挽歌

作者:東間

●始まり
 近隣に建ち並ぶマンション、アパート。中学校や高校。更に駅直結型。
 人が集まるのに十分過ぎる要素を備えたショッピングモールは、学生や仕事帰りの人々も加わって賑わっている。
 夕飯の買い出し。遅めの外出。買い物帰り。友達との放課後。
 誰もが『いつもと変わらない今日』を過ごしていた。
 警報が鳴り響くまでは。
 血相を変えて走り始めた人々。何かを叫ぶ警備員や、店のスタッフ。突然慌ただしくなった気配に、コーヒーショップで勉強していた少女はイヤホンを外し、騒々しさに肩を跳ねさせた。
「……火事かな?」
 広げていたノートや教科書を鞄に押し込んだ瞬間、通路と店内を隔てる硝子の壁いっぱいに蛸の足が貼り付いた。
「──え」
 蠢く足の隙間からは牙を剥いた獣達。その上にいた白──異形の下半身を持つ女が、嘲るように少女を見た。その時。
「く、そ、があああああッ!!」
 女の下半身に買い物カートの『列』がぶつかって。また、怒声。
「何してんだボケ谷!!」
「さ、さかし、たくん、」
「とっとと走れ! 死にてえのか!!」
 カートをぶつけた少年が本気で怒鳴った所で、少女はようやく動き出せたらしい。
 躓きそうになりながら逃げていく姿に向けられた、小さな『遅ぇんだよ』に、女がひどく愉しげな様子で耳を傾け──ぬるりと嗤う。
「その勇気、気に入った。われら姉妹の計画の為、お前の勇気サルベージさせてもらう」
 ひゅ、と足がしなった瞬間、少年の頭は一瞬で吹っ飛ばされた。
 鮮血噴き上げる死体が異形の存在に変わると、女は『ウツシ』と呼びかけ、目を細める。
「おまえと同じ勇気あるものを殺して、私達に捧げなさい」
 そして異形が動き出す。
 悲鳴は、止まない。

●挽歌
 『暗礁の死神』ケートーによる新たな事件を告げたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)の口が開いて。閉じた。
「……事件が起きるのは茨城県内にあるショッピングモールだ。避難した人達の救護活動には警察と消防が当たってるけど、施設内には逃げ遅れた人達がいる」
 逃げ遅れただけなら警察や消防に任せればいいが、3体の屍隷兵がそれぞれ別の階をうろついては暴れている為、彼らは手が出せない。
「だから、『これ以上』の被害が出ないうちに撃破して欲しいんだ」
 ショッピングモールは楕円を描くような3階建てで、メインゲートは駅に近い南側。
 吹き抜け構造になっている1階は、吹き抜け部分がそのまま通路として使われている為、充分な広さがある。構造上、2階と3階の通路は1階程の広さはないが、戦うのに支障はない。
「まず、1階北側……奥にあるスポーツ用品店のバックヤードに従業員と客が数名。ケートーが南側に現れた影響か、外に出るのが遅れて、それで身動きが取れなくなったのかもしれない」
 2階中央にある時計店のバックヤードにはスタッフ3名。
 普段なら通路からそのまま店内に入れるのだが、今は鉄格子が隔てている。うっかりボタンを押すなどしてセキュリティを作動させてしまい、出られなくなった為にバックヤードに隠れたようだ。
 そして、3階北側のゲームセンターには高校生4名とスタッフが1名。
 彼らは店の一番奥、リズムゲームコーナーにズラッと並ぶ筺体の陰で息を潜めている。
「最初の屍隷兵が作られたのは1階南だ。ゲームセンターってかなり賑やかだから、警報の音で騒ぎに気付くのが遅れた可能性があるね」
 各階の移動には、警報作動の影響で停止したエスカレーターを使うのがいいだろう。
 逃げ遅れた人々を救う為、それぞれ別行動を取る屍隷兵をどうするか──どう戦うかが鍵になるのだが、ウツシと呼ばれる屍隷兵達は『勇気ある者を探し、殺そうとする』性質を持っているらしい。
「つまり、君達ケルベロスが勇気を見せれば向こうは君達を優先して襲う筈だ。そこを利用すれば被害を抑えられるかもしれない」
 最初に殺された少年は、ケートーの目の前で勇気ある行動を見せた。
 知り合いらしい少女を救う為、単身でケートーに買い物カートの列をぶつけて。
 そして。
 ラシードは、す、と息を吸って、吐く。
「……頼んだよ。君達なら、きっと大丈夫だ」


