君だけのカマドウマ

作者:水無月衛人

●願いを叶える便所コオロギ
「くそぅ……あいつらいつもバカにして……」
 夕暮れ時。一人の少年が冴えない表情でとぼとぼと学校からの帰り道を歩いていた。
「虫が好きで何が悪いんだよ……」
 彼の悩みは、自身の昆虫好きを周囲から貶される事だった。昆虫であれば見境なく何でも好きになってしまう性格が災いして、子供ゆえの過度の冷やかしを毎日のように受けていた。
「ゾウリムシもハサミムシもカミキリムシも……カマドウマだってみんな可愛いじゃないか」
「ほう、そんなに虫が好きか? 少年よ」
 声を掛けられて、ふと顔を上げる。少年の前には二匹の昆虫人間が立っていた。
 一匹はバッタの、もう一匹は茶色いコオロギもどき──カマドウマのような姿をしている。
「す、好きだけど……」
 少年はぎょっとしながらも逃げ出さずに返事する。根っからの虫好きである彼にすれば、人間大もある昆虫でさえも興味の対象だった。
 少年の返事を聞いて、バッタの姿をした昆虫人間は満足そうに頷いた。
「丁度良い。昆虫を愛する君にこいつをプレゼントしよう。こいつは君の願いを叶えてくれる力を持っている特別な存在だ」
 そう言って、連れていたもう一匹のカマドウマを少年に差し出した。
 少年は一瞬だけ表情を輝かせたが、すぐに顔を曇らせる。
「でも、そんなのと一緒にいたら、またみんなに馬鹿にされるし……」
「ふふ、気にする事はない。こいつと共にいれば、そんな悩みなどすぐに解決してしまうだろう。そう……あっという間にな」
 俯く少年に対してバッタ人間は小さく笑いを漏らした。
「いいか、少年の言う事を聞くんだぞ。……ちゃんと、漏らさずにな」
 そうカマドウマに言い聞かせると、バッタ人間は戸惑う少年の声も聞かずにその場を立ち去っていった。
 ──翌朝、少年は学校の校庭でクラスメイト数人が食い殺される現場を目の当たりにするのだった。
 
●すれ違いが生んだ悲劇
「カマドウマって大きくてちょっと不気味っすよね。特に害はないらしいっすけど、部屋に出現した時には一瞬血の気が引いたっすよ……」
 その時の事を思い出したのか、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は軽く顔を引きつらせた。
「さて、そんなカマドウマが今回の敵っす。調査の結果、知性を持ったローカストが知性を失った個体を一般人に与えて、その人の嫌う人を殺させているみたいっすね。知性がなくて使い道に困る個体を遊び半分で放ち、自分はそれ以上関与しないで放置しているようです。迷惑な話っすよ」
 黒幕となるローカストを捕捉できなかった事は残念だが、だからと言って事件を放ってはおけない。
「犯行は少年が被害者のクラスメイト数人に呼び出された時……なんすけど、クラスメイトたちはどうやら親御さんに諭されて謝ろうと呼び出した時に殺されてしまうんすよ。仲直りのチャンスを悲劇にしてしまわないように、このローカストの撃破をよろしく頼むっす」
 子供のちょっとした悪戯心、それもタッチの差の行き違いで悲劇が起ころうとしているというわけだ。
「敵はカマドウマ型のローカスト一体。扱うグラビティは『ローカストキック』『アルミ注入』『アルミニウム鎧化』の三つっす。犯行場所は小学校の校庭。時間は朝っす。問題のカマドウマは犯行時以外は隠れて少年を見守っているんで、校庭で待ち伏せするか、あるいは事前に少年に対して故意に嫌われる事をして殺害のターゲットにしてもらうか、どちらかの方法で敵と接触するタイミングを作らないといけないっす」
 どちらにしろ、敵意を向けさせるために一工夫が必要という事だ。
「現場には少年と彼を呼び出したクラスメイトたち数人だけっすね。校庭が広い事もあって、待ち伏せした場合でも彼らの避難はそんなに難しくはないと思うっす」
 開けた場所、それも人のほとんどいない時間帯である事は不幸中の幸いか。
「敵の姿がアレっすから人によっては気が進まないかもしれないっすけど、デウスエクスの気紛れみたいな行為を放置するわけにはいかないっす。ふざけた行いは上手くいかないって事、連中に教えてやるっすよ!」


