ぼくのくま

作者:コブシ


 クラスで何かあると、皆が視線を向ける。
 くすくす、にやにや。けして心地よくない笑いが向かうのは、涼宮イズミの席だ。
 椅子に座っているイズミ少年と、その膝の上にちょこんと座るくまのぬいぐるみ――イズミのだいじなともだちの席だ。
 中学生になってもぬいぐりみを手放さない少年をクラスメイトは容赦なくあげつらう。なにあれ、変なの、と。
 先生はどう対応すべきか困り顔。そのくまが、少年の両親の形見だと知っているから。
 少年は学業では上位だったし、他の素行には問題がなかった。
 ただ、いつもくまと一緒。ちょっかいをかける子もいたが、少年の無関心と無言・ときに桁外れの暴力に興を削がれて・恐れをなして離れていった。
 友だちはひとりもいなかった。
 その日も、少年は帰宅すると、祖父母にちゃんと「ただいま」を言って自室に籠る。
 夜、風呂上りのイズミ少年がくまと一緒にベッドに入ろうとして、ふと窓際を振り返ると、そこに『彼女』の姿があった。
 『無垢の死神』イアイラ。
 絵本の中の、人魚姫のような彼女。
「すてきなくまさんね」
 異形だろうが、不審だろうが構わない。少年はにっこりと笑った。
「うん。父さんが連れてきてくれた、母さんとも一番仲良しだったんだ」
「だいじな友だちなのね」
 常ならざる者の、常ならざる力の効能ゆえか。もしくはそれほどに少年が内心の孤独を募らせていたのか。ほんのわずかの時間に、少年は彼女に恋をした。
「ね。お願いがあるの」
 自分のさびしさを見つけてくれた、ぼくのくまを認めてくれた彼女のためなら。
 こくんと少年は頷いた。
「いいよ」
「欲しいの。あなたの恋心」
 彼女の指が、少年の胸に触れる。
「これを私にくれたら、あなたを、私の好きな外見に変えてあげる」
 不思議な言葉だった。けれど少年は疑わなかった。
 イズミの承諾とともに始まる、音もなく痛みもない魂のサルベージ。魂の抜け殻の『変貌』は穏やかで、肉が抉られることも血が流されることもなかった。
「あなたは、今から、寂しいティニー。あなたと同じく寂しい男の子を探して殺してしまいなさい」

 異常な物音に気付いて様子を見に来た祖父母は、突如現れた異形の背を目にすることになる。驚愕し、動転しつつも、急いで向かったのは孫の部屋だった。何より少年の身を案じたのだ。
 しかし彼らが見たのは、床にころんと放り出されたくまのぬいぐるみと、無人の子供部屋。
 少年であったものは祖父母に「いってきます」を言うこともなく、静かに家を出て行った。


「とある住宅街で、死神のサルベージ事件が起ころうとしています」
 どこかいたましげに、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は切り出した。
「事件を起こす死神は『無垢の死神』イアイラ。生きた人間の魂をサルベージして殺害、そしてその死体を屍隷兵にして、人々を襲わせます」
 襲われるのは、友達がいない小学校高学年から高校生くらいの男子学生。
「イアイラは洗脳に近い魔法的効果を発揮し、自分に恋心を抱かせたうえで、その恋心をサルベージします。さらにその死体で、自分好みの外見の屍隷兵を作り、更なる襲撃を行わせるつもりのようです」
 戦場となる市街地の避難も行われているが、完全に避難を完了させる事は難しいようだった。
「一応、年頃の男の子がいる家をピックアップしてもらったので、屍隷兵の出現ポイントと合わせれば、敵の動きを予測する事もできるかもしれません」
 まとめられた資料が手渡される。

