勇気ある者に、祝福を

作者:波多野志郎

 悲鳴が、夜のデパートに響き渡る。その騒ぎの中心で、つまらなそうに『暗礁の死神』ケートーは視線を巡らせた。
 ケートーは美しい女性の姿をしていた。しかし、それも上半身のみだ。目を持たぬ無数の犬の顔と巨大なタコが融合した異形の下半身は、通常の人間なら恐怖にかられるのも当然だった。
 だから、詰まらない。そう言いたげに、ケートーは進んでいく――あまりの恐ろしさに、へたりこんでしまった子供を路傍の石のように踏み砕こうとした、その時だ。
「や、止めろ!」
 割り込んできたのは、デパートの警備員だった。涙目になり、ガチガチと歯を鳴らしながら子供を守るために立ち塞がったのだ。その光景に、ケートは吐息を漏らす。
「……ああ」
 それは、まるで硬い蕾が綻ぶかのような恍惚な笑みだった。
「その勇気、気に入った。われら姉妹の計画の為、お前の勇気サルベージさせてもらう」
「逃げ、て、逃げろ、ぎゃ、あああああああああああああああああああああ!!」
 バリバリ……、と硬いものを噛み砕く音と一層の悲鳴が周囲を満たした。ケートーは犬が頭を撫でると――そこに、一体の屍隷兵が生まれた。
 人の体の面影を残した、異形の竜人だ。かつて、警備員だったソレにケートは告げた。
「おまえと同じ勇気あるものを殺して、私達に捧げなさい」

「あるデパートで、死神のサルベージ事件が起ころうとしています」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の表情は、あまりにも硬い。それだけ凄惨な光景を『見た』という事だろう。
「『暗礁の死神』ケートーは、生きた人間の魂をサルベージして殺害、死体を屍隷兵にして人々を襲わせます。襲撃を受けた施設では、多くの人が逃げ惑っており、生み出された三体の屍隷兵が別々に人々に襲い掛かろうとしています」
 デパートから避難した人々の救護活動は、警察と消防が引き受けてくれている。しかし、屍隷兵が暴れているため、ケルベロスでなければ手が負えない状況だ。
「……これ以上の被害が出ないよう、屍隷兵の撃破をお願いします」
 事件現場のデパートは、三階建ての建物だ。一階から三階まで、各階に一体の屍隷兵が暴れている。
「このデパートは、中心にエスカレーターがあります。このエスカレーターは吹き抜けにもなっているので、下へ降りる分には飛行や落下できれば大幅にショートカットできるでしょう」
 放置すれば、多くの命が奪われるだろう。配置は任せるが、三体をどんな順番でどうやって倒すか。あるいは、合流させて倒すかが問われる事になる。
「屍隷兵は、ケートーから『ウツシ』と呼ばれており、勇気のある者を探して殺そうとする性質があります。みなさんが勇気を見せつければ、優先的に襲ってくる筈なので、うまくその性質を利用すれば被害を抑えられるかもしれません。どうか、これ以上被害が出る前に……よろしくお願いします」


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)
ラハブ・イルルヤンカシュ(通りすがりの問題児・e05159)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)
ユリス・ミルククォーツ(蛍火追い・e37164)
山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)

