東京六芒星決戦~闇を祓う手

作者:ふじもりみきや

「まずは、クロム・レック・ファクトリアとディザスター・キングの撃破を祝おう。そして、お疲れ様でした」
 浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)がまずはそう切り出した。その勝利は大切なものだと微笑んだその後で、
「そして、次いで報告すべきことがある。祝った後だ。せわしなくて申し訳ないが、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)や阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)……警戒に当たっていたケルベロスにより、死神が大規模儀式を行うことがわかった」
 なお、と彼女は続ける。それは最近多発していた死神による事件が集約された大儀式であり、都内の六ケ所で同時に儀式が行われる『ヘキサグラムの儀式』であるという。
「儀式の場は……そうだな。わかるだろうか。『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』の六ケ所だ。そこそこ有名な場所だ。知る者も多いだろう。この六ケ所は、丁度、晴海ふ頭を中心とした六芒星の頂点になっている」
 なお、今回の事件では、戦闘力強化型の下級死神や、死神流星雨事件の竜牙兵に似せた死神、死神によって生み出された屍隷兵といった死神の戦力に加えて、第四王女レリの直属の軍団も加わっているようだ。
「……更に、竜十字島のドラゴン勢力の蠢動も確認されており、デウスエクス全体を巻き込んだ大きな作戦であると想定されている。……まったく。繰り返し言うがせわしないことだな」
 言葉はどこかため息交じりだった。月子は形のいい足を組み替えて、ばさりと手にした地図を示す。
「さて、では今回の作戦だ。……諸君らには、判明した儀式場のひとつに攻め入って欲しい。攻略すべき場は六つ。全ての儀式の阻止が必要だ。配分は任せるが、そのことをよく覚えておいてくれ」
 また、儀式場の外縁部は、侵入者を防ぐため数百体の戦闘力強化型の下級死神、ブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスが回遊している。
「例外として、レインボーブリッジだけは外縁部の防衛戦力が、第四王女レリ配下の白百合騎士団一般兵……となっているな。儀式を行っているネレイデス幹部は、築地市場に『巨狼の死神』プサマテー、豊洲市場に『月光の死神』カリアナッサ、国際展示場に『名誉の死神』クレイオー、お台場に『宝冠の死神』ハリメーデー、レインボーブリッジに『約定の死神』アマテイア、東京タワーに『宵星の死神』マイラが配されている。別に自分の担当意外は細かく覚える必要はないが、気には留めておくとよい」
 名前多いな。とどこか毒づくように彼女は呟く。
「兎も角、やつらは儀式を行う事に集中している。少しでもダメージを受けると儀式は中断される。……わかるか。つまり、外縁部の敵を突破し、儀式中心部に到達し、幹部少しでもダメージを与えること。それが今回の作戦の、最低成功条件だ」。
 なお、儀式中断となった場合、ネレイデス幹部たちは撤退を開始するだろう。
 具体的には儀式中断の7ターン後に、生き残っていた死神戦力は全て撤退してしまう。
 ネレイデス幹部の撃破を目指す場合は、この7ターンの間に撃破しなければならないだろう。と、彼女は付け足した。
「ただ……相手は強敵だ。それに儀式場の内部はさらに強敵ぞろいとなっていることだろう。無論、単独での撃破は難しい。……さらに、周囲に護衛の戦力が残っている場合や、外縁部の戦力が増援に来る可能性。状況を考えると、儀式を中断させた後、幹部の撃破はあきらめて撤退する、という判断を下すこともまた必要だろう」
 月子は軽く胸のあたりを叩く。煙草を探しているようだが、結局出てこなかった。喋るたびに徐々に眉間にしわがよっていく。
「だが……言いたくはないが、ネレイデスの幹部が多数生き残った場合、結局また同じことをやつらは引き起こす可能性もある。だから可能な限り討ち取って欲しいと思うが……」
 まあ、その辺の判断は任せるよ。と、月子は不機嫌そうな顔のまま告げるのであった。
「……で、だ。具体的な話も詰めておこう」
 外縁部には数百体という大戦力が展開しているが、『侵入者の阻止』を目的としている為、儀式場周囲の全周を警戒しており、突破する際に戦うのは数体から10体程度となる。
 白百合騎士団一般兵は、3名程度の小隊での警戒を行っているので、突破する際に戦うのは3体或いは6体程度となる。
