黄泉路へ誘う恋心

作者:雷紋寺音弥

●泡沫の恋
 蛍光灯の光に照らされた自室にて、真垣・弘人(まがき・ひろと)は水槽の中を泳ぐ熱帯魚達を眺めていた。
 父親の仕事の都合で転校して来たものの、未だクラスメイト達には馴染めない。そんな心の隙間を埋めるため、彼は近所の海で捕まえてきた魚達を飼っている。
 死滅回遊魚。弘人の飼っている魚達は、それだった。夏の間、黒潮に乗って沖縄から本州まで流されて来る熱帯魚達。本来であれば亜熱帯に住む彼らは、本土の厳しい寒さに耐えられずに死んでしまう。翌年、磯からいなくなっていても、誰も気になど止めはしない。そんな魚達と、弘人が自分の姿を重ねたときだった。
「うふふ……素敵な水槽ね。でも、貴方の方が、もっと素敵だわ」
 突然、後ろで声がして、弘人は思わず振り返った。
「き、君は誰!? いったい、どうやって僕の部屋に……」
 下半身が魚の少女。どう考えても人間ではない。だが、押し寄せる恐怖心や危機感は瞬く間に消え失せ、代わりに湧き上がって来たのは甘く切ない、淡い感情。
 今、ここで少女を手放したら、彼女とは一生会えないのではないか。それこそ、海の泡となって消えてしまった、童話の姫君のように。冬になると死に絶えてしまう、死滅回遊魚達のように。
「あなたの恋心を、私にちょうだい。そうすれば、あなたを私の好きな外見に変えてあげるわ」
 人を捨てろという、異形の誘い。本来であれば真っ向から拒絶すべき誘惑に、しかし弘人は抗う素振りも見せず頷いた。
 瞬間、少女の手が弘人の頭に触れ、瞬く間にその身体を人外の存在へと変えて行く。
 獣のような、巨大な手足。天を貫かんばかりの、鋭い角。誘惑に負け、魂をサルベージされてしまった彼の肉体は、一瞬にして屍隷兵のものに変わっていた。
「あなたは、今から、寂しいティニー。あなたと同じく寂しい男の子を探して、殺してしまいなさい」
 それだけ言って、少女は消えた。残された弘人は、まるで何かに引き寄せられるようにして、低い唸り声を上げながら部屋を飛び出す。階段を下ったところで両親の悲鳴が聞こえたが、今の弘人にはそれさえも雑音にしか聞こえない。
 自分の同類を探し、殺す。その命令だけを胸に秘め、かつて真垣・弘人であった屍隷兵は、夜の街に消えて行った。

●心、奪われし者達
「招集に応じてくれ、感謝する。神奈川県平塚市の民家で、死神のサルベージ事件が発生することが予知された」
 もっとも、今回のサルベージは、今までのようなデウスエクスを蘇生させるものとは違う。そう言って、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)は集まったケルベロス達に、自らの垣間見た予知について語り始めた。
「この事件を起こすのは、『無垢の死神』イアイラだ。彼女は生きた人間の魂をサルベージして殺害することで、死体を屍隷兵にして人々を襲わせることができるようだな」
 襲われるのは、友達のいない小学校高学年から高校生くらいの男子学生。洗脳に近い魔法効果で自分に恋心を抱かせたうえで、その恋心をサルベージする。そして、残った死体を素材として自分好みの外見の屍隷兵を作り、更なる襲撃事件を起こそうとしているらしい。
「一応、戦場となる市街地の避難も行われてはいるが……完全に避難を完了させるのは、難しいようだな。念のため、年頃の少年がいる家をピックアップしておいたから、敵の出現ポイントと合わせれば、動きを予測することも可能だとは思うが……」
 そこまで言って、クロートは多数の赤丸が付いた地図を取り出しつつ、言葉を切った。今回の事件、発生する屍隷兵は1体だけではない。イアイラは合わせて3体の屍隷兵を作成してから撤退しているため、個別に行動する3体の敵を相手取るために、チームを分けねばならないのだ。
「事件の発生する時刻は深夜。敵の出現するポイントは、駅前の広場、海岸近くの公園、アーケードのある商店街の3ヶ所だ。時刻が時刻だけに人影もまばらだが、それでも完全な無人ではないからな。避難誘導だけでなく、敵を引き付けるか、もしくは誘導するかした方が、安全に戦えるかもしれないぞ」
 屍隷兵が狙うのは、『被害者の少年と趣味や性格が似ており、かつ友達がいないと思われる少年』である。敵は自分の同類を感知して向かってゆく性質を持っているので、これを利用すれば上手く誘導することもできる。
 今回の事件で被害者となった少年に共通するのは、友達がおらず、動物が好きであるということ。屍隷兵となった彼らの知性は失われているが、それでも同類として友人になれるような説得ができれば、動きを止める事も可能かもしれない。
 ちなみに、敵の屍隷兵達は戦闘になると、巨大化した獣の腕や、頭部から生えた角を使って攻撃して来る。バトルガントレットを装備したオウガを相手にすると思えば分かりやすく、事実、似たようなグラビティを使用する。
「悪戯に恋心を抱かされた上に、殺された挙句、外見すら奪われてしまうとはな……。これ以上、彼らから大切なものを喪失させてはいけない。せめて、人を殺める前に、在るべき場所へ帰してやってくれ」
 既に涙さえ枯れ果てた者達に、新たなる悲劇を紡がせるわけにはいかない。最後に、それだけ言って、クロートはケルベロス達に依頼した。


