あなたはアナタに殺される

作者:久澄零太

 月が照らす瓦礫の街。一人たたずむ少女の影一つ。
 神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)は一人、とある戦闘後の廃墟を見つめる。先日の屈辱を噛みしめるように、自然と爪が白く染まっていく……。
「……」
 見切りをつけるように、そっと踵を返した時だった。背後から抱きしめるようにして肩に回された腕と、首筋にかかる吐息。咄嗟に抱擁を潜り抜け、対峙したそこに居たそれは、吸血鬼。
「大人しく食われておけばよいものを……」
「私、生憎カニバリズムを許容する趣味はございませんの」
 厄介そうに眉根を寄せる吸血鬼を前に、紫姫は自分の死を直感した。
(何ですのこの吸血鬼……勝つどころか、逃げきれる要素すら見当たりませんの……!)
 対峙しただけで分かる圧倒的力量差を前に、頬に冷や汗を伝わせる紫姫。その姿を瓦解したビルの上から眺める者がある。
「ふふふ、月夜に捧ぐは乙女の血。さぁ、その命を我に捧げるがよい。貴様に生存の道はない……何故なら、貴様を殺すのは貴様自身なのだからなぁ!!」

「皆出撃するよ、準備はいいよね!?」
 大神・ユキ(鉄拳制裁のヘリオライダー・en0168)の確認に、緊急招集に応えた番犬達が頷く。
「神苑さんがデウスエクスの襲撃を受けるって分かったんだけど、今から行けばまだ間に合うと思う。今回は凶がフォローに入るから上手く使ってね!」
 示された四夜・凶(泡沫の華・en0169)が頷き、ユキはヘリオンに向かいながら敵の概要を語り始める。
「今回の敵は皆の妄想を基にして、配下を作って攻撃してくるの。その影響で、その妄想の持ち主にとって『最強の存在』として、現れるから気をつけて!」
 下手をすれば、八体もの最強の敵が現れてしまう……が。
「でも、この配下は妄想を実体化させたものでしかないから、今回襲撃してくるデウスエクス本体を守ろうとか、そういう意識は全くなくて、しかも本体を倒せば消滅するみたい」
 早い話、配下をいかにスルーして本体を叩くかが鍵になりそうだ。
「もしかしたら、皆にとって越えられない何かが敵として現れるかもしれないけど……絶対に負けちゃだめだよ。だって、それは皆の中の、本当は存在しないはずの敵なんだもん」
 そう、立ちはだかる敵は、自分自身の妄想の産物でしかない。番犬が、自身の想像すら越えられずして、どうするというのか。
「自分自身の心に負けるなんてこと、絶対に許さないからね!」
 めっ! ユキに念押しされて、番犬達は今まさに、自分自身と対峙することになった紫姫の救援に向かう……。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)
ステイン・カツオ(砕拳・e04948)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)
ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)
神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)
ルゴール・ブラッドマン(熱輝求む戦人・e66139)

