「クロム・レック・ファクトリアの探索に向かっていたケルベロスが帰還したわ」
リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の言葉は痛ましい表情と共に紡がれる。
結果、2名のケルベロスによる暴走を引き起こす事となった作戦はしかし、その上で得られた情報は非常に価値の高い物であった。
故に嘆くべきなのか、それとも喜ぶべきなのか。彼女自身、感情に整理を付けあぐねている状態なのだろう。
それでも次の言葉を紡ぐ。それがヘリオライダーとしての責務だと言わんばかりに。
「まず、先の作戦で判明した事を連絡するわ。伊豆諸島海底部の海底熱水鉱床で多くの資源がダモクレス勢力によって奪われていたようね」
資源採掘を行ったのが『クロム・レック・ファクトリア』で、その護衛としてディザスター・キング率いるディザスター軍団の姿があったようだ。
ディザスター・キングが直接防衛指揮を執っている事を鑑みれば、『クロム・レック・ファクトリア』がダモクレス全軍にとって重要な役割を果たしている事は間違いないだろう。
「更に、伊豆諸島海底部にはもう一基の拠点ダモクレス『バックヤード』の姿も確認されたわ」
バックヤードの名を持つダモクレスについて詳細は不明だが、巨大な『環状の門』の様な形状から『魔空回廊を利用して採掘した資源の輸送を担当している』と推測される。
なお、バックヤード側の戦力としては、巨大な腕型のダモクレスが確認されている。また、その指揮官として『五大巧』と言う5体の強大なダモクレスが存在しているようなのだ。
「少しだけ推測が入っているけどね」
未来予知の精度の問題だろうか。苦笑を浮かべたリーシャはクロム・レック・ファクトリアの話題に話の舵を戻す。
「クロム・レック・ファクトリアが採掘した資源量は膨大で、概算だけど『ここ数年のダモクレスの侵略に必要な資源』の過半数はこの場所で採掘されたと考えて間違いないでしょうね」
故にクロム・レック・ファクトリアの撃破に成功すれば、地球侵攻を繰り広げるダモクレス達へ非常に大きな打撃を与える事が出来るだろう。
つまり。
「ここに『クロム・レック決戦』を宣言します」
クロム・レック・ファクトリアの撃破を目的とした作戦がヘリポートで告げられる。
「その為にはクリアしないといけない課題がいくつかあるわ」
先の作戦によってケルベロス達に拠点を暴かれたダモクレス勢力は『クロム・レック・ファクトリア』の移動準備を始めた様なのだ。
長く見積もっても一週間以内には、『クロム・レック・ファクトリア』は移動準備を整え、伊豆諸島海底から姿を消してしまうだろう。無論、『クロム・レック・ファクトリア』が移動してしまえば、大きな犠牲を払ってまで手に入れた情報が無駄になってしまう。
それを阻止する為にも、『クロム・レック・ファクトリア』が移動する前に彼のダモクレスを撃破する必要があるのだ。
「クロム・レック・ファクトリアの撃破は今までのファクトリア攻略と同じね。内部に潜入し中枢部の破壊を行う。ただそれだけよ」
問題は、その護衛についているディザスター軍団だ。中枢部を破壊する為にはこの軍団の防衛網を突破、更には中枢部を護衛するディザスター・キングを倒す必要がある。
勿論、ダモクレス側も黙っていないだろう。
『ケルベロスによる襲撃を撃退すれば、撤退までの時間が稼げる』。ダモクレス達の考えを要約すればそう言う事だ。よって、彼らにとっては決死の防衛となる事は必至。激戦となる予測は難くない。
「危険な作戦となるけど、みんなの力を貸して欲しいの」
改めて、リーシャはぺこりと頭を下げる。
「それで、潜入経路についてだけど、クロム・レック・ファクトリアの外周部には『29箇所』の資源搬入口があって、そこから内部に潜入する事が可能よ」
だが、全ての搬入口が中枢に続いているわけでは無いようだ。
「敵もさるものながら、ね。ディザスター・キングは、敢えて中枢に繋がる搬入口とそれ以外の搬入口の警備を等しくしている様なの」
その為、警備の様子から中枢に続く道を推測する事は不可能となっている。その搬入口が中枢に続いているかどうかを確認する為には、そこを警備するディザスター軍団を撃破して実際に探索するしかなさそうだ。
「悩ましい所ね。複数チームが一つの搬入口から潜入した場合、ディザスター軍団との戦い等の攻略については安全性が向上するけど、もしも、選択した搬入口が中枢に続いていなかった場合、ディザスター・キングとの戦いに参加出来る戦力が低下してしまう危険があるわ」
安全策を取るか、それとも敢えて危険を冒すか。それが鍵となるだろう。
