蠢く謀略

作者:絲上ゆいこ

 その命を果てた蛾が一匹。部屋の隅に落ちていた。
 しかし、椅子に座りお茶を飲む美代子はそのような事にはひとつも気づいてはいない様子であった。
 流行歌を小さく口ずさみながら、左手の薬指に嵌ったシンプルな銀の指輪に触れる。
 結婚して三ヶ月。32歳になるが家事がそこまで得意では無いと自覚する美代子は、主婦になる事に抵抗があった。
 しかし彼が家に帰った時に美代子に居てもらえると幸せだと。口説き落とされ、強引な彼に絆される形で家に収まる事となったのであった。
 指輪に触れていると、自然と笑みが浮かんでくる。
「ふふ、今日は彼の好物の栗ごはんにしようかしら」
 空になったカップを手に、立ち上がろうとした美代子は、そこで身動きを取ることができなくなってしまった。
 2mはあろうか。巨大な蛾が、その巨大な複眼で美代子を見下ろしていた。
「や、……っ!」
 蛾は美代子の体を脚で絡め取ると、その口吻を首筋へと突き刺した。
 
「もーっ! ローカストたちがまた悪い事をたくらんでいるみたいなんです!」
 ケルベロスたちが集まるなり、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、憤然とした様子で言葉を切り出した。
「以前は虫さんを殺した人を選んで、賢いローカストたちがグラビティ・チェインを奪っているみたいでしたが……、今回は、その人が殺していなくても虫さんの死体がある場所に、会話が出来ないくらい知性のひくーいローカストを送り込んでくるみたいなんです!」
 賢いローカストたちが地球の様子を確認して作戦を変更したようで。
 知性の低いローカストは、必要以上にグラビティ・チェインを奪う可能性があったが、そうなる前にケルベロス達が良い所で『処分』するだろう、と考えたみたいですとねむが付け加える。
「このローカストたちは知性がひくーい代わりに、戦闘能力に優れているみたいですー」
 今回の戦場は、閑静な住宅街の一軒家。ローカストは一匹だけである。
 巨大な蛾人間の姿をしており、前脚は刃の様に鋭くなっている。
 鱗粉には石化毒が含まれ、音波で催眠状態に陥らせてくるようだ。
「捕まっている奥さんは、脚でがっちり捉えられているのですが……。奥さんを抱えたままで戦闘はできないですから、戦闘が始まればそのまま開放されます」
 でも、とねむはパンダの耳をぺったりと倒してケルベロスたちを見る。
「ローカストはゆっくり吸収しなければ、グラビティ・チェインが吸収できないみたいなので、すぐに奥さんがどうにかなってしまう事はありません。でも、でも! ……できるだけ早く助けてあげて下さいねっ! 安心できるはずのお家の中で襲われるなんて、悲しい事ですから!」
 よろしくおねがいします、とねむは頭を下げた。


参加者
天城・恭一(イレブンナイン・e00296)
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
クリス・クレール(盾・e01180)
狗衣宮・鈴狐(鈴の音色を奏でし狐娘・e03030)
華空・壱乃(星ノ歐・e05448)
勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)
立花・統(呪われしセーラー服・e18295)
筐・恭志郎(行雲流水・e19690)

