マリオネットドール、再び

作者:砂浦俊一


 夕暮れ時、学校からの帰り道。一緒に帰っていた友人たちとも別れて、不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)は1人だった。
 人のいない道を歩く彼女の前へ、近くの住宅造成地から1匹の黒猫が出てくる。
「あっ、猫さん」
 黒猫は道の真ん中で足を止めると、ニャアと鳴いてから毛づくろいを始めた。黒猫を撫でようと葵は近づく。人懐っこい猫なのか、近づかれても逃げようとしない。
 しかし屈んだ葵が黒猫へと手を伸ばした、その時。
 ヒュン!
 何処から飛んできた鎖が黒猫に絡みつき、瞬時に締め上げ、そして――突然の凄惨な光景に葵は顔を背けてしまう。
「ひ、酷い……誰なの、猫さんにこんな酷いことするのは!」
 怒りの表情で葵は鎖が飛んできた方角を向くが、すぐにその顔は驚愕で歪む。
「うふふふふ……あなたが葵ちゃん、ね……」
 黒猫の出てきた住宅造成地に、白いドレスを着た少女が立っていた。年齢は葵と同じくらいだろうか。少女は自分の背丈以上もある大鎌を携えており、柄の端についた鎖は黒猫を絞め殺したものだ。
 だが何よりも葵を驚かせたのは、少女の顔。
「あ、あなたは……」
 微笑を浮かべる少女は鎖を引き戻すと、葵に歩み寄ってくる。その動きは糸で吊るされて動く操り人形のように、ぎこちない。
「私はマリオネットドール・リトルレディ。葵ちゃん、すぐにあなたも今の猫さんみたいに殺してあげるね」
 再び少女は鎖を飛ばす。葵は咄嗟に避けようとするも、左手に鎖が巻き付き捕縛されてしまう。
「あなた……楓ちゃん……?」
 少女の顔は葵の従姉妹である【鷹取・楓】に酷似している。
 そんなはずはない、と葵は思う。何故なら楓は亡くなっているからだ。
 少女は葵の問いには答えず、歪んだ笑みを浮かべ、大鎌を振りかざして斬りかかってきた。


「皆さん、超絶にヤベー事態っす! 不入斗・葵さんが死神に襲撃されちまうっす!」
 オラトリオのヘリオライダーである黒瀬・ダンテは、真っ青な顔で話を切り出した。
「急いで連絡を取ろうとしたんすけど、連絡をつけることが出来なかったっす……皆さん、葵さんが無事なうちに救援へ向かってほしーっす!」
 葵の身に最悪な状況が迫りつつある、ケルベロスたちの背筋にも緊張が走る。
 ダンテの背後の液晶ディスプレイには現地の写真が映し出されていた。そこは周辺に人家のない、草の生い茂った住宅造成地。一般人の避難の必要は無さそうだ。
 だが秋の日は釣瓶落とし、戦闘中に陽が完全に没して周囲が暗くなるかもしれない。
 周辺には街灯も少ないから、暗くなった時のために灯りを用意した方が良いだろう。
「死神の名はマリオネットドール・リトルレディ。柄の端に鎖の付いた大鎌が武器っす。詳しくはこちらの資料で。ヘリオンの機内で目を通してほしーっす」
 急ぎプリントアウトした資料を、ダンテはケルベロスたちに配布する。
「以前にもマリオネットドールという二つ名を持つ死神に葵さんが狙われたと聞いているっす……今回の死神とどういう関係があるのかは現状では不明ですが、単独でケルベロスを襲撃する死神っす、油断はしないでほしーっす。戦闘前に到着できれば良いのですが、1~3分ほど遅れる可能性もあるっす。なので、それを踏まえた作戦を考えておいてほしーっす」
 到着時には戦闘がある程度進んだ状態かもしれない。
 こちらもすぐに加勢できるよう、準備を整えておきたい。
「葵さんを救い、この死神を撃破してほしーっす! 皆さん、頼んます!」
 今は一刻を争う事態だ。仲間を救うべく、ケルベロスたちはヘリオンの搭乗口へと急ぐ。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
不入斗・旭(アンダーボス・e06562)
明空・護朗(二匹狼・e11656)
不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)
ソシア・ルーンフォリエ(戦舞奏唱・e44565)
レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)
鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)
桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)

