冥府からの刺客

作者:okina

●冥府の海より
(「――――やけに人気が無ぇな」)
 最近、めっきり肌寒くなった夜風が、モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)の頬を撫でる。奇麗な月夜の晩だというのに、いつの間にか辺りには人っ子一人、猫の子一匹すら居なくなっている。
(「こりゃぁ……アレ、か?」)
 身に覚えも、聞き覚えも大いにある。武器に手を掛け、辺りを警戒していると、次第に霧が立ち込めてくる。
「ケルベロス……お前たちが現れてから、姿を見なくなった同胞が増えてきたわ……」
 霧の奥から響く、女性の声。霧越しに伝わる、明らかな殺意と圧倒的な気配。
「大事の前に……少し数を減らしておきましょう」
 霧の中から現れたのは、身の丈ほどもある長大な刃物をもった赤毛の女性――の姿をした、何か。
「存分に抵抗なさい。見どころがあれば、死後に冥府の海から引き揚げて、弟子としてあげましょう」
 口元に僅かな笑みを浮かべて、女死神は愛刀の切っ先をモンジュへと向けた。
「あぁ、ところで――……お前は『サモン・マリネロ』の名に聞き覚えはあるかい?」


●救急指令!
「お集まり頂き、ありがとうございます!」
 ケルベトス達を前に、そう言って頭を下げる、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。その声は、どこか焦りを帯びている。
「先程、モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)さんが、デウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが繋がらず、事態は一刻を争います」
 すぐにでも救援に向かって欲しい、と彼女は言う。
「敵は女性型の死神のようです。相手の生命力を吸収する強力な斬撃と、幻霧で複数の相手を惑わす事を得意とするようです。加えて、自らの傷を癒し、妨害への抵抗力を得る術も心得ています」
 対策を怠れば苦戦は必至です、とセリカは警告する。
「ここ最近、死神勢力は非常に活発に動いています。これ以上、彼らの思い通りにさせない為にも、どうかよろしくお願いします!」
 そう告げて再び頭を下げるセリカに、集まった一同は力強く頷き、応えを返した。


参加者
天谷・砂太郎(復讐の闇に堕ちた凡骨・e00661)
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)
氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)
葛籠折・伊月(死線交錯・e20118)
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)
滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)
エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)
佐藤・しのぶ(スポーツ少女・e62849)

