ミッション破壊作戦～偽りの教示者

■リプレイ

●一
　降下ポイント接近を告げるブザーが鳴り響いた。
　充填されたグラディウスを手に、光宗・睦（上から読んでも下から読んでも・e02124）がヘリオンの窓から見下ろすのは、山間に展開されたバリアが覆う敵拠点。
　島根県隠岐島、ビルシャナ『ディマンシェ』の強襲型魔空回廊だ。
（「今度こそ……あの回廊を壊してみせる！」）
　偽りの希望をうたう闇の歌姫を、必ず倒す。取り戻した歌声と共に――そう決意して顔を引き締める睦の横では、次第に近づく回廊一帯をダリル・チェスロック（傍観者・e28788）が注意深く観察している。
「地形に大きな変化はなし。撤退ルートは前回と同じで良さそうですね」
　敵の警備はそれなりに厚いが、スモークがあれば撤退は問題ないだろう。道中で遭遇するであろう強力な個体を除いては、だが。
「ディマンシェは強敵です。迅速な決着を目指しましょう」
「了解だ。しかし菩薩累乗会といい、よくよく島根も鳥連中に好かれたもんだな」
　岡崎・真幸（花想鳥・e30330）は苦虫を噛み潰した顔でそう呟いた。
　島根を含む中四国を自分の縄張りと考える真幸にとって、そこを我が物顔で荒らす存在は許し難い。この回廊も『あの時』に潰せていたらと、小さな後悔を真幸は感じていた。
「グラディウスは領域離脱まで各自で所持……と。初めてだし、色々気をつけなきゃね」
　リリベル・ホワイトレイン（怠惰と微睡・e66820）は、撤退時の注意事項を確認すると、楽観的な口調でウイングキャット『シロハ』を撫でる。
「まあ、大体は何とかなるさ。死を強いるビルシャナなんて、さっさとやっつけよう！」
「ええ。歌で人の命を奪うなんて……絶対に許せないわ」
　声を微かに震わせて頷いたのは、リリー・リーゼンフェルト（耀星爛舞・e11348）だ。聖王女の奇蹟をその身に降ろしたパラディオンたる彼女には、ディマンシェの所業は命も歌も冒涜する行為に映るのだろう。
　そんなリリーに、睦が同意を示す。
「頑張ろう。ディマンシェの歌を、さっさと止めてやらなくちゃ！」
　グッと拳を握る睦。それと同時に降下ポイント到着を告げるブザーが鳴り響き、ハッチが勢いよく開放される。
「おお、見える。あれがそうか、生死同然の歌好きの糞鳥共とやらは」
　魔空回廊の周辺に展開する精鋭部隊のビルシャナ達を、ユグゴト・ツァン（パンの大神・e23397）はどこか愛おし気に凝視していた。己以外の存在を例外なく我が仔と認識する彼女にとって、人とデウスエクスは垣根なく愛しい存在だ。
　だが、他の仔等を平気で傷つけるような存在となれば、話は別。
「可愛い仔とて、度が過ぎた欲張りはお仕置きするのが道理で在る」
　降下の準備を終え、物騒な笑顔で回廊を見下ろすユグゴト。
　同じく準備を完了したミリム・ウィアテスト（リベレーショントルーパー・e07815）は、クルッと回したグラディウスを手に、降下の態勢に入る。
「誘惑の歌声で、人々を自死に誘うビルシャナ……放置してはおけませんね」
「だな。ブッ壊し甲斐がありそうだぜ」
　拳を鳴らす尾方・広喜（量産型イロハ式ヲ型・e36130）がミリムにニッと頷いた。
　ディマンシェが唱える死の歌に、今日こそ幕を下ろすのだ。
（「己の手で命を絶つのはあなたの方です、ビルシャナ！　その口も喉も、マイク共々ぶっ潰してやりましょう！」）
「皆、よろしくなっ。いっちょ派手にいこうぜ！」
　こうしてミリムと広喜を先頭に、ケルベロスはヘリオンを降下し始めた。

●二
　魔空回廊のバリアが瞬く間に大きくなり、８人の眼前へと迫る。
　障壁を隔てた先、洞窟寺院の奥から漏れ聞こえるディマンシェ達の歌声をミリムの獣耳は捉えていた。
「『結末は決まっている、だから命を自ら絶て』など、ふざけた事を言うビルシャナです。これから先の運命などまだ決まってません！」