「それに加えて、道中のディザスター軍団も、防衛部隊としてそこそこ優秀なのが厄介ね」
確かに主であるディザスター・キングと比べればその戦力は見劣りするし、全ての搬入口を抑える為、彼らの展開は広がっている。結果、少ない戦力でケルベロス達と応対することになるが、そこは蛇の道は蛇と言う奴だろう。隠し部屋を利用した待ち伏せなど、奇襲攻撃を行う事でケルベロス達を消耗させつつ、最奥となる場所に有力な戦力を集め、ケルベロス達の撃破を狙う……それが彼らの大まかな作戦のようだ。
「対抗する為には、敵の奇襲を察知して素早く撃破。そうやって道中の損耗を避けつつ、有力ダモクレスとの決戦に備える……って感じかな?」
兵は拙速を尊ぶ、と言う訳ではないが如何に素早く中枢に辿り着くかを考える必要があるだろう。無論、奇襲に備える必要は存分にあるが。
「最奥の決戦に勝利後、通路が中枢に繋がっていた場合は、ディザスター・キングと戦闘が続くことになるわ」
ディザスター・キングとの決戦は、中枢に到達した全てのチームが協力して戦う事になるだろう。如何なる巨大な敵もケルベロス達の力を結集できれば倒す事が出来る。それはこれまでの戦いが証明していた。
「それと、選択肢の一つだけど、『クロム・レック・ファクトリア』の攻略じゃなく、『バックヤード』の攻略を行う事も出来るわ」
当然、バックヤードに戦力を投入した場合、クロム・レック・ファクトリアの撃破が難しくなってしまう為、幾らかの考慮が必要だろう。
「目安だけ言うと、バックヤードは『2本の巨大腕型ダモクレス』に護衛されているから、バックヤード内部に取りつくのには、巨大腕型ダモクレスと戦う2チーム、それとバックヤード内部の探索を行う1チーム、計3チームが最低ラインね。これより少なければ、内部の情報を得る事は不可能でしょうね」
無論、3チームは最低ラインの為、多ければ多い程、成果に期待出来るのは言うまでもないだろう。
「加えて、バックヤードには『探索活動中に暴走した2名のケルベロスが捕縛されている』可能性が高いわ」
よって、探索に成功すれば捕らえられているケルベロスの救出も可能と推測される。
「これだけの大量の資源を採掘していたと言う事は、ダモクレスの大規模作戦が近いのかもしれないわ。だから、今回のクロム・レック・ファクトリアの攻略は成功させておきたい。……けど」
もしもそれ以上に大切にしたい事があるならば、そちらを優先しなさいとリーシャは微笑む。単純な利益の問題じゃない。それが彼らの強さだと、彼女は知っているのだ。
「だから、いってらっしゃい。悔いの無い道を」
そうして彼女は、ケルベロス達を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355) |
五継・うつぎ(記憶者・e00485) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467) |
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545) |
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869) |
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949) |
●20番目の扉
29箇所存在する搬入口の20番目。それが彼ら8名の選択したルートだった。
「流石はダモクレスの超技術……でありますな」
扉を通って中へ。ゆるりと着地したクリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)は周囲を見渡しながら、そんな感想を零す。
海底熱水鉱床の水深を考えれば、かなりの水圧が掛かっていると考えるべきだ。だが、天井や壁には歪みの一つ、見受ける事が出来ない。
「嫌になりますよね」
とは天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)談。困難に立ち向かうのが地球人の科学技術の歴史ならば、しかし、デウスエクスのそれはその苦労をあっさりと超越してしまう。彼らが異郷の神だとは、よく言ったものだ。宇宙進出だって……、と微苦笑すら浮かんでしまう。
「あんまり長居したくないし、さっさと片づけないと」
ケイの驚きを余所に、アビス・ゼリュティオ(輝盾の氷壁・e24467)は整った顔立ちに嫌悪の色を浮かべていた。元デウスエクスのヴァルキュリアとしては、ダモクレスの超科学に関心は無さそうだ。それが少しだけ羨ましく感じてしまう。