■リプレイ

●霧と共に来たる
 立ちこめる霧の向こうから、黒い和装姿の女死神の声が問いかける。『サモン・マリネロ』の名に聞き覚えはあるかい、と。
「……あぁ、思い出しちまったよ。人の引き込み方があんまりにも似ていたんでな」
 緑の瞳で真っ直ぐ見据え、赤髪の丈夫――モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)が静かに唸る。
「てめぇ……『あの野郎』の関係者か?」
 問い返すモンジュの手には因縁の二刀。一つは御魂刀「霊呪之唯言」――野郎『が』殺した時に得た。そして、もう一方。御心刀「仇桜」は――野郎『を』殺した時に得た。
「へぇ……早速、当たりかい!」
 モンジュの言葉に、女死神が喜悦の声を上げる。まるで長年の探し物を見つけたかのように。
「なら、尚更……この手できれいに、捌いてあげないとねぇ!」
 女死神の殺気が密度を増し、モンジュへ向けて放たれた。女死神が瞬く間に距離を詰め、身の丈ほどもある長大な刃物、『魔久露包丁』がモンジュへと迫る――その時。
「さぁせるかぁあぁぁぁ!」
 割り込むような大声と共に、橙髪の青年が上空から突っ込んで来た。赤く輝く鋼腕で、鋭く迫る切っ先を殴り逸らし、モンジュを庇うように立ち塞がるのは、氷鏡・緋桜(プレシオスの鎖を解く者・e18103)だ。
「緋桜、来てくれたのか!」
 援軍の到着に、モンジュの表情に余裕が戻る。
「あぁ、もちろんだ。知ってる人が俺の知らない所で殺されるなんて、無視出来るわけがない」
 橙の瞳でモンジュの無事を確認し、緋桜が会心の笑みを浮かべた。
「その通りだよ。これ以上、デウスエクスに大切な人を奪われてなるものか」
 そう告げて、白い軍服をまとった金瞳緑髪のドラゴニアン――葛籠折・伊月(死線交錯・e20118)は、黒いマントをなびかせながら戦場に降り立った。
 伊月は思う。モンジュさんは僕の居場所を広げてくれた人だ。その恩に報いる為にも、モンジュさんを守って見せる、と。
「お久しぶりね、モンジュさん。夜の霧の町で男と女がふたりきりなんて……おばちゃんお邪魔だったかしら?」
 冗談めかして、そんな言葉を口にするのは美しい毛並みを持つ狐の麗人、ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)だ。キッチリと着こなした礼服は体のラインを際立たせ、そのスタイルの良さを物語っている。
「まあ、相手が死神じゃなかったら見なかった振りするけど……悪い女に捕まってるようなら、見過ごせないかしら?」
 前途ある若者が騙されたら世界の損失よ、と灰色の瞳で女死神をねめつける。
「とりあえず間に合ったか? 怪我はしてないか?」
 黒髪に漆黒の瞳を持つ青年――天谷・砂太郎(復讐の闇に堕ちた凡骨・e00661)がモンジュを気遣い、着地早々に声を掛けた。隣ではミミックの『段ボール箱』が臨戦態勢で女死神に対峙している。
「あぁ、お陰様でな。どうやら今夜も、無事に生き残れそうだ」
 優しく投げかけられる仲間たちの声に、自然と笑みが浮かべるモンジュ。
「間に合って良かったね、砂太郎さん!」
 モンジュの無事な姿を確認し、佐藤・しのぶ(スポーツ少女・e62849)が元気いっぱいの笑顔を向けた。
「あとはデウスエクスを倒すのみ!」
 単純明快、シンプル・イズ・ベスト。高みを目指して修行を続けてきた少女は、敵を見定め拳を握る。
「仲間の仇討ちか、それとも死神全体の大義の為か……」
 黒髪金瞳のオウガの青年――エリアス・アンカー(ひだまりの防人・e50581)は、担いだ武器で肩をトントンと叩きながら、言葉を紡ぐ。
「何にしろ『はいそうですか』と仲間を差し出す訳にはいかねぇな」
 当然だろう、とばかりに不敵な笑みを敵へと向ける。
「エリアスさんの言う通りです! 支援は任せてください。全員無事に帰りましょう!」
 まだ幼いシャドウエルフの少女――滝摩・弓月(七つ彩る銘の鐘・e45006)は精一杯胸を張って、声を出した。その紫の瞳に映るのは、頼もしい仲間たちの姿。少しでもその力になりたいと、弓月は背筋を伸ばして前を見る。
「おやおや、次から次へとゾロゾロと……これは捌き甲斐がありそうね」
 立ち塞がるケルベロス達を見渡すと、女死神の霧海は凄みの利いた笑みを浮かべて、愛刀を構え直した。8人のケルベロスを前にしてなお、その威圧は微塵も揺らがない。
「一応聞いておくぞ……殺すのを止めて投降する気は? この状況は貴女にとっても、想定外のはずだ。俺は別に……デウスエクスを殺したい訳じゃない」
 難しいと知りつつも、緋桜は一言だけ、そう告げる。殺し合う以外の可能性を見落としたくない――そんな願いを込めて。
「世迷言を……この星は正に、グラビティ・チェインの泉。そして、泉に巣食う毒虫の駆除が今宵の使命。それは毒虫が1匹から8匹になったとて、変りはしないわ」
 女死神から返って来たのは侮蔑の視線。深海の闇をたたえた瞳が、拒絶の意志を示して来る。
「止める無いのなら……俺たちは、お前を殺してでも止める! 仲間を守る為に!」
 拳を握り締め、歯を食いしばり。覚悟を決めて、緋桜が叫ぶ。
 それを合図に、ケルベロス達は一斉に動き出した。