参加者
八代・社(ヴァンガード・e00037)
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
燎・月夜(雪花・e45269)
統倉・豹迦(一匹豹・e66285)

■リプレイ

●寂しさの果て
 夜の駅前に吹く風は、少しばかり潮の香りを含んでいた。
 海が近いからだろうか。通りの脇を流れる河川はの流れは止まって見える程に緩やかで、時折、微かに波を立てては堤防のコンクリートを濡らしている。
 会社から帰宅するサラリーマン達の姿も、今は殆ど見られない。稀に、酒に酔った者が千鳥足で歩いてはいるものの、それも直ぐに路地裏の中へと吸い込まれるようにして消えて行く。
(「とりあえず、駅前の封鎖は完了したか……」)
 立ち入り禁止のテープを張りつつ、ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は改めて周囲の気配に意識を集中させた。
 酒の無い夜更かしは久々だ。だが、身体の芯まで冷やすような寒さのせいで、頭だけは冴えている。
 ふと、広場の中央に置かれた噴水の方へ目をやると、そこにはいつしかボロ雑巾のような衣服を纏った、巨大な腕の少年が立っていた。
 生気を失い淀んだ瞳。天を貫くような鋭い角。一見してウェアライダーかオウガとも見紛うような姿をしていたが、しかしルースは彼が危険な屍隷兵であることを知っていた。
「あ……ぁぁ……」
 何かに引き寄せられるようにして、屍隷兵の少年はルースへと向かって行く。もっとも、その動きはどこか、判断を迷っているようにも思われるものだったが。
「……何見てんだよ。クソガキの貴様と俺が、同類なわけがなかろう」
 それだけ言って、ルースは屍隷兵と化した少年が答えを出すよりも先に、真っ向から彼のことを突っ撥ねた。
「……ッ!?」
 瞬間、屍隷兵の身体が激しく揺れ、その首元から黒く濁った体液を巻き散らして前方に倒れた。
「……うぅ」
 唸り声を上げながら巨体が再び立ち上がる。その視線の先に立っていたのは、二振りの刃を構えた御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)。
「死を撒くモノは冥府にて閻魔が待つ。潔く逝って裁かれろ……」
 それだけ言って、後は何も言わなかった。
 たとえ、どのような理由があろうとも、悪戯に死を撒くのであれば討つ。正義等というもののためではなく、ただ業を裁くためだけに。
「うぅ……おぉぉぉっ!!」
 首筋を伝って流れる液体に指で触れ、屍隷兵は声高に吠えた。そのまま、力任せに大地へ拳を叩きつければ、瞬く間にアスファルトへ亀裂が走り、瓦礫の津波となって襲い掛かる。
「やるぞ、カイリ」
「了解、ヤシロ」
 物陰から様子を窺っていた八代・社(ヴァンガード・e00037)と眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)の二人が、互いに頷き飛び出した。
