紅葉彩るナイトミュージアム

作者:柊透胡

 兵庫県神戸市――港町として有名だが、市街地の北側には六甲山地が横たわる。
 六甲山地の最高峰はその名の通り、六甲山。特にチングルマなどの高山植物の紅葉が観られるのは、山頂付近にある六甲高山植物園ならでは。他にも、イロハモミジ、オオモミジを始めとするカエデ類やブナ、カラマツ、シロモジ、ツツジ類といった様々な種類の紅葉が楽しめる。
 標高の高い六甲山は、市街地よりも1ヶ月程早く木々が色づき始める。紅葉の見頃は10月中旬から11月中旬頃。故に、秋らしく色付いた紅葉をライトアップし、より幻想的な風景を堪能出来る催し――『六甲高山植物園 夜の紅葉散策』も直に終わりを迎える。
 最終日間近の週末の黄昏刻は、高山の秋の訪れを惜しむ人々で賑わいつつあった。
「この程度群れてくれれば充分であるか。では、狩りの時間である」
 植物園内、紅葉美しい樹林区に囲まれた小便小僧広場。その光景の一部が突如変化し、潜伏していた異形が姿を現す。
「ニンゲンどもよ、グラビティ・チェインを我が主に捧げるのだ!」
 緑の鱗にギョロギョロ動く大きな眼。赤黒い長舌を鞭のようにしならせる。カメレオンを擬人化したようなドラグナー『堕落の蛇』。その数、2体。
「……ああしかし、若い女は殺さずにおいてやっても構わんぞ」
 悲鳴を上げた女子大生らしきグループに目を留め、ニンマリと舌なめずり。
「女であれば、生きたまま献上しても、我が主は大いに喜ばれるであろうからな!」
 下衆も斯くやの台詞を言い放ち、堕落の蛇は二手に分かれて人々に襲い掛かる。
 数は少なかろうと、相手はドラゴンを崇める狂信者共。一般人は敵うべくもない。忽ちライトアップされた紅葉は、より凄惨な紅と悲痛の叫びに染められていった。

「……正に人類の敵、というか女子の敵、って感じですね」
「判り易くて、大変結構かと思われます」
 もっふりタヌキ、もといウイングキャットを抱き締めて唇を尖らせるアイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は、記録を見るに既に成人しているようだが……年齢とのギャップを指摘する野暮はせず、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達の方に向き直る。
「定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 神戸市は六甲高山植物園に『堕落の蛇』と呼ばれるドラグナーが現れる。夜の紅葉狩りを楽しもうとする人々に凶行が及ぶ前に、その襲撃を阻止せねばならない。
「紅葉の名所が狙われないか警戒していましたけど……去年は竜牙兵、今年はドラグナーなんですね。ドラゴンの眷属って、紅葉が好きなんでしょうか?」
 ともあれ、アイカの懸念がヘリオンの演算にヒットしたのが幸いして、まだ被害は出ていない。
「ですが、ドラグナーの出現前に避難勧告を行うと、敵は河岸を変えてしまいます。ヘリオンの演算外の事態となれば、被害が更に大きくなってしまうでしょう」
 故に、ケルベロス達は堕落の蛇が襲撃する直前のタイミングで、介入する事になる。
「あらあら、それだと殺界形成のタイミングは難しいわねぇ」
 創の説明に、小首を傾げる貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)。
「殺界形成の効果範囲は半径300m。相当に広範囲ですし、今回は必要ないかと考えます」
「そうね。では、戦闘開始からの一般の方の避難誘導は、わたくしが警備の方と一緒に担当しましょう。皆さんはドラグナーと存分に戦って下さいね」
 植物園内の紅葉に潜伏している堕落の蛇は、一般人の目からは識別不可能だ。しかし、ケルベロスの注意深い索敵であれば、隠密行動中の堕落の蛇の発見も可能性がある。
「堕落の蛇達が人々に襲い掛かるよりも早く発見し、先制攻撃を仕掛けられれば、戦闘も優位に進める事が出来るでしょう」
 出現する堕落の蛇は2体。何れも長い舌を鞭のように使い攻撃してくる。唾液には毒があるようだ。又、周囲の光景と同化する事で、ダメージの軽減を図るという。
「とは言え、戦闘時の偽装能力は一時的なものですし、隠密に特化している分、戦闘力はドラグナーとしては低めです。ドラゴンへの変身も行いません」
 油断さえしなければ、ケルベロスが窮地に陥る事もないだろう。
「死神の暗躍が懸念される時勢ですが、他の勢力も静観している訳ではなさそうです……兎に角、美しい紅葉に紛れて人々を襲うなど、けして看過出来ませんね」
「ええ、六甲山の紅葉は、本当に素敵だもの。デウスエクスに台無しにされるのは勿体ないわ」
 梓織曰く、六甲高山植物園は現在「夜の紅葉散策」なる催しで、園内の紅葉をライトアップし、夜間開放しているという。又、園内のアート作品のライトアップや夜間のみ観賞出来る作品展示を行う「ザ・ナイトミュージアム」も同時開催しているとか。
「堕落の蛇の襲撃時間が夕方なのも、その為でしょうね」
「わわっ、もうすぐ終わっちゃうイベントじゃないですか」
 梓織が見せたイベントのチラシを覗き込み、アイカは期待の眼差しを創に向ける。
「判りました。一仕事の後、散策の時間ぐらいでしたら、融通します」