 イアイラは、すでに3体の屍隷兵を作成しており、本人は撤退しているという状況だ。
 屍隷兵3体は別々に行動しているという。
 チームを3分割しつつ、一般人の避難誘導を行いつつ屍隷兵と戦うか。
 または屍隷兵を一か所に誘導して全員で戦うか。
「2体の足止めを2人のケルベロスで行い、4人のチームで1体を撃破した後、残りの屍隷兵の元に向かう……といった作戦など、やろうと思えば採れる手は沢山あります」
 資料を覗き込むケルベロスたちを激励するようにセリカは言う。
「事件が発生するのは深夜頃。
 市街地ですので、あまり工夫の余地はありませんが……ピックアップされた年頃の男の子がいる全ての家の近くに、学校があります。時間帯が時間帯なので人気がなく、ひらけた場所なので、戦いやすくはあるでしょう」
 屍隷兵が狙うのは『被害者の男の子と趣味や性格が似ており、友達がいないと思われる男の子』。それを利用すれば、おびき出す事ができるかもしれないということだった。
「屍隷兵は、知能がかなり低下しています。不自然な状況でも、自分の同類だと感じたらそちらに向かってくるでしょう」
 被害者の特徴。
 それは「子ども時代のものに執着している」こと。
「囮で誘き出すだけでなく、真実、同類として友人になれるような説得ができれば、屍隷兵の動きを止める事も可能なようです」
 本意ではなく抱かせられた恋心、その時点で理不尽だが、さらにはそれを奪われて屍隷兵にさせられるとは。
「なんて無残なことでしょう……」
 眉を顰め、セリカはケルベロスたちにその討伐を重ねてお願いするのだった。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
隠・キカ(輝る翳・e03014)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
九十九折・かだん(スプリガン・e18614)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
ジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)

■リプレイ

●灯りもて彼の者を見よ(4人・C班)
 そこは見るからに通学路だった。
 『飛びだし注意』の立て看板。舗装面にはゾーン分けを意識させるために施されたカラーリング。そして街灯。
 子どもたちの足元を照らし……子どもたちを狙う者たちが身を潜める闇を祓うためのもの。
 だがどうしてもまだらは出来る。闇は、たまる。
 そこにぽつりと立つ小さな人影。
 隠・キカ(輝る翳・e03014)だ。
 長い髪はひとつにまとめて帽子の中へ、ブレザーズボンの男装で、ちいさく手元に持つ玩具に話しかける。
「あいつらがなんて言っても、キキはずっとぼくと一緒」
 ちいさな呟きが深夜の闇の中に漂う。
「ぼくは絶対にお前を捨てないよ。……さみしいよ。パパ、ママ」
 闇の中に潜む影は複数。
 キカの姿から注意を逸らさず、アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)は周囲の様子を探る。まだ用意した灯りは点けない。
 ケルベロスたちは人員を4・2・2の3つの班に分けていた。敵の撃破も、避難誘導も、時間が焦点となる。囮が敵のこころをとらえることが出来るか否か、それは重要なポイントだった。
 彼らの背後の一軒家に、明かりが灯る。玄関先では、慌ただしいやり取りが交わされていた。
「ぐずぐずしないでお姉ちゃんと一緒に来るの!」
「……学校はやだ。あいつら『デブ』しか言わないし」
 高校生くらいの少女にひきずられるようにして、小太りの男の子が姿を見せる。むっつりとした表情で、大きな飛行機模型を抱えていた。
 外に出てきた彼らを見て、この子が、と三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)は思う。「子ども時代のものに執着している」「友達のいない」……そして「両親のいない」子ども。
 ともに両親のいない姉が弟を叱咤する。
「避難するのよ、邪魔になるから置いてきなさい!」
「やだ」
 と。細く高く、鋭い笛の音が響いた。
 ケルベロスたちはそれがキカの合図の音だと知っている。
 そして、笛の音に続いて聞こえる「何か」の音。……声? 家の裏手の闇からやってくる。
 すかさず千尋はその方向へLEDライトを投擲する。ころがり明滅する灯りは、異形の影をあきらかにした。
 角。爪。巨躯。
 あからさまな脅威の姿に、姉弟の動きが止まる。ざっ、と彼らをかばうように樫木・正彦(牡羊座の人間要塞・e00916)は走り出た。
「デブは友達が少ない、かい?」
 世間話のように、正彦は背後の少年に語る。
「僕もこの通りだから、昔は1人だったよ。でもさ」
 正彦の手にはキープアウトテープ、一歩ごとに新たな安全地帯と危険地帯を分けていく。
「そういうデブでも、相手をしてくれる人はできるよ。君にもきっと」
 生きてさえいれば。
 アリスが動く。
 煌々とランプが照らす中、獣のような敵――『寂しいティニー』の獰猛な爪に、否、爪と肉の隙間に、アリスのナイフが滑り込む。
 『Sleight of Hand(スライハンド)』。――魔法も、超常能力も必要なかった。ただ、アリスの天賦の才と鍛錬のみがそれを可能にした。
 巨大な爪がぱくりと弾けるように割れた。
(「一度堕ちた魂を救うことは叶わない。……だからこそ、其の魂が罪を負う前に」)
 始まる前に終わらせる。
「それが私達に出来ることなのだわ」
 アリスの囁きは、手負いのティニーの叫びに紛れた。
 無傷の爪を振り上げる、そのティニーの前にキカは駆けていく。見上げて、両手でキキを掲げる。目をそらさずに言葉を紡ぐ。
「きぃは、キキがだいすき。小さいとき、パパとママからもらったの。キキはきぃの、大事な友だち。家族」
 振り上げられたティニーの爪が、ゆっくりと次第に下がっていく。
「……パパとママに会えなくなって、ずっとさみしい」
 『寂しい』ティニーの爪は完全に下を向き、だらりと垂れさがった。
 ……先ほどアリスが先手を打てたのは、キカの語りかけがティニーの動きをある程度抑えていたから。今もまた、生まれたわずかの隙にケルベロスたちは端末を確認する。3班ともに、敵を発見、接敵、戦闘中。ほぼ同時だ。
「時間との勝負さね」
 千尋が地を蹴る。直線軌道で、じっとキキを見つめているティニーの獣そのものの脚を払う。わずかによろめいたティニーの、半分獣と化した頭部に、容姿を裏切る身軽さで跳んだ正彦の踵が振り下ろされる。
 蹴り飛ばされたティニーは頭の向きを変えず、眼だけが動いた。ぎろりと正彦を睨み付ける。
 不自然な体勢から振り上げられた爪は、しっかりと正彦の身体を捉えていた。
 ざくり、と肉を裂く音が響く。
 自分の傷を確かめるより先に、正彦は背後を見やる。避難した姉弟の背中はもう見えない。苦痛と安堵のないまぜになった息を吐き、正彦はふたたび前を見据えた。

