月が輝く闇、硝子の向こうに

作者:秋月きり

「ねぇ」
 ある筈の無い呼び掛け。ある筈の無い甘い声。
 振り向いたミツル少年を迎えたのは、とびっきりの少女の笑顔だった。
「貴方、とても素敵よ」
 ふふりと形成された微笑はとても魅力的で。
 胸の鼓動が早鐘を打つ。この気持ちはもしかして……。
 甘酸っぱい気持ちの形成に、少女は殊更、華やかな笑顔を浮かべ、こう告げたのだった。
「あなたの恋心を私に頂戴」

 何処にでもいる平凡な10歳の少年。それがミツルだった。
 成績は中の上。好きなものはコンピューターゲーム。体育は苦手で、人付き合いもそれなりに苦手。休み時間は大抵、図書室に籠っている。
 そんな彼が恋をした。当然、初恋だった。
 突然降って沸いた恋心は、――異形の姿をしていた。

「あなたの恋心を私にくれたら、あなたを、私の好きな外見に変えてあげる」
 突如部屋に現れた少女――少女の上半身と魚の下半身を持つ異形は、にこやかな笑みを浮かべている。デウスエクス、死神、化け物。一瞬思い浮かんだ言葉はしかし、一瞬にして溶けて消えてしまう。それよりもミツルの心を占めていたのは、淡い感情だった。
 もっとこの子を知リタイ、もットコノ子ノそばにイタイ、モットコノコヲ……。
 彼女の呼び掛けにミツルが抗える筈も無くこくりと頷く。それが人だった彼の最後の行いだった。
 白魚のような少女の指がミツルの頭に触れる。次の瞬間、ミツルの身体は変異していく。角を抱き、ぼろぼろの風体、そして獣じみた手足。魂をサルベージされたミツルの身体は、ああ、何と言う事だろう。一瞬にして屍隷兵と化していた。
「あなたは、今から、寂しいティニー。あなたと同じく寂しい男の子を探して殺してしまいなさい」
 少女――『無垢の死神』イアイラはミツルだった屍隷兵にそう告げると、出現時と同様、部屋の空気の中へ溶ける様に消えていく。
 扉を開け、ゆるりと外に歩を進める屍隷兵。やがて。
「――化け物っ?!」
 年配の女性の悲鳴を聞きながら、彼は夜の街へと消えていく。
 コロサナキャ。コロサナキャ。コロサナキャ。ダッテ……ボクハコイゴコロヲササゲタノダカラ。

