東京六芒星決戦~呪われし星を砕け

作者:林雪

●ヘキサグラムの儀式
「クロム・レック・ファクトリア及びディザスター・キングの撃破成功、おめでとう! 皆が力を合わせた成果だね、それに……捕まっていたふたりの救出も。僕からもお祝いと、ありがとうって言わせて欲しい。君たちの勇気と決断が生んだ結果だ、心から誇りに思うよ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が、いつもより少し改まった調子で集まったケルベロスに告げた。
「でも、残念ながら喜んでばかりもいられない。阿賀野・櫻(アングルードブロッサム・e56568)さんたちが警戒に当たっていた『死神の大規模儀式』について、詳細がわかったんだ。ネレイデスの幹部たちが動いてる」
 このところ多数の活動が認められていた死神による事件、それらが集約された大儀式、その名も『ヘキサグラムの儀式』である。
「儀式の行なわれる場所はもう判明してる。それは『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』の六ケ所だよ。これらは晴海ふ頭を中心にして六芒星を描いたときに、ちょうど頂点にくる場所なんだ」
 この大規模作戦にはここしばらく事件を起こしていた『戦闘力強化型の下級死神』や竜牙兵に似せた死神、屍隷兵に加え『第四王女レリ直属の軍勢』などが既に集結しているという。
「これに加えて、竜十字島のドラゴン勢力が動いていることも確認済みだ。死神だけじゃない。『ヘキサグラムの儀式』は、デウスエクス全体を巻き込んだ大きな作戦なんだ。阻止しなきゃ」

●六芒星を破壊せよ
 表情を緊張させたまま、光弦が具体的な作戦阻止の説明を始めた。
「皆には、手分けして今説明した六つの儀式場に攻め込んで、その六箇所で行なわれようとしている儀式の全てを阻止してもらいたい。儀式上の外回りは例のカツオとマグロ……戦闘力強化型の下級死神『ブルチャーレ・パラミータ』と『メラン・テュンノス』が数百体もの数で泳ぎ回って警戒を固めてる。君たちはそれをかいくぐって儀式中心部に到達しなきゃならない」
 光弦は、モニターに六箇所の略図と、それぞれの場所で儀式を行なっているネレイデス幹部の名前を表示させた。
 まず築地市場には『巨狼の死神』プサマテー。次に豊洲市場に『月光の死神』カリアナッサ、それから国際展示場には『名誉の死神』クレイオー。お台場には『宝冠の死神』ハリメーデー、レインボーブリッジに『約定の死神』アマテイア……ここのみは、外縁を守っているのは魚型でなく、レリの配下の白百合騎士団らしい。そして東京タワーに『宵星の死神』マイラが配されている。
「突破して彼らの元に至るまでに、一戦交えなきゃならない。ただ、幹部たちを完全に倒す必要はないんだ。奴らの儀式はかなり集中しないと執り行えないものみたいでね、君たちが到達して少しでもダメージを与えることが出来れば、もう儀式は維持できなくなる。今回の作戦の最大の目的は儀式の阻止だから、それさえ果たせればまずは成功だ」
 ネレイデス幹部は、儀式を執り行っている間は戦闘に参加してくることはない。
 だが。
「君たちが儀式中心部に至りネレイデス幹部にダメージを与えると、儀式は中断される。その場合、ネレイデス幹部は作戦の失敗を悟り、撤退を開始する、そして」
 儀式中断の7ターン後に、生き残っていた死神戦力は全て撤退してしまうのだという。
「儀式の阻止のみでなくネレイデス幹部の撃破を目指す場合は、この7ターンの間に撃破しなきゃならない。でも、ただでさえ強敵な上に、儀式会場内では更に戦闘力が強化されている。単独チームでの撃破はかなり難しいだろうね。周辺には護衛戦力、場合によっては外周を守っている戦力が会場内に雪崩れ込む可能性もある。状況によって、儀式を中断させた後は戦闘せずに撤退を優先するべきかもしれない……戦力のバランスが鍵になるね」