■リプレイ


 悲鳴が、夜のデパートに響き渡る。その声をヘリオンの中で耳にしながら、山下・仁(ぽんこつレプリカント・e62019)が言い放った。
「せめてこれ以上彼らの名誉が傷つかぬよう悲しみが増えぬよう、彼らは止めてみせるでやんす!」
 ケルベロス達が、ヘリオンから次々と降下する。デパートの屋上は、昼間ならフードコーナーは家族連れで賑わっているだろう。だが、今は人影はない。その中を、ケルベロス達は走り抜けた。
 階段を駆け下りて、三階へ――ユリス・ミルククォーツ(蛍火追い・e37164)とエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)が先行し、デパートの中心へと駆けていった。
「ッ!!」
 ユリスとエリオットは、迷わず吹き抜けを飛び降りた。落下の途中、エリオットは二階の手すりを掴んで急停止。即座に、二階へと着地する。
「ここは僕に任せて、皆さんは落ち着いて非常口へ! 大丈夫。ケルベロスは決して負けません!」
 エリオットの張り上げる声に、一般人達から歓声が上がった。それだけの信頼と実績が、ケルベロスにはあるのだ。そして、アルティメットモードのエリオットの姿が恐怖ですくむ一般人達を励まし、動く力を与えてくれた。
 わずかに遅れ、ユリスは一階に降り立つ。プリンセスモードで変身したユリスが、周囲の人々へ告げた。
「敵はぼくが引き受けます! みんなは避難してください」
 こうして、一階の人々も混乱から立ち直り避難がスムーズになっていく。ユリスは、そのまま一階の中心で言った。
「ここにはぼく一人です! ぼくの勇気を試そうというなら一人でも三人でもかかって来るといいでしょう」
 ――屍隷兵ウツシの実力は、ケルベロス一人で対応できるものではない。足を止めたいのなら二人から三人、確実に倒しに行きたいなら四人以上の戦力がいるだろう。ならば、ユリスとエリオットの行動は愚鈍であり、蛮勇と言うべきだろうか?
 否、戦力差を理解できないのなら愚鈍であり、思い上がれば蛮勇だろう。しかし、戦力差を知り覚悟を決めて挑むのならば――それは、まごうことなき勇気だ。
「あああ、あ……あ……」
「ああ、あ……ああ……」
 ズルリ、と足を引きずるように一階と二階のウツシがユリスとエリオットの前に姿を現した。
「向こうは接触したみたいね」
 一階と二階で屍隷兵との戦闘が始まったのを見て、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)が言う。三階にいたウツシもまた、ケルベロス達の前へと姿を現した。
 その異形の姿に、クラト・ディールア(双爪の黒龍・e01881)は思わずにいられない。
(「そこまでして得る“成果”とは?」)
 ウツシ、屍隷兵に話せるような知性があるとは思えない。あったとしても、知ってはいないだろう。あるいは、『暗礁の死神』ケートーなら答えを持つだろうが――ここに、あの異形の死神の姿はなかった。
「――どうした? かかって来い」
 霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)が、弾倉内の弾丸を目にも留まらぬ速さで適当に撃ちかけた後、ガンスピンとリロードを見せつける。それは技術と度胸を併せ持った挑発だ。和希の銃士の挑発(ジュウシノチョウハツ)に、ウツシは前へ出る。床を踏み砕きながら、異形の巨躯で和希に襲いかかろうとした瞬間だ。
「ん、キャッチ&リリース」
「ガッ!?」
 ラハブ・イルルヤンカシュ(通りすがりの問題児・e05159)が、ブラックスライムが形どった竜の首でウツシを咥え込んだ。ギシリ、とウツシは踏みとどまる――しかし、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)の陰陽翻転斧が、すかさずウツシの足を深々と切り裂いた。
「おいで、貴方がどれだけ強くっても……絶対に誰も傷つけさせないんだからぁ!」
 咲耶とラハブが、吹き抜けから飛び降りる。それと同時、ブーツの底からジェット噴射して加速した仁がウツシに組み付いた。
「一緒に落ちてやるでやんす!」
「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 ウツシが、吹き抜けへと転がり落ちる。三階から、一気に一階へ。翼飛行で空中に静止したラハブのブラックスライムが、ウツシを吐き出した。
「ん、漁業漁業。二階の方は――」
「私が行く。そちらは、任せるわ」
 一階の二体は、六人がいれば大丈夫だろう。そう判断したロビンが、吹き抜けから二階へと降りていった。
 遅れて和希がダブルジャンプで空中で急停止、着地に成功した。
「お待たせしました」
「いえ、むしろ早いくらいです」
 次々と降りてくる仲間達に、ユリスは微笑む。二体のウツシを対峙しながら、翼飛行で舞い降りてきたクラトが凛と言い放った。
「さて、これは難しい事でしょうが……一般人に手を出しするのは、臆病者がする事です!」
「あ、あああああああああああああああああああああ!!」
 二体のウツシは、そのままケルベロス達へと襲いかかった。


