惑わしのラヴァー・ボーイ

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)はどこにでもいるようなごく普通の女子大生だ。少なくとも、本人はそう思っている。
 そんな普通の彼女が普通の昼下がりに普通の浜辺を普通の足取りで歩いていた。お供は普通ならざる可愛さを有したウイングキャットの点心。
「……ん? 落とし物かな?」
 小唄は立ち止まり、足元に目をやった。
 そこにあったのは、半ば砂に埋もれたスマートフォン。
 どこにでもあるようなごく普通のスマートフォンに見える……が、普通ではなかったらしい。いや、スマートフォンですらなかったようだ。
 甘いマスクの青年のCGが画面に表示されたかと思うと――、
「こんなに素敵な女性と出会えるなんてね。これって運命かな?」
 ――わけの判らないことを言いながら、小唄の目の前に実体化したのだから。
『こんなに素敵な女性云々』などと言いながら、その青年は小唄を見ていなかった。気取った仕草で髪をかき上げつつ、斜め四十五度ほどの眼差しを空に向けている。
 小唄は口をあんぐりを開けていたが、点心に前足で頭を小突かれて我に返った。
「な、なんなの、貴方? ……って、訊くまでもないか。どう見ても、ダモクレスの類よね」
「野暮なことを言うもんじゃないよ。僕が何者だろうと……うげっ!?」
 青年はいきなり目を剥いて奇声を発した。
 視線を下ろして小唄を見てしまったからだ。
 そう、ゴリラの獣人型ウェアライダーである小唄を。
「ゴリラかよ!? クソッ! 初っ端からハズレを引いちまったぜ!」
 口調を荒っぽいものに変えて(こちらが地なのだろう)青年はそう吐き捨てた。
 小唄の名誉のために言っておくと、人型の時の彼女はハズレ呼ばわりされるような容貌ではない。もしかしたら、獣人型の時もゴリラ的な観点で評すれば、美人ならぬ美ゴリラなのかもしれない。しかし、この青年は『ゴリラ的な観点』など持ち合わせていないらしい。
「ハズレって、なによ!? 失礼にも程があるでしょ!」
 乙女心を傷つけられた小唄が怒声を発したが、青年は態度を改めなかった。
「まあ、いいや。どうせブチ殺してグラビティ・チェインを搾り取るんだから、ゴリラでもなんでも構いやしねえ。天国に昇るような気分で地獄に送ってやるよ、ゴリラ女。俺の壁ドンやウィンクでな」
「ふざけないで! 地獄に落ちるのはそっちよ!」
 と、ごく普通の女子大生らしい黄色い声で小唄は叫んだ。
 腕の筋肉を盛り上げながら。

●音々子かく語りき
「金剛・小唄ちゃんがダモクレスに襲撃されちゃうというビジョンを予知しましたー!」
 ヘリポートに響くは根占・音々子の大音声。
 自分の前に並ぶケルベロスたちに向かって、ヘリオライダーたる音々子は事の次第を語り始めた。
「襲撃される場所は熊本県玉名市の砂浜。敵は乙女ゲーに出てくる感じの絵に描いたようなイケメン……というか、絵に描かれたイケメンでして、その正体はスマートフォン型のダモクレス製デバイスから実体化したCGなんですよ。名前は『モバイルプリンス』としておきますね。ちなみに映像が投影されているわけじゃなくて本当に実体化しているんですよ。でも、二次元の絵をそのまんま実体にしちゃったもんだから、とても薄っぺらいです。真横からだと、ただの線にしか見えないでしょうね」
 乙女系モバイルゲームのキャラに変じて、二次元の恋人を求める女性を狩る――そんな目的を持った新型ダモクレスなのだろう。最初の獲物がケルベロス(な上にゴリラ)であることは想定外だっただろうが。
「小唄ちゃんに対する失礼極まりない言動から判断する限り、物理的だけじゃなくて精神的にも薄っぺらい輩であることは間違いありません。そんな平面イケメン野郎は――」
 グルグル眼鏡の上の眉が怒りの角度に吊り上げて、音々子は高らかに吼えた。
「――皆さんの手で畳んじゃってくださぁーい!」


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)
草間・影士(焔拳・e05971)
ホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)
レイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282)
