後だ!」
 この瞬間、防衛戦から追討戦に切り替わった。魔空回廊を目指しケルベロスの壁を越えようとする下級死神たちを全員で迎え撃ち、越えた下級死神たちを全員で追い撃つ。
 刃に蒼を走らせて、櫻鬼と瑠璃丸が乱れ舞う。かぐらが弾幕を張って敗走の流れを止める。行く手を阻まれ、迷う者たちに『ミズキシュターデン』が呪いをかけた。デュオゼルガが拳を吹雪かせ、つぎつぎと地に落としていく。
 最早、魔空回廊からの撤退は叶わない。そう悟ったか、敵は散り散りになる。
「おとなしくここで調理されなさい!」
 アーニャは西へ逃げるカツオ型を纏めてフライにした。
「臨兵闘者 皆陣列前行」
 九字を切った優弥から、南に向けて冷たい波動が放たれる。
 ルヴァイドが北へ頭を向けたマグロ型に炎を吐きかけた。
『光の差さない、海の底へと消えて行け』
 死狼が東へ行く魚たちを海魔の顎でかみ砕く。
 はて、魂を喰らう暴食の牙から逃れた魚はいたのだろうか。逃げる魚影を見たような気がしたが、仰いだ秋空には影ひとつ見当たらなかった。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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