東京六芒星決戦~堕神星陣

作者:久澄零太

「集まってくれてありがとう。まずは、クロム・レック・ファクトリアの撃破と、ディザスター・キングの撃破、おめでとう。すごく大変な作戦だったと思う……」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)の、賛辞を送りつつも晴れない表情から、番犬達は新たな戦いの気配を感じ取る。
「アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)が調べてくれてたんだけど、近いうちに大規模な儀式が行われるって分かったの」
 事件ではなく、儀式、というワードに嫌な予感がした番犬も少なくない。今回の仕事は一筋縄ではいかないようだ。
「最近多かった死神の事件が集約された大儀式みたいで、都内の六ケ所で同時に儀式が行われる『ヘキサグラムの儀式』、ていうみたいだよ」
 お前よくそんな言葉知ってたな? と茶化す番犬にむくれつつ、ユキが続けるには。
「儀式が行われるのは『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』の六ケ所だよ。丁度、晴海埠頭を中心とした六芒星の頂点になる場所なの」
 こういうイメージね? と、ユキは二つの三角形を逆さまに重ねる真似をしつつ。
「今回の事件では、戦闘力強化型の下級死神とか、死神流星雨事件の竜牙兵に似せた死神、死神によって生み出された屍隷兵みたいな、死神の戦力に加えて、第四王女レリの直属の軍団も加わっているみたいだよ。それから、竜十字島のドラゴン勢力の動きも見えてて、デウスエクス全体を巻き込んだ大きな作戦だって言われてるの」
 一呼吸おいて、ユキは大型の地図を示す。そこには説明にあった儀式の執り行われる予定の場所にマーカーが置かれていて。
「皆には、判明した儀式場の一つに攻め入って欲しいんだけど、六つの儀式場の全部の儀式を阻止しなくちゃいけないの。それぞれの場所に十分な戦力を配置しないとダメだよ。現地の儀式場の外縁部には、数百体の戦闘力強化型の下級死神、ブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスが回遊してて、儀式場への侵入を邪魔してくるの。あ、でもレインボーブリッジの儀式場だけ外縁部の防衛戦力が、第四王女レリ配下の白百合騎士団一般兵になってるからね」
 そこだけ戦力が違えば、戦術も変わるかもしれない。頭に置いておいて、損はないだろう。
「儀式を行っているネレイデス幹部は、築地市場には『巨狼の死神』プサマテー、豊洲市場に『月光の死神』カリアナッサ、国際展示場のは『名誉の死神』クレイオー、お台場にいるのは『宝冠の死神』ハリメーデー、レインボーブリッジは『約定の死神』アマテイア、東京タワーに『宵星の死神』マイラがいるよ。ネレイデス幹部は、儀式を行う事に集中してて少しでもダメージを受けると、儀式を維持できないの……えっと、つまりね? 外縁部の敵を突破して、儀式中心部に飛び込んで、ネレイデス幹部にドーン! ってやれば、作戦は成功だよ」
 防衛線を越えて、敵の頭に一撃入れて、それだけでも『一応の』成功とは言えるようだ。
「儀式が止まられると、ネレイデス幹部は作戦が失敗したって思って、逃げ出しちゃうの。儀式中断の七分後に、生き残っていた死神戦力はみんないなくなっちゃうよ。ネレイデス幹部をやっつけるには、この七分の間に倒さなくちゃいけないの。でも、ネレイデス幹部はすっごく強いし、儀式場の中だと更に戦闘力が強化されるから、単独チームの戦力では辛い戦いになると思う……他にも、周囲に護衛の戦力が残っている時とか、外縁部の戦力が増援として集まって来ちゃったら、幹部を倒すのは難しいと思う」
 実質敵陣のど真ん中で、その陣営をまとめるデウスエクスを相手取るのだ。まずタダでは済まないだろう。
「状況によるけど、儀式を中断させた後は戦わずに撤退を優先した方がいいかも……ただ、ネレイデスの幹部がいっぱい生き残ったら、今回みたいな大儀式をまた始める危険性もあるから、できるだけ、やっつけて、欲しい……かな……」
 どことなく歯切れがわるいのは、その言葉が番犬達を死地へ送り込むばかりか、熾烈な戦いを挑む事を要求するに等しいからかもしれない。
「外縁部には数百体の大戦力が待ってるけど、『侵入者の阻止』を目的にしてるから、儀式場周囲を警戒してて、突破する時に戦うのは数体から十体くらいになると思う。白百合騎士団一般兵は三人くらいの小隊で動いてて、こっちは三人から六人くらいと戦うことになると思うよ」
 それとね、とヘリオライダーは説明にただし書きを加える。
「外縁部から出るときは攻撃されないみたいなの。でも、全部のチームが儀式場に入って増援が来ないと判断したら、外縁部の戦力が儀式場内に入ってきて増援になるかもしれないから気をつけて」
 たとえどの戦場に赴くとしても、つねに周りにはえげつない数の敵がいる、と警戒を怠らない事が重要だろう。
「儀式場内部にはネレイデス幹部と、その護衛役がいるんだけど、築地市場の戦場には、『炎舞の死神』アガウエーがいて、数十体の屍隷兵『縛炎隷兵』を連れてるよ。豊洲市場の戦場は、『暗礁の死神』ケートーがいて、数十体の屍隷兵『ウツシ』がついてるの。国際展示場のは、『無垢の死神』イアイラで、数十体の屍隷兵『寂しいティニー』がいて、お台場には、星屑集めのティフォナと、死神流星雨を引き起こしていたパイシーズ・コープス十数体が護衛ね。それからレインボーブリッジには、第四王女レリがいて、絶影のラリグラス、沸血のギアツィンスと、十人くらいの白百合騎士団一般兵が護衛になってるよ。最後に東京タワーは、『黒雨の死神』ドーリスがいて、アメフラシっていう下級死神が数十体くらい一緒にいるよ」
 各戦場の戦力を伝え終えて、ユキは一度、深く息を吐く。
「今回の仕事は考える事がたくさんあると思う。戦力の分配とか、突入の作戦とか……でも、どんなにいい作戦でも、皆が帰って来なかったら意味ないんだからね!!」
 ヘリオライダーに釘を刺され、番犬達は深く頷いた。


