●無邪気すぎる30歳
「わーもう11月だ! 祝日と土日が連日続いて三連休かぁ」
カレンダーを見た永喜多・エイジ(お気楽ガンスリンガー・en0105)は年の瀬直前であることに気づく。
肌寒い日に比例して、コタツを出したり暖房のお世話になることも増えてきた。
「うーん、今年はあれが週末だから…………どうしよう、祝日なのにやることがない!?」
祝日に予定がなくて困るとは盲点だった――と驚愕していると、一枚のチラシが目に留まる。
駅前で配られたチラシを放置したのだろうと、うろ覚えなエイジは手に取ってみた。
「……もふもふワンニャンランド?」
それは、もっふもふでふわっふわな、ふれあい体験会の開催告知だった。
「皆ー! もふもふワンニャンランドに行きたいかー!?」
切り出し方がアメリカ大陸を横断しそうな勢いだが……それはそれとして。
もふもふだとか、ワンニャンだとかに反応したケルベロスは興味を示す。
無精髭を生やしたマッシヴがめっちゃ目を輝かせているが、『そういう奴だし』とツッコミは入らず。
「11月23日に色んな犬とか猫とか集めた、ふれあい体験会を開催するんだって! 場所は神奈川県横浜市にある新横浜公園のドッグラン、ちゃんとした設備もトレーナーもいるから安心してね。小型犬と大型犬は別エリアになってて、猫用にプレハブをフリーエリアの隅に設営するそうだよ」
昨今、戸建てに住む世帯が減少したり、勤務時間の都合で世話が出来ず断念する人も増えている。
そのため、犬猫を飼育する家庭もかなり減っている。
そういった人達が気軽にふれあう為のイベントなのだと、エイジは主旨を説明する。
「というか、エイジってもふもふ好きなの?」
「動物はだいたい好きだよ。あ、一緒に遊ぶのも好きだね! 子供の頃は大型犬に引きずられた事もあるけど」
あー。あー。わかる気がする。うん。
なにかを察したような生温い視線を受けるが、気にしないのがこの男。
「祝日だから皆も来られるかなって。よかったら一緒に遊びに行こうね!」
チラシを掲示板に貼ったエイジはそのまま出てしまったが、一人のケルベロスがふと思い出す。
「エイジの誕生日って勤労感謝の日じゃなかったっけ?」
――つまり、『11月23日』である。
●もこっとワンダーランド
手入れの行き届いた天然芝、秋空の下に集まる市民。
そして駆け回るあったかもふもふわんこ! わんこ! わんこのカーニバル!!
「フオォッ、フオォッ。キュートなもふもふさん達、こーんにーーーちわーーーーーーーーッッ!」
「あ、地異!?」
【やすらぎの館】の天変・地異、ムフタール・ラヒムの制止も聞かずビーダッシュ。
大黒龍・広光は呆気にとられ、フィスト・フィズムも眉間のシワを指で伸ばす。
「プレハブに寄ってから拾うとしよう」
「わ、わかった。オレ達はここにいる」
ムフタールと広光は大型・中型犬エリアに残り、フィストも猫用プレハブへいそいそ移動する。
「家業の都合上飼えなかったので、犬や猫を飼うのは憧れでもありました……」
「うんうん。おうちの都合で、となると猶更憧れてしまうわよね」
月織・宿利と蓮水・志苑はお互い動物好き。
今日はいっぱいもふもふさせてもらおうと、お目当ての子を捜索中。
「大きなもふもふさんたち、どこにいるかなぁ」
ボリューム感は中型も劣らないが、やはり体格もしっかりしている大型犬の冬毛は段違い。
