死臭を嗅ぎつけたカラスの大群が町の至る所で鳴いている。
あるエインヘリアルの少年を追って周辺を探索していたジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)がその港町を訪れた時、とうの昔に目的を果たし終えていた彼は退屈を持て余したような顔で彼女を出迎えた。
「随分と遅かったね。もう生きてる人はひとりもいやしないよ」
「あんた、よくも……!!」
怒りに拳を握りしめ、ジェミは震えるように叫んだ。
「もう、二度とこんなことはさせないわ!! 絶対に、ここで終わらせてみせる!!」
すると、少年エインヘリアルは微かに笑ったように見えた。以前にまみえた時には決してみせなかった、感情の揺らぎによって生じた表情。彼は一瞬にして全身に闘気を漲らせると、その背に翼と見まごう闘気の羽ばたきを負って、自ら名乗りをあげた。
「俺の名はエイク・ローレック。今度こそ――、逃さない」
「急ぎの依頼です」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まった面々の前で一礼すると、さっそく説明に入った。
「かつて倒しきることのできなかったエインヘリアルの少年が彼を探していたジェミ・フロートさんと遭遇、戦いを挑むという予知がありました。彼の名はエイク・ローレック。今すぐに現場へ向かえば、戦闘が始まった直後に合流することが可能です」
遭遇地点は彼が死神に召喚された河川敷の下流にある港町。既に彼の手によって蹂躙された町には至るところに腐乱した死体が転がり、無人の漁船が虚しく波に揺られる光景が広がっている……。
「エイク・ローレックとジェミさんが対峙するのは、河口に面した船着き場です。相手は格上の攻撃手。その攻撃力は侮れません。前線で戦われる方は勿論、遠距離攻撃も持ち合わせていますから後衛の方も十分に気を付けてください」
ご武運を、とセリカは祈るようにまぶたを閉じた。
「どうか、これ以上の被害が出る前に終止符を打ってください。ジェミ・フロートさんと皆さんの力を信じています」
参加者 | |
---|---|
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486) |
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833) |
樒・レン(夜鳴鶯・e05621) |
遠野・葛葉(鋼狐・e15429) |
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983) |
アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330) |
ミコト・クグリヤ(遠き声聞く濁闇紅の咎人・e41179) |
遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796) |
●穢された町にて
その『現場』に駆け付けた時、隠密気流を纏うエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)の心中には『地獄絵図』という言葉が思い浮かんだ。
(「駆け付けた時点でこの有様ですか……実に胸糞悪いですの」)
リノ・ツァイディン(旅の魔法蹴士・e00833)は鼻先を掠める臭気と街を塗りつぶす黒ずんだ血色に眉を顰め、声を上げる。
「ジェミ、助けにきたよ」
「皆、ありがとう!」
宿敵――エイクと名乗るエインヘリアルと距離を置いて対峙していたジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)が力強く頷いた。
「仲間かい?」
「そうよ。安心して、言われなくとも逃げるつもりなんかないわ」
闘気を漲らせるエイクの問いかけに応えるジェミもまた、きつく拳を握りしめて真っ直ぐに彼を見つめる。
「もう負けない、私の全てで倒してみせる!」
ジェミが宣告するのと同時に出揃った前衛の頭上に展開するヒールドローンの群れ。
「有難く頂くぜ」
恩恵に預かったアルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)は低く呟き、エイクの放つ音速にも勝る拳の衝撃を燃え盛る原初の焔でもって相殺する――!
