ケルベロス達の奮闘の甲斐あって、クロム・レック・ファクトリアに関する憂いはひとまず払われた。
が、それで一息、とは行かない。他勢力の警戒にあたっていた者達の調査によって、死神の大規模儀式が行われる事が判明したのだという。
「儀式は、東京都内の六カ所で同時にだそうよ。あなた達には皆と協力して、これらを阻止して来て貰いたいの」
篠前・仁那(白霞紅玉ヘリオライダー・en0053)は地図を広げる。各儀式の地を頂点に六芒星を描く『ヘキサグラムの儀式』。問題の六地点は『築地市場』『豊洲市場』『国際展示場』『お台場』『レインボーブリッジ』『東京タワー』、その図形の中心地は晴海ふ頭。各所の儀式は死神勢力のネレイデス幹部が進め、ケルベロス達の介入を想定しての防衛戦力に、戦闘力強化型下級死神や死神流星雨の件で確認されている兵達、死神達が生み出した屍隷兵、などを数多く配しているという。そのほか、エインヘリアル第四王女レリ直属軍も協力しているとのこと。加えて竜十字島のドラゴン勢力にも何やら動きがある様子。
「ドラゴンに関しては、どうやら今すぐに、というわけでも無いらしいのだけれど、今回の儀式に関わっているデウスエクスは多いようね。なので、これを止められれば大きな影響を与えられると思う」
だがその為には、六カ所全ての儀式を阻止して貰う事が望ましい。他のチームと分担して事にあたって貰う必要がある。その上で、皆には一箇所を選び攻め込んで欲しいのだと彼女は続けた。
各儀式場外縁部には数百体の戦闘力強化型の下級死神、ブルチャーレ・パラミータとメラン・テュンノスが、侵入者を阻むべく回遊しているという。彼らは全方位を警戒する必要があるため、ケルベロスが場内への突破を試みた場合に戦うべき相手は一度に十体程度までとなる見込みだ。なお、レインボーブリッジの儀式場に限ってはエインヘリアルの白百合騎士団一般兵が小隊を組み警戒にあたっている為、突入時に相手取るべきは最大で六体程度と見られている。
彼ら防衛部隊を突破した先。場内で儀式を進めるネレイデス幹部は、築地市場に『巨狼の死神』プサマテー、豊洲市場に『月光の死神』カリアナッサ、国際展示場に『名誉の死神』クレイオー、お台場に『宝冠の死神』ハリメーデー、レインボーブリッジに『約定の死神』アマテイア、東京タワーに『宵星の死神』マイラ、が居るとのこと。
幹部達は儀式を行う事に集中しているという。場内の護衛戦力を排し幹部へ僅かなりともダメージを与える事が出来れば、儀式の維持は不可能となり、阻止が叶うようだ。
「──取り敢えずの対処、は、これで足りるのだけれど……。
儀式を中断させた場合、幹部達は撤退を試みるらしいの」
中断から七分の後、存命の死神勢力は撤退を完了するという。再発の危険性を考えると、少しでも幹部を減らして貰えた方が安全だ。
「幹部は元々強敵らしくて、しかも儀式場内では一層、とのことよ。戦うなら、他のチームと協力して貰った方が良いと思う。
ただ、儀式が失敗、となれば、場内に残っている護衛のほか、外縁部の戦力も増援に来ることもあり得るから、七分以内に幹部を倒すのは難しい状況になるかもしれない」
のちの事を思えば対応を頼みたいのは確かだが、ケルベロス達に万一があってもやはり今後に差し障る。過度の無理はせず、場合によっては撤退を優先する事も一つの手だろう。
「あと、は──」
喋りながら地図紙面に追加で何やら書き込んでいた手を退いて、仁那はそれらをケルベロス達へ提示した。その内容は、儀式場内部の護衛に関して。
築地市場のネレイデス幹部を護るのは『炎舞の死神』アガウエー。その配下には数十体の屍隷兵『縛炎隷兵』が居る。
同様に、豊洲市場には『暗礁の死神』ケートーと、配下に数十体の屍隷兵『ウツシ』。
国際展示場では『無垢の死神』イアイラが、屍隷兵『寂しいティニー』数十体を集めている。
お台場の護衛には星屑集めのティフォナが、死神流星雨を引き起こしていたパイシーズ・コープス十数体を率いており。
レインボーブリッジでは第四王女レリが、絶影のラリグラス、沸血のギアツィンスといった護衛、及び十体程度の白百合騎士団一般兵と共に待機している。
東京タワーには『黒雨の死神』ドーリスが、アメフラシと呼ばれる下級死神を数十体連れているとのこと。