参加者
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)
水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)
神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)

■リプレイ


「いつかデートで来ようと思ってはいたけど、まさかこんな形で来ることになろうとは……」
 お台場に群がる死神の群れを前に、北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570)は小さな騎乗機型のデバイスをバックルにセット。同時に揺らめく炎の幻影で作られたこがらす丸がじゃれつくように、彼の周りを一周して隣に収まる。
「別次元の自分から得たこの力、今こそ振るう時だ……!」
『Raven!Over the WILD!』
 拳でバックルを閉じると騎乗機が分離。計都の体を覆う装甲に姿を変えるが、いつもと異なりスタイリッシュなライトアーマー。青い炎の旋風が螺旋を描き、翼かマフラーのように炎が背後へ広がる。
「まずは一撃……!」
 儀式場を隠すように回遊する魚型の死神に向けて、一本の矢の如く鋭く突き刺さる計都。鱗をぶち抜き、一匹撃沈させ跳ね返る彼に敵襲を察した死神が動き始めるが、遅い。
「武装ロック解除、分離ユニット『comet』射出、マニュアルコントロールに移行……ターゲット、ロック」
 水瀬・和奏(フルアーマーキャバルリー・e34101)の砲塔から無数の小型砲台が展開。本来は同一個体を狙うOSを停止、コンタクトレンズに浮かぶマーカーを視線で操作して一基一基、異なる敵をロックオン。威力はほぼ皆無だが、問題ではない。
「ファイア!!」
 吹きつける暴風雨のような弾幕は、目の前に立ちはだかる敵陣の防衛網を強引にこじ開ける為の物だったのだから。
 計都の奇襲に反応して部隊の方に頭を向けた死神達は、和奏のばら撒く弾幕を真正面から受けてしまい、目と鼻を一時的に潰され、互いに衝突し合う。
「今です、突入を!」
 死神達が己が体を持って築き上げた防壁を混乱によって瓦解させ、その隙に計都が叫ぶ。開いた風穴に走ってゆく番犬達と視線を交差させ、この部隊の番犬達は迫りくる護衛部隊の死神と対峙するのだった。
「天狂瀾、解放……!」
 抜刀と同時に園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)の右手と、そこにある得物が黒い靄に包まれる。かと思えばその黒い闘気は質量を持ったかのように刃を伸長させ、死神の一体を串刺しにすると、脳天に向かって刃が駆け、左右に切り開く。続けざまに振るう横薙ぎの刃を、竜とも骸骨ともつかぬ亡霊の騎士が、腕が変異した竜の頭蓋で食らいつき、刃を押さえこだ。
「やっぱり来た……パイシーズ・コープス……!」
 真っ先に突入したこの部隊は、先に進ませた部隊の背中を守るためにも得物を構え直す。
「邪魔……!」
 一度、闘気を霧散させて得物を自由を取り戻した藍励が肉薄、急に腕が空振り姿勢を崩した星屑の骸の頭を蹴り上げて、がら空きになった胴体に切っ先を突き立てると骨しかない半身に向かって横薙ぎに斬り捨てる。傷口から汚染するように零れる黒い霧を見やり、骸は舌打ちするような目を藍励に向けた。報復に振るわれる巨大な顎を刀で受け、牙と刃の鍔迫り合い。足を止めた藍励を狙い、水棲哺乳類の体躯を持つ死神が大鎌を振りかぶる。しかし、その得物が藍励の首を狩るより先に、降り注ぐは無数の手榴弾。
 淡く光を纏ったそれは一斉に爆ぜ、周囲の骸諸共死神を凍てつかせると青みを帯びた牢獄に叩き込む。
「アザラシのソルベ……うん、美味しくなさそうですね!!」
 氷に封じ込むなり、真横に飛び出した朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)の拳が唸る。手首にスナップを利かせ、やや丸めた拳を掬い上げるように振るい冷凍死神を弾き飛ばす様は、秋鮭に飢えた野良猫の如し。
「しかし、手強いっすね……」
 此度は前線を退き、癒の型に収まった篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)。部隊の編成時には、各番犬の実力の高さに満足気だったものの、敵はパイシーズ・コープス。十分に警戒すべき敵であったにも関わらず、対応する部隊のなかった強敵。だからこそ、先陣を切るこの部隊が衝突する事は分かっていて、事前会議でも過去の戦闘記録を遡り情報をまとめていた。
「やはり、話に聞くのと実際に対峙するのは違う、な……」
 ルーク・アルカード(白麗・e04248)が歯噛みすると、骸達は一斉に遠くを見やり、ぞろぞろと動き始める。その中に一つ、異彩を放つ影。
「見つけましたわ……!」
 神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)の声を号砲に、番犬達は星屑集めのティフォナへ強襲を仕掛ける……。


