憤怒の炎

作者:天枷由良

●酒は飲んでも
 怒りとは人間の原初的な感情。だから怒るのは当たり前のこと。
 しかし、誰もが怒りのままに行動すれば大変なことになってしまう。
 それが分かっているからこそ堪え、堪え、堪えて――堪えたものは、ふとしたきっかけで吐き出されたりする。
「人の言うことは素直に聞けってんだよこんちくしょーこのー」
 居酒屋の片隅で、中年の男が一人虚しく酒をあおっていた。
 時折、別の客から白い目が向けられたりするが、しかし暴れるほどではないので見過ごされる。そして男はビールを飲み干し、枝豆を口に運びながらぶつぶつとお経のように文句を垂れ流す。
 ――そこにふらりと、一人の女が現れた。
「あ? なんだ姉ちゃん」
 男が不躾な視線に微笑み返して、女は「随分怒っているようだけど」と言いながら傍らに腰掛ける。
「部下も嫁も娘も、どいつもこいつも俺に反論しやがるんだ! そりゃ怒りもするよ!」
 聞いてくれるなら幾らでも聞かせてやる。
 男はひたすらに怒りを吐き出し、吐き出し、吐き出し――。
 ふと、女に手を取られた瞬間。
 今迄吐き出していた怒りのような、燃え上がる炎の異形へと変じた。
「さあ、縛炎隷兵。お前と同じ怒りを持つものを襲って殺しなさい」
 満足気に語り、女は姿を消す。
 そして残された異形は席を立ち、悲鳴を上げて戸惑う人々へと襲いかかる――。

●ヘリポートにて
「静岡県静岡市で、死神による事件が発生するわ」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が地図と施設の案内図らしきものを広げる。
「事件を起こすのは『炎舞の死神』アガウエー。アガウエーは人々の怒りをサルベージすべく現れ、さらにサルベージ後の人間を殺害、屍隷兵化してしまうわ」
 未然に防ぎたいところだが、今回の予知では間に合わない。ケルベロスたちの現場到着時点でアガウエーは撤退しており、作成された三体の屍隷兵が人々に襲いかかっている。
「警察や消防が避難誘導を行っているけれど、屍隷兵たちがそれぞれ別の場所で暴れていることもあって、避難状況は芳しくないわ。被害が拡大する前に、皆の力で屍隷兵を止めてちょうだい」

 事件現場は、飲食店が連なる雑居ビル。
「地上五階、地下一階の建物の内、『五階の寿司店』と『二階の居酒屋』、『地下一階のバー』で屍隷兵が暴れているわ」
 彼らは全て酩酊した中年サラリーマンだったらしく、仕事や家族、世間など様々な方面に抱いた怒りをサルベージされてしまったようだ。
「各階の移動手段は、定員六名のエレベーターとすれ違うのがやっとな細い階段。加えて、屋外にも非常階段が設けられているわ。その非常階段を通じて避難が行われているけれど、場所柄、お酒に酔っている人が多いせいでだいぶ手間取っているはずよ」
 特に、屍隷兵の存在する階層は殆ど手が出せない状況にある。
「何と言っても厄介なのが、三体が別々の場所にいることね」
 一箇所ずつ対応していれば、その間に被害が出るのは確実。となれば部隊を分散させるしかないが、分けるにしても考えなければならないことはあるだろう。
「作戦を立てる上で、屍隷兵――アガウエーには『縛炎隷兵』と呼ばれているようだけれど、この縛炎隷兵が『自分と似た怒りを持つ者を優先的に襲う』という性質を持っていることが、利用できるかもしれないわ」
 もっとも、この性質は特殊な感知能力などではない。怒りを示すには、屍隷兵が見ている目の前で行動する必要がある。
「それを利用するかも含めて、作戦は皆に一任するわ」
 頑張って、とミィルは説明を終えた。


参加者
草間・影士(焔拳・e05971)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)
リップ・ビスクドール(暴食の狂狗・e22116)
レミ・ライード(氷獄騎兵・e25675)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
クロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)