「痛ましい事件が起きて、それがそれ以上の事件を引き起こそうとしている」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)は目を伏せ、自身の視た未来予知をケルベロス達に告げる。それは 『無垢の死神』イアイラによって屍隷兵に作り替えられてしまった少年達の話だった。
「イアイラの目的は恋心。友達がいない小学校高学年から高校生くらいの男子学生をターゲットとして、彼らを魔法的効果によって――いわゆる、洗脳で自身に恋心を抱かせ、その恋心をサルベージしているようなの」
 また、サルベージの後、被害者を殺害、残った死体を自分好みの外見の屍隷兵と化す事で、更なる被害者を出そうとしているようなのだ。
「達、ですか?」
 複数形にグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)が疑問を挟む。返事は肯定の頷きだった。
「神奈川県秦野市で既に同じ被害者が3名、出ている事が確認されているわ」
「3体も――」
 グリゼルダが息を飲む。イアイラの引き起こす事件は、既に深刻な事態を迎えているようだ。
「3体の屍隷兵は自身に似た境遇の少年を探し、殺害しようとしている。ただ、避難誘導を始めているけど、範囲が広すぎて、完全に避難を完了させる事が難しいの」
 よって、ケルベロス達に課される作戦はこうだ。
 現場周辺の年頃の男の子がいる家庭はピックアップ出来ている為、それによって3体の動きをある程度捕捉する事は可能だ。故に、それを元に3体の屍隷兵を撃破していく事になるだろう。
 順次、各個撃破する、もしくは戦いやすい場所に誘い出す、或いはチームを分けるなど、手は色々と考えられる。可能な限り犠牲者を生まず、屍隷兵を倒す方法を考える必要がある。
「マンションの多い住宅街だから、あまり戦場に適した地形じゃないけど、公園とか広場とか幹線道路とか、戦闘に使えそうな地形が無い訳でも無いわ」
 屍隷兵は爪で切り裂いたり、自己回復を計ったりするようだ。強敵ではないが、ケルベロス一人では太刀打ち出来る相手と言う訳でも無い。足止め程度ならば2人、撃破なら4人の力を合わせる必要があるだろう。
「で、さっきも言った通り、屍隷兵が狙うのは生前の自分達によく似た境遇の少年ね。趣味が似てて、友達が少なそう……てのが条件みたいだけど」
 屍隷兵と化した事で知力も低下しており、かなり不自然な状況でも自分の同類と思えば、それを狙う事を優先するようだ。
 その習性は利用できるかもしれない。
「3人とも何れ、ゲームとか本とかが好きな内向的な少年ね。あ、本は別に漫画でも小説でもいいみたいだけど」
 なお、屍隷兵の襲撃は深夜になるようだ。
「街灯だけでは十分な明かりになり辛いですね」
 光の翼を抱くヴァルキュリアの独白に、リーシャは是と告げる。
「あと、囮として誘き出すだけじゃなく、同類で、自分が彼らの友人になれるような説得が出来れば、屍隷兵の動きを止める事も出来そうだけどね」
 しかし、屍隷兵は自身の同類を察知する能力を持っている訳ではないので、例え演技であっても、それを示す必要があるようだ。
「色々考える事、やれる事はあると思う。だから……頑張って」
 そして、彼女はいつもの言葉でケルベロス達を送り出すのだった。――いってらっしゃ、と。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
星黎殿・ユル(青のタナトス・e00347)
星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
端境・括(魔神熊・e07288)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)

■リプレイ

●青い影よ、今いずこ
 夜の闇が広がる。
 その先にいるのは鬼か魔か。
 死神の戯事は、犬を狩りへと誘っていく。

 はっ。はっ。はっ。
 自身の息遣いが、そして動悸がうるさいと端境・括(魔神熊・e07288)は表情を歪める。
 目の前に広がるのは、街灯によって薄い明かりを獲得した公園。そして、その中央にぽつんと佇む少年だ。
 否、それは既に少年ではなかった。
 ボロボロの風体に、獣の様な爪。二対の角を頭に生やした其れは、昨今のゾンビ映画に出てきそうなクリチャーそのものだ。
 その存在を括は知っている。寂しいテイニー。それが目の前の少年だったモノ、『無垢の死神』イアイラによって屍隷兵とされ、彼女の手足として惨劇を起こそうとするデウスエクスの名だ。
(「――この少年に何の咎があったと言うのじゃ」)
 年恰好から彼が10歳程度の少年だとは見て取れた。150センチ超の括より少し小柄な程度だろうか。
「行くぞ、アミクス」
 リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)が付けてくれた護衛、サーヴァントに呼び掛け歩き出す。本音を言えば、寂しいテイニーを会話で足止めする間、彼女には隠れて欲しかったが、それは叶わない。主がビハインドに下した命令は『一緒に行動しろ』であり、物陰に隠れろと言う括の命令を聞かせる事は出来なかった。
 寂しいテイニーは屍隷兵化の影響で知力が落ちている。
 そこに賭けるしかなさそうだった。

(「死神め……夢喰いみたいな事を」)
 星宮・莉央(星追う夢飼・e01286)は憤りを飲み込み、それに近づく。
 住宅街の路上。交差点を夢遊病者のように歩くそれは、10代後半の少年の姿をしていた。否、10代後半の少年が、獣混じりの化け物と化していた。
(「これがゲームや本の話だったら良かったのに」)
 心の底からそう願う。
 周囲に張り巡らしたキープアウトテープは彼の足を止める事に成功したのか。はたまた、ここへの侵入者を防ぐ事に成功したのか。
 判らないし、それを知る必要はないだろう。
 何故ならば。
(「俺は、キミを殺す」)
 この少年は只の被害者で、諸悪の根源は死神――イアイラだと重々承知している。だが、それでも、屍隷兵を野放しには出来ない。彼はデウスエクスとしてグラビティ・チェインを求め、イライアの手先として死を振り撒くだろう。それだけは看過出来なかった。
「ね、ねぇ。キミ、ちょっといいかな?」
 携帯ゲーム機を掲げ、莉央は寂しいテイニーに声を掛ける。少年のバックパックから同機種が下がっていたのは確認済。今は、それを目聡く見つけた同好の士を装うだけだ。
「その……一緒にゲームしてくれたら、嬉しいなって」
 きょとんとした表情を形成する寂しいテイニーはしかし。
 次の瞬間、それが浮かべたのは、少年の様な花開く表情だった。