「さあ。それでは私達も参りましょうか。哀れな哀れな生贄たちを、踏み潰すために」
「……させない。貴様の相手も、私たち」
 エルスがとっさに声をかける。それと同時にウィルマが番犬鎖でその身を牽制する。別部隊の先制攻撃に乗じて動いたのは計都。
「少しばかり付き合ってもらいますよ……!」
 ダダダダダダァン!一気に鳴り響いた六発の銃声。ティフォナが弾丸を弾く音は一つ。一瞬にして六発の弾丸を寸分の狂いもなく同一地点に叩きこんだ証に、ティフォナが微かに片眉をあげた。この戦場において、ティフォナを幹部から引き離す事は困難である故に、撃破を狙う。
「あら。あら。どうやら先に死にたい人がいるようですね」
 くすり、二つの部隊の番犬達の殺気に当てられて、ティフォナは笑う。
「いいですよ、私はネレイデスの一員ではありませんから……先に降りかかる火の粉を、払わせていただきましょう」
 その言葉を号令に骸が布陣を敷き、明子が視線を投げれば和奏が一瞬だけ応えすぐ視線を戻す。彼女の目は、自らの浮遊機の操縦桿でもあるから。
「お前ら、しくじるなよ!」
 自身が最前線に立ち、指示を飛ばすのは霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)。己が身を凍結させたかの如き装甲で骸の牙を弾き、腕を振り上げた格好になる骸へルークが肉薄。ガラ空きの胴体に捻りを加えた掌底を叩き込み、回転をかけて吹き飛ばすも体勢を整えて踏み止まる。
 残身で舌打ちするルークへ別の骸の鎌が振るわれ、腕に氷盾を形成して受けたカイトが火花と粉雪を散らし、両者動きを止めた瞬間に藍励が横合いから飛び蹴り。姿勢がブレた隙にカイトが押し切りその背後から藍励が逆手に構えた得物を振るい残痕を刻むが断頭には至らず、和奏の浮遊砲台が円を描き、重ねた砲撃が骸を変形させて吹き飛ばした。
「こいつら、結構タフだな……!」
「焦っちゃダメっすよ。実力だけなら、こっちも負けてないっす」
 カイトの砕けた装甲を、佐久弥の放つ鉄屑の霧が覆い隠し、磁石に群がる砂鉄のように塞ぎ、硬化。
「実力だけなら五分っす。勝ち急いだら負けっすよ」
「んなこと分かってるけどよ……!」
 氷を携えながら熱くなるカイトと、燻る感情を鉄面皮で隠す佐久弥。この部隊は精鋭揃いだが、パイシーズ・コープスはその実力と並ぶ強敵な上に、数は敵の方が上。
「この部隊でこれ全部を相手にするのは難しかったんじゃ……」
「弱音を吐いてる暇はありませんよ!!」
 うー……唸る環に計都が視線は敵に向けたまま声を向ける。今回の儀式に置いて、パイシーズ・コープスを警戒する部隊はなく、この部隊もまた、会議の場でティフォナを狙うのなら同時に当たるだろう、という程度の認識だった。予想外の苦戦に、番犬達はジワリ、ジワリと追い詰められていく……。