 また、外縁部から脱出しようとする場合は攻撃の対象外となるようだ。
 ただ、全てのチームが儀式場に突入し、増援が来ないと判断した場合、外縁部の戦力が儀式場内に雪崩れ込み増援となる場合があるので、その点は注意が必要だろう。
 そんな解説をしながら、月子は不機嫌そうにややこしい、と呟く。
「もういまさらかもしれないが、判断すべき事柄が多い。……続けるぞ」
 儀式場内部には、ネレイデス幹部を守る護衛役が配されている。
 築地市場の戦場には、『炎舞の死神』アガウエーがおり、数十体の屍隷兵『縛炎隷兵』を集めている。
 豊洲市場の戦場には、『暗礁の死神』ケートーがおり、数十体の屍隷兵『ウツシ』を集めている。
 国際展示場の戦場には、『無垢の死神』イアイラがおり、数十体の屍隷兵『寂しいティニー』を集めている。
 お台場の戦場には、星屑集めのティフォナがおり、死神流星雨を引き起こしていたパイシーズ・コープス十数体を護衛としている。
 レインボーブリッジには、第四王女レリがおり、絶影のラリグラス、沸血のギアツィンスといった護衛と、十体程度の白百合騎士団一般兵が護衛となっている。
 東京タワーには、『黒雨の死神』ドーリスがおり、アメフラシと呼ばれる下級死神を数十体護衛として引き連れている。
「儀式を阻止するだけならば、護衛を全て相手取る必要は無い。ネレイデス幹部の撃破を目指す場合は、護衛を何とかする必要が出てくるだろう。その辺は状況を見つつ、適宜判断して欲しい」
 いろんな方法でアプローチできるだろうから、ぜひとも頑張って欲しいな。なんて、最後のほうはどこか冗談めかして。しかし不機嫌そうな顔のまま、月子は説明を終えた。
 一瞬、沈黙が流れる。煙草があれば火をつけていただろう。そんな間の後で月子は目を細める。
「大きな儀式だ。それこそドラゴン勢力が熊本城で行ったほどの」
 あれもまた危険な戦いだったと、思い出すようにぽつんといった。
「ここに来てこんなに派手なことをやりだすとはな。……儀式に失敗した場合、無論やつらは逃げる。一箇所に戦力を集中させればほかの幹部が早々に諦めて逃げるだろうし、敵の首を取るならある程度のバランスは必要だが……」
 口の中で言葉を転がすような間の後で、彼女はふっと微笑んだ。
「まあでも、私としてはいつもいうことは同じ。安全第一だ。……気をつけていっておいで」
 そういって。彼女は話を締めくくった。


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)

■リプレイ


「ヒャッハー! 儀式だかなんだか知らねェーが全部ぶっ潰してやるぜェーッ!」
 ザベウコ・エルギオート(破壊の猛獣・e54335)が作戦開始と同時に高らかに宣言した。千手・明子(火焔の天稟・e02471)が目を輝かせる。
「ええ。ええ。そのとおり! 気合入れていきましょうね!」
 高らかに宣言する。さあ、と明子もやる気満々で手を広げて、
「ヒャッハー! 悪い効果を防ぐ力をまとめて付与してやるぜェーッ!」
「よりよい結果を求めて、あがいてあがいてあがきまくるわよ……!!」
 ザベウコが悪い効果を防ぐ魂を脚に乗せて振るい、蹴飛ばすような仕草をする。しかし攻撃しているわけではない。ナノナノのイェラスピニィもやる気満タンである。明子もまた言葉とは裏腹にケルベロスチェインを展開させて仲間への補助を整える。
「ああ……。頼もしい。頼んだぞ、あきら」
「ええ、勿論よ!」
 アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が前に出る。ドラゴニックハンマーでの砲撃に明子が微笑んだ。
「……あの、私たちも、いるのですよ」
 エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)が牽制するように目の前の敵に鎖を飛ばしながら微笑む。冗談めかした言葉は友情の証だ。隣でおかしげに和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)も笑っている。
「いやー。これだけ敵が多いと壮観ですねー。腕が鳴ります」
 困り顔の紫睡にエルスは小さく頷いた。
「けれど……。どんな企みがあっても、それを打ち破ってやるわ」
「ええ。勿論です。何かを企んでるみたいですが、碌でのない事なのは確か。あまり、困った事にならないと良いのですが……」
 紫睡はしっかり前を見据えている。困り顔は相変わらずだけれど、今は前を向く強い意志を持っていた。