彼らを予め倒しておくか、幹部から引き離すかしておかなくては、儀式を中断され応戦に動き出したネレイデス幹部を撃破するのは難しいだろう。幹部を撃破出来た場合は、他の残存勢力を撤退に追い込めそうだ。
ケルベロス達に場内へ突入された後の外縁部の戦力は、更なる突入者が無いと判断した場合、場内の戦場へ加勢に向かうという。また、外縁部から撤退を試みる者を彼らが追って来る事は無いようだ。作戦後の撤退自体は、混乱の中場外へ戻る必要が生じる可能性はあるが、さほど難しい事では無いと見て良いだろう。
「彼らにも色々と思惑があるみたいだし……、あまりに向こうが不利となったら、今回は諦めて撤収、のように動く可能性もあるから……どうするのが最善か、は、あなた達の判断に頼らせて欲しいのだけれど」
説明を終えた仁那は小さく息を吐いた。次いで彼女は顔を上げケルベロス達を見詰める。
「わたし達には、現地の戦えない人達の避難を手伝うくらいしか出来ない。あなた達がそちらに気を取られなくて済むように、出来る限りを進めておくわ。
──だからあなた達には、人々を脅かすもの達を、倒して来て欲しい」
参加者 | |
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フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172) |
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
罪咎・憂女(刻む者・e03355) |
神宮時・あお(幽き灯・e04014) |
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394) |
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330) |
グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784) |
●
豊洲市場外縁部。まず彼らは四チームで一息に突破を狙う。
「死神共の好きにさせてなるものか! 皆、頼りにさせて貰うぞ!」
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が警護ドローンを展開する。グレッグ・ロックハート(浅き夢見じ・e23784)が蒼炎の護りを紡ぐ。頭数の多さゆえに十分に、とはなかなか行かないが、それらは切り込む幾名かを護る力に。
まずは手近な障害を排除にと動く。外敵を押し返さんと敵前衛が迫り来る。そう来るならばとキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)とサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)が真っ向から蹴散らしに掛かる。神宮時・あお(幽き灯・e04014)が放った氷術の上から、竜巻紡ぐ槍が、重い拳の波動が敵勢を圧す。
下級とはいえ相手は強化された者達、一息に討ち払い得るものでも無く。しかし食らいついてくるのは想定内、
「此レ為Ruハ珠玉ヲ飾リシ矛ノ逆事──」
地を穿つ杖が鳴る。フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)の額に解放された獄炎が踊り、地面が熱を上げ敵のみへ呵責を。空からはヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が操る刀雨が地上を苛み、只中を駆け抜けた罪咎・憂女(刻む者・e03355)が敵群を薙ぎ払う。獄熱奔る中、宙泳ぐ魚達だけが凍えて鈍る。
尽きぬ熱が、穿ち祓う光が、敵を苛む。数ならば此方も揃えた。圧し負ける彼らでは無い。
やがて同族を護りに動く一体が虚空を廻り態勢を立て直すのを見、サイガが小さく息を吐いた。黒く揺らめく殺意を握り、壁たるその魚を抉り裂く。
「てめえらと遊んでくれる奴らはこの後だ、待っとけ」
自陣を狙い伸びる触手を叩き払う。生憎ここで消耗している暇は無い。後を引き受けてくれる者達に正しく託す為、片割れの軋む心を刃と研ぐ為、急ぎ突破を狙う。