金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
黒焔・白屠(ボーダーライン・e64592)

■リプレイ

●イケメンを裁く
「地獄に落ちるのはそっちよ!」
 昼下がりの砂浜に響き渡る咆哮。
 声の主は金剛・小唄(ごく普通の女子大学生・e40197)。屈強なゴリラの肉体に繊細な乙女の心を宿した獣人型ウェアライダーだ。
 彼女の前にいる二次元風の美男子は仮称『モバイルプリンス』。名実ともに薄っぺらいダモクレスだ。
「おまえ、自分がどれだけ幸運なのか判ってねえだろう?」
 モバイルプリンスが嘲笑を浮かべた。だが、その顔は微かに引き攣っている。小唄が無意識のうちにつくった力こぶに驚異を覚えているのだろう。
「本来なら、おまえみたいなゴリラ女なんか、俺はターゲットにしないんだ。それなのにわざわざ相手をしてやってんだぜ」
「ゴリラのなにが悪いの? この正面だけの2Dダメンズが!」
「俺は正面だけの男じゃねえ! 背面も描かれてるっての! ほら、見ろ!」
 ペープサートの人形のようにくるりと回転するプリンス。
 もっとも、その後ろ姿を小唄は視認できなかった。彼女とプリンスの周囲に何者かたちが着地し、砂煙が朦々と舞い上がったのだから。
 数秒後、砂煙が晴れて、『何者かたち』の姿が現れた。
 九人の男女と七体のサーヴァント。
 そう、ケルベロスである。
「小唄ちゃん、手ぇ貸しにきたよ」
 アルマジロの人型ウェアライダーの癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)が小唄に微笑みかけた。
「あれれ? ……敵はどこ?」
 首をかしげているのはサキュバスのホリィ・カトレー(シャドウロック・e21409)。ケルベロスたちはプリンス(いつの間にか正面に向き直っていた)を半円形に取り囲むように着地したのだが、ホリィの位置はプリンスの真横であるため、薄い彼の体が極細の縦線にしか見えないのだ。
「僕はここだよ、お嬢さん」
 ホリィにそう言いながら、プリンスはひらひらと後退して距離を開き、自分の姿をケルベロスたちに見せた。
「ちゃっかりと口調を変えてるし……それはさておき、皆さん、ありがとうございます」
 プリンスの豹変ぶりに鼻白みながらも、小唄は仲間たちに礼を述べた。その体を覆うオウガメタルから粒子群が放出され、後衛陣の命中率を上昇させていく。
「どういたしまして。いつぞやのデート以来だね、小唄さん」
 五十路のオラトリオの秦野・清嗣(白金之翼・e41590)が小唄に護殻装殻術を施した。彼は異性を恋愛対象と見做していないのだが、小唄とデートしたことがあるのは事実だ。ただし、それはあくまでも任務の一環。あるビルシャナを討伐する際に恋人同士を装ったのである。
「そんなのとデートしたのかよ。趣味の悪いオッサンだぜ」
 口調を荒いものに戻して、プリンスが悪態をついた。
「おやおや、『そんなの』呼ばわりかいな。小唄ちゃんの可愛らしさが判らんとは哀れな奴やねぇ」
 プリンスに嘲りの言葉を投げながら、和がマインドシールドを生み出した。その対象は前衛の小唄だが、彼女以外の前衛陣にも別のエンチャントがすぐにもたらされた。サキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が散布した紙兵によって。
「どうして、乙女ゲーム風のイケメンのくせして、性格がクズなの!?」
 吐血せんばかりの勢いでもって、淡雪はプリンスを糾弾した。
「ドS系のイケメンキャラなら、まだ理解できますが、ただのクズはいけませんわ! 乙女ゲームに出てくるイケメンというのはプレイヤーの姿など気にかけることなく、『そんな君が素敵だよ』とか言って、荒んだ心を癒すのがお仕事でしょう! お仕事でしょぉぉぉーっ!」
「怒るポイントがズレてるような気がするが……」
 草間・影士(焔拳・e05971)が淡雪の剣幕に困惑を示した。
「まあ、こいつがクズなのは確かだわな」
 そう言いながら、オラトリオのレイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282)がプリンスめがけて簒奪者の鎌を投擲した。
「だいたい、自分からナンパしておいて『そんなの』とかほざくのは男としてどうよ? レディに声かけたからには、楽しませるのが当然だろうが」
「黙れ、この三次元野郎!」