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
アルフレッド・バークリー(殲滅領域・e00148)
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)
弘前・仁王(龍の拳士・e02120)
叢雲・秋沙(ウェアライダーの降魔拳士・e14076)
ジュリアス・カールスバーグ(牧羊剣士・e15205)
月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)

■リプレイ

●虫への興味
「なぁ、そこの君。虫に詳しかったりするか?」
 子供たちが登校する朝の通学路。月詠・宝(サキュバスのウィッチドクター・e16953)は目的の少年の姿を見付けるとおもむろに声を掛けた。
「え? な、何ですかお兄さん……」
 突然の呼び止めに、少年は戸惑いを見せる。が、宝は気にせずどこか遠い目をして独り言のように話を続けた。
「すぐそこの公園で見た事無い虫を見付けたんだが、アレは新種かな……」
「えっ、新種の昆虫?」
 新種の昆虫とワードに、少年の顔に興味の色が差す。
 ターゲットが話に乗ってきたのを見て、宝はしめたという表情を抑えながら優しげな笑みを浮かべた。
「確かめるためにちょっと名前が知りたいんだが、良かったら教えてくれないか?」
「でも僕は……」
「俺はちょっと気になってるだけだからな。もしも君が望むのなら、持って帰っても構わないぞ」
 確実に気持ちが傾いている少年に宝は追い打ちを掛ける。すると、少年は仕方ないという素振りを見せながらも、完全に好奇心に負けた顔で答えた。
「そ、それじゃ少しだけ……ちょっと見るだけですよ?」
「ああ。……そんなに慌てなくても大丈夫だ。俺の『仲間』がちゃんと逃げないように見張っててくれてるからな」
 言葉とは裏腹に虫見たさで逸る少年を付れて、宝は仲間たちの待つ公園に向けて歩き出した。

●真に珍種なのは
「これはオオムツボシタマムシ。普通のタマムシに比べると珍しい虫ですが、新種ではありませんね。……こっちはキンイロクワガタ。これも新種ではないですけど、日本にはいない昆虫なので誰かが放してしまったのかも……。」
 公園で待っていた目面・真(たてよみマジメちゃん・e01011)とジュリアス・カールスバーグ(牧羊剣士・e15205)から二匹の昆虫を見せられた少年は、即答でその詳細を言い当てた。
「そっか。見た事ないものだったからもしかしたらと思ったけど、やっぱりそんなに甘くはなかったか」
 真が残念そうに言うが、少年は頭を振って目を輝かせた。
「でも、こんな所で目にするのはなかなか珍しいですよ。僕もちょっと興奮しちゃいました」
「君は本当に虫に詳しいな。一目見ただけで名前をぴたり言い当てるとは」
 宝が褒めると、少年は恥ずかしげに俯きながらも小さく頷いた。
「本当に昆虫が好きなんですねぇ。好きが高じて、それこそ珍しい昆虫を持って……いや、連れているのですから」
「え……?」
 ふと本題を切り出したジュリアスの言葉に、少年の表情がにわかに曇る。
「何の話かは分かるでしょう? 虫野郎から受け取った便所コオロギのことで話があります」
「え、そ、それは……」
 まさかその事を言われるとは思っていなかった少年は、明らかに狼狽した。
 何とか誤魔化そうと視線を泳がせる彼に、宝が溜め息交じりに首を振って追い打ちを掛ける。
「あんなものを連れていては、周りからの視線も厳しいだろうな。大方、学校でいじめられたりしてるんだろう?」
「……」
「どうしました? 何も言い返せないのですか?」
 青ざめた顔で黙りこくる少年に、ジュリアスは遠慮なく踏み込んでいく。
「あれは特殊な虫で、残念ながら貴方では飼育は無理です」
「そ、そんな事……!」
 言い返そうとしても言葉は出てこなかった。
「も、もういいでしょう? 僕は学校に行かなきゃ……!」
 居たたまれなくなった少年は、必死にその場を立ち去ろうとする。しかし、その行く手は宝によって遮られた。
「おっと、そうはいかねぇな」
「ひっ……」
 不遜な態度に豹変した宝に、少年は完全に怯えた様子で身を縮ませる。
 その背後から、ジュリアスがそっと問い掛けた。
「貴方、あれの餌が何か知っていますか?」
「餌……?」
 と、その問いに少年が疑問の表情を浮かべた時だった。
 ガサガサという音を鳴らして、奥の茂みから何かが空高く跳躍して宝たちに飛び掛かってきた。
 真がすかさず前に出て、その何かの攻撃を受け止めて押し返す。
 押し返されたそれは、アスファルトの地面をガリガリと削りながら足を止めた。
 薄茶色の表皮に大きな後足、長い触覚を蠢かせるそれは巨大なカマドウマだ。
「現れたな、昆虫のフリをした化け物よ。オレがその皮を剥いでやろう!」
 姿勢を低くして威嚇するカマドウマに、真がバスターライフルを構えて対峙した。
「い、いきなりどうしちゃったの……!?」
 何が起きているのか理解できず、少年が錯乱した様子でカマドウマとケルベロスたちを交互に見る。
「貴方、私たちが面倒な奴らだと思ったでしょう?」
「そ、それは……」
 パニック状態の少年はジュリアスの言葉にハッとして言葉を濁らせた。
 そんな彼に向かって、ジュリアスはさらに諭すような口調で残酷な事実を突き付けた。
「あれはね、そういう貴方の心情を拡大解釈しては、こうやって人を食い殺そうとする化け物なんですよ」