「!」
紅蓮の焔を纏い、一歩も引く様子のないアルトに対してエイクが何かを感じ取ったように身を引いた。
「さて、殺された者の気持ちになっていただきましょうか」
だが、そこには気配を消して死角に回り込んだエニーケがいる。
「私は弱い者には強く出るタイプですのよ。特にあなたのような弱い者虐めを生業として調子づく弱い輩をブチのめしたいぐらいにね」
口汚く罵りつつ、与えるのは禁癒。
微かにエイクは笑い、仕返しとばかりに気弾を放った。
「ッ――」
深々と脇腹を抉られたエニーケは、けれどその場に踏みとどまる。
「そらよ!」
すぐさま、アルトの投げかけたマインドシールドがエニーケを援護。追撃をかけようとするエイクの周囲へと、遠野・篠葉(ヒトを呪わば穴二つ・e56796)がまき散らす怨霊達が逃げ場を塞ぐように恨めしげな奇声を上げて浮遊した。
「呪怨、怨恨、怨嗟、慟哭、ここは呪いに満ちてるわね。というわけで、呪いのフルコースをたっぷり召し上がれ!」
にっこりと笑い、篠葉はリノのボクスドラゴン・オロシが箱ごと体当たりをする隙に仲の良い姉の背に身を寄せる。
「悪さを仕出かしちゃった子には天誅よね! お姉ちゃん、頑張って!!」
「うむ!」
遠野・葛葉(鋼狐・e15429)は背後に篠葉を庇い、にやりと笑みを浮かべた。
「エイクと言ったか? 戦いを好むと言うのならば、弱い者いじめなんかしてないで我達と楽しもうではないか!」
ふっと葛葉の体が低く沈み込み、剃刀のような蹴りがエイクに襲いかかる。紙一重でそれを躱そうとして――先に篠葉が仕込んでおいた足止めがさせなかった。
「ちっ――」
「夜鳴鶯、只今推参」
舌打ちと樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が囁く詠唱が重なる。
「光盾よ金剛力士を映せ」
レンの指が結ぶ印を中心に梵字が現れ、アルトの眼前に光り輝く盾を展開。
「罪なき命を無情に狩るその行為によって大勢の未来が消し去られた事を断じて許せん…!」
歯ぎしりしたレンは、エイクをひたと見据えた。
「命を狩ることでしか己を実感できぬとは哀れなことだ。このように無残に命を奪って何の意味がある?」
「意味などないね」
驚くほど躊躇いなく、エイクが言った。
「何?」
「君たちケルベロスには感謝するよ。おかげで、そのことに気づけたのだから」
ゆらりとエイクの纏う闘気が形を変えて、砲弾と化した一部が恐ろしい速さでレンの眼前へと迫った。
●強さと弱さと
「させないっ!」
咄嗟にレンの前に跳び込んだジェミが、その鍛え上げられた腹筋に気咬弾を受け止めて呻いた。
「このくらいッ何よっ!」
痛みを受け止め、気合いで耐え抜く。
(「こんなの、港町の人々の痛みに比べたらなんだというの」)
それは他でもない、己の敗北が導いた悲劇だった。
そうだ、とエイクが首肯する。
「元々、俺はこの地球の人々を苦しめるために永久コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれたのだから」
エニーケの眉がひそめられ、苦々しく言葉を紡いだ。
「まさに外道、ですわね。自分が作り出したこの地獄絵図と同じ目に合わせないといけないようですわ……」
「うん。これ以上血を流させないんだよッ!」
裂帛の気合と共に、リノは突き出した手のひらの上に二体の合成獣を召喚。可愛らしいフェレットの背に乗ったスピックスコノハズクが首を飄々と傾げている。
「夢モードシフト――! さぁ、ネギ、シソ行っておいで」
敵目指して飛翔する彼らがエイクの注意を引き付ける間に、ミコト・クグリヤ(遠き声聞く濁闇紅の咎人・e41179)の唇が祝詞を紡いだ。
「汝の行く道に、小さな幸せが雪のように絶え間なく積もり、幸せの季節が巡るように」
それは腹筋に気合を込めて仁王立つジェミの足元に祝福の花を咲かせる巫術の一種。リノのファミリアに体勢を崩されたエイクもまた、低く呼気を吐いてその身に重なったエフェクトを振り払う。
「まだまだですわよ」
エニーケは地を駆け、前線に身を躍らせるとその手に構えた殺魔剣【ヒルシュリングスインゼル】を振りかざした。
「!」
僅かに、エイクの闘気に鈍りが見える。
「今だよ、オロシ!」
リノの言葉にブレスを吐いたオロシの炎が、エニーケの与えた損傷を更に押し広げていった。
「い――けぇッ!」
宝珠の左右にファミリアが姿を変えた柄を取り付けた棍状の杖を支点にして、リノは鋭い蹴りをエイク目がけて叩き込む。
「……崩れないな」
打撃を受けた脇腹を手で抑え、エイクが微かに呻いた。
「当たり前よ」
そこへ迫る、ジェミのドレインスラッシュ――!