参加者
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
円谷・三角(アステリデルタ・e47952)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)

■リプレイ

●黄昏の高山植物園にて
 山上なら尚の事、秋も深まれば日没も随分と早くなる。11月半ばにして、17時を前に太陽は沈み、忽ち宵闇が迫り来る。
 ――只今、16時30分。
 黄昏刻の六甲高山植物園、東入り口から小便小僧広場の方向へ歩く影は10人+2体。
(「紅葉彩る中に無粋なデウスエクスですか……」)
 東入り口の目の前にある花畑を越えれば、すぐに樹林区。様々な紅葉や黄葉が目にも鮮やかで、滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)は思わず首を巡らせる。
「しっかりと倒して、皆さんがナイトミュージアムや紅葉を楽しめるよう努めましょう」
「そうですね、珍しい紅葉を見付けたら……皆さんに連絡しないと、ね?」
 何処か悪戯っぽい言い回しで、交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)は少女の大人びた呟きに肯いて見せる。
「携帯電話は……何とか繋がりそうですね」
 一方、電波状況を確認して、アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は安堵の表情だ。真似してスマートフォンを覗き込む、ウイングキャットのぽんずが微笑ましい。
 デウスエクスにしてみれば、通信妨害など朝飯前。だが、今回の敵は隠密行動を得意とする。通信妨害で己の存在を報せる愚を犯していないのが却って幸いだった。
 とは言え、街中ならぬ山中だ。六甲山自体、場所によっては電波状態が良好と言い難い。定番の連絡手段が些か心許ないのは仕方ない。
「アイカさんの割り込みヴォイスの使いどころかもね!」
 懸念を吹き飛ばすような、円谷・三角(アステリデルタ・e47952)の明るい声音。尤も、自身の声を邪魔なく届けられる「割り込みヴォイス」も、本人の声量以上の範囲には届かない。使えるかどうかは……その時の状況次第だろう。
 果たして、小便小僧広場に辿り着く前の分岐で、ケルベロス達は三方に分かれる。紅葉に潜むドラグナー「堕落の蛇」を、襲撃の前に探し出すべく。
(「ブラジルのケルベロス大運動会から帰国したら、ダモクレスのファクトリアの対処にケルベロスハロウィン……合間にこうやって、デウスエクスの襲撃を潰して回っている」)
 今年の秋も中々に慌しい……だが、それもまた良し。ケルベロスとしての多忙を是として、鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は持参したゴーグルの調子を確認する。
「夜の紅葉か……闇に映える紅も良いものだ」
 木々の陰を見透かすように、四辻・樒(黒の背反・e03880)は不敵に黒の双眸を細める。
 ライトアップは17時から。つまりは、敵の襲撃の頃。だが、ライトアップの瞬間を楽しみにした人々で、周囲はそれなりの賑わいだ。
(「折角の紅を、惨劇の赤で塗り潰される訳にはいかないな」)
 闇夜は視覚も制限されるが、時として、明るい場所では解らぬ事も解るもの――忍びの者らしい真理を呟いて。
「それでは、爬虫類退治を始めよう」