 ただし、ネレイデスの幹部が多数生き残れば、再び今回のような大規模な作戦を打ち立ててくるのは必至だ。
「可能な限り、幹部にもダメージは与えておきたい。外周の敵、儀式会場内部の敵、そしてネレイデス幹部。それぞれの戦場にどう対応するか、どう動くのか作戦が欲しいところだね」

●敵戦力
「予想される戦いを整理しよう。まずは儀式会場の外縁部だね。さっきも言った通りここには数百という大戦力が展開されてる。ただ、彼らの与えられてる任務は『侵入者の阻止』なんだ。だから君たちが突破する際に戦う魚は数体……多くても10体程度になる。レインボーブリッジを守る白百合騎士団一般兵に至っては、3体程度でひとつの小隊を作って警戒を行ってるようだから、突破する際に戦うのは3体或いは6体程度になるね」
 ちなみに、外縁部から脱出しようとする者は彼らの攻撃の対象外となるようだ。ただし、全てのチームが儀式場内に突入し、これ以上の増援がないと判断された場合は外縁部の戦力が儀式場内に雪崩れ込み増援となる場合があるので、その点は注意が必要だろう。
「そしてね……会場内部も当然、ネレイデス幹部を守る護衛役の敵がいる」
 光弦が深呼吸して、各勢力を説明し始める。
「築地市場の戦場には『炎舞の死神』アガウエー」
 そのアガウエーの元には数十体の屍隷兵『縛炎隷兵』がいるという。
「豊洲市場の戦場には『暗礁の死神』ケートー」
 ケートーの元には数十体の屍隷兵『ウツシ』が。
「国際展示場の戦場には『無垢の死神』イアイラ」
 イアイラの元には、数十体の屍隷兵『寂しいティニー』が。
「お台場の戦場には『宝冠の死神』ハリメーデーを、星屑集めのティフォナが守っている」
 ティフォナは死神流星雨を引き起こしていた『パイシーズ・コープス』十数体とともに幹部の護衛に当たる。
「そしてレインボーブリッジは『第四王女レリ』だ」
 王女レリの護衛は、絶影のラリグラス、沸血のギアツィンスといった有力敵、更に十体程度の白百合騎士団一般兵が担っている。
「東京タワーには『黒雨の死神』ドーリスがいる」
 ドーリスは『アメフラシ』と呼ばれる下級死神を数十体護衛として引き連れている。
 六ヶ所の説明を順に終えた光弦がふうと息を吐く。
「儀式を阻止するだけなら、護衛を全て相手取る必要は無いね。でもネレイデス幹部の撃破を目指すなら、それぞれの護衛を撃破するか、少なくとも幹部から引き離す必要がある。もちろんそれは1チームで出来ることじゃないから、幹部の撃破を目指すなら儀式場に向かう戦力と戦況を見て判断して欲しい」
 東京を幅広く巻き込んだ、大規模な敵の作戦である。
「戦力をどう散らすか、どう集めるかで戦いの流れが変わりそうだね。一つの戦場に戦力を集めるって手もあるけど、やりすぎると敵が早々に諦めて撤退しちゃってネレイデス幹部を討ち取れなくなるかも知れないし……難しいところだ。けど、皆の力を合わせれば、きっと最高の結果が出る。信じてるよ、ケルベロス」


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
上里・もも(遍く照らせ・e08616)
御影・有理(灯影・e14635)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)
犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)

■リプレイ


「おっ、お魚だらけ……だけど、このままじゃ本物のお魚が食べられなくなっちゃう……!」
 月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)が思わず叫んだのも無理はない。視界を覆い尽くすのは、カツオ・マグロに似てこそいても、強化死神なのだ。