宿利の一言に志苑も一緒に目を輝かせる。
「サモエドや、グレート・ピレニーズなどが良いですね。あの毛並みに顔を埋めてみたいです!」
「ふふ、気が合うね。私もサモエドが特に大好きで……あ、見つけた!」
雪のように真っ白い毛並み、クッキーのようにうっすら茶色がかった被毛も極寒の大地を生き抜くため。
冬も間近と感じてか、しっかりもっふもふなサモエド達。
志苑は宿利に手を引かれつつ、サモエドの群れに駆け寄る。
「みんなもこもこだよ! どの子と遊ぼう?」
優しくて大人しい子がいいなぁ……宿利が視線を巡らせると、端に伏せるクッキーカラーのサモエドと視線が合う。
じっと見つめていると、傍にてこてこやってきた。
「かまって欲しいみたいですね」
黒目の瞳を輝かせたサモエドを志苑は軽く撫でてみる。
少し高めの体温を含んだふわふわな感触、くすぐったそうに目を細める仕草に志苑も笑みが浮かぶ。
「わ、私もぎゅってさせてもらって、いいかな?」
『わふっ』
目線を合わせた宿利に一鳴き。首元にぎゅっと抱きつき、志苑も一緒になってもふもふに頬ずりする。
「一緒にお昼寝したらとても気持ちがいいでしょうね……宿利さん、特別な存在が居る生活とはどのようなものなのですか?」
オルトロスの成親は本日お留守番。
共に暮らす生活とはどんなものかと尋ねられ、宿利は普段の生活を思い返す。
「……寂しいときにはいつも傍にいてくれて。家族のような、親友のような……今みたいに暖かい時間が傍にあるような?」
「良いですね、言葉を交わせずとも心通じる親友で家族……素敵です」
「ふふ、志苑ちゃんならきっと素敵な縁に巡り会えるわ」
気恥ずかしそうに、けれど充実していることが伝わる宿利の微笑。
志苑も『いつか出逢える縁』に想いを馳せる。
芝生を無邪気に駆けていくノル・キサラギをグレッグ・ロックハートも早足で追いかける。
「ほらあそこっ!サモエドだー!」
「彼らは忍耐強い犬種だそうだ、焦らずとも待ってくれる」
元気いっぱいなサモエドがノルを見つけると、足下をぐるぐる駆け回り『遊ぼ!遊ぼ!』とラブコール。
「えへへー、おれと遊んでくれるのー?」
顎下カリカリ。抱きつきもふもふ――グレッグには大型犬二匹がじゃれあっているように見えた。
(「ふむ、写真で見るより綺麗な毛並みと黒目だ。それに」)
「……似ているな」
グレッグの呟きが耳に入ったらしく、ひっつかれていたノルがきょとんと見上げる。
無意識だったグレッグは不思議そうに見返すが、ノルはにっこり。
「おれもね。白くて体が大きくて、少し似てるなーって思ってたんだ」
冗談めかして「なあ兄弟?」とノルが聞けば『わうっ』と元気な返事が返ってくる。
人懐っこく笑う顔もよく似ていて、グレッグも口元に弧を描く。
「にしても、大きいなー! 年少さんくらい?」
膝をついて視線を合わせるノルに『どうしたの?』と黒目がちな瞳で見上げ、ぐりぐりと頭を押しつける。
「懐かれたな」
「だね。大きい犬ってパッと見は少しこわいけど……もう、くすぐったいよ!」
抱きつくように前脚をかけるサモエドをノルが抱きかかえ、ふわふわな被毛にすっぽり顔が埋まる。
楽しげな様子にグレッグもそっと手を伸ばし――分厚い毛皮を梳くように指先を滑らせた。
指通りはなめらかで、ふわふわ……いや、サラサラ?