●蛇影を探して
 三方に分かれて、堕落の蛇の捜索を開始するケルベロス達。
 ロックガーデン方面から迂回して小便小僧広場を目指すのは、麗威と弓月の2人組だ。
「おっと」
 サーモグラフィゴーグルを掛けてキョロキョロする弓月は、ちょっと足元が心許ない。ふらついた小柄をすかさず支える麗威。
「ありがとう、交久瀬さん……赤外線画像って、ちょっとホラーっぽいですね」
 赤外線画像だと顔や掌は真っ赤だが、頭部や上着の表面は意外と青みが強い。山中故に、周囲の温度も低めのようだ。夜になれば、温度差はより顕著となるだろう。
「あ、傍でライトを点けるのは止めておきますね」
 即連絡が取れるように携帯電話を握り締めるも、まだ周囲に不審は見られない。はしゃいだ様子の女性グループとすれ違いながら、麗威は不自然な影や音、気配がないか、注意深く観察し続けた。

「じゃあ、ぼく達も出発なのです!」
 堕落の蛇発見後の一般人の避難誘導の為、警備の人々と打合せしている貴峯・梓織(白緑の伝承歌・en0280)とお友達のサフィ・サフィに手を振って、元気よく小便小僧広場を後にする仁江・かりん(リトルネクロマンサー・e44079)。その後をミミックのいっぽがちょこちょこついて行く。
「わあ、綺麗ですねー」
「ライトアップは、5時からだっけ。楽しみだね」
 ぽんずを抱き上げ、うっとり歓声を上げるアイカ。カメラを構える三角も同意して――如何にも紅葉にはしゃぐ観光客の風情だ。
 サーヴァント連れ故にケルベロスである事は誤魔化せないが、それでも、仲良しの観光を装い小路を辿る3人。一方で、木の影に違和感がないか目を光らせ、或いは葉を踏む『何か』の音がないか耳を澄ませる。かりんは匂いにも注意を払い、小さな鼻をひくつかせた。
(「連絡は……まだか」)
 ポケットの携帯電話を気にしながら、三角はカメラを覗く。実はサーモグラフィ仕様だが、今の所、目を引くものは見当たらなかった。

「奏兄、樒。あっちを歩いてくるのだ」
 軽やかな足取りで、月篠・灯音(緋ノ宵・e04557)が樹林区に足を踏み入れれば、木々がひとりでに曲がり、歩き易そうな小路を作り出す。防具特徴「隠された森の小路」の賜物だ。
 灯音と樒、奏過の3名は、一般客では通れない植物生茂る区域を捜索する。
 まず、強い光源を使って林間を照らして回る樒。一応、隠密気流は纏っているが、日没迫る林間でライトを照らして回る様子は、遠目からでもよく目立つ。
「こっちも試してみるか、上手く行けば儲けものだ」
 続いてブラックライトも試してみるが、一見では紫外線に反応する不審は無さそうか。
 一方、奏過はやはり隠密気流を纏って木の陰から陰を伝うように移動する。静かな動作を心掛け、音が出そうな装飾品も外す徹底ぶりだ。
「……」
 ゴーグル越しに、漆黒の双眸を瞬かせる。赤外線を測定し、視界の物体の温度を通常画像に重ねた色で表示して見せるサーモグラフィゴーグル――便利ではあるが、極彩色が事物を形作る光景は中々慣れない。その中から奇異を見出そうとするなら尚の事、相当の集中力を要した。
「樒さん、1度ライトを消して下さい」
 傍に光源があれば、どうしても注意がそちらに引きずられる。そろそろ16時50分の頃合いになって、宵闇迫る中で首を巡らせる奏過。そうして、漸くゴーグルの端に捕らえる――木の陰に蹲るような、仄かな暖色を。
 襲撃の予定時刻まで間がない。だが、懐からカラースプレーを取り出す樒の手を、灯音が抑える。
「仲間との合流が先なのだ」
 最愛の人の言葉に否やはない。急ぎ小路まで出るや、即座に彩光弾を撃ち上げる樒。
(「早く集まればそれだけ直ぐ倒せるからな」)
 奏過も携帯電話で連絡し、駆け付けた仲間が全員合流出来たのは――17時になる数分前。
「こっちなのだ」
 灯音の先導で、樹林区に足を踏み入れて程なく。敵の存在を見透かす心算でよくよく目を凝らせば、成程。カメレオンにも似た異形が2体、小便小僧広場目指して動き出している。一斉に身構えるケルベロス達。
「ケルベロスの恐ろしさ、味わうがいいのです」
 次の瞬間、異形の1体へグラビティが殺到した。