「まあ、大概困ったことをやらかすのがやつらではあるが。さて。まずは奴らを倒さねば、な。始めよう」
 レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が太い尻尾を振るって駆けた。
 まずの受け持ちは明確な対応班のいないパイシーズ・コープス達である。パイシーズ・コープスは、屍隷兵に比べて戦闘力が高く強敵となっていた。
「この、儀式……乾坤一擲でないに、しても、杜撰で拙速に過ぎる、気もします、が……」
 動き出し戦闘体勢を整えようとする敵たちに先んじるように、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)ウィルマもまたケルベロスチェインで守護の魔方陣を描き出す。
「ま、あ、今考えても仕様がありま、せん。できるだけ、削ってあげま、しょう」
 ウイングキャットのヘルキャットもまたのそのそと巨体を揺らせてリングを飛ばした。セリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288)も小さく頷く。
「私は今も看取りを司るもの、魂の選定者。故に止めねばならない。この邪悪なる者を……そして、その企みを」
「おーおーなんだか難しいことは和からねえけどそのとおりだヒャッハー!」
 ザベウコのよくわからないが明るい合いの手にセリアもかすかに微笑んで、魔法のブーツでパイシーズ・コープスの群れの中へと突入していった。
 漸くパイシーズ・コープス達が反撃体勢を整える。こちらへと狙いを定めたようだった。願ったり叶ったりだ……とアジサイが思うその横で、
「ああああのこういうときはどういう顔をすればいいんでしょうね?」
「勿論にこっと笑えばよろしいのよ!」
 明らかに通常では相手にしない数のパイシーズ・コープスが集まってきている。紫睡の言葉に明子がにっこりと笑ってそういった。
「こいつらは私たちが何とかするから、幹部へ急ごう!」
 エルスが後に続く仲間たちに声をかける。ここは自分たちで抑えると宣言した。応えて彼らに後を任せて前へと進みだす仲間がいる。
 そして……。
「さあ。それでは私達も参りましょうか。哀れな哀れな生贄たちを、踏み潰すために」
 ティフォナが動いた。パイシーズ・コープス達と共に先に行った仲間達を追いかけるようにして動き始める。
「……させない。貴様の相手も、私たち」
 エルスがとっさに声をかける。それと同時にウィルマがケルベロスチェインでその身を牽制する。
「少しばかり付き合ってもらいますよ……!」
 同時に戦場に銃声が響いた。別部隊の計都のものだ。ティフォナが微かに片眉をある。
 この戦場の位置取り的に、ティフォナを幹部から引き離すというのは難しい状況であった。
 放置しておけば先に行った仲間達が危ない。故に撃破するように動くしかない。……果たしてティフォナとパイシーズ・コープスと達は足を止める。
「あら。あら。どうやら先に死にたい人がいるようですね。……いいですよ、私はネレイデスの一員ではありませんから……先に降りかかる火の粉を、払わせていただきましょう」
 その言葉に明子は視線を送る。別部隊の和奏もしっかりと返してくれた。
「こいつらは俺たちに任せるんだぜェーッ!」
 ザベウコも叫び、そして一斉に飛び掛った。


 パイシーズ・コープスの鎌が振るわれる。とっさにセリアは後方に飛んだ。追撃から守るようにレーグルがわって入る。その鎌が腕を貫いた。
「……ふん、さすがに多勢に無勢といったところか……」
 刺さった刃を無理やりに引き抜く。今のは割りと致命的だった。血が流れるのも厭わずに、レーグルは炎の文様で彩られたゲシュタルトグレイブに稲妻を纏わせて突き立てた。
「ヒャッハー! まだまだまだまだー! どこからでもかかってこォォーーいッ!」
 ザベウコが叫ぶ。それにより己を何とか奮い立たせる。何より場に立ち続けることを優先しているのだが、それでも回復以上の攻撃を受けているのが現状だ。イェラスピニィの姿ももはや戦場にない。
「大丈夫でしょうか? もたせ……ます」
 エルスが後退したセリアに魔導書を開き禁断の断章を紐解き詠唱する。しかしその顔色も悪い。
 戦いは劣勢であった。お台場に向かったものたち全体的にごり押しが過ぎたし、かれらもパイシーズ・コープス十数体とティフォナを、工夫もなく二班だけで押さえているのだ。……回復手であるエルスには、この状況が嫌というほどわかっていた。何とか堪えているが……倒せる見込みがまったく見えない。それどころか最悪……、
 視線の向こうでティフォナが微笑んで杖を振るう。目の前のパイシーズ・コープスを援護し傷を癒していく。