「毛質は人に近いな」
「……グレッグ。そっちはサモエドじゃなくて、おれだよ」
もそもそ。毛皮から顔を出したのは、見慣れた褐色と白銀の髪。
夏の向日葵みたいな金色の瞳がくすぐったそうに細められていた。
「す、すまない」
「いいよ。気にしな、わ!?」
白いもふもふが今度はグレッグの腰元に飛びつく。
元狩猟犬らしいパワフルさに押し倒されかけたが、なんとかキャッチすると、グレッグにもぱたぱたと尻尾を振る。
『わふわふっ』
「……自分も撫でろ、と?」
地面に降ろし、改めて首元や耳の付け根をグレッグが撫でると、気持ちよさそうに目を伏せる。
「暖かいな、それに……心が和む」
「仲良くなれると頼もしいし、グレッグも大きいわんこっぽいかな?」
「ならノルも一緒だな。大切にするほど甘えてくるところが可愛い」
さらりと出てきたグレッグの台詞に、悪戯っぽく笑っていたノルの頬は秋風でも冷めぬほど熱くなっていく。
「それに、犬は優しくされたり受けた恩は忘れないものだ」
思わぬ切り返しに赤くなった顔を隠せないノルだが、グレッグは口元に笑みを浮かべるだけだった。
桜庭・萌花は近衛・皐月と広大なドッグランを見渡す。
「皐月くん、お気に入りの子は見つかった?」
「お気に入り……ぁ、あの子が良い! うんと大きくて、ふわふわさらさらな毛並みの子!」
皐月のお眼鏡に適ったのはゴールデンレトリバー。風に吹かれてゴールドの長毛がそよそよ揺れている。
駆けていく皐月の後を萌花が追うと、色みが異なる金髪が群れの中にあった。
「……あ、エイジにーちゃんだ!」
地べたに座る永喜多・エイジは名を呼ばれ、ヒラヒラ手を振り返す。
ゴールデンレトリバーに膝を枕代わりに占拠されていたようだ。
「やっほー。エイジくんも楽しそうだね」
「今日のメインイベントだからね! 他の子達も遊び相手を待ってるみたいだよ」
エイジに見送られつつ、皐月達は一番大きなレトリバーに近づいていく。
「もなねーちゃん。僕とこの子、どっちの体がおっきいかな?」
「ん~? どっちかなぁ」
首元に抱きつく皐月に倣い、萌花も均等のとれた胴体をもふもふなでなで。
生え替わったばかりの毛並みはぬいぐるみとも違う、ふかふかな手触り。
「キミ、おとなしいね。もっとぎゅってしていい?」
皐月が見つめていると、レトリバーはずいっと顔を寄せて頬をペロリと一舐め。
『はふ、はふっ』
「わわ!? にゃ、あはは、くすぐったいんだよぅ!?」
親犬が子犬をあやすように、頬を舐めたり、脇の下に潜りこんだり。
「皐月くんが好きみたいだね。なんか兄弟って感じ?」
「も、もなねーちゃーん!?」
楽しげに笑う萌花はすっかり見守る側になってしまい、じゃれつく大きいわんこに皐月は翻弄されっぱなし。
「笑ってないでなんとかして……あははは♪」
力を加減しているのか、ぐいぐい来る訳ではないが柔らかい毛並みが触れるたび、こそばゆくなってくる。
皐月も捕まえようと抱きつこうとすると、すり抜けて今度は鬼ごっこに。
(「これはどっちが遊んであげてる側なんだか」)
微笑ましいなーと眺めていた萌花も、そろそろなだめますかと腰をあげる。
走るレトリバーの前に待ち構えると、
「おいでー……よしよし、いい子だね」
ご満悦な様子のレトリバーをなでてなだめる。そして、もうひとつ。
「皐月くんもいっぱい走ったで賞のよしよしー」
任務に比べれば大した運動量ではないが、ちびっ子の楽しそうな姿はいつ見てもいいもの。
(「ぅー、何だか不思議とどきどきする……」)
恥ずかしいけど、もうちょっとこのままして欲しいかも?
皐月も萌花ねーちゃんの魅力の前にはたじたじなようだ。
●ニャンと素敵なお猫様
大型・中型犬エリアの片隅、プレハブ内に設けられた安全柵を越えればそこは猫たちの夢の国。
電気ストーブの前で暖まる猫達もいれば、キャットタワーで優雅にくつろぐ猫もいる。
毛糸玉やねずみのおもちゃをてしてしする姿も。
「ターキッシュアンゴラは、一匹だけか」
先にプレハブへ寄ったフィストは自身のウイングキャットと同じ猫種を探すと、カーペットの端でうたた寝する姿を見つける。
光沢のある黒いシングルコートのアンゴラ猫は、ふさふさ尻尾を巻きつけるように丸まっていた。
(「テラを連れてこられなかったのは残念だが、今日はせっかくだ」)
起こさないようにそっと近づくフィストだが、細い猫ひげはピクリと動くと、グリーンの瞳と視線がかちあう。
「起こしてしまった……」
どうしたものか、と足を止めるフィストの元に、アンゴラにゃんこはすりすりと体をこすりつける。
『さわってもいいのですよ?』
なんて言いたげな視線を向けてくるので、お言葉に甘えることにした。
見た目通りシルクのような、柔らかい毛質はいつまでも触れていたくなる。
「ふふ……テラに拗ねられるかもしれないな。それに」
こんなもふもふワールドで、約一名がエラいことになってる予感がヒシヒシと。いや、既になってる可能性が高い。
「ありがとう、また機会があったら遊んでくれ」
最後に顎下を撫でさすると、フィストは気がかりな友人を探しに向かう。
「まったくエイジ様様だな、猫まみれ万々歳……」
『猫馬鹿一番』を自負するアルベルト・ディートリヒは迷いなくプレハブにやってきていた。
猫愛に溢れすぎて既に27歳・男性のしていい顔じゃなくなってる。
「短毛種、長毛種、雑種に純血種、どれも可愛すぎて可愛すぎて……はぁはぁ、堪らんな……」
場所が場所だったら職質まったなし。
鼻息も荒く猫じゃらしを振るえば、獲物めがけてすかさず飛び込む猫パンチ!