●堕落の蛇
 始まりは、奏過の「寂寞の調べ」――薄暮に失われた面影を悼む歌が響く中、闇を映したような漆黒のナイフに雷気を纏わせ、樒の神速の突きが奔る。同時に『銀槍』と銘したライトニングロッドを掲げ、灯音は息をぴったり合わせた一撃を繰り出した。
 麗威も肩並べる前衛に紙兵を撒けば、怯むドラグナー目掛けて、カラーボールが弾けた。思い切り振り被った弓月のピッチングだ。
「美しい紅葉に紛れて、更には女の子達をいやらしい目で見て……とんでもない野郎共なのです! 私怒ってますよ!」
「な、何故それを!?」
「私の百戦百識陣は、総てお見通しです!」
 大きな眼をギョロつかせる堕落の蛇に、ビシィッと鋏扇を突きつけるアイカ。その肩越しに、ぽんずのふっさり尻尾から蔓を絡めたようなキャットリングが飛んでいく。
 グエッ!
 ゆらりとバトルオーラが揺らめくや、三角の拳が音速を超えて敵を吹き飛ばす。見事に敵を真正面から捉えたが、その横顔は些か不満そう。
(「俺も早い所……」)
 アーティスティックなゴッドペインターにとって、グラビティの『演出』はとても大事な拘りだが、汎用グラビティの見た目の大幅な変異はオリジナルグラビティの範疇となってくる。武装も同様だ。
「いっぽ、みんなをしっかりお守りしましょう!」
 ちっちゃな身体でドラゴニックハンマーを担ぎ、かりんは轟竜砲をぶっ放した。いっぽも負けじとエクトプラズムでかりんの動きをなぞっていく。
「あと、なるべく周りに被害を出さないようにですよ。紅葉狩りが出来なくなっちゃったら悲しいですからね」
「……お、おのれ、小癪な!」
 ぜえぜえと青息吐息ながら、辛うじて踏み止まった一方の堕落の蛇が動きを見せる前に。
「あー……カラーボールの目印が無駄になっちゃいそうです」
 肩を竦める弓月の目の前で、再び容赦ないラッシュが堕落の蛇を呑む。
「あ……グ……」
「では、これが私の楽しみです。どうぞ、御覧あれ!」
 弓月が素早く描き上げたのは、『紅葉のだまし絵』。美しい紅葉に隠れているのは、動物であったり乙女であったり。心のままに披露した「幻画技術=偽の知覚」に、堕落の蛇が見惚れるように動きを止めた刹那を――麗威は見逃さない。
「歯ァ食いしばれ……!」
 縛霊手がバチバチと爆ぜる。零式忍者の根幹、心の奥底に潜む怒りを赤い雷に替え、荒々しい大振りが強かに叩きのめす。
「ば、馬鹿な……」
 忽ち崩れ落ちた仲間を見やり、残った堕落の蛇はあんぐりと口を開ける。慌てて、略式を以て周囲に溶け込む偽装で守りを固めるも、破剣具えたケルベロス達に敢え無く見破られる。
「もしかして……ディフェンダーでしょうか?」
「全然庇わなかった癖に?」
「まあ、全部の攻撃を庇える訳じゃありませんし」
「オノレ、ごちゃごちゃと……こ、このままでは、済まさんぞ!」
 速攻で潰えた1体目と違い、それなりに頑丈らしい2体目。かりんを舌で縛らんとするも引き絞る前に振り払われた。ジャマーの位置からアイカが見定めた百戦百識陣の賜物だろう。
「もう、がんばらなくていいですよ。……ぐっすり、おやすみなさい」
 かりんのお返しは、夜の囁き――ふわりと広がる宵闇の天鵞絨は、惨劇の記憶から抽出された魔力。柔らかな夜の女神のぬくもりは、生への執着を薄れさせ死の恐怖を和らげる、呪い。対照的に、いっぽはパカリと大口開けてガブッと食らい付いた。
 ケルベロス達は圧倒的な数の優位を活かして攻撃を重ねていく。それでも、容赦ない集中打に耐えたカメレオンの口が大きく息を吸い、せめてもの意趣返しがゾディアックソード構える弓月を襲う。
「っ!?」
「そう簡単に倒れてたまるか」
 だが、咄嗟に射線を遮り、毒の唾液を浴びたのは麗威。
「今必要なのは速効の癒し!」
 すぐさま奏過は白金のオウガ粒子を放出。麗威の穢れと不浄を祓い清める。
「動かないで」
 忌々し気なドラグナーにアイカが古代語の詠唱と共に雷を落とせば、飛び掛かったぽんずの爪がザックリと。
 グアァァッ!
「お前はもう逃げられない」
 更には、間近より三角がたいたフラッシュは破滅の閃光。心眩ませる映写魔法に、堕落の蛇が身を竦めた次の瞬間。
「伏して願う。戦場に身をおく我が友等に 汝が加護を授けんこと」
 巫術士の祈祷が召喚する。灯音より緋色の焔が舞い上がる。
「出ませ、焔姫!」
 前衛に攻性の加護を齎し、紅蓮は刹那、燃え上がり失せる。クスクスと楽し気な声を残して。
「ならば、私は……ただ、全てを切り裂くのみ」
 愛情たっぷりの助力に感謝の一瞥を投げ、樒は惨殺ナイフを構える。
 ただ切り裂く事だけを追求し続けた結果、辿り着いた己が1つのカタチ――その一閃は、確かにドラグナーを真一文字に斬り裂いた。