 周りに一般人の気配はない。ならば、もはや身を隠して様子を窺う必要もない。
「ひどい夜だ。せめて、これ以上誰も傷つけることのないように」
「終わらせよう。おれ達の全力で、最速で」
 孤独の果てに怪物と成り果てた少年。彼に罪がないことは、十分に承知しているつもりだ。しかし、それでも、人に仇なす存在として、悲劇を広めるというのであれば。
「M.I.C、総展開! 終式開放ッ!!」
「幻をボクに、痛みをあなたに」
 光の拳が真横から屍隷兵の顔を殴り飛ばし、続けて繰り出された大鎌の刃が、魔獣の如く肉を抉る。激痛に唸り、吠える屍隷兵だったが、それでもケルベロス達は攻撃の手を休めることはしなかった。
「うぁ……うぅおぁぁぁっ!!」
 荒れ狂う屍隷兵。なぜ、どうして、自分が拒絶されなければいけない。自分はただ、友達が欲しかっただけなのに。闇夜に吠える怪物の姿は、孤独に耐え切れず泣き叫ぶ子供そのものだ。
「駄々をこねたところで、同情はしない」
 それでも、白陽は何ら動ずることなく、手にした刃で斬り返す。凄まじい風圧と共に迫る剛腕の一撃で吹き飛ばされ、砕かれた大地の破片に全身を傷つけられようとも、その顔から自信に満ちた笑みが消えることはなく。
 力と力のぶつかり合う攻防戦。互いに防御は捨てている。ただ、ひたすらに攻撃あるのみ。今宵の敵が1体だけでない以上、悪戯に戦いを長引かせれば、それだけ他の地で戦っている仲間の負担が増す。
「ぐぅぅあぁぁぁっ!!」
 片腕を斬り飛ばされた屍隷兵が、角を振り立てて突撃して来た。その一撃は真正面からルースの腹を貫いたが、それでもルースは済んでのところで、突き刺さった角を握り締めて受け止めた。
「失恋に塗る薬は持ち合わせていない。せめて顔だけでも治してやれれば良かったのだが……この顔は手遅れかもな」
 今の自分には、元の人間に戻すための術はおろか、愛情や温もりを教えてやる術さえない。ならば、腐っても医師である自分にできることは、目の前の彼を一刻も早く、この無間地獄から解放してやることだけだと。
「命の行動原理はふたつ。『愛』と『恐怖』だ」
 これから全身を走る痛みは、果たしてどちらに受け取れるか。無論、答えは聞くまでもないのだろうが、だからと言って躊躇う理由は何もなく。
「あっ……ががぁぁぁぁっ!!」
 両目を見開き、指先を振るわせる屍隷兵。内から破壊される痛みに震える彼の命は、もはや欠片程しか残っていない。
「もはや、救えないというならば……」
「うん。……終焉は、ボク達の手で与えよう」
 音速を超えた社の拳。黒き獣へと変化した戒李の拳。
 二つの拳が、真横から屍隷兵の身体へと突き刺さる。衝撃で角が折れると同時に、内蔵の潰れる嫌な感触と、肋骨の砕ける音が、二人の腕と耳に伝わった。
「……ぐ……ぁ……」
 アーチのような軌跡を描いて、屍隷兵はビルの壁にぶつかり落ちる。一瞬、その指先が動いたかのように思われたが、しかし敵は最後に低く呻いたかと思うと、そのまま二度と再び立ち上がることをしなかった。

