冬の日もサッカーボールとともに暮れ

作者:奏音秋里

「あぁもうやってられっか!」
 高校でサッカーをやれば、モテるんじゃなかったのか。
 先輩達の言葉は、まったくの嘘だったのか。
「こんなことなら真面目に部活とかするんじゃなかったぜっ!!」
 こんなことなら、不良でもやっていた方がマシだったのに。
「不良?」
 そうか。
 いまこのときから、不良になればいいんじゃないか。
「サッカーなんかもう辞めだ! 全員、オレの怖さを思い知るがいい!」
「ふふふっ。見つけたわよ、不良」
 あーだこーだ考え口走っていた『トポ』は、不意の声に振り返った。
 知らない顔。
 知らない制服。
「誰だ?」
「そうねぇ……貴方を更生させてあげる者、とでも名乗っておきましょうか」
「はぁ? 更生だと?」
「あなたのような不良はきっと、誰かれ構わずサッカーボールをぶつけて一般生徒を震えあがらせているのね!」
「おぅよ、百発百中だぜ!? オレは、あんたの言うような凄い不良になってみせる!」
「そういうことなら、私が手伝ってあげる」
 そう言うと、女子もといイグザクトリィは、男子生徒の胸に鍵を突き刺す。
 倒れる男子生徒の隣に、ドリームイーターが出現した。

「ドリームイーターが出現します。出られる方はいらっしゃいますか?」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、皆に訊ねる。
 隣では、空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が学校の見取り図を広げていた。
「日本各地の高校にドリームイーターが出現し始めたのは、みなさんご存知のとおりです」
 高校生が持つ強い夢を奪い、強力なドリームイーターを生み出そうとしているのだ。
「狙われた『トポ』という生徒は、不良への強い憧れを持っていたようです」
 被害者から生み出されたドリームイーターは、強力な力を持っている。
 だが、夢の源泉である『不良への憧れ』を弱めるような説得ができれば。
 戦闘前に、ドリームイーターを弱体化させることも可能だ。
「不良になるのを諦めさせる説得、若しくは不良そのものに嫌悪感を抱かせるような説得でもよいのですが……うまく弱体化させられれば、戦闘を有利に進められます」
 生み出されるドリームイーターは、1体のみ。
 サッカーボールを生徒達にぶつけてやろうと、校舎を目指しているらしい。
「ドリームイーターは、ケルベロスを優先的に狙ってきます。この性質も利用しながら、説得と同時に部活動中の生徒や先生達を安全な場所に避難させてください」
 幸いなことに、この日は休日。
 グラウンドには、サッカー部と陸上部の生徒達しかいない。
 最低限、建物のなかへ避難させたいところだ。
「戦闘になれば、ドリームイーターは生徒達のことなんて気にしません」
 モザイクでつくったボールを蹴りつけてきたり、モザイクのネットを被せてきたり。
 逃走の危険性はないため、確実にしとめたい。
「高校生の夢を奪ってドリームイーターを生み出すなんて、許せません。ですが不良になられても困りますので、みなさんの説得で諦めさせてください」
 セリカ曰く、被害者はサッカー部の部室に倒れているらしい。
 ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
 彼に声をかけるか否かはお任せしますと、セリカは付け加えた。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
キャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717)
晦冥・弌(草枕・e45400)