●その背を照らす光(2人・B班)
 そこは集合住宅の駐車場だった。
 駐車場全体は街灯で明るく照らされていても、遠くまで灯りは届かない。
 暗視ゴーグルを装備したジュスティシア・ファーレル(エルフの砲撃騎士・e63719)はすっくと立ち、背後で避難を急ぐ住人達の声を聴いている。慣れた男装で、ジュスティシアの身は意図通りに十代の雰囲気を纏っている。
 ジュスティシアの殺界形成の効果も併せてか、住人達は混乱しつつも、それぞれの家から出ていく。ただ一組の家族だけ遅れがちだった。
「誰もそれを取り上げたりしないから、叔母ちゃんと行こう、ね?」
「急ぐんだ!」
 若夫婦は、俯いて座り込んでいる少年を引っ張り上げている。抱えているのは大きな毛布だ。
 直後、一家を襲ったのは、殺界形成とは別の恐怖だ。声がする。まるで獣の叫びのような……。
 顔をあげた少年は、集合住宅の階段の手すりの隙間から見えた光景に目が釘付けになった。
 それは獣のような異形と、その異形からすべてを守るように、巨大な剣を構える西水・祥空(クロームロータス・e01423)の姿だった。
 ゆっくりジュスティシアに近づこうとするティニーの行く手を遮り、祥空は間合いを詰める。手の延長のように振るう剣の冴えは、達人のそれだ。
「誰にも――無用の危害を加えることは許しません」
 壁となってくれている祥空のためにも、ティニーの注意をそらせる必要がある。ぬいぐるみを抱えて、囮としてのキーワードを絡めて。唇にのせられるジュスティシアの言葉は、しかしいくつかの事実を含んでいる。
「私も子供の頃に両親を失い、この子だけが形見なんだ。もういい歳なんだから、と誰もわかってくれないけれど」
 両親が早死にしているのは、本当。
「……その酷い体を捨てて、私と友達になってくれないかな」
 それも本当。心底からの気持ちだった。
 片手でゾディアックソードを操り、ジュスティシアは足元に乙女の守護の陣を描く。陣より生まれ零れた光は、細かな群となって祥空の身を包む。
 守護者を守護する光が、闇の中で瞬いてた。