■リプレイ


「……あなたは嘗て私の空想を、私の若気の至りを用いて、私の故郷を滅ぼした仇。あんな思いを他の方にさせるなど、真っ平御免ですの」
 月明かりをスポットライトに、神苑・紫姫(白き剣の吸血姫伝説・e36718)は眼前で大鎌を振りかざす吸血鬼と対峙する。
「我が名に懸けて、今度は守り通しましょう……!」
「よくぞ言った、紫姫!」
 岩櫃・風太郎(閃光螺旋の紅き鞘たる猿忍・e29164)が降下。虹色に輝く棒を振り回し、門番の如く吸血鬼の前に立ちはだかる。
「風太郎さん!」
「走れ!敵の本体はあのビル近くにおるぞ!」
 風太郎が示した先には、こちらを見下ろす天使のような女。周囲に浮遊する白黒の剣は、いつでも殺せる、という挑発だろうか。
「あんなところに!でも……」
「ぬぅ!?」
 吸血鬼の振るう鎌を風太郎が受けた途端、いともたやすく吹き飛ばされた。
「何でござるかあの怪力!?」
 跳ね起きた風太郎が見たのは花の頭飾りと鋭い牙。肉薄していた吸血鬼の口から潜り込むようにしてすり抜けて、慌てて紫姫を背に庇う。
「まともに打ち合っていては文字通り食い物にされますわよ!」
「無視しろとは言われてござったが、こやつを跳び越えた所で後ろから食いつかれるでござるよ!?」
「大丈夫ですの。私が囮に……!」
 かつての後悔を胸に紫姫が歯噛みすれば、吸血鬼の周囲を業火が包んだ。
「諦めないで!弱気になるなんて紫姫ちゃんらしくないじゃない?」
 ベルベット・フロー(フローリア孤児院永世名誉院長・e29652)は蝙蝠化して散らばる吸血鬼を地獄の吐息で牽制しながら、紫姫に親指を立ててニカッと笑う。
「吸血鬼シキの威光、アタシはしっかり覚えてるんだからね!」
「風太郎さん、気持ちは分かるけど先行し過ぎ……」
 吸血鬼の背後に降下した園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)が心臓を貫く。しかし、手応えの無さにすぐさま飛び退き、得物を構え直す。
「白木の杭でもなければ傷すらつきませんの!?」
「見誤っちゃ駄目だよ、紫姫さん。こいつは確かに強いけど……本体は別にいる。そっちを叩けば……!」
「おやおや、虫けらの周りに羽虫がぶんぶんと……」
「なっ!?」
 紫姫が振り向いた先には、空中に腰かけ浮遊する女の姿。翼がモザイク化しており、夢喰の一種だと見て取れた。
「あの距離を一瞬で……!」
「我が転移能力にひれ伏すがいい!」
「普通にこっそり近づいただけだよね……?」
 皆とは反対側にいた為、丸見えだった藍励がジト目。いたたまれない空気が流れて吸血鬼すらもおろおろ。当の夢喰は真っ赤になってプルプル。
「なんで言っちゃうのかな!?もういいもん!お前ら全員皆殺しにしてやるんだからぁ!!」
 夢見る年頃の少女染みた口調になった途端、番犬達の前に無数の影が立ちはだかる……。


「これは何の冗談だ……?」
 日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)の前で拳を握ったのは、太陽騎士・大神ユキ。
「大神って非戦闘員じゃなかった!?」
 その戦えない女の胸に飛び込んで、KOされたのはどこのどいつだ?
「ふ、俺の人生はおっぱいダイブと共に……」
 最後まで続く前に蒼眞の体はくの字に折れ、空間を水平移動する。拳を叩きこんだユキの幻影は二撃、三撃と拳を重ねて更に加速。瓦解したビルの鉄骨に蒼眞を叩き付けると、胸に両手を当て。