 薄い体を折り曲げるようにして鎌を躱すプリンス。
 だが、前触れもなく四方に出現した深紅の槍の群れを回避することはできなかった。
「こいつの価値観では『三次元』というのは侮蔑的な表現らしいな」
 槍に刺し貫かれたプリンスの横を影士が駆け抜け、魔力を込めた武器『フレイムロッド』を叩きつける。槍と殴打の連続攻撃『スカーレットブラスト』だ。
 そして、間を置かずにホリィがグラインドファイアで追撃した。
「薄くて燃えやすそう」
「いや、火炎系の攻撃を食らう前から、僕は燃えてるよ」
 炎に焼かれながらも、プリンスはまた態度を変えて爽やかな(だが、あきらかに心が込められていない)笑みを見せた。
 そして、小唄を除く女性陣を次々と指さしていく。
「君と君と君と君の熱い眼差しのせいでね」
「ぞわぞわぞわぁーっ!?」
 と、思わず奇声を発したのは最後に指さされた『君』であるところの黒焔・白屠(ボーダーライン・e64592)。ハクビシンの人型ウェアライダーなのだが、プリンスの言動に拒絶反応を起こして尻尾が何倍にも膨れ上がっている。
「男性にこういう扱いをされたのは初めてですが……正直、気持ち悪いです。鳥肌が立ってきました」
 それでも白屠はなんとか気を取り直し、ブレイズクラッシュを見舞おうとしたが――、
「そんなに照れなくてもいいんだよ、お嬢さん」
 ――プリンスはまたもや体を折り曲げて回避した。
 そして、体を元に戻すと同時に反撃した。電話をかけるジェスチャーとともに。
 戦場に相応しからぬ音が響いた。白屠の携帯電話が鳴っているのだ。
 グラビティがもたらした衝動に抗えず、白屠は電話に出た。
 聞こえてきたのはプリンスの甘い囁き。
『いきなり電話して、ごめんね。君の素敵な笑顔が頭から離れないもんだから、せめて声だけでも聴こうと思って……』
「ぞわぞわぞわぁーっ!?」
 再び尻尾を膨らませる白屠。気持ち悪いという点は先程と同じだが、今回は物理的なダメージも被った。

●イケメンが騒ぐ
「そういう風に甘ったるい言葉を恥ずかしげもなく口にするところは堂にいった二次元キャラ振りだ」
 清嗣がモバイルプリンスをジグザグスラッシュで斬り裂いた。
「でもね。淡雪さんも同じようなことを言っていたが、相手を選んでいるようではゲームの二次元キャラとしては失格だよ」
「うっせーな! 相手を選んで、なにが悪いんだよ!」
「笑ったり、口説いたり、怒ったりと……忙しい奴だな」
 怒鳴るプリンスに影士がズタズタラッシュを繰り出し、防御力を削ぎ落とした。
「人のことを見た目だけで判断するのは――」
 小唄が戦術超鋼拳を炸裂させた。命中した部位はプリンスの顔面。だが、べつに意図して顔を狙ったわけではないのだろう。たぶん、おそらく。
「――見た目以外に誇れるものが自分にないないからでしょ!」
「はぁ!? そもそも見た目の他に必要なものなんてないだろうが!」
 拳でひしゃげた顔を直しながら、プリンスは反駁した。
「正真正銘のクズですわね」
 淡雪が吐き捨てた。その衣装(なぜかウェディングドレスだった)のそこかしこからピンクのスライムが流れ落ちて霧状になり、白屠を包んで傷を癒していく。『聖女の抱擁(ピンスラチャンノホウヨウ)』なるグラビティだ。
「クズっぽいキャラは普段の言動に反して実は性格が良いというのがお約束だというのに……ほら、性格が良くてもバツイチになっちゃった、そこのお父さん! こんなクズに負けちゃダメよ!」
「いや、『バツイチになっちゃった』の部分はべつにいらないから! いーらーなーいーかーらー!」
 と、淡雪の声援に泣き声混じりの怒鳴り声を返したのは、清嗣に次いで年嵩のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)だ。
「泣いてる場合やないで、ヴァオさん。しっかり『紅瞳覚醒』を弾いたってや」
 和がヴァオに指示を送りつつ、エレキブーストを迸らせる。
 それを受けたレイニーがフォーチュンスターでプリンスを蹴倒した。
 そして、ホリィが戦術超鋼拳を振り下ろした。
「クズ萌えっていうジャンルもあるらしいから、この薄っぺらい敵さんもそういうのを狙っているのかも? でも、僕は誠実な人のほうが良いな」
「同感です」
 ホリィの独白に頷きつつ、白屠が稲妻突きで攻撃した。
 だが、プリンスは屈しない。なにごともなかったかのように起き上がり、小唄を覗く女性陣に笑顔をまた見せた。