■リプレイ


 草間・影士(焔拳・e05971)とレミ・ライード(氷獄騎兵・e25675)、クロエ・ルフィール(けもみみ少女・e62957)の三人は雑居ビルの屋上に降り立った。
 彼らはすぐさま鉄扉を破って中に入り、階段を飛ぶように下りる。それから寿司店の看板を見つけて暖簾を潜れば、ずらりと伸びたカウンター席の中ほどには燃える屍体の横顔。その視線の向こうには追い詰められている真っ只中の人が――六人ほど。
「おっと……? もしかしてシラフの方が少ない?」
 クロエの予想に反して、酔っていないのは老年の板前一人くらいに見えた。
 後は軒並み顔を紫色にしている。真っ赤でないのは、迫る異形を認識して恐怖に青ざめたからだろうか。
「すぐ、逃げて、もらわない、と」
「そうだね……」
 レミとクロエは頷き合い、影士を見やる。敵を引きつけるのは彼の役目だ。
(「ぶっつけ本番だが……やってみるしかないな」)
 掛かってくれればいいが。
 あまり柄でない行動を始める前に、影士は一つ息を吸った。

 ――その頃、二階の居酒屋では。
 カッツェ・スフィル(しにがみどらごん・e19121)と終夜・帷(忍天狗・e46162)が、屍体に向き合っていた。
 一番槍は降下の最中に竜翼を広げて風掴み、開け放たれていた非常口に滑り込んだカッツェ。しかしビル内の階段を駆けた帳とはタッチの差。
 そして二人の傍らには、腰を抜かしている酔っぱらいの団体。
 店の奥には屍体――縛炎隷兵。
「ねえ黒猫たち、あれ美味しそうに見える?」
 逃げ遅れた人々を余所に、カッツェは漆黒の大鎌と竜頭骨の篭手へ語りかける。
「見えないよねー。でも好き嫌いはダメだし、お腹も空くでしょ? だから今日は――」
「……喧しい」
 帷が口を挟んだ。
 それも、寡黙な彼にしては珍しく露骨な苛立ちを交えて。
「……ん? なに、今の? もしかしてカッツェに言ってる?」
 他に誰が居るとばかりに帷は肩を竦める。
 ――ああ、そう。短く返したカッツェが頬を引き攣らせると同時に、縛炎隷兵が低い呻き声を漏らした。
「あー……ね、わかるよー。わかるわかる。どいつこいつも『馬鹿』な癖に、文句つけたり反論したりさぁ。挙げ句の果てには話も聞きやしない」
 特定の単語だけを大げさに強調して、カッツェはちらりと仲間を見やる。
「どうしようもないよね! 馬鹿は言う通り動いていればいいんだっての!」
 鎌の柄を床に叩きつけて怒りを示した、その瞬間。
 帷は竜人の娘を目で射抜きながら、刀に手をかけた。

