小さくも尊き世界を守る勇者達に贈るレクイエム

作者:ハル


 横浜市金沢区八景島にある、水族館に併設された遊園地は、笑顔で溢れていた。
 それは、小さな子供連れの家族、カップル、学生達が浮かべているもの。眺めているだけで、幸福感に浸れるような、素敵なものだった。
 だが――。
「ひぃぃぃ!」
 ふいに、タコを模したアトラクションに乗っていた小さな女の子の笑顔が、引き攣った。
 その原因は、女の子の隣にいた父親と母親だけでなく、次の瞬間には遊園地にいた大勢の人々に周知された。
「ば、化け物! デウスエクスだああああ!」
 それは、飢えた複数の狂犬の頭部に、タコ、白い女によって構成された、キメラのような怪物。
 異常事態に、遊園地内の全アトラクションが緊急停止すると、人々は一斉に怪物に背を向け、逃げ惑う。
「止まれ! これ以上は行かせないぞ!!」
「ほぅ?」
 が、全ての人々が逃げ出した訳ではない。一人の中年男性が、化け物――ケートーの前に立ち塞がった。中年男性の背後には、彼の妻だろう女性と、娘らしき一人の中学生くらいの女の子が。女の子の方は足を怪我したのだろう、呻きながら蹲っている。
 ……逃げ遅れたのだ。
 男性は無手だ。それでも、恐怖に全身を戦かせながらも、その瞳は絶対に引かぬと告げていた。
「その勇気、気に入った。われら姉妹の計画の為、お前の勇気サルベージさせてもらう」
 だが、その勇敢さは、今日に限れば悪手。ケートーは唇を舌でペロリと妖艶に舐めると、ヌメルタコ足で男性を拘束。狂犬の頭部を嗾け、男性の四肢を瞬く間に四散させてしまう。
「…………お、お父さん………………え……?」
 父が死ぬ一部始終を、悲痛に堪え涙を流す母親に引き摺られるように逃げながら、女の子は見ていた。
 しかし、その時、異変が起こる。
 女の子の父が――父であったはずの存在が、異様な姿に変わり果てていく様を。
「おまえと同じ勇気あるものを殺して、私達に捧げなさい」
 生み出された、キメラ体の屍隷兵は、ケートーの指示に従い、動き出す。
 もう、ケートー以外の言葉は、二度と耳には入らない……。


「……大変です。横浜市金沢区八景島にある水族館と、そこに併設された遊園地で、死神のサルベージ事件が起きようとしています……」
 会議室に入ってきた山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)の表情は、悲痛なものだった。
「事件を起こしたのは、『暗礁の死神』ケートー。生きた人間の魂をサルベージして殺害後、死体を屍隷兵にして、人々を襲わせるという手口を使うようです」
 現在、襲撃を受けた施設では、多くの人々が逃げ惑っている。生み出された屍隷兵は3体に拡大し、今にも人々に襲い掛かろうとしているのだ。
 つまり、それは桔梗の悲痛の表情の原因であり――。
「……お察しの通り、既に三名の尊い命が犠牲となっています……。施設から逃れる事ができた方々の救護は、警察と消防が引き受けてくれるよう手配しておりますが、内部に関しては屍隷兵が暴れているため、手がつけられない状況です。これ以上の被害は……絶対に阻止しなくてはなりません!」
 桔梗が唇を噛む。
 目を瞑ると、少し心を落ち着ける事ができたのか、現場周辺の地図を取り出した。