■リプレイ


 マリオネットドール・リトルレディは、不入斗・葵(微風と黒兎・e41843)の従姉妹である【鷹取・楓】に酷似している。だが楓は既に故人、生きているはずがない。
「どうして楓ちゃんが……敵……になるの? 小さい時からよく一緒に遊んだのに……」
 哀しげな顔の葵は、頭では理解していても、衝撃の大きさ故か体を動かせずにいる。
 その隙を突き、リトルレディは歪んだ笑みとともに斬りかかってきた。
 命の危機に葵の体は本能的に動く。彼女は大鎌を避けるべく跳ねるが、敵の鎖で左腕を拘束されているため跳躍の距離は短い。
 大鎌の刃が葵の脚を掠める。葵は地面に膝を突いてしまうも反撃のレゾナンスグリードでリトルレディを捕縛、追撃は阻んだ。
 敵が楓の姿を真似ているのでなければ、その死体を利用した――考えられるのは、それぐらいだ。
(楓ちゃんが敵になってしまったのなら……戦わないといけない)
 哀しみと怒りが混ざった悲壮な表情で、葵は己の敵を見据える。
 一方のリトルレディは微笑を絶やさない。その笑みは、葵の知る楓の笑顔と変わらない。それが葵を惑わせる。
 秋の日は釣瓶落とし、太陽は山々の向こうに沈みかけ、周囲は闇に覆われつつある。葵は後ろ手に持った小さなLEDライトを点ける。応援が来るならばこれが目印になるはず、それまでの時間を稼ごうと葵はリトルレディに問いかける。
「誰が楓ちゃんをお人形のようにしたの? 葵は、そいつを絶対許さない……!」
「楓ちゃんって、誰? 私はマリオネットドール・リトルレディ。でも不思議……私、葵ちゃんとは初めて会った気がしないの。なんでだろ?」
 リトルレディが小首を傾げ、顎に指を当てる。
「思い出して楓ちゃん! 葵は、従姉妹の不入斗・葵だよ!」
 もしかしたら自分を思い出してくれるかもしれない。葵の頭からは一瞬だが戦意が抜け落ち、捕縛も緩んでしまう。
 リトルレディがクスリと笑ったのは、その時だ。葵の左腕を拘束する鎖を自らへと引き寄せ、地面に引きずり倒し、ガラ空きになった背中へ大鎌の狙いを定めた。
(やられる!)
 地面に倒された葵は、口の中に土の味を感じながら死を意識した。
 だが地を這う炎がリトルレディの眼前にそそり立つ。突然の炎にリトルレディは鎖の拘束を解いて後方へ退いた。
「葵、大丈夫ですか。助けに参りましたわ!」
 顔を上げた葵が見たのは、自分を庇うように立つカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)の背中。その後方からは駆けてくるケルベロスたちの姿。愛する兄の姿も見える。葵の目から涙が溢れる。
「すまねえ葵、遅くなった!」
 駆け付けた不入斗・旭(アンダーボス・e06562)は倒れた葵を抱き起こすと、力の限り抱きしめる。
「タマは彼女を守ってあげてくれっ」
 同じく駆けつけた明空・護朗(二匹狼・e11656)はサーヴァントを葵へ向かわせると、前衛組へとライトニングウォール。この間に鵤・道弘(チョークブレイカー・e45254)が叱咤の咆哮を用いるべく気合いを充填する。
「ひとまず無事だな。もう心配はいらねえから気合い入れていけ――押忍!」
 気迫とともに撃ち出した咆哮弾が葵の傷を癒やしていく中、彼は敵の姿を見る。
 リトルレディは鎖を回収し、自らの身の丈を越えるサイズの大鎌をブンと振って戦闘態勢を取る。彼女の動きは、糸で吊られた操り人形のような動き。その後ろで、宅地造成地に生えるススキやセイタカアワダチソウが風に揺れている。
 ソシア・ルーンフォリエ(戦舞奏唱・e44565)は、地面に横たわる黒猫を拾い上げていた。こちらは残念ながら助けようがなかった。
「……死神の、思惑通りは避けさせて貰います」
 親しき者であろうと、凶刃を振るうのならば見過ごせない。黒猫の亡骸を地面に寝かせると、彼女は葵へとマインドシールドを張る。
「初対面とはいえ黙っていられないね」
「微力になりますが支えに参りました」
 レナ・ネイリヴォーム(イニチウムフェザー・e44567)はスターゲイザーでリトルレディに蹴りかかり、これを桜衣・巴依(紅召鬼・e61643)の轟龍砲が支援。
「……葵、あれは本当に楓……なのか?」
 ケルベロスたちと交戦するリトルレディの姿を見ながら、旭は妹に問う。遠目に視認した時からもしやと思っていたが、間近で見るほどに敵は己が知る楓に酷似している。だが、そんなことはあって欲しくないと彼は願う。
「葵は……本物の楓ちゃんだと思う」
 俯き答える彼女の返答に、旭は唇を噛みしめる。
「……最悪の気分だっ」
 たとえ楓本人だとしても、妹を傷つける者は許せない。彼は鉄塊剣を手にリトルレディへと斬りかかった。