「狼牙」
「やばっ……」
 背筋がヒヤリとした瞬間、胸部に凄まじい衝撃が叩き込まれて意識が飛んだ。番犬としての直感か、はたまた生存本能か、トンボ返りした自我でみたのは、頭蓋を砕かんと跳び上がった白猫。
「うぉおおお!?」
 身動きできない空中で身を捻り、直撃を躱したのは太陽機からの落下の成果だろうか。地面を転がった蒼眞は口元の『血を拭う』。
「ははっ、ダメージ入るのか……くそっ!」
「自分にとっての最強の敵……うちの本性、なの……かな」
 一方、藍励の前に両手をつき、四足の構えで睨みを利かせていたのは、尾が二本になり、猫部位が黒く染まったもう一人の藍励だった。
「もし、そうだとしたら……ううん、そうだとしても。超えなきゃならない。ましてや、うちの大切な仲間を傷つけるっていうのなら……徹底的に、切り伏せるまで、だよね」
 相対すれば分かる。相手は武器を使えないのではなく、使わないのだと。文字通り獣に堕ちた藍励は、その爪こそが最大の武器である。
「妄想の実体化とはまた面倒な手を使われますね。視界の中でうろちょろされてはたまりません」
 ステイン・カツオ(砕拳・e04948)は自らを奮い立たせるためにも愚痴をこぼす様な言い方をするが、その目は光を失い体は震えが止まらない。
「おめでとう!」
「幸せになってねー!」
「ありがとう、次はあなたがね♪」
「なんでこんなものを見せられてるんですかね……?」
 膝をついたステインの前で繰り広げられているのは、誰も彼もが長身の美男美女による結婚式。そのブーケトスは、地底人のステインの身長では届くはずもない。結婚願望は強くも、それが満たされることのないステインにとって、その光景は心を折るには十分すぎたのだ。
「突破そのものは不可能ではないようですが……」
 ユーリエル・レイマトゥス(知識求める無垢なるゼロ・e02403)は逃げていた。知識を求める自分にとって、最悪の敵から。
「そもそも戦闘にならない敵だなんて……性質が悪すぎると思うのですが……」
 回り込んできた重力鎖を感知して、すぐさまUターン。ユーリエルの敵は、彼女を弄ぶように迫ってくるだけだ。なにせ、それは認識しただけで即死になりかねない化物。
「なんであんなものがここに……」
 全身をモザイクで構成された耳の大きな動物っぽい、二足歩行の何かが奇妙な笑い声を上げながらユーリエルを追い回していた。
「あいぇえええ!?」
 阿鼻叫喚とも言える戦場で、風太郎の悲鳴が響く。彼に襲いかかるはグンマの隣の刺客。数多の野菜と鮭を酒粕をすり潰して混ぜ合わせた、吐瀉物風の食べ物をよりによって口から噴射する怪物。
「風太郎さんが汚物塗れに!?」
「落ち着くのだ紫姫!これも立派なご当地料理でござる!!」
「食欲が減退するのですけど……」
「見た目にツッコんではならぬ……ジッサイエグイ!!」
「漫才やってる場合じゃないでしょ!?」
 風太郎のしもつかれを乾かし、吸血鬼を地獄で牽制するベルベット。周囲を火の海に変える中、炎の中を歩く影がある。
「お前……」
「よぉ、会いたかったぜェ?」
 忘れもしない、あの日。かつて顔を焼き払われ、そして仲間と共にその全身を焼き払った男。例えその身の全てが地獄化したように炎でできていても、見間違えるはずがない。
「ガグノバァアア!!」