 ――物は上から下に落ちる。
 重力というものを理解していれば、デパートは瞬く間に一方通行ながら簡単に移動が行える戦場へと変わった。対して、ウツシに戦場を選択するような知性はない。あるのは、自分と同じ勇気ある者を殺す事、それだけだ。
「が、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 一体のウツシが、その口から氷のブレスを吐き出した。氷は氷柱状となり、弾丸のように放たれる――ユリスは如意棒で、その氷柱を受け止めた。
(「勇気は無謀な事では無いですし。計算に裏打ちされた勝利でもないです」)
 眼の前のこのウツシは、かつての人はどうだったのだろうか? ユリスは、思う。きっと、自分より弱い人を守りたいという心を持っていた人なのだろうと。
「その勇気を利用するようなケート―は許せないです……!」
 如意棒が、唸りを上げる。氷柱を弾いた勢いを利用して、ユリスは斉天截拳撃をウツシへと叩き込んだ。
「ぐう、が……!」
 ウツシの体が、くの字に曲がる。そこへ、降魔を宿したラハブのブラックスライムが食らいついた。
「ん、いただきます」
 ギギギギ! と軋みを上げながら、竜の顎が閉まるのをウツシは抵抗する。その瞬間、クラトが角に、翼に、喰霊刀に、蒼い炎をまとわせた。
「熱き炎よ、この身に顕現し。我が刃となり焼き尽くせよ。蒼炎、風波爪咒」
 クラトの振り払った刃が、蒼い衝撃波となってデパート内を吹き荒れる! ウツシはクラトの初ノ式・風波爪咒(ウノシキ・フウハソウジュ)を受けて、吹き飛ばされた。
「が、が……!」
「あ、あああああああああああああああ!!」
 ウツシが、立ち上がる。そこへ詰め寄ろうとしたケルベロス達を牽制するように、もう一体のウツシが長い尾を薙ぎ払った。
「気をつけてねぇ」
 咲耶が、メタリックバーストの粒子によって仲間達を回復させていく。咲耶の忠告にうなずいて、和希はイクスを鋼の鬼へと変えた。
「行くよ」
 狂気ではなく決意を瞳に宿し、和希は友の拳を震わせる。和希の戦術超鋼拳を、ウツシが両腕で防御。受け止めるが、そこへすかさず仁が疾走した。
「せめて、苦しませないでやんすよ!」
 やればできると信じて、仁が拳を握る。ジェット噴射による加速を得た仁は、全体重と速度を乗せた大器晩成撃で一体のウツシをついに粉砕した。
「まずは一体よぉ」
 咲耶の言葉に、ユリスがうなずく。二体に、六人で挑む――この状況を作れた時点で、ケルベロス側の優位は大きい。二階ではエリオットとフォローに回ったロビンが、足止めに徹していた。誘導する事は出来なかったまでも、二人でしっかりと対応してくれるのはありがたい。
 だからこそ、確実に一階のウツシを倒すのに集中できたのだ。
「勇気は一人だけで得られる感情ではないです。一緒に戦う仲間を信じる事が。ぼくに勇気をくれるのですよ」
 微笑み、ユリスはウツシと対峙する。ウツシが動こうとした瞬間、仁が後から組み付いた。
「やい! デカ物! こっちでやんす!」
 ウツシが、仁を尾で振り払おうとする――その動きを読んで、クラトが呪詛を宿した刃を振るった。
「それを待っていました」
 片足をクラトに深く斬られて、ウツシが体勢を崩す。反対側へと滑り込んだユリスが、逆の足を刀で切り裂いた。
「あ、がが!?」
「ラハブさん!」
 ウツシが、膝をつく。ユリスの声に、ラハブがブラックスライムの竜の三つ首を一斉に放った。
「美味しそうじゃないけど大丈夫。私だいたい何でも美味しくいただく」
 上から飲み込まれたウツシが、なおもあがく、もがく。そこへ、和希が右手をかざし、咲耶が御札を放った。
「……終わりだ」
「四つ裂き八つ裂き! 裂かれに裂かれて咲き誇れ!」
 和希が右手を握った瞬間、サイコフォースの爆発が巻き起こり、咲耶が御札に封じられた呪を解き放ち、ウツシを八つ裂きにする斬撃を生み出した。爆発に飲み込まれ、切り刻まれていく――勇気があったからこそ、凄惨な結末を迎えた者の、最期だった……。