●生者は屍者の上に立つ(2人・A班)
 学ランを着るのはいつぶりだろう?
 形見の護身刀の先に付けたしろくまのストラップが、身じろぎするたびに揺れる。それを目にして、筐・恭志郎(白鞘・e19690)は一瞬、そんなことを思った。
 しろくまストラップの先には九十九折・かだん(スプリガン・e18614)の背があり、その先では異形の『寂しいティニー』が虚ろな瞳をこちらに向けている。恭志郎は首を振って、一瞬の妄念を振り切った。
 そこは民家もまばらな一本道だった。避難を呼びかけられた一般人が、戸惑いつつ外に出てきている。
 恭志郎は背後に向けて、念押しの声を届ける。急げ。
 どこからともなく降ってきた声に、一般人……老人と、サッカーボールを抱えた中学生くらいの少年がきょろきょろと周囲を見回して……異形の姿を見て、身を竦ませる。
 ――急げ!
 主のわからぬ声に押されるように、2人は闇の中に駆け出していく。
 少年たちを今まさに襲おうとしていたティニーと対峙して、攻撃も受けた後だ。タイミング的に、危機一髪だった。恭志郎は息を整えた。自分たちは抑えの役割。言葉を紡ぎ、相手の行動を制するのだ。
「……俺も、ちっちゃい頃に両親をなくしてて」
 護身刀を大事そうに握りしめて言う。本当のことだけに、口調は寂しげで、ティニーに微笑みかけるようなものになってしまう。
「爺ちゃんも俺を置いて逝っちゃったけど、この形見の刀だけが、撫でてくれた手の温かさを思い出させてくれるんです」
 恭志郎はティニーを見つめ、一言にそっと力を込めた。
「『くまさんみたいに、つよい子になってね』……そう言って、笑ったんだ」
 相手はあきらかに動きを鈍らせた。
 それをかだんが逃すはずは無い。
「いい子だ」
 棒立ちのティニーの懐深く、かだんの拳は触れるほどに近い。
「紛い物でも。寂しいお前が、頑張ったことだけは、本物だ」
 衝撃。
 重く、深いところを抉り巡るかだんの一撃。『命の王(グリム)』。それは一体なんだったろう?
 これに生死を握られているとティニーは感じた。これを斃さなければ。
 ティニーの眼は静かにかだんを見下ろしている。
 ……これも、元は両親の無い子なのだ。
 突然、かだんの脳裏に父と母の像が去来した。いい、家族だった。
(「だのに私は故郷を離れて」)
 今、故郷の家は毀たれて、もう誰ひとり住むものはなく。
(「後悔してる。後悔しているよ」)
 足元に渦巻く炎。地獄と化した己の両脚から発し、向かう先は……。
 だが、そこまでだ。かだんは叫ぶ。己の力の赴く先を違えはしない。ティニーたちには胸痛まない。次の犠牲をなくすため、我々番犬にもたらされた、尊い犠牲として穏やかに送る。
 恭志郎の指先に、淡く光る輪が生まれる。薄く延ばされ、円盤と成り、飛来してかだんの身を守る盾となる。
 このとき恭志郎は素早く端末を確認している。彼の様子からかだんは他の班の状況を察した。
 ゆっくりと移動する。誘導先はあらかじめ決めてあった学校だ。
(「屍隷兵……」)
 いつか絶やさねばならない存在。思い新たに恭志郎は護身刀を掲げる。