「自分自身が敵か、まあ大体そうだろうさね……が、ジブンの場合は知らん」
 ルゴール・ブラッドマン(熱輝求む戦人・e66139)は舌打ちを溢し、目の前の影を薙ぎ払う。
「こんなものが、最強?」
 違う。呟いて首を振る。
「本当に必要なのは……」
「がはっ!?」
 ルゴールの足元に蒼眞が転がってくる。既にボロボロの彼を見て、どれほどの相手かと思えば小柄な女ではないか。
「得意技はどうしたんだいや?」
「生憎飛びつかせてもらえなくてね……!」
 からかったはずが、余裕のない返事が来る。見やる先には、求めた『目』があった。
「ヒヒヒ、楽しみにしてたのが来たか」
「お前、まさか……」
 赤黒い得物を構えるルゴールに蒼眞が目を開くが、彼は不敵な笑みを崩さない。
「何驚いてんだわな?所詮幻覚だろう。ならば、あの覚悟に応えてやるのが、あの子に敬意を払う事になるんじゃないかいね?」
「偽者とはいえ、太陽騎士だぞ!?」
 蒼眞とて、殺す気で挑めばどうにでもなっただろう。だが、敵の姿が刃を鈍らせる。その良心とも言える甘さに、ルゴールはため息を溢して。
「お前は、あの子の目を見たか?あれは信念を抱き、覚悟を決めてなお、力に恵まれなかった目だ。魂が熱と輝きを放つ美しい『番犬』だ。それを、元の人物が弱いからと相手にしないのか?」
 気づいた時には懐にあった白猫の拳を得物で受け、貫通してくる衝撃に奥歯を噛み、弾き返すように反撃を振るうルゴール。
「全力でぶっ殺す。それが、本気で俺たちに向き合ってくれた輝きへの、此処にいない本人への礼儀ってもんだろうが!」
 後方へ跳んだユキにルゴールが追従。低く飛ぶ彼女の首目がけて得物を振るい、『すり抜けた』。
「はぁ!?」
「竜爪」
 振るった直後のルゴールの手首が掴まれ、関節が引き剥がされる。
「チィ……!」
 トドメに側頭部を狙い片脚を上げて跳ぶユキと、逆手で首を掴もうとするルゴール。しかし。
「これも礼儀の内、なんだよな……」
 ユキの胴体を蒼眞の刀が貫き、斬り捨てる。血溜まりから目を逸らすようにして、蒼眞とルゴールが配下を突破した。
「ちょっと……修行しすぎたかな……?」
 ズタボロの藍励が苦笑する。対するは傷一つなく、品定めするように目を細める黒猫の藍励。その視線が、脚を喰いちぎろうか、腕を引き裂こうかと泳ぎ、喉目がけて飛びかかるが、猫又の牙が届くことはない。
「お待たせしました」
「凶さん……!?」
 藍励が見たのは、全身刀傷だらけで胸を貫かれる凶の姿。彼もまた、刀を振るう何者かと一戦交えたのだろう。猫又の頭を掴み、一瞬の爆炎。後には何も残らない。
「皆さまは本体を。影法師なら、こちらで何とかします故」
 藍励は口元を押さえていた。その視線の先、胸に空いた穴が地獄化して塞がる彼の体は、もう……。
「お前は、この手で……!」
「この手で何よ?俺から奪った腕で俺に勝てると思ってるわけェ!?」
 竜鱗に似た腕甲を携えたベルベットと、拳が巨大化したガグノバの右腕。両者の轟炎を纏う拳がぶつかり合い、周囲の瓦礫を吹き払うほどの爆風を生みながらベルベットが吹き飛びガグノバが笑う。
「なんで!?同じ力のはずのに……!」
「同じだからだよバーカ!人から盗んだ力のお前と、元々の持ち主の俺。同じ物使ってるなら、どっちが勝つかなんて明白だろうがよォ!」
「グッ!?」
 ベルベットの心の傷を抉る様に、ガグノバの腕が彼女の頭を掴んで吊り上げた。
「顔はもう焼いてるしなァ……」
 スッと、指先が示したのは胸の谷間。
「そのデカ乳に風穴開けてぶっ殺したらいい見世物になるんじゃねぇかなァ!?」
「イヤーッ!」
 炎渦巻くその腕を、風太郎の振るう棒が叩き落として解放されたベルベットが咳込む。
「相棒、助太刀いたす!」
「あのドロドロのオバケは!?」
「吸血鬼諸共凶殿に押し付け……もとい、任せてきたでござる」
 目を逸らす風太郎。後ろで何が起こったのかは気にしてはならない。
「ベルベット様、ご無事ですか!?」
「二人とも……助けに来たはずが、助けられちゃったね……」
 その状況は奇しくも『あの日』に似ていた。
「お前ら……今度こそ全員まとめて」
 怒りに顔を歪ませるガグノバを、ユーリエルが踏みつけて通過。
「私もあの時、ご一緒したのですが?」
「テメェ、何しや……」
 ユーリエルの方を見た瞬間、その背中にモザイクの塊的な何かがぶつかってガグノバをすっ飛ばした。
「皆さま、今の内に体勢を立て直しましょう」
「その必要はないよ……ここで、片付ける!」
 ユーリエルは本体の方へ向かおうとするのだが、現れたかつての宿敵を前に熱くなってしまったベルベットはガグノバへ向かい、ステインが止めた。
「落ち着いてください、あれは幻影でしょう」
 配下をスルーし、本体を叩く。その作戦を番犬達は分かってはいたものの、思いのほか被害を受けてしまっている。現にベルベットは己の過去を乗り越えるべく、ガグノバに挑んでいた。
「……クッ」
 幻影同士でいがみ合うガグノバを一瞥し、ベルベットは背を向ける。今回自分は紫姫を助けに来たのだ。己の過去に向き合って、彼女を救うことなく倒れては本末転倒もいい所である。
「そう、あれは幻影あれは幻影……」
 先行するステインが死んだ目でブツブツ言ってるけど、気にしたら負けだ。