参加者
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
火岬・律(迷蝶・e05593)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
宝来・凛(鳳蝶・e23534)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
ココ・チロル(箒星・e41772)
神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)

■リプレイ

●守りの牙
 その低い音は、来訪告げる雷や、ライオンや虎が鳴らした喉の音に似ていた。
 そちらへ向かったココ・チロル(箒星・e41772)と鉄・冬真(雪狼・e23499)の前方を、右側店舗から吹っ飛んだ何かが横切り、向かいの店舗に突っ込んだ。
 中の商品を巻き込み転がったのは、鋼と電子機器が詰まったそれ。通路の真ん中にあったと思われる案内図。大きいそれは、到底人力でどうにか出来る物ではない。
「グルル……」
 ペタッ。ズシン。ペタッ。ズシン。
 人の足と爬虫類、異なる2本の足。店舗から顔を覗かせた、人の名残持つ竜のような異形。真っ赤な舌を垂らした口と誰かの『頭』が此方を向いた瞬間、冬真は拡声器を口に当てた。
『大丈夫、必ず助けます。ですから、そのまま身を潜めていてください』
 拡声器を通して発した声はBGMとアナウンスの絶えたモール内によく響いた。これなら、今いる場所から数メートル後ろにあるスポーツ用品店──その更に奥、バックヤードに潜む人々に届いただろう。
 そして恐れも逃げも見せない3人の『勇気』は、目の前の青い異形に。
「必ず、食い止めて、みせます」
 屍隷兵にされた誰かの勇気。それだけでも、守る為。
 ココの瞳に決意が浮かんだ瞬間、ウツシが獣のように四肢を使い、商品を弾きながら飛び出してきた。暴風じみた勢いの爪を受け止めた冬真の腕は深く抉られ、4本の赤い傷跡から溢れた血がボタボタと通路を濡らす様にココはハッとするも、すぐ対応する。
「美味しく、召し上がれ」
 生成した治癒丸薬が冬真の手にパシリと収まり、炎纏ったバレがウツシに突っ込んだ。
 バレを捕まえようとしたウツシの手が空を切る中、冬真は口に含んだ丸薬を飲み込み、まろやかな味わいと癒しに感謝を伝え、そっとダイヤ輝く指輪に口付ける。
「これ以上悲劇を起こさせない」
 守りきる。この力と命は、その為に。
 他の階に向かった仲間達が来るまでの間、此処で耐え続けるべく巡らせた力は、癒しを展開する黒鎖。
 1階を選んだ3人の意志を噛み砕こうとするかのように、ウツシが咆吼と共に大口を開けた。