憂女が携える長銃達が魔光に輝いた。焦がれるその先へ至る路を切り拓く力が辺りを染める。盾役が敵の弾を阻んだその後ろを駆け抜けたキソラが骨槌を振るい、ヒメの刀が真空を刻む。
そうしてほどなく、道が通ず。地に落ちる骸を越え襲い来る新手を押し返すのは、此処に留まる事を選んだ二チームの者達だった。
「ココは、俺たちに任セテ先に行ケ!」
大丈夫だ、魚達を決して中へ遣らせはしない。そう、力強く引き受けてくれる彼らの声。応じ頷き、突入する者達が駆け出した。
「すまない、負担を掛けてしまうが後を頼む」
彼らを追う形で続くグレッグが、残る者達を案じる。
「振り返るなヨ。絶対にだ。必ずみんなで生きて帰るカラな!」
顧みるより先に、その声に背を押される。必ず遂げようと、強い意志を交わした。
●
静寂と緊張の満ちる敷地内を駆ける。先行する一人である憂女が気配を殺し辺りを窺う。時折遠目に青い影を確認するが、今は急ぎ先へ。地上を走り抜け、彼らは儀式場たる建物へと突入した。
(「これは……」)
場内でまず目につくのは、徘徊する屍隷兵の群れ。此処が当たりか、あるいは全階層が。懸念はあれど、最低限を排して、などは難しかろう状況を見、ケルベロス達は敵達がこちらへ気付く前にと仕掛けるべく動いた。
自分達が派手に立ち回れれば、幹部を狙いに動く者達がやり易くなろう。憂女が翼を翻す。サイガが地を蹴る。重い衝撃に空気が震え、冴えた一閃に凍てて、なお溢れる有象無象を呑むのはフラッタリーが開く獄界。痛み、あるいは免れ、しかし一様に侵入者達の姿を認め向かい来る兵達を、更にアイラノレ・ビスッチカの銃撃が圧し留める。
それでも、勢いを殺しきれぬほど敵の数は多い。今なお次々増えんとする群れは寄せる波のよう。隙を衝き突破を図らんとする二チームへ目を留めた一体へ、キソラが迫り槌を振るう。殴打を正面から浴びた敵は、怯む間も与えられずにアンセルム・ビドーが御す蔦に絡め取られ絶命した。
瞬く間に一つを屠った鮮やかな連携は、欠けた脳を持つ者達とて竦ませ得るのか。ケルベロス達はこの間に周囲を窺う余裕を得られ、そして──兵達の奥に、それを繰る女の存在を確認した。
今この場こそが自分達の戦場なのだと悟り、猛る。死を弄ぶ者を屠るため護りを展開し、また、策謀の担い手を滅す者達の道を拓くために退かず攻め行く。彼らの勢いを受けてケートーは青炎を広げたが、それで彼らを阻めるわけも無く。被害を抑えるべく盾役達が駆け、彼らを呑まんとばかりに集められるウツシ達へ剣風を凍気を浴びせ圧して。
合間を縫って死神へ刃を突きつける。牙剥き荒れる黒爪を追って、熱孕む魔矢が宙を駆けた。
「禍ハ祓ウガ道理、我等ガ案内ヲ務メマセU」
「アレにんなの贅沢だろ。無一文で突き落としゃそれで」
死さえ与えればと殺意を届ける。叶うのは、傀儡にされてしまったもの達を抑え込んでくれる仲間が居るから。銀光の加護が、刀檻の助けが、力を添えてくれたから。同じ終着を望み、共に。
更にはグレッグの炎が彼らへ寄り添う為に手を伸べる。その意志を決して曲げずに居られるように。支えるその先に願う一つは、信頼を寄せる戦友の想いが報われる未来。前へと突き進む彼が、彼らが、辿り着けたら良いと。
(「心を、輝きを、力に……どうか、皆様の」)
あおの詩が光刃を織り上げ吹き荒れる。今此処において何より強いのはきっと、仲間達の意志。だからそれをこそ叶えて欲しいと祈りを紡ぐ。継いだ翼の影は未だ消えない。狂わされたさだめの残滓が、誰かを傷つけるなど。断ずる傲慢を持たぬ代わりに静かに厭うて、少女はただ希う。
屍隷兵の嘆きが、牙が、毒が、その数で以て嵐を成す。見過ごすわけには行かぬとサイガの手が、暴威を制す力を振るう。御しきれぬほどの数をそれでもと、仲間達の追撃が続く。この場の突破を図る者達をなおも阻まんとする敵の目論見を叩き潰す為。
ノーフィア・アステローペの鎚が砲口を開く。それが蠢く者達の間隙を縫って己へ向けられた事に気付いた死神が応じ、
「させないわ」
だがその反応をいち早く見て取ったヒメが動く。駆けた彼女は死角を制し、二刀を振るう。剣閃の檻が、繊手を、狼頭を、軟体の脚を、圧して縛す。
「ありがと、たすかるっ!」
