蜜姫の誕生日~ミュージック・カフェの昼下がり

作者:地斬理々亜

●ケルベロスたちは語らう
「今月27日の予定?」
 問われた、小野寺・蜜姫(シングフォーザムーン・en0025)は、不思議そうに小首を傾げた。
「うん。空いてる?」
 彼女に問いを投げかけた主である、アッサム・ミルク(食道楽のレプリカント・en0161)は、にこにこ顔で確認する。
 蜜姫は桃色の手帳を取り出し、スケジュールをチェックしてから答えた。
「そうね、用事は特にないわ。それがどうかしたの?」
「そっか。ちょっと、蜜姫に紹介したいお店があるんだよね。行ってみない? ミュージック・カフェなんだけど」
 ――『ミュージック』。アッサムがその言葉を口にした瞬間、蜜姫のうさぎ耳が、ぴこりと動いた。
「どんなお店なの? ぜひ教えて、アッサム」

●蜜姫の誘い
「という経緯で教えてもらったのだけれど……素敵なカフェよ。一緒にどう?」
 蜜姫は、ケルベロスへと声をかけた。
「ケーキやドリンクがおいしいカフェなのだけれど、演奏用のステージがあるのよ。誰でも、そこで音楽を演奏していいんですって。ルールは、まず、カフェのBGMにふさわしくないような曲を避けること……ヘヴィメタルとかはダメね。それと、歌詞のある歌を歌わないこと……インストゥルメンタルかスキャットなら問題ないわね。この2点を覚えておけば、大丈夫だと思うわ」
 音楽の話になると、蜜姫は饒舌になり始めた。語り口は実に生き生きとしており、赤い瞳は、きらきら、輝きを帯びている。
「行く日の日付は今月27日よ、よろしくね」
 蜜姫はケルベロスへとそう告げると、去り際にこう呟いた。
「……でも、なんで27日なのかしら。何かあった気がするのだけれど……」


■リプレイ

●ひそかに
 蜜姫の到着する少し前。カフェの店内で、守人やミリムが何かの準備をしていた。
 何の用意なのか聞いたアッサムは、軽くウインクした。
「そういうことなら、オレがこっそり皆に伝えておくよ。『蜜姫へのお祝いは一番最後にして欲しい』、ってね」

●カフェのオーナーと常連
「うちの常連さん、音楽嗜んでる人多いんだよ」
 【フィニクス】のマクスウェルが、コーヒーとパンケーキを注文し終えて言えば、へぇ、と天音が興味深そうに微笑む。
「確かに、音楽を嗜まれる方がカフェには多い印象ですね。場所柄でしょうか」
 獅子の尾を揺らしつつ、紅茶とチーズケーキを待ちながら、ロジオンも頷いた。
「烏羽さんとシェンファさんは、新年会ん時も良かったし。他の皆の演奏も一度聴いてみたかったんだよなぁ」
 膨らむ期待を隠さず、マクスウェルの口元はドラ猫を思わせる笑みを形作る。
「まーくんは敵情視察成功してる感じ?」
「おぅ、良い感じのとこだしな」
 天音の問いにも、マクスウェルは笑顔を向けた。ホテルのラウンジカフェのオーナーであるマクスウェルにとって、このミュージック・カフェは、いわばライバルである。
「ふふ、ライブとか何かしらの催し物がある時って、裏方で駆り出されたり手伝ってたりすることが多いんで、こんな風に席でゆっくり過ごせるのは何だか新鮮ね」
 口紅を塗った唇の両端を持ち上げ、微笑する天音の元に、シフォンケーキとコーヒーが置かれる。天音は、ふわふわのスポンジにフォークを入れた。
「彩瑠さんの腕なら、そりゃ引っ張りだこだ」
 マクスウェルが深く頷く。天音の腕前は、彼も、よく知っていた。
 その時、ステージに立ち一礼するリィンの姿が目に入った。シュシュで束ねた青い三つ編みと、浅葱のアオザイ、白のパンプス。手にしているのは、新年会でも彼女が奏でた楽器、蘇州二胡だ。
「そういえばアタシ、皆の演奏聴く機会なかったかも」
 天音がふと呟く。
「音楽鑑賞は致しますが、演奏となりますと私はとんとダメなので……」
 魔術のエリートであり、料理も得意なロジオンだが、演奏はできない模様。
「私とナカイさんは、聞き専ですね」
「そういう事で」
 ロジオンとマクスウェルが笑い合ったところで、リィンの演奏が始まった。

