怒れる焔の屍隷兵

作者:七尾マサムネ

 夜の繁華街。
 立ち並ぶ飲食店や居酒屋が活気づく時間帯だ。
 その中の一件……雑居ビルの地下1階にある居酒屋。酔っ払いであふれる店内で、とりわけ酔いの回ったサラリーマン風の男性が、愚痴をこぼしていた。
 その隣に座るのは、黒のドレスをまとった女性。気分を害した様子もなく、男性の言葉に耳を傾けている。
「ったく、何なのうちの上司。部下にはデスクはちゃんと整理しろだの、余計なもの置くなだの言う癖に、自分とこは書類やらでぐちゃぐちゃじゃないの。だいたいね、俺より年下なのに生意気なんだよアイツ!」
 その後もつらつらと並べられる言葉の端々から、漏れ出る怒り。だが、女性……死神アガウエーの狙いは、それにこそあった。
「それに……って、さっきから思ってたけど、この店、注文来るのが遅いんだよ!」
 どん! と勢いよくテーブルを叩いた男性に、アガウエーが手をかざした。
 さんざん怒りの感情を引き出された挙句、サルベージを受けた男性が、屍隷兵へと変貌を遂げていく。
「『縛炎隷兵』。お前と同じ怒りを持つものを襲って殺しなさい。いい?」
 アガウエーの命令に応え、屍隷兵は全身から炎を吹き出すと、テーブルの上の皿やグラスを薙ぎ払った。
 店内が、人々の逃げ出す足音で埋め尽くされるのに、時間はかからなかった。

「大変です、夜の繁華街で、死神が事件を起こすみたいです!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)によれば、今回の元凶は、『炎舞の死神』アガウエー。
 その目的は、生きた人間の魂をサルベージして殺害、死体を屍隷兵にして人々を襲撃する事。
 襲撃を受けた雑居ビルからアガウエーの姿は消えているが、これまでに3体の屍隷兵が生み出された。
 それぞれが別のフロアで客に襲い掛かろうとしており、多くの人が逃げ惑っている。
「無事に避難できた人たちの救護は、警察や消防の人が引き受けてくれていますけど、まだビルの中には逃げ遅れた人がいます。何より、屍隷兵は、ケルベロスでないと対処できません……」
 これ以上の被害が出ないよう、屍隷兵の撃破をお願いしたいというのが、ねむの依頼だった。
 ねむが提示した現場の見取り図は、複数の飲食店が入った雑居ビルのものだ。
 1体目の屍隷兵は、地下1階の居酒屋。2体目の屍隷兵は、4階のラーメン屋。そして3体目の屍隷兵は、1階のカラオケ店で暴れ回っている。
 屍隷兵化されたのは、全員が酔っぱらったサラリーマン。上司や部下といった仕事がらみだけでなく、家族に対する愚痴や鬱憤、怒りの感情をサルベージされてしまったようである。
 各階の移動手段は、エレベーターと階段の2つ。どの階にも飲食店が入っている。
 自主的、あるいは警察などによる避難は進んでいるが、客でにぎわう時間帯である事と、酒に酔った客が多い事が重なって、中に取り残された客も少なからずいるようだ。
 別々の階にいる屍隷兵たちを、効率的に撃破していくには、何らかの作戦があるとよいだろう。
 それから、とねむは付け加えた。
「『縛炎隷兵』って呼ばれているこの屍隷兵は、怒りを発する者を狙って来ます。なので、怒りをぶつければ注意を引き付けられると思います。頑張ってください!」


参加者
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)
花開院・レオナ(薬師・e41749)
リーネ・シュピーゲル(空に歌う小鳥・e45064)
レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)