「まずは接触、成功ですね」
 屍隷兵と対峙する莉央の姿に、マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)はそっと嘆息する。
「……莉央様」
 彼女のサーヴァント、田吾作と共に三者で物陰に潜むグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の表情は、むしろ泣きそうな痛々しさに溢れていた。痛みを抑えようと、闇色の軍服の胸元をぎゅっと掴む。
「おかしい物ですね」
 溢れる感情を抑え込むヴァルキュリアの様子に、マリオンは淡々とした表情で言葉を紡ぐ。
 元々がデウスエクスだった少女は、こうしてデウスエクスの所業に心を痛めている。その様子が不思議と言えば不思議で、だが。
(「でも、力無き存在が暴虐に晒され、蹂躙される様は許せないですね」)
 元ダモクレスだったマリオンもまた、自身の心の在り様に戸惑いを覚えてしまう。だが、そこに嫌悪感は無い。
 憤りは心由来の物。心を獲得したダモクレス――レプリカントとしては正しい在り方だ。
「大丈夫です。田吾作、グリゼルダ。私も、……あれは許し難い」
 仲間とサーヴァントの視線に応え、マリオンは視線を莉央に戻す。
 私はこの痛みと憤りを抱え、戦いに赴く。それはきっと、ケルベロスとして――ヒトとして、正しい事の筈だ。

●硝子の向こうの惨劇
 まず一つ。
 闇の中、刈り取られる命だったモノ。
 ああ、犠牲者よ。安らかに眠れ。恨みも嘆きも全て我らが抱いて往こう。

 深夜の住宅街に紫電が走る。
 それはヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)の繰り出す電光石火の刺突――黒い刃の偃月刀による斬撃だった。
 突然の奇襲を受けた寂しいテイニーはよろめき、しかし、倒れまいと足を踏ん張る。その口から迸るけたたましい悲鳴は慟哭――忌避の叫びだった。
「1班、2班共に寂しいテイニーに接触。後は、各個撃破するのみだよ。義兄さん」
 月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)の進言は携帯電話を耳に当てながら発せられた。同時に紡ぐは、黄金の光による付与魔術だ。通信と援護を両立する行為は傍から見て、非常に忙しく感じる。
 そしてオルトロスの神剣が寂しいテイニーを切り裂いた。ボロボロだった服は切り裂かれ、更なる襤褸へと姿を転じていく。
「なんか、戦いが激化するにつれて、死神の力も強くなってきているよね?」
 重厚な偃月刀を振り回す星黎殿・ユル(青のタナトス・e00347)の独白は、ふわりと揺れる白衣と共に。遅れて揺れる胸部や臀部は、女性らしい曲線を余すところなく強調していた。
「それだけ、戦力増強が叶っている、と言う事でしょうか」
 応じるリコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)の表情は不快感に彩られていた。
(「よもや、生者をわざわざ殺してまでとは、不愉快な事を行うのですね」)
 それだけ追い詰められているのか。はたまた別の目的があるのか。彼のデウスエクス達の考えは理解し難い物であった。
 せめて安らかに眠って欲しい。犠牲者となった寂しいテイニー――目の前の彼の末期をそう願いながら、詠唱を紡ぐ。
「残骸、残影、残響。疵より膿まれし者達よ。彼の者と共に滄海へ還れ」
 リコリスの喚び出した残霊は忌まわしき死神の姿を取る。テイニーの記憶から再現したそれは、愛らしい少女の上半身を持つ人魚の姿をしていた。
 抱擁と共に宿る炎は、むしろ、燃え上がる情熱を現す様で。
 焼失し、消え行く残滓に、寂しいテイニーの表情が歪む。それは親を失った迷子を想像させた。
「ホント、忌々しい」
 戸惑いの表情を浮かべる寂しいテイニーに強襲するは、炎を纏う蹴りだった。
 リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)の回し蹴りは寂しいテイニーの胸を捕らえ、細い身体を後方へ吹き飛ばす。寂しいテイニーの激突した壁が砕け、周囲に崩落の音を撒き散らした。
「ウ、ウア、アア」
 呻き声は嗚咽の様にも聞こえた。突如自身を襲った惨劇に嘆く姿は、何処となく憐憫にも、滑稽にも思えた。
「悪いな。同情はする。だが、それだけだ」
 闇雲に振るわれる爪を掻い潜り、ヴォルフは嘆きの名を持つナイフを突き立てる。迸る悲鳴は現状の否定。
「タス、ケテ。イアイラ。タス、ケテ。タス、ケテ」
「来ねえよ。――何処まで逃げてくれますか?」
 闇に染まった刃が、死そのものを体現した切っ先が、寂しいテイニーを切り裂き、命そのものを梳っていく。
「――終わりです」
 無表情のまま、リコリスはチェーンソーの刃を寂しいテイニーに振り下ろす。物言わぬ彼女の表情は、全ての感情を置き去って来たかのようにも、嘆きを凍らせているようにも思えた。
 鈍い音と共に周囲が朱に染まる。断末魔の悲鳴はケルベロス達の耳朶を打ち、やがてそれは小さな嘆きへと転じていく。
 やがて嘆きも悲しみも、そして寂しいテイニーそのものも、光の泡と化し、夜闇に溶けて行った。