「まさに敵の腹の中よな。さて、鬼が出るか、蛇が出るか、と言った処か」
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が呵々と笑う。10歳と言う幼さながら、そこは戦闘種族と謳われたオウガの末裔。不敵な笑いと共に、ケルベロス達を迎える通路を見据えている。
それはまさしく口だった。ケルベロス達を飲み込むが如く広がる道は、その先が何処に繋がっているか、この位置では見当もつかなかった。
「目指すは最奥。そして出来れば……」
「その先がディザスター・キングの護る中枢に繋がっていればラッキーだよね」
シトラス・エイルノート(碧空の裁定者・e25869)の独白に、獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)の冗談交じりの一言が重なる。気負わないその言葉に、がちがちになっていた緊張の糸が幾分か、解れた気がする。
それを狙っていたのなら大したもの。狙っていなければ……天然って凄い、と思ってしまう。
「さて、進みましょうか」
「使命を果たす為、力を尽くしましょう」
五継・うつぎ(記憶者・e00485)の呼び掛けにリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)がこくりと頷いた。
オニキスの言葉ではないが、鬼が出るか蛇が出るか。それを知る者はいない。――今は、まだ。
そしてケルベロス達はクロム・レック・ファクトリアを突き進む。
先頭を固めるのはケイ。その後ろにシトラスと銀子が、そして三者の後ろにはうつぎ、クリームヒルト、フリズスキャールヴ、オニキスが着き、殿をアビスとコキュートスが勤めている。
移動の要となるのはオニキスだ。手にした方眼紙に地図を描きながら、スーパーGPSで自身の位置を投影する。
帰路を抑えるのはアリアドネの糸の一端を掴むクリームヒルトであった。仮に脱出となった場合も、彼女の残す痕跡が彼らを外に導いてくれる。
故に怖れる理由など無かった。今は踏破するのみ。
それが、彼らに出来る全てであった。
●騎士の一手
「獅子の力をこの身に宿し……以下略、さあ、ぶっ飛べっ!!」
「吾は水鬼、この程度は朝飯前よ! 滾れ! 漲れ! 迸れ! 龍王沙羯羅、大海嘯!!」
銀子の投げやりな詠唱と共に放たれた連打は砲台を抱くダモクレスを吹き飛ばし、オニキスの召喚した大津波は銃器を構えるダモクレスを薙ぎ倒して行く。
それはまるで暴風だった。日本列島を通過する台風の如く、ケルベロス達はクロム・レック・ファクトリアを蹂躙していく。
堅実にして拙速。それがケルベロス達の選んだ方針だった。
隠密気流を纏いながらも、その行軍は大胆不敵。道を塞ぐ障害を破壊し、乗り越え、そして、進んでいく。
慎重よりも速度を選んだそれは、当然ながら、敵――ダモクレス達にとっても望ましい進軍だった。
馬鹿正直に応対する必要はない。奇襲の餌食にしてやる。
ダモクレスの考えがそうだったかは不明だ。しかし、物陰に潜み、ケルベロス達の通過と共に出現したダモクレス達はしかし。
「上であります!」
ダモクレスの銃弾をタワーシールドで弾きながら、クリームヒルトが警告の声を上げる。
「後方からも来たよ!」
アビスの鋭い指摘は、ブレイドを逆手に構えたダモクレスを発見したが為の物。そして、そこにリコリスやシトラス、銀子やオニキスのグラビティが殺到し、粉砕していく。
そう。速度重視で進軍し、奇襲そのものは8対16個の瞳が敵を発見。ケルベロスの牙がそれを食い破る。
斯くして、彼らの進軍は止まらない。まして、29の通路を防衛する為に戦力を割いたディザスター軍団のダモクレス達の一端には、彼らを堰止める力は無かった。苦し紛れに行われる奇襲もしかし、最奥を目指す彼らを止めるに至らない。
「このまま何もなければ――」
光の加護と共に進軍が叶えば。
リコリスは願いを紡ぐ。
少ないと言えど、二度三度に渡る遭遇は、ケルベロス達に少なからず被害を与えている。その都度、うつぎの治癒が施されているが、治癒不可能ダメージの蓄積も見過ごす事は出来ない。今は小さくとも、致命的な瑕疵にならないとも限らないのだ。
「止まって下さい」
進軍を止めたのはケイの一言だった。片手を伸ばしながら停止を訴え、残された手は人差し指を唇の前に立て沈黙を促している。
「扉?」
ケイの肩越しにそれを認めたシトラスははっと息を飲む。
今まで扉はいくつかあったが、ケルベロス4、5人が同時に潜れそうな大きさを備えた扉は今回が初めてだ。