 ――そして地下一階では。
 鷹野・慶(蝙蝠・e08354)が“壁歩き”をようやく終えたところ。
「これ本当慣れねえ……」
 そうぼやくも、一息ついている暇はない。先行させたウイングキャット“ユキ”と脇目も振らずに突撃していったリップ・ビスクドール(暴食の狂狗・e22116)は、もう件のバーに踏み込んでいるはずだ。
 逸る心を片手の杖に注いで通路を急ぐ――その最中。
「……っ!?」
 開きっぱなしになっていた木扉の向こうから響いた音に、慶は息を呑む。
「クソっ!」
 杖とベルト靴を頼りに必死で歩みを進めて、半ば転がり込むような勢いでバーに入る。
 そのまま大きな声でケルベロスだと告げながら、まず慶が視界に捉えたのは――バーテンダーらしい黒ベストの、酷く怯えた顔でカウンターに縋り付いている若い男。
 その傍らに酩酊した男女が一組。さらに店の中央で小競り合いをする縛炎隷兵とユキ。
「……た、たすけ……」
 バーテンダーが声を震わす。
 そこでようやく、慶は彼の隣に立ち尽くしているリップを認めた。
 しかし。
「……私はアレを……食べに来た、だけ」
 リップは助けを乞う男につれなく答えると、腹の中から赤黒い液状の器官を滲ませる。
「うわあああああっ!?」
「っ、おい! まだ人が残ってるだろ!」
 戦いに巻き込むつもりなのか。
 慶は声を荒らげて咎める。それにぴくりと肩を震わせたリップは、まるで臓物のようにうねる液体を隠そうともせず、そして振り返ることもなく呟く。
「……ぅるさい、なぁ……」
「煩いって……お前、俺たちが何しに来たと思って――!」
 瞬間、揺らいでいた赤黒いものが“此方”へと向いた。
 風を裂く音が僅かに聞こえて、程なく。バーテンダーにとっては蜘蛛の糸とも舟板とも言うべきカウンターが真っ二つに折れた。思わず叫びかけた彼の口を押さえて、じっと仲間であるはずの少女を見つめる慶に、己を抑えられなくなった“それ”は頭を抱え、地団駄を踏み、狂った叫びを上げる。
「みんな……皆、駄目ダメって邪魔ばかり……ああッ……うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいッ! もぉお!! 知ら、ないッ! 関係ないッ!! 私は、私は今ッ! 今喰べたいの、すぐに喰べたいの早く喰べたいのッ!! ……邪魔、するなら……ッ!」
 ――お前から喰ってやろうか。
 だらりと両腕を下げたまま、首だけで此方を向くリップ。
 その“紅い瞳”から、慶は暫く目を離せなかった。


「わざわざこんな時に! こんな所で暴れやがって!」
 吐き出す言葉の半分ほどは本心。故にぎこちなさも、それなり。
 偽の怒りを示す影士に、縛炎隷兵が鞭のような炎を差し向ける。
「ちっ……!」
 ケルベロスにとって戦場の広さは問題とならない。雑居ビルの一角にある寿司店だろうと、武器と四肢を巧みに用いて切り抜けられるのがケルベロスである。
 ――が、力強く振るわれた炎は獲物を前にした蛇の如く、執拗に喰らいついてくる。
 ついには腕を取られ、影士の身体は幼児が振り回す玩具のように軽々と浮き上がった。
「――!」
 縛炎隷兵が何とも聞き取れない呻きを上げる。新鮮な寿司ネタが収められたケースに叩きつけられた時、影士の脳裏に過ったのは捌かれる魚の姿だろう。
「っ……くそっ! お前までそんな目で俺を見るのか!」
 吐き出す言葉の半分ほどは本心。故に辿々しさも、それなり。
「職場でも家でもみんな俺を見下して、イライラしてる処に舞い込んできたのがこんな厄介事だ! ……何だよ、どうせお前も俺の事をバカにしてるんだろう!」
 だったらまな板、もとい木の調理台から下りればいいものを。
 などとまぁ、自分でも思うほどに間抜けな状態ではある。しかしこれも、怒りの演技で引きつけた敵の目を留めておくため。
「――お願いだから外に出るまでげぇーってしないでよー!」
 祈るように声かけつつ、クロエが要避難者を『怪力無双』で担ぎ運んでいる。
 レミも敵の動きを警戒しながら、比較的状態の良い酔っぱらいを通路までエスコート。
「向こう、の、階段、まで、行って」
 そうすれば、消防やら警察やらと合流できるはず。
 そんな途切れ途切れの語り口が却って沁みたのか、未だ顔色が悪い中年の群れは肩組んで支え合い、通路を千鳥足で進んでいく。
「……大丈夫かなぁ」
「大丈夫、だと、思い、ます」
 少なくとも戦場の中にいるよりはマシだ。
 程なく非常階段の鉄扉まで辿り着いた男たちの背中から寿司店へと目を戻し、クロエとレミは次なる仕事に取り掛かる。