パンチ・パンチ・前脚キック! もひとつおまけにタッチダウン!
『ふみゃっ』『なーぅ!』
「……ハァンッ!!」
奇声をあげるアルベルトを心配した視線が集まるが、それはそれとして。
尻尾を立ててご機嫌なにゃんこハーレムに、アルベルトの表情はデレデレの一言に尽きる。
「こだわりの猫缶を贈りたいが、食事管理も大切だ。代わりに入口で買ったおやつを――」
懐からとりだした魚型のクッキーに猫たちの目の色が変わった。
『みゃ~ぅ☆』『にゃぁん!』
まさに猫なで声。おねだり攻撃のオンパレードに――アルベルト、昇☆天☆寸☆前☆
「たっぷりあるからな、心配せずとも順番に」
言い終わるより先にぺしっとはたき落とされ、クッキーに猫たちが群れていく。
入れなかった者は『早くちょうだーい』と上目遣う。お猫様ったらおねだり上手!
おやつを配る傍ら、無防備な尻尾の付け根をトントンしてほっこり。
許された者だけが触れられる、極上の腹毛に手を伸ばしては猫キック(ご褒美)をもらう。
「今日だけで1ヶ月分のにゃんにゃんパゥワーを摂取できたな……エイジは大型犬エリアだったか」
折角だしわんこももふってこよう、と思うアルベルトは至福の時間を過ごす。
「猫たちと触れあえるなんて天国だね♪ ふふふ、今日は猫屋敷の猫たち全員と仲良くなれた猫マスター・摩琴の実力を発揮しちゃうからね!」
那磁霧・摩琴はどんな子がいるかなぁと、一匹に狙いを絞って品定め。
三毛もいればサビ猫、トラ猫、くつした猫。
のんびりお昼寝する子もいれば、落ち着きなく尻尾を振るちょっと不機嫌そうな子も。
「えへへ~、迷っちゃうなぁ」
そんな摩琴の隣を一匹の猫が陣取った。
ミディアムロングの被毛は薄いクリーム色。顔や耳など末端は、こげ茶色がかったビッグにゃんこ。
「キミは、ラグドールね? そこにいると抱っこしちゃうぞぉ」
名の通り『ぬいぐるみ』のような姿のラグドール。
体はずっしり。毛皮はもっふり。性格はまったりのんびり?