「あっははぁ、豊洲市場も色々問題だらけなのに災難だねぇ」
 からかう調子を崩さない犬曇・猫晴(銀の弾丸・e62561)だが、状況の異様さと緊張感は一瞬で骨身に伝わる。この大群を突破しなくては『儀式』の阻止は叶わない。
 ここ豊洲市場の防衛を担った6チームのケルベロスたちは埠頭の先端にある公園に降下し、儀式会場である水産卸売場棟へ向かう。先駆ける仲間に遅れを取るまいと走れば、早速戦場では炎が踊り、剣の雨が降り注ぎ出す。
「総ての罪、浄化の炎に回帰せよ!!」
 ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)がその炎勢を絶やすまいと火球を放ち、その熱を愉しむかの如くノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)が、ボクスドラゴンのペレと軽く合わせた爪を反転、凶悪な力で一撃カツオ型に踊りかかる。盛大に殴られビチビチ跳ねる如く宙を泳ぐ魚の頭に、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)の『鎖』が絡みつく。魚食べたい、なんて考える余裕が今回はない……と思った矢先、聞こえてきた仲間の威勢のいい声に、アンセルムの肩の力が緩む。
「Shall We Dance……じゃなくて今回は踊り食いだぜー!」
 上里・もも(遍く照らせ・e08616)がそう凄み、縒が牙爪剥き出しにシャー! と声を上げて魚を狙う。
「焼き魚でも猫の牙は容赦しないよっ!」
 仲間の無邪気な戦意にクスリと品のいい微笑を浮かべたのも一瞬、アイラノレ・ビスッチカ(飛行船乗りの蒸気医師・e00770)は鋭い視線を魚型に移すと手近の一体を踏みつけにして跳び、愛用のリボルバーを盛大に連射した。同じく引いた位置から狙っていた御影・有理(灯影・e14635)が、撃たれよろける魚どもを冷凍光線で氷漬けにせんとする。
「うちのお嬢さんがた、頼もしい限りで結構結構」
 猫晴がこの異様な戦場の中、不敵とも取れるマイペースさで呟くとケルベロスチェインを四方に走らせ防衛を固める。
 空間を埋め尽くす、ブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスの群れ。一見何者の侵入をも拒むようにすら見えるが。
「絶対に、活路は開ける……いえ、開いてみせる」
 目の前に蠢くマグロの触手をいなしながら、有理が素早く戦場に視線を走らせる。敵の数は無数、だがあれは機械的に市場を回遊する群れだ。侵入者対処に反応してきた目の前の魚さえ料理出来れば、儀式会場への突入は叶う。攻めきる、と目の奥に力を入れた有理の意を受け、彼女の相棒リムも突撃をかける。
 突進してきたカツオ型をかわして横っ腹を蹴りつけたももが、宙返りを打って着地し、オルトロスのスサノオと並んで再び駆け出す。
「グッドラック、だ!」
 すれ違い様、共に降下した別班のデュオゼルガがサムズアップをくれる。ももが一瞬目を瞠る。彼らはここに留まり、魚の群れを引きつけておいてくれるつもりなのだ。重い役目を軽々と背負い、こちらを励ます言葉すらかけてくれる彼らにももは親指を立て返し、とびきりの笑顔で声を張る。
「まかせたよ! こっちは、まかされた!」
 どんな過酷な状況になろうとも、それぞれの場所で全員が全力を尽くす仲間が体を張って背を守ってくれる。それなら、自分たちはきっと最良の結果を持ち帰って見せよう。互いの顔を見回し、また、顔の見えぬ距離の仲間とも心を合わせる。
「絶対に止める!」
 邪悪の儀式を阻止し、叶うことなら死神の首級をも挙げんとケルベロスたちは駆ける。狙うは『月光の死神』カリアナッサ、そして『暗礁の死神』ケートー!