　怒りで声を震わせて、ミリムはグラディウスを光る楔と成し、バリアへ突き刺す。歌声をかき消すような魂の叫びを込め、ミリムは一気に力を解き放った。
「生きて次代へと想いを渡すのがヒトの責務。それを阻む事は、私達が許しません！　戯言ぬかすビルシャナの拠点なんかさっさと壊れてしまえぇええ！！」
　降り注ぐ爆炎と雷光に逃げ惑うビルシャナ。広喜はそれを見下ろし、口を開く。
「確かにヒトってのは定命で、弱くて、すぐ壊れちまう。俺もそいつはよく知ってる、壊す側だったからな。でも――どいつも生きてた。生きようとしてたんだ」
　故に、広喜は否定する。生の営みを無意味と断ずるディマンシェの教義を。
　彼の誓いのため、そして彼の贖罪のために。
「だから――壊れるのは、てめえだ！」
　咲き乱れる爆炎が、赤黒い色で回廊を塗り潰していく。続いて降下してきたのはリリーとユグゴトだった。
「苦しみは捨てるモノじゃない。昨日の自分に負けない様に、己を奮い立たせる源！　死は救いなんかじゃない。今日より明日を強く生きる為、命を輝かせる力！　命は自ら絶つモノじゃない。明日より先へ未来を繋ぐ、金色の意志！」
　歌を悪用する者への怒りを叫びに変えて、グラディウスを振り下ろすリリー。
　遅れじとユグゴトも、呪言めいた文句で紡ぎあげた叫びを叩きつける。
「その悪しき結び目を……断ち切る！」
「我こそが愛に溢れた生命の根源で在り、地獄のような楽園の黒山羊だ。貴様等専用の奈落を用意してやろう。飛行すらも嘲笑う、悪魔の眼を視認せよ」
　二つの刃がバリアを切り裂き、亀裂を生じさせ始めた。爆炎と煙に覆われた回廊から時折聞こえる断末魔に、ユグゴトはニヤリと昏く笑う。
「失せろ。貴様等に神佛は要らない。冒涜は冒涜され、悪は真なる幸福に融ける。死を齎す救世の鳥など急逝せよ。仔を脅かす存在は絶対に許せない」
「見ろ！　ビルシャナがゴミのようだ！　――とまあ、おふざけはこの辺にして」
　自死を誘う歌声をかき消すすさまじい爆炎と雷光の中、リリベルは妙に高いテンションを切り替えて、真剣な表情で剣の柄を握りしめる。
「自分の人生、自分で選択してこそ楽しいもの。まして、生きるか死ぬかの選択なんて一番大事なとこだ。それを誰かに強制されるなんてサイアクだね！」
　人の自由を奪い、死を強制するビルシャナの行いを許すわけにはいかないと、己が叫びをグラディウスへと込めて叩きつける。
「みんなが楽しく自由にお気楽に生きられる明日の為に。ここはひとつ、私も頑張ろうじゃないかッ！」
　度重なる攻撃を浴びた回廊一帯はスモークに包まれ、その状況は空からは全く見えない。だがそんな事などお構いなしに、ダリルが更なる追い打ちを加えにかかった。
「死は救いなどではない。死が救いであることなど無い」
　かつて葬儀屋であり、墓守であったダリル。数多の「死」に関わったであろう彼もまた、ビルシャナの教義を否定する。静かに、簡潔に。
「それは相反し、故に生のある事は重い。だからこそ苦しく、そして価値がある。その価値を踏みにじる存在など、私は決して許さない」
　ダリルの生み出す炎と雷が、次々に回廊へと降り注ぐ。地上を満たすスモークはますます濃くなり、バリアの中を白一色へと変じさせていた。
　きっと今頃、回廊の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎだろう。豆鉄砲を食らったようなディマンシェ達の間抜け面を思い浮かべ、口を開いたのは真幸だ。
「また下らねえ教義垂れ流してんのか。生きるか死ぬか、それは本人が決める事だ。強いて死なせても救いになどならん……つーかな」
　真幸は一旦言葉を切ると、カッと目を見開く。