■リプレイ

●怒りは蒼く燃え
 サイレンの音や光、人々のざわめきを破り、ケルベロスたちは、現場の雑居ビルへとたどり着いた。
 縛炎隷兵が出現した場所は、全部で三か所。ケルベロスたちは、チームを3つに分け、突入を開始した。
 草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)と、リーネ・シュピーゲル(空に歌う小鳥・e45064)、レーニ・シュピーゲル(空を描く小鳥・e45065)の双子の3人は、オラトリオの翼で、4階のラーメン店へ。
 一方、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)、新条・あかり(点灯夫・e04291)、花開院・レオナ(薬師・e41749)ら3人は、1階のカラオケ店へ。
(「怒りを持つ者を襲う敵か、私は普段あまり怒る事がないわねぇ。でも、こういう敵は放っておくわけには行かないわね」)
 他の階に向かう仲間を見送りつつ、レオナが思う。
 そして、君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)とビハインドのキリノ、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は、地下1階の居酒屋へと駆け下りた。
 店内に入ると、既に混乱は広がっていた。テーブルやイスが転がり、グラスや皿が散乱しているのがその証拠だ。
 逃げ遅れた客を追いかけているのは、炎に包まれた人影……あれが縛炎隷兵だろう。
「俺達はケルベロス……皆様ヲ、安全な場所へお連れしマス。落ち着いて、此方へ移動してくだサイ」
 『凛とした風』を使ったエトヴァが、混乱した人々に理性を取り戻させると、入り口へと誘導した。しらふの店員が、酔客のフォローをしてくれる。
「ひっ、ひぃっ」
 恐怖とアルコールのせいか。足がもつれて思うように逃げられずにいた壮年の男性に、縛炎隷兵の手が伸びる。
 だが、そこに眸が怒りをぶつけた。
「ヒトへ向けられル暴力は決して見過ごすことが出来なイ」
 眸を知る者なら、普段はなかなかお目にかかれない感情の表れだとわかるだろう。
「ヘリオライダーの皆さん、俺たちばかりをこんな危険な場所へ送り込んデ……薄給とは身勝手ではないですカ。俺たちケルベロスは命懸けなのに」
 どん! 壁を叩くエトヴァ。本来、怒りといった感情が薄いからだろう、そうした行動はかえってインパクトが強く見えた。
 望みの感情を見つけた縛炎隷兵が、矛先を2人の方へと向けた。
 その隙に、男性を含めた一般人たちが、階段を駆け上がっていく。

●4階
 床に、スープの池が出来ている。
 縛炎隷兵が、我が物顔でラーメン店内を徘徊していた。
 するとそこに、窓から3つの影が飛び込んできた。
「じょーしのばかやろーーー!」
 なんか野太い声が響いた。レーニだ。『割り込みヴォイス』と変声機能拡声器の合わせ技で絶叫したのである。本人の声は野太くない。本人談。
「とうさま心配しすぎ! あんまり危ない事するなとか……レーニはケルベロスなのに!」
 更なるレーニの怒りの声に、縛炎隷兵がイスを蹴って、近づいてくる。
 期待通りだ。
「リーネ達はケルベロスです。デウスエクスはお任せ下さいです。みなさんは落ち着いて階段から逃げて欲しいです」
 アリアデバイスを拡声器代わりに、リーネが残った人たちに呼びかけた。『凛とした風』の力が、人々に秩序をもたらす。
「動けない方の避難を手伝っていただけると助かるのです」
 腰の抜けたラーメン店主を、数人の客が抱え、階下へと脱出していく。
「調子に乗りやがって、どこまでも人間をコケにしてくれるぜ……! 例え怒りや不満だらけでも……コイツらには自分の人生があったんだ、屍隷兵になるまではなァ!」
 この場にいないデウスエクスへの怒りを、率直に噴出させるあぽろ。
 怒りの気配を感じ、縛炎隷兵がふらりと動く。
 もはや怒りの理由すら見失い、ただ暴力的なだけのキックが、あぽろを襲った。打撃に加え、青の炎が傷口を焼く。
「デウスエクスに作り替えられた人間は、もう元には戻せねえ。せめて、太陽の巫女として……太陽神の齎す光で、怒りに塗れた魂を浄化してやるよッ!」
 太陽の如く鮮烈な気合を受け、押し返される縛炎隷兵。
 レーニが、まとっていたオーラを収束させ、あぽろの傷に集中させた。火力は、他の2人が担当してくれる。自分は回復役に。
 レーニの意を汲んで、リーネが突進した。パイルバンカーの発する冷気が、敵の熱気を跳ねのける。貫かれた縛炎隷兵の胸が、ぴきっ、と凍り付く。それは、怒りの炎でも溶かせないものだ。
 3対1。姉妹の連携と、クラッシャーの火力が、みるみる縛炎隷兵を追いつめる。
 そして、あぽろの右手が、バチバチと音を立てる。充填された太陽の力だ。
「喰らって消し飛べ! 『超太陽砲』ッ!!」
 眼前で放たれた極大の焼却光線が、縛炎隷兵を飲み込んだ。
 轟音を伴って出現した極光の柱が、窓を突き破る。
 光が収まった後、縛炎隷兵は跡形もなかった。
 脅威が去ったのを確かめると、リーネとレーニが、同時に窓枠に手をかけた。翼を広げ、他の班の救援に向かう双子を、あぽろも追った。

