「押忍! ディザスター・キングを見事討ち取ったクロム・レック・ファクトリアでの戦い、ほんにお疲れ様じゃった。で、毎度休む暇もなしに済まんじゃが、今度は、ゼリュティオと阿賀野の警戒しとった死神の大掛かりな儀式が行われるんが判明してのう。また、大仕事ば頼みたいんじゃ」
円乗寺・勲(熱いエールのヘリオライダー・en0115)は、いかつい顔に気合と緊張感を浮かべ、集まったケルベロスたちに状況の説明を始める。
「最近、死神による事件が続いておったが、そいが集約された大規模な儀式……『ヘキサグラムの儀式』が、都内の6ヶ所で同時に行われる」
勲によると、儀式が行われるのは、『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』とのこと。またその場所は、ちょうど、晴海ふ頭を中心とした、六芒星の頂点になる場所だとも言う。
「今回の事件では、戦闘力強化型の下級死神、死神流星雨事件の竜牙兵に似せた死神、死神が生み出した屍隷兵といった死神の戦力に加えて、エインヘリアル第四王女レリの直属の軍団も加わっておるようじゃ」
さらに、それだけではない、と勲は付け加える。
「竜十字島のドラゴン勢力も、何やら動く気配があるらしか。一勢力にとどまらん、多くのデウスエクスが勢揃いばする、大掛かりな作戦となりそうじゃな」
一呼吸置いて集まったケルベロスを見渡し、勲は作戦のさらなる詳細な説明に入る。
「皆には、判明した6つの儀式場のうち、一箇所を選んで攻め入って貰いたか。目指すは、『ヘキサグラムの儀式』の阻止じゃ」
そのためには、6つの儀式場全ての儀式を阻止しなければならないので、それぞれの場所に十分な戦力を配置する必要があるだろう。
「儀式場の外縁部には、儀式場への侵入者を阻止しようと、多数の下級デウスエクスが守りについておる」
その内訳は、主に数百体の戦闘特化型死神『ブルチャーレ・パラミータ』と『メラン・テュンノス』。レインボーブリッジの儀式場のみ、第四王女レリ配下の白百合騎士団一般兵だ。
「そして儀式場の内部におるんは、儀式を執り行うネレイデス幹部らと、それを護衛する有力なデウスエクス、およびその直属の配下どもじゃな。儀式場ごとの詳しい戦力については、別にまとめた資料があるで、そっちを参考にしてもらいたいじゃ」
勲はケルベロスたちに資料を回しつつ、向かう儀式場ごとの説明をざっと述べる。
儀式を行うネレイデス幹部はそれぞれ、築地市場が『巨狼の死神』プサマテー、豊洲市場が『月光の死神』カリアナッサ、国際展示場が『名誉の死神』クレイオー、お台場が『宝冠の死神』ハリメーデー、レインボーブリッジが『約定の死神』アマテイア、東京タワーに『宵星の死神』マイラ、とのことだ。
「ネレイデス幹部は、儀式を行う事に集中しとって、少しでもダメージを被ると、儀式を維持する事はできないようじゃ」
つまり、外縁部の敵を突破し、儀式中心部に到達し、ネレイデス幹部にダメージを与える事が出来れば、作戦は成功となる。
「もちろん、それだけで全てめでたしめでたし、っちゅう簡単なことじゃなか」
もし儀式が中断されたら、ネレイデス幹部は作戦の失敗を悟って、撤退を始める。そのため、ネレイデス幹部の撃破を目指すためには、戦闘を迅速に運ぶ必要がある。
勲によると、死神勢力が撤退を完了するまでの猶予は、およそ七分ほど。
その間に撃破できなければ、ネレイデス幹部は撤退して生き延び、後々また儀式を実行しようとする可能性もあるだろう。
「理想としちゃあ、儀式が二度と行われんよう、ネレイデス幹部を殲滅することじゃ。じゃが、もともと強敵なうえ、儀式場の中では更に戦闘力が強化されるんで、単独チームで撃破まで持っていくんは、ちいと難しいかも知れんのう」
幹部を護衛する有力な敵も居るのは前述通りで、また全体の戦況によっては、外縁部を守っていた戦力が増援として現れ、さらに敵の戦力が増大している可能性もある。
「状況によっては、儀式を中断させた後は、戦わずに撤退を優先するべきかも知れん。じゃが、後顧の憂いを断つに越したことはなか。難しいかも知れんが、できる限りネレイデス幹部の撃破を目指してもらいたいじゃ……押忍っ!」
勲は腹の底に響くエールを切り、作戦をより良い形で成功させて欲しいと、ケルベロスたちに檄を飛ばす。
続いて勲は、具体的な敵戦力の詳細を、儀式場外縁部の戦力から説明してゆく。