 魚型の防衛突破に成功すると、俄かに辺りの気配はシンと静まり返った。
(「静かだ……とても」)
 アンセルムが不気味な気配を感じ少女人形を抱く手に力を籠める。怯えているのではない。気配の先は水産卸売場棟。まだ新しいその建物へ、ケルベロスたちは迷いなく足並みを揃えて突入した。
 縒も猫そのものの足運びで班を先導し、続く有理が本来なら人々の活気と喧騒の満ちるはずの場所を見回した。
 死の気配に満ち満ちた、屋内の儀式場。
 そこには、情報の通りウツシと呼ばれる屍隷兵が大挙して守備に当たっていた。


「うぇえ……! いっぱいいる!」
 思わずそう呟いて毛を逆立てて立ち止まった縒の背を、有理が軽く手を添えて支える。
「鉄さん……ゴメン」
 そう呼ばれ有理がほんの一瞬胸を和ませるものの、今は戦いに集中をと前を向く。
 命を、時間を弄ぶ所業をこれ以上許すわけにはいかぬ。ロウガがとっくに括った腹の底からウツシの群れへ声を投げつつ、死より生まれ出でた敵へ黒い刀身を向ける。
「全員、こちらにそのツラを貸してもらおう!」
 勇ましい鬨の声を上げ敵に向かう金の翼を後押しするように、ももがカラフルな爆煙を巻き起こした。
「負けないぞ! 派手にやろーぜ!」
「守り抜くよ……!」
 月の残る夜明けを意味する戦斧を大きく振るい、有理の鉄の月はその魔力を味方に注ぐ。彼女の信じる月は、カリアナッサとは相容れない。
「さあディア、いきましょうね。皆殺しで構いませんよ」
 手中の銃に優しくそう告げ、アイラノレの緑の瞳が輝く。長い手足を優雅に広げ、金髪を靡かせて放つ弾丸が群れを怯ませたが、敵は鈍いかと思えば突如距離を詰めてくる。ウツシの呻き声にアンセルムが顔を上げた先では既に、キソラ・ライゼの無骨な一撃がウツシに命中していた。
『オォア……』
「今の貰ってもまだ生きてるんだ……じゃ、後は僕らが貰うよ」
 アンセルムが少女人形に囁くようにそう言うと、覚束無い足取りのウツシに蔦を絡ませ、容赦なくその身を引きちぎった。ボトボトその場に砕け落ちる様を見届ける暇もなく、敵は後から溢れてくる。いきなりの乱戦、ケルベロスを押し包もうとするウツシを十六人は力を合わせて薙ぎ倒していく。
「おっと、彼女はっけーん」
 そのウツシの隙間を縫うように、蛇腹剣を撓らせていた猫晴がグンと手に力を籠めた。
「やっと見つけたよ……黒曜牙竜のノーフィアより暗礁の死神たるケートーへ、剣と月の祝福を」
 掴み掛かってくるウツシを目もくれぬまま殴り、ノーフィアが見据える先には『暗礁の死神』ケートーの姿があった。こいつを、カリアナッサの護衛に行かせるわけにはいかない。
「さあ――遊ぼうか」
『……』
 これが返事だとばかり、ケートーの身に絡みつく狼達が一斉に吠え、青い炎が吐き出された!
「あ、あ!」
 危ない、という声を発するより先に縒は皆を守ろうと前に飛び出し、その意を汲んだペレとリム、そしてスサノオがそれに続く。
 外で戦う仲間たちの様に。自分たちもまた大きな目的の為に牙を剥いてくる屍隷兵らを一体も漏らさず儀式阻止までこちらに引き付け、仲間があの魔女を討つまでの刻を作る。
 全力でウツシの波を押し返す混戦の中、ノーフィアが竜砲弾でケートーを狙う。気取ったケートーが動こうとした刹那、ヒメ・シェナンドアーの白刃が閃いた。軌跡が敵を檻に閉じ込めるかの如きその激しさに思わず口端を持ち上げ、ノーフィアが明るく返す。
「ありがと、たすかるっ!」
 豪放一発が飛び、戦いはいよいよ熱を帯びていく。
 ケートーの放つ妖しい紫の霧が最前に出る攻撃手を、そしてそれを庇う盾役たちを包み込む。
 それでも。
「誰も倒れさせねーぞ、私がいるんだからなっ」
「私たちの星が、お前らを砕く!」
 ももが響かせる歌声に乗る様に有理が舞えば、熾烈な戦場には極光が輝き星屑の如き花弁が乱れ飛ぶ。いつ尽きるのか、果ての見えない敵にも一歩も退かぬ仲間たちを、彼らも全力で癒し希望を運ぶ。
 その安心感を受け、攻撃もより熱く激しくなる。
 船乗りとして、星の浪漫に焦がれる胸のざわめきをアイラノレは知っている。遠く、届かないからこそ憧れて、それを武器に宿しもした。