●害虫駆除
 敵の出現を確認して、周囲で待機していた仲間たちが一斉に飛び出した。
 すぐさま宝がライトニングウォールを掛けつつ、少年を連れて後ろへ下がる。
「さすがに気色の悪い大きさだけど……仕方ないか。……さあ行くよ! 悪趣味なお遊びは終わりにしてあげなくちゃね!」
 代わりに先頭を取った叢雲・秋沙(ウェアライダーの降魔拳士・e14076)が軽やかなステップでカマドウマとの距離を詰めると、降魔真拳を横っ腹に叩き込んだ。
「……!」
 カマドウマはその場で反撃に出ようと一瞬身構えるが、取り囲もうと駆け寄ってくるケルベロスたちをみて不利と悟ったのか、一度大きく後ろに跳んで距離を離した。
「ちょこまかうるせぇから、飛び回らせねぇよう一気に畳み掛けんぞ!」
 そう叫んで、陶・流石(撃鉄歯・e00001)が銃を発砲しながら敵に駆けていくと、彼女に呼応してアルフレッド・バークリー(殲滅領域・e00148)がヒールドローンを展開した。
「舞え、『Device-3395x』!」
 水晶のように煌めきながら、無数のドローンが敵の足下を目まぐるしく飛び交い、もう一度飛び退こうとしたカマドウマをその場に縛り付ける。
 動きの止まった便所コオロギに、続けてドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)のブレスが覆い尽くした。
「カカッ、やはり虫は焼くに限るのう!」
 炎の中で悶えるカマドウマを眺めながら、ドルフィン愉快げな笑いを上げる。と、その横を弘前・仁王(龍の拳士・e02120)がボクスドラゴンと共に走り抜けて行った。
「……喰らえ!」
 ようやく炎から抜け出したばかりのカマドウマの元へ一気に近付き、横顔に降魔真拳をねじ込む。
 無防備にその一撃を喰らったカマドウマだったが、さすがにやられっぱなしで怒りが湧いたのか今度は仁王に顎を広げて食い掛かった。
 主人を守ろうと代わりに前に出たボクスドラゴンが顎に捉えられてしまう。
「やああぁっ!」
 ボクスドラゴンを救出しようと、秋沙が再び敵の腹部に飛び込み、今度は獣撃拳を繰り出した。
 重みのある一撃でカマドウマは幾らかひるむ。が、すぐに跳躍してまたしても距離を取ってしまった。
「むぅー! もう、何度も飛び回って!」
 悔しそうに頬を膨らませる秋沙を嘲笑うかのように、カマドウマは咥えたボクスドラゴンを高く掲げた。
 そのまま口元に生えた棘を突き刺そうとするが、直前でその顔面はドルフィンの尾によって叩き飛ばされた。
「ふん、虫けら如きが反撃に出ようとは生意気な。己の身の程というものを教えてやらねばならぬようじゃな?」
 衝撃で顎からこぼれ落ちたボクスドラゴンを、ナノナノの煎兵衛が咥えて後方へと懸命に引き摺っていく。それを横目に見届けてから、ドルフィンはカマドウマの眼前に立ちはだかった。
 気圧されたカマドウマは体制を整えるべくまたも跳ぼうとするが、その前に側方から伸びてきた長い鎖が幾重にも身体に巻き付いて動きを封じた。
「そう何度も逃がしませんよ!」
 アルフレッドがチェインを引き、カマドウマの身体を逆に締め上げる。
「少しでも意思の疎通が出来れば、意図の一つでも聞き出してやろうかと思ったが……言葉も喋れないのでは話にならんな。さっさと死んでもらおうか」
 もがきながら鎖を噛み切ろうとする便所コオロギに、流石が渾身の一撃が叩き込んだ。
 音速を超えて轟音を響かせた拳が胸部を砕き、カマドウマは衝撃でもんどり打つ。
 と、ひっくり返った所に一つの玉が投げ付けられた。
 玉はべちゃっという水っぽい音を立てて潰れると、カマドウマの身体に同化してケタケタとけたたましい声で笑い声を上げ始める。
 その笑いをどう捉えたのかは定かではないが、カマドウマは一層激しく鎖の中で暴れ出した。
「おやおや、無様に暴れて……情けないですね」
 必死になって後ろ足で蹴りを繰り出しては空振りするカマドウマの姿に、ジュリアスは呆れた口調で溜め息混じりに含み笑いを漏らす。
「さあ、害虫駆除の時間だよ!」
 敵が逃げ回る意思を失ったのを見て、秋沙が闘気で作り出した剣を振りかざして猛然と飛び掛かった。
「これが私のとっておきっ! これでっ……砕け散れぇぇぇー!」
 体重と全身のバネと全ての闘気を乗せた一太刀はカマドウマの頭部を深々と切り裂く。
「選別代わりじゃ! 装甲と共に焼き切れるとよい!」
 脳天をかち割られてふらふらとよろめくだけになった便所コオロギを、トドメとばかりにドルフィンが漆黒の炎で焼き尽くす。
 カマドウマは黒い炎の中で黒煙と異臭を放ちながら完全に焼却され、後に残っていたのはわずかな煤だけだった。
「ムシ焼きの完成ですか。……完全に消滅しちゃって、何も残ってませんが」
 跡形もなくなった焼け跡を眺めて、ジュリアスは皮肉を込めた笑いを漏らした。