■リプレイ

●32歳、人妻。良い響きだ。
 天城・恭一(イレブンナイン・e00296)。31歳。独り身。
 少しだけ自らを省みかけた彼は、首を左右に振る。
 まあ、俺の事はどうでもいいんだ。
「やれやれ、ローカストの好きにさせるわけにはいかんし、サクッと片付けるとするか」
「ええ、新婚さんで幸せなところを邪魔なんてさせません」
 華空・壱乃(星ノ歐・e05448)は、祈るようにテディベアのリュックの紐を軽く握り、いってきます。と心のなかで囁き新居へと踏み入る。
 小綺麗に纏められたリビングはまだ新しい建物の匂い。
 そして、部屋には相応しくない巨大な蛾。
 脚で捉えられ首筋に細い口吻を差し込まれた人妻は、引きつった声音で手を伸ばす。
「助け……っ」
「その女性を離しなさい!」
 壱乃が叫び、縛霊手を構える。
「ああ、……その脚をどけろ、貴様なぞにやらせはしない」
 クリス・クレール(盾・e01180)は禍々しいオーラを纏い、ローカストを睨めつけた。
 黒獣の腕を握りしめるとオーラが膨れ上がる。
「殺気に命じる。目標単体、欺け!」
 ギジ、と音を立てたローカストが人妻を投げ捨てる。そして、敵意を示したクリスへと跳びかかった。
 クリスとの間に割って入る形で筐・恭志郎(行雲流水・e19690)は、ローカストの刃物めいた鋭い前脚を斬霊刀で受け止める。
 たまたま其処に居ただけの人を襲撃なんて、無差別虐殺と変わりはしない。
 彼女に何かあったら旦那さんがどれだけ悲しむか。
 ……どれだけ、彼女の窮地に傍に居られなかった事を悔やんで苦しむか。
「絶対に、助けます」
 柔和な表情の下に強い意志を秘めて。刃の前脚をねじ込み、押し進まんとしたローカストを白い刃を捻る事で跳ね除けた。
「……、Falenaか。昔はよく駆除したものだが。ここまでの大物はいなかったな」
 その隙に、ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)は駆ける。
 ――シニョーラが助けを求めている、それ以上の理由があるか? 否、在るわけも無い。
 投げ飛ばされたその体を柔らかく抱き留め、廊下へと滑りこむ。
 混乱した表情を浮かべたままの人妻を、安心させるかのような笑みを浮かべるヴィンチェンツォ。
「シニョーラ、お怪我は?」
 隣人力の為か。それとも元より持ちあわせた雰囲気だろうか。
 少しだけ安心した様子の人妻は廊下にへたり込み、彼を見上げた。
「あの、だ、大丈夫です。その、……ありがとうございます」
「無事なら良かった。……少しだけうるさくするが、直ぐ終えるさ。一度の悪夢だろうがすぐに俺達が消し去ろう。大人しく悪夢が覚めるまで待っていてくれるかい?」 
 コクコクと何度も頷く人妻に背を向ける。
 リビングの惨状は免れないだろうが、仕方があるまい。
 二丁拳銃を引き抜き、戦場と化したリビングへと舞い戻る。

●囀る昆虫
 彩華を片手に。
 狐、狗、狸。三匹の霊体を従えた狗衣宮・鈴狐(鈴の音色を奏でし狐娘・e03030)が、リンと鈴の音を響かせた。
「さぁ、おびえるがいい!」
「悪いが貴様のような輩を許しておくわけにはいかない、―――喰らえ!」
 鈴のような声音。鈴狐の号令に獣の霊体が一直線に駆け、ローカストに吸い込まれるように溶ける。
 立花・統(呪われしセーラー服・e18295)が合わせて、交差させた斬霊刀を振りぬき、霊体のみを斬る衝撃波が駆けた。
 ギ、ギヂギヂ。憑依した霊体が、幻覚を見せているのであろうか。戸惑う様に、ローカストが巨大な羽根を広げる。
 ――ああ、巨大な虫は気色が悪い。潰しても汚いだろう。
 喰らった魂を憑依させ、全身に禍々しい呪紋を纏った勢門・彩子(悪鬼の血脈・e13084)は冷えた目線でローカストを見る。
「来いよ、虫ケラ。その空っぽの脳みそで言っている事が理解できるならな」
 言葉自体は理解できずとも、挑発は理解できたのであろうか。一瞬廊下へと向けた羽根を羽ばたかせると風がうねった。
 空気の色を染めるほど、毒を纏った鱗粉が鎌鼬の如く迫りくる。
 机を三角飛びの要領で蹴り跳躍し、鱗粉の大部分を躱す彩子。毒鱗粉が鼻の奥をツンとつく。
 そのまま手をつなぐよう両掌を握りこみ、振り上げた腕。――達人の一撃をローカストの脳天へと叩き落とす。
「大丈夫ですか?」
「問題ない」
 癒しと耐性の力を纏った紙兵を壱乃がばら撒きながら首を傾げると、短く答える彩子。
「動くなよ……、俺の銃弾が当たるまではな!」
 恭一のリボルバー銃から目にも留まらぬ勢いで飛び出した弾丸が、彩子の一撃でたたらを踏んだローカストを貫いた。
「っ!」
 斬霊刀を構え直した恭志郎は、雷めいた突きを繰り出し一気にローカストの懐に潜り込む。
 羽根を貫かれ、身をくねらせた巨大な蛾が恭志郎を弾き飛ばそうと脚を薙ぐ。
「――Numero.2 Tensione Dinamica」
 白銀の光が奔り、ローカストが一瞬動きを止めた。
 銃を包む雷神の哮り。戦線に復帰しざまに電界征圧を放ったヴィンチェンツォが片目を閉じてウィンクした。
「傍迷惑とはこういうことを言うのだろうな、害虫に慈悲は無い」