 ――そうして協力しあう者たちがいる一方で。
「だから! お前はカッツェの言うことを聞いてればいいんだよ!」
「……」
「なんか言えよ! ……ちょっと! 耳塞がってんの喉詰まってんの!? どっち!?」
 カッツェと帷はひたすらに喧しく醜い仲違いを――時折、縛炎隷兵への攻撃を交えながら繰り広げていた。
(「……本気、じゃあないよな?」)
 僅かに遅れて来たところ、想像を超えた事態に出くわした八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)が困惑するのも無理はない。
 とはいえ、紫々彦の役目は真相究明でも諍いの仲裁でもなく、避難誘導。吼える娘と黙する男と、ついでに――いや、此方が本命の燃える屍体を脇目に、店と通路を往復する。
 その間にも争いは激化するばかり。
「だーかーらー!!」
 カッツェはぶんぶんと手を振り回し、鎌も振り回し、大仰な仕草で怒りを示して、ついには敵である縛炎隷兵に理解を求めた。
「……」
「なんか言えよ! あーもー! 全部お前が! お前が悪いんだからな!」
 矛先がまた帷へと戻る。
 その瞬間、縛炎隷兵は猛然と駆け出してカッツェに体当りした。
 テーブルがひっくり返って落ちたコップが割れ、避難の最中である酔っぱらいが素っ頓狂な悲鳴を上げる。
 それでも帷は身じろぎすらせず、刀を手にしたまま鋭い視線を向けるばかりで、取っ組み合うカッツェと縛炎隷兵の間に割り入ってまでどうこうしようという素振りは見えない。
(「……本当に大丈夫、だよな?」)
 不安を拭いきれないまま、紫々彦は一人粛々と酔っぱらいの誘導作業を続ける。

 ――さらに地下では。
「あああああッ!!」
「――!」
 飢餓の獣と化したリップが縛炎隷兵に飛びかかり、力づくで組み伏せていた。
 伸びてくる炎の爪も何のその。自らが傷つけられることなど意に介さず、ただ頂点に置いた“喰らう”という欲求のままに動くリップは、ともすれば繊細さすらも感じる少女の外見からは想像もつかないほどの怪力で餌を抑えつけ、片腕をみぞおちの辺りに叩き込む。
 そして腸を素手で引き千切っては、滴る血も力も炎も何もかもを纏めて飲み干し。なお一層増していくばかりの食欲に従って、出来たての屍体から捕れたての肉を貪り尽くそうと牙を剥く。
 その光景は惨劇というほかなく、一般市民が目撃したら卒倒するに違いなかった。
 ――が、幸いにもそれが行われていたのはバーの最奥部で、唯一意識明瞭だったバーテンダーは店を脱した後。
 残った客二人も慶によってどうにか店の外へと連れ出されたところで、一先ず無辜の民草に精神的外傷を負わせるような可能性はなくなっていた。
 とはいえ、危機からの脱出と困難の解決が同義とも限らず。
「ったく! 酔っ払いってのは面倒くせぇな!」
 杖を突きながら酩酊した男を介抱しつつ、ある程度バーから離れたところまで運ぶという重労働を一人でこなす慶には、もはや芝居の必要もないほどに怒りの感情が溜まっていた。


 そして溜まるのは怒りばかりでない。
 避難誘導を続ける間、偽りの怒りを示して縛炎隷兵と相対するケルベロスたちには、少しずつ治癒できないダメージが溜まっていく。
 屍隷兵は地球の生物を基とした不完全な神造デウスエクスであるが故、その力はコードネームを持つような者たちと比べて明らかに一段劣っていることが多い。しかしながら一対一、或いはそれに近しいほど少数で相手取った時、彼らを雑兵と一蹴できるかと言えば、必ずしもそうではなく。
「……つくづく厄介な存在だな」
 焼け爛れた片腕を押さえつつ、影士は呟いた。
 時間を稼ぐべく耐える戦い方をしているから、まだ余力はある。その上で厄介だと言うのは、相対している異形が怒りなどという普遍的な感情から――それこそ“こんな時にこんな所で”容易く作られてしまうこと。
 止めるには彼らの造り手を倒さねばならないのだろうが、アガウエーなる死神の行方は予知でも捉えられていない。
 何とも歯がゆい。しかし今は目前の事態に集中――などと考えていると。
「草間さんナイスガッツ!」
 クロエが静寂を裂き、同時に癒やしの闘気を放ってきた。
 さらにレミが火の鳥の如く羽ばたいて飛び込み、縛炎隷兵を槍で一突き。瞬間的に解放した冥府の冷気で屍体を内側から壊しつつ、店の最奥にまで押し流す。
「避難、無事、終わった、です」
 切れ切れの報告に頷き、影士も戦闘態勢を整え直す。
 あとは怒りに燃える屍体を消し去るだけ。
「少々手荒になるだろうがな」
 止める手立ては他になし。
 レミが槍を握る手に一層力を込めたのを見やりつつ、影士はぐっと屈み込んだ体勢から縛炎隷兵へと組み付いた。