 これはリィン自身が、この日のために作った曲。
 リィンが心に描くのは。
 流れる大河。
 草原を揺らすそよ風。
 満天の星空。
 力強く、時に優しく、リィンは二胡を奏でる。
 鋭く苛烈な戦場の顔とは異なり、今のリィンの表情は穏やかな笑顔。
 願うのは、蜜姫と、ここに集った仲間達の――幸せ。
 やがて演奏を終え、静かに一礼をしたリィンへ、拍手が贈られた。

 次の演者は恭臣。頑張れとサムズアップするマクスウェルへと、恭臣は笑顔を向ける。
 いつものトレーナーではなく、Tシャツにロングカーディガンを合わせ、七分丈のカーゴパンツをコーディネートした格好である。
 久しぶりの演奏。でも、練習もたくさんして来た。気合は十分だ。
 アンプに繋いだエレキベースを、恭臣は奏で始める。
 流行りの音楽に詳しい者は、恭臣の演奏している曲が、巷で話題のアーティストの最新曲だと気づいただろう。
 歌やメロディはなく、ベースラインだけが場に流れる。
 時に、静かに爪弾いて。
 時に、スラップ奏法を交えて、華やかに。
 奏で終えて、ぺこりと頭を下げる。
「ふー、気持ちよかったー!」
 拍手に迎えられながら、恭臣は誇らしげに席に戻った。

 コーヒーを飲みながら、選曲を考えていた光咲が、すっくと席を立つ。
 秋を題材にした童謡のメドレーにしよう、と決めた。
(「……けれど、ただ知ってるメロディーをなぞるだけじゃ、つまらないわよね」)
 白のブラウスと茶のロングスカートをなびかせ、ピアノの前へ歩む。髪の白い紅弁慶の花が、ふわりと香った。
 白黒の鍵盤から生み出されるのは、リズミカルな音。ジャズを意識している。
 滑らかなスラーとアルペジオは、風に舞い上がる木の葉のよう。
 アドリブを交えた童謡。そのピアノの音色が、深まる秋の空気を表現している。
 光咲が贈るのは、小さなぬくもりの旋律。寒くなりゆく季節だから、ここに来た皆のために。
 ペダルを踏み、音を長く伸ばし、最後は余韻を残す。
 微笑む光咲を、拍手が包んだ。

 那岐の銀髪はお団子にまとめられ、Yシャツとベスト、スラックス、ブーツといった服装は、モノトーンに統一されている。
 隣の沙耶は、茶のレースをあしらったワンピースと、同色のブーツ、白の靴下。
 胸に挿した真紅の薔薇は、二人お揃いだ。
(「姉さんの演奏や、沙耶さんの歌、身内だけで聴くのはもったいないとも思ってた」)
 嬉しそうな表情を浮かべた瑠璃が、席で見守る。チーズケーキや紅茶を味わいながら。
 ここ一ヶ月、那岐と沙耶は、音楽の演奏を通して絆を深めてきた。
(「成果を見せる時ですね」)
(「披露の機会ができて、嬉しいですね」)
 那岐と沙耶は視線を交わし、微笑み合う。
 脚を組んで椅子に座った那岐は、アコースティックギターを奏で始めた。
 ジャズの旋律が那岐のギターから生まれる。
 傍に立った沙耶が、それに合わせてスキャットを始めた。
 それは、遥か故郷を懐かしむ曲。
 望郷の旋律が紡ぎ出され、カフェを彩った。
 二人の演奏が終わると、惜しみない拍手が上がる。

「皆、流石ねぇ」
 天音が目を細める。
「いずれの演奏も、素晴らしい腕前でした。たまの機会に、こうして皆様の演奏を拝聴するのも、ようございますね」
 拍手を終え、ロジオンが述べた。
「音楽って、人を繋ぐって言うけど、本当にそうだよね」
 瑠璃が言う。彼は、全員の演奏に、聞き惚れてしまっていた。
 演奏を楽しみながら数々のケーキに舌鼓を打っていた守人が頷き、マクスウェルも首をゆっくりと縦に振る。
「歌で深まる縁、か。皆で参加できて良かったぜ」