「外縁部には数百体もの戦闘特化型死神どもが展開しちょるが、連中の目的は『侵入者の阻止』じゃて、儀式場の周りを手分けしてぐるりと警戒しちょる。じゃから、1チームが突破する際に戦うんは、数体から10体ぐらいになるかの。あと白百合騎士団一般兵は、3名程度の小隊での警戒を行っているじゃて、こっちは1〜2隊、3体か6体を相手にする形になるかのう」
また、外縁部から脱出しようとする場合は、これらの戦力からは攻撃の対象外となるようだ。
ただ、全てのチームが儀式場に突入し、外縁部にそれ以上ケルベロスの戦力が来ないと判断された場合、彼らが雪崩れ込み儀式場内の増援となる場合があるので、その点は注意が必要だろう。
「それから、儀式場内部のネレイデス幹部を守る、護衛役についても軽く触れておくじゃな」
勲はケルベロスたちに回した資料を手に取り、それぞれ6つの戦場に陣取る有力敵とその部下の名称、戦力数を挙げてゆく。
築地市場には、『炎舞の死神』アガウエーと、数十体の屍隷兵『縛炎隷兵』。
豊洲市場には、『暗礁の死神』ケートーと、数十体の屍隷兵『ウツシ』。
国際展示場は、『無垢の死神』イアイラと、数十体の屍隷兵『寂しいティニー』。
お台場は、星屑集めのティフォナと、死神流星雨を引き起こしていたパイシーズ・コープス十数体。
レインボーブリッジは、第四王女レリと、絶影のラリグラス、沸血のギアツィンスらレリの護衛、および十体程度の白百合騎士団一般兵。
東京タワーは、『黒雨の死神』ドーリスと、数十体のアメフラシと呼ばれる下級死神。
「……と、6つの戦場を守る連中は、こんな感じじゃ。儀式を阻止するだけならすべてを倒す必要は無いじゃが、ネレイデス幹部の撃破を目指すためには、こん護衛どもを何とかする必要があるじゃろうな。戦場全体の状況を見ながら、できる限り良い結果を持ち帰ってつかあさい」
勲は真っ直ぐに一礼して、困難な作戦に向かうケルベロスたちに、敬意のこもった強い視線を向け、説明を締めくくる。
「死神だけに留まらない大勢力が関わったこん作戦は、いつぞやの熊本に勝るとも劣らん、大掛かりなものになると予想されるじゃ。本来なら、ケルベロス・ウォーでしか対応できんほどの規模だったかも知れん……じゃが、こうして動きを察知できたからには、最善を尽くすのみじゃ。皆を信じて待っておるで、どうかよろしく頼むじゃ……押忍っ!!」
勲のエールはひときわ強く、ヘリオンの機内を切り裂くように響き渡るのだった。
参加者 | |
---|---|
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968) |
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147) |
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707) |
ヒスイ・ペスカトール(邪をうつ・e17676) |
軋峰・双吉(黒液双翼・e21069) |
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869) |
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677) |
●地上数メートルの騒乱
ところは、東京タワー。
死神の儀式を阻止すべく駆けつけたケルベロスたちは、目標の幹部が待ち受ける展望台を目指し、フットタウンを駆ける。
「気をつけて。きっと近くに居る」
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は、床のそこここに黒い水溜まりの姿を認め、仲間に注意を促す。事前に訊いた特徴通りであれば、それは敵の気配に他ならなかった。
「……そうみたい。出来ることなら、観光で来てみたかったけど、ね」
信頼するゼレフの言葉通り、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の目前に、軟体動物めいた少しユーモラスな姿の下級死神『アメフラシ』が姿を現す。エヴァンジェリンは仲間の命中が十分なのを確認し、味方を警護するドローンを前衛たちに飛ばした。
「さァ、思う存分やってやれ!」
ヒスイ・ペスカトール(邪をうつ・e17676)も、気心の知れた峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)を始めとした前に立つケルベロスたちを援護するため、感覚を研ぎ澄ますオウガメタルの粒子を振り撒く。