エイクははっと目をみはり、鎌での一閃に切り裂かれた傷の痛みに舌を打つ。
「もう負けないって言ったでしょ!?」
更に、もう一発。
握り締めた拳に稲妻を纏うジェミへとエイクもまた闘気を漲らせた拳を見舞おうとするが、その拳先は間に割り込んだアルトによって防がれた。
「……やれやれ」
自嘲の笑みを浮かべるアルトの全身を癒しの陽炎が包み込んでいく。
「邪魔だ」
だが、もう一方の拳を繰り出そうとしたエイクの手元に飛び込んだのはそれまでアルトの頭にしがみついていたサバトラ風のマンチカン――ウイングキャットのアイゼンだった。
「ちっ」
エイクはそれを振りほどき、代わりに闘気の砲弾を放つ。
健気に主人を守ってくれたアイゼンの頭を撫でて、アルトは心中にて呟いた。
(「……まぁ、よくもまぁ、護り手の『真似事』が出来るようになっちまったのかな、俺も」)
こうしていざやってみても、どこかぎこちないというか形だけというか。そうした違和感が拭い去れなかったのだが。
「ありがとね!」
ジェミに満面の笑顔で礼を言われて、アルトはちょっと間を置いてから、「ああ」と頷いた。
「……ま、悪い気分はしねーか」
それにしても、とその身に新しい焔を生成しながら独り言つ。
「あいつ、強ぇな。これだけ防御に厚い布陣を組んでも互角か……いや――」
「少しずつ押してますね」
ふふっと微笑みながら篠葉はアルトに気力を分けて、それまで撃ち込んでいたバスターライフルからネクロオーブに持ち替えた。
「やはり喧嘩は楽しいな! お前もそう思うだろう?」
葛葉は楽しそうに笑い、前衛の足元にサークリットチェインの回復陣を描き出す。
「させはせん!」
レンはすかさず印を結び、光の盾を召喚。
誰が攻撃を受けても他の誰かがすぐにフォローできるほどの豊富な回復手段を揃えたケルベロス達の堅牢な守りは、いかに相手が強力なエインヘリアルとて簡単には崩せない。
「おねえちゃん、アレいこうよ!」
「アレ? アレだな!」
「そうそう、呪って殴り殺すやつ! 可愛い呪いを思う存分味あわせてあげなくちゃ!」
「うん、わかっておるぞ! 可愛いかどうか知らんが!」
エイクの逃げ場を塞ぐように背後をとった葛葉の利き腕をオウガメタルが包み込み、超鋼の拳と化す。
「ち――」
纏わりつく篠葉の呪詛に足を取られ、避けきれないエイクの顔面へと葛葉は全身全霊を込めた戦術超鋼拳を叩きつけた。
●決着
「ッ!!」
さすがに効いたのか、エイクは受け身を取れずに地面を転がった。一転したところで手をついて立ち上がるも、膝が揺れている。
「ふ……、ふふっ。本当に、初めてだよ。こんなに気分が高揚するのは」
押されてなお、嬉しそうに笑うエイクの全身にレンの呼び寄せた色彩艶やかな紅葉の旋風が傷をつける。
構わず、エイクは闘気を巨大な翼のように拡げて宣戦布告した。
「さあ、最後まで戦おうじゃないか」
エイクが回復行動に入るのを見極めて、ジェミはここが押し切るべき勝機と叫ぶ。
「今よ、畳みかけましょう!」
「ええ」
エニーケが頷き、その両手に構えた『地裂竜鱗砲槌』の頭部を展開。竜の爪状の部位が開いて荒れ狂う砲弾が射出される――!
「リベンジの時ですわよ。もう負ける事は私が許しませんわ」
「いって、ジェミ。僕らが道を切り開くから」
轟竜砲の後を追いかけるようにしてエイクまでの距離を詰めたリノは、迎撃する気弾をすんでのところですり抜けてその襲撃をかろうじて届かせた。
「く……ッ」
だが、エイクの拳は未だ衰えない。
闘気を纏って突き出されたそれを受け止めたのは――アルトの熱き手のひらだ。
「こ、のぉ……!」
ぐぐ、とオウガメタルに包まれた鋼拳で押し返そうと力を込める。
「これでどうかしら!」
そこへ降り注ぐ、篠葉による水晶の煉獄が拮抗する両者のバランスを崩した。押し出されたエイクの死角から、葛葉の笑い声がする。
「剛能断柔……ぶち抜くぞ!」
それは音速を超える拳と爆発的な気による襲撃。完全に意表を突かれ、ごっそりと体力を持っていかれたエイクの前に立ちはだかるのは――ジェミだ。
「――エイク、あんたは本当に強かった。忘れないわ」
その拳が闇の闘気ごとエイクを貫く瞬間、彼は満足げな笑みをその口許に浮かべてみせたのだった。
遠くから警察のサイレンの音が聞こえる。
「これ以上の被害が無かった事を喜ぶべき、か。……宿縁が繋がったからこそ阻止できた、と思うべきか」
殺された者に罪はなく、できることは彼らの冥福を祈ることだけ。黄昏に立ち尽くすアルトの隣に並び立つジェミの頬を一筋の涙が伝わった。
「この街の人には何もしてあげられないけど、約束させて」
もう、二度と――。
微かにジェミが呟いた決意は言葉になることなく夕闇に消えてゆく。
「お疲れさま! 壊れてる所はヒールしといたわよ」
篠葉と共に現場の修復を終えたレンは瞑目し、片方の手を顔の前に掲げて祈った。
「間に合わず済まない。貴方方の無念を背負い、この地球の未来を拓くことを誓おう」
少し離れた岸辺では、葛葉が興味津々で海の中を覗き込んでいる。黙祷を捧げるケルベロス達を、肌冷える秋の宵闇がゆっくりと包み込んでいった――……。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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