●決着を
 重ねられる剣戟。知能は低いが戦闘能力の高いローカスト。
 本能のままに戦う蛾人間は、威嚇の甲高い咆哮をあげる。
 ローカストのバッドステータスも膨れ上がっていたが、ケルベロスたち、……特に攻撃を一手に引き受け庇うクリスの疲労は徐々に蓄積しつつある、と壱乃は分析していた。
 壱乃はテディベアのリュックの肩紐を握りなおし、オーラでクリスを包み癒す。
「もう少しですよ、頑張りましょうねー」
「うむ、大丈夫だ」
 クリスは笑みの形に唇を擡げ、疲れを吹き飛ばさんとするかのように吠えた。
「我が名はクリス。弱きを護り、強きを求むる、不屈の盾、クリス・クレール! 推して参る!」
 炎を纏う鉄塊剣【大薙】を振り下ろし、交えた刃がローカストの脚を深く切り裂き、弾き飛ばす。
 一瞬ローカストは怯んだが、直ぐ様喰らいつかんと体勢を整える。
 セーラー服の裾を翻し、静かな戦意を湛えた統が斬霊刀を振りかざし、跳ねる。
 誰かの帰りを待つ人を襲うなど言語道断。
 陽炎の様にオーラをくゆらせ、地を割り入らんばかりの踏み込み。
「今再び我が身は修羅となり、無双の極致へと至る――、悪いが手加減をする気はさらさらない!」
 その場に満ちる、気、血液。全てを喰らい、己が力と変える。
 無慈悲なまでの斬撃。再極無想を放つ統。 
 連続攻撃に、ローカストが激しく体を振って奇妙な音を響かせた。耳を塞ぎたくなるような怪音波が脳の奥を震わせる。
「キィキィうるさい虫ケラなんて最悪だな、蛾も気色悪いが蛾『人間』追加でより酷い」
 彩子が、ギリと奥歯を噛み締め居心地の悪い音に瞳を細める。音に被せるように低く鈍い駆動音を響かせるチェーンソー剣。
「どーせ捨て駒だろ、お前。ローカストの思惑に乗ってやるようで癪だが、お望み通り排除してやる」
 ステップ。間合いを一気に詰めて、旋転から逆水平に刃を振るいあげる。一撃はローカストを抉り、床をもそのまま抉ってしまう。舌打ちを漏らす彩子。
 痛覚があるのか、無いのかも、表情が変わらぬ為に分かりづらいローカスト。鱗粉を蓄えた羽根を広げる。
「そうはさせませんよっ」
 紅色の瞳を揺らし、鈴狐が踏み込み羽根を袈裟斬りに裂く。更に踏み込むと刃を返し振りぬかれ、身を捩るローカスト。
「さぁて、読めたぞ」
 後衛から観察を続けていた恭一がポツリと漏らした。リボルバー銃に残った弾丸をありったけ吐き出す。
 鈴狐を打ち据えようとした脚を弾き飛ばし、更にローカストを穿つ弾丸の雨。
 シリンダーを引き抜くと空薬莢がからからと床を転がった。
「動きが単調だぜ。懐に潜り込まれると、すぐ同じ脚で攻撃するだろ」
 弾丸を充填しながらシニカルに笑んだ恭一。
「――入念に読んで詰みに至らせる。それが俺の戦術だぜ。ってな?」
 満身創痍と言うのがぴったりだろうか。羽根も腕も傷ついたローカストは、手負いだからこそか戦意を失うことも無い。
 沸き立つ怒りをぶつける本能が選ぶ先は、一番憎く思えるクリスだ。音にならぬ音で吠え、突進で彼を迎え撃つローカスト。
「来い! 俺は、――盾だ!」
 その一撃は受け止めてやる。望む所だとクリスが笑みを深めて衝撃に堪え、踏みとどまる。え猛るローカストを押し留めるクリス。
 来い、に呼応したかのように。恭志郎が間合いを一気に詰めた。
 オーラが膨れ上がり、木蓮の花弁の白い光が舞う。
「これで、おしまいです」
 斬霊刀で、ローカストを凪いだ。
 地へとごとりと転がり、そのまま動かなくなるローカスト。
 ざらりとその姿が砂と化し、空気へと溶け消えた。