「でも、浪漫の欠片もない呪い星なんか……お断り!」
 振るったパゴダアンブレラの星が揺れ、そのオーラがウツシの群れへ襲い掛かる。
 一方でケートーに狙いを定めじわじわと削り続ける猫晴も、味方の抉った傷に畳みかけんと手を翻した。
『──……ッ!』
「すんごい痛そう。ここだけの話、個人的に見た目がすごくドストライクなんだよねーケートーちゃん」
 良かったらこっち来ない? と呟く言葉は続くフラッタリー・フラッタラーの攻撃でかき消される。勿論本気ではないがと蛇腹剣を引きつつ苦笑し、猫晴は次の手へ移らんと一振り血を拭う。
 死闘と呼ぶに相応しい熱と混沌の中で、待っていた瞬間が訪れる。
「──行きます!」
「恭ちゃん!」
 頼もしい兄のような存在感である筐・恭志郎の声を拾った縒の猫耳は嬉しげに上向き、同時にメラリと戦意が燃え上がる。儀式の阻止に成功したのだと知ったケルベロスたちの間にその熱は一瞬で伝わり、新たなる目標すなわち死神の排除へと心を合わせる。
「ようし、うちもまだまだがんばる!」
 カウントダウンが始まった。
『──カリアナッサ……!』
 対して、大いなる儀式の失敗を覚ったのだろうケートーは、一瞬どこか哀しげとも取れる目をしたものの、すぐにウツシの群れの向こう側のケルベロスたちをギリと睨みつけた。
『おのれケルベロス……だが、今は──』
 ケルベロスたちが大きな目標に向けて心をひとつにしたように、死神たちもまたひとつの目的に向けて意志を擦りあわせる。それはきっと心ではない何か、邪悪の根幹のようなものだったとしても力としてケルベロスたちを圧倒する。
 ケートーの女の顔が歪んだ笑みを浮かべるのと同時その身の狼らが吠え、青白い炎がケルベロスたちに襲い掛かる。
 それに怯むことなくロウガがセイバーを握る手に力を籠める。ここからは、時間との勝負。
「献げるは歪みし時、代価の意志――今、黄金に至りて邪を祓う――理無き神々の刻、正しき刻へと転化せよ!!」
「とにもかくにも、お前らの好きにさせるわけにはいかないからね。とこのとんまで相手になってもらうよ?」
 戦況を理解した上で、それでも戦場の空気はノーフィアを昂ぶらせる。この儀式場に蠢く沢山の思惑、集ったケルベロスたちひとりひとりの思い。それらが糧となり彼女の無邪気な凶暴と闘争心は燃え上がり、同時に皆の心をも奮わせる。
(「絶対に逃がすもんか……もう」)
 アンセルムが思い切り撓らせた脚の的となった一体のウツシが吹き飛び、まるでパスを受けるかの如くアイラノレが放つとどめの一撃はやはり蹴りだった。可憐な人形の顔がふたつ、一瞬見合わせたと思いきや再び戦場に散っていく。
 だが守護の役目を果たし損ねたケートーも怨嗟を籠めてウツシたちを鼓舞し、力の限りに攻め立てる。
「来る!」
「……ッ!」
 ケートーが広げた手のひらから放たれたエネルギー弾がロウガを真正面から直撃した。まるでニ発食らったかのような衝撃に眉を寄せたが、彼の矜持は決して膝を地に着かせない。
「ロウガっ!」
 攻撃の要である彼を倒させまいと、絡みつくウツシの哭き声に狼耳を激しく乱しつつ癒しを送ろうとするもも。混戦の中、すかさずロウガへ放たれた光の盾。
(「さすがは……」)
 グレッグ・ロックハートの頼もしさに有里は短く感嘆し、視線で謝意を示すとすぐに己の仕事へと戻る。ロウガも癒えた身を即前線へ投げ出した。
「冥き処に在して、三相統べる月神の灯よ。深遠に射し、魂を抱き、生命の恵みを与え給え……」
 互いを支えあっての、果てしない数分が流れていく。外の魚がここへ雪崩れ込むことはなく、数多くのウツシを引き付け、そして。
 短くも長い戦いの終わりを告げるアラームが鳴り響く。
「みんな! これが攻撃のラストチャンスだよーっ!」
 縒が声を張り、アンセルムがケートーの姿を見据えつつ自身の周りに魔法陣を展開した。
「……覚悟はできたかい?」
 揉みあいの中、ケルベロスたちが心を合わせる。炎が舞い、氷が輝く中に跳躍し、総攻撃が暗礁の死神を狙う!