みょーんと伸びつつ、摩琴に抱っこされたラグドールは据わりの良い体勢を探るようにもぞもぞしだす。
「わあ、圧倒的もふもふ感……! お腹ももにょもにょ~」
人慣れしているらしく、初対面の摩琴に抱っこされても、慌てず騒がず身を任せる。
無防備なお腹に頬ずりされても動じない……なんたる大物感。
「キミったら、ボクに一目惚れしちゃったのかニャー?」
黒い鼻先を摩琴が指でチョンチョンと小突いても、首をすくめて肉球タッチしてくるだけ。
『みゃぅ』
「あ……綺麗な瞳だね、キミ」
摩琴をじーっと見上げるのは澄んだアイスブルー。
アクアマリンのように透き通った光彩、猫らしからぬ甘えたっぷりに摩琴も胸キュン☆
「う~ん、連れて帰りたいけど……当然ダメだよね?」
一日限りの出逢いを惜しみつつ、摩琴はたっぷりもふもふなお友達をめいっぱい可愛がる。
●殺人毛玉フィーバー
「フオォッ、フオォッ!!」
一人、小型犬エリアに来ていた地異を止められる者は(現時点で)いない。
大型犬との体高差は最大30センチを超し、体重は20キロ以上でパワーも段違い。
そのため別途で設けられたエリアである。
グリーングラスを駆け回る小柄な犬達は微笑ましい、が――。
『きゃうきゃうっ』
『くぅーん』
『わんっ』
「フオォッ、フオォッ……! このモフモフ、フサフサ、触り心地……フオォ……ッ!!」
地異は正気を失っているわけではない(失っていないとは言ってない)
ただ興奮が抑えきれないのだ。抑えきれないだけで、正気を失っている訳ではない(なお、失っていないとは言ってない)
「耳のふさふさ具合が隠せないチワワ、フオォォッ」
セーターに身を包むロングコートチワワの顎下や耳に触ると、さらふわな被毛が指先から伝わり地異の頬がとろーんと緩む。
「ハアハア、うるツヤもふもふなダックスフンド、フォホッ、総Cute!」
垂れ耳と独特なボディが特徴なミニチュアダックスフンド。
ふさふさな尻尾を揺らしてスリスリする仕草に、テンション爆☆アゲ――さらに、
「フヒッ、ころころもこもこポメラニアンッ、ヒョォォッ!」
フレンドリーで遊び大好き、愛くるしい毛玉ちっくなポメラニアンに有・頂・天!!
――奇声に引き寄せられたフィストが地異の姿を捉える。
「フオォォ! ここが地上の楽園かぁーっ!?」
「地異、あまり騒ぐと怖がるzブフッッ」
窘めようとした矢先。
鼻血止めに詰めていたティッシュが飛びだす衝撃的瞬間に、さすがのフィストも吹き出さずにはいられなかった。
「フィストぉ、モフモフふさふさパラダイスやべーよぉ」
「くっ、……やばいのは地異のほう、くふっ」
ツボにハマったフィストが地異を引き離すまで、若干の時間を要したとか。
――大型犬エリアに残ったムフタールと広光も、遠吠えのごとき奇声に色々察していた。
「お前たちはこんな湿気のある国にいるのに、毛皮が分厚くて大変そうだな」
凜々しくも穏やかなアラスカンマラミュートと戯れるムフタールは、極北でも耐えうる被毛を撫でながら、慣れない環境にいる彼らを労う。
エジプト出身のムフタールも湿り気に辟易させられることが多い、大変さは身にしみて解ってしまう。
「……広光も、そろそろ撫でてやったらどうだ?」
バーニーズ・マウンテン・ドッグを前に広光は緊張しているのか、石のように固まっていた。
「では、僭越ながら」
顔を背けつつ広光が撫でると、牧畜犬らしい逞しい体つきとウェーブがかったなめらかな毛質が掌に伝わってくる。
(「……最高か」)
緩みそうな顔を両手で覆っていると『ばうっ』と催促されるが、尋常ではない歓喜に満ちていた。
「広光も鼻血か?」
「お帰りフィスト……『も』ってことは」
弾(箱ティッシュ)切れした地異を回収してフィストが戻ると、案の定かとムフタールがハンカチを寄越す。
「……フィスト、ムフタール、地異」
かしこまった宏光が集まる視線から顔を背け、
「今日は、感謝する」
短く言葉にする広光に、我に返った地異がやっと立ち上がる。
「もふもふに興奮しちまったが、あいつにも一言いっとかねぇとな」
「良い具合に毛だらけだな、エイジ」
「アルベルトも猫っ毛すごいよ?」
お互い毛まみれだと言い合っていると、アルベルトは思い出したように切りだす。
「誕生日おめでとう。今日は俺が良い思いさせてもらったな」
……疑問符を浮かべるエイジの元に、宏光達もやってきた。
「いたいた、今日誕生日だってね」
「おめでとうな、エイジ!」
ムフタールがジャッカル尻尾でもふっと軽くはたき、地異から有名洋菓子店の菓子箱が渡される。
「あ、昨日じゃなかったんだ!? わーありがとー!」
(「どういう覚え方を……?」)
広光の疑問は深まるが、師走を前に心温まる一年の思い出がまたひとつ増えた。
残すところ六週間と三日――今年の残りも、長いようで短い。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月23日
難度:易しい
参加:12人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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