「たった独りの番犬相手に直接手を下さず物見遊山とは、これはまた随分と傲慢かつ臆病なデウスエクスでござるなぁ?」
 ついに対峙した夢喰を前に風太郎があからさまな挑発をかけるが、敵は不遜な笑みを崩さない。
「生み出した配下を使わなきゃ勝てないような臆病さんに負けるはず、ないよね」
 藍励が刀を構え直すと、上空を太陽機が通過する。
「なんで?まだ終わって……」
 見上げて気づいた、あれもまた幻影だと。開いたドアから、叩きだされるようにして蒼眞が射出。
「くたばれぇえええ!!」
 割とシリアス顔で急降下、夢喰いを地面に叩き落とした……のに。
「……ナイスおっぱい」
 何故胸に飛び込んで頬ずりしながら左右から攻め立てるように揉んでるんですかね?
「き……きゃぁあああああ!?」
 ザザザザシュ!!周囲に展開していた全ての剣が蒼眞に殺到。めった刺しにしてなお飽き足らず、新たに剣を生み出し投げる、投げる。
「えっちすけべ変態社会のゴミー!!」
 中二病の皮が剥がれてただの少女ダダ漏れの敵に、ステインが肉薄。咄嗟に振り向いた夢喰の腹を抉り込むような拳を放つも止められつつ。
「あちらですよ?」
「きゃう!?」
 背後から光の矢が直撃。翼を貫きつつ掴まれた手を払い後方へバックステップ。
「神苑さんに受けた恩……返す時です」
 ユーリエルが取り出したのは、かつて工場を襲った機械蜘蛛のデータチップ。青い装甲に挿入すれば、一房だけ銀色だった髪が赤く染まり、両肩と両腰、計四門の機関砲が転送されて。
「『機械蜘蛛回路』起動……対象に鉛弾の恩恵を」
 ゆっくりと回転を始める砲身に、重力鎖の宿る弾帯が装填された。
「……一斉掃射」
 通常、四門もの機関砲を同時にぶっ放せばその反動は計り知れず、とてもではないが当たるわけがない。しかし、蒼眞を殺す事に躍起になり、ステインの不意打ちを食らって脚を止めた今では、話が別だ。全演算回路を姿勢制御に回し、ただひたすらに弾丸を叩きこむ。
「怪我人がいるようだね?」
 ひょこり、顔を出したのはクローネ。風太郎に人差し指を立て、ふふっと微笑む。
「今日は特別サービスだ……一ヒールにつき、ケーキ一ホールで手を貸してあげる。だから安心して、きみが為すべきことを全力で果たしておいで……背中は任せろ、心友」
「こ、心得た!」
 若干震える風太郎だが、己のトラウマと向き合おうとしたベルベットの傷は深い。クローネの描く癒しの陣を甘んじて受け、体勢を整える。だが敵とて黙ってやられるほど甘くはない。鉛弾の雨を剣で防ぎ、虚空に陣を描く。
「私が幻影を呼べるのは一度きりとでも思った!?」
「不味い!」
 最前線にいたステインが止めに入るが、その身を無数の剣に貫かれて沈黙する。そして、再び新たな幻影が生まれようとして、一発の銃弾が陣を砕いた。
「……え?」
「フッ、そう簡単に呼ばせるわけにはいかんのじゃよ」
 物陰から狙撃した括が銃口の硝煙を吹き消し、ルゴールが得物で夢喰を叩き飛ばす。
「違う。他者の妄想じゃあない……お前さんの熱と輝きを見せてくれよ」
 飛行しようとする夢喰いの翼に、意思持つかのように大口を開けた大剣を叩きつけて喰らわせ、撃墜。右腕に地獄を、左腕に黒液を纏わせて、肩の後ろで二つを反応させて小爆発を起こし、拳を加速。
「一発一発殺意を込める!せめて殴り終えるまでぇ……立っててくれやぁ!!」
 左右の拳による正拳連打。狙いも何もあったものではないが、己の腕力に地獄と黒液を炸薬にした高速乱打はユーリエルの機関砲に並ぶ。文字通りの連打を叩きこみ、フィニッシュブローで打ち上げれば、左右に赤き炎と螺旋が舞う。
「エイプ&ファイアーの加速は止まらない!」
「地獄と螺旋の融合進化!」
 左右から同時に叩きこまれる掌底が、夢喰の体内に重力鎖の渦を描く。
「「耐えられるものなら耐えてみろ!」」
「まぁ、耐えさせるつもりもないんだけどね……?」
 拳の反動で離れた二人と入れ代わりに、藍励が刀と大剣の異色の双剣を振るい描くは正八面体。獲物を捉えた氷河のオクタへドロンはピシリ、乾いた音を残して真っ白に染まった。
「風太郎さん!」
「御意!」
「紫姫ちゃん、スイッチ!」
「えぇ……参ります!」
 藍励が風太郎の手を掴んでより上空へ投げ、地上より紫姫は星良とベルベットに送り出され、高速で飛翔。風太郎と並び氷牢の夢喰を見下ろす。
「月並みな言い方ですが、貴方は私の帰り着く場所、そして希望」
 月照らす夜空の下、翼を広げた紫姫は風太郎に寄り添って。
「貴方の全身全霊に私が手を貸せるのであれば、それに勝る喜びはありませんの!」
「ならば共に参ろう、紫姫……我が未来の妻よ!」
 投擲した虹棒は氷牢に突き立ち、紫姫が翼を畳んで手を重ねた二人の背に紫の重力鎖が螺旋を描く。
「「ニルヴァーナッ!」」
 急降下、二人は同時に風太郎の得物を蹴る。
「「アミダ・スパイラルッ!」」
 貫通した武器を夢喰が無数の剣で止めた。虹色の棒と白黒の剣が火花を散らし、拮抗。紫姫と風太郎は、重ねた手をより強く握る。
「「イヤーッ!!」」
 パキン。氷が割れたか、剣が折れたか。貫通した七色の棒は瓦礫の荒野に立ち、それを背に二人は地上へ帰還するのだった。

作者:久澄零太 重傷:日柳・蒼眞(落ちる男・e00793) ベルベット・フロー(未来のミセスフェイス・e29652) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。