「ありがとな、ヒスイ! 奈津美もよろしく頼むぜ」
雅也が快活に応えを返し、援護の乗った命中力で武器にグラビティチェインを込めた一撃を、目前の赤いアメフラシに叩きつける。破壊力を高める戦法と高い練度はてきめんに効力を発し、アメフラシはキュウと丸まるように消滅した。
「ええ、任せて。バロンも、そのまま前衛で皆を支えててね!」
味方を鼓舞するカラフルな爆煙で仲間を援護しながら力強くうなずくのは、五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)。彼女のウイングキャット『バロン』も、主人の激励に応えるかのように、ニャッ! と勇ましく鳴き、黒地に白の混じった毛並みを逆立ててアメフラシを引っ掻いた。
「加護も害悪も 残弾は無限にありますからね。いくらでも出てきてくれて良いですよ」
続々と現れる、赤・青・黄色のアメフラシたち。
数を頼みとばかりに立ちふさがる敵たちにひるまず、ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)も、オウガメタルの輝きを曲射するように仲間に施し、強化と弱化を担う戦術への備えは十分だ。自身の援護で力を得た味方が全て蹴散らしてしまえばいいとばかりに、ラーヴァは特製の武器を構える。
「……!!」
青いアメフラシの1体が、触覚の間の光球をくるくると振り回すように構え、ひょいと射出する。その標的は、ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)だ。
「おっと……油断大敵ですね、ハイ」
ロスティは地獄と混沌の体を弾いたアメフラシの光弾のダメージを確かめ、仲間にヒールを任せても大丈夫だと認識した。
「地獄の炎と混沌の水……その2つを合わせ、今、起こしましょう。爆発を!」
そして反撃とばかりに、出し惜しみせず己のとっておきの技で、アメフラシに一撃を浴びせる。グラビティの爆発は小気味良い当たりとなって、敵の青い体を撃ち抜いた。
「くそぅ、多いな。どかねぇと地方の遊園地にでもマスコットとして売り飛ばすぞッ!」
わらわらと湧いてくるアメフラシに悪態をつきつつ、軋峰・双吉(黒液双翼・e21069)は素早くロスティの傷を分身の幻影で癒やした。顔は怖くガラは悪いが、癒し手としての役割をしっかりとシミュレートしてきた彼は、味方の状況を見て、適切にヒールを届ける。
「――掴め」
的確に敵を突破してゆく仲間を確認し、ゼレフも己のなすべきことを、淡々と……しかし秘めた闘志をぶつけるように、『灯台守』の炎が尾を引いて、赤いアメフラシを貫く。
「まーだこんなにいやがるのか……邪魔だな、まったく」
「大丈夫。もうすぐ、抜けられそう」
ヒスイとエヴァンジェリンが、それぞれ星のオーラと炎をまとった鋭いキックで、目前を遮るアメフラシたちを捌く。
ケルベロスたちは皆、作戦の大目標……儀式を行う死神への到達を目指し、持つ技を使い分けながら急ぎ進む。
その矢先、他のチームから声がかかった。
「ここは私達に任せて先に行ってなの!」
外縁部の抑えは任せて、とばかりに、円は突入に向かうケルベロスたちを促す。
「アリガト。アタシたちも、頑張ってくるわね」
(「ゼレフさんも、友人も、仲間も……守り抜いてみせる」)
エヴァンジェリンは静かに、だが内に秘めた凛とした矜持を感じさせる強さを持った声で、すみれ色の瞳の少女に答える。
フットタウンとアメフラシの群れを抜け、ケルベロスたちは展望台へと急迫していった。
●150メートルの死闘
次々と合流した4班のケルベロスたちが、大展望台に突入した、その時。
「……クソっ、奇襲か!」
誰かが毒づいた声が、メインデッキの1階に響き渡る。
その場に控えていたのは、10体は下らない大量のアメフラシ。まるでケルベロスたちを待ち構えていたかのように、アメフラシたちは丸っこい体を震わせ、押し寄せる。
「危ない……皆様、お気をつけて」
急迫するアメフラシの群れをがっちりと抑えて味方をかばったのは、ラーヴァだ。前哨戦で、致命的とまでは行かずとも傷を負ったヒスイが後衛に下がったのと入れ替わりで、ラーヴァは西洋甲冑風の鎧装から覗く地獄の炎も勇ましく、仲間を護るために前に立っていた。
「其は汝が身に他ならず……」