■リプレイ

●壱
 高校に到着したケルベロス達は、すぐさま行動を起こした。
 グラウンドの四方へ散り、生徒や先生達へと避難を求める。
「皆さま、私たちはケルベロスですわ。危険ですので建物のなかへ避難を!」
 拡声器を伝わるのは、カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)の声だ。
 避難を促すのは勿論だが、ケルベロスの存在をアピールする狙いもある。
「此方の入り口を開けております。焦らずお急ぎください」
 バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が、皆に経路を示した。
 建物のなかへ付き添うことはせず、あくまでもグラウンドへ目を配る。
「ぼく達はケルベロスです。グラウンドは危ないので、屋内に逃げてください」
 砂場へ走っていた、晦冥・弌(草枕・e45400)も校舎を指して呼びかけた。
 陸上部の練習を中断させて、無事にメンバーを建物まで誘導する。
 と。
 同時並行的にドリームイーターを探していたケルベロス達の視界に、それは映った。
「……見付けたっ!」
 空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)が速攻で駆け、勢いよくスライディング。
 足許を攻めてモザイクボールを蹴り飛ばし、ダブルジャンプでいったん退がる。
「それ以上の手出しは許さないよ!」
「怪我はありませんか?」
 びしっと言い放ち、燈家・陽葉(光響射て・e02459)がサッカー部員の前に立った。
 キャロライン・アイスドール(スティールメイデン・e27717)も、声をかけ傍へ寄る。
 親友のふたりは、生徒を背にドリームイーターと対峙した。
「早く、あなた達も校舎内へ逃げてください」
 ドリームイーターの出現に、驚いて足を止めてしまった生徒達へ。
 モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)が、行動を促した。
「不良は、格好悪いと思う……」
 ぽつりと零し、空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)もその姿を赤色の瞳に捉える。
 重傷中ということもあり、今回は後衛へまわっていた。
 校舎からは遠ざける方向で、ドリームイーターを包囲していくケルベロス達。
「頭も、性格も悪いし、暴力的だし……あなたが不良になって、一般市民は怖がるかもしれないけど、そんなあなたが自分よりも怖い不良に、媚びる姿は、滑稽だと思うよ?」
 無表情のままで、無月は淡々と喋る。
「不良への憧れ、ですか。私には理解できませんわ。まぁ、人によってはそれがカッコいいとも思われるのでしょうか?」
「不良をやってた方がマシだって、本当に思うの?」
 カトレアの、憧れを壊すための台詞に、陽葉が疑問を重ねた。
「文字どおり『良くない』存在なのに? サッカーを辞めて、普通の生徒としてでも生きていけばそれなりに手に入るはずだった普通の幸福すら、手に入らなくなるんだよ。元不良を雇いたい会社なんてないしね」
 穏やかに落ち着いた口調で、陽葉は彼の将来を心配する。
「それに不良がカッコいいとか言っている方は、ほんの一部に過ぎませんの。まともな方からすれば、不良は憧れの存在ではなく、恐怖の対象ですわ。少なくとも教師達には、ただの迷惑な生徒としか認識されませんわよ」
 ふぅっと大きな息を吐き、煙たそうに顔の前の空気を払うカトレア。
「僕は、不良にたいして憧れとか特に抱きませんね。どうしてカッコいいと思えるのか、理解しがたいです。それに不良って、なにをもって不良と考えているのでしょうか?」
 続けてバジルが、静かに問いかける。
「未成年の喫煙? カツアゲ? バイクのふたり乗り? はたまた校則違反でしょうか。これらは全部犯罪ですよ? 不良のしていることは、ほとんどが違法なのです」
 嫌悪感を抱かせようと例を挙げるバジルの紫の瞳が、ドリームイーターを睨みつけた。
「酒? 女? 盗み? それとも、あなたのいう不良っていうのは、人にボールをぶつける行為なのかしら」
 冷たい視線を注ぎつつ、ドリームイーターに語りかけるモモコ。
「サッカーはまず、自分が楽しむもの。そして、仲間や対戦チームとも楽しむために、切磋琢磨していくものだ」
 レプリカユニフォームと、関節にはプロテクターを着用するモカの言葉にも熱が籠もる。
「折角の才能を無駄にするんですか? 君がサッカー選手として活躍する姿、かっこいいだろうなぁ」
 合いの手を入れていた弌の笑顔が、消えた。
「女の子にモテたいとか、そんな薄っぺらい気構えで女心がなびくなどと、軽く考えないでほしい」
「それに、誰かにボールをぶつけて怪我させるだけの低俗な人間、ダサすぎです」
 モカと弌が、強い口調で言い放つ。
「いまの貴方の心理状態を理解することができません……それでも人は変われるんですよ」
 視線の高さを合わせて、優しく告げるキャロライン。
「かつて私は、戦闘用に設計されたダモクレスでした。多くの人の命を奪った罪は、一生消えることはないでしょう……だからこそ。いまの私は、人々を守ることにこの命をかけてもいいと、思っています」
 己の胸に手を当てて、キャロラインは決意を訴えた。
「あなたはいいわね。どんなに道を踏み外そうと、親がかばってくれる。私はね、孤児なの。施設を抜け出してからずっとひとりで生きてきた……憧れる? 私は、道を外れなければ生きていけなかったのよ!」
 言葉の勢いそのままに、空の霊力を帯びた斬霊刀を、モモコが力一杯振りおろす。
「やっぱり、まともに生きるのが、一番偉いと、思う……」
 変わらぬ無表情で、無月は呟いた。