●1階
「外へ逃げなさい! 護ってあげるから早く!」
 カラオケ店内を回り、戸惑う客に声を飛ばすジークリンデ。
「ケルベロスが助けに来ているから、皆助かる、助けるよ。落ち着いて、パニックにならないように避難してね。足元がおぼつかない人がいたら、フォローしてあげて」
 逃げるタイミングを逸し、部屋に隠れていた大学生グループを、あかりが促す。『割り込みヴォイス』が大活躍である。
 レオナも別のグループに声を飛ばし、この場から速やかに逃げる様に促していた。
 だが、行く手から、縛炎隷兵が姿を現わした。
「安心して、あなた達がこれ以上狙われる事はないわ。私達が上手くやるから」
 そのレオナの言葉は、すぐ現実になる。
「いつまで昭和引きずって『俺、パソコンとか使い方分からんし』とか言ってパソコン関係の操作こっちに押し付けるのよもう平成も終わるわよあのバブルかぶれのクソ上司ー!」
 デウスエクスへの怒りを、仕事のそれに偽装して叫びながら、ジークリンデが鉄塊剣を振るった。縛炎隷兵が怒りに気をとられている間に、斬撃は影のように忍び寄り、その身を裂いた。
 客に反対方向の通路から逃げるよう指示すると、あかりが敵に怒りをぶつけた。
「僕! ご飯食べ損ねたんだけど!! 地下で管巻いてた無能そうなオッサンが店員さんに絡んでたせい! ほんと、無能程よく吠えるって小学校で習った意味が分かったよ!!!」
 怒りを求め、襲いくる縛炎隷兵に、あかりが鎌を投じた。回転する刃は炎のヴェール、そして本体を切り裂いて、あかりの元へと戻った。
「ヴぉぉぉ!」
 縛炎隷兵が、まとった怒りの炎を、ジークリンデに浴びせた。青い焔が、体を焼く。しかし、もとよりワイルド化、あるいは地獄化した四肢だ。これしきの痛み、どうということはない。
「オーロラの光よ、仲間を包み、癒してあげてね」
 レオナが九尾扇を掲げると、輝きのヴェールがジークリンデを覆った。その身を蝕む炎を。即座に鎮めていく。
 次第に追い詰められる縛炎隷兵。だが、こみ上げる怒りに突き動かされるように、腕を無造作に振り上げた。
 その時、陽光の如き輝きに包まれた斧が、敵の腕を立ち切った。収まる光の中から現れたのは……あぽろだ。
「応援に!」
「来たよ!」
 一足早く敵を蹴散らしたリーネやレーニたち4階組が駆け付けたのだ。
「大丈夫? すぐに回復するからね」
 縛炎隷兵の苦し紛れの一撃を受けたあかりに、レオナがウィッチドクターの技を披露した。戦闘中の魔術的治療ゆえ、いささか刺激が強い所もあるが、回復力は確かなものだ。
 耳の動きで元気と感謝を表すあかり。拳に力をこめると、オウガメタル『エルピス』が呼応してそれを覆った。思いっきり、打撃する。全身を振るわす衝撃が、敵の体から炎を吹き飛ばす。
 敵の原動力が怒りなら、ジークリンデの剣に宿るは愛憎。相反する感情から生まれる破壊の力が、怒りの化身を貫く。
 縛炎隷兵の炎がひときわ大きく燃え盛ったかと思うと、全身を飲み込み、塵と化した。
 あかりは、地下……眸とエトヴァの戦況を気に掛ける。残る縛炎隷兵は、1体だけだ。