「信号弾確認!色は白!」
 環の悲鳴に近い叫びに、番犬達が戦慄する。
「もはや一刻の猶予もありません……」
 和奏の龍鎚が柄を畳み、巨大な弾倉として砲塔に装着され、ガチリ。リボルバーの弾をこめるように一つだけ回転した。
「全火力をティフォナに集中、目標の撃破を最優先します!」
「まだ敵は多いけど……やるしかない!」
 計都の纏う炎が踊り、鎌首をもたげるように燃え盛る。一瞬の揺らぎを残し、ティフォナへ迫るが骸の群れが、防壁の如く立ち塞がり。
「退……けぇええええ!!」
 立ちはだかるは頭蓋の腕を開いた骸。食らいつかんと牙を剥くその顎へ、自ら腕を突っ込むと上下の顎を重ねる蝶番を引っ掴むが、閉じた牙に肩を食い潰され鮮血が噴き出した。
「外殻がどれだけ硬くても……!」
 腕の内部で機関銃が唸る。回転する弾倉が無数の弾を送り出し、計都の肩を砕いた顎を破砕する。片腕を失い、たたらを踏んだ個体に蹴りを叩き込み、背中に伸ばしていた炎を片足に集中。巨大な刃に変えて首を斬り落とす……しかし。
「ぐぁあああ!?」
 仕留めた直後の計都へ二体の骸が迫り、巨大な顎が脚を、鎌が肩の傷を抉る。
「計都ッ!」
「俺はここまでです……それより、ティフォナを……!」
 バキリ、ベキリ、装甲のこがらす丸ごと骨を砕く音が響く。苦悶の表情を浮かべながらも、一瞬とはいえ二体を抑えた計都に見送られカイトは進む。
「テメェは引っ込め!やるぞ、チビ!」
 フッ、カイトの目が赤く染まり、彼を包んでいた氷の鎧が砕け散る。かと思えばそれはかざした手の上に集まり、棘氷球に姿を変えて。
「食らえやオラァ!!」
 敵の頭上へ投げ、続けざまにたいやきを投擲。投げられた菓子竜の吐息を導火線にして、氷球は爆発。氷の刃が雨霰と降り注ぎ骸といえど、尻込みした。その脚が止まった隙に、動いたのは二匹の獣。
「私たち!」
「ねこねこコンビ!」
「「にゃっはー!!」」
 カイトの陰から環と藍励が飛び出し、左右に展開。あるいは光の輪を、あるいは闇の槍をその手に構える。
「喰らえ、なんちゃってキャットリングー!」
「こういうのは、どうかな!」
 交差するように投げられた二つの得物は敵陣を前に衝突。光の輪は槍に貫かれ、二つに分離するなり軌道を変えて骸に迫る。跳ね返るようにしてあらぬ軌道で迫る光輪だが、避けられざるそれすらブラフ。
「これなら躱せない、よね?」
 派手な見た目を誇る連携に気を取られていると既に藍励は骸の懐。その首に刃を突き立て、斬り捨てた。その彼女の背からカイトが覆い被さるようにして、左右の鎌を受ける。
「悪りぃ……後は、頼む……!」
 受け止めた刃は肩口から骨を躱すようにして肺を抉り、心臓を貫く寸前で止まっていた。一命はとりとめたものの、もはや戦える身ではないカイトが崩れ落ち。
「カイトさんっ……!」
「環さん後ろ!!」
 背後に回り込んだ顎と鎌の骸に対し、藍励が飛び込み環を庇う。身代わりに右腕を食い潰され、胸を鎌で抉り抜かれた藍励が投げ捨てられる。突き飛ばされた環がせめて彼女を救おうとするが、翼を持つ骸の魔弾に脚、脇腹、肩を撃ち抜かれ、肉が爆ぜて骨を晒し、その指先が藍励に届くことなく力尽きた。
 戦力不足のまま敵陣に突っ込み、取り囲まれる状況に陥った番犬達は自分達が無謀な突撃を仕掛けたと自覚する。だが、事態はもはや引き返せない所まで進んでいた。