●本当に欲しかったものは
「結局、グラビティ・チェインが欲しいという本能だけの三下だったみたいだな。……他に敵の姿もない所を見ると、あれを少年に渡した奴はただの戯れでやったという事か? ……胸糞悪い話だ」
 上空から周囲の状況を見回してきた流石は、収穫がなかった事に舌打ちを漏らした。
 他の面々はその報告に溜め息を吐きつつも、まずは居所が悪そうにしていた少年に向き直った。
「悪かったな。敵を誘き出すためとは言え、キツい言い方をして」
「……いえ。僕の方こそごめんなさい。あのカマドウマがあんな危ない奴だって少しでも不安を感じていたら、もっときちんと対処する事もできたのに」
 宝に向かって深々と頭を下げる少年の背中を、ドルフィンがバシバシと叩いて励ました。
「あんな虫けら頼りでは情けないぞ? 己が身で強さを手に入れてみよ、少年!」
「自分で強さを……」
「結果的に危険を未然に防げたんですから、そんなに気にしないで大丈夫ですよ。……さあ、ここの後始末はボクたちに任せて学校に向かってください」
「は、はい……」
 アルフレッドが優しい口調でフォローを入れるが、学校というワードで少年の脳裏にクラスメイトたちの事が過ぎり、晴れかけた彼の表情に再び影を落とす。
 そんな少年に仁王は屈んで視線を合わせると、彼の小さな肩に手を置いて微笑みかけた。
「大丈夫。君の事を本気でバカにしている人なんていませんよ。他に方法が見付からなかったから、ちょっと意地悪なやり方になってしまっただけ。話してみれば、必ず分かり合えるようになります」
 仁王に続けて真も少年を後押しするように語りかける。
「ほら、そろそろ時間だろ? 学校に行ってみな、きっと良い事があるはずだぜ」
「良い事……ですか」
 言葉の真意が掴めず少年は疑問符を浮かべたが、明確な答えが返ってこない事を悟ると素直に通学路へと戻っていった。
 その背中を優しげな表情で見送りながら、仁王が仲間たちに声を掛ける。
「さて……ちゃんと仲直りできるか、片付けが終わり次第見届けに行きましょうか」
「そうだね。ここまでやったら最後まで付き合っちゃおう」
「ふむ。少しお腹が空きましたが、もうひと頑張りといきましょうかね」
 最後の任務に向けて、一同は思い思いの言葉を口にしながら現場の後始末を開始する。
 ──その日の夕方、帰り道でクラスメイトたちと楽しそうに昆虫の話をする少年の姿があった。

作者:水無月衛人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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