●いざなう牙達
 3階に向かったケルベロス達は、迷う事無く北側にあるゲームセンターを目指していた。時折聞こえた破壊音の方に向かい──見付けたウツシの姿に、ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)は心を痛める。
「最初の彼を助けられなかった事が悔しいな。……いや、それだけではないのか」
 あそこにいるウツシも勇気を示した『どこかの誰か』。
 だからこそ。
 決意込めた瞳が、ウツシの頭部から覗く『誰か』の目とかち合う。
「これ以上、誰も傷付けさせない」
「あぁ。これ以上はやれねぇなあ。ンなに欲しけりゃ、オレを排除してみな」
 キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)も堂々とウツシの前に立てば、ウツシが低く唸り、腕を振る。その拍子に鋭い爪が壁に触れ、爪痕を刻んだ。コンクリートではなく粘土に触れたかのように、いとも簡単に付けられたソレ。
「ここで終わらせなければならないな」
 向かってくる姿にウリルは改めてそう口にし、アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)が言葉を重ねていく。
「勇気ある者を殺すとか……勇者を倒す魔王にでもなったつもりか?」
 所詮弱いものイジメしか出来ないのか。違うのならまずはこの『番犬』を踏み越えてからにして貰おうか──そう言って。そして。
「そのまま隠れているように!」
 張り上げた声は、自分達の後方、何メートルか先で稼働音を賑やかに流すゲームセンターへ。キソラもウツシを見据えたまま無線マイクを手にし、
「俺らはケルベロスだ。絶対ぇ倒す、じっとしててくれ」
 一般人の命を最優先にすると言葉に滲ませ、無線マイクを『残骨』に持ち替えて即、向かってきたウツシの頭目がけ竜砲弾を撃った。着弾音が轟き、空気が震え──。
「グルオオォォッ!!」
 大波となって襲い来るウツシの咆吼。飛び出したアルシエルは『守る』という事の慣れ無さを覚えつつも、やるからには全力でと紙兵を放った。
 加護もたらす紙兵の向こうからウリルも光弾を迸らせ、与えられた違和感にウツシが唸り声を上げる。それでも与えられた役割──勇気示した者を殺そうとアルシエルに飛びかかってきた。
 肩に食い込んだ牙は肉も骨も噛み砕こうとする。だが、突如片腕で起きた爆発にウツシは悲鳴を上げ、アルシエルを解放した。
「どうした、たった一発だぜ? ほら、こっちだ!」
 キソラが煽るように笑みを浮かべれば、ウツシが唸りながらそちらを見る。その頭に照準合わせたウリルの一撃が光となって迸り、一気に熱を奪っていく。
 自身の傍に瑞獣麒麟を喚び、一気に傷を癒したアルシエルは2人と視線を交え、戦いながら徐々に場を移していった。始めはゲームセンターを後ろに庇う形。目指す先は──吹き抜けの近く。
 そして、此処ではない場所から響く音は、他の階で戦う仲間達のものに間違いない。
 そんな中、階下から声がした。

 ──時間はやや遡る。
 最短経路を選んだ火岬・律(迷蝶・e05593)と、神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)は一気にエスカレーターを駆け上がり、宝来・凛(鳳蝶・e23534)は翼猫の瑶と共に翼を広げ2階に至っていた。
「……あっちやね。急がんと」
 凛は捉えた音の方へ向かい、視界に飛び込んだ青い後ろ姿に唇を惹き結ぶ。右目から溢れる焔が震えるように揺れた。
 甚九郎もウツシの姿に目を見開く。あれが。これが、屍隷兵。
(「……許せるかよ、こんなの!」)
 だが、燃え盛る感情よりも先にぶつけなければいけないものがある。拡声器を掴み、思い切り息を吸った。
『ちょっと待ったぁ!』
 バッ、と振り返ったウツシの頭部にくっついているのか。生えて、いるのか。どちらか判らぬ誰かの頭に一瞬言葉が詰まる、が。
『ケルベロス、到着! こっから先には行かせねえ! お前の相手はオレだ、かかって来い!』
 自分達の後方には、起動したセキュリティによって閉じこめられ、結果的にウツシの視界から守られている時計店がある。凛は2人と共に足を止め、ウツシの片腕──肘から先が人のものとなっているそこを見つめた。
「誰かを助けようとしたその手が、誰かを傷付けんように──この先には通さへんよ」
 此方へと歩き始めたウツシがその速度を上げると、律は手入れの行き届いた靴から星の輝きと圧を溢れさせ、蹴撃を叩き込み──。
「グガアアォッ!!」
 全て震わすような咆吼に、着地と同時壁を蹴って凛の前へ飛び込んだ。
「おおきに! 瑶、うちらも行こか!」
「ニャッ!」
 縛霊手で殴りつけてすぐ霊網を広げ、暴れる巨体目がけ瑶も尾の数珠輪を放つ。すると巨体がふわり浮かび、「オラァッ!」という甚九郎の気合いと共に投げ飛ばされた。
「一気にってのは難しいか……けど、行けそうだぜ!」
「では、作戦通りに」
 律の精神がウツシに『触れ』て爆発し、甚九郎が流星の蹴撃を見舞う。筋肉隆々のウツシ相手でも、律が用意した怪力無双は役立つ筈。せやったら、と凛はウツシに月の斬撃を刻み付け、言った。
「もっと北に行った方がええね」
 提案に2人は頷き、遠慮無く仕掛けていく。
 上、そして下の階から聞こえてくる戦いの音。ウツシの咆吼。どちらもここより奥、北側から響いている。合流時の事を考えるとそうするのが最善だった。そして。
「今だ!!」
 ウツシを『気』で掴んだ甚九郎が声を上げ、投げ飛ばす。落ちまいと抗うウツシの、巨木の幹に似た足を律が捕らえた。
「少なくとも……」
 纏う物の力を借り、両腕回した足を持ち上げる。ギアア、と声上げるウツシの頭部。そこから見える、誰かの、顔。
「身を挺するに関して、ケルベロスを生業う我々がこれ以上出遅れる訳にはいきません」
 ウツシの状態に、凛は拡声器を掴む。3階と1階にいる仲間達に届けと息を吸い、
『落とすよ!』
 声を、響かせた。