「どんだけ島根に回廊作る気だ！　お前らの毒電波は聞き飽きてんだよいい加減にしろ！」
　その一撃で、亀裂はついにバリア全体を覆いつくした。睦は最後の一撃を叩き込むため、天高く構えたグラディウスに最後の叫びを込める。
「まだ歌でみんなを自殺に追いやってるの！？　そんなの、全然救いじゃないよ！」
　彼女にとって音楽とは、前を向いて明日を生きるための希望。そして人々に寄り添い支え勇気づける、そんな存在なのだ。
「生きることを否定するような偽りの救いなんて、私たちが鳴り止ませてみせる！」
　最後の一撃が振り下ろされると同時、回廊のバリアが音もなく砕け散った。
　スモークに覆われ、破壊音が轟く地上へ、ケルベロス達は次々に降下していく。

●三
　リリベルは着地と同時、煙に覆われた回廊の方向を凝視した。
「どう……？」
　祈るような沈黙の後、晴れゆく煙から現れたのは――なおも健在の魔空回廊。
　残念ながら、破壊は叶わなかったようだ。
「ダメかあ……」
「なあに、しっかりダメージは与えたんだ。次の奴らに託そうぜ」
　広喜の言葉にリリベルと仲間達は頷くと、すぐに撤退を開始した。
　グラディウスをしまい込み、山を貫いて走る道路を一直線に駆けていく。たまに遭遇する敵の抵抗は散発的で、先頭を行くダリルと睦の攻撃が瞬く間にそれを沈めていった。
「山の麓が近いね。もうじき――」
　もうじき来る頃かな。リリーがそう言いかけた矢先、その足がぴたりと止まる。
「……気をつけて。来たみたい」
　警戒を呼び掛けると同時、漂うスモークの向こう側からゆらりと姿を現したのは、１体のディマンシェだった。
　黒いドレスにスタンドマイク。姿はミッションで遭遇するディマンシェ達と変わらない。だが、その全身から放たれる威圧感は、彼女が回廊の主である事を如実に物語る。
『もう帰ってしまうの？　随分とマナーの悪いこと』
「お久しぶりです、また会いに来ましたよ」
　マイクを手に歌を紡ぐディマンシェ。
　それにシルクハットを脱ぎ一礼するダリルの翼が、獰猛な光を湛えて暴れ始める。
「そして、今度こそ左様なら」
　それが戦いの合図となった。
　直後、ダリルが輝く粒子と化して突撃。続いてリリーが、雷を帯びた星輝槍の突きで追い打ちをかける。対するディマンシェも怯む事無く、ダリルらへ死の歌声で包み込む。
『最期まで、私の歌を聴いてお逝きなさい！』
「なんの……っ！　そんな歌！！」
　睦はディマンシェの歌唱に抗いながら、そのメロディに声を被せて熱唱を始めた。それはさながら、歌声を刃に変えたディマンシェと睦の一騎打ちだ。
「力が湧いてきます……！　回復は私達に任せて下さい！」
「どんどん攻撃だ！　遠慮しないでぶっ壊してやれ！」
　ミリムが描くラグナロクブレイドの守護星座が包み込み、広喜が腕部換装パーツ壱式から射出する折り紙状の紙兵が吹雪くなかを、回避能力を奪うグラビティを発動したユグゴトとリリベルが一気呵成の猛攻でディマンシェに襲い掛かる。
「貴様の物語を否定する」
「まずは足を止めさせてもらうよ！」
　ユグゴトの『Eraboonehotep』の存在否定で傷を負ったディマンシェ。そこへリリベルの竜砲弾が放物線を描いて着弾。態勢を立て直す隙を与えず、真幸の攻撃が更なる牙をむく。
「チビ、ボクスタックルだ！」
　部下のボクスドラゴンを連れ、エアシューズの流星蹴りでのビルシャナの膝を挫く真幸。チビの体当たりがディマンシェの防御を突き破り、ジグザグの傷跡と共に回避を封じた。
　好機と見た睦は、歌声のオーラを拳に纏わせて、敵との間合いを一気に詰めると、
「これは、あんたたちの歌で命を失った人たちの痛みだ！」
　糸鋸めいた声紋の棘をディマンシェの喉目がけて叩き込んだ。
　ディマンシェは、負ったダメージを癒やそうと死を称える歌声を奏でるも、ひとたび食い込んだ睦の棘は傷の治りを執拗に妨害する。