 その状況に、セリアも小さく頷いた。
「ありがとう。既にここも死地と化したかしら」
 きゅ、と己の槍を握り締める。今はもう、何とか立てているだけだというのはわかっている。
「だけれど……それも望むところよ。この身を、この命を賭して成し遂げられるものがあるのなら、私は望んで、この槍を振るいましょう」
「あら。どうせつぶれるにしても案外頑張りますね。もう少し無様な声を上げてくれてもいいのですよ?」
 ティフォナの声が余裕に溢れていて、それに応えるようにパイシーズ・コープスのいったいが剣を振るう。確かな一閃は前方で武器を振るうアジサイへと向けて。彼女はこの中で誰が戦闘の指揮を取っていたのかきちんと理解していた。
「ぐっ……!」
 もはや既に傷だらけのみ。痛みなど感じない。それでもまっすぐに胸を抉る一撃にアジサイは吼えた。
「まだ、まだ……!」
 冷静に戦況を見極めて、対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射する。千明が縛霊手の掌から巨大光弾を発射して打ちつけた。
「……っ」
 霧散する敵が一体。……やっと一体。千明は唇を噛む。
(「これ以上は無理……。こんなの勝てっこないわ。でも今なら……間に合う」)
 大事な人たちの首根っこだけ引っつかんで、さっさと逃げる野は今なら可能だと、ここ一番でコンプレックスの負け癖が頭をもたげる。
「うう、負けません……負けませんよ。ねえ、あきらちゃん!」
 しかし紫睡がオウガメタルを黒太陽に具現化させて攻撃を加える。……踏ん張っている。アジサイだって。エルスだって、負けじとまだ戦っている。
「負けない。まだ、負けない……!」
 だから堪えるように千明は呟いた。まだ逃げるときじゃない。
 だと、いうのに……、
 白の照明弾が、上がった。
「……!」
 紫睡が絶句する。そんな、といいかけて唇を引き結ぶ。位置からその意味を一瞬で考える。
 外縁部を推し留めていた班が落ちた。すぐに、背後からも敵が雪崩れ込んでくるだろう。
「ああ……。わかりやすい。とてもわかりやすい……!」
 ウィルマがくつくつと笑う。既にその手は、腹は、足は、血に塗れている。もう余力なんて、どこにもない。叫びで辛うじて体を持たせる。どこかそれすらも愉しむかのような口調で。
「それでも……、それでも……!」
 搾り出すように紫睡は言う。幹部どころの話ではない。ここで折れることは死を意味する。そもそも外縁部の敵が戻ってくる前に、ティフォナを倒さなければ撤退すらままならない……!
「海神王の戟、黒雷の矛先は心の臓を穿ち貫き、四肢の骨を砕け!!」
 思考は一瞬だった。即座に紫睡は魔力で編み上げた黒い雷を溜めた海王石を手の平に乗せ、それを相手の身体へ押し付ける。黒雷を体内に叩き付けるようなその動きに、明子も意図を察する。
「絶望するにはまだ早い。まずはその足、頂きます」
 素早い体捌きでティフォナへ肉薄する。低い姿勢から鋸のよう刀を使い、その足を挽き崩そうとする。
「……っ」
 しかし足りない。そこに、
「終焉の幻、永劫の闇、かの罪深き魂を貪り尽くせ!」
 火力が足りない。この一瞬はエルスも攻撃に加わる。「闇」が敵の体を飲み込む。すかさずレーグルもまた槍を突き立てた。
「……効いて、いるの? これは希望の一矢。――その身に、その心に刻め」
 セリアがかすかにその表情を曇らせる。光の翼から光の槍を形成しまばゆい光を放ちながらそれを投げつけた。希望の一矢だ。恐れはない。覚悟はある。……けれどもこのささやかな恐怖を、無碍にしてはいけないと彼女の勘が言う。
「さ、さて、どう、でしょうね。ああでも、ああでも、今は全力を出すしか……さようなら」
 冷めた殺意で蒼い炎を纏った巨大な剣を地獄より呼び出した。長大な剣で一気に潰すように横暴に叩き付ける。
「ヒャッハー! 小難しいことはおいておいて……おらァッ!」
 火炎放射器から火炎放射の如き光線を放ちザベウコは魂を食らうかのごとき一撃を叩き付けた。
「ああ。いい手だなっ」
 うまく入った。アジサイは続くように敵を見据え、その場で「何かを踏み抜く動作」をした。悪いことが起こる動作。強い呪いのようなもの。……そう。して。
 ありったけの攻撃を彼らはティフォナにぶつけた。
 それで少しでも倒すきっかけになればこの状況を覆せると。
 しかし……、
「ええ。その攻撃には敬意を評しましょう……けれど」
 その姿はなおも健在であった。
「そこまでですか……。そこまでなのですか」
 傷は負った。けれどもどれも致命傷とは程遠い。ティフォナは杖を振るう。雷撃がケルベロスたちを撃つ。