「『ウツシ』と呼称されている三体の屍隷兵は、別行動を行っています。そのため、避難誘導を行いつつ、それぞれの個体への対応策が求められますが、その辺りは現場の判断として、ケルベロスの皆さんに一任させて頂きます」
 3体の屍隷兵の現在位置についてだが、アクアミュージアムと呼ばれる館内一階奥の大水槽の辺り、大型ジェットコースター周辺、屋外ショッピングエリアに、それぞれ1体づつ徘徊していると思われる。
「この三カ所の中で、ショッピングエリアにいた人々は、避難が完了しているとの報告を受けています。ですが、大型ジェットコースターについては、運行途中に緊急停止措置がそられたため、コース上にコースターに乗った複数の方々が取り残されているようで、救助を必要としています。また、アクアミュージアムにも逃げ遅れた人々がいるようで、上階のアクアシアターで隠れているようです。一階にいる屍隷兵が上階に向かわぬようご注意を。撃破した後避難させるか、引きつけている間に避難させるかはお任せします」
 三カ所は地続きのため、取り残された人々含めて移動にそう大きな問題はなさそうだ。注意深く観察すれば、屍隷兵の発見にも影響はないだろう。
「『ウツシ』の戦闘力に関しましては、二名いれば足止めは十分可能であると見られ、四名いれば早期の撃破さえ可能でしょう。また、勇気を見せつけるような行動に引き寄せられるはずなので、その性質も上手く利用できるかもしれません。――『ウツシ』となってしまった方達を思えば、これ以上の被害者を出さない事こそが、唯一の手向となるはずです。どうかよろしくお願いします!」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)
天原・俊輝(偽りの銀・e28879)
ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)
アナスタシア・ヴィスターシャ(金火の放浪者・e32151)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)

■リプレイ


 遊園地内は閑散と。この場所に笑い声が溢れていたなど、嘘のように。
 ショッピングエリア周辺の地面に散乱している土産商品の数々は、襲われた人々の混乱、恐怖を如実に示しているよう。
「俺は皆の笑顔を守りたい。……だから、できれば貴方達の笑顔も守りたかった」
 リューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は、『ウツシ』と呼ばれる、ドラゴンと人の頭部、その他にも様々な特徴が混在する屍隷兵の姿を捉えていた。青の瞳に敬意を浮かべ、ゲシュタルトグレイブを構える。
「私はかつて娘を守る事はできませんでした」
 天原・俊輝(偽りの銀・e28879)は、傍らに控えるビハインド――娘である美雨の頭をソッと撫でる。
「ですが、貴方は守り抜いたのですね……」
 俊輝はまるで、羨むように。どこか羨望を込めて言葉を紡ぐ。
「ア゛ア゛ア?」
「貴方を此処から先へは行かせませんよ」
 かつてウツシが人だった頃、誰かの勇者であった頃そうしたように。俊輝は眼鏡をコートのポケットに仕舞いながら立ち塞がる。
「美雨を頼みます、リューディガーさん!」
「ああ、任せろ!」
 俊輝が放つ炎を纏った激しい蹴りが、開戦の合図。連携して美雨が周囲の物品をウツシ目掛けて嗾ける。
 戦況を見定めながら、リューディガーがまずは美雨のいる後衛へ、それから前衛と、小型治療無人機を展開させた。
 と、蒼の鱗に覆われた強靱極める脚部が、リューディガーと俊輝目掛けて薙ぎ払われる。両者は熟練の戦闘力と防具を生かし、身を屈めてそれをやり過ごす。
 俊輝は隙を見て、カウンター気味にヌンチャク型如意棒での一撃を叩き込んだ。
「マモル……ナニヲ……デモ、マモル……????」
 その一撃が、ウツシの脳裏に何かを呼び起こしたのか、何かを庇うようにウツシは両手を広げて守りを固める。
「――ッ、貴方達の勇気は決して忘れない」
 ウツシは人であった頃の記憶など、忘却の果てに。あるのは、ケートーに与えられた命令だけだ。誰かを守ろうとしていた意識の断片、それすらも利用されている。リューディガーは拳を強く、爪が食い込むほどに握りしめる。
「最期の瞬間まで守ろうとした人々の命、そしてその遺志は、俺たちが必ず守る。約束しよう」
 拳に誓いを込め、音速を超える一撃を繰り出した。