 ――同じ頃、二階でも反転攻勢の狼煙は上がっていた。
 最後の一人を連れて紫々彦が店から脱した瞬間。
 カッツェと帷は、それまで言い争いに振り分けていたエネルギーを、縛炎隷兵への攻撃に当てた。
 降魔の力を宿した竜骨の篭手が屍肉を斬り裂き、怒りより生み出された帷の雷撃が炎を吹き飛ばす。
 反撃に炎の鞭が伸ばされるが、これは帷に及ぶ遥か手前でカッツェがキッチリとガード。もしも縛炎隷兵にまともな知能があったなら、先程までの仲違いは――勿論芝居だが――なんであったのかと喚いていたに違いない。
 代わりに、戻ってきた紫々彦が一瞬驚愕を浮かべてから戦いに加わる。
 憂いを絶って全力を発揮するケルベロス三人を前にしては、怒りで燃える屍体などさしたる敵でもない。

 ――そして地下一階。
 真正面から敵と渡り合ったリップは、相応の負傷を受けて当初の勢いを失いつつあった。
 気づけば自分と敵と、遠巻きにちょっかいを掛けてくる(としかリップには思えない)白い猫だけとなった戦場で、呻き声を洩らしながらふらりと一歩踏み出す。
 一方で獣じみた戦いでかなりの深手を負った敵も、身体そのものを武器として迫る。
 二者は幾らか緩やかに距離を詰めていき――後もう少しで互いに喰らいつこうかという寸前、突如として現れた”ラクガキの怪物”に接触を阻まれた。
 屍体がすっ転び、リップは壁際にもたれ掛かる。
 その間に、こつこつ、こつこつと小刻みな音を立てて慶が来る。
 至極居心地の悪い戦場に放置されていたユキがムッとした表情を見せたような気がしたが――主の方が比べ物にならないほどキレかけていた。ひっきりなしに地面を叩く杖が、その証。
「――!」
「これ以上、手間掛けさせんじゃねえよ」
 立ち上がり、向かってくる縛炎隷兵に吐き捨てて黒色の魔力弾を撃ち込む。
 途端に激しく悶えて転がった敵に、リップが此処ぞとばかりに喰らいつく。
 呻き声が小さくなるにつれて何かを砕く音ばかりが響くようになり、それも無くなって静寂が訪れた頃には、三つの戦場全てが終息を迎えていた。


「――なかなか良い喰いっぷりだったな。演技のほうも」
「そっちも、ね……」
 口元を汚したままの少女が、何とも不穏な表情で此方を見据えてくる。
 何のことやら。素知らぬ顔でいれば、その態度に疑問を抱かれた。
「だって、ホントは『どうでもいい』でしょ……?」
「……バレてたか」
 慶は口元に人差し指を立てる。
 それをじぃっと見つめたリップは慶の芝居に改めて賛辞を送りつつ、店を出ていく。

 その頃。最上階では、光の翼を広げたレミが安堵に胸を撫で下ろす。
 重大な被害はない。それでも喜びきれないのは敵が屍隷兵であったからだが、ケルベロスとして彼らを退けた今、できることは安らかな眠りを祈ることくらいだ。
 一方、クロエは二階の紫々彦などと合流して、店舗の修復作業などに移った。
 かくして平穏を取り戻した雑居ビルには、またすぐに酔っ払いが集うのだろう。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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