「……地図上は最深部と思わしきも、実際はそうか判らん」
とは手製の地図を確認しながらの、オニキスの台詞であった。
進める限り踏破した。可能な限り探索した。よって未だ発見に至っていない隠し通路などを考慮しなければ、今、ケルベロス達の目の前に広がる扉、そしてその先が最奥の筈だ。
「みんな。回復を。あと、息を整えて。……それが終わったら行こう。警戒はいつも通り」
一歩前に進み出た銀子がくるりと周囲を見渡す。
この先にこの通路の軍を率いたダモクレスが、そして、その先にもしかしたらディザスター・キングに連なる道があるかもしれない。ならば、最大限の備えは必須だ。
「これまで同様、鍵は掛かっていないようです」
扉触れたうつぎの言葉に、ケルベロス達は一応に頷く。そして、ディフェンダーの三人を先頭に、一同は扉をくぐるのであった。
「来たか、ケルベロスの諸君」
広き室内の中、第一声を放ったのは白銀のダモクレスであった。同色の砲塔を肩に、そして右手には同色の剣を。細身の外見は、しかし、堅牢な造形を彷彿させた。
「我が名はディザスター・ナイト・FA。この通路を預かり、番人となるものだ」
「ナイト……」
シトラスの独白は彼の呼称に向けられた物。ディザスター軍団のダモクレス達は確か、チェスの駒に準えてつけられていた筈だ。
「そして今の内に告げておこう。諸君らには残念な話だが、この道はここで終点だ。とは言え、安心して欲しい。この先が何処に繋がっていようと、袋小路であろうと、諸君らには意味を為さぬ事」
剣を構えるナイトは、抑揚のない機械音で、それを告げる。
それはむしろ、彼なりの冗談だったのかもしれない。
「――なぜなら、諸君らはここで潰えるのだから、な」
そして、白銀の身体が疾走った。
●機械仕掛けのラビリンス
ガキリ。
白銀の刃を受け止めたのは淡く輝く冷気の盾――アビスの右手に展開された縛霊手であった。甲高い金属音と共に噴き出す凍結の冷気は刃を凍らせ、そして砕く――それよりも早く。
「憤ッ」
「重いっ?!」
力任せの殴打を跳んで回避する。さくりと割れた、否、切り裂かれた床はナイトの膂力を示していた。
「成程。流石は通路の一つを任された騎士って訳だ」
治癒用のドローンを散布しながら、歯噛みする。先の発言は虚勢ではなさそうだ。彼の一撃は重く、そして動きは素早く。目の前の敵は確かに『騎士』であった。
「ならば負ける訳に行かないよね?」
その言葉はコキュートスのブレスを背景に紡がれた。
「で、あります」
アビスの声を受けるのは、魂を呼び寄せる調べを紡ぐクリームヒルトだった。うつぎ、コキュートス、そしてオニキス。破邪の力を後衛の3者に施しながら、小柄な要塞騎士は負けじと断言する。続くフリズスキャールヴもまた、主に倣い、仲間に自身の属性を付与していった。
「この輝盾の空中要塞騎士の名において、後れを取る訳に行かないであります!」
「ほう」
零れた機械音からは、明らかな愉悦が感じられた。
「意外ですね」
自身を光の粒子に包み、吶喊するシトラスが零した呟きは、むしろ感嘆であった。
機械生命体であるナイトが喜びを抱くなど、まるで心を有している様ではないか。
(「それが真実か、判らないですけどね」)
模造、或いは質の悪い虚偽。シトラスと同じく光で自身を包む吶喊を行うケイは、そう分析する。――ダモクレスは心を持たない。ならば、喜びを感じる筈も無い。
「貴方に、葬送曲を」
冷たき旋律はリコリスから紡がれる。氷を思わせる静謐な音はナイトの集音機を通し、内部の機械に重篤な爪痕を残して行った。
だが、それでもナイトの動きに陰りは無い。
「余程の強者と言った処か!」
オニキスの蹴打はナイトの鉄靴を切り裂き、オイルの華を散らす。
チェスの駒としてのナイトにだけ与えられた特権と言えば、他の駒を飛び越える縦横無尽さだ。ならば、このナイトもまた、同じ能力を有しているだろう。
縦横無尽の移動力が武器ならば、それを梳れば良い。
「流石ですね」
戦闘種族の名を欲しい侭にしたオウガの判断に、うつぎは惜しみない賞賛を送る。そして自身もそれに続けとばかりに手にした爆破スイッチで点火。周囲に色取り取りの色をした爆風が吹き上がり、ケルベロス達の戦意を鼓舞していった。
「全力で切り裂くっ」
爆風を突き破り、ナイトを強襲したのは銀子の気弾だった。持ち前の俊足で躱そうとしたナイトはしかし、削られた足の傷に阻害され、回避に至らない。
「――ぐっ」
結果、真正面から光弾を受ける結果となった。
「硬さも十分って訳か!」
アビスの感嘆は、ケルベロスの誰もが抱いた想いだった。