「遊園地内の施設については、頭に叩き込んであるわ。こっちよ」
 3班に分かれ、中でもジェットコースター周辺を目的地とするのは、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)達4名。
 アウレリア先導の元、アナスタシア・ヴィスターシャ(金火の放浪者・e32151)が光の翼を広げ、一目散に駆けていると。
「……あそこですね」
 ふと、アナスタシアは人の息吹を感じた。コース上に取り残された人々が、コースターの中で身を屈め、息を潜めて隠れていたのだ。
 無事でしたか……アナスタシアがホッとするのも束の間、そのすぐ周辺にデウスエクスの気配が。
「無事なのね!? でも、っ……あまりにも酷いわね……!」
 植田・碧(紅き髪の戦女神・e27093)は、喜びを露わにしながらも、気付く。通り過ぎてきた道程に、血痕が散乱している事に。それこそが、ケートーによる一方的な虐殺の――否、3人の勇者達が奮闘した証であった。
「……赦さぬ……決して赦さぬぞ……ケートーっ!」
 やがて、ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)は、ウツシを目視した瞬間、胸中に荒れ狂うような怒りを感じた。
「……死する事を許されぬ哀れな勇者の魂に救済を。……参ります」
 アナスタシアが告げると、「ええ、そうね」同じくヴァルキュリアである碧も頷く。
「貴方の相手は私達がするわ、他の方への手出しはさせない」
 ウツシを見据え、アウレリアが炎を纏った激しい蹴りを見舞い、先陣を切った。
「更なる犠牲者なんて出させないわ。貴方達のためににも!」
 小さな世界を守り切った勇者を、決してこのままにはしておけない。この場の4人には、何よりも早期での決着が求められてもいる。碧がカラフルな爆風を吹き上げ火力の増強補助を。
 スノーの羽ばたきと、アルベルトの心霊現象が続く。
 その時、ウツシの無感情な瞳が、ケルベロスに、勇気を示したアウレリアに向けられる。ウツシは牙を剥き出しにすると、アウレリアに飛びかかり、喰らいつこうと迫る。だが、アウレリアはその攻撃をサラリと躱して見せた。
「さすがじゃな、アウレリア殿!」
 ウツシが見せた隙。ヴィクトリカはその間に、恐怖と不安で胸を一杯にしているだろう取り残された人々に向け、告げる。
「屍隷兵は我らが引き受ける! 落ち着いて救助隊が来るのを待つのじゃ!」
 ヴィクトリカが、視界を覆う程の炎弾を放つ。
 アナスタシアが、星型のオーラを蹴り込んだ。
「補佐は私とスノーに任せて。ヴィスターシャさんとブランロワさんは、攻撃に集中してくれて大丈夫よ!」
 ウツシの戦闘力を考えれば、命中率はそれ程大きな問題にはならないとはいえ、万全を期して碧がオウガ粒子を放出する。
 アウレリアとヴィクトリカが共にチェーンソー剣を構え斬り込むと、
「分かりました、攻撃はお任せ下さい」
 アナスタシアが右腕でウツシの「気」を掴み、投げ飛ばすのであった。

 アクアミュージアムに潜り込んだ八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)とアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)は、ソッと一階奥、大水槽のあるエリアを覗き込んだ。ちょうど、大水槽のガラス間近を巨大なジンベイザメが通過する。本来ならば、その迫力に息を呑むところであるが――。
「守ろうとした家族を手にかけさせる? ……冗談やろ。させへんよそんなこと……絶対にさせへん」
 瀬理の口から出たのは、押し殺したような平坦な声。発した言葉の漲る熱量と声色の差違に、ディートリヒは瀬理の表情を伺って、すぐに視線を逸らした。瀬理はギリギリと軋みそうなほどに、歯を食いしばっていたから。
「人間の心の……その最も尊い部分まで弄んだ輩は、近いうちに裁きがくだるだろうよ」
「ほんま、そうであって欲しいもんやなぁ……」
『暗礁の死神』ケートー……もちろん、ディートリヒが、瀬理が自分達の手で殺してやりたい気持ちはあったが、2人には今、やるべき事がある。
「今からうちらが、あんたらを襲ってた敵を倒すで! それまでちょーとの間、そこで隠れててや!」
 瀬理が、上階にまで聞こえるような大声で、アクアシアターに隠れている人々に状況を伝える。直後、僅かな歓声と、波のように広がる安堵が階下まで伝わった。
 そして2人は視線を交わし、ウツシが動き出すよりも先に、飛び出していく。
「あんたの子供、さぞかし旨いやろなぁ! あっはは、がんばらんと食うてまうでー」
 瀬理が挑発の言葉を交えながら、美しい虹をまとう急降下蹴りを放つ。
「アーー! アアアアアーー!」
 攻撃を受けたウツシは、理解不能な呻きを上げながら、胸元の棘を突き立てるようにして、瀬理にタックルを。
「たくっ、強がりやがって!」
 言葉とは裏腹に瀬理の表情は、まるで自身を痛めつけるかのように悲痛なもの。年下女性に何かと弱みのあるディートリヒは、そんな瀬理を見ていられず、光の盾を具現化させて補佐に徹する。
「くっ、あかん! 誘導が上手くいかん!」
 両脚から剥き出しになっているウツシの顎と、瀬理の電光石火の蹴りが相殺される。――が、挑発だけではなかなか誘導が進む気配が見られなかった。
「お前の勇気は俺達が受け継いだ。かかって来い!」
 ならばと、ディートリヒが勇気を見せる。
「歯ぁ食いしばれ」
 前に出て、煙管によるビンタと膝蹴りを喰らわせると、ようやく2人が後退するのに合わせ、ウツシが誘導に乗ってくるのであった。