 その軽薄極まりない笑顔を、和のサーヴァントであるボクスドラゴンのりかーが睨みつける。言葉を話せるなら、『和ちゃんに色目を使うな!』と叫んでいることだろう。
 彼女(りかーは女の子だった)の眼差しを涼しげに受け流して、プリンスは女性陣に語りかけた。
「君たちは誤解してるよ。僕はとても誠実な男さ。でも、ワイルドな一面も見せておこうかな」
 そして、『ワイルドな一面』とやらを見せるべく、壁を叩く動作をした。
 怒号を放ちながら。
「静かにしろや! 何時だと思ってんだぁーっ!」
 まさしく、壁ドンである。
 その怒号は衝撃波に変じて、ケルベロスの前衛陣にダメージを与えた。
 だが、苦鳴をあげる者はいない。
 皆、呆れ返っていたからだ。
「そっちの壁ドンかよ。まあ、そんなことだろうと思ったぜ……」
 しらけきった顔をして、肩をすくめるレイニー。
 彼と違って、『そんなことだろう』と思っていなかった者もいる。
 玉榮・陣内だ。壁ドンの対象となった者をクールな挙動で庇うつもりだったのだが、出鼻をくじかれて、ぽつねんと立ち尽くしている。
「この野郎……よくもイケメンムーブを披露する機会を奪ってくれたな」
 陣内は我に返り、八つ当たり気味の攻撃をプリンスに加えた。
 他の者たちも次々と攻め立てる。
 だが、プリンスも負けてはいない。あの電話のグラビティをまた仕掛けてきた。今度の標的はウイングキャットの点心だ。
『いきなり電話して、ごめんね。君の素敵な笑顔が頭から離れないもんだから、せめて声だけでも……』
「さっきと同じ台詞じゃないですかー!」
 淡雪が堪らず叫んだ。
「あなた、乙女ゲームを舐めてるの!? 心がこもってない手抜きのテンプレ台詞なんかでプレイヤーをときめかせられると思ったら大間違いですよ!」
 一方、当の点心はダメージを受けたものの、白屠のような拒絶反応は示さなかった。そもそも、プリンスの声は耳を素通りしている。携帯電話の待ち受け画面に表示された料理(肉がたっぷり巻かれた春餅)に意識を持っていかれているのだから。
「なるほど。色気より食い気ですね」
 待ち受け画面に頬を擦りつける点心を見ながら、白屠が得心顔で頷いた。

●イケメンに捧ぐ
 激しい戦いが終わりに近付いた頃――、
「女の子って、なんでできてるの? お砂糖とスパイス、そして、素敵ななにもかもー♪」
 ――見知らぬ美女がどこからともなく現れ、お菓子やぬいぐるみの幻影を生み出した。
 いや、実は見知らぬ存在ではないし、どこからともなく現れたわけでもない。
「……も、もしかして、小唄さん?」
 幻影群に傷を癒されながら、白屠が問いかけた。目がテンになっている。
「はい。もしかしなくても、小唄ですよ」
 と、美女が頷いた。
 そう、『ダイナマイトボディ』という言葉で形容しても失笑を買うことのない魅惑的なスタイルを有した彼女の正体は小唄だった。幻影のグラビティ(その名も『女子力フルチャージ』)を使う際、意図せずに人型に変わってしまったのだ。
「思った通りだ。初めて会った時から――」
 プリンスが小唄に笑顔を向けて、歯をキラリと光らせた。
「――僕には判っていたよ。君が本当は魅力的な女性だということがね」
「悪びれも驚きもせずにスルっと態度を変えたな」
 影士が呆れながら、プリンスの笑顔をチェーンソー剣で斬り裂いた。
「体は薄っぺらいけど、面の皮だけはめっちゃ厚いね。そういう態度を取ってると、文字通り炎上してまうでぇ」
 和がグラインドファイアを見舞った。
 しかし、プリンスは動じない。偽りの笑顔をまだ小唄に向けている。
「さっきも言ったけど、僕はとっくに炎上してるよ。君の熱い眼差しのせいでね、ハニー」
「あんたなんかに『ハニー』と呼ばれる覚えはないよ! てゆーか、顔さえ変われば、OKなのか! この節操なし!」
 小唄が怒鳴ったが、プリンスはやはり動じない。
「おっと、まだツンデレのツンの段階かい? 僕としては、そろそろデレてほしいんだけどなぁ」
 しかし、余裕のある態度もそこまで。怪しげな白い光が彼の姿を包み込んだ。木版刷りのシャーマンズカードを手にした清嗣が『懺悔自新(ザンゲジシン)』を発動させたのだ。
 それはトラウマの幻覚を呼び出すグラビティだったのだが、清嗣はトラウマ以上に恐ろしいものを与えるべく、白い光が消え去ると同時にプリンスに急接近した。
「見た目はいい男なのに、中身は空っぽかい」