「私の名にかけて、人の夜空と安寧を奪うことはもう許しませんの。お覚悟を」
 倒れた仲間に目を向ける隙もなく、骸の群れの向こうから、番犬を嘲笑うティフォナに紫姫が鋭い眼光を向ける。
「邪魔者は排除します、皆さんは前へ!」
 そう告げた和奏の目は、死期を悟った兵士のそれだ。腹を括った彼女は踵の機構を起動。足首を包むように弧を描いていた装甲が後方へ回転し、彼女の足を支える。それは反動で倒れる事を防ぐと同時に、重装歩兵が足を『固定』するための物であり、和奏の退路を断つ物でもある。
「武装展開、全力で行きます……!」
 弾倉に姿を変えていた竜鎚の表面が吹き飛び、内部の弾帯が砲塔に装填、二門の機関砲と共に浮遊砲台を自分の周りに展開し、ターゲットは前方『全域』。
「SnowDrop装填、ファイア!」
 吹き荒れる砲撃と弾丸の嵐は留まる事を知らぬ暴虐の如く。マズルフラッシュは彗星の如く尾を引いて、駆け抜けた跡に立ち昇る硝煙を風が拭えば後には骨片すら残りはしない。
「道は、開きましたよ……」
 微笑む和奏の体から、オーバーヒートした武装が剥がれ落ちる。無防備になった彼女の脚が魔弾に吹き飛ばされ、倒れた肢体が骸の群れに引きちぎられる様に背を向けて、残る番犬達は地面を踏みしめた。
「お前だけは……!」
 一足、距離を詰め。二足、踏み込み得物を振りかぶり。三足、ティフォナの喉目がけて刃を伸ばすルークの腕が、横合いから振るわれる鎌に斬り飛ばされる。
「あぁあああああ!?」
 腕を失い、血を噴き出すルークは膝をつき……煙と消えた。
「ん?」
(その首、貰った!)
 分身を残し、ティフォナの背後を取ったルーク。パイシーズ・コープスすら対応の間に合わない、トドメの一撃。これで幕は引かれる『はず』だった。
「ゴフッ!?」
 白狼を襲ったのは無数の魚。外縁部が抑えきれなかった死神が、増援としてルークの体へたかり、皮を食み、肉を噛み、その身を蝕んでいく。生きたまま無残に食い荒らされる白狼をクスリと笑って見限るティフォナ。その視線の先にはもはや下がっていられなくなった佐久弥が立っていて。
「まさか本当に『御守』になるとは思わなかったっす」
 人の骨を引きずり出したような大剣を携えて、佐久弥と紫姫は背を合わせた。自分達が動けるのは、増援がルークを餌食にしている今しかない。
「これで決着っす……!」
 地獄を宿した大型武器を振るえど、二体のパイシーズ・コープスにその腕の顎で捕えられ、武器が使えなくなった彼を骸の鎌が抉り抜かんと刃を振るう。振り子の軌道で腹をぶち抜き、帰る刃に内臓を引きずり出されても、大剣を二つに『分離』させ、双剣を構えた佐久弥は自らを貫く骸ごと引きずり回してティフォナへ迫る。
「ええ。その攻撃には敬意を評しましょう……けれど」
 バチッ!駆ける雷撃は佐久弥の身を焦がし、その内側から焼き払うには十分すぎた。傷口が炭化して崩れ落ちる佐久弥の陰。彼を盾にして一撃凌いだ紫姫の隣には、ある忍の姿。
「力を貸してください、風太郎さん!」
 二人で構えたそれは七色の棒。ティフォナを穿たんとするその一撃を、骸が防ごうとして、得物が爆ぜた。
「今です、姉様!」
 爆ぜた重力鎖は目くらまし。本来は癒しに使う技を囮に、星良がティフォナの死角を取って。
「その程度ですか」
 ため息と共に、首を掴まれ吊し上げられる。
「姉さ……」
 悲鳴を上げそうになった紫姫の脚を、腰を、背を、羽を、喉を、背後から無数の鎌が貫き、引き倒し、地面に縫いとめる。
「……!」
 もはや声を出す事すら叶わず、伸ばした腕をパイシーズ・コープスに踏み潰され、骨すら残らぬよう踏み躙られた激痛に悶える度に、体内を鎌で掻き乱される。内側から肉塊になる苦痛に紫姫が見たものは、無数の死神にその身を引き裂かれ、噛み砕かれ、臓物を蹂躙されながら消えていく姉の姿。
「……」
 紫姫が最期に何を言い残そうとしたのかは分からない。涙を流し、時が止まったように悲惨な顔のまま意識を手放した彼女が次に目を覚ましたのは、全てが終わり、救援部隊に回収されてしばらく経ってからの事だった。

作者:久澄零太 重傷:霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725) ルーク・アルカード(白麗・e04248) 篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) 北條・計都(凶兆の鋼鴉・e28570) 園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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