笑んだ声と共に轟砲が。爆風が届くより速く、兵達に圧し潰されるより速く、白い少女は離脱を果たした。荒れる咆哮が耳を塞げども、ケルベロス達はその目で以て視るべきものを見据えて駆ける。
その果てに、カリアナッサを目指す者達が、零れた兵を散らし突破に至る。後は彼らに託すほか無い。だから此処を預かる彼らは、今この戦いをこそ全力で。
●
死神が生じさせた紫霧が前衛達の知覚を狂わせる。攻め手を護ったシヴィルが呻く。急ぎ対応に動く上里・ももと御影・有理と共に、グレッグは極光を放ち苦しむ者達を包み癒した。
「すまない、助かった!」
癒し手達へ礼を告げたシヴィルは、未だ深い傷を残すキソラへと治癒の気を撃った。
「っ……、アリガトね」
肉体の傷ばかりが痛む風でも無く顔を曇らせていた彼が、それでも小さく笑んだ。
だってまだまだ終われない。補い合い護り合う。誰一人として膝を折らせてなるものかと、混乱の中をそれでも駆け抜け盾となるべく騎士は守護の意志を滾らせる。たとえ死神が都度此方の態勢を崩しに掛かろうとも──呪詛に制御を失ったドローンが墜ちようとも、揺るぎなど。次いで敵が放った閃光は嘲笑う如く彼女の目を灼いたが、防衛に感覚を閉ざしたがる体を叱咤し踏み留まる。
(「皆が無事なら何よりだ。私とて最後まで共に往く!」)
決意を燃やし彼らは、減る気配の無い屍隷兵達を懸命に抑える。進んだ仲間達を追わせるな、何なら更に多くを招けと。混迷の中でなお冷静に死神だけを捉え続ける一人である犬曇・猫晴の鞭剣が撓り、獲物へ絡む。
「──……ッ!」
傷を抉られ血を零す敵の動きが緩んだ隙を逃す事無く、フラッタリーの石槌が轟く。耳をつんざく音と共に熱が爆ぜる。穿ち焦がし打擲し、無に還さんと呪いを叫ぶ──獄門ヨ開ケ呼鐘ヨ響ケ、惨劇ノ導キ手ヲ赦ス事勿レ!
幾体もの屍隷兵を討ち崩しながら、空けた宙を通して死神を叩く。蠢く青影の数以上に多い口が哭き叫ぶ声は、生くる者の耳に痛い。
「──行きます!」
だがその音すらも制して届く声が一つ。過たず捉えた月鎮・縒の耳が喜ぶに似て上向いた。彼らが辿り着いたのだ。
そして、後方で兵の指揮にあたっていた死神の顔に緊張が走る。
「──カリアナッサ……!」
同族を案じる囁きを聞いたものは、彼女自身以外に居たかどうか。遂げるべき儀式を阻まれた事を悟った彼女は、数多のウツシを屠り行くケルベロス達へ厳しい目を向ける。
「おのれケルベロス……だが、今は──」
女の目が、護るべき者が居るのであろう方角へ一瞥を。だがケルベロス達とて彼女の思うままに行動させるわけにはいかない。兵を遣らんとする彼女の目論見を阻むべく、広範囲の攻撃で以て、この場から意識を散らした屍隷兵達を薙ぐ。
彼らの戦意を受けて、女の顔が害意に薄く笑う。その手に鎖を引かれる狼達が一斉に吼え、出でた炎は青熱を灯し放たれた。後衛達を襲うそれに、動ける盾役達が彼らを護るべく急ぎ身を翻す。護られた者達が即座に反撃に動き、あるいは治癒を紡ぎ仲間を支えた。
やがて、死神の唇は災いを紡いだ。放たれた魔弾がロウガ・ジェラフィードへ突き刺さる。顔をしかめつつも苦鳴を噛み殺し耐える彼の凛々しさを傍に見上げたあおが目を瞠った。
「じぇ、ら──さま……!」
それがどれほどの痛みかなど、少女には想像すら出来ないが。それでも、誰かが苦しいのは嫌だった。案じて零れた声はひどくつたない、ささやかなものだったけれど。
(「この手で、支えてみせる」)
届くべき者に、届いた。その一人であるグレッグが、他の癒し手達に先んじて光盾を織る。眩く強く輝いて、温かく優しく護りを成して、戦天使の傷を叶う限りに癒す。
(「……よか、った……」)
過ぎる苦難をそれでも越えて唇を震わせるに至った、幼い少女の心をも。
●
青い群れを薙ぎ払い、負傷に悶える兵を次々降し。ケルベロス達は奮戦して、けれどそれでも終わりは遠いと判る、敵陣の様。血に濡れて痛みに焦げて、数という暴力に圧し潰されそうになりながらも彼らは、その意志で以て頽れる事を拒み戦い続ける。
その、輝くばかりの不屈を死神は、うつくしいものと捉えたか。唇が囁いて、獲物を過たず屠らんとする魔弾を放つ。
その行く先には、骨槌握る青年。その寸前に割り入るように、サイガがその身を盾と成した。
「てめえになぞやれるかよ」