●紅葉彩るナイトミュージアム
 バタバタと倒れた堕落の蛇は、2体の骸とも溶けるように霧散した。
「皆、お疲れ様なのだ」
「鞘柄もお疲れ。今日はありがとう」
「首尾よく済んで、何よりです」
 仲間を労う灯音と樒の肩越しに、パタパタと駆けて来るサフィが見えた。梓織の避難誘導を手伝っていた白兎の少女は、かりんと手を繋ぎ合いピョンピョンはしゃぐ。
「夜のぼうけんはわくわくなのですよっ」
 早速、夜の紅葉狩りに繰り出すかりんとサフィを、にこにこと見送る梓織。シャンと伸びた淑女の背中に、アイカはそっと声を掛ける。
「ナイトミュージアム、梓織さんもご一緒に如何ですか?」
 女子の敵を掃討して気分もすっきり。全力で楽しもうと意気込むアイカを見る梓織の眼差しは優しく、柔らかな表情のまま肯いた。
「では、私がお2人をエスコートしましょう」
 奏過も夜路を先導するように加わって、3人はのんびり歩き出す。根元からの照明に、紅が照り映える。特に湿生植物区の水鏡が映す光と彩は、正に幽玄の美しさ。
「夜の紅葉狩り……いい趣がありますね」
「明るい内に見る紅葉も綺麗ですが、夜も素晴らしいです……」
 日が落ちれば高山の空気は少し肌寒く、アイカはぽんずをギュッと抱き締める。
「何とも、幻想的な雰囲気ですー」
「本当に」
 何処か少女めいた仕草で、梓織はほおっと感嘆の吐息。そう言えば、と口を開く奏過。
「貴峯さんのハロウィンの衣装、とても似合っていましたね」
「まあまあ、嬉しいわ。慌てん坊の白兎さんには、同じ感想を返しましょうね」
 クスクスと指先を振る梓織は、フェアリーゴッドマザーが魔法を掛けるようであり。
「アイカさんは、白魔女さんだったかしら?」
「ぽんずとお揃いの仮装で、子供達にお菓子を配ってましたー」
 善き隣人が菓子を配るハロウィンの夜道は、或いは、こんな光景だったのかもしれない、なんて思いながらそぞろ歩く。
「これは皆さんお揃いで!」
 明るく話し掛けてきた三角は、愛用のカメラを手に満面の笑み。
「貴峯さん、紅葉の渋い色合いが似合うね。1枚いいかな? 皆さん御一緒に!」
 ファインダーを覗く彼の眼差しは、一転して真剣そのものだ。
「……ああ、いい景色だ。これはたくさんカメラにおさめなくちゃな」
 記念写真の後、更なるシャッターチャンスを求めて足早に去っていく三角を見送り、奏過は広場の方に弓月の姿を見付ける。麗威を見上げる無邪気な笑顔に、微笑ましげに漆黒の瞳を細めた。