●何気ない日常
「ドラムもあるじゃん! ちょっと行ってくるねー」
 嬉々としてステージに向かうのは、ベルベット。
「へっへーん、アタシにはドラムの心得があるのよ♪ 1、2、3、4!」
 4カウントから始まる軽やかなリズム。
「一人ですとこういうお店に来ないですから、なんだか新鮮ですね」
 始まったベルベットの演奏を聴きつつ、ゆったりとリラックスした竜矢が言った。
「静かに音楽を楽しみながら、のんびりとティータイム……なんだか優雅だね」
 少女人形を膝に乗せて、アンセルムは穏やかに笑顔を浮かべる。
「部長さんの宿敵を無事に倒せたお祝いも兼ねて、たまには皆でのんびりするのも悪くはないでしょう」
 静かな微笑と共に、エルムは頷く。
「蜜姫、良かったら一緒にティータイムしませんか?」
「ええ、喜んで」
 かりんの誘いに応じた蜜姫が、【番犬部】の面々がついているテーブルへ。
「蜜姫殿。先日……余が死神に襲われた時にも、皆と一緒に救援に来てくれて……本当にありがとう」
「どういたしまして。白が無事で、本当に良かったわ」
 礼を言う白へ、蜜姫は微笑む。
「お礼と言う程でもないが……今日は奢るのじゃよ」
「あら、いいの? ありがとう、お言葉に甘えるわ」
 嬉しそうな蜜姫と共に、他のメンバーもメニューを開いた。
「ふわふわシフォンケーキも、しっとりチーズケーキも美味しそうで……」
 むむむ、と頭を悩ませるかりん。
「ボクは栗のシフォンケーキと紅茶のセットをお願いしたいな。トッピングは……定番だけど、緩めのクリームが良いかな?」
「私も紅茶とチーズケーキにしてみよっかなー」
 アンセルムの大人チョイスに、環が続いた。視線の先、メニュー表には、爽やかなブルーベリーソースのかかった、濃厚チーズケーキの写真がある。
 大きくて甘そうなパンケーキにも心惹かれるけれど。
(「私、お・と・な、ですからー!」)
 ぐっと環はこらえる。今日は、ちょびっと背伸びがしたい。でもパンケーキもやっぱり美味しそうだ。
(「ボクもいい大人だからね」)
 アンセルムも、可愛く美味しそうな苺のパンケーキは注文せずにメニューを閉じる。
 そんな、心悩ますパンケーキを堂々と店員に注文する20歳が、二人いた。
「大きめのパンケーキを、プレーンで。メープルシロップ付きでお願いします。あと紅茶、ミルクでお願いします」
「悩みましたが、僕もパンケーキと紅茶にしましょう。紅茶はミルクたっぷりで」
 竜矢とエルムである。エルムの指先は、メニューの、生クリームと苺がたっぷりのパンケーキの写真を示している。
「なんと! 竜矢、エルム、パンケーキもあったのですか?」
 ぴょこっとかりんが身を乗り出す。
「僕もエルムと一緒のが良いです!」
 笑顔咲かせるかりん。
「余はコーヒーを。あと、お任せで一品……蜜姫殿に」
「ふふ、ありがとうね、白くん」
 蜜姫がにこにこする。呼び方が変わっているのは上機嫌の証だ。
「それにしても、ベルベットさんのドラム――」
 環が言う。

 クラッシュ・シンバルやバスドラムは控えめにして、時折タムの連打などを交えてアピールするベルベット。
 演奏している曲は、落ち着いたカフェの雰囲気を乱さない、メジャーなポップスだ。

「雰囲気壊しちゃ……って、ない? すごく意外ですー」
「賑やかなイメージがあったけど……静かな曲もあったんだね」
「こんな曲も打てたんですね」
「これなら、大忙しだった白もゆったりリラックスできそうな音楽です」
「もっと派手だと思ってましたけど、お店の雰囲気にすごい合ってますね」
「ロックなイメージが強かったが、そうでないのもあるんじゃなー?」
 口々に言う仲間達。評判は上々だ。白のビハインド、百火も相槌を打っている。
 少し経って、ケーキやドリンクが運ばれてきた。
「子供っぽくても、甘いものが食べたいんですからこれでいいんです」
 我が道を行く竜矢は、パンケーキを頬張る。それからエルムを見て言った。
「顔が緩んでますね」
「幸せなんだから良いでしょう」
 女子力もクリームもたっぷりな苺パンケーキを満喫しているエルム。アンセルムはそのパンケーキをじっと見つめる。
「……『お腹がいっぱいで食べられない』ってことだったら、ボクにくれてもいいんだよ?」
「……アンセルムさん?」
「くれても、いいんだよ?」
「素直に苺のパンケーキ頼めば良かったじゃないですか」
「アンちゃんは……大人ですもんね?」
 アンセルムとエルムのやり取りを聞いて、環が『にこっ』としてみせる。
「あ、仁江さんも一口食べてみますかー?」
「環、お腹いっぱいなのですか? それなら、ぼくが食べてあげますよ」
 そんな言葉とは裏腹。かりんは金色のおめめを思いっきりきらっきらさせて、環のチーズケーキをぱくり。それから、至福の表情を浮かべた。
 一方、白はコーヒーにガムシロップを入れていた。
 どぼ。
 どぼ。
 どぼ。
 ……合わせて、3つ。
「……一之瀬さん、実はあの事件で味覚が重傷とかしてません?」
 環、軽く引く。
「ねーねー、折角だから蜜姫ちゃんもこっちおいでよ! セッションしよう!」
「いいわね、今行くわ。……ごちそうさま!」
 チーズケーキを食べ終えた蜜姫が、ギターを手にベルベットの元へ向かう。
「あと、後でおひねりにケーキ奢ってよね!」
「ごふっ」
 ベルベットの発言に、白はコーヒーを危うく噴きそうになった。