「下校途中の少女に襲い掛かるたぁ、完全に不審者じゃねぇか。ちょいとキツいお仕置きが必要だなっ」
 教育者の端くれとして、未成年者を襲撃する敵に道弘の怒りは収まらない。私塾の生徒たちが無事に帰宅しているのか不安にもなってくる。この不安を振り払うように、彼はリトルレディへと覆いかぶさるような蹴りを放つ。リトルレディは大鎌の柄で彼のエアシューズを受け止めるが、そこへカトレアが達人の一撃で斬りかかる。
 リトルレディは後方宙返りで剣撃を避ける。彼女の白いゴシックドレスが裂かれ、布の切れ端が宙を舞った。
「……素早い。以前葵を襲撃したマリオネットドールと同類のようですわね」
「答えろ楓、おまえを『人形』にしたのはどこのどいつだ!」
 鉄塊剣をブン回し、旭もリトルレディと切り結ぶ。
「あなたも私を知っているの? でも私の名前はリトルレディ。与えられた命令に忠実なマリオネットドール」
「葵、前にもマリオネットの死神に襲われたの……教えて楓ちゃん、誰の指示なのっ!」
 問いかけた葵は、兄をサポートするべく微風の守護歌を歌い上げる。
「ごめんね、葵ちゃん。その質問に答えていいとは命じられていないの。でも何も知らずに死んじゃうのも可哀想ね……そうだ、お友だちを皆殺しにして、最後に葵ちゃんを殺す時に教えてあげる! だから大人しく殺されて? そして私みたいなお人形さんの死神になろう? 一緒にかわいい子どもたちを殺して回ろう? 葵ちゃんと2人なら、きっと楽しいわ!」
 リトルレディの口から出たのは、ぞっとする提案。無邪気な声音が、余計に聞く者の背筋を寒くさせる。そして旭の脇をすり抜けた彼女は葵に迫る。
「以前に葵さんが襲撃された事件の資料を拝見しました。なるほど貴女がたは幼き子どもが標的なのですね」
 即座に盾役のソシアが割って入り、敵へとエクスカリバールを叩きつける。これに愛刀の飛燕を手にしたレナが続く。
「子どもを『人形』にして手駒にする。ずいぶんと悪趣味な者に操られているのですね」
「……悪口は許さないよ」
 眦を吊り上げたリトルレディが大鎌を振り、自分を囲むケルベロスたちと至近距離での斬り合いとなる。
「知っている敵との戦い、まったく幼い不入斗には酷な話だ」
 護朗は幼き日の憧憬で、斬り合いで負傷した仲間を癒やす。彼としてはなるべく葵の負担にならないよう戦いを終わらせたいが、そうもいかないだろう。敵は巨大な鎌を軽々と振り、念動で操る鎖も厄介。なにより単独でケルベロスを襲撃してくるほどの死神。ケルベロスたちの包囲に僅かな隙があれば、敵はそこから葵へ攻撃を仕掛けようとする。
「行くわよ、緋椿!」
 巴依は相棒をリトルレディへと突進させ、自らもドラゴニックハンマーで相手の胴を力の限りブン殴った。
 小柄なリトルレディの体は弧を描いて宙を舞い、地面に落ちる。
 やったか?
 しかし泥で顔を汚したリトルレディの口元が残忍に歪み、その指が鎖へと動いた。