●弐
 ケルベロス達は、ドリームイーターに見切られないよう連携をとって攻撃を加えていく。
「まずは、その素早い動きを奪ってさしあげましょう!」
 ディフェンダー担当のバジルが、エアシューズで大地を蹴った。
 流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを、ドリームイーターの脚に炸裂させる。
「辞めたいなら、辞めても、いいんだけど……でも、不良になるのは、見過ごせない……」
 フェアリーブーツに、身体中の理力を集めていく無月。
 思い切り、ドリームイーターの腹部めがけて蹴り込んだ。
「運命の鎖を断ち切りし、その牙を……いまここに咆哮をあげよ!」
 言い終わるや否や、バイオレンスギターをかき鳴らすキャロライン。
 運命にあらがいしケルベロス達の数奇な運命を、激しくロックに歌いあげる。
 しかしドリームイーターも、されるがままで黙っているわけではない。
 モザイクを練ってつくった新たなボールを地面に置き、蹴り出す。
「おっとっ……なかなかやるじゃないか、キミ。この実力なら真面目に練習すれば全国やプロだって目指せる。それが真の『カッコ良さ』だと思わないか? 一時の気の迷いで未来を台無しにしてはいけない」
 トラップしようとしたのだが、モカでも抑えきれない力強いキックだった。
 素直な感心に敬意を表して、天高くから美しい虹を落とす。
「その身に刻め、葬送の薔薇! バーテクルローズ!」
 日本刀を鮮やかに操り、ドリームイーターの背中に薔薇を描くカトレア。
 最後の一突きは、薔薇の花弁を散らすかの如き爆発を起こした。
「モテたいなんて理由でしかサッカーしてない人を、女の子が好きになるわけないよね」
 カトレアが退くのと交代で懐へと押し入り、陽葉は拳を振りあげる。
 ヒビの入る装甲は、鋼の鬼と化したオウガメタルがぎょろりと睨んだ先。
「そうなんですよ。そこにかんしては努力が絶対に報われるわけでもないでしょうから、うのみにしたのもどうかと思います。更に、それを理由に誰かを傷つけるのって、ねぇ?」
 弌の日本刀が緩やかな弧を描き、左腕の腱を的確に斬り裂いた。
 戦いを楽しむように、藍色の瞳はきらきらと輝いている。
「あなたのそのねじまがった根性、叩き直してあげる! だから……ちゃんとした道を歩いていくのよ!」
 斬霊刀に雷の霊力を注げば、速すぎる突きを捉えることはできない。
 モモコの言葉は、ドリームイーターに呑み込まれた彼の『憧れ』に向けられていた。

●参
 攻防を繰り返しているうちに、双方ともにバッドステータスが蓄積していく。
 ドリームイーターのモザイクネットに覆われた前列は、更に増やされてしまった。
「バジル様、すぐに回復いたしますわね」
 なかでも蓄積が4つになったバジルに向けて、キャロラインが歌う。
 生きることの罪を肯定するメッセージが、傷と異常を癒してくれた。
「ありがとうございます。キャロラインさんも、ご無理をされてはいけませんよ」
 お返しにバジルも、キャロラインに緊急手術を施す。
 メディックとしてほかを優先していたため半減していた体力を、回復してくれた。
「いまを懸命に生きなさい。きっといつか、あなたを必要としてくれる人が現れます!」
 空の霊力を帯びた斬霊刀で以て、これまでの傷を斬り広げてやる。
 まるで彼に、出てこい、と言わんばかりに、モモコは叫んだ。
「頼んだよ、カトレア!」
 妖精弓の弦を離して放つ矢が、ドリームイーターの心を射抜く。
 催眠状態にしたうえで、親友に信頼を託した陽葉。
「勿論ですの。この一撃で氷漬けにしてさしあげますわ!」
 卓越した技量で日本刀を振るい、達人の一撃を放つ。
 刹那、傷口に氷が走った。
「足許……注意……もう遅いけど」
 足止めのバッドステータスが、大量に付与されている状況を受けて。
 無月はドリームイーターの足許の地面から大量の槍を生み出し、貫いた。
「あなた相手に手は使わないよ。サッカーだからな」
 微笑み告げると、電光石火の蹴りを繰り出すモカ。
 ドリームイーターの急所に、細く風穴を開けた。
「ボールをぶつけて喜んでるようじゃあ、小物以下って感じなんだよなぁ! それならぼく達と楽しく鬼ごっこをしようよ……ほら、ね。捕まると、すぐに冷たくなっちゃう」
 笑いながら伸ばした弌の指が、ドリームイーターに微かに触れ、凍てつく欠片を生む。
 一瞬で氷の花を咲かせると、空気中にも同じ花が浮かび、華やかに舞った。