●終わらぬ夜を駆ける(C班)
「あなたも、さみしいよね」
 キカの語りに、ティニーは追い詰められていくようだった。
 相手の退くような動きに合わせて、正彦はどう!と肩で押しこむ。振り払おうとする腕をかいくぐり――長い爪はすべて弾け飛んでいた――零距離から魔導石化弾を撃ちこむ。この位置なら目を瞑っても当たる。狙いも何もあったものではない。
 獣じみた呼気に、終わりの気配を感じ、正彦は呟く。
「君にも、誰か居なかったかい? 相手をしてくれる『誰か』」
 それがイアイラだけだったというのか。
「寂しかったかもしれない。本当に恋をしたかもしれない。でも、殺す」
 ケルベロスと言う名の題目で誤魔化して、ようやくそれが可能になると正彦は思っている。
 千尋は。普段は口数が多い方だ。だが今は、同行の仲間たちの心情や行動を尊重して、余計なことは言いたくなかった。それでも真情は漏れる。
「アタシに出来ることは、」
 空気に混じる電子音。灼けるようなにおい。千尋の右腕部のユニットが起動する。
「せめて、偽りの恋心くらいは斬っておくことさね」
 闇を裂くように形成される光の刃。手刀のように振るわれたそれは、『寂しいティニー』の額をまっすぐ貫いた。
 灼ける。やがて高熱の青白い光は延焼の赤を帯び、立ち枯れの木のようにティニーは燃え尽きていく。
「勝手な想いかもだけどさ」
 その終焉を確認し、千尋は呟いた。
「最後は、一人じゃなかった。……そう思っておくさね」
 皆それぞれに抱く思いがあったが、今は時間が惜しい。ティニーの残留品のないこと、一般人の避難の様子を確かめて、アリスが促す。
「まだ、終わってないのだわ」
 端末を確認し、2手に分かれ、走る。

●それは誰かが誰かを送る言葉(C班1/2→B班)
 鼻先を爪が掠めた。
 そのまま祥空の肩口を削るように過ぎていく。纏った光も掻き消された。
 わずかの差だったな、と冷静に祥空は判断する。
 ちら、と背後を見る。
 若夫婦の妻が少年を抱きかかえ凄い勢いで走り、夫が毛布を抱えてその後を追っている。その役割は逆にしたほうが、と妙におかしかった。
 表情が緩みそうになる祥空の切り裂かれた肩口を、再び淡い光が包む。
 ジュスティシアの癒しと護りの力だ。謝意に完全に笑みを作りそうになって、祥空は慌てて気難しげな顔を作って前を向く。……笑みを見られるのは、単純に気恥ずかしい。
 ジュスティシアは、本当はティニーを抱きしめてしまいたいほど、憐憫の情に駆られていた。彼の元となった少年と、さらにはその祖父母を思うと。
(「子供夫婦だけでなく、孫まで続けて失うなんて!」)
 だからこそ、彼の魂だけは解放してあげたかった。
 そこに滑り込む、2つの人影。
「哀しいものね」
 アリスが見たのは、全く同じ『寂しいティニー』。
 回復の手は足りていると見て、アリスは攻撃手として畳み掛ける。正確に、相手の得手とするものを――爪を、殺ぎにかかる。
(「彼らには何の責もない筈なのに」)
 相手が動くより先に、アリスはティニーの腕の下にいる。くるりとアリスが身を翻すと、ティニーの指先でぱあっと血の花が咲いた。
「きぃが送ってあげるから、こわくないよ」
 キカは前に出る。掌を向け、まるで相手を癒そうとするかのようだ。
 触れる。
 冷たい氷に覆われた腹部……祥空の攻撃によるものだ……そこから亀裂は始まった。
 ぴしぴしと、微かに響くのは、体内から細かく崩壊していく断末魔のようなもの。
「……おやすみなさい」
 小さな声が見送った。

●安寧の眠りによせて(C班1/2→A班)
 たどり着いた千尋が見たのは、まるで舞踊のような戦いだった。
 舞台は一本道。立ち位置を変えないまま、かだんとティニーは互いの肉と血を周囲に散らせていた。
 加勢に気づいた恭志郎は息をついた。治癒に専念する頃合や良し!
 護身刀から、光が零れる。はらはらと花弁のように、その光は彼の身の内の炎と共振した。
 かだんの体が炎に包まれる。これは癒しの白い炎、恭志郎のもたらす『煉華(レンカ)』……。
 眩しいまでの炎の中、かだんはティニーに告げる。
「死にたくは、ないか」
 死を与え命巡らせる絶対者の如く問う。
 ティニーの瞳は、かだんだけを映していた。
 そのまま。ティニーの胸腔の奥に、かだんの拳が埋まる。
 吐息のような一声を残し、『寂しいティニー』はゆっくりとくずおれていった。
 黙然とかだんを見つめる正彦に気づき、かだんは軽く「一服、どう」とばかりに誘う。
 彼女の意思を尊重したい正彦は頷くだけ。

 やがて8人は合流し……。
 少年たちの遺族にありのままを伝えるという、戦いとは別の、しかし同じくらいの勇気を必要とする作業に赴いていく。

作者:コブシ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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