●ファンタジックリビング
「むー、クリスさん、無茶しすぎなのですよー」
「はは、すまん」
 戦闘が終わるなり床に倒れ込んだ、一番傷の深いクリスを、オーラで癒しながら壱乃が優しく嗜める。
 自らの命で人が救えるなら、と考えてしまうクリスは笑う。
「失敬、シニョーラ。立てるかな? 悪夢の一時は過ぎ去った。目覚めの時だ」
 ヴィンチェンツォは、廊下で呆然としていた人妻、美代子の手を取るとリビングへと連れて行く。
「……まぁ、あの人になんて説明をしたらいいのかしら……」
 見たこともない化け物がきて、ケルベロス達に助けられた。その結果部屋が壊滅した。なんてどことなく現実味の無い体験。
「大丈夫でしたか。怖い思いをさせてしまい申し訳ありません」
「本当は捕まる前に助けに来れたら良かったんですけど……怖い思いをさせてしまってすみません」
 壱乃が頭をペコリと下げると、恭志郎が本当に申し訳無さそうに瞳を落とす。
「すまない、建物を癒やす事と、片付けくらいなら手伝えるが……」
「新居が台無しにしてしまった。済まない、旦那さんへの説明もしたいと思っている」
 恭一がブロンドの頭を掻き困ったように首を傾げ。
 彩子としても仕方がないとは思うが、申し訳ない気持ちがあった。
「そんな、悪いのは貴方たちじゃ……、助けて貰っただけでも、本当にありがたい事だわ」
 慌てたように美代子は手を振る。
「……、この床にヒールできるか?」
「ああ、やってみましょうか」
 壊れてしまった皿の破片を拾い集めながら、バツの悪そうな表情で尋ねる彩子。
 彼女は自回復しか持ちあわせていないため、ヒールを試す事ができないのだ。
 ふんわりと微笑んだ恭志郎がオーラを集め、癒やす。
 ケルベロスたちの癒しの力は、建物をファンタジックに生まれ変わらせる。
「……まあ、可愛い!」
 美代子はファンタジックに生まれ変わった建物を気に入ったようで、にこりと微笑むと片付けを申し出てくれたケルベロスたちに礼を再び伝えた。
 鈴狐もちょこちょこと歩きまわり、片付けを手伝う。
「どうかご主人といつまでもお幸せに」
 片付けをしながら壱乃は美代子へと微笑み、同じ思いを抱く彩子は小さく頷いた。
「とりあえずは一件落着か」
 統は胸を撫で下ろすように息を吐く。
 新婚夫婦の平和は、ケルベロスたちの活躍で守られたのだった。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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