●葬送
 つるりとした台に肉塊を叩き付けた時の音。
 それを何倍にもしたような音が響き、その後に、似たような音がもう一度。
 落ちてきた2体にウツシがけたたましく吼えると、落とされた2体がグルルと唸りながら起き上がるが、ココはバレと共に素早く駆けると負傷の激しい個体に獣拳を叩き込み、進路を塞ぐように立つ。
「進ませはしません、被害を出させも、しません!」
 激しいスピン攻撃を繰り出したバレの後、冬真もココの拳受けたウツシへと精神を注ぎ、爆発を起こす。そして戦う相手が増えた事で沸き上がるのは、謝罪と誓い。
「助けられなくてごめん。君の意思を受け継ぐ為、最後まで力を尽くし戦うよ」
 ヒールに重きを置いて1体と戦っていた所に、2体。自分達だけであれば厳しくなるだろう。だが。
「待たしてゴメン! そんじゃ、改めて」
 空中をクッションにするように降りたキソラが1体に氷炎の地獄を宿らせた。
 ごう、と上がった炎嵐が呑む間、共に舞い降りたアルシエルのオーラがココの傷を禍諸共癒し、ウリルもエネルギー光弾を見舞っていく。
「大丈夫か」
「は、はい、ウリルさん達も……!」
「2階のみんなも、大丈夫そうで良かった」
 甚九郎は冬馬へ無言の頷きで応えた後、尾の動きや咆吼で苛立ちを滲ますウツシ達を見つめた。
「どいつが『さかしたくん』だかわからんが……お前が守りたかった子は無事だそうだ」
 決して叶わぬ相手に向かった勇気を無謀という者もいるかもしれない。それでも、化け物相手に立ち向かった3人は、本当の『ヒーロー』だと、そう思う。
 3階から落とされたウツシがふわり浮き上がる。暴れても体を掴んだ『気』からは逃れられない。投げ飛ばされた先で完全に力尽きたか、巨体のあちこちにある『口』から赤い舌がだらりと垂れたまま動かなくなる。
「グルッ……!」
 低く鳴いた2体よりも律の方が速かった。
 ひゅ、と空を切る音がした直後、落ちる流星の如く突き刺った蹴撃にウツシが吼える。ゆらり立ち上がる巨体。だが男は1歩も引かなかった。
(「……『勇気』」)
 それは、塵芥の如くこの世に在る無数の定義。変容する波の中で人と共に古くから息づく信仰、そのひとつ。
 永い時の中でそれは使い古され、変じても、それでも価値が無い訳ではなく。意味が無い訳ではなく。それが良いか悪いか。幸か不幸か。それも含め人の命に価値があるように、人の生き様にも価値が、意味がある。
 少女を救おうと立ち向かった少年も、そう。紛れなく、真のもの。
(「だというのに」)
 目の前の青い異形。僅かに残る人の名残。怒りか、落胆か──燃えた血が『引くな』と命じるのなら、その通りにするだけだ。
『グルオオオォォォッ!!』
 純然たる殺気こもった咆吼が重なり、轟く波となって前衛に襲いかかる。
 その身を盾にしたアルシエルとココの状態を見て、凛は瑶の名を呼ぶと同時にウツシの懐に飛び込み──誰かも知らぬ顔を見て、表情を歪ませた。
(「……嗚呼、御免ね。間に合わなんで。元に戻してあげられんで」)
 過去と重なる惨劇に右目から溢れる焔が烈しく揺れる。目が、熱い。
「詫びても現実は変わらんけど、せめて――せめて、貴方達の遺志は、貴方達が救おうとしたものは、うちらが継いで成し遂げるよ」
 無情な輩の手駒のままにはしない。
 悲劇は此処で幕引にする。
「……お休み」
 ウツシの腹深くへと拳を沈めれば、分厚い筋肉が裂け、骨を砕いた感触。
 つんざくような悲鳴が響き、くの字になったウツシにばらりと開いた霊網が掛かる。それと共に巨体が倒れていったのと同時、ココは残る1体へ目がけ、バレと共に攻撃を繰り出した。
 最後の1体。ウツシにされた、どこかの誰か。これで終いにする為、アルシエルは皆が戦えるようにと紙兵の群れを解き放つ。
 白燕のように舞う紙兵が前衛を護るその向こう側から、どう、と迸ったエネルギー。ウリルの見舞ったそれがもたらしたモノが何か、ウツシは本能で感じたのだろう。己の手や爪を確認するような仕草を見せ──その眼前に、黒塗りの刃が閃いた。
「恨んでくれて構わない……だからどうか、苦しみも悲しみも、全て置いていって」
 代わりに僕が背負うから。
 ウツシが静かに眠れるよう、冬真は『哭切』でウツシの喉元を貫いた。悲鳴は聞こえなかった。きっと、音にならなかったのだろう。だが、僅かに残る体力を、命を爪にこめようとしたか。竜の腕が動き──止まる。
「よぉ。誰かサン」
 竜の頭、その片側を隠すような、そこから生えてるような誰かの顔。虚ろな目。
 キソラが勇気が故の犠牲、その皮肉に重なり見たのは、体の一部を奪われ成り損ねた『いつか』の自分。だが今は。今この瞬間は、悔恨痛み殲滅の誓い全てを飲み込んで。
「その勇気をオレに、預けてくれ」
 青い炎嵐で喰らい、還す直前。
 キソラは、ウツシの頭部に顔を覗かせていた誰かが、自分より年下の少年に見えた。