「これで……!」
 後退し盾を纏ったウツシに対して、碧がすかさず間合いを詰めると、「鋼の鬼」と化した拳を突き立てる。
 盾が脆くも崩れ去ったのを見て、「光の粒子」となったアナスタシアの突撃が炸裂した。
「攻撃は此方に寄越しなさい。その痛み、この身で預かって貴方達の命を奪い貶めた輩へ幾倍にもして返してあげるから……!」
 決着の時が近い事を誰もが感じていた。
(「全てを守れるなどと驕ったつもりはないけれど……っ」)
 最後の抵抗とばかりに薙ぎ払われる剛脚の被害をアルベルトと共に最小限に抑え、アウレリアはチェーンソー剣で命の灯火を掻き消していく。こうして目前で掬い取る事もできず、ただ殺すことしかできない現実に歯嚙みしながら。
「尊き想いを弄ぶなど……!」
 ヴィクトリカの脳裏を、頻りに記憶の残滓が荒れ狂う。そうだ、彼女の両親も――。
「……ぁ」
 蘇りかけたいつかの記憶に、ヴィクトリカの攻撃の手が鈍りかける。
 だが、
「……大丈夫です、ブランロワ様。彼等は勇者、その尊き魂を救いましょう」
 青の瞳に光を宿し、ウツシから何かを読み取ろうとしていたらしいアナスタシアが、確信を持って告げる。
「そうじゃな、それだけが……我らにできる唯一の事じゃ!」
 ヴィクトリカはチェーンソー剣を握りしめると、一閃!
 ウツシを撃破したのであった。

「私は消防に、碧は外で待機している警察に連絡を頼むわ。危険のないルートは――」
「ええ、分かったわ。ルートに関しても了解よ……!」
 ウツシの撃破後、救助を待ち侘びる人々のため、アウレリアと碧が手分けして各種機関に連絡する。
 やがて、連絡を取り終えると。
「……行きましょう」
「うむ」
 看取りと黙祷を終えたアナスタシアとヴィクトリカを伴い、ショッピングエリアへ急ぐのであった。


「ジェットコースター周辺には消防や警察が救助に向かっとるんやな!? 了解や、そっちには絶対連れ込まん!」
 ジェットコースター周辺を担当している班より、ウツシ撃破の知らせを受けた瀬理とディートリヒ。2人の間には若干の認識の齟齬こそあったものの、無事にショッピングエリアへのウツシ誘導を終えようとしていた。
「ア、ア……アアア!」
「チッ、こんな姿にしやがったケートーは絶対に許さん!」
「同感や!」
 フラフラと、勇気を示したディートリヒを獲物に定め、ウツシが追い縋る。その知性の欠片も感じられない様は、ただ見ているだけでもディートリヒを苛立たせた。
 ディートリヒが狙われないよう、瀬理が再び急降下蹴りを。
「無理はするんじゃないぞ、瀬理!」
 案の定、全身の顎を剥き出しに瀬理へ襲い掛かるウツシを警戒し、ディートリヒがオーラを溜める。
 その時、
「こちらです!」
 俊輝の声が、瀬理とディートリヒの耳に届く。ショッピングエリアへ辿り着いたのだ。
「待ち侘びたぞ。俺達が……ではなく、彼らがな。早く解放してやろう」
 言いながら、リューディガーが獣化した手足によって一撃を。
「4人班の方々も、直に合流が叶うようです」
 如意棒で攻撃を捌きつつ一打を叩き込む俊輝にしても、心情はリューディガーと同様であろう。
 ――もう、悪夢は十分だ。
「せやね。ええよ。あんたらの無念、全部うちらが受け止めたる。さぁ、かかって来ぃ」
 ここに至れば、挑発は必要ない。「……酷い事言うて、ごめんな」瀬理の口から出た呟きは、誰に聞かれる事もなく、風に乗って消えた。言葉の代わりに、氷結の螺旋が渦を巻いてウツシを襲う。
「皆さん負傷が多いですが、まずは瀬理さんの傷の治療が急務ですか。――また咲く為に散るんですよ」
「俺も手を貸そう。救護部隊、出動! 全力を以って我らが同朋を援護せよ!」
 合流したとはいえ、4人班の到着までは気を抜けない。
「アー、アー??」
 美羽によって金縛りを受けたウツシの行動が失敗する。それを確認し、俊輝が桜の花弁のような雨を散らした。リューディガーも、独自にカスタマイズしたヒールドローンを展開させる。
「――ん、ああ……ご苦労さん」
 俊輝を苛む傷をオーラを溜めて駆逐しながら、ディートリヒはアイズフォンに入った連絡に口端を上げる。
「さぁ、仕舞いの時間だ」
 ディートリヒが言うと、ショッピングエリアに新たな4つの足音が駆けてきた。