「く……っ」
 それに撃たれてレーグルが倒れた。即座にウィルマが反応して動こうとするも、パイシーズ・コープスが既に動いている。
「ああ。ああ。死ぬと、生きる、では、生きているほうが、私はいいんですがねえ……」
 刃に貫かれて倒れるウィルマ。返す刃で隣のパイシーズ・コープスがその首を刎ねようとして、
「ヒャッハー! させ、ねえ……!」
 ぎりぎりのところでザベウトが間にあった。攻撃を体ごと受け止めると、刃がその肩の辺りに食い込んだ。
「がっ、はは。まだだ……!」
 動く腕が空を掻く。叫んで気を振るわせようとするがそれがどれほどの意味を成すのか。
「待って、今、かいふ……っ!?」
 エルスが思わず悲鳴を上げる。背中に痛みを感じて振り返る。
「大丈夫ですか、エルスさん。……大丈夫ですか」
 気付けば背後には、取って返した魚型死神が押し寄せていた。
「大丈夫、大丈夫よ」
「そうですか。よかった……」
 思わずエルスは叫ぶ。その服も髪も手も既に血まみれで。もう倒れる寸前で。……でも、
 ああ。隣にいたはずの紫睡の方が、もっと……。
 崩れ落ちる紫睡に、エルスが手を伸ばす。その身を背後をついた死神が噛み砕いた。
 エルスもまた、倒れる。明子が思わず口をあける。悲鳴が出そうになる。それを、
「大丈夫だ。これくらいの修羅場、いつものことだ」
 アジサイが制した。その言葉にはっと明子は言葉を飲み込む。
「そうね。落ちいて、いつもどおりにすればいいわ。アジサイ。背中は任せてる。慣れたものよね? やれるに決まってるわ」
「そうだな、いつも通りだ。そしていつも通り。帰るぞ。あきら」
 手を動かしながら必死にアジサイは考える。
「あらあら、まだ頑張るのですか?」
 そんな彼らを見てティフォナは笑った。
「当然よ。諦めたりなんてしない。お前達が命を弄び、その魂を穢さんとする限り。私はお前達を追い続けて、必ず阻止して見せる」
 セリアは前だけ向いて槍を振るう。状況はわかっている。かとかいって攻撃の手を緩めるわけには行かない。
 背を向ければ。弱気になれば。敗れるには必定で。そして、
「そうですか。ならばここで潰えてください」
「……っ!」
 杖が叩きつけられる。それと同時に電流のようなものが走ってセリアは崩れ落ちる。
「私……はっ」
 空を掻くその手がティフォナを掴もうとして……そして落ちていった。
「ヒャッハーまだだ。どこからでも……かかってこォォーーいッ!」
 ザベウコが叫ぶ。もう体はぼろぼろで、一撃でも入れられれば倒れるだろう。それでも前に進もうとする。先ほどにはない強い怒りを胸に最後に残ったアジサイと明子をせめて、守るようにと立ち塞がる。
 その背中が。せめて二人は逃げろと、いっているように見えた。
「……せめて、明るく場を和ませる冗談でも言えたらよかったんだけれどな」
 アジサイは呟いた。思わず明子が顔を上げる。
「あんた、黙ってろ」
 同じことを察したのか、ザベウコが前に立ったまま声をかけた。
 後方にも前方にも敵しかない。この三人も既に満身創痍だ。だから……。


 ……と、そのとき。
 いっせいに敵が動き出した。魚型死神も、残ったパイシーズ・コープスたちも……。
「ここまでですね……」
 あっさりと、ティフォナも優雅に礼をして歩き出した。ハリメーデーが倒され、強制撤退が始まったのだ。
 三人はそれを、見送るしかない。声をかける余裕はない。……その撤退がなければ、彼らの生死はたとえ一人二人暴走しても絶望的だったのだ。
「それではごきげんよう。またお会いできるのを、楽しみにしていますよ?」
 楽しげなティフォナの声が後に残る。長い戦いはそれにて、幕を下ろしたのであった……。

作者:ふじもりみきや 重傷:レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079) エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859) 和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413) ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007) セリア・ディヴィニティ(蒼誓・e24288) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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