●歌は続く
 やがて、ベルベットとのセッションを終えて一息ついた蜜姫は、アコースティックギターを持って店内を見回す佐祐理の姿を見つける。
 互いの視線が合い、佐祐理もまた、うさぎ型ギターを抱えた蜜姫の姿を目にした。
「対バン、いかがですか?」
「いいわよ」
 佐祐理が誘い、蜜姫はにっこりして再度ステージへ。
 佐祐理のアコースティックギターから奏でられるのは、インストゥルメンタルの音楽。
 少しテンポは速めの、フュージョン系の曲だ。
 蜜姫は、佐祐理の曲に合わせる形で、アドリブで音を重ねてゆく。
 佐祐理と蜜姫のギターが、ハーモニーを生み出した。

 最後の演者として登壇したのは、礼服を纏ったミリムだ。
 曲目は、『ヘリオライト』のジャズアレンジ。ミリムのハーモニカが、ゆったりしたリズムで、メロディを創造する。
 トン、トトンッ、とミリムは足を動かした。
 タップダンスだ。ステップが音を刻む。
 ハーモニカとタップ音による音楽が、やがて、終止符へと至った。

 ミリムの演奏が終わり、店内に静寂が訪れたところで――すっ、と照明が暗くなった。
「えっ? 何?」
 守人があらかじめ店員にお願いしていたとも知らず、きょとんとする蜜姫。
 ミリムは、ハーモニカを再び取り出した。
 紡がれる旋律は、老若男女に広く知られている、誕生日を祝う歌だ。
 佐祐理もまた、同じメロディをギターで弾き始める。
「誰かの誕生日なのね……って……あっ!?」
 蜜姫の目がまんまるに開かれる。祝われているのは自分だと、気づいたのだ。
「蜜姫さん、誕生日おめでとう」
 守人やミリムの用意した誕生日ケーキが、蜜姫に差し出される。
 蝋燭が刺してあり、『Happy Birthday Mitsuki』と書かれたプレートの乗ったシフォンケーキで、ぱちぱち弾ける花火の飾り付きであった。
「蜜姫殿、おめでとうなのじゃよ」
「これからの一年間も、楽しいことでいっぱいのものになりますようにっ!」
「大変なこともありますけど、これからも一緒に頑張っていきましょう」
 【番犬部】の面々も、祝福を口にして。
「誕生日おめっとさん!」
「新しく重ねる一年が、蜜姫ちゃんにとってもっと素敵なものになりますように」
「この素晴らしい一時をありがとう。蜜姫さん。そして誕生日おめでとう」
「おめでとー!」
 【フィニクス】の者達もまた、祝いや感謝を告げる。
「善き一年になることを願っているよ」
 リィンが蜜姫に手渡したのは、ハンドメイドのブレスレットとチョーカーだ。
 11月27日の誕生日石、優しい緑のクリソプレーズと、華やかなピンクのトパーズが使われている。
「みんな……あたし、すっごく、嬉しいわ。……本当に本当に、ありがとう……!」
 率直な気持ちを口にした蜜姫は、リィンの手作りアクセサリーをぎゅっと握り締め、ケーキの上の、19本の蝋燭の炎を吹き消した。

 彼女の人生という名の五線譜は、まだ途中。
 出会ったたくさんの者達と、メロディを重ねながら、幸福という『歌』は続いてゆく。

作者:地斬理々亜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月30日
難度:易しい
参加:19人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。