 太陽は完全に没し、周囲は闇で覆われていく。周辺に街灯は少ない。
 ケルベロスたちは各自、持参していた照明を灯す。その灯りの中で見たのは、白いドレスを泥と返り血で汚し、佇立する敵の姿。彼女の手は大鎌の柄ではなく鎖を掴んでいる。
(鎖は念動で操るはず……それを掴んだのなら!)
 ソシアが味方にマインドシールドをかけるのと、敵が大技を繰り出すのは、ほぼ同時だった。
「みーんな、まとめて――処刑執行!」
 鎖を掴み振り回される大鎌がケルベロスたちに襲いかかる。カマイタチのような斬撃は宅地造成地のススキやセイタカアワダチソウを断つだけでなく、ケルベロスたちの命も刈り取ろうとする。複数の標的を狙う大技に前衛組が敷いた包囲網が破られ、リトルレディは後衛の葵へ一直線に跳躍する。
「楓ぇ!」
「なぁ゛の゛ー」
 だが旭とナノナノのバッカルさんが、共に横合いからリトルレディに組み付いた。ソシアから盾を付与されていた分だけ傷は浅く、いち早く彼は動くことができた。
「すまない楓、歳が離れていてあまり遊んでやれなかったよな……本当にすまないっ。だがおまえに葵をやらせるわけにはいかない!」
 旭はリトルレディを逃すまいとレゾナンスグリードで捕縛する。
「邪魔……しないでっ」
 リトルレディは大鎌でブラックスライムを斬り裂き、拘束から逃れる。だが彼女は千載一遇の好機を逃した。葵を庇うように立つ後衛組は視線を交わし、攻撃を仕掛ける。
「桜衣流陣描術士として此処からが見せ場です……レナさん!」
「『朱の鬼呪』、解放……!」
 巴依が放つは蒼桜の花弁舞う疾強風、遊撃陣『桜舞閃』。これに合わせ、右肩と右翼に朱色の呪紋様を纏ったレナが朱雷閃を繰り出す。
 連続した直撃にリトルレディの体もぐらつく。脚も痛めたか、大鎌を杖にしている。
「もう一息か。そうあってくれ」
 前衛組へと護朗がメディカルレインの雨を降らせ、道弘とカトレアが突撃する。
「子どもが刃物を振り回すなんざ危なっかしくて見てらんねぇ。そいつは没収だっ」
「その傷口、更に広げてあげますわ」
 如意棒がリトルレディを打ち据えると共にその大鎌を打ち砕き、追い討ちのように絶空斬がその胴を斬り裂いた。
 よろめくリトルレディの口から血が溢れ、汚れきった白いドレスをさらに汚す。この時、彼女は地面を這いながら猛スピードで迫る黒い何かを見た。それは葵の放ったブラックスライム。脚から胴、両腕へと絡みついて拘束していき、今や弱り果てたリトルレディの動きを完全に封じた。
「楓ちゃん……葵のことも、お兄ちゃんのことも、本当に覚えてないの……?」
 涙を湛えた瞳で、葵は楓を見つめる。
「葵ちゃん。それに答えたら、私を見逃してくれるの? 助けてくれるの?」
 リトルレディの言葉は、大鎌の刃よりも深く葵の胸へと突き刺さる。
「それはできない、できないよ……だって楓ちゃんはもう死神で、葵は――」
 ケルベロスだもん――葵のその言葉は、声にならない。
 そしてブラックスライム、朔月の華がリトルレディに最期の一撃を与えた。


 負傷した仲間たちへのヒールを終えた後、ソシアは再び猫の亡骸を抱きかかえていた。
「……この子も助けてあげたかったですね」
「私たちも万能ではない……どこかにお墓を作ってあげよう」
 やるせない顔のレナは、首を左右に振るしかない。
「死神を中心に活発化している気がしますが、さて……」
 隣に立つ巴依は最近の死神連中の動きを気にしていた。果たして、敵は次にどんな手を講じてくるのか。
「ごめんね……ごめんね、楓ちゃん……」
 リトルレディの亡骸の前では、葵は立ち竦み泣きじゃくっていた。涙は止まることなく溢れてくる。
(楓……どうか、安らかに眠ってくれ……)
 そんな妹の肩を、旭は抱いてやることしかできない。
「葵を助けに来てくれて、ありがとう……そして楓のことも」
 旭は黙祷すると、仲間たちの方を向いて深々と一礼する。
「辛いだろうが……操り人形だった彼女を救えてやれたんだ」
「彼女のために最善を尽くした、そうだろ?」
 その護朗と道弘の言葉に、旭はもう一度頭を下げる。
「さあ、涙を拭いて。楓さんと、きちんとお別れしましょう……」
 カトレアが差し出したハンカチを、葵は受け取った。
 絶命したリトルレディの体は、光の粒子となって消えていく。天へと昇って消えていく。
(さようなら、楓ちゃん……)
 その一粒一粒を、葵は決して目を逸らさず見つめている。
 やがて最後の一粒が天へと消えた後、旭は妹の肩にそっと手を置く。
「……帰ろう、葵」
 兄の手に自分の手を重ねた葵は、こくりと頷いた。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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