●いたみ
 全て終わった後、ウリルは安堵を胸にゲームセンターへ向かった。奥に足を進めれば、筺体の陰で気丈に待っていてくれた青少年達が見え、表情を和らげる。
「もう心配はいらないから」
 途端、わっと上がったのは喜びと、死に瀕した状況から解放された事で溢れた恐怖が混じったものだった。
 互いにしがみつき、わんわん泣く彼らをウリルが介抱していた頃、律も2階時計店の鉄格子を斬っていた。状況が状況だ、手順を踏むよりこの方が早い。それに、後ほど必要機関に連絡を入れれば新しい物が届くだろう。
 バックルームの戸を叩いて声をかければ、3名のスタッフは緊張とストレスによる疲労を見せたものの、全員怪我もなく感謝の言葉を繰り返した。
 1階スポーツ用品店のバックルームにいた人々も無事が確認出来、外に待つ警察や消防の元に向かう彼らを見送った冬真は、ヒールを終えた現場で膝を突く凛に気付いた。弔ってるのだと悟ると、そっと離れていく。
「貴方達のお陰で彼女達は無事――」
 3名の一般人が見せた勇気に敬意を寄せて。
 どうか、どうか、安らかに。ただそれだけを祈る。
 戦闘後、ウツシ達の体は消え失せていた。
 骸のあった場所をじっと見ていたキソラの隣に、甚九郎が立つ。
「初めての、救えない命だった」
「……あぁ」
「……守れる命ばかりじゃないって分かってる」
「……あぁ」
「それでも! ……それでも、やっぱり助けられないのは悲しいし、悔しい」
 強く、なりたいな。
 零れた願いは何もない床に落ちた。
 けれど、同じ場所に「あぁ」と、声が降る。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 3/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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