●嘆きの海
 公園に響く海鳴りの音。夜の帳が降りてしまえば、吹き付ける海風もまた激しさを増す。
「あとどンぐらいいけるよ、レティシア!?」
「ご心配なく。……まだ、余裕は十分にありますから」
 焦りを隠し切れない様子の統倉・豹迦(一匹豹・e66285)に対し、レティシア・アークライト(月燈・e22396)は軽く微笑んで返す。事実、ウイングキャットのルーチェと共に壁となっていることで、彼女は敵を引き付けつつも、巧みに負傷を分散していた。
 もっとも、戦いが長引けば、それだけ負傷も蓄積して行く。だからこそ、少しでも彼女達のフォローに回りたいと思う豹迦だったが、彼が繰り出した渾身の蹴りは、屍隷兵に易々と避けられてしまった。
「ああ、クソ! ジッとしてろよ木偶の坊が!!」
 先程から、このような状況が延々と続いていることで、豹迦は苛立ちを隠し切れずに叫んだ。
 敵との力量差を考慮した場合、本来であれば、フォローが必要なのは豹迦の方だ。狙撃に回ったり、回復行動に特化したりすればスタンドアローンでも立ち回れたのかもしれないが、そんな彼が選んだ戦法は撹乱。それも、攻撃に特化した戦い方だ。
「霧よ、厳かに応えよ。暁を纏いて、彼の者に尽きせぬ闘志を」
 薔薇の香りを纏った霧で、レティシアは自らの傷を癒しつつ守りを固める。が、それは即ち彼女自身が攻撃に回る余裕を失うことも意味しており、相棒のルーチェにしても、それは同じだ。
 攻撃を確実に当てるには、敵の動きを止めねばならない。しかし、その動きを止める者が攻撃を満足に当てられない状況では、そもそも攻撃の軸となる起点が存在しない。
「クソッ! このままじゃ、ジリ貧だぜ……」
 今はまだ耐えられているが、いずれは削り殺される。一瞬、最悪の事態が豹迦の脳裏を掠めたが……どうやら、それは杞憂だったようだ。
「遅刻しちまったな。怒らないでくれよ、スウィート」
「やっぱり、レティが後ろにいると安心するね」
 剛腕を振り上げて迫る敵に、飛び込み様に一刃を浴びせたのは社と戒李の二人。正にぎりぎりのタイミングで、なんとか救援が間に合った。
「遅ェぞお前ら! もっと早く来れなかったのかよ!!」
「ごめんね。これでも、全速力で来たんだよ?」
 文句なら、後でたっぷり聞いてやる。豹迦の言葉を軽く流し、戒李は大鎌を構え直す。
 人数的にも戦力的にも、これで五分以上に持ち込めた。もっとも、今までの戦いで敵の体力が左程削られていなかった故に、速攻で倒すというのは難しかったが。
「豹迦。まだ行けるか?」
「当然! 俺はいいから、レティシアを何とか……!?」
 そう、豹迦が社の問いに答えた矢先、彼を狙って敵の腕が繰り出される。
「うぅ……おぉぉぉ……」
 ヒグマを思わせる巨大な手が、左右から挟み込むようにして襲い掛かって来た。間髪入れず、ルーチェが守りに入ったが、敵の攻撃は鉄塊をも磨り潰す程の威力を持つ。さすがに耐えることはできず、そのまま夜の闇へ溶けるようにして消えてしまったが。
「拙いな。このままでは、突破されるか?」
「大丈夫、こちらはまだまだやれます」
 社の心配を他所に、レティシアが束縛の鎖で敵を絡め取った。仲間の数が増えたことで、少しでも攻撃に転ずることができたのは幸いだ。
「よっしゃァ! もらったぜェ!」
 今度は外さない。外すはずがない。
 黒き肉食獣のものへと変わった豹迦の手が、敵の顔面を真正面から叩き潰す。角が砕ける音がして、悲しき屍隷兵となった少年は、そのまま静かに崩れ落ちた。