彼も、己も、他も、誰一人とてこれ以上。直撃に晒した腕が重く垂れようが抗わぬわけには行かぬと醜悪な女を睨めつけてくだらないと嘲う。感慨も痛みも執着も、本当はあの女へやるには過ぎるもの。もっと言えば、屍肉にとて。黒鉄を刃と放つ。刈り取るならば此方がと。そう動いた隙を狙うよう膨れ上がる兵達を、憂女の一閃が押し返す。
「ども」
「ああ」
皆が動き易いようにと努めつつ、彼女は友を顧みた。今はただ痛みから目を逸らさぬ事を選んだ彼を。
(「私は、返せる限りを。──だからどうか望むまま」)
邪魔などさせはしないから。その意志を抱くのは彼女のみならず。成すべき事を為さんとする中、したい事を、出来る事を、叶う限りに果たせるようにと慮る。
その優しさに、心強さに、キソラがそっと息を和らげる。力を添えてくれる友が居て、共に駆け抜けんと毅いままに傍に在ってくれる半身が居て。背後からは、攻める勢いを殺さぬ為にと幾重にも温かな護りを織ってくれる熱も。のみならず、爆ぜる獄炎、静かな詩、冴えた刀撃、強固な盾たる騎士の誇り、その全てが頼もしい。
「──お前らの好きにさせるわけにはいかないからね。とこのとんまで相手になってもらうよ?」
加え、悲嘆する事無く突き進んでくれる者達の姿も。何も恐れる事は無いと、在るべき形を求め現へ正しく繋ぐかのような眩い彼女達の在り方があって、だから、
(「だから、今は──」)
存分に向き合える。かつての悔いと今ある力と、奪われ失くしてしまったものと損なわれるべきでは無かったもの達の悲哀と。癒えぬ傷を、けれどだからこそ、冴え冴えと燃やす。
(「──サヨナラ」)
生きた君の尊さをこれ以上冒涜させぬ為にと、別れを贈る。蒼く白く灼き尽くし、今また一つを、贄にされた勇気の形を、奪う。何も遺さず逝けるよう。それしか出来ないけれど、手も時間も足りないのは解っているけれど、それでも誰ひとり軽んじたくなくて、必死に手を伸べる。
だが、ほどなく。ヒメが持つ時計が報せを奏でた。少女の声が凛と添う。
「五分経ったわ、備えをお願いね」
心身共に。届かなかったものを受け容れて、捉えるべきものを見据えて。これより数える刻は、正しく燃やし尽くす為に。
隙など見せぬと勢いを緩めぬ黒刃と杖杵。一つでも多くを滅す為に風を斬る骨槌に魔動機刀。強化術の類など持たぬ様子の者達相手とはいえ、ほぼ半減した敵数を更にと望み小さな拳が高速を振るう。顧みるなら備えるならこれが最後と、折れかかる膝を治癒の気弾が支え、怯まず往かんとする皆の肉体を蒼炎が護り、銀に散る色が得物取る手々に力を添える。
「みんな! これが攻撃のラストチャンスだよーっ!」
次いで二度目の報せがあった。なれば狼首どもに抗いただ前を。身に残る傷からも目を背けて今は。サイガの黒爪が荒れる。キソラの獄炎は悪夢の主を喰らい潰す事を望み。氷火に灼かれなお立つ女を、憂女が放つ炎が更に焦がす。高温を即座に冷やすあおの術が吹き荒れれど未だ。フラッタリーの槌が高らかに爆ぜて、ヒメの剣戟が獲物を檻へと閉ざす。鈍りきった敵の体をシヴィルの光羽が捉え穿ち、グレッグの凍弾が撃ち込まれ──集中した攻撃により光が熱が風が荒れて、目を耳を眩ませる。
けれど──それなのに。傷にまみれながらも未だ形を保つ女の姿がそこにはあった。許せやしないとケルベロス達は更に手を伸ばす。終止符は今此処でなくては。
「──時は、満ちたか。別れの時だ、ケルベロス達よ」
だというのに、それを阻むよう。どこか寂しげにも見える笑みと共にごちたケートーが、紫霧を生じさせる。それは彼らの視界を塞ぎ、彼我を隔てる。
「たとえ月が隠れようとも、私達の終焉は未だ……」
死神の声が、苦痛を堪える如く低まった。足掻きたくて踏み出したとて最早、何にも届かぬほどに気配は遠い。
歯噛みする彼らを知ってか知らずか、死神の声がふと──毅く、笑う。
「お前達の勇気ある魂、いつか必ず刈り取ってみせようぞ」
それまで無事で、とでも言うかのような。どこか温かな、けれど不敵な色を彼女は残し。
霧が晴れる頃には、敵達の姿は跡形もなく消えていた。
作者:ヒサ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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