「ここから近いのは二班――星宮の班だな」
 携帯電話の先はマリオンか、グリゼルダなのだろう。やはり会話を続けながら、朔耶が仲間を促す。
「括くんはまだ遠いのかな? 寂しいテイニーに襲われなければいいけど」
 ユルの願いはしかし。
「アミクスの動きは止まっているわ。――多分、接触している」
 リューインによる主と従僕間の超感応によって否定されてしまう。
「終いには全て殺すんだ。近い方からでいい」
「行きましょう。ここで止まっていても被害は食い止められない」
 不敵に笑むヴォルフに、淡々としたリコリスの言葉が重なった。
 やがて5人と一体は誰からともなく歩き出す。
 全ては寂しいテイニーの凶行を止める為。その為に夜を征くのだ。

●月が輝く闇
 夜の中でずっと遊んだ。ずっとずっと遊んだ。
 その先に何があるのか判っていた。それでも。
 今、この時が楽しければ。その想いに縋って、ずっと、ずっと。

「ア、ウー、ア」
「強い、ね。キミ。もう、一戦……やる?」
 太い爪と発達した獣の腕。それが寂しいテイニーの腕だった。にも拘わらず、器用に携帯ゲーム機を操る彼は、本当にゲームを楽しんでいた。
 その様子に莉央は溜息を吐いてしまう。異貌を除けば無垢な少年その物の彼はしかし、その外見こそが既にデウスエクスと化した証左だと、如実に告げていた。
 莉央が彼を誘ったのは、様々なキャラクターが殴り合う大乱闘ゲームだった。個人で遊べばそこそこの面白さで、だが、対戦ゲームの醍醐味は詰まる所、コミュニケーションにある。コンピュータでは味わえない楽しさに、少年――寂しいテイニーは魅了されているようだ。
 それが、どれだけ心苦しいか。
「モウ、イッカ、イ」
「……遊ぼうか」
 どんな表情でその言葉を紡げば良かっただろう。目を伏せた莉央は口だけで笑う。
 ――その瞬間だった。
 寂しいテイニーの構えた携帯ゲームの画面を朱の幕が覆った。その正体は吐血。――少年の口から迸った血が、手にしたゲーム機を赤く染め上げていた。
「……?」
 自身の胸を貫いた刃物をきょとんとした表情が眺めていた。
 それはマリオンの命の下、田吾作が生み出した槍であった。黄金色のそれを生やした寂しいテイニーはゆるりと莉央に視線を送る。
「――ごめん」
「時間だ」
 鎖で魔法陣を描くマリオンの言葉は淡々と。
「莉央様」
 光の翼を広げるグリゼルダの声は、無数に浮遊する治癒ドローンの羽音に掻き消されそうな錯覚すら覚える。
「楽しかった。ずっと遊べたらって思った。……でも、それも出来ないから……ごめん」
 莉央の謝罪と共に、無数のグラビティが寂しいテイニーに突き刺さる。
 それは夜を舞う梟の爪で、串刺しによる恐怖を盾にした英雄の槍で、嘆きと恋慕を歌う人形の歌で、そして捌きの雷光の槍であった。
 闇の狼の名を抱く青年のナイフは寂しいテイニーの喉を切り裂き。
「――叶わぬ夢の後始末を」
 夢が弾ける。花の様に舞い散る。捨てられた夢。諦めた夢。願いの無き夢。昏き夢。夢。夢夢ユメユメゆめ……。
「なんで」
 血塊を吐き、崩れ去る寂しいテイニーを前に、莉央の慟哭が響いた。
「何でこんな幕引きしなきゃいけないんだよっ!」
 それは、侵略者に侵された、悪夢の終焉。