ラーヴァと役割を代わったヒスイは、『魂振』の言霊の力で彼を素早く癒やし、守り手の受けた傷をリカバーする。役目が入れ替わっても、彼らの動きによどみはない。
「こんなところで、手間取る訳にはいかないねえ」
ゼレフは『随』を振りかざし、その耀う刃を横薙ぎに、アメフラシの群れを斬り払う。斬る力を集中的に鍛えた得物は狙い過たず数多くの赤い軟体を捉え、勢いよく弾き飛ばした。
「ええ、おそらくマイラはこの先に……」
「なら、ぶち抜いてやるまでだぜッ!」
ロスティは硬化させた己の竜爪を振るい、双吉はガトリングガンの弾幕で、それぞれ黄色いアメフラシを激しく貫く。敵が遮る向こうにあるのは、メインデッキの2階へと続く道だ。
「急げ!」
4班のケルベロスたちは、各々の全力でアメフラシを蹴散らし、2階へと殺到する。
今日の正念場となる戦いは、すぐそこまで迫っていた。
「チッ、勢揃いで歓迎か……やってくれるなァ!」
メインデッキ2階に駆け上がったケルベロスたちを迎えたもの……それは、双吉の激しい舌打ちと荒々しい罵声に凝縮されていた。
身動き一つせずに精神を集中させている、どこか慈愛をまとったような白いドレス。
傘のような鎌を手に、赤青黄色のアメフラシを従え、この場を守るように佇む黒衣の影。
『宵星の死神』マイラと、『黒雨の死神』ドーリスだ。
「ま、さっき不意打ち食らった時点で、ちょっと予想はしてたけどな……それならそれで、やるべきことをやるだけだ!」
幹部と護衛の分断は成らなかったのを確認しつつも、雅也はいつも通りの笑みをニィと浮かべ、前を向いて己のやるべきこと……マイラへの攻撃に集中する。
「行くぞッ、皆!」
「ええ、彼女達の思い通りになんかさせない!」
雅也は流星の煌めきを宿した須臾の蹴りで、奈津美はグラビティで空気を圧縮した『エア・ハンマー』で、マイラに全力の攻撃を見舞う。また奈津美は、胸元に忍ばせた懐中時計のタイマーを忘れずに作動させる……事前に時間制限が予知されている戦いで、その把握はとても重要な役目だと自覚して。
「なるほど、届くね」
「舞え、”鉄引”」
隣のチームから、ウォーレンとひさぎ、そしてついに因縁浅からぬ相手を前に顔色を変えた千里らが、マイラに肉薄する気配を間近に感じる。
その場に居た他のケルベロスたちも、当初決めてきた作戦……まずは相手の回避を削ぐ攻撃への集中に最善を尽くす。
「…………!!」
ケルベロスたちのグラビティが集中する中、それぞれの力を振り絞った爆風や衝撃が、爆ぜる。
誰が誰に何を命中させたかすら判然としない混沌とした中、立ち上る煙が晴れた先にあったのは、攻撃をかばい受け止めたドーリスの黒い立ち姿と、色とりどりのアメフラシたち……そして、憂いに満ちた顔でゆっくりと振り向く、金髪の女性。
それはまさに、マイラが儀式を止め、ケルベロスたちに意識を振り向けた、その瞬間だった。
「やあ、ぶっ壊しに来たよ」
どこか雲を思わせる幻想的な見目と裏腹に、ゼレフの内にあるのは、成せるならば傷は厭わず退かず踏み込む、真っ直ぐな矜持だ。彼が『冬浪』で斬りかかったその一撃は、戦いの正念場を切り拓くかのように、激しくマイラに迫った。
「不躾な人たちね……それでも私は、許しましょう」
マイラはゆっくりと立ち上がり、すべてを包み込むような慈母の『愛』に満ちたオーラが、ゼレフら前衛のケルベロスたちを包み込む。その威厳と畏怖を感じさせる気は、武器を当て難くさせるプレッシャーを伴って、強烈なダメージを与えた……複数のチーム相手で減衰を受けてなお、その威力は高い。
「悪いケド、アナタをあまり帰したくはないの……此処で、悪夢の終わりを導かせてもらうわ」
自身も含めた列への攻撃をも果敢に庇って、エヴァンジェリンは金属の輝きを持つオウガ粒子を放ち、自分と仲間の感覚を研ぎ澄ます。時間制限が厳しい中、この一手が引き寄せる確実さが勝利を導くと信じて。
「喰らいやがれ、守りの力ってやつをよォ!」
双吉も続いてケルベロスチェインをメインデッキの床に展開し、こちらは前衛を頼もしく守護している。
「援護サンキュ! なら、ぶち当てるまでッ!」
攻防両面に渡った仲間の支援を受け、雅也の喰霊刀は三日月のような軌跡を描き、マイラの白い衣装に斬撃を刻む。主人が信頼する団長の気合いに応えるかのように、バロンも長い尻尾からリングを飛ばし、果敢にマイラに挑んでいる。
「まずは一撃!」
こちらは後方から、ロスティが『トマティックハンマー』砲撃形態の竜砲弾で、マイラの足止めを狙う。彼に続いて、後衛からも次々と渾身の一撃が飛んでいった。