「せめて、痛みを感じる間もなく!」
 ヴィクトリカの召還した氷の騎士が、ウツシへその切っ先を向けている。
「神域より九つの鍵を解き放ち我が下へ来たれミョルニル。破壊と再生を司る神器。其は粉砕するもの、聖別の稲妻なり」
 アナスタシアの左腕は地獄の業火を宿し、燃焼された空間から呼び寄せられた雷槌が、厳かなる裁きを下した。
 が――次の瞬間、碧目掛けてボディーブレスが。しかし、鋭い棘の切っ先が突き立てられる間際、スノーが割って入る。
 すかさず、透き通るような刀身を持つ刃をディートリヒが振るい、ウツシを汚染破壊させながら吹き飛ばした。
「ありがとね、スノー! ……厳しいけれど、頑張りましょう、皆!」
 その厳しさは、肉体的なものではなく、精神的なもの。トドメを刺す代わりに、碧はカラフルな爆風を吹き上げて、仲間を鼓舞する。
「力を尽くしましょう! この弾丸は杭。損壊を穿ち、傷痍を留める、杭よ」
 その鼓舞に当てられるように、アウレリアが正確無比に狙いすました狙撃を。背後に回ったアルベルトが構える白銀の銃から放たれる弾丸と共に、前後から抉る。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から!……あはっ、丸見えやわアンタ」
 既に火傷と毒でダメージが蓄積していたウツシは、一溜まりもなかった。感情を押し込め、本能のまま襲い掛かる瀬理に、全身をめった刺しにされ、絶命する。
「ケートーは必ずや、地獄へ引きずり落としてくれる! 人の尊厳を踏みにじる非道を、決して許さん。だから――」
 犠牲者たちの勇気に感謝を。無念に哀悼を。リューディガーの音速の拳が、ウツシの守りを丸裸に。
「これが私達が出来る、貴方への精一杯の餞です」
 俊輝が放つ、炎を纏った苛烈な蹴りがウツシに叩き込まれる。その巨体がドサリと倒れ込んだ時、「魂の救済は完了しました勇者の魂に安らかな眠りを」アナスタシアの冥福に合わせ、ケルベロス達はソッと目を伏せるのであった。

「勇者達よ……遺志は我らが受け継ぐのじゃ……じゃから……安らかに眠られよ」
「二度と不躾な手に揺り起こされる事のなきように……」
 アナスタシアの手で手厚く看取られる被害者達に、ヴィクトリカとアウレリアが祈りを捧げる。
 ジェットコースター周辺に黙祷のため向かうアルベルトも、被害の状況確認に向かう碧も、やり切れない思いで一杯であった。
「……この落とし前、絶対つけさせたる」
 だからせめて、瀬理は禍根を一刻も早く断つ事を願う。
 そしてケルベロス達は、亡くなった勇者達が、どれだけ立派な人だったのかを遺族に伝えたいと思った。
 たとえそれが、何の慰めにならないとしても……。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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