●肆
 遂にドリームイーターは片膝を着き、反撃もままならなくなる。
 しかし油断大敵と、ケルベロス達はいっそう気を引き締めた。
「キックなら僕もできるよ……サッカーしようよ、君がボールだ!」
 距離を詰めるあいだに陽葉は、オウガメタルを片脚に集中させる。
 そしてドリームイーターの股を、思い切り蹴り上げた。
「その傷口、更に広げてさしあげますわよ!」
 カトレアの日本刀が、かろうじて着いていない脚の傷を刺し貫く。
 空の霊力は、容赦なくその傷を広げていった。
「……ここで決める!」
 極限まで高めた集中力を、両手に握る斬霊刀へと移して。
 モモコの一太刀が、ドリームイーターの生命の灯火を消し去った。
「戻ってきなさい」
「ふぅ……」
「やりましたね」
 誰からともなく、大きな息や労いの言葉が漏れる。
 動きの止まった骸は、グラウンドへと融けていくように、なくなった。
 抉れた土や部室棟の壁の傷をヒールしてから、サッカー部の部室を訪ねたケルベロス達。
 倒れている少年に声をかけると、数秒ののちに目を覚ました。
「トポさんですね。ご気分は如何ですか。痛いところなどはありませんか?」
 立とうとするトポを制止して、バジルは自身が身をかがめる。
 ケルベロスであることを明かし、事態を軽く説明した。
「誰かを傷つけるより、自分の目標に打ち込む方がモテると思いますよ。君の努力に気付いてくれる女の子も、きっといるでしょうから」
 無事を確認して、弌も胸を撫でおろす。
 かかわった以上は、やはり寝覚めが悪くなる終わり方は避けたかったのだ。
「また、なにか……新しいことを、始めてみれば、いいと思う。もしかしたら、合うのがあるかもだし……」
 無月はほかのスポーツや、自分が好きな星空のことなどを例示してみる。
 幾つか、トポが興味を持つものがあった。
「私を変えたもの……それは音楽です。人々は、私の奏でるメロディになにかを感じてくださるのです。人の心を理解できない私が、音楽をとおしてだけ、人の心に触れることができるように思えるのです。音楽は、私の孤独を救ってくれました」
 想い出を紐解けば、キャロラインの脳裏には大切なヒトの姿が浮かぶ。
 これからやり直せばいいのだと、伝えたかった。
「こんなのはどうだ?」
 メンバーがいろいろと、自分や友人達の趣味や特技を紹介するなかで。
 トポも、少し前向きになれたようである。
「それじゃまたね」
 そうしてトポもケルベロス達も部室棟を出て、別れて少ししたところへ。
 なにやら黄色い声が、押し寄せてきた。
 皆の耳に「あ、あの人よ!」とか「ホンモノはかっこよかった!」とか。
「なんでしょう?」
「騒々しいですわね」
 近くなると「サインくださーい!」とか「一緒に写真お願いします!」とか。
「っ!? ちょ、なんだ、違う、私は……人違いだぁっ!」
 どうやら、モカをプロのサッカー選手と勘違いしていたらしい。
 とあるサッカークラブの背番号17番は、きっとこんなスタイルでこんな顔なのだろう。
「逃げましょう!」
 脱兎の勢いで、その場から立ち去るのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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