 プリンスの頭の横のあたりに掌を差し出し、顔を見下ろして語りかける。壁こそ存在しないが、正しき(?)壁ドンの姿勢である。相手が立体的な存在なら、所謂『顎クイ』も披露していたかもしれない。
「もったいないなぁ。ねえ、おじさんに少し身を預けてみないか?」
「ぞわぞわぞわぁーっ!?」
 さすがのプリンスも笑顔を消し、先程の白屠と同じように奇声を発した。
「ち、近寄るな! こちとら、ホモのオッサンを相手にするようなプログラムは仕込まれてねえんだよぉー!」
「やれやれ。つれないねぇ」
 震えて後退りするプリンスと、ニヤリと笑う清嗣。
 その二人の間に淡雪が割り込んだ。
「なんですか、その二次元イケメンキャラにあるまじきホモフォビア的な反応は?」
 淡雪の体から解き放たれた御業がプリンスに襲いかかり、禁縄禁縛呪で拘束した。使い手の煩悩によるものか、その拘束の形は亀甲縛りに似ていた。
「たとえ異性愛者のキャラであっても、腐女子の客層を鑑みて妄想の余地を残しておく――それは現代の創作物におけるキャラ造形の基本中の基本! ホント、ことごとくツボを外してますわねぇ。貴方みたいなキャラが登場する乙女ゲームが本当にあったとしても、それは間違いなく駄作ですわ。本来なら星ゼロにしたいところだけど、その機能がないから星一つ!」
 淡雪のサーヴァントであるテレビウムのアップルの液晶に五つの『☆』が横一列に並んだ。左端の『☆』は黄色で塗り潰されているが、残りの四つは外枠しかない。
「大手通販サイトのカスタマーレビューかよ!」
 的確なツッコミを入れつつ、薄い体を縛り付ける御業を振り解くプリンス。
 そして、例の電話攻撃を淡雪にぶつけようとしたが――、
『いきなり電話して、ごめんね。君の素敵な笑顔が頭から離れないもんだから……』
「きゅー?」
 ――テンプレートの囁きに困惑の鳴き声を返したのは淡雪ではなく、ボクスドラゴンのサーキュラーだった。首に吊るした携帯電話を介して攻撃を庇ったのである。
 その隙にホリィがチェーンソー剣を振るい、ボクスドラゴンの響銅がブレスを吐いて、プリンスの状態異常をジグザグ効果で悪化させた。
「よく聞け、薄っぺらいイケメンさんよ」
 レイニーが簒奪者の鎌を投げた。
「女性ってのはな。例外なく丁重に扱われ、かつ庇護されるべき存在なんだよ」
「いや、あんなゴツい女を庇護する必要ないだろ!」
 鎌に斬り裂かれながら、プリンスは指を突きつけた。いつの間にか獣人型に戻った小唄に向かって。
「獣人型になった途端、『ハニー』から『ゴツい女』に格下げかよ。おまえって奴はマジでクソだな」
 レイニーは鎌を受け止めると――、
「このクソにとどめを刺してやんな」
 ――と、丁重に扱って庇護すべき女性の一人に声をかけた。
 それに応じて、小唄がプリンスに突き進んでいく。
「ひぃー!?」
 土煙をあげて自分に迫る姿に恐れをなし、情けない悲鳴を発するプリンス。
 もちろん、そんな彼に対して小唄は同情心など抱かなかった。
「あんたみたいな薄っぺらい男に用はないよ! もっといい男がここにいっぱいいるんだから!」
「いや、『いい男』とか言われると、さすがに照れるわー。なはははは!」
 ヴァオの笑い声を背中で聞きながら、『ごめん、ヴァオさんはカウントに入れてなかった』という言葉をぐっと呑み込み、小唄はプリンスに拳を叩き込んだ。
 命中した場所はまたも顔面。
 そこから何条もの亀裂が放射状に走り、プリンスの薄っぺらい体はガラスのように砕け散った。

「妙な奴に絡まれて災難だったな」
 と、残心の状態にある小唄に影士が言った。
「ともかく、無事でなによりだ」
「はい。ありがとうございます」
 残心を解いて、ぺこりと一礼する小唄。
「ねえねえ」
 ホリィが小唄の体をつついて提案した。
「せっかくだから、皆でなにか甘いものでも食べに行こうよ」
「うん」
 笑顔で頷く小唄。『甘いもの』と聞いて、点心も目を輝かせている。
「でも、その前にやっておくことが……」
 足下に落ちていた物を小唄は拾い上げた。プリンスを顕現させたスマートフォン型のデバイスだ。
 そして、それを――、
「ふん!」
 ――力を込めて、へし折った。
 とても可愛い仕草で。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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