●孤独な回遊魚
 夜の帳が落ちた商店街。普段であれば、昼間の喧騒が嘘のように消え去って、辺りには誰もいないはず。
 だが、今宵に限ってアーケードの下に広がる街は、まだ眠りについてはいないようだ。叩き付けるようにしてシャッターを揺らす音の正体は、決して海風の類などではなく。
「寂寞を慰められて魔性に堕ちたか……。わかるよ、などとは軽々しく言えまいよ」
 光の盾を構えて攻撃の威力を殺そうとしつつ、ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は屍隷兵と化した少年へ告げた。
 できることなら、君からは苦痛と悲しみの叫びではなく、美しい魚の話を聞きたかったと。そう、ネロが思ったところで、強烈な拳の一撃が、彼女の張っていた光の盾を木っ端微塵に打ち砕いた。
「やれやれ、とんでもない怪力だ。少しでも気を抜けば、それだけで全身の骨を折られてしまいそうだよ」
 赤く腫れ上がった左腕を軽くさすりながら、ネロは再び光の盾を張り直す。見れば、自分の叩きつけられた店のシャッターに、巨大な凹みが出来ている。
「そろそろ苦しくなって来ましたね。ですが、今は耐えねばなりません」
 ネロの後ろで如意棒の形を組み換え、燎・月夜(雪花・e45269)が飛び出した。
 あの屍隷兵に、力技で敵うとは思っていない。しかし、理性を失い腕力に任せて攻めて来る相手であれば、その勢いを殺すことはできる。
「せめて貴方が人を殺めてしまう前に、私達が……!」
 迫り来る剛腕を受け流しつつ、月夜は敵の腕を打ち据え、その頭に生える鋭い角を叩き折った。その度に、屍隷兵と化した少年が悲痛な叫び声を上げたが、それに惑わされてはならないと、自らの心に楔を打った。
「うぐ……ぐぅぅ……」
 嗚咽のような呻き声を上げながら、屍隷兵が鋭い爪の生えた指先を繰り出して来る。すかさず、割り込んで受け止めるネロだったが、その爪先が彼女の身体を抉ると同時に、傷口が急激に重たくなり、感覚までも喪失した。
 これは拙い。このまま放置しておけば、いずれ自分の肉体を石のように固められてしまう。
 こういう時は、慌てた方が負けだ。呼吸を整え、気の流れを正常化させることで呪詛を振り払うが、しかしそれだけではいずれ追い詰められる。どれだけ体勢を整え続けたところで、蓄積するダメージは確実に彼女の体力を削り、徐々にだが戦うための力を奪って行く。
 さすがに、これ以上は限界か。そう、二人が思った矢先、飛来したのは数多の斬撃。
「……ぎぃっ!?」
 背中を幾度となく斬り付けられ、屍隷兵が膝を突いた。後ろを振り返り、怒りとも憎しみとも取れる視線を向けた先にいたのは、白陽とルースの二人だった。
「どうやら、間に合ったようだが……」
「戯れはこれまでだ。早急に片付けるとしよう」
 手にした刃が闇夜に光る。理由はどうあれ、人を捨てた存在であれば、下手な同情は苦しみを長引かせることにしか繋がらない。
 刀と剛腕が激突する。巨大なチェーンソーが唸りを上げて、怪物となった少年の体を抉る。
「うぅ……がぁぁ……っ!!」
 先程とは一転、攻めに出たケルベロス達の猛攻を前にしては、さしもの屍隷兵も敵わない。守り、長引かせるための戦い方ではなく、倒し、殺すための戦い方。命の奪い合いに限って言えば、今宵生まれたばかりの屍隷兵よりも、番犬達の方が数段上手だ。
「剣の愛する君は鞘、剣に愛された故に君が鞘……」
 それでも力の限り暴れ回らんとする屍隷兵に、ネロは束縛の呪文を唱えた。
 途端に力無く崩れ落ち、敵は腕を降ろして頭を垂れる。降参したのではない。戦うための力を封じられ、その意思に反して身体に力が入らないのだろう。
「あ……ぐ……」
 心なしか、屍隷兵と化した少年は、どこか泣いているようにも見えた。が、既に人であることを捨ててしまった彼の瞳は、涙を零す術さえ忘れてしまったようだった。
「貴方は可哀想な人……でしたが今は違います。だからせめて、安らかに逝かせてあげましょう」
 もう、この辺りで終わらせなければならない。心臓より湧き上がる『混沌』を刀に纏わせ、月夜は呪詛を纏った一閃にて、屍隷兵へと叩き付ける。
「散ったなら新たな花を咲かせましょう。……もっとも、これは一時の幻に過ぎませんが」
 その刃が見せるのは、仮初の安らぎ。行き着く先は無明の闇かもしれないが、それでも死ぬ間際には、せめてもの夢を見せてやれればと。
「……あぁ……ぁ……」
 糸が切れるようにして、屍隷兵の喉から漏れる声が掠れ、消えて行く。泡沫の夢に抱かれて逝く様は、奇しくも生前の少年が愛した、美しい魚達の末路に重なって見えた。

●泡沫に消える
 公園の敵が片付いたと商店街を担当するメンバーに連絡があったのは、それから程なくしてのことだった。
「ネロもお疲れ様」
「腹が減ったろ。温かいメシを作ってやるよ。リクエストはあるかい、ネロ?」
 今宵の風は、特に冷たい。その寒さを忘れたかったからだろうか。
「そうさな、暖かいシチューを貰おうか」
 戒李と社に、ネロは大きく腕を伸ばして返事をした。
「ついでに、酒でも買って帰るか。今晩は、どうにも身体が冷えて嫌になる」
「そうですね……。私も、美味しいお酒が飲みたいです。この悲しい夜の終わりの印に……」
 ルースの呟きに重ね、レティシアもまた夜空を仰いで言葉を紡ぐ。
 何かを掴もうとして、しかし掴めず、自らもまた泡のように消えてしまった3つの命。せめて、彼らの魂にだけは、安らぎがあらんことを祈りながら。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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