●幻霧の宴
「さぁ、霧の中で踊りなさい」
 そう告げて、女死神が冷たく微笑むと、濃密な霧が吹き出し、前衛の4人に襲い掛かる。
「くっ……皆っ!?」
 浅緋色のコートに微弱な電流を纏わせ、絡みつこうとする濃霧をなんとか振り切る、緋桜。しかし、モンジュ・しのぶ・伊月の3人は怪しげな濃霧に捕らわれてしまう。
「うぅ、なにこれ……ハァ……ハァ……ハァ……」
 絡みつく霧に体力を奪われ、しのぶの息が荒くなる。特にしのぶは8人の中で最も体力の低い。もしかしたら、2発目までは耐えられるかもしれないが……きっと、3発目は耐えられない。せめて反撃を――そう思い伸ばした手は、わずかに届かず空を切った。ただひたすらに修行をしてきてなお、未だ埋めきれないデウスエクスとの実力差に、悔しさが滲む。
「クソが……こっち向きやがれぇえぇぇぇ!」
 跳躍した緋桜が敵へ向けて、怒りを煽る虹色の蹴りを放った。顔を庇った女死神の腕を強かに蹴りつけた瞬間、死神の暗い視線と緋桜の眼差しが真っ直ぐにぶつかり合う。
(「そうだ、俺を狙え!」)
 囮となり、仲間を守る盾となる為。緋桜は死神の傍を駆け抜け、攻撃を誘う。
「くっ……視界が……」
 一方、霧に捕らわれた伊月はアームドフォート『嘉凛』を構えながら歯噛みをした。霧による幻覚が不規則に視覚を騙してくる。今、自分が狙っている相手が、本当に敵なのか、自信が持てない。
(「ダメだ……まず、霧を何とかしないと」)
 そう思って、伊月がシャウトと為に大きく息を吸い込もうとした瞬間、生きる者を元気づける歌が心と身体に流れ込んできた。
「めんどくさいことしてくれちゃって……弓月さん、あの霧をなんとかするわよ!」
 そう言って、ユーシスが生きる者への応援歌『ブラッドスター』を歌い上げる。
「はい! 星の加護、お願いします!」
 そこへ重ねるように、弓月が描いた守護星座が光り輝いた。ジャマーの力で守護の力を増幅し、前衛を務める者たちへ、多重の防護を施してゆく。
「霧が……これなら!」
 仲間たちから流れ込んできた力が、伊月を惑わしていた霧をの力を退けた。伊月の表情にも笑みが浮かぶ。
「そこだ!」
 幼馴染達の名を冠した携行砲台が一斉に火を噴いた。
「ぬッ!?」
 避け切れないと判断した女死神が防御姿勢をとる。光と音、熱と衝撃が女死神を捕らえ、その身を痺れさせる。
「こっちもいくぞ」
 砂太郎も黒く濁る刃のゾディアックソード『邪蒼雷華ハルワタート』を抜き放ち、地面に守護星座を描き出した。ユーシスとエリアスの周りに星座の力が満ち、霧が持つ催眠効果への抵抗力を与えてくれる。
「おう、助かるぜ! 攻め手は任せろ!」
 仲間の支援に感謝を返し、エリアスは狙いを澄まして、己の拳で地面を打つ。
「喰らえ、鬼しか渡れん針山だ! てめぇに避け切れるか?」
 途端、女死神の足元から無数の鋭い角が襲い掛かった。
「ぐっ!?」
 針山のごとき角の群れが女死神を直撃し、その足を止めさせる。格上の相手すらも逃さず捕え、敵の防護の隙間を的確に突く――まさにスナイパーの真骨頂だ。
「いいぞ、このまま押し込む!」
 モンジュが放つ電光石火の蹴りが、女死神の『魔久露包丁』と交差する。
「アンタが野郎を知っていようがいまいが関係ねぇよな。俺はこんな所で殺されたくはねぇし、死ぬつもりもねぇぜ?」
 モンジュは思う。恨み、恨まれ。殺し、殺され。自分もまた、その終わらない負の連鎖の渦中に生きていたから、襲撃を責めようとは思わないが……。
「俺は『何の役にも立たず死ぬ』ことはしないって、決めてんだ!」
 今まで自分を生かしてくれた者達の為にも、今夜は何が何でも生き残る。その意思を叩きつけるように、モンジュが吠えた。