●夜にはぐれたまま
 たどたどしい言葉。大仰な身振り手振り。
 彼は少年だった。悲しい程、無垢な少年だった。
 だから、わしは。

「どう、かな? ミツル、くん?」
 括の問い掛けはたどたどしく。彼女の言葉に、寂しいテイニーはこくりと頷く。それが形成した表情は、ぎこちない笑顔だった。
「良かった!」
「……ブンショウ、ガ、キレイ、デ、デモ、ヤサシイナ、ッテ」
 満面の笑みを浮かべる括に、そんな言葉が添えられる。
(「このまま時間が来れば皆が来る。そうすれば、ミツルは」)
 戦闘予定地域。ケルベロス達が戦場と定めた公園のベンチで、括と寂しいテイニーは語り合っていた。とは言え、一方的に語る括に、寂しいテイニーが頷き、たどたどしい言葉を返すだけであったが、しかし、その光景は紛れもなく友人同士の語らいだった。
 括の背に寄り添うアミクスの姿は違和感を醸し出していたが、寂しいテイニーはそれを疑問に思う様子はなかった。
(「――っ」)
 時計を見るも、戦闘予定地域に辿り着いて30分も経過していない。永劫にも思える時間はしかし、その終わりが来る事を括は知っている。
 故に思う。その時が来なければいいのに、と。
「ミツルくん。そ、そう言えば」
 新たな本の話を紡ごうとした括はしかし。
 言葉を遮ったのは、獣の掌だった。
 刃物のような爪は彼女の身体に突き立てられず。ただ、殴打が彼女の身体を吹き飛ばす。
「――?!」
「ゥグルルルルゥ」
 瞬間、響いた音は獣の唸り声。
 戸惑う括に背を向けた寂しいテイニーは闇に向かって駆け出す。街灯の下、そこに広がる7つの影は何れも武器を構えた集団――ケルベロス達だった。
「意外、だね」
 虚無球体を生み出しながら、ユルは独白する。
「イライアの命令より、グラビティ・チェインが豊富な獲物がいたからそっちに来た、それだけだろう? ――獣め」
 惨殺ナイフを逆手に構えたヴォルフが紡いだ言葉はつまらなそうに響き、同意とばかりに朔耶が頷く。
「終わらせましょう。先の二人同様に」
 これ以上悲劇を長引かせたくないと、リコリスは灯篭型の宝珠を突き付ける。
「さ、行くよ」
 鬨の声となったのは、リューインによる槍撃だった。雷光纏う投擲は寂しいテイニーの肩を焼き、しかし、それでも寂しいテイニーは爪を携え、ケルベロス達に肉薄する。
 斬撃を受け止めたのは盾と身体を張るリキだった。
 斯くして、終わりの始まりは開始される。その終焉が紡がれる時まで、悲劇の理を奏でながら。