この1分足らずの短い間に、どれだけのグラビティがナイトに突き刺さっただろう。だが、ナイトは動きを止めない。グラビティによって受けた破損はしかし、ナイトの動きを止めるに至っていなかった。
「――だとしても、最後に笑うのは私たちです」
リコリスは静かに宣言する。それが当然と言わんばかりの言葉に、しかし、ナイトからの反論は無かった。
一閃する白銀の光はアビスの氷盾を、クリームヒルトの光盾を梳っていく。その膂力は本物で、そして強大だった。
(「クラッシャー……いや、キャスター?」)
攻撃力も機動力も長けたそれは、彼の纏う恩恵を悟らせない。よもや二重の恩恵は無いにせよ、そうであっても不思議では無いとの錯覚すら沸き上がって来る。
「強いでありますよ」
「その言葉は――」
ナイトの剣が一閃する。その一撃はフリズスキャールヴの身体を薙ぎ、光の粒子へと転じさせていった。
「そのままお返ししよう」
返って来た賞賛は揶揄も嫌気も感じさせない。ただの事実として発せられていた。
「それも、もう、終わりだ」
「それは、こちらの台詞です」
終幕を告げる言葉はナイトと、そしてリコリスから紡がれた。機械生命体であるナイトから疲労の色は認められない。しかし、彼も限界の筈だと断言し、彼女は惨殺ナイフを構える。
翻る一閃は惨劇の鏡像を以って。白銀の煌きは命刈る一撃として。
「――っ!」
白銀の斬撃を受け止めたのは間に割って入ったケイの鎖だった。盾にと振られた縛鎖はナイトの剣を絡めとり、地面へと叩き落す。
「お、おおおっ」
「これでお終いですよ。――紅はお好きですか?」
薔薇の香気が舞う。共に繰り出されるケイの手刀が、拳が、蹴りが、ナイトの装甲を切り裂き、引き剥いでいく。
「孤軍奮闘と言う訳ではありませんが……貴方はよくやったと思います」
言葉でケルベロス達の戦意を削り、実力でここまで追い詰めた。ディザスター軍団の騎士として最上の働きをした。うつぎは彼をそう評価する。
だからこそ、全力で叩き潰す。
機械の乙女の身体が沈む。床を砕きかねない蹴りから繰り出された掌底は破壊の一撃。全体重、全重量、そして全身の駆動部のバネを集約した衝撃は掌を通じ、ナイトの腹部を殴打した。
ひしゃげる音は、ナイトの機構部か、それとも鎧か。
「永久に覚めぬ眠りにつかせてあげましょう」
シトラスの呼び出す揺り籠は、ナイトの終焉を意味していた。揺り籠から放たれた時空震はナイトを、そして彼の立つ空間そのもの揺さぶり、崩壊へと導いていく。
「ここで止まれない! これが、貴方の最期よ!」
止めの一撃は、奇しくも銀光に彩られた爪撃だった。全身を紋様で染め上げた銀子の爪打は肉食獣の襲撃の如く、遮二無二ナイトを切り裂いて行く。無数の銀の軌跡がナイトを抉り、そして無へと帰していった。
「――見事だったぞ。ケルベロスの諸君」
「ああ、汝もな。良き戦いだったぞ」
消え行くナイトが零した末期の言葉に、オニキスの微笑が重なった。
●クロム・レック・ファクトリアの崩壊
「ハッタリの類……であって欲しかったですが」
壁、床、天井。
全てに至るまで探索を終えたリコリスの溜め息は重い。そこに隠し扉の類は無く、この場所が終焉――ナイトが告げた通り、袋小路である事を思い知ってしまう。
「仕方ありません。私達以外の何処かの班が、キングに至る事を祈りましょう」
うつぎの言葉からは多大な疲労が滲み出ていた。
「一度、戻りましょう。何か進展があるかもしれません」
ケイの提案に一同は頷く。何にせよ、このルートは外れだった情報は持ち帰らなければならない。
入口に辿り着いたケルベロス達を迎えたのは、巨大な爆音だった。
「――ッ。これは?」
「急ごう! 崩壊している!」
まさにそれは危機一髪であった。
搬入口から離脱した彼らの目前で、ゆるりとクロム・レック・ファクトリアが傾き、崩壊していく。砕けた傍から水圧に飲まれ、消えていく様は、クロム・レック・ファクトリアと言うダモクレスの死を意味していた。
そして光が視界を覆う。やがて光が泡と共に海に消えた時、そこに何も残されていない。
「終わった……のか?」
「ええ。終わったのよ」
オニキスの独白に銀子の声が重なる。
それは脱出する無数のケルベロス達を賞賛し、祝福する様、紡がれていた。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年11月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
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