「交久瀬さん、綺麗ですね!」
「こんなに鮮やかな赤になるんですねぇ」
 色とりどりの落ち葉を拾い、麗威に見せる弓月。麗威も夢中で落ち葉を集めて回る。
「僕もこんなに集めました!」
 瞳輝く彼の笑顔は少年のようで、弓月も一緒に楽しくはしゃぐ。
「ほら、これからも地球の彩をたくさん楽しんでください!」
 指さした紅葉は――オオモミジにコハウチワカエデ、サラサドウダン、アカヤシオは、今が盛り。特に足元に広がるチングルマの紅葉は、高山ならではだ。
「それから……交久瀬さん、はぐれないように、手を繋いでもいいですか?」
「勿論」
 大人びていても、弓月はまだ11歳。夜道で女の子を1人にしないように。親子気分の麗威だけど……寧ろ、歳離れた兄妹に見えたかもしれない。

「さて、これでゆっくり見て回れるな」
 綺麗なままの落ち葉を見付けると、つい拾いたくなってしまうのが人の性だろうか。
 紅葉を拾い上げ、照明に翳していた樒は、灯音を見やると微笑みを浮かべて手を差し出す。
「月明りも良いけど、こういうのも悪くないのだ」
 光に照らされる紅葉と樒、どちらも眩しく見えて、灯音も微笑み返す。指を絡めるように握り返すと、引き寄せられた――周囲に人の気配はなく、所謂、姫抱きだ。
「夜の紅葉か、紅と黒が良い具合に交じり合っているな」
 樒は黒、灯音は紅。互いのイメージを周囲の景色に重ねて呟けば、そんな樒の顏を覗き込む灯音。そっと両手で、愛おしげに頬を撫でる。
「きれいなのだ」
 誰がとも何がとも口にせず、木々に手を伸ばしてそっと紅葉に触れた。

 迷子にならないようお手々をぎゅっと繋いで、少女2人とランドルセルが夜道を往く。
(「よるはちょっぴり、こわいけれど……かりんのおてて、あったかい」)
 ほっこりした安心感に、サファイア色の瞳を細めるサフィ。
「わぁっ!」
 黄金の灯のみならず、薄紅や紫、青や緑も。趣向を凝らした光の装飾に、かりんもサフィも目を輝かせる。
「ライトアップされた紅葉、きらきら燃えるキャンプファイヤーみたいですね」
「ちょっとだけ、おとなになったようなきもちですの」
 兎耳を揺らし、背伸びするサフィの仕草が微笑ましい。
「それから……サフィとの初めての冒険の時の、サクラ吹雪を思い出しました」
 はらはらと葉っぱが舞う様は、かりんの金の瞳にはまるで真っ赤な花弁のように映る。
「あの時も今も、サフィは勇敢できらきら素敵で」
「それなら、かりんはずっと、この紅葉みたいですの」
 『はじめてのぼうけん』の時から、強くて、きらきらして……あたたかくて。
「ずっと、かりんに、勇気をもらっていますの。かりんは、サフィのたからものですの!」
「ぼくだって! 憧れのきみと一緒に観る景色は、宝石よりも綺麗な宝物なのです!」
 大好きを確認し合う少女達の間で、ミミックのいっぽは2人の友情を応援するように手旗を振っていた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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