●終宴の刻
「……やってくれる」
 忌々し気に呟いた女死神の周りに濃い霧が立ち込める。使用者の傷や不調を肩代わりする、冥府の霧だ。
 それに気づき、しのぶが走る。今こそ、自分の出番だ。手近な建物の屋根に駆け上がると、高所から戦場を見下ろし、九尾扇を振り上げる。
「……視えた! 破魔の力、受け取ってください!」
 しのぶの命名に導かれ、仲間たちの繋がりから生まれた力が、前衛を務める者たちへ流れ込んで行く。『百戦百識陣』――仲間たちの配置から何らかの陣形を見出す事で、破魔の力を与えるグラビティだ。
「おうよ!」
 しのぶの支援に、緋桜が応える。破魔の力が乗った無数の礫を霧に隠れようとする女死神に投げつけた。
「っ!?」
 跳ね飛ぶ礫が霧の守りを打ち破り、女死神を足止めする。
「どうだ! しのぶ、ナイス援護だ!」
 片手でスーパーボールを弾ませながら、会心の笑みを浮かべる緋桜。その言葉にしのぶもまた笑みを返す。
「よし、守りが消えたな! このまま状態異常のどか盛りだ、いくぞ!」
「はい、戦場も鮮やかに塗りつぶします!」
 砂太郎の言葉に、弓月が力強く応えを返す。二人のジャマーと一体のミミックが行動を開始した。
「これが私の楽しみです。どうぞ、御覧あれ!」
 弓月はグラビティで生み出した画材を使い、心のままに絵を描き上げてゆく。グラビティのだまし絵が女死神を捕らえ、その動きを阻害する。
「喰らえ!」
 そこへ砂太郎が肉薄した。雷鳴を宿した拳を叩き付け、死神の身体に雷撃の牙を打ち込んでゆく。
「――基本グラビティも、より次元を高め研鑽すればそれは最早別物だ!」
 ライニングボルトを研究・改良し、近接戦用に強化発展させた、砂太郎独自のグラビティだ。更にミミックの『段ボール箱』が具現化した武具で斬りつけ、石化が女死神を侵食し始める。
「死刀術『御差海流』奪魂法――……私の糧と成れ」
 女死神の放つ、生命力を奪う斬撃がしのぶに迫った。
「――っ!?」
 マズイ――避けきれないと悟り、しのぶは咄嗟に身を固くする。傷ついた身体で、斬撃耐性も無い。耐え切れる可能性は非常に低いが、それでも致命傷だけは避けなければ、と。
「っ……ぇ?」
 だが、しのぶの身体が受けたのは、予想とは違う衝撃と確かな温もりだった。
「……大丈夫、誰も死なせはしないから」
 しのぶの視界に映るのは白い軍服をまとったドラゴニアンの背中。伊月が文字通り身を盾にして割り込んだのだ。
「ここで割り込むか……見事だ」
 死神の刃が伊月の身体から生命力を吸い上げるが、ディフェンダーの力に阻まれた故に傷は浅く、その効果は十全には発揮出来ずにいる。
「伊月、ナイスフォロー!」
 そこへもう一人のディフェンダー、緋桜が浅緋色のコートをひるがえして、駆けつける。敵の怒りを煽り、たった一人囮となって狙われ続けた故に、緋桜の疲労と負傷はかなり酷い。だが、だからこそ、いまだ誰一人として脱落者は出ていない。
 己を盾として、仲間を生かす――ディフェンダーの面目躍如だ。
「っ――捕まえた!」
 三度目の正直――反撃に出たしのぶの手が、多数の足止めによって、機動力を削がれた死神の『気』を捕まえた。
「せぇえぇぇぇい」
 しのぶが捕まえた気を手繰り寄せ、力一杯投げ飛ばした。死神の身体が、勢い良く地面に叩きつけられる。クラッシャーの力が込められた一撃は、当たりさえすれば、歴戦の仲間たちに匹敵する破壊力を叩き出せるのだ。
「語り合えねぇ、譲り合えねぇってぇなら……生き残る為に戦うまでだ。そうだろう?」
 オウガの青年エリアスが走る。生み出した光の剣を勢いに乗せて突き出し、敵を貫く。
「消えた同胞をお探しなら――」
 そう告げて、狐の麗人ユーシスは宙を駆ける。
「貴女も同じ所へ逝くといいわ……地獄にね」
 流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りが炸裂し、死神の身体を大地へと縫い留める。
「これで……終わりだ」
 肉薄したモンジュの手には、蒼い光を宿した二刀の刀。この刃が憎しみと悲しみの連鎖も断ち斬ってくれればと切に祈りながら、モンジュは因縁の刀を振るう。「霊呪之唯言」は喉に、「仇桜」は胸に。
「まさか……私に、勝るとは…………っ」
 何かが砕ける音と共に、女死神――霧海の姿が静かに崩れ去って行く。
「宿縁……私の相手も、どこかにいるのでしょうか……」
 嘘のように霧の晴れた街角で夜空を見上げて、弓月が誰にともなくポツリともらした。

作者:okina 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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