 一階での戦闘音を聞きながら、エリオットはゾディアックソードを構え言い放った。
「騎士の名に誓い、人々には指一本触れさせない。貴方の分まで……必ず守ってみせる!」
 ウツシが、尾を振るう。その尾の一撃を受け止め、エリオットはズサァ! と靴底をすりながら踏み止まった。
 ウツシが、不意に動きを止める。それは唐突に出現した巨大なドラゴンに、気づいたからだ。
「ほら、いまのうちに立て直して」
 ゴォ! とロビンのドラゴニックミラージュが、ウツシへ炎を打ち付けた。ウツシはドラゴンの幻影が放ったブレスに、思わず後退する。その隙に、エリオットは自身にマインドシールドを展開した。
「人々のために勇気を奮った、強く心優しい人が、こんなことになるなんて……」
 ギシリ、と剣を握るエリオットの手が軋む。正しい行ないが、悪しき思惑に踏みにじられる。そのような事は、絶対にあってはらなない事だ。しかし、その結果が目の前にあるのが事実だ。
「罪のない人が犠牲になる裏で、邪悪な奴らは今も笑っている。何度こんなことを繰り返せば気が済むんだ……!」
「あの警備員たちは、きっと勇敢だった。それはわかるのよ」
 血を吐くようなエリオットの声に、ロビンは表情を変えずに呟く。そして、こちらを威嚇してくるウツシへと、ロビンは視線を向けた。
「ただ、……わたしはあなたたちデウスエクスを、痛みを、死を、恐れるこころは、たぶんずっと昔に失ってしまった。死んでやるつもりは、さらさらないけれど――」
 ロビンは、ただ静かに疑問をこぼすだけだ。
「……勇気って、なんだろうね。少なくとも、踏み躙っていいものじゃないはずなのに」
 その疑問に、エリオットは答えない。納得のいく答えは、いくらでもあるだろう。そして、納得のいかない答えもいくらでもあるのだ。だからこそ、自分が行動で示せるものしか、エリオットにはない。
「――僕はもう迷わない。迷えば「この人たちが守りたかったはずの人々」まで、守れなくなってしまうから」
 真っ直ぐに、エリオットがウツシを見る。ウツシは、エリオットに襲いかかる。それこそ、答えの一つだと認めるように。
「たとえ心が血を流そうとも、僕は決して後には引かない。この人たちをこんな姿に変えたケートーを倒し、悲劇の連鎖をとめるその日まで……!」
 ウツシが、氷柱のブレスを放つ! それにエリオットは、聖剣を掲げ応じた。
「天空に輝く明け星よ。赫々と燃える西方の焔よ。邪心と絶望に穢れし牙を打ち砕き、我らを導く光となれ!!」
 いと高き希望の星(スター・オブ・エアレンディル)――エリオットの闇を切り裂く光芒が、氷柱を相殺。バキン! と音を立てて、破壊した。
 そこへ、一階から飛び上がったラハブとクラトが続いた。
「逃れ得ることなき悪意を貴方に」
「ここから先は、俺達も相手です」
 ラハブの悪を選びし創造神(アンラ・マンユ)による地獄の権化たる一撃と、クラトの空の霊力を帯びた刀の一閃が、ウツシを捉える! ウツシは、構わず前へと出た。その道を塞ぐように、和希と仁が塞いだ。
「お待たせしました」
「本当、よく耐えてくれたでやんす!」
 和希の戦術超鋼拳が上から押し潰し、仁の射撃攻撃で相手の注意を引き付けると同時に謎の電波が動きを奪った。ギシ……! と体を軋ませたウツシへ、咲耶とユリスが駆け込んだ。
 咲耶の陰陽翻転斧の振り下ろしが、ユリスの日本刀の鋭い一閃が、ウツシの胴を捉えた。
「ロビンちゃん!」
「終わらせてあげてください」
 咲耶とユリスの言葉に、ロビンは小さくうなずくと魔女のしもべを生み出した。夜を裂くもの。オブシディアンの深淵宿す鋭き黒爪の持ち主。
「……おやすみなさい」
 怜悧なる三日月にも似たヘクセ・クレスケンスの一閃が、ウツシを切り裂いた……。


 戦いは、こうして終わりを告げた。しかし、勝ったという高揚感はどこにもなかった。
「勇気ある者……それは、どういう意味なのでしょうか?」
 クラトは、ぼそりとこぼす。人を助ける勇気、強敵に立ち向かう勇気、弱い者を助ける勇気……沢山ありすぎて分からない。どれが正しいのか、あるいはどれも正しいのか――その答えは、ここでは出ない。
「――――」
 和希は、ウツシとなってしまった者達に黙祷を捧げた。ある者は虚しさを、ある者は決意を――ケルベロス達は、知っている。これは終わりではなく、始まりなのだ、と。
 それでも、犠牲となった者達へ祈る時間はあった。彼等こそが、自分達以外の犠牲者を出さぬようにと勇気を振り絞った者達だったのだから……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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