●地下1階
 居酒屋でも、戦闘が続いていた。
 もう客はいない。遠慮はいらなかった。
 眸が怒りを強く意識すると、普段は炎の吹き出ていない右腕から、碧色の炎が溢れ出した。
「地獄の炎は怒りに反応しテ溢れ出す」
 敵とは質の異なる炎が、剣を包む。大気を熱しつつ、縛炎隷兵の体を断ち切った。
 これまでの攻防で、縛炎隷兵の損傷も激しい。一方のケルベロス側は、守りに重点を置いた事で、ダメージは軽微だ。
 しかし、縛炎隷兵とて、黙って倒されるつもりはない。衝動のまま、しなる腕を叩きつけてくる。
「フォローは任せろ、エトヴァ」
 眸の合図を受けたキリノが、念動でテーブルやイスを操ると、縛炎隷兵に叩きつけた。サンドイッチにされた縛炎隷兵だったが、力任せに調度品を破壊し、拘束を脱する。
 その一瞬の好機を、エトヴァがつかむ。繰り出したキックの『切れ味』は、刃のそれに等しい。敵の炎ごと、相手を左右に断ち切る。
 胸に傷を刻まれた縛炎隷兵が、炎を放った。が、既にそこにケルベロスたちの姿は、ない。
 目論見が外れた事で、更に怒りを増幅させた縛炎隷兵は、でたらめに周囲の壁やカウンターを蹴り飛ばす。
 だが一転、エトヴァが顔に浮かべたのは、微笑み。その表情を見た縛炎隷兵が、途端に動きを止めた。まるで魂を抜かれたかのように、脱力する。これこそ、エトヴァのグラビティのもたらす効果。
 その時には、眸の振るった剣が、敵の頭上に迫っていた。こめられた純粋なる力が、縛炎隷兵を頭頂から両断した。
 眸が剣を引くと、膝を床についた縛炎隷兵は、制御を失い暴れる炎に我が身を焼き尽くされたのだった。
 そこへ、あぽろやレオナたち、他の6人が駆け付ける。
 ジークリンデがすかさず武器を構えるが、既に敵はおらず。獣の如き殺意はやまないが、自らを鎮静化させるように、武器を収める。
「こちらも問題なく片付いた」
 眸が、駆けつけてきたあかりを、安心させるように言った。
「3人なら大丈夫だと思ってたけど、よかった!」
「あかり殿も無事で何よりデス。皆さんのおかげですネ」
 仲間たちに感謝を告げるエトヴァ。
 各チームの奮闘を労った後、レオナたちが、各階を廻り、破壊された箇所をヒールする。
 ずいぶんと壊してくれたものだ。こんなに暴れて、人々をおびえさせてしまったら怒りもなにもないでしょうに、と思うレオナである。
 屍隷兵が、怒りに任せて無駄に暴れ回ってくれた箇所も、徐々に修復されていく。
 リーネのヒールの歌が、店内に響き渡る。屍隷兵となった人たちが安らかに眠れるよう、祈りを込めて。
「いくら文句を言ったって、もう二度と家にも仕事にも戻れないなんて、きっと思ってなかったと思うです……」
「……さっきはああ言って怒ってみせたけど、我儘言っちゃうこともあるけど。それでもレーニはとうさまが大好きよ。屍隷兵にされちゃったひとたちも、ちょっとスッキリして明日は笑顔になりたかっただけのはずなのに……ね」
 リーネと一緒にヒールを終えたレーニは、平静を取り戻したビルを見上げ、つぶやく。
 怒りや戦いの熱を払うように、夜風がケルベロスたちを撫でていった。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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