『忌々しい……！』
　攻撃力を高めたディマンシェは、すぐさま作戦をケルベロスの殲滅へと切り替えた。
　バッドステータスの回復能力を持たない彼女は、防戦による時間切れを狙う事は不可能と考えたのだろう。
　そんな敵の攻撃を、ケルベロスは真正面から受けて立った。
「鳴り響けよ雷、その閃光を知らしめよ」
　ダリルの『Tonitrus』が雷雲を招来し、降り注ぐ一条の雷がディマンシェを打ち据える。そこへコンビネーションで襲い掛かるのは、真幸の繰り出すメモリイレイズの蹴撃だ。
「責任も使命も、存在意義さえ忘れてしまえ」
　歌声による攻撃強化を剥ぎ取る、真幸の一撃。ケルベロスのラッシュを捌くディマンシェの足元を、ユグゴトの決意がマグマとなって焼き焦がす。
「そして我と我等へ徒成す者に、宇宙と虚空の理の、捌きと裁きの鉄槌を降せ」
　リリーは伝承の歌で活性化したグラビティ・チェインを螺旋の舞で練り上げると、猛烈なラッシュをディマンシェ目掛けて浴びせ始めた。
「ふふん、いくよー」
　シロハの清浄の翼で傷を癒したリリベルが、無防備な足取りでふらりと攻撃に加わった。懐へと潜り込んで放たれる『大胆不敵スマッシュヒット』が敵の腹にめり込み、状態異常を一気に増幅させていく。
「こいつで、潰れろっ！」
　ミリムから受けた満月形状のエネルギー光球によって凶暴化した睦の左手が、光を帯びてディマンシェを引き寄せる。逃れる術を持たないビルシャナのがら空きになった腹目がけ、睦は闇の拳を全力で突き上げる。
『アァ――ッ！！』
　宙を舞い、道路に叩きつけられるディマンシェ。歌声を途切れさす事無く立ち上がるも、その声は既に息が上がり始めていた。序盤の徹底的なＢＳ耐性付与、そしてキュアの嵐を惜しみなく浴びせるミリムと広喜によるサポートの賜物でもあった。
『私は……まだ、この歌で……』
「貴女は此処で終わりです。回廊もいずれ壊しましょう――私達ケルベロスが、必ず」
　ディマンシェが傷口を抑えながら放つ死の歌声が、睦の心を催眠で絡め捕った。ミリムはそれを後列からのキュアを伴う満月の光球で回復させると、最後の幕引きを睦に託す。
「さあ光宗さん、とどめを！」
『人間よ……衆合無へと至り、今ここで――』
「『今ここで死になさい』。ただし、あんただけね！」
　歌の声紋を纏った睦の正拳が、ディマンシェの首に狙いを定めて突き出された。
　耳障りな擦れ声が漏れ、プツリと途絶えるディマンシェの歌声。
　それが戦いの終わりだった。
「急ごうぜ。いつ追手が来るか分からねえ！」
　広喜の言葉にケルベロスは頷くと、領域の外を目指して一直線に駆けていく。スモークが切れないよう祈りながら走ること暫し、一行は何とか無事に領域を抜けた。

●四
「ふうっ。全員無事みたいで良かった！」
「お疲れ様。次こそは破壊できるといいね」
　仲間とグラディウスの無事を確認するリリベルの横で、睦は静かに拳を握りしめる。
　島の洞窟寺院には、じきに死の旋律が蘇るだろう。それは魔空回廊を破壊するまで決して途絶える事はないのだ。
（「そう……次こそは必ず」）
　人を自死へと誘うビルシャナ、ディマンシェ。
　彼女達の唱える歌に引導を渡す『その時』を胸に、睦は仲間達と帰途へ着くのだった。

作者：坂本ピエロギ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年11月13日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 4／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 1
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