「ああああああっ」
 その慟哭は寂しいテイニーの物だったか、それとも括の物だったか。
 先の学生風だった括の姿はもはや無い。今、寂しいテイニーに斬りかかる括は、防具によって紡がれた最終決戦姿――オウガメタルなまはげさんが変形した外骨格とも相まって、孤高のヒーロー、或いは、化け物と形容される姿に相違なかった。
 オウガメタルの拳は屍隷兵の身体を打ち据え、虚空へと弾き飛ばす。
 そこに迎え撃つはマリオンと田吾作の主従コンビだ。マリオンの電子砲台は敵の身体を灼き、田吾作の牙はその身体を切り裂いていく。
「キミも――なんだね」
 苦渋の表情の莉央はそれでも、彼の最期から目を逸らさないと、終わりを見据えながら如意棒を叩き付ける。
 戦いは一方的な物だった。
 4人いれば倒せる程度の強さ。ヘリオライダーの予知を是とするならば、9人のケルベロスが彼に後れを取る道理は無かった。
 先の3人の攻撃だけではない。朔耶の、ユルの、ヴォルフの、リコリスの、そしてリューインとグリゼルダのグラビティを前に、寂しいテイニーの身体は打たれ、穿たれ、切り崩されて行く。
 だが、それでも寂しいテイニーは爪を振るい、ケルベロス達に肉薄する。
「怯えない相手と言うのは厄介だな」
 そんなにイライアを盲信するのか。朔耶は嫌悪の表情で自身の使い魔を寂しいテイニーへと放つ。
「解放……ポテさん、お願いします」
 愛鳥から放たれた魔力弾は寂しいテイニーに着弾。神経系を侵し、ずたずたに切り裂いて行く。
 如何に寂しいテイニーが孤軍奮闘しようと、人数の差は覆らない。獣の爪が振るわれ、暴れ、もがき、そして最期へと墜ちていく。その終局が正しい姿なのだから。
「ひとふたみぃよぉいつむぅなな。七生心に報いて根国の縁をひとくくり。さて、おぬしの御魂は此方側かの彼方側かの?」
 そして、それが最後の餞となった。
 括によって編まれた生と死を分かつ結界は寂しいテイニーの身体を切り裂き、地に伏せさせる。
「……ア、アア、……ククル、クン」
 零れた物は、声にならない断末魔の響き。しかし、それは何処か、誇らしく響く。
 やがて力を無くした体は動きを止め、地べたにゆるりと崩れていく。そして溢れる光の粒は、この世ならざる生命が自然の理に従い、溶けて消え行く姿を映していた。
「さよならじゃ」
 別離の言葉は涙混じりの声であった。
 御魂を見送る様、空を仰ぐ括と、そして。
「せめてグリくん、その最期を看取ってあげて」
 ユルの言葉に頷くグリゼルダは、葬送の歌を紡ぐ。魂の導きは叶わなくとも、御魂が迷わない事を祈り、願いを歌に込める。
 夜の公園の中、その寂しげな眼差しと歌は、いつまでも響いていた。

●迷宮の中、気持ちを隠して
 帰途に着くケルベロスの中で、二人の少女が小声で会話していた。
「キミは、あれをどう思う?」
「順当に考えれば……」
 イライアの命令通り、括を襲おうとした寂しいテイニーはしかし、グラビティ・チェインが豊富なケルベロス達を発見し、魔手の矛先をそちらに変えた。
 ――それはヴォルフが推測した通りであり、それが全てだと思う。
「そうだよね」
 ユルも頷く。最期に括の名を呼んだ理由も、獲物を逃したと言うただの悔悟であったと思えば納得が出来る。
「ですね」
 煮え切らない物を感じながら、グリゼルダは肯定を示す。これはただ、それだけの話だ。

「……ミツル」
 最期に彼が何を思ったのか、括には判らない。
 友に裏切られた哀しみではなく、化け物に襲われた哀しみが彼の最期ならばと願っていた。
 だが。
(「友を守った事に誇りを見出したのか、主は……」)
 それはただの願望かもしれない。
 だが、そうであればと願ってしまう。それを止める事が彼女には出来なかった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 6/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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