だが、懸命の攻撃も、全てがマイラに素通しとは行かず……ドーリスやアメフラシが庇うことで、打撃は分散されてしまっている。千里とマイラの間に交わされる言葉と攻撃のやり取りも、未だ勝負の決まる気配はない。
このままではマイラもドーリスも削りきれない……誰もがそんな危惧を抱き始めた、その時。
「マイラに集中攻撃!」
隣のチームからレオンの声が響き渡り、ケルベロスは迷いを捨て、その場の火力を全てマイラに振り向けることを決めた。
ドーリスを抑えにかかっていたチームのケルベロスも皆、マイラの立つ中衛目がけてグラビティを放ち、攻撃を集中する。
「分かっています……皆、本当は良い子なのでしょう?」
殺到する血気盛んなケルベロスたちを宥めるかのように、マイラは唄う。その歌声は施された強化を優しく奪い去り、死という慈悲に誘うようにケルベロスたちの身体を苛んだ。
「――墜ちろ」
マイラの苛烈な攻撃を受けながらも、ゼレフは床に剣を突き立て、耐える。流れる血も拭わずに、彼は再び『灯台守』を放ち、全力の炎の斬撃で彼女に応えた。
「残り2分! 急ぎましょう!」
さらなる激しい攻防を経て、奈津美が叫ぶ。残された時間の少なさは、死地の闘志となってケルベロスたちを奮い立たせた。
「本願投影。シアター、展開(オン)ッ!」
今求められているのは回復ではなく、少しでもマイラにダメージを与えること……双吉の本気は、霧状のブラックスライムに映し出された彼のひそかな願望の幻に紛れ、激しくマイラを斬りつける。
「……捕まえた」
エヴァンジェリンが放つのは、氷の竜巻『Brinicle』だ。逆巻く冷気はマイラの身体に絡みつき、その慈愛をも凍らせようとするかのようだ。
さらに雅也の『逆撃』が、ロスティの超重量を持った氷河期を思わせる一撃が、ラーヴァの傷をジグザグに切り裂き空を絶つ太刀筋が、次々とマイラに押し寄せる。
そして、その瞬間は、ついに訪れた。
「千鬼流……奥義、死葬絶華」
仲間の後押しを受けた千里の『妖刀”千鬼”』が唸り、高度な重力操作によって為された無数の斬撃が、宵星の死神の身に降り注ぐ。
「冥府で姉に会ったら伝えておけ! 私は決して許さない! どんな障害で阻もうとも! どんな所へ逃げようとも! 必ず追い詰めてお前を殺すとな!」
自分が涙を流していることに気付く様子もなく、マイラを弔う一撃を放った少女は叫ぶ。
口元をかすかに緩めたようにも見える最期の表情は、何を意味していたのか……マイラは鮮やかな血に染まり、床に崩折れた。
「これで終わりとは、行きませんねえ」
マイラの最期を見届け、ラーヴァは巨大な弓を模したバスターライフルでドーリスを狙う。奈津美の合図から、これはケルベロスたちに残された最後のラウンド……状況を鑑み、ラーヴァは今ある中で最大威力の技で狙いを定め、凍る光の矢を放った。
その場に居た全てのケルベロスたちも同じく、ドーリスに攻撃を集中させる。
「……ダメだ、間に合わない!」
誰が叫んだかすら分からない混乱した戦場に、悔しさに満ちた空気が広がる。
残念ながら、最後の1分に賭けた全力のグラビティの集中も虚しく、ドーリスを削り切るには至らず……黒衣の少女は、いずこともなく姿を消した。
●0メートルへの終着
「っと、ガッカリしてる暇はねえな。無事に帰るまでが、ケルベロスのお仕事だ」
素早く気を取り直したのは、ヒスイだった。作戦が終わった以上、迅速に脱出しなければ……皆はしかと気を強く持ち、この場を立ち去る算段に移る。
「階段……よりこっちの方が近いですね、後でヒールすれば問題ないでしょうから……壊します!」
ロスティは素早くメインデッキ全体を見渡し、夜景を映す窓ガラスに視線を据える。
「そういうことなら任せとけ、オラァ!」
双吉は迷わず窓に駆け寄り、渾身のヤクザキックでガラスをぶち破った。
「アタシに掴まって」
「わたしはエアライドがあるから、ない人は一緒に降りましょう!」
エヴァンジェリンと奈津美を始めとして、翼などの降下手段を持つ者は、持たぬ者を素早く抱えて飛び降りる。
東京タワーから舞い散るガラスの破片と、舞い降りる8人と1匹のケルベロスたち……それは、荒っぽくも、どうにか作戦が成ったことを表す風景に他ならなかった。
作者:桜井薫 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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