「時を喰らう戦の竜よ、その力を示せ!!」
「終幕だ! その身、その威にその魂! その悉くを喰い砕く!」
 ロウガとノーフィアが一瞬先んじ、その猛烈な攻撃が戦場を貫いたその上をアンセルムが跳んだ。
「ここはお魚パラダイスになるべき場所であって、おまえらの怪しい儀式に使っていいところじゃないの! いっけえチロちゃん!」
「そーだこんなに市場壊して、後で直すの大変なんだぞっ!」
 縒とももが声の限りに叫び、魔力の爆風が吹き荒れるそこへ、有理が氷の精霊を躍らせる。
「お前たちが壊してきた『勇気』で砕かれる気分を味わうといい!」
「やっほーケートーちゃん、元気? 元気だと困るんだけどさ……」
 猫晴の言葉は緩くとも、剣の切っ先は容赦なく突き刺さり、血飛沫を引き出した。
「滅しなさい、ケートー!」
 アイラノレが魂を籠めてリボルバーの引鉄を引く。
 この場に集まったケルベロス全員の魂が、その正義が。熱が、凶暴が、或いは弾丸が或いは剣戟打撃、そして炎や氷のグラビティとして叩き込まれたと言うのに。
 一瞬の静寂、一斉攻撃に刹那眩んだ視界に立ち尽くすケートー。その姿は崩壊せず、まだその口を開くではないか。
『──時は、満ちたか。別れの時だ、ケルベロス達よ』
「あーっ! まさか!」
 事態を察して縒が声をあげたと同時、ロウガが歯噛みして剣を横に薙いだが、しかし。
 ケートーの放った紫の霧が、ケルベロスたちの視界からその姿を覆い隠す。
『たとえ月が隠れようとも、私達の終焉は未だ……』
「ここまで来て逃げるなんて、愛想のないこと!」
 アイラノレが凄んで見せるが、手が及ばなかったのは自明。愛銃を握り締める手に痛いほどの力が籠もる。
 怪しく濁る霧の向こうで、ケートーのくぐもった声が、それでも最後の言葉はいやに明確にケルベロスたちに伝わった。
『……お前達の勇気ある魂、いつか必ず刈り取ってみせようぞ』
 悔しさに言葉を探すも、結局有理は下唇を噛んだのみ。何とも言えぬ喪失感を感じつつも、ももは外の仲間の様子が気にかかった。
 口説く機会が残った、と内心に言い聞かせるも猫晴とて穏やかではない。
「……やられたね」
 興醒めた口調でノーフィアが呟く。遊び足りない。この屈辱は戦場で返す。
 またしても手の中をすり抜けていく感覚に無言で俯くアンセルムの肩に、アイラノレがそっと手を添える。戦いは終わった。
 暗礁の死神は取り逃がしたものの、6チームが結託し全力を注いだ結果儀式は見事阻止され、『月光の死神』カリアナッサは討ち取られた。この勝利の先に待ち受